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ZOOMセミナー「教育のDX:インクルーシブ教育へのデジタル教科書の利用」

開催日時:1月17日火曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
坂井 聡 香川大学教育学部教授
鈴木秀樹 東京学芸大学附属小金井小学校教諭
佐藤牧子 東京学芸大学附属小金井小学校教諭
司会:山田 肇(ICPF理事長)

坂井氏の講演資料はこちらにあります。
セミナーのビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

冒頭、坂井氏は次のように発言した。

  • 障害者権利条約に則って、国際連合障害者権利委員会は2022年に日本に勧告を出した。その中で「インクルーシブ教育の権利を保障すべきだ」と勧告された。
  • インクルーシブ教育とは、多様な子供たちが教育を受ける権利を保障するように教育システムを改善していくこと、と私は考えている。今の学校は読める・書ける主流の子供たちに適応しており、読めない・書けない子供たちにとっては公正な場となっていない。平等に教育を受けられるように改善しなければならない。
  • 単に障害を持つ子供も普通学級にいればよいというものではなく、合理的な配慮が必要であり、それを行って初めてインクルーシブ教育である。多様な子どもたちに必要な合理的な配慮を提供するためにデジタル教科書が利用できるではないか、と考えている。
  • WHOは1980年にICIDH(国際障害分類)を定めた。障害を医学的に直そうというので「医学モデル」と呼ばれている。これが2001年にICF(国際生活機能分類)に改正された。障害そのものだけでなく生活環境の全体像を捉え、生活環境も改善しようというのがICFの考え方である。社会の側、環境の側の問題を改善しようというので「社会モデル」と呼ばれている。
  • デジタル教科書を使うことによって参加できる子供たちがいるのではないか、活動できる子供たちがいるのではないか。そういう視点で考えよう、ということである。本を読めない子どもであれば、デジタル教科書を使って読み聞かせできる。紙の教科書時代の環境を改善できる。みんなが参加できる環境を整えれば障害はなくなるのである。

続いて鈴木氏が次のように発言した。

  • 最初に、デジタル教科書を活用したインクルーシブ教育について、光村図書出版で公開しているビデオを見ていただきたい
  • ビデオでは、書くのが苦手、読むのが苦手な子供たちがどのようにデジタル教科書を使うか紹介した。初めに物語を読む際に、紙の教科書を読む、デジタル教科書を読む、音声読み上げで聞く、を子供たちが選択すると1/3ずつにわかれる。教員がこの方法で読むようにと指定するのではなく、子供たちの選択に任せるというのが、教育方法について最も変化したことである。
  • デジタルを活用すれば、書く・読むだけでなく、聞く・話すも変化する。オンライン会議アプリのブレークアウトルーム機能を使って少人数のグループを作り、デジタル教科書のマイ黒板を子供たちが共有すると、子供たちの間で意見が交換されるようになる。

佐藤氏は次のように発言した。

  • 子どもたちが具体的にどこで躓いているのかが、デジタル教科書を使うことでわかってきた。
  • 紙の教科書では文節の途中に改行が入る場合があるが、それだけでつながりがわからなくなって混乱する子供がいた。一方、デジタル教科書は文節単位で読み上げるので、子供たちの学習が進む。聴覚過敏の子供も、イヤホンをつけて読み上げを聞けば、外部の音が遮断されるので集中できる。

講演終了後、次のような質疑があった。

自分に合ったフォントの選択について:
質問(Q):自分にとって読みやすいフォントが、それぞれの人にあることがわかってきた。デジタル教科書にフォント変更機能があれば、子供たち、とくに発達性ディスレキシアの子供の学習が進むのではないか。
回答(A):現行制度では、紙の教科書と同一に表示するようにという条件がデジタル教科書に課せられている。一方でデジタル教科書にはリフロー画面があり、こちらではフォントを三種類から選択できるようになっている。子供たちは自ら選択している。
A:フォントを変えることで読みやすさが変わるのは事実で、縦書き・横書きやテキストサイズも含めて、保健室で一部の生徒に対応し、支援している。
A:多くのフォントを載せるとコストがかかるが、より多くのフォントを選択できるデジタル教科書も今後出てくるかもしれない。

