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オンラインセミナー「デジタルでアップデート:町会ツールで圧倒的な情報伝達力を実現しよう」 薮野 繁 株式会社シーピーユー執行役員

開催日時:2024年7月23日火曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:薮野 繁 株式会社シーピーユー執行役員
司会:山田 肇・ICPF理事長

薮野氏の講演資料はこちらにあります
能登半島地震時の町会ツールの利用状況資料はこちらにあります
講演ビデオ(一部)はこちらにあります

冒頭、薮野氏は概略次のように講演した。

  • 株式会社シーピーユーは1982年創業で、パソコン用建築CADソフトを始めとする、ソフトウェアパッケージの制作・販売が主な事業である。
  • 新規事業開拓の過程で取り組んだのが「結ネット」である。町内会加入率は低下傾向にあり、役員のなり手は不足している。共働きをしている若年層世帯は町内会の伝統的な運営に大きなギャップを感じており、このままでは加入率はますます低下する。
  • 自然災害は増加し、線状降水帯などが多発している。それに関わる情報はネットにあふれているが、本当に必要な「近くの情報」を探すのはむずかしい。
  • 今こそデジタルを活用して「時代に合った」地域組織運営に変革する時である。そのために、「結ネット」を開発した。
  • 最初は石川県野々市市のある町内会に導入された。町内会の意見で「結ネット」を改善していった。その結果、口コミで隣の町内会でも利用されるようになるというように、ボトムアップで普及していった。今では28都道府県の945の団体で、10万人以上に利用されている。
  • 「結ネット」は自治会等地域組織の運営支援を目的に開発したクラウドサービスである。平時には、回覧板に変わる情報伝達手段として町内会の運営に利用される。災害時には安否確認に利用できる。「日常あっての非常」をコンセプトに、日常は自治会活動に、いざ非常時には安否確認に使うことで地域内共助を支援するサービスで、特に町内会役員の負担軽減を主目的に開発された。
  • 徹底的に地域組織に特化し、それぞれの地域組織が自らの運営に合わせるカスタマイズができる。しかし、基盤は全国共通で全国で利用できるシステムとして開発された。地域組織には、町内会、地区連合、市役所等があるが、それぞれが、それぞれの「結ネット」の管理責任を担うボトムアップ型分散システムである。利用者からのフィードバックで継続的に改良していることで、全団体で利用可能な状況を作り出している。
  • 「結ネット」は「個人」ではなく「組織」を基点とすることで。責任ある情報発信と共有を実現している。「個人」を基点とするLINEとは大きく違う。主要四機能は、連絡網機能、グループウェア機能、一斉配信機能、災害時機能である。これら機能を横断的に搭載するからこそ、地域におけるワンストップアプリを実現できる。
  • 日常は町内会から行事案内を送り、住民が参加登録するといった使われ方をする。災害時には住民の安否情報が一元的に集約される。責任者の「非常事態宣言」で、利用者の画面が安否確認画面に自動に切り替わる。平時には世帯単位で利用するが、災害時には利用者個々が本人の安否を発信し、「安否状況確認」画面で利用者相互の状況をリアルタイムで確認できるようになっている。高齢者や子供は家族や支援員、見かけた方が代理で発信する。発信場所は地図で確認できる。
  • いざというときに困らないように、災害訓練を想定し、個人情報の表示を調整できる「訓練モード」を搭載している。災害訓練の状況はNHKのニュース「クローズアップ富山」でも紹介された。
  • 能登半島地震の際には「結ネット」安否確認モードが石川県、富山県で利用された。「元日ということもあり、災害対策本部を設置できない状況であったが、結ネットを活用し校下住民の安否確認はスピード感をもって行えた。その後に未読・未回答者だけを抽出することで、その方たちへの個別対応もスムーズに行えた。」といった感想も得られている。
  • 発災後は、地震に伴う被害状況の把握や、危険な箇所の写真/地図を周知し二次被害を未然に防止するといった活動に「結ネット」が利用されている。また、相互に町内会と住民が情報を共有することで、迅速かつ確実に被災者がサポートできるようになった。地震に伴う避難所の開設・変更・閉鎖の案内も簡単にできた。
  • 以上説明したように、「結ネット」はデジタルの力で町内会活動をアップデートし、若い世帯の加入にも役立っている。そして、能登半島地震の際には発災時から発災後まで多様に活用された。

