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ICPFオンラインセミナー「ここまで来たGIGAスクール」 寺島史朗学校情報基盤・教材課長

開催日時:2025年6月23日月曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:寺島史朗 文部科学省 初等中等教育局 学校情報基盤・教材課長
司会:山田 肇・ICPF理事長

寺島氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、寺島氏は次のように講演した。

  • 令和元年度にGIGAスクール構想が打ち出された。次いで令和3年に中央教育審議会の答申が出た。一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることが学校教育の目標であり、そのための基盤的なツールとしてICTは不可欠であると位置づけられた。
  • この目標はGIGAスクール構想による新たなICT環境を活用することで実現に近づく。「主体的な学び」「対話的な学び」、そして「深い学び」に向け、ICTを活かして授業を改善していく。
  • 学習用コンピュータが一人一台を超えて整備されるにつれ、いわゆる一斉学習に加えて協働学習と個別学習が実施され、それらを組み合わせて単元目標(山の頂上)に達する教育が施されるようになった。教壇の前にいる教員の話を児童生徒が並んで聞くという、昔からの教室風景も変わってきた。
  • デジタル学習基盤の整備と共に学びの変革は進みつつあるが、一方で、学校や地域間で活用率や活用方法に格差がある、ネットワークが脆弱である、校務のDXが進んでいないなどの問題も顕在化している。
  • 学びの変革とともに教員の仕事ぶりも変わってきた。教員が個々の児童生徒を個別に回って指導する際、子どもたちの学習状況を教師がクラウドを通じて確認して、必要に応じて個々の児童生徒に介入するといった、いわゆる一斉学習と異なる状況が生じてきている。
  • GIGAスクールは学びの保障にも役立っている。療養中の児童生徒が病室から授業に参加する、養護教師が児童生徒の健康状態を確認して他の教員と共有するといったことが可能になった。学びの多様化という点では、オンラインで外部の人に話してもらう、他地域の児童生徒と交流する、英会話レッスンを受けるといったことも実践されている。
  • GIGAスクールは「自分のペースで学習できる」「わからないことをすぐ調べられる」など児童生徒に評価されている。また、「主体的・対話的で深い学び」の授業で、ICTの活用頻度の高い学校のほうが学力調査の平均正答率が高いという傾向も出ている。
  • GIGAスクールをさらに前に進めるための教員向けの学習会を実施するなどしている。最近は「GIGA×主体的・対話的で深い学び」「GIGA×教師の指導性」をテーマにしており、ここに重点的に取り組んでいきたい。
  • 通常学級にいる多様な個性や特性を有する子どもたちに対しても、意欲を高め可能性を引き出す教育が提供できる可能性がある。
  • 現行の学習指導要領前文には、すでに紹介したように「一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。」とある。GIGAスクールの導入とともに進む教育の変革は、前文の実現に資する。
  • 今後に向けての課題の一つが通信インフラである。GIGAスクール構想の推進のため、学校のICT環境整備という2025年度からの三か年計画を策定するなど、通信インフラの整備に取り組んでいる。
  • さらに次期学習指導要領に関して、情報活用能力の抜本的な向上を図る方策についても、中央教育審議会での審議が進められている。今後、どのように質の高い探究的な学びと一体的に充実していくかや、生成AIをはじめとする先端技術に関する内容をどのように取り扱っていくかといった具体的な課題についても議論されていくことになる。

講演後、以下のような質疑があった。

教育内容等について
Q(質問):他国と同様に小学校段階にも「情報」科目を導入してはどうか。
A(回答):先ほど説明したように、現在、中央教育審議会において、情報活用能力を抜本的に向上させる方向性については議論が進められているが、具体的な教科や内容等については今後の議論である。すべての教科を通じて情報技術の活用、適切な取り扱い、そして特性の理解を深める教育を充実していく方向性は示されている。
Q:AI活用について、きちんと教えるべきだ。
A: AIの特性を踏まえた上で、AIの活用そのものを目的化するのではなく、AIを活用して、身に付けさせたい資質・能力の育成にどのように役立てるか、ということを見極めるべきということをガイドラインで示している。
Q:通常学級で、ヘッドセットを付けてデジタル教科書を音声で聞く、フォントをUDフォントやじぶんフォントに切り替えて画面表示する、といった対応も認めるべきだ。
A:アクセシビリティの向上はデジタルの強みであり、実際その方向に進んでいる。先日訪問した学校ではポルトガル語が母語の児童が自動翻訳を使って教科書を読み、英語でレポートを書くといった様子も見られた。