インクルーシブ教育の進め方について:
Q:インクルーシブ教育への理解増進はどのように進めるのか。
A:まずは議論する必要がある。障害のある子どもは学校を選択できないという現実の課題も含めて、インクルーシブ教育について学校現場で話をしていく、考えていく必要がある。
Q:障害をもつ子供にデジタル教科書は効果があるという講演だったが、通常の教科書でも問題ない子には何のメリットがあるのか、世間的にはあまり知られていないので話してほしい。
A:デジタル教科書にネガティブキャンペーンを張っている人たちがいる。しかし、デジタルでなければできない学びが多くある。情報発信を進める必要がある。東京学芸大学附属小金井小学校ICT部会が作成した、デジタル教科書の活用実践例を多数公開するYouTubeチャンネルを案内するのでご覧ください。
A:板書を書き写させたいのか、子供同士で議論させたいのか。子供たちに何を学ばせたいのかを起点に、デジタルも活用するようにしていけば、子供たちの選択肢は増え、「デジタルを強制された」と教員が受け止めることもなくなる。

インクルーシブ教育への対応の遅れについて:
Q:他国に比較してなぜわが国ではインクルーシブ教育の導入が遅れているのだろうか。
A:日本は一斉学習が多いので、支援をする子供がいると学習が進まないと不満が出たり、支援をすることによる不公平感(たとえば、パソコンを使って回答することで誤字が自動的に修正されるなど)を感じる場合がある。一斉学習から、協働学習や個別学習に転換していく必要がある。

ZOOMセミナー「DXとアクセシビリティ」

開催日時:12月5日月曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:山田 肇氏(ICPF理事長)
講演者:石川 准氏(障害者政策委員会委員長)

山田氏・石川氏の講演資料はこちらにあります。
山田氏・石川氏の講演ビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • 障害者権利条約には第35条「締約国による報告」がある。日本に対する第1回定期審査は、2022年8月に国際連合障害者権利委員会で実施された。9月に公表された審査結果は、わが国にきびしく政策変更を求めるものとなった。
  • 「マラケシュ条約」の批准を含め、法制度整備の進展について前向きに評価するとしたうえで、審査結果は課題を列挙している。障害者を保護すべき存在とみなす父権主義の考え方が続いている、権利条約は「社会モデル」に基づいているにも関わらず「医学モデル」の考え方が続いている、身体的または精神的障害に基づく失格条項などの差別的な法的制限が続いている等が課題である。それに加えて、権利条約の外務省公定訳が不正確である点も批判された。例えば、公定訳は“accessibility”を「施設及びサービス等の利用の容易さ」と翻訳している。
  • 第9条「アクセシビリティ」について、政府のすべてのレベルで、生活のすべての領域を網羅するように、アクセシビリティ義務を調和させ、そこにユニバーサルデザイン基準を組み込む戦略がないとの指摘があった。障害者団体と緊密に連携し、行動計画を策定し、アクセシビリティ戦略を実施するようと勧告された。
  • 第8条「意識の向上」関連、第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」関連、第12条「法律の前にひとしく認められる権利」についても情報通信技術をいっそう利用する必要があるとの勧告があった。
  • 第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」では、ウェブサイト、テレビ、その他のメディア形式を含め、一般に提供される情報へのアクセシビリティを確保するために、あらゆるレベルで法的拘束力のある情報コミュニケーションの基準を策定するように勧告された。産業標準化法(JIS法)は、国及び地方公共団体に「尊重」するように求める(第69条)だけで、法的拘束力はない。議員立法「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」も法的拘束力はない。この点が批判されたわけだ。
  • 第29条「政治的及び公的活動への参加」では、「すべての人に選挙放送や選挙運動等の選挙関連情報に関する便宜を提供し、投票手順、施設、および資料が障害を持つすべての人にとって適切で、アクセスしやすく、理解しやすく、使いやすいものであることを保証するように、公職選挙法を改正するよう勧告する」とされた。障害者が公職選挙に平等に関わるようにすることで、障害者の権利に対する政治の理解が深まり、情報アクセシビリティへの法的拘束力の付与などに進む可能性があるのではないだろうか。