講演後、次のような質疑があった。

質問(Q):「結ネット」では個人情報はどのように管理しているのか。
回答(A):その質問は、「結ネット」を説明する際に必ず受ける。先ほど説明したように「結ネット」は町内会が自らの運営方針に沿って利用するものである。したがって、個人情報管理方針は導入する町内会が決めるものである。
Q:今日の講演で印象深かったのは、町内会だけでなく、地区連合、市役所、あるいは社会福祉協議会というように階層を超えて情報が共有できる点である。しかし、市役所や社協の職員はITリテラシーが低い。ITが使えない人にどう対応するのか。
A:全く使えない方は「要支援者」として扱う。スマホは持っているが、ログインやパスワードが理解できない人にはそれらの情報をQRコード化して紙で渡し、QRコードでログインできるようにした。社協の職員の場合には、多くは日常にLINEを使っているので、抵抗感なく利用できている。
Q:見守り等にも利用する場合、個人名はどのように扱っているのか。
A:「結ネット」管理者はだれがアクセスしたかわかる。高齢者に興味深い情報を送れば、それを閲覧した高齢者がわかり、見守りにつながる。通常「結ネット」では世帯主が家族を登録するが、民生委員は担当している住民を家族として登録するといった使い方もできる。そうすれば災害時には家族として安否確認できる。さらに、イベントへの参加登録などでは誰が申し込んだか管理者はわかるが、住民相互には申込者の一覧は見えないような設定もできるようになっている。
Q:「結ネット」はいろいろなことができるが、そのために導入を検討する人々が途方にくれるのではないか。
A:「結ネット」で重要視しているのは管理者である。「町会長が管理者というのはやめてほしい」と伝えている。デジタルにくわしい人、少なくとも嫌いではない人を管理者にしてもらう。導入時には必要最低限の機能にしておく。使うにつれて、たとえば「子供会活動も加えたい」というような要望がでてくる。そのような要望に沿って機能を追加していく。管理者の意思で機能を追加していくと、管理者は「自分のもの」として「結ネット」を扱うようになっていく。
Q:高齢者が「結ネット」で集会を知り、家から出るようになったというような話はあるか。
A:細部までの把握はしていないが、回覧板よりも発信数が増えていく傾向がある。発信数が増えていくということは、「結ネット」の価値が町内会で認められたということだから、イベントへの参加も増えていると想定できる。
Q:安否確認の盲点は不在の人。離れた場所で働いている、家族で外出したといった人たちは、自宅に訪問しても安否はわからない。「結ネット」には遠隔でも安否がわかるという価値があるのではないか。
A:その通りである。それに加えて、能登半島地震の際には帰省した家族にも役立った。出勤をせざるを得ない市役所職員の家族の見守りにも使われた。「結ネット」は多様な利用方法が可能である。
Q:「結ネット」はどのようにして普及していっているのか。導入をどのように支援しているのか。
A:コロナ後は市町村からの相談が増えたが、コロナ前から町内会からの相談が続いている。「結ネット」の広報宣伝はしていない。1日に2件ほどの相談が来る。相談に応えていくうちに実験しよう、利用しようということになって導入に進んでいく。

オンラインセミナー「デジタルでアップデート:スタートアップを世界の主役に」 木村康宏freee株式会社執行役員

開催日時:2024年6月27日木曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:木村康宏 freee株式会社執行役員社会インフラ企画部長
司会:山田 肇・ICPF理事長