教員や保護者の理解などについて
Q:教員の側に変革が求められているのではないか。
A:教職課程でも情報について教育するようになっているが、まだまだ改善が必要。また、すでに教員となっている方々にも研修の機会を提供している。
Q:教員同士がデジタルを活用して教育上の工夫や悩みを交換する仕組みは普及したのか。
A:チャット等で意見交換する仕組みや教材を共有化する仕組みを導入している地方公共団体が増えている。
Q:保護者も、昔のような一斉学習は行われていないという点について理解する必要があるのではないか。
A:授業参観の前に、「今日の授業はこのようなねらいで、こういう活動をします」と保護者に説明している事例もある。短い時間でも、少し説明することで、保護者自身が受けてきたスタイルと異なる授業についてより理解が深まる。課題を設定し、その解決に向けて様々な情報を収集、整理、分析し、子どもたち同士が対話しながら進めている授業を見ると、「会社での情景と同じだね」というような反応が返ってくる。そのようなことで理解が進む。
Q:家庭や学童保育での利用のためにも、デジタル教科書も無償給与の対象とすべきである。
A:デジタル教科書の在り方についても現在検討が進められている。現在の制度では、無償給与の対象となる「教科書」は紙のものしか認められておらず、デジタル教科書はあくまで「教材」という位置づけ。今後、それをどのようにしていくかが現在の議論でも論点となっている。

JWAC・ICPFセミナー「ここまで来たウェブアクセシビリティ:ユーザビリティが求められる時代に」 山田 肇東洋大学名誉教授

主催:ウェブアクセシビリティ推進協会(JWAC)
共催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
開催日時:2025年5月28日水曜日 午後7時30分から1時間程度
講演者:山田 肇東洋大学名誉教授(ICPF理事長、JWAC理事、JAPL(日本プレインランゲージ協会)理事)

