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IISEシンポジウム「人口減少・多死社会に対応したデジタルヘルス」

127名(対面31・オンライン96)を集めたシンポジウムでは、次のような講演と意見交換が行われた。この報告の文責は山田肇にある。

国際社会経済研究所理事長の藤沢久美氏は「人口減少・多死社会における政策が求められている」と挨拶した。
次いで同研究所理事・大島一博氏(厚生労働省前事務次官)が「人口減少社会の迎え方」と題して基調講演を行った。大島氏は、2100年までに人口が半減する中、労働力不足が顕在化する指摘した。二つの対策がある。一つは「人口減少速度を緩和する対策」で、他は「小さな人口規模を前提に社会を構築する対策」である。前者は「こども未来戦略」で、子供を産み育てやすい環境を作っていく対策である。
後者は社会保障分野でも遅れている。現状、社会保障は中福祉・低負担であって赤字国債で補っている。今後は間違いなく高負担になる。膨大な介護ニーズを埋めるため、DX化や外国人材受け入れなど、また、フレイル予防も強化するのがよい。「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」も発行された。2040年ごろを見据え「地域医療制度」も推進されつつある。
DXの基盤がマイナ保険証である。電子カルテ情報の共有によって、医療の質が上がる。電子カルテ情報共有のための標準化も図られている。オンライン診療も、診療所の開設を要しないようにしようとしている。デジタルヘルスには利用者手続きの利便化、ヘルステック、事業者の業務効率化、情報の共有・活用・自己管理という四側面がある。事業者の業務効率化については、日本看護協会が実施している「看護業務の効率化先進事例アワード」が参考になる。

医療分野では看護職がもっとも労働集約型であり、今後の労働力不足への対応が課題となっている。これに関して二つの講演があった。中島美津子・東京医療保健大学教授は、「少子化による看護職不足と業務のリエンジニアリングの必要性」と題して講演した。
看護のサービス水準を落とさないためにはリエンジニアリングが必須である。業務プロセスの標準化、ITシステムの活用、タスクシフティングと多職種連携を進める必要がある。業務プロセスについて業務内容の可視化、平準化、標準化を進めていく。そのためのデータも積み重ねていく。
多職種連携では、「多職種連携」と唱えるだけではなく、意図的・計画的に専門分野を超えて横断的に共有する仕組みを作る。そのためには看護職の人々のリーダシップを育む機会も求められる。そして、地域全体で看護力を考え提供していく「地域の看護師」を目指して働き方改革を進めていこう。
川添高志・ケアプロ株式会社代表取締役社長は、「ヘルスケア分野の働き方改革と離職防止」について、実例を紹介した。人口減少・多死社会では、看護職を10%増やすよりも生産性を10%高めるのがよい。
働き方改革ではケアプロの事例を示す。ケアプロでは予防医療事業を営んでいるが、子育て中でも、テレワーク、オンライン保健指導、オンライン健康セミナー等に従事できるようにした。訪問介護事業についてもITを導入して若い看護師が働けるようにした。スマホで看護記録作成、AIによるシフト管理などで、看護師一人月15000円のICT投資があるが、30000円の売り上げ増(訪問件数増加)が実現した。看護サマリーの作成もAIを活用している。
チャットで患者の情報を共有する仕組みも有用である。また、民間救急搬送に同行したり、修学旅行に同行したりする看護師は、デジタルを活用して副業として募集している。

次に海外事例が二件紹介された。遊間和子・国際社会経済研究所主幹研究員は「英国・オランダにおけるヘルスケアデータの活用とQOD(Quality of Death)向上」について報告した。
人生の最終段階を含めてPHRを活用するのがよい。英国ではSummary Care Recordsが共有されている。GPが治療するごとにSCRが更新される。さらに、終末期のケアに希望も追加できる(ただし、オプトアウトできる)ようになっている。医療従事者・介護従事者はSCRに医療従事者のICカードで認証することでアクセスできる。アクセス方法は多様で、例えば救急隊員や薬剤師もタブレットの顔認証などでアクセスできる。
英国は2008年にNational End of Life Care Strategyを公開し、個人の選択が重視されるようになった。ロンドン在住のすべての人のケアとサポートの希望は、ロンドン中の医療従事者がアクセスできる。例えば、交通事故患者のUCP(Universal Care Plan)を確認すると母の介護をしていると分かれば、母のUCPを確認して緊急対応できる。
オランダもデータを交換するだけでなく、使用できるようにするためのシステム化が進められている。PHRは民間の主導で整備されている。安楽死が合法化されたこともあり、終末期の希望のデータ「治療や人生の終わりに関する記録された希望に関する意思表明」をアクセスして終末期の治療する仕組みになっている。18歳以上の国民は自ら意思を表明するように求められている。
次に「エストニアにおける死亡情報のワンストップサービス」と題して、牟田 学・日本エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会理事が講演した。エストニアは1991年の独立時点からデジタル化を進め、2000年代にはデータ連携に進み、2010年代には意思決定支援にまでデジタルが活用されるようになった。
エストニアのデジタル政府は徹底した透明化が特徴である。これはソビエト連邦支配の経験から国民が政府を信頼していないためであり、透明性・責任追及性・追跡可能性がシステムに埋め込まれている。Xロードによって、人の稼働を介さずに、リアルタイム処理が可能になっている。この点がわが国の「労働集約型」デジタル政府との大きな違いである。
出生と死亡について医師が手続きすると自動的に処理が進む。人口登録システムや不動産などの登記システムが動くので、家族が届け出をする必要はない。加えて「愛する人の死」については、備える(公証人が推奨されている)、死と埋葬について知る、および相続と契約について国民が学べるようになっている。なお、臓器提供などは自らの健康ポータルに登録できる仕組みである。

最後に、山田肇・東洋大学名誉教授/アクセシビリティ研究会主査が研究会の提言を紹介した。提言は以下のとおりである。

  • 医療従事者働き方改革では、業務のリエンジニアリングによるデジタル化とタスクシフトを進めるべき。医師も看護師も中心業務に集中し、周辺業務はデジタル技術を活用するのが第一歩
  • その先に、中心業務についても、AI、遠隔によるモニタリング技術の導入などが展望できる
  • タスクシフト(特定行為看護師の活動推進ロードマップ)を作成し、組織的に取り組むのがよい
  • 妊婦の健康記録、母子健康手帳とワクチン接種記録、学校健診、企業健診、自治体健診、さらには終末期までデータを連携させ、健康増進と疾病予防に活用していく
  • PHRは必要不可欠な健康インフラストラクチャであり、搭載データの種類や形式、アクセスコントロールなどについて共通的な指針の下でシステムを構築していく
  • 断固として推進するという政治的な意思決定が求められる
  • 生涯ヘルスケアデータの活用には、透明性の高い仕組みにより、信頼を醸成していくことが必須
  • 患者側については被保険者番号の履歴によるオンライン資格確認の仕組みが動き出している。一方、医療・介護従事者側のデジタルIDの普及に遅れ。誰がどのデータにアクセスしたか、だけでなく、アクセスコントロールによる医療情報システムのセキュリティといった面からも、デジタルID導入の検討が急がれる
  • ヘルステックビジネスが台頭。フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー、デジタルセラピューティクスなどのヘルステックは健