木村氏の講演資料はこちらにあります。

木村氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、木村氏は次のように講演した。

  • freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げている。スピード感をもってアイデアを具現化できるスモールビジネスは、今までにない多様な価値観や生き方、新しいイノベーションを生み出す起爆剤だと考え、後押ししている。
  • 2013年にクラウド型会計ソフトの提供を開始し、日本でのシェアは第1位である。クラウド型会計ソフトを使用すれば、請求書、経費精算、決算書、予実管理等が実行でき、内部統制にも活用できる。2014年にはクラウド型人事労務ソフトの提供を開始した。勤怠管理、入退社管理、給与計算、年末調整からマイナンバーの管理まで実行できる。
  • 最近では、受取請求書の管理を行うSweeep、アカウント管理をサポートするBUNDLE等を経営統合して、事業の規模を拡大している。
  • 会社としての発展を考え、法人設立を支援するアプリを開発することにした。これを利用した顧客が、その先、会計ソフトや人事労務ソフトを継続して利用してくれるからである。
  • 法人設立支援アプリに必要項目をステップに沿って入力すれば、定款を含む各種書類が一括作成される。このアプリが、公証役場や法務局への申請もサポートする。法人設立後は、銀行口座の申請等にも利用できる。
  • しかし、法人設立はアプリだけでは貫徹できないアナログの壁が存在する。公証人に定款を確認してもらう面談が一つ。かつては顔を合わせての面談が不可欠だったが、コロナ禍での規制改革の流れの中でオンライン面談でもよいことになった。法務局での登記手続きにも時間がかかる。法務局事務を改革してスピードアップする必要がある。
  • 政府はスタートアップ育成5か年計画を推進している。その中で、上述のアナログの壁を改善すべく、会社として政府に働きかけており、政府も問題と認識している。
  • Freee請求書アプリは、総務省より「情報アクセシビリティ好事例2023」に選定された。同アプリは文字サイズの変更、スクリーンリーダでの操作、ダークモードでの操作など、主に視覚障害者による操作が可能になっている。
  • アプリ開発の際に参照する社内向けのアクセシビリティガイドラインを作成し、公開もしている。全職種・全メンバーに向けてガイドラインについて研修を実施するほか、開発職などにはより具体的で詳細な研修を実施し、開発する製品がアクセシビリティに対応するようにしてきた。
  • アプリ開発のデザインシステムを、モバイルアプリ用にも構築した(MoVibes)。MoVibesによって社内UIライブラリが利用できるようになり、UIが統一される等の効果が出ている。
  • しかし、創業期に開発した機能や製品ではアクセシビリティの考慮がまだ不⾜しているという課題が残っている。アクセシビリティの⾼い製品がより⾼く評価される社会になってほしいと考えており、また、アクセシビリティのスキルをもつことが採⽤市場で価値となるようにしたい。

講演後、以下のような質疑があった。

法人設立支援について
質問(Q):かつて開発した製品のアクセシビリティ対応が不足しているという話だったが、法人設立支援アプリの場合には同じ人が繰り返し使うわけではないので、アクセシビリティに対応してUIを変更しても問題は起きないのではないか。また、より多様な人が創業するという点でも必要ではないか。
回答(A):どこまで対応できているかはすぐには回答できない。開発の優先度の課題はあるが、アクセシビリティ対応に進むのは当然である。
Q:NPO設立の場合、モデル定款が存在しており、あっという間に定款ができる。起業の場合も当然できるのではないか。
A:モデル定款自体は存在する。作成した定款について公証人が面談して確認するプロセスが阻害要因である。モデル定款に沿った定款を公証人が確認する必要があるのか大きな疑問である。ここを解決するように働きかけている。

アクセシビリティ対応について
コメント(C):視覚障害があるが、管理職として部下の勤怠管理をしている。勤怠管理ソフトがアクセシビリティに対応しているということは大変にありがたい。障害者雇用の法定雇用率が上がっているが、従事者として働くだけでなく、管理者として働くことができるようにすべきである。勤怠管理のような社内システムにもアクセシビリティ対応を進めてほしい。
A:応援コメントでありがたい。社会全体としては、アクセシビリティ対応についての専門家を育成していくことが重要だと思っている。
Q:そもそもFreeeではどうしてアクセシビリティ対応を重視しているのか。創業者のトップダウンの方針があったのか。
A:最初に一人アクセシビリティに熱意があり、専門性のある人が採用された。その人の熱意が社内で賛同を得、創業者が認めたというのが経緯である。世の中をよくしようと思って創業した人であれば、アクセシビリティに対応することを否定する人はいないのでないか。突き詰めれば、アクセシビリティに熱意のある人が入社したかどうかで、繰り返し話しているように専門家の輪が広がりつつある点からも、今後、他の企業も深めアクセシビリティ対応は進んでいくのではないか。また、総務省が輪が広がるように支援する施策を打つのがよい。
Q:アクセシビリティ対応について、主に視覚に注力していることは理解できた。他の障害にも対応していきたいと考えているか。
A:優先順位の問題だが、次のスコープは外国語対応と考えている。必要な画面で英語対応ができるようにする。あるいは、ブラウザ側で英語に変換する場合に、それを阻害しないようにアプリを作っておくということである。
Q:税務申告書類が英語で書かれていたら税務署が受け付けないのではないか。
A:税務申告ではなく、外国人を雇用する際の労務関係の処理が対象である。