山田肇氏の講演資料はこちらにあります

75名が参加したセミナーで、冒頭、山田氏は次にように講演した。

  • 民間団体W3Cでウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG 1.0)が1999年に誕生。国内標準JIS X 8341-3の初版は2004年であった。2008年版WCAG 2.0には日本人エキスパートの努力でX 8341-3が反映され、WCAG 2.0をそのまま受け入れたISO/IEC 40500が2012年に出版された。ISO/IEC 40500に整合するようJIS X 8341-3は2016年に改正されている。
  • しかしWCAG 2.0、ISO/IEC 40500、JIS X 8341-3は、17年落ちの古い標準である。最大の課題はスマートフォンによる閲覧を想定していないこと。わが国では2010年のスマートフォン比率は4%、2024年は97%と大きな違いがある。
  • そこでスマートフォンに関する達成基準を追加した、WCAG 2.1が2018年に誕生している。スマートフォンに関する達成基準の追加例がリフローである。その後、WCAG 2.2が2023年に完成。ISO/IEC 40500をWCAG 2.2に一致させる改正がほぼ完了し、JIS X 8341-3の改正版は2026年に発行予定となっている。こうして、ウェブコンテンツのアクセシビリティ基準はスマートフォン対応に発展してきた。
  • 首相官邸サイトのアクセシビリティ方針は、JIS X 8341-3:2016のレベルAAに準拠である。しかし、首相官邸サイトでは情報がうまく見つからない。「第217回国会における石破内閣総理大臣施政方針演説」のページには演説本文が見当たらない。ページ下部の「もっと見る」をクリックすると「演説全文」にたどり着く。演説風景の写真だけのページで「もっと見る」を探すように求めるデザインはダメだ。しかも、石破総理施政方針演説の冒頭の「国づくりの基本軸」は961文字も費やしているのに、何を言いたいかが読み取れない。
  • 他国での伝わるコミュニケーションへの対応は異なる。池上彰氏が「トランプ大統領はもう少し知識のある言い回しにすべき」と批判したことがある。しかし、連邦国勢調査局の2019年調査によれば、22%の世帯は自宅では英語以外の言語を使用している。英語だけでは完全なコミュニケーションが取れない国民の存在を前提として、公共も民間も情報を発信しているのである。
  • 連邦法Plain Writing Act of 2010の目的は「国民が理解し利用できる、政府の明確なコミュニケーションを促進し、国民に対する連邦機関の有効性と説明責任を改善する」である。一般国民向けの情報提供は、義務教育終了段階の国民が理解できるように記述することになっている。「Federal Plain Language Guidelines」は、基本三原則として「読者は必要な情報を発見できる」「発見したものが理解できる」「発見したものをきちんと利用できる」を掲げ、実践の第一歩は「読者を考えよ」である。
  • 欧州連合ではCitizens’ Language Policy(2020)によって、明確なコミュニケーションを図ることが義務となっている。ノルウェ―、ニュージーランドも同様。
  • プレインランゲージの国際標準ISO 24495-1:2023が発行されている。読者を特定したうえで、4つの基本原則に沿って文書を作成するように求めている。原則は「読者は必要な情報を入手できる」「読者は必要な情報を簡単に見つけられる」「読者は見つけた情報を簡単に理解できる」「読者はその情報を使いやすい」が掲げられている」。
  • 国際・国内標準は、ユーザビリティを「特定のユーザが特定の利用状況において、システム、製品又はサービスを利用する際に、効果、効率及び満足を伴って特定の目標を達成する度合い」、アクセシビリティを「製品、システム、サービス、環境及び施設が、特定の利用状況において特定の目標を達成するために、ユーザの多様なニーズ、特性及び能力で使える度合い」と定義している。多様なユーザA、B、Cがそれなりに使える度合いがアクセシビリティだが、それだけでは特定ユーザのユーザビリティが高いとは言えない。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、その読者にとってユーザビリティ(効果、効率、満足の度合い)が高い文書が作成できる。読者として中学卒業レベルの読解力を持つ人を想定して、プレインランゲージ原則に沿ってサイトを作れば、多くの市民にとって効果(役に立ち)、効率が高い、満足できるサイトができる。わが国のサイトはプレインランゲージ原則に沿った改善が求められる。
  • ウェブアクセシビリティ基準WCAG 2.2には「読解レベル」への対応という、レベルAAAともっとも高度な達成基準がある。「固有名詞や題名を取り除いた状態で、テキストが前期中等教育レベルを超えた読解力を必要とする場合は、補足コンテンツ又は前期中等教育レベルを超えた読解力を必要としない版が利用できるように」と求めている。「コンテンツ制作者が難解又は複雑なウェブコンテンツを公開できるようにしながらも、読字障害のある利用者の手助けとなるための達成基準だそうだ。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、読字障害のある利用者に加え、広く多くの利用者に伝わり響き、読解レベル基準も達成されるのである。

講演後、次のような質疑があった。

サイトの具体的な改善について
質問(Q):プレインジャパニーズ原則に基づいてサイトに載せる文章を作れというが、どんな文章を書けばよいのか。
回答(A):主語述語を明確にする、二重否定を用いない、短文にするなど作文作法を守ってほしい。詳細は「プレインジャパニーズの教科書」で説明している。また、この作文作法で書いた文章はAI翻訳でも精度が上がる。外国の方に説明する等にも適している。

公共機関でのアクセシビリティ対応について
Q:官公庁などでのウェブアクセシビリティ対応は進んでいるのか。
A:「みんなの公共サイト運用ガイドライン」を総務省が公表して、アクセシビリティに対応したサイトを構築するように各府省・地方公共団体に求めているが、進捗は今一つである。一気にアクセシビリティ対応に転換するのは困難という現実があるので、ガイドラインは毎年進歩していくのが重要と説明しているのだが、毎年の進捗をチェックしている各府省・地方公共団体も少ない。加えて、官邸サイトについて説明したように、内容の理解が難しいサイトも多く改善が求められる。

