2023年度」カテゴリーアーカイブ

連続セミナー第3回「国民主体での医療データの活用」 森田 朗東京大学名誉教授

開催日時:10月26日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

森田氏の講演資料はこちらにあります
森田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、森田氏は次のように講演した。

  • 医療データは⼈類の貴重な情報資源である。医療情報を活⽤することによって、よい治療が受けられ、ミスが減少し、不治の病が治る。体調不良でクリニックに出向くと医師に既往歴を質問されるが、医療データが蓄積されていれば医師は既往歴を正確に把握して治療できる。
  • 個々の患者の治療の質の向上を1次利⽤、医療政策・医学研究・医薬品開発等への利用を2次利⽤と呼ぶ。医療データを活⽤するためには、以下の三点が重要である。①医療データは貯めて、繋ぐことで新たな価値が⾒出されるとの理解、②データベースとプラットフォームを整備し、利活⽤のチャンスを拡大、③医療データの標準化、個人を特定するID、要配慮個⼈情報を大量に利用するためのセキュリティ等。
  • 国⺠各⾃の状況に応じたきめ細かい福祉サービスを提供する福祉国家では、個⼈情報の収集と利⽤が進められ、それによって安全な社会が形成されていく。個人情報を収集する点が「監視国家」と批判されることもあるが、個人情報を収集しなければ福祉国家は実現しない。
  • 欧州連合EUではEHDS(European Health Data Space)が検討の俎上にある。医療データ活用の先進例として紹介する。
  • EHDS提案の背景は次の二点である。①個⼈の電⼦医療データへのアクセスと制御を改善する(1次利用)と共に、研究、イノベーション、政策決定、患者の安全、個別化医療、的統計、規制活動など利用し、社会に利益をもたらすこと(2次利⽤)。このために、EUの価値観に合致した電⼦カルテシステム(EHRシステム)の開発、販売、および使⽤のための統⼀された法的枠組みを定めることにより、域内市場の機能を改善する。②次のパンデミック、脅威への準備と対応、および診断と治療、および健康データの⼆次利⽤のために、健康データにタイムリーにアクセスできるようにする。
  • EU域内のどこでも域内住民に対してより質の高い医療を提供する(1次利用)ためEHRを整備し、プラットフォームMyHealth@EUを介して接続する。医療データを国境を超えて利用して医療政策、医学研究、創薬等を推進する(2次利用)ため、プラットフォームHealthData@EUを整備する。
  • 越境利用のための制度として、National Contact Pointを介してEHRデータが相互流通できるようにする。2次利用には、Health Data Access Bodiesが適切に加工した医療データを提供する。
  • 利用できる医療データの一覧がHDABで公開され、それを見て研究者は利用を希望するデータを特定する。研究者からの申し込みを審査した後、HDABは品質を保ち、個々人のプライバシーを確保したデータ集合を作成する。作成したデータ集合はクラウド上の安全な処理環境に置かれ、研究者はそれにアクセスする。研究結果は公開され、プライバシーと検証可能性が確保される。
  • 27加盟国の中には医療分野のデジタル化が進んでいる国もあれば、遅れている地域もある。EHDSはregulation(規則)として制定され、制定されれば参加は mandatory (義務的)となる。2024年に全域でEHDSを利⽤できるようにするため、インフラの整備等にEUのさまざまな補助⾦が提供される。
  • EHDSを規則として成⽴させるために、多様な団体等からの意⾒を聞き、それらを検討・反映して最終案を作っている段階である。EHDSは欧州議会、評議会で承認される必要があり、2024年の欧州議会の選挙までの成⽴を⽬指している。それ以後にずれ込む、あるいは成⽴しない可能性もある。
  • わが国では匿名化、仮名化が議論になっているが、EHDSでは概念的な法律論ではなく、データ利⽤の有効性の観点から論じられている。2次利⽤に当たって、患者個⼈が識別され権利侵害の可能性がない場合には仮名化データが使われ、その可能性がある場合には、匿名化データが使われる。EHDSに関連する⽂書の中で、仮名化/匿名化は並列して書かれ、両者を区別しての表記は⾒当たらない。
  • 研究者の利⽤に際しては、加⼯されたデータを研究者に渡すのではなく、HDABに置いたままデータを分析し、結果のみをダウンロードするようになっている。ただし、完全に匿名化されたデータの場合は、提供も認められる。また、利⽤するデータの最少化、利⽤後のデータの削除等により、個⼈の権利を保護する制度をGDPRに準拠して採⽤している。
  • 1次利⽤に関しては、わが国のようにデータ利⽤に事前同意を得ることはない。EHDS ⾃体が⼀定の規格を満たしEHRに格納されているデータの存在を前提にして形成されており、自国以外の加盟国で受診するときに自己の医療データを利⽤する権利を強化することを⽬的としていることから、事前同意は問題とされていない。
  • 一方、2次利⽤においては、オプトアウトを認めるか否かについて議論がある。しかし、⼤量のオプトアウトがあればデータの欠損が生じて質が低下する。個⼈が識別されないように加⼯して利⽤することを条件にしているので、オプトアウトを認めることについては消極的である。
  • 国境を超えたデータ結合を⾏おうとすると、データ主体の同定(identification)が必要になる。EU共通の唯⼀無⼆固有のIDが存在していない現状で、データ主体の同定をいかに⾏うかについては検討俎上である。EUにおけるIDのあり⽅を定めたeIDASに基づいIDを管理する方針だが、eIDAS規制は成立の⾒通しが⽴っていない。
  • わが国内閣は医療DXを推進する方針で2023年6月には工程表も定めた。しかし、工程表は多様な利用を併記しただけで、それぞれについて部分最適にはなっても、医療DX全体としての全体最適にはなっていない。グランドデザインの構築が不可欠である。