続いて、石川氏が次のように講演した。

  • 情報アクセシビリティは政策の空白地帯である。第一の理由は、情報アクセシビリティに関わるコンパクトな個別施策は多数あるが、根本的な施策がない点。個別施策には、放送に字幕や音声解説を付与することを促す放送法の努力規定に基づく施策、行政のホームページのアクセシビリティを促す「みんなの公共サイト運用ガイドラインの策定」、読書アクセシビリティ法に基づいて、音訳図書・点字図書のオンライン図書館を財政的に支援する施策
  • 障害者自立支援機器開発等促進支援事業等がある。一方で、民間事業者のオンラインストア、オンラインサービス、モバイルアプリのアクセシビリティ対応を義務づける法制度は未整備であり、情報通信機器・サービスを公共調達する際に、障害のある職員や障害のある市民も同等に使えるように、アクセシビリティへの対応を要件とするように、調達側に義務を課す法制度は未整備である。
  • この点、欧米諸国は先に進んでいる。これが、空白地帯と呼ぶもう一つの理由である。米国は早くも1990年に包括的な障害者差別禁止法である「障害を持つ米国人法(ADA)」を制定し、公共機関と民間事業者のいずれに対しても、障害を理由に差別することを禁止し、障害者への障壁を除去するための合理的調整、合理的配慮の提供を義務づけた。これを起点として、過重な負担でないにも関わらず障壁を除去しないこともまた障害者への差別に当たるとする考え方が、欧州などにも波及していった。この考え方は2006年に採択された国連障害者権利条約においても根幹に置かれることになる。
  • 米国でADAが制定された1990年はまだインターネットのない時代である。しかし、1990年代後半以降急速にインターネットが普及し、店舗は物理的なものには限らなくなり、オンラインストアなどのウェブサイトへのアクセスが新たなソフト面の障壁として経験されるようになった。オンライン店舗の障壁も障害を持つアメリカ人法の対象になるという司法省の解釈が示され、またいくつかの訴訟でも同様の司法判断が示された。こうして一つの包括的な障害者差別禁止法によって、ハード面・ソフト面の障壁を取り除こうとする社会的な流れができていくことになった。
  • さらに、米国は障害を持つアメリカ人法の制定後の1998年にはリハビリテーション法508条を改正し、連邦政府と連邦政府から補助金を受ける機関に、アクセシビリティに対応した機器を優先的に調達するように義務づけた。このリハ法508条は、民間企業のアクセシビリティへの投資を間接的に誘導する効果を果たした。Apple, Google, Amazon, Microsoftなどの電子情報通信企業はスマートホン、タブレット、PCなどの情報機器に搭載された自社のファームウェアやシステムソフトウェアにアクセシビリティ機能を標準搭載するようになり、日本の障害者も、米国やEUなどが行ってきた情報アクセシビリティ法制により、労せずしてスマートホンやPCなどの情報機器を使うことのできる環境が実現してきた。
  • 一方、国内で開発されたウェブアプリとか業務アプリ、モバイルアプリについては、国の情報アクセシビリティ施策の遅れがアクセシビリティ対応の遅れをもたらしている。
  • 物理的な環境設計において多様性への対応は簡単ではない。同じ物理環境を多様な人々が同時に使うので、両立できないこともある。折り合いをつけていくことが必要になる。ユニバーサルデザインを追求しつつ、個々の特性に応じて設備を追加していくことも必要になる。情報障壁は、よほど対応しやすい。利用者の多様性に応じて情報提示の方法を変更できればいいだけなのだから、あちらを立てればこちらが立たないという類いの問題はない。ソフトウェアは名前の通り柔らかいもので、利用者によって形を変えることはなんでもない。
  • 情報障壁は人の多様性に対応したデータやソフトウェアの柔軟設計により解消できるが、データやソフトウェアの柔軟性は、ルールを合意して開発する側がそのルールを守ることにより実現する。それが規格である。規格が乱立していたり、独自規格で開発を進めたりしていると、人の多様性への対応には限界がある。ここに政策の出番がある。アクセシビリティのための国際規格は、ウェブサイトの設計でも、電子書籍のデータ形式などでも策定されている。これに準拠するように政策的に求めていくのがよい。