デジタル教科書でのアクセシビリティ対応について
Q:デジタル教科書のアクセシビリティ対応は進んでいるのか。引っ越しなどで年度途中に教科書が変わり、苦労している子供がいると聞いているが。
A:デジタル教科書にはアクセシビリティ設定機能がある。しかし、設定方法が教科書会社ごとに違うので、国語、算数、理科、社会と設定していくのは面倒である。講演者は統一すべきと提言しているが、まだ実現していない。GIGAスクールについては、6月に文部科学省の課長をお招きしてセミナーを開くので聴講いただきたい。

ウェブアクセシビリティ技術基準自体のわかりやすさについて
Q:そもそもウェブアクセシビリティ技術基準は理解が難しい。改正版では改善されるのか。
A:改善されない。英文の国際標準をそのまま和訳した国内標準(国際整合国内標準)なので、英文のわかりにくさを引きずっている。しかし我が国にはウェブアクセシビリティ基盤委員会という組織があり、そこで標準についての解説を公開している。この解説はわかりやすいので、参考にしていただきたい。

オンラインセミナー「ここまで来たIoTセンシング」 田中宏和広島市立大学教授ほか

開催日時:2025年5月21日水曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
山田 肇・ICPF理事長:デジタルヘルスの市場動向
田中宏和・広島市立大学教授:国際標準IEC 63430の内容と価値

山田 肇氏の講演資料はこちらにあります
田中宏和氏の講演資料はこちらにあります

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • Apple watchによる心電図測定について精度が確認されたという2019年の成功事例から、センシングIoTの市場が動き出した。
  • 日々の健康を守るフィットネスアプリがスマートフォン用に提供されている。フィットネスアプリ等で取得した情報を蓄積して解析して、対象者の課題を明確化するデジタルバイオマーカーは新薬開発などで利用されている。デジタル技術を活用した医薬品「デジタル薬」も、行動変容を促すアプリとして医薬品として承認されている。
  • デジタル技術を活用するヘルステックは健康医療介護サービスの効果を高め、効率を上げ、革新をもたらす技術である。2025年1月の米国CESでは二大注目技術として扱われた。
  • 介護施設向けに介護業務を支援するシステムも実用化され、厚生労働省は介護報酬の2024年改定で、支援システムを導入した介護施設のスタッフ配置人員数を現行の2人以上から6人以上に緩和した。
  • デジタルヘルス世界市場規模は、2024年の288USb$(41兆円)が 、2030年まで年率22%で成長するとされている。日本のデジタルヘルス市場は、2024年の7兆円が、2033年までに12.9兆円になるとの予測がある。「介護テック」「エイジテック」等と呼び方は異なるが複数の市場調査会社が同様の予測を発表している。
  • 高齢者向けの生体情報センシングは、加齢に伴う状態変化によって、IoTセンサを着脱する必要性がある。フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー等でも、事情は同様である。IoTセンサ個々に、サービスを提供する企業個々に、センサの着脱について設計する非効率は、デジタルヘルス産業発展の隘路になる。
  • 課題解決のために、センシングIoTの国際標準IEC 63430が開発された。この国際標準によって、特定のスマートウォッチと特定のスマートフォンの組み合わせがもたらす市場独占を開放する可能性がある。経済産業省は、日本企業がRule TakerからRule Maker に変革するのを支援する「日本型標準加速化モデル」を推進中している。日本主導で国際標準化したIEC 63430の市場での成功に大きな期待が寄せられている。