講演後、次のような質疑があった。

EHDSについて
質問(Q):欧州は医療(Healthcare)と介護(Care)を峻別していない。EHDSの対象範囲には介護も入ると理解してよいか。
回答(A):欧州には、介護は医療とは別という概念はないので、EHDSが介護まで拡大される可能性がある。そもそも、わが国では医療データは「患者」と結びついているのに対して、EHDSは「自然人(natural person)」を対象としているので、当然、介護も射程に入っている。
Q:欧州統一のIDを作るという方向で議論が進んでいるのか。それとも、フィンランド人がエストニアで医療を受ける場合にはフィンランドのIDを利用するのか。
A:IDは悉皆性、唯一無二性が必要だが、eIDASは議論の俎上である。域内で医療データが流通し利用できるためのEHDSであるので、まずは流通利用の仕組みを作ることに焦点が当たり、IDは副次的な問題として扱われている。
Q:HADBにはフルセットのデータがあって、必要に応じて加工して提供するのか。それとも各国から加工後のデータを集めているのか。
A:フルセットのデータがあると理解している。

わが国へに教訓について
Q:日本では個人の同意が前提になっている。マイナンバーカードに包括同意を記載できるようにしたり、同意不要の特区で実験するというようにすべきではないか。
A:その通りである。しかし、本人同意には本人確認が前提となる。本人確認について、生体認証のほかにマイクロチップ利用などの方法も欧州ではトライされている。本人確認と本人同意についてセットにして仕組みを作っていく必要がある。本人確認への認識が日本では薄い。
Q:薬学分野でも貯めて、繋いで、利用することが必要になっている。福祉国家としての安全安心を重視し、監視国家に向かっているわけではないという点をアピールする必要があるのではないか。
A:監視国家という不安は北欧諸国にもあったようだ。それを突破するために、北欧諸国、EHDSでは欧州委員会がシステムの経済合理性について説明を繰り返している。国民皆保険で3割負担が今後も継続できるはずはない。新しい仕組みによってどの程度節約できるかといった経済的な説明を強化していかなければならない。

連続セミナー第2回「エストニアに学ぶ」 牟田 学日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会理事

開催日時:9月28日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
講師:牟田 学氏(日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会理事)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

牟田氏の講演資料はこちらにあります。
牟田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、牟田氏は次のように講演した。