アクセシビリティ対応製品の開発について
Q:アクセシビリティ対応製品の開発でどこに苦労しているのか。
A:開発者が使うライブラリがすでに対応していることで自然に対応が進む。また品質保証の時点でアクセシビリティへの対応を確認する。そのような意識で、デザインシステムの構築と、ガイドラインの社内展開を進めてきた。アクセシビリティ対応の専門家は、我流ではなく、アクセシビリティ専門家のコミュニティに所属しており、業界標準の指針に基づいて社内を指導してくれている。
C:デザインシステムという考え方が重要なのか。
A:デザインシステムは、顧客に提供したい製品の特長を表現するものである。ガイドラインを実装に落とす際には、アクセシビリティに対応したコンポーネンツを利用する。それでも不足する部分は、ガイドラインに沿って開発する。

AIの利用について
Q:システム開発においてAIはどのように利用されるのか。
A:今のAIはマルチモーダル(音声でもテキストでも)で出力できる。翻訳によって言語の壁も突破できる。AIはアクセシビリティ対応に利用できるようになると考えている。他方、自然言語のやり取りで人間は思考を深めていく。会話の中で「ああ、これがやりたかった、これを聞きたかった」と気づくことがある。自然言語で会話するAIは、ソフトウェアのサポートにも利用できるだろう。

オンラインセミナー「デジタルでアップデート:高齢者の自立生活」 山田 肇IEC SyC AAL国際幹事

開催日時:2024年5月29日水曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:山田 肇・IEC System Committee Active Assisted Living国際幹事