講演後、次のような質疑があった。

公共調達での義務化について
質問(Q):98年のリハ法508条改正で重要なのは、行政機関における「優先調達」ではなく、「強制法規」という点ではないか。
山田回答(AY):その通り。欧州アクセシビリティ法でも、公共調達だけではなくて民生品についても、アクティビティ基準を満たさない製品を製造・販売・輸入等した場合には処罰されるようになっている。
Q:日本の30年遅れという状態を、少しでも変えられると思われますか。
石川回答(AI):アメリカの障害者運動に比べて、日本の障害者運動は情報アクセシビリティという点で弱かった。情報アクセシビリティについては、障害者の側も受身だった。これを突破する必要がある。
AY:数日前に小金井市議会の補欠選挙で、脳性麻痺の方が当選された。このように、障害者が政治に参加することで動いていく可能性がある。「公共調達も義務化すべきだ」と障害者が自分たちの声を上げるのがよい。

情報アクセシビリティについて
Q:米国でも、身体障害から始まって、知的、精神という形で広がっていったと理解してよいのか。
AY:その通りである。ウェブ等の技術基準も身体障害への対応だけから知的障害等も含むように拡張されている。
AI:リハ法は元々傷痍軍人の社会復帰のための法律だが、これでも身体障害から始まり、PTSDなどが考慮されるようになった。
Q:障害者に対応する、あるいはその親に対応する際、自治体にはインターネットを利用するという意識が低かったと、今日の話を聞いて感じたが。
AY:ネットにうまく対応できないと今は生活できないので、ネットのアクセシビリティをきちんと確保していく必要がある。そうすれば、障害者対応にネットが活用できる。
Q:DXは「新しい価値や発見をする」ものと認識している。DXにおいても、アクセシビリティが大事ということは、今まで利用できなかったものが利用できるようになって新しい発見があるということか。
AI:アクセシビリティは基本的な人権である。
AY:一例をあげる。アクセシビリティに対応することで、障害者や高齢者の就労が容易化され、社会が活性化するという利益が生まれていく。
Q:情報アクセシビリティは、スティグマや私的攻撃を助長しないのか。
AI:世の中は多様な人たちからできている。という点を深く理解しなければならない。障害者権利条約の文脈では、障害者は他の人と対等に扱われるべきである。障害についての理解啓発を深いレベルでしていかないと、うまくいかないと考える。

情報アクセシビリティと著作権法について
Q:アクセシビリティの確保は著作権法と矛盾しないのか。
AY:視覚障害者の利用や聴覚障害者の利用については、著作者の権利行使の対象から除外するという規定が著作権法にある。
Q:インターネットで提供しても大丈夫か。
AI:アクセシビリティは人権に関わり、著作権法は財産に関わるので、基本的には人権が優先されるはずだが、個々にきちんと分析しないと何をしても大丈夫とは言えない。しかし、可読性を高めた著作物をインターネットで提供することは、電子図書館などすでに事例がある。
コメント(C):日本映画にも字幕が付いたものが増えてきたし、字幕付きで上映しても映画館は満席になる。字幕を義務化する方向に動いて欲しい。

ZOOMセミナー「DXを阻む壁:マイナンバーの呪い」

開催日時:11月15日火曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:榎並利博氏(行政システム株式会社・行政システム総研顧問)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