  • エストニアにおける電子政府の利用状況は、X-roadの情報公開サイトからリアルタイムで閲覧できる。それを見るとX-roadを介してのデータ交換が今月だけでも1億回以上行われているとわかる。日本とは日々の利用で千倍の差がある。また、広報サイトが準備されており、そこでも多くの情報が入手できる。
  • エストニアは1991年にソビエト連邦から独立を回復した。初期の混迷を脱して、1990年代後半からデジタル国家に大きく舵を切った。エストニアが何をしているかを一言でいえば、「コンピュータが働きやすい環境を整備し」「社会全体の幸福を実現する」ということである。コンピュータが働きやすい環境を整備という点は日本の今後の課題である。
  • 2000年には電子閣議を開始した。政府が率先してデジタルを利用し、こんな効果があったと国民に示すという方法を取った。IDカードやデジタルIDは、強い権限を持つ人たち(公務員や警察官、教師や裁判官、医師・看護師)から使うように義務化していった。エストニアは、公共サービスの 99%がオンラインで利用可能だが、公共サービスをデジタルで利用することは常に任意、義務ではない。市民は、主に「問題の複雑さ」に基づいて、利用方法を選択している。
  • 投票でもインターネット投票は義務ではない。しかし、2023年3月までに13回の選挙でインターネット投票が実施され、投票者の約半数(2023年は51%、312,181人)が利用している。
  • 初期には公営図書館にインターネット環境が義務付けられ、司書が来館者を教育した。公共サービスとしてネットへのアクセス権を保証し、そこで利用方法を学ぶという形で高齢者まで普及が進んだ。
  • 日本では、政府が国民から信頼されていない電子政府が進まないという意見があるが、エストニア国民の政府への信頼度は日本と差がない。しかし、国民は電子政府には高い信頼を寄せている。その秘密は「徹底した透明性」にある。政府が信頼できないからこそ、政府が何をしているかがわかり、追跡でき、責任が追及できる。エストニアの電子政府は国民が政府を監視する仕組みである。
  • 公共分野で働く人は、IDカードや電子署名が無いと仕事ができない。個人データを含む情報の保有者は、誰が、いつ、どのような目的で、どのような方法で、その情報にアクセスしたのかを記録することが公共情報法に基づく義務となっている。国民はマイポータルを通じて、だれが自らの情報にアクセスしたか、データベース内の内部操作も含めて、知ることができる。日本では組織を超えてデータ連携があったときにだけ記録される仕組みになっている。
  • 多様な公共サービス間で、ピアツーピアでデータ交換するのがX-roadの仕組みである。個人識別コードで公共サービスが連携され、記録される。記録があるので自己データが追跡できる。
  • 公的な電子文書はXML文書として作成され、国立公文書館でアーカイブされる。紙の文書も、特別な理由がない限り電子文書化して保存される。電子文書から機械可読形式のオープンデータが公開でき、必要に応じでデジタル署名により改ざん防止等ができる。エストニアでは、アクセス制限をしているものを除いて、電子文書は公開される。
  • カリユライド前大統領が「デジタル国家はテクノロジーではなく、その周りに丁寧に作られて法体系である」と来日の際に発言した。法令のデジタル対応とは、これまで認められてきた曖昧性の排除であり、人とコンピュータの両者が遵守するためのルールを文書化していく作業である。既存の法律専門知識だけでは、記述することが難しい。健康保険のオンライン資格確認の場合、エストニアではデータベースに登録された時点で効力が生まれる。日本では大正時代の法律を元にしているので、「適用事業所に使用されるに至った日」というあいまいな規定がまだ残っている。
  • 個人識別コードは、エストニア共和国の規格に準拠した、性別と生年月日に基づいて形成され、個人を一意に識別することができる番号である。個人識別コードは、住民登録データベースに記載された時点で付与されとみなされる。たとえば、オンライン出生届によって、自動的に付与される。エストニアの個人識別コードでは、分散管理される様々な公的データベースの主キー(primary key)として利用されている。
  • 日本ではマイナンバーが特定個人情報として扱われている。それによって、医療機関はマイナンバーを取得したくないと考える。このために、マイナバーカードの電子証明書を利用するのだが、そこにいろいろな不備が起きている。「医療機関が主体的に不正行為をしている」場合や「医療機関が不正利用する患者に協力している」場合の医療保険の不正利用の発見・防止に対して、マイナ保険証は、ほぼ無力である。これに対して、エストニアではAIを活用して不正利用を自動監視している。
  • エストニアではデータベースを作成する際には厳しい審査がある。合法性の原則(法令に基づき、公務実行の過程でデータが処理される)、統一の原則(相互互換性・運用性が確保され、データ交換およびデータ検証が可能でなければならない)、基本データ使用の原則(データは信頼できるソースから収集され、政府情報システムの全データベースの共通ソースになるように統合される)などである。
  • 日本でも政府を監視する仕組みとしてデジタル国家ができるかが問われている。それを覚悟するのは、国民ではなく、政治家であり全ての公務員である。