山田氏の講演資料はこちらにあります
山田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年)によれば、15~64歳人口は、2020年の7,509万人が2070年には4,535万人まで減少する。しかし、65歳以上人口は3,603万人から3,367万人と横ばいである。
  • 厚生労働省は「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(2021年)において、介護職員の必要数は2023年度には約233万人で、2040年度には約280万人と推計した。しかし、生産年齢人口が減少する中では、必要数の達成は不可能であり、「デジタルでアップデート」等の抜本的対応を進める意図を表明した文書と解釈するのが適切である。
  • 国際連合「2022 Revision of World Population Prospects」によれば、世界の人口に占める65歳以上の割合は、2022年の10%から2050年には16%に増加する。その時点で、世界中の65歳以上の人口は、5歳未満の子供の数の2倍以上、12歳未満の数とほぼ同じとされており、高齢者の生活支援は各国共通の課題である。
  • 高齢者を支援する新技術の動向を調査した論文「Mapping emerging technologies in aged care: results from an in-depth online research(2023)」が公表されている。同論文は222の新技術を特定した。日常生活支援の新技術をすべての高齢者を対象に提供しようというのが、主流である。
  • 高齢者は新技術を受け入れるだろうか。論文「Users’ Perceptions and Attitudes Towards Smart Home Technologies (2018)」に基づいて紹介する。日常生活と健康管理データのモニタリングを受け入れるか等について、全年齢層では否定的な結果が出たが、Estimated Marginal Means(推定周辺平均)で年齢別の受容度を評価すると高齢者ほど積極的に新技術を受け入れるという結果になった。
  • それでは、無条件に受け入れるのだろうか。論文「Barriers and facilitators to health technology adoption by older adults with chronic diseases: an integrative systematic review (2024)」がその疑問に答える。80以上の論文を系統的に分析したレビュー論文は、受入の促進要因として病気への関心と理解、発病期からの新技術の利用、常時モニターによる適切な介入、自己管理による病気の改善等を列挙している。阻害要因は病気への過度な不安、複雑な健康状態等である。要するに新技術の価値に関する高齢者への丁寧な説明・指導が鍵と読み取れる。
  • いくつか、実践例を紹介する。アドダイスは「健康見守りAI<ResQ AI>」を提供している。スマートウオッチでバイタルを常時測定してAIで解析、解析結果は本人の他、家族や医療・介護・保健施設などにも提供可能である。企業健康経営で、従業員のメンタルケア、従業員の熱中症対策等に利用できると共に、高齢者の見守りに適用できる。山梨県中央市での実証実験は、山梨放送で報道された。
  • パナソニックにはLIFELENSがある。高感度センサなどのセンシング技術で、介護施設入居者の居室での状態や生活リズムをリアルタイムで把握する。それによって、「まず訪室」を強いられていた介護スタッフが、LIFELENSで「見て訪室」できるようになり、負担は軽減され、入居者のQOLも向上する。導入したHITOWAケアサービスによると、80%の夜間業務削減。見回り業務が効率化され、ケアを必要としている方により時間を使えるようになったそうだ。
  • 日本市場への参入を目指す外国企業もある。台湾のDAXIN Biotechnologyは寝たきりの人用の特殊な排泄洗浄システムを、2023年秋の台湾フェア(新宿)で展示した。
  • イスラエル企業EyeClickは、四人で競争する高齢者向けゲームObieを、2024年春に日本で介護関係者に紹介した。ニュージーランドの施設では、週に3から4回遊ぶと、入居者の社会性、認知、身体動作に改善がみられるとの結果が出ている。AgeTechについて海外と日本の仲介を事業とする、日本所在のLiving Bestが紹介した事例である。
  • 日本から世界へに向かう企業もある。ユカイ工学は、センサなどがネットワーク接続され、人間を深く理解し、行動をサポートするコミュニケーションロボットを提供している。5月にフランス・パリで開催のVIVA TECHNOLOGY 2024は、日本をCountry of the Yearに指定したが、JETROに選定され、ユカイ工学は日本ブースに出展した。
  • ここまでをまとめる。人口減少下での高齢者の生活支援は、介護を含め、デジタルでアップデートする必要に迫られている。事情は世界各国に共通し、生活モニタ、緊急事態の検知と通報等、多様な分野で新技術が誕生してきた。新技術の価値に関する丁寧な説明・指導で高齢者は新技術を受け入れる可能性が高く、また、生活モニタを受け入れる割合は年齢と共に増加する傾向がある。国内でIoTセンシングやAIを活用した事業が始まるとともに、日本市場に関心を抱いた海外企業の参入も始まりつつある。
  • 高齢者への新技術による生活支援最大の課題は、加齢に伴う身体・認知・判断能力の低下である。能力低下は自立生活支援システムの在り方に影響する。今日の状態に最適化したシステムは、数年先には役立たない恐れがある。部品を抜き差しするだけで変化に合わせられる仕組みが求められ、相互接続・相互運用性を確保する標準化が必要になる。能力が変化しても安全が確保できる配慮が求められ、高齢者の安全を確保するガイドラインが必要になる。また、「人間中心のAI原則」を補完する追加的な原則、すなわち高齢者の利用を想定した追加的ガイドラインも必要である。
  • これらを担当する国際標準化活動が2015年にスタートした。それが、IEC System Committee Active Assisted Living(IEC SyC AAL)。2015年設立で、Chairpersonは Dejun Ma(中国)、SecretaryはDr. Hajime Yamada(日本)である。カナダ、中国、インド、イタリア、日本、韓国、ドイツ、オランダ、ロシア、英国、米国が積極的に参加している。
  • IEC SyC AALはユースケースを数多く集めた。Personal health checkは、高齢者の生体情報を収集するウェアラブルな生体センサからの情報も元に、医師が健康レポートを作成し、その高齢者自宅近隣の薬剤師がアドバイスするというものである。Behavior monitoringは軽度の認知障害がある高齢者が、行動モニターシステムを使用して一人で生活するというもの。システムは危険な出来事や行動パターンの変化を認識し、出来事の種類に応じて当人に通知し、あるいは、救急車等の助けを求めるようになっている。Smart wheeled walkerは好みのルートに沿って選択した目的地に行き、戻るのを手助けし、高齢者を案内するシステムである。
  • これら40以上のユースケースがすべて実現できるようにアーキテクチャを検討した。IEC SyC AALはReference architecture and architecture modelを出版済みである。参照アーキテクチャを利用して、要素間の相互接続・相互運用、安全やセキュリティの分担原則など、標準化すべき項目を明確化されていった。
  • AAL devicesとAAL gatewayの相互接続・相互運用のために技術標準を作成すれば、AAL devicesの抜き差しが可能になり、加齢に伴うシステム変更の柔軟性という要請に応えられる。多数の企業から供給される、多様な情報をセンシングするIoTセンサが同時に存在するときには、取得した大量のデータを交通整理して、情報処理システムに引き渡す仕組みが必要で、センシングIoTの国際標準が誕生した。
  • AALに利用するAIの追加的倫理ガイドラインや、遠隔モニタリングシステムの経済性分析結果も公表されている。参加患者が毎年25,000人増加し最終的に100,000人に達するシナリオで、投資リターンは172%に達する。
  • ここまでをまとめる。身体・認知・判断能力の変化に対応して、高齢者の自立生活を支援するシステムが提供できるためには、相互接続・相互運用等の標準化が不可欠である。2015年にIEC SyC AALが誕生して、国際標準化が進められている。その成果として、多数のIoTセンサからの大量のデータを交通整理して、情報処理システムに引き渡すセンシングIoTの国際標準などの技術的標準とともに、AALに利用するAIの追加的倫理ガイドライン等が出版され、実用に供されつつある。
  • AALに関係する標準化項目は多岐にわたる。データセキュリティ、スマートホーム、人間工学、支援技術、ウェアラブル、安全、AI、ICT、リスク管理。IEC SyC AALが全部自分でやるのは不可能である。一方で、IEC SyC AALが「似て非なる標準」を大量に生み出せば、標準利用者の利便は損なわれる。そこで、他の標準化グループとの連携を進めている。
  • 特に、IEC SyC AALはISO/TC 314 Ageing Societiesと連携している。TC 314は、各国の高齢社会政策に共通する要素をガイドライン化する活動を進めるグループで、高齢者就労、認知症共生社会、家族介護の支援等のガイドラインが出版されている。また、IEC SyC AALと共同で、利用者(高齢者)による新技術の使いやすさに関するガイドラインの作成に乗り出したところである。
  • TC 314では、在宅および介護施設での高齢者ケアについて標準化を進めているが、その中でもAIを始めとした新技術の利用が謳われている。AIは、効率的で個別化されたモニタリングとケアを提供することで、高齢者のヘルスケアに革命を起こすことができるとされてる。
  • 講演をまとめる。国内でIoTセンシングやAIを活用した事業が始まるとともに、日本市場に関心を抱いた海外企業の参入も始まりつつある。身体・認知・判断能力の変化に対応して、高齢者の自立生活を支援するシステムが提供できるためには、相互接続・相互運用等の標準化が不可欠で、2015年以来、IEC SyC AALで国際標準化が進められている。IEC SyC AALは他の標準化活動と連携し、ISO/TC 314での在宅および介護施設での高齢者ケアでもAIの活用が特記されている。
  • 高齢者の自立生活支援はデジタルでアップデートされる。わが国での先行利用は、介護サービス自体も含め、世界市場進出の契機となる。