榎並氏の講演資料はこちらにあります。
榎並氏の講演動画(一部)はこちらにあります。

冒頭、榎並氏は次のように講演した。

  • 諸外国では番号は秘密ではないとされ、氏名や住所と同じように様々な行政サービスで利用されている。これに対して、わが国には「番号は秘密だ」という空気が蔓延し、氏名や住所とは異なる特別大事なものとして扱われている。それが原因で日本のデジタル社会は一向に進展しない。「番号は秘密だ」が「マイナンバーの呪い」である。
  • マイナンバーが秘密とされたのは失敗政策の積み上げの結果である。非課税貯蓄の仮名口座を防止するためグリーン・カードを導入しようとしたが挫折した。住民管理のため自治体が番号制度を求め住基ネット(住民票コード)が導入されたが、国は「自治体からの要請で実現したもの」と逃げの一手を取り、大きな混乱が起きた。住基カードには住民票コードを記載していないので、自分の番号がわからないという致命的な問題があった。顔写真もないので身元も確認できなかった。
  • その後、失われた年金問題が起きた。個人を特定できる番号を使わなかったことが招いた問題だった。これがきっかけになって、再び番号制の議論が起きた。マイナンバー制度は、「番号は秘密」という呪いを解く大きな機会だった。政権が民主党に交代したことで、まっとうな番号制度が実現すると期待された。しかし、呪いを残したままマイナンバーは制度設計された。カードの交付時に番号をマスキングするケースを配布したことで、「番号は見られただけで危険!」という呪いが復活した。マイナンバー法の除外規定「生命、身体、財産の保護」にも関わらず、大災害が起きてもマイナンバーは使わないままになっている。
  • 呪いはマイナンバーカードに引き継がれた。カードには番号を記載、顔写真も貼付されているが、マイナンバーカードが提供する電子証明書には基本情報だけでマイナンバーはない。マイナンバーカードで番号は目視できるが、デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーは電子的に証明できない。
  • マイナンバーカードが提供するのは電子証明書のシリアル番号だが、シリアル番号は5年で失効し別の番号に代わる。マイナンバーとは別にシリアル番号を使い、しかも、時々変わる変な番号で、個人を特定するのは難しい。それが原因で様々な問題が起きている。ネットで特別給付金を申請しても本人確認ができなかった。「マイナポイント2万円分ゲット!」と勇ましく宣伝しているが、マイナポイントの二重付与が起きた。
  • 「マイナンバーカードを健康保険証に」と政府は動いているが、問題の発生が予期できる。個人単位の被保険者番号は、保険者が変わると変わる番号である。電子証明書のシリアル番号は5年ごとに変わる。コロコロ変わる二つの番号で紐づけしているので、運用ミスは容易に想定できる。自分の医療記録がない、他人の医療記録が結合されている、という恐ろしい事態が予測される。
  • 一部の行政情報はマイナンバーで紐づけできるが、連携のためには連携用符号を生成し、機関別符号に変換するという面倒な手間がかかる。マイナポータルにはこれとは別に開示システム用符号があり、行政が特定の個人の情報にアクセスしたログは情報提供等記録用符号で記録されている。デジタルに詳しくない人々が制度設計し、それをエンジニアが無理やり実装するからこんな問題が起きている。制度設計にエンジニアを入れるべきだ。
  • 呪いを解くには「番号は秘密じゃない」という呪文を皆で唱えるしかない。皆で呪文を唱えられる環境を構築することが必要で、マイナンバー制度は抜本的に再構築するのがよい。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。マイナンバーを氏名等通常の個人情報の扱いにし、マイナンバーの利用範囲はブラックリスト方式で決める。マイナンバーカードに住所を記載する必要はない。住所は住基ネットで取得できるからだ。電子証明書のシリアル番号はIDとして使わず、個人を特定するIDはマイナンバーに一本化する。
  • マイナンバーを国家権力が恣意的に使い始めたらどうなるのか、という懸念を持つことは健全である。「マイナンバーを使わない」のではなく、デジタルの力を使って、どのように権力を統制していくかを考える必要がある。
  • 人権の考え方は、もともと「国家からの自由」を意味する自由権が中心であった。しかし行き過ぎた自由主義への懸念から、国家による経済生活への関与や利害調整、病気等による社会的弱者に対する救済が期待されるようになった。そして、生存権など社会福祉的な権利も人権であるという「国家による自由」 を意味する社会権が加わった。
  • わが国は社会権を重視する国家である。社会権を守るために情報を使えという考えに立つのであれば、国民には政府を監視する責任が生まれる。国民による管理・監督が可能で透明性が確保される制度と、国民がデジタルを使って政府を監視できる仕組み(技術)を築いていくのがよい。マイナポータルを使って機関間における連携実績(やりとり履歴)と、各行政機関が保有する個人情報(わたしの情報)が確認できるようにする。権力による改ざんを防ぐため、これらの情報やアクセスログなどは分散台帳で管理するといった仕組みが必要で、新制度を実現するために立法府の役割は大きい。