講演が、次のような質疑があった。

主にエストニアのシステムについて
質問(Q):政治家や公務員から利用し始めデジタル記録を残していったことで、「この記録は透明性の確保に使える」と気づいたということか。
回答(A):政治家や公務員が悪いことをしようと思っても、記録に残ってしまう。情報公開の際には信ぴょう性が保証される。これらを通じて、透明性が高まっていく。
Q:公共図書館でリテラシー教育をしている点、法律をデジタルに合わせるという点が印象に残った。企業がデジタルを導入する際にはBPRが行われる。日本のシステム化にはBPRの概念がなく、紙をデジタルに移したことが日本の問題だったのではないか。
A:データ駆動型の政府に変える支援(国や自治体の電子政府基盤の構築)を、エストニアはウクライナに3年ほどの期間で提供している。その前の調査に2年かけてどんなデータがあるかを整理し、次にそれらのデータを活用するように法律を変えていった。そんな地道な作業で政府も変革していった。日本でも、データを活用するには法律を変える必要がある。
Q:アクセシビリティには配慮しているのか。
A:EU基準でアクセシビリティに対応している。サービスデザインの過程ではユーザビリティ等も考慮している。

主に日本での課題について
Q:日本では行政システムが地方公共団体に分かれている。国として統一性を持たせるべきではないか。
A:システムをどう作るかはガバナンスに関連する。国が用意して地方公共団体に提供すれば、類似のシステムが増えていくことはない。
Q:住民票の誤発行ではベンダーの信頼が問題になった。エストニアではだれがシステムを作り、それを政府はどう管理しているのか。
A:国家情報システム局や個人データ保護局などがシステムの設計をチェックし、その後に調達が行われる。日本のようにベンダーに丸投げすることはない。
C(コメント)」日本では「地方自治の本旨」という言葉が強調され、システムはそれぞれの自治体が調達してきた。その結果、バラバラの、似て非なるシステムが大量に存在する状況になっている。「地方自治の本旨」という言葉を誤解してきた結果である。
C:それぞれの自治体が発注するとしても、政府が設計を事前チェックする等のアクションが必要である。国や自治体で共通して利用するデータベースや情報システムの管理を国が行うようになれば、自治体は地域の問題に集中できるという考えもある。
Q:カード読み取り機の不具合に直面すると、「マイナンバーはだめだ」と思い込んでしまう場合がある。機器は使わない方がよいのではないか。
A:個人識別番号がわかれば、機器が不良の際にも、きちんと利用できる。エストニアでは、不具合等をあらかじめ想定して、それでも動くようにシステムを設計している。

ZOOM連続セミナー「マイナンバー問題を解決する:デジタル社会の利器にするために」 大林 尚(日本経済新聞編集委員)

開催日時:8月24日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:大林 尚(日本経済新聞編集委員)
司会者:山田 肇