次いで田中氏が講演した。

  • 2017年時点で日本は世界でナンバーワンの「センサ」王国で、マーケットシェアの50%以上を握っていた。現在でもセンサの世界出荷台数は伸び続け、さらなる成長が予想されている。その中でも医療・ヘルスケア用の伸び率は大きい。
  • 住環境周りでは、センサによる個々の機器の自動化から、機器同士をつないで連携に進み、環境側の条件、人の活動状況、機器の動作状況を連続的に取得・処理して、最適なサービスを提供できるようになりつつある。
  • そこで、多様な利用例(ユースケース)をベースに標準化課題を洗い出すという手法で、国際標準化が進められている。たとえば、ウェアラブルセンサを介し生体データ(心拍・呼吸数など)をスマホやBANハブなどで集約する短距離無線通信規格が作られた。これがSmart BAN (Body Area Network)である。
  • ユースケースを基に考える手法で生まれるのは、社会課題からのニーズ定義に基づく規格であり、特定の社会課題を解決するための必須要件であり、社会に新しい市場を創生する可能性を持つ。
  • ユースケースをベースにする手法から、異なるメーカーや機器間でも共通的に処理できるようセンサデータをコンテナ化し,フォーマットを統一することで,アプリケーション開発のコスト削減と期間短縮を実現するという国際標準が生まれた。大量で多様なセンサデータを利用するサービスに必須の技術、IEC 63430に基づくIoTデータコンテナ技術である。
  • IoTデータコンテナ技術は今後製造や流通、金融、建設、運輸、サービス、エネルギー、公共などのさまざまな分野・領域で適用されるだろう。そのための普及啓発活動をセンシングIoTデータコンソーシアム が中心となって進めている。コンソーシアムはユースケース開発、実装に向けた技術紹介とサポートを行う。
  • しかし、このような技術の利用者には、自らのデータのセキュリティ、プライバシーに関する不安、自らのデータを把握・制御できない不安がある。
  • そこで、利用者が自らの生体センサ等で取得したパーソナルデータを、スマホやタブレットなどのエッジコンピューティングデバイスにセキュアに保存・管理するための国際標準の作成を進めている。セキュアにセンサデータを蓄積・管理する仕組みの定義、サービス定義書/制御つきデータコンテナの定義、ユーザデータ提供に関する本人同意プロセスの定義などである。

二つの講演後、次のような質疑があった。

プライバシーとセキュリティの標準化について
質問(Q):プライバシーとセキュリティの標準化は他の組織とリエゾン(連携)して進めているのか。
回答田中(AT):ISO/IEC JTC 1/SC 27の活動などによって多くの国際標準が存在する。それらを集めてきて、どのように利用すればよいかを考える。それをセンシングIoTサービスに適用するための、特有の技術条件を洗い出す。
コメント(C):そうだとすると、SC 27/WG 5などと勉強会(Special Project)を開くところから始めることをお勧めする。
回答山田(AY):サービス利用者の不安を解消するために国際標準を作るが、一から作るものではない。各国法制を基に「本人からの事前同意をとる」といった運営上のルールをガイドライン化する制度に関わる活動、既存の標準をベースに特有の技術条件を洗い出す技術的な活動の両面を進めていきたい。

PHR(個人健康記録)との連携について
Q:PHR(個人健康記録)との相性が高いのではないか。
AT:その通りで、一緒にやれば価値が高まるというマインドを醸成していきたい。簡単にセンシングIoTを組み込めるような、無料のプラットフォームを作るといった仕掛けも必要かもしれない。
AY:親和性は高い。そのためにセンシングIoTデータコンソーシアムはPHRサービス事業協会と連携して、相互に勉強会で紹介するなどの活動を進めている。

普及活動について
Q:コンテナフォーマットの利用例はまだ少ない。まずは国内で実績を作るべきではないか。
AT:しばらくはバラバラに進まざるを得ないが、IEC63430を使うと便利だよね、という実績が出るように支援していきたい。開発効率の向上、コストの低下などに関する説明を強化するためにもコンソーシアムを作っている。コンソーシアムで実装事例を提示していきたい。
AY:実装事例についてはビジネス化されればベストだが、実証実験でも構わないので、実績を上げていきたい。
Q:メジャーなプレイヤーの認識を高める活動も必要ではないか。
AT:海外展開も想定して、英語での説明にも努力している。
AY:米国西海岸のメジャーなプレイヤーは囲い込みに走りがちだが、他国、例えばイスラエル、カナダ、スコットランド、ベトナムなどは日本市場に興味を持っているので、それらとの連携を深める方向で活動を進めている。

協賛イベント「デジタルヘルスを加速するIEC 63430国際標準化記念セミナー」 経済産業省・小太刀慶明国際電気標準課長ほか

主催:センシングIoTデータコンソーシアム
日時:2025年3月26日(水曜)15:00~18:00
開催方法:会場参加(大手町3×3 Lab Future)オンライン配信

来賓としてベトナム大使館ミン参事官(科学技術室長)と日本経済団体連合会・近藤秀怜上席主幹を迎え、114名(会場57名、ネット57名)を集めた記念セミナーでは、以下のような講演と議論が行われた。本報告の文責は山田肇にある。