講演後、次のような質疑があった。

Q(質問):政府が恣意的な運用をしない監視は必要だが、政府は無機物ではなく人が動かしている。今の行政職員は上司の指示があれば平気で恣意的な運用をするような人々なのだろうか。それほど強い監視は必要なのではないか。また、政府が信用できない、という人がいるが、行政職員が信用できないといっているということに気付いているのだろうか。
A(回答):権力は必ず腐敗するという懸念を持っている人がいる。確かにその恐れがないわけではない。今の行政職員にモラルがないといっているのではないが、監視するための制度を作り、技術を用意しておく必要がある。なお、政府は信用できないという人は、政府は民主主義に基づいて我々が作ったことを思い出すべきだ。
Q:マイナンバーを広く利用するというのは正しいが、民間も利用できるようにするのがよいと考えているのか。政府は広く利用する方向に傾いているように見えるが、民間が広く利用すると、その人の生活や行動が民間企業にすべて把握されてしまう恐れがある。
A:個人を特定してサービスを提供し、納税してもらう行政という分野では、マイナンバーを広く利用するのがよい。一方、マイナンバーが法的強制力のあるものであるのに対し、民間のIDはあくまで取引のためのID(極端に言えばお金を払ってくれるなら誰でもよい本人特定は不要の番号)であるから、民間利用は制限する必要がある。生活や行動がすべて把握されるという事態はおっしゃる通り避けるべきだ。ただ、犯罪に絡む場合にはマイナンバーと紐づけする必要がある。例えば、預金口座の紐づけはマネーロンダリング防止のために必要である。携帯電話も悪用されないように、マイナンバーに紐づけしておくのがよい。民間での利用は法律によって、今説明したように犯罪予防等に限定すべきである。
Q:住基カードがあり、マイナンバーがあり、さらに、全面的に見直して新番号にしたとしても、番号制度によって提供される利便について国民にきちんと説明し理解が得られない限り、番号は普及しないのではないか。
A:利便について政府の説明は不足している。たとえば保険証だが、高額医療制度の適用が容易になる。預金口座にマイナンバーを紐づけしておけば、激甚災害に被災しても、マイナンバーさえ確認できれば口座から引き出しができる。そんな利便についてていねいな説明が必要であるが、今は不足している。
Q:デジタル庁といっても、それぞれの部署が縦割りで業務を担当している。全体を見ていない。何でもかんでもマイナンバーを使おう、何でもかんでもマイナポータルを使おうと、自分の業務の中でできることの宣伝をしているに過ぎない。国民目線でどんな利便が生まれるか全体を把握して語ることが少なすぎる。この点が大きな問題ではないか。
A:その通りである。全体としてどんな利便が提供できるかを考えるのが重要だが、しがらみから妥協、妥協で進んで今に至っている。オーストリアのように、きちんとしたエンジニアが参加して責任をもって根幹部分を設計し直し、国民の利便を高める必要がある。
C(コメント):呪いが解けていく可能性はある。例えば、国民の主体が会社員であれば、社会保障の手続きは会社任せにすればよいので、マイナンバーの利便は感じられない。フリーランスが主流になっていけば、手続きは自分で行わざるを得ないので、マイナンバーの利便も感じられるようになるし、改善への意見も出てくるだろう。
Q:デジタルがわからない政治家とデジタルがわからない行政が妥協して、その後にシステム化が命じられる。それではだめだ。しっかし、全体をマネジメントできる人が必要ではないか。
A:法律を作るときにはエンジニアを参加させるべきだ。それによって、デジタルが使える法律が生まれ、国民が使えるシステムになっていく。在留外国人の登録などは、エンジニアが初期から参加した成功事例である。
Q:政治家の中にデジタルが理解できる人が生まれてきている点は、今後への期待ではないだろうか。
A:同意する。
Q:スマートフォンで二段階認証を行う仕組みが広がっている。スマートフォンが広く利用されている時代に、マイナンバーのカードが必要なのか。
A:携帯電話番号はコロコロ変わる恐れがある。本人確認にはマイナンバーを用いるのがよい。マイナンバーをスマートフォンに搭載して利用するという方向になって、利用が進んでいくと考えている。