大林氏の講演資料参考資料(制度・規制改革学会有志声明)はこちらにあります。

冒頭、大林氏は次のように講演した。

  • 平成の30年間をほぼ経済政策の取材に費やした。特に人口減少と少子化の問題に意識を向け、社会保障・消費税などをテーマに社説とコラムを多数執筆してきた。マイナンバーは制度創設時から取材し、ロンドン駐在時にはヨーロッパ各国の社会保障・税・番号制度をカバーし、コロナ前から日本政府のデジタル後進性を指摘してきた。
  • 8月4日に岸田首相は官邸での記者会見で次のように発言した。2020年、党政調会長としてコロナとの闘いの最前線に立ち、日本のデジタル化の遅れを痛感した。欧米や台湾、シンガポール、インドなどで円滑に進む行政サービスが実現できない現実に直面し、日本がデジタル後進国だったことに愕然とした。デジタル敗戦を2度と繰り返してはならない。
  • この発言を聞き、「なんだ、わかってるじゃないか」と感じた。マイナンバーが直面する問題を解決し、社会の利器としての活用を進める必要がある。
  • 昨年「マイナンバーの呪いを解け」という記事を書いた(2022年11月7日 日本経済新聞朝刊)。マイナ保険証への切り替えについて、岸田首相は保険証を残す例外を認める考えを示した。カードからの情報漏洩の恐れは杞憂だと丁寧に説明を繰り返し、尻込みする医師をマイナ保険証に対応するよう促すのが首相本来の役割である。
  • 住民基本台帳ネットワーク訴訟で最高裁判所が「行政事務で扱う個人情報を一元管理できる主体が存在しない」ことを合憲理由の一つとした(2008年)。それに束縛されて、行政事務ごとに別の番号を発行しマイマンバーと紐づける複雑なシステムが設計された。また、「マイナンバーは秘匿すべき」と個人情報保護法で規定した。
  • しかし、情報技術も判決以来15年間で進歩している。マイナンバーを秘密にしない方向に制度を変えて、活用を図る必要がある。
  • 2020年には「個人データ把握、怖くない――マイナンバー、安心の利器(核心)」という記事を書いた2020年5月11日 日本経済新聞朝刊)。ロンドンには至る所に防犯カメラがある。駐車違反にも速度違反にも利用され、たまたま見つけた違反者を罰するのではなく、逃げ得を等しく許さない仕組みになっている。防犯カメラは社会の公正さを高める利器として利用されている。
  • カメラを例にとれば、行動監視はご免だというのが自由権、犯罪やテロを抑止してほしいというのが社会権である。自由権と社会権の位置づけは国ごとに差があり、米国は自由権が高く北欧はともに高い。日本は双方とも中程度だが、社会権をもっと高めてもよいのではないか。公権力がマイナンバーを利用して個人のデータを把握するのも、社会の公正さを高めるためである。
  • マイナ保険証のメリットを浸透させる必要がある。医療機関や薬局での受付の正確さが高まり、時間が短縮される。マイナポータルで自らの特定健診、薬剤、医療費通知情報を確認できる。医療費通知情報をデータ連携することで確定申告の医療費控除が手軽にできる。本人同意を前提に、初めてかかる医療機関でも特定健診・薬剤情報を担当医師らと共有でき、検査や投薬の重複を防げ、より効果的で効率的な医療につながる。
  • 同時に、マイナ保険証を利用する方向にインセンティブを与えるべきだ。ETCカードでは普及初期にETC割引があった。マイナ保険証でオンライン資格確認した患者の窓口負担は2割、現行保険証で受診する患者の窓口負担は4割に上げるといった大胆な策が求められる。