講演後、次のような質疑があった。

介護施設への新技術の導入について
Q(質問):介護施設職員が新技術を理解して利用し始めるには大きな壁がある。忙しいという理由で介護職員は新技術を受け入れないのではないか。
A(回答):単に「新技術です、素晴らしいでしょう」と言っても導入されない。施設を定期的に訪問して導入指導をする対応が必要になる。実際、千葉の企業が指導した結果、入居者の状態を職員間で共有するSNSスレッドが充実したという事例もある。数か所の小規模施設が連携して指導を受けるなど、地域としての取り組みも求められる。厚生労働省もその方向に動いている。
Q:ITに詳しいサポータを育成するといった対応も必要ではないか。
A:IT企業の退職者などにサポータとして介護施設の指導をゆだねるというアイデアは、確かに可能性がある。ボランティアとして関わることでその人の老化が抑えられるという効果もある。ビジネスとして支援を実施できることが第一で、ボランティア利用が第二の対策だろう。

在宅介護について
Q:在宅介護をしている家族が社会から孤立しているのは適切ではない。そのような家族がSNS上で経験を交流するような仕組みが必要ではないか。
A:在宅介護といってもヘルパー等のプロが訪問してサービスをするのが普通である。そのような場合には、ヘルパー派遣会社に対して介護品質を問うのがよい。ISO TC 314での国際標準化でも、施設介護だけでなく在宅介護の品質を対象としている。そのうえで、おっしゃるような仕組みを作り家族の孤立を防ぐ、そんな社会システムを構築するのがよい。また、独居老人の見守りについてロボットを利用して遠方の家族とつなげるといったサービスも始まっている。家族だけでなく、在宅の高齢者も孤立させない仕組みである。
Q:AIを利用すると新たな可能性が生まれることは分かった。しかし、AIに支援された認知症の高齢者を健常者と見間違うというようなトラブルも予見されるのではないか?
A:標準化の場では、高齢者を支援する際の注意点についてのガイドラインは作ってきたが、AIで支援された高齢者を健常者と見間違うといった課題については扱っていないかった。標準化の課題として受け止める。