冒頭、「日本型標準加速化モデルについて:Rule-taker から Rule-maker へ」と題して、経済産業省国際電気標準課・小太刀慶明課長が講演した。経済産業省は2023年6月に「日本型標準加速化モデル」を策定し、従来の品質確保を中心とした 「基盤的活動」のみでなく、 市場創出のために経営戦略と一体的に展開する「戦略的活動」の重要性を提示した。
企業が標準化の重要性についてより一層意識を高め、国際標準を利用する方向で企業間での連携を促進したり、自社の標準化活動を改善したりする。それによって、日本企業が国際的なルールを守るだけ(Rule-taker)の立場から、国際的なルール(国際標準)を他に先んじて作り(Rule-maker)、先行者利益を享受するに方向に移行していくのを支援していきたい。

次いで、今回出版された国際標準について「IEC 63430規格書発行と新たな標準化の取り組み(セキュアなセンサデータストアシステムの国際標準化)」と題した講演があった。講師は、標準化を担当したIEC TC100 / TA18の国際議長・田中宏和氏(広島市立大学教授)であった。IEC 63430は、多様なIoTセンサからのデータを送受信する際のフォーマットを決めている。このフォーマットが「コンテナフォーマット」であり、多様なセンサデータの流通性・可搬性を向上させる、標準化されたデータ構造仕様である。「コンテナフォーマット」を用いれば、複数ベンダからなるウェアラブルセンサのデータを,クラウドのIoTプラットフォームで収集するのが容易になる。
次の課題がセキュアなセンサデータストアシステム(SDS)の実現である。ユーザが自らの生体センサ等で取得したパーソナルデータを、スマホやタブレットなどのエッジコンピューティングデバイスでセキュアに保存・管理するシステムを構築しなければならない。この国際標準化に乗り出すべく準備を進めている。

センシングIoTデータコンソーシアム会長の山田肇氏(東洋大学名誉教授)が「ヘルステック市場の拡大と国際標準IEC 63430」と題して講演した。健康増進、疾病予防、疾病の早期診断、治療とフェーズは異なるが、生体情報を含む多様なデジタルデータが利用される点で、フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー、デジタルセラピューティクスには共通性がある。デジタル技術を活用するヘルステックは健康医療介護サービスの効果を高め、効率を上げ、革新をもたらす技術である。
フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー、デジタルセラピューティクス個々に、さらには提供する企業ごとに個々に、センサの接続・着脱について固有に設計する手間を減らすのが「センシングIoT国際標準IEC 63430」である。ヘルステックサービス企業は設計時間が大幅に短縮されスムーズな市場参入が可能に、センサ提供企業は多くのヘルステックサービス企業に製品を販売できる機会となる。わが国が主導した国際標準IEC 63430だからこそ、わが国企業にはRule-makerとしてのチャンスがあり、わが国企業がヘルステック市場で活躍するよう期待する。

最後の講演は「逆から考える介護とテクノロジー」。東京未来大学福祉保育専門学校・東京都立産業技術高等専門学校非常勤講師の小林宏気氏は、次のように講演した。
介護を受ける人が増える一方、提供する職員数が減っていく社会情勢では、デジタルによって提供する側の職員能力を向上して、より多くの両者にサービスが提供できる。介護の生産性向上と業務負担の軽減を同時に実現することを目指す。それが介護テックである。職員には、馴化(慣れ)というメカニズムがあるが、デジタルは馴化しないので、馴化を超えて人間に気づきを促すことができる。
団塊の世代以降は、人の世話になりたくないと考える傾向がある。また、2040年には単身高齢者世帯が896万に達すると予測されている。そのような人々に、スマートホームデバイスなどの技術が一般的に利用されるようになると想定されている。介護テックを用いて「お世話される」から「自分で生きる」に変わっていく。
介護テックの開発については、厚生労働省と経済産業省の共管で支援する仕組みが生まれている。効果が実証されれば、次期介護報酬改定で反映されていく。また、スマートホームデバイスとして利用者負担での普及も進んでいくだろう。

センシングIoTデータコンソーシアム事務局長・上杉 貴氏が、2025年コンソーシアム活動について案内して、セミナーは成功裏に終了した。