講演後、以下の質疑があった。

質問(Q):マイナンバーを安心して利用してもらうためには、事実に基づくわかりやすい説明、サイエンスコミュニケーションが必要だが、政府には国民に理解を求めるという姿勢が不足しているのではないか。
回答(A):国民の理解を醸成するという意識が足りないという点について同感である。かみ砕いて、高校生くらいに伝わるレベルでの説明を繰り返し行う必要がある。
コメント(C):各府省には広報の概念はなく、個々の部署が情報発信している状態である。
Q:緊急事態には官邸主導になるが、総理大臣・大臣等に説明するのは次官・局長クラスであって、彼らは詳しく理解できているわけではない。その結果、特別給付金の申請の際には、ともかくオンライン申請できるというように短期間で改修するのが精いっぱいで、給付までの時間を短縮するシステムにはならなかった。一方、兵庫県加古川市では速やかに給付するシステムを独自に作っている。総理大臣・大臣等と次官・局長等で対策を決めていくことが間違いではないか。
A:国民目線でサービスを提供した加古川市の事例には一筋の光を感じた。次官・局長等ではなく、一番わかっている人が官邸に対して説明するべきだ。課長補佐でも構わない。普通の国ではすでにそのようになっている。そのように変えていくのがよい。
Q:今回の炎上の原因は政府の側の情報発信力の不足である。炎上していたり誤解が広まっていると思ったら、できるだけ早く情報提供するのは、政府の「義務」である。そのことを政府や省庁は全く理解していない気がする。きちんと情報発信する姿勢が求められるのではないか。
A:各府省の情報発信力は弱すぎる。海外の政府サイトには、外国人である私にもわかりやすい説明が載っている。正確、かつ誰にでもわかるという工夫が日本政府には不足している。DXが進めば進むほど、わかりやすい情報発信力が必要になる。
C:ホワイトハウスの説明はプレインイングリッシュで書かれている。それと同じような方針を打ち出すべきだ。
Q:マイナ保険証の読み取り機は、マイナンバーカードを縦にかざしたり、横にかざしたり、差し込んだりまちまちである。また、マイナンバーカードを利用できない人(高齢者施設の入居者等)への対策も不足しているのではないか。
A:読み取り機は各医療機関がばらばらに購入しているので、今のような状況になっている。統一して当然で、厚生労働省が仕様を決めるのがよい。利用できない人には、若い人が支援するなどが求められるのではないか。
Q:高齢になれば、判断能力・同意能力も下がって来る。本人と支援者のカードを同時に読み取り、だれとだれが判断した、だれとだれが同意したとの記録を残していくのがよいのではないか。
A:いいアイデアである。そのような支援であれば個人情報保護の観点からも問題にもならない。
Q:マイナ保険証の利便を実現するには、まずは電子処方箋から手を付けるべきではないか。マイナ保険証で本人確認すれば、紙の処方箋を持参する必要がなくなるということで、マイナ保険証の利便が国民に伝わっていくからだ。
A:患者一人ひとりについて最低限の電子的記録を蓄積していくシステムは、全国統一システムであるべきだ。それを前提としたうえで、具体的に利便を見せていくために、まず電子処方箋から始まるというのは一案である。
C:大手チェーンが個々に「お薬手帳アプリ」を提供している。患者は病気ごとに薬局を変えたりするが、複数の「お薬手帳アプリ」で情報を共有するようにはなっていない。一元化を進めるのは全国統一システム側の責任になる。

ZOOMセミナー「秘密特許制度と技術安全保障」 玉井克哉東京大学先端科学技術研究センター教授

開催日時:7月25日火曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:玉井克哉(東京大学先端科学技術研究センター教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