ZOOMセミナー「農業のDX」

開催日時:10月7日金曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:久住嘉和氏(NTT研究企画部門・担当部長)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、司会者が次のようにあいさつした。農業従事者数は減少が続き、平均年齢は65歳を超えている。今後も好転は望めない。食料安全保障・環境保護の両側面から農業は維持すべきだが、それにはデジタル活用、農業のDXが欠かせない。今日は久住氏に農業DXの最新動向をお話しいただく。

その後、久住氏は次のように講演した。

久住氏の講演資料はこちらにあります。

久住氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

  • 世界で73億人の人口が2050年には90億人まで増加すると見込まれ、70%の食糧増産が必要と言われている。一方、わが国では農業人口が減少しており、先進国最低の食糧自給率である。世界でもわが国でもICT活用が求められ、IoT、AI、ビッグデータ等の飛躍的進歩により、農業分野でも第四世代(スマート農業)への移行が始まっている。
  • スマート農業の主なビジネスには、サービス(生産管理・販売管理システム)と製品(農業ロボット・機械等)がある。ICT技術やAI(人工知能)、ロボット技術等と組みあわせることによって、非常に多くのサービスと製品が登場してきた。さらに、ゲノム編集などのバイオ・ゲノムテック、フードテックも生まれている。これらを総合してアグリテックと呼ぶ。
  • わが国では代替たんぱく質のベンチャーがブームになりつつあり、米国・欧州・中国などでは多くの企業がアグリテックに参入している。代表的な企業にはMONSANT、Farmers Business Network、Plentyなどがある。農林水産省も「みどりの食料システム戦略」を掲げて、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現しようとしている。
  • NTTグループの全社員数は32万人で、売上高は12兆円、982社の連結子会社がある。通信キャリアでは世界最大規模の研究所を有し、次世代の通信システムを研究開発している。NTTが打ち出したのが、IOWN構想(Innovative Optical and Wireless Network)である。光を中心に据えて、革新的技術によって超大容量・超低遅延・超低消費電力の通信システムを実現、それを経済社会で活用しようという構想である。
  • Smart AgriはNTTが掲げる六つの重点分野の一つで、IOWN構想の技術を利用する。農業生産に加え、流通・販売・消費・食までの領域について、パートナーと連携して、地球環境に向き合いながら食料自給率を向上させる戦略・具体的施策を推進する。先端技術とトップランナーとのパートナーリングにより、生産性・流通効率を飛躍的に向上し、循環型経済を実現する。
  • NTTグループ・北海道大学・岩見沢市による産学官連携やステークホルダーとの共創のもと、農業の課題解決や生活環境向上など「スマート・アグリシティ」の実現を目指す活動が進められている。岩見沢コンソーシアムの考える未来の農業は、広大な農地を多数のロボット農機が自動で作業し、超省力化を実現するというものである。20~40㎞遠隔にある農機を完全自動運転する試みでは、農機の制御が遅れないように、超低遅延が必要になる。そこにIOWNの技術が使われる。
  • NTTは、農業を起点にドローン利活用を推進する地域の拠点づくりを進めようとしている。農業だけを取り上げる他社とはこの点に違いがある。今後はコネクテッドドローンを実現したい。無線を介してドローンとクラウドが常時接続可能となることで、「ドローンの遠隔操作」と、ドローンが取得したデータを「リアルタイムに遠隔地に伝送」することの両方を実現する。
  • 農業とICTの融合による地域活性化をめざし、農業専業会社を設立した。いわゆる植物工場である。山梨県中央市の拠点ではリーフレタスを主に出荷している。
  • NTTは水産業にも取り組んでいる。世界規模では今後タンパク質不足が発生するので、
  • 水産物のタンパク質をより効率的につくることが求められている。日本の水産業を盛り上げたい、世界のタンパク質不足を解決したい、地球環境問題を解決したいとの想いから京都大学、近畿大学などと連携協定を締結して、RegionalFishというベンチャーに資本参加した。ゲノムの特定箇所を切断する欠失型のゲノム編集を用いて筋肉増量・高成長・早期精子を実現する技術に取り組んでいる。ゲノム編集により品種改良した稚魚を養殖することで、生産効率を上げ、高付加価値化を図る。
  • ジャパンバイオファームが提言するBLOF理論による有機栽培技術の開発にも協力している。科学的データに基づいて最適な土づくりを行うことで、高品質・高栄養価・高収量を実現するというものである。土壌分析に基づき、不足している成分を補うなどの最適施肥設計を行うことにより、収穫量、品質を飛躍的に向上させる。
  • 食品廃棄物を堆肥化する食品残渣発酵分解装置も開発した。堆肥化促進剤を利用することで、有機物の分解速度が上がり、悪臭の発生も押さえられる。食品関連事業者へ「食品残渣発酵分解装置」を含む必要な装置・機能をサブスクリプションモデルで提供しているが、初期投資不要ということで、市場で好評を博している。
  • 農産物の市場流通は不効率である。生産者は価格が決まらないまま大市場へとりあえず出荷するしかない。情報が共有されていないために発生する生産者に不利な取引と非効率な物流を改善しようとNTTは考えた。それが農産物流通DXである。仮想市場で先物取引をすることで、流通を合理化する仕組みである。

講演終了後、次のような質疑があった。

Q(質問):今日説明された技術を利用するには巨額の投資が必要になる。それでも採算がとれるということを示さないと、広く普及するようにはならないのではないか。
A(回答):その通り。如何に採算性を実現するかについても力を入れている研究を進めている。植物工場の場合、地域の産業誘致施策の下で提供された土地を利用し、栽培に使った水も循環させている。
Q:大きな設備投資が必要となると、小規模な専業農家では対応できない。必然的に、農業生産法人や民間企業によるビジネスということになるのではないか。
A:農業生産法人に加えて、個々の農家ではなくJAとして積極的にビジネスに乗り出すという動きが出てきている。
Q:農機の自動走行などが進むと、今まで農機を動かしていた従事者は仕事を失うのではないか。
A:農業従事者不足が続いている。不足する従事者を農機の自動走行などで補おうというのが、岩見沢コンソーシアムの考え方である。今の従事者の仕事を奪うというわけではない。
Q:農業従事者に対するICT活用、農業DXの教育が必要不可欠ではないか。
A:NTTでは農業大学校などに講師を派遣して、農業DXの教育に努めている。農業DXの知識を持った従事者によって、人数をかけずに優れた農産物を量産できるようにしていく、というのが農業の将来像である。
Q:NTT以外にも大企業が農業DXに乗り出している。それらと競争し協調していく中では、農業データの共有基盤が欠かせないのではないか。
A:農業データなどの基盤については、NTTだけではできない。他企業との連携も普通に求められるし、農林水産省が国策としてデータ基盤を作ろうとしている。そうしないと日本の農業は支えられないだろう。
Q:自農地と、他社が持つ隣の農地でそれぞれスマート農業を営む場合、両者の間でデータを交換する必要が出てくるのではないか。そのレベルでの情報共有、そのためのデータの標準化は進んでいるのか。
A:国が進めるデータ基盤はマクロレベルであって、今の質問にあったようなミクロレベルでは栽培データは囲い込みの傾向がある。この点については今までの考え方を大きく変えていかなければならない。