関連セミナー「欧州アクセシビリティ法が拓く未来」 L.ロヴァーシ国連障害者権利委員会元委員

日時:2024年2月28日(水)午後1時~3時
場所:参議院議員会館102会議室
主催:日本障害フォーラム(JDF)
協力:障害学会
講師:ラースロー・ロヴァーシ国連障害者権利委員会元委員
記録者:内田 斉(ICPF監事)

講演の主な内容は次のとおりである。

  • EU域内で、1億100万人が何らかの障害を持っている。45歳~65歳の人々の27%近い人が障害を持っている。アクセシビリティの問題は社会の中で非常に大きな意味を持っている。
  • EUで障害戦略ができたのは2010年。そこから10年間でバリアフリーなヨーロッパをつくるため、障壁の除去に向けて取り組んできた。EUがさらに大きな単一市場をつくっていくため、オーディオビジュアルメディアサービス、ユニバーサルサービス、イーコマースに関してはEU指令ができた。策定に当たっては、アメリカの法律を参考にした。
  • 欧州アクセシビリティ法は2019年にEU指令として作成された。欧州アクセシビリティ法の目的はEUの加盟諸国でアクセシビリティ上の障壁を除去して、国際的な市場における製品やサービスが統一的な機能を持てるようにすることである。この法律の狙いは、ヨーロッパの顧客に対してサービスや商品を提供する企業が、ヨーロッパの法律に基づいた規格を遵守し、企業と顧客、双方が利益を得るようにすることである。新しいイノベーションによって商業のチャンスが広がるだけでなくEUに住んでいるあらゆる人がアクセシブルに商品やサービスを使うことで社会的に包摂されるようにする。
  • 欧州アクセシビリティ法は、欧州でビジネスを行う企業、加盟諸国がそれぞれの国の中で法制度を通じて実現することになっている。欧州でビジネスを行う者はこの法に従う必要があり、その最終的なデッドラインは2025年6月である。つまり、来年の夏には欧州アクセシビリティ法が求める共通のアクセシビリティ要件について、EU加盟諸国は確実に法律を施行するようになり、またそこでビジネスを行う者は、その法規制に従って商品やサービスをアクセシブルなものとし、利用する各人がどのように使うのか、トラブルがあったときにどこが責任を持つかについても明確にする必要がある。
  • 国連は「人権の促進と保護に関する新しいデジタル技術の展望」という注目すべきレポートをまとめた。このレポートでは、新技術とは、今まであった実空間、仮想空間、生物学的空間の境界を超えて新しく作られるものだと指摘している。こうした新技術が、今後、リハビリテーションや教育、ソーシャルサービス、介護においてどのように使われるかについても注意が必要である。
  • 今後、技術を使った解決方法がますます重要になる。そこで必要になるのは、創造性と市場、社会的価値(障害者のために、障害者とともにそして障害者自身が取り組むこと)、そして適切な法律である。これらの認識に基づく、新たなアクセシビリティ法が必要になっている。その法律をどう作っていくかということになるが、まずアクセシビリティの課題についてのリサーチが重要である。
  • 未来のアクセシビリティ法を進めていくうえで、3つの重要な技術分野がある。1つ目は、装着できるデバイス(ウエアラブルデバイス)の日常的な活用。2つ目は、安全な侵襲型機器。体につける機器で、データを伴う侵襲型機器。3つ目は、AIとロボティックス、ロボット工学。これらは日々の生活で、ヘルスケアだけでなくあらゆる面で、障害者の生活の質を向上させていく。
  • EUの法律だけでブレイクスルーを起こすことはできない。国際的な協力が必要である。高齢化社会とアクセシビリティにおいて、日本は、良い例を示すことができる。日本の技術とイノベーションが障害のある人たちにとってアクセシブルな形になることを期待している。