玉井氏の講演資料はこちらにあります。

玉井氏の講演ビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

玉井氏は冒頭次のように講演した。

  • 技術流出を防止する法制度は、事前規制と事後規制から成り立つ。事前規制にはスパイ活動を規制するスパイ防止法制、情報の国外への流出を規制する法制、技術秘密に関われる人を制限するセキュリティ・クリアランス制度、そして秘密特許制度がある。事後規制には、流出を厳しく罰する国防秘密保護法制と営業秘密保護法制がある。その他に、“技術流入”促進策も技術流出を防止する法制度の一部を構成する。
  • 米国はこれらすべてが揃っているが、わが国の法制には穴が開いていた。そこで、経済安全保障推進法によって穴を埋めようということになり、秘密特許制度も設けられた。
  • 情報流出の規制が外為法によって実施されている。外為法は「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造若しくは使用に係る技術」について「特定国において提供」あるいは「特定国の非居住者に提供することを目的とする取引」は経済産業大臣の許可が必要と定めている。
  • 従来は、国内の提供者から国内居住者への技術の提供は外為法の範囲外とされていた。しかし、国内居住者への技術提供であっても①雇用契約等の契約に基づき、外国政府等・外国法人等の支配下にある者、②経済的利益に基づき、外国政府等の実質的な支配下にある者、③国内において外国政府等の指示の下で行動する者については管理の対象とすることになった。
  • 問題は①②③の確認方法である。提供者の指揮命令下に入った時点で国内居住者(半年以上国内に居住する外国人)の自己申告により確認するように求めている。スパイ活動を行うような悪意ある者が正直に自己申告を行うとは想定し難いが、現場の感覚でいうと、研究者は「人類全体のために研究している」はずだという性善説が前提になっているところがあり、それでよいと考えがちである。
  • 経済安全保障推進法は「4本柱」から成り立っている。特定重要物資の安定的な供給〈サプライチェーンの強靱化〉、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保〈重要インフラの保護〉、特定重要技術の開発支援〈官民共同技術開発〉、特許出願の非公開〈秘密特許〉である。法案の審議過程では、担当大臣は「特に法制上の手当てが必要な分野横断的な喫緊の課題ということで、今回、四つ項目を洗い出してやらせていただきました」と説明した。
  • しかし、どの国に対しての技術流出を危惧しているか、特定国については言明を避けた。「経済安全保障そのものは、別に特定国を念頭に置いてはおりません。むしろ、……米中を含めた他国の動向がどうこうというよりも、まずは自らの自律性と不可欠性を高めていって、我が国としての強靱性を高めていく」との答弁がある。「外部から行われる国家及び国民の安全を害する行為の主体としては外国政府等を想定している」が、「国籍によって特別な扱いを求めることは想定しておりません」ということになっている。
  • 特許出願非公開制度は、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」の出願について保全指定して、特許出願の公開を止め、特別に扱うという制度である。基本指針は内閣が定め、第一次審査(技術分野のざっとした確認)は特許庁が行う。そのうえで保全審査を内閣府が実施するが、審査には防衛省等の国の機関や専門的知識を有する外部者の協力を得る。その後、関係行政機関で協議し、保全指定、すなわち特許出願人への処分を行う。
  • 対象とする技術分野には武器のみに用いる「シングルユース技術」と、民生にも利用される「デュアルユース技術」があるが、当面は「シングルユース技術」だけが対象である。
  • 特許出願人には多くの義務が課せられる。秘密漏洩防止措置実施義務として、内閣府令で定める措置を執る義務が課せられ、「発明共有事業者」も対象になる。「正当な理由」なく開示してはならず、情報拡散のおそれがない場合に限って発明の実施が許可される。また、特許出願手続から離脱できなくなる。対象とされている期間中には特許権は与えられないが、後日対象から外されても、特許権保護期間の延長はない。
  • 特許出願人には保全指定手続を離脱する機会が保障されている。保全審査開始時の通知を受けた時点で、出願を分割する等の対応が可能である。また、保全指定予告の段階で、出願を取り下げて、特許出願手続きそのものから自発的に離脱することもできる。
  • 秘密漏洩防止措置実施義務等は、保全指定を受けたのちに課せられる。指定特許出願人が自ら開示や実施をすれば制裁が科せられるが、義務懈怠による「自然な」漏洩は放任され、指定前に漏洩しても罰則はない。秘密漏洩防止措置実施義務の懈怠を発見した当局が事態改善の「勧告」をし、それを遵守しないと「命令」を発し、その命令に従わないことを確認して初めて、制裁が加えられる仕組みである。そこまで行き着く手前の段階で機微情報が漏れないということは、逆に想定し難い。
  • 出願人が自ら申し出ると、特許庁による一次スクリーニング等が不要となるバイパスルートが設けられている。多くの負担が課せられると覚悟して自ら申し出るわけであるが、当局の一方的な命令で秘密保持を図る表の本道よりも、むしろ「安全保障上の機微を自覚する発明者」によるバイパスルートこそが、制度の本道なのではないか。
  • 保全指定がされると特許が成立せず、実施もできないという制約を出願人が受けることになるが、それに対しては補償を行うことになっている。米国にも補償制度があるが、実際に補償を受けるハードルは高い。しかし、秘密保持命令の対象から外れた時点で特許が与えられると、特許出願を知らずに実施していた他企業――国家が秘密にしているのだから、知るはずがない――から、実施料が取れるようになっている。究極の「サブマリン特許」である。そして、秘密保持命令で特許権取得が妨げられていた期間はまるまる特許権の存続期間が延長されることになっている。秘密保持命令が解除されるというのは民間で技術が応用され陳腐化されていることが多いと想定されるが、その段階で突如としてサブマリン特許が成立し、長期間存続するわけであるから、秘密保持命令による負担の対価は、十分過ぎるほど市場から回収できる仕組みになっているわけである。
  • これに対し、わが国ではそのような期間延長がない。保全指定がなされた場合には、特許出願人には負担のみが課せられる。それでも保全指定を受ける特許出願人にインセンティブがあるとすれば、補償のみである。補償が手厚くなければ、特許出願人の協力が得られるはずはない。逆に、保障が手厚く、発明に費やした直接・間接の投資がすべて塡補され、利益まで見込めるということになっていれば、国の安危に関わる機微技術を開発し、バイパスルートによって保全指定を求めるという運用を、民間企業に期待することができよう。補償金を支給するか否かが、新制度の成否を左右するのではないか。
  • 経済安全保障推進法には「4本柱」がタテ割りという問題もある。サプライチェーンなどの重要インフラを維持していくという柱には、「特定重要物資」の需要を満たし続けたいという視点があるが、それと特定重要技術調査研究機関を把握し所掌することは相互に関連しない。特許出願非公開制度も「特定重要技術」と直接連携しているわけではない。
  • また、政府が権力を発動するのをできる限り回避しようという制度になっている。違反行為が認定されると立入検査が行われ、是正勧告が出る。勧告の不遵守が認定されると命令が出て、命令が不遵守だと、やっと罰則が適用される。罰則は最長1年でしかない。特許出願非公開の対象技術の意図的な開示であっても罰則は最長2年である。営業秘密侵害罪(不正競争防止法)では、個人10年と2千万円/3千万円、法人5億円/10億円が課せられるのに比べて甘すぎる。
  • 保全指定や特許出願却下処分に対する訴訟については、特に法律上の手当てが設けられなかったので、通常の訴訟と同様、公開の法廷で口頭弁論がなされ、記録も公開される。補償金増額訴訟も同様であり、秘密保持の定めはない。
  • 「事業者の経済活動は原則自由であるとの大前提に立った上で、これらを大きく阻害することがないようにすることが重要」というのが経済安全保障推進法の基本姿勢であり、政府による強権の発動を抑える制度になっている。

講演後、次のような質疑が行われた。

Q(質問):そもそも現状狙われている技術はあるのか。
A(回答):すべての技術が狙われている。近隣国は軍事用だけでなく民生技術も取得しようと動いている。ましてや国の安全にかかわる技術を狙っていないわけはない。
Q:デュアルユース技術は秘密特許の対象になっていないというのは問題ではないか。
A:その通り。IT分野の技術はデュアルユース、マルチユースである。軍用にしか使えない技術というのは、そもそもほとんど存在しないのではないか。
Q:秘密特許制度ができたが効果を発揮するには課題が多いとよく理解できた。技術情報を分類する仕組みができたことで満足してしまっているのではないか。
A:その通り。国家公務員法では、「職務上知りえた秘密」を漏洩してはならないとするが、その罰則は最高で1年である。経済安全保障推進法は、そこを頑張って、最高で2年という罰則を設けたのだが、外部から行われる悪意ある活動がそれで抑止されるとは、期待できまい。ましてそれさえも「慎重に」実施するという法体系は問題である。逆に、営業秘密の規定(不正競争防止法)は最高で10年であり、没収や罰金などを考えると、一般の財産犯よりも重く処罰できるようになっている。両者を複合して運用していくのがよい。
Q:技術情報の管理について、多くの府省が関与するという仕組みで主管庁があいまいになっている。個人情報保護は個人情報保護委員会で、オープンデータはデジタル庁というのと同様に縄のれんだが、責任府省を一つに定めるべきではないか。
A:その通りだが、国家にとって秘密と決めたら、それを政府全体で守ることが大切である。韓国でもできている仕組みになっていない。
Q:機微な情報を守り切れないという印象を受けたが、これからどうすればよいのか。
A:わが国は守るのが苦手である。「技術流出防止策」よりは、近隣国の優秀な研究者も招いて技術開発を加速する「技術流入促進策」の方が重要だと個人的には考えている。企業は営業秘密として保護しビジネスを展開し、安全保障上どうしても守るべき技術が生まれたら、米国制度の下で保護を受けるといった割り切りが求められるのではないか。
Q:保全の可能性を自己申告するということは、より良い技術はどうせ保全されてしまうので、その分野の技術開発意欲を削ぐという結果をもたらすのではないか。
A:その通りである。保全対象となる技術を生み出したら政府から莫大な補償が得られるというようにならないと、秘密特許制度は機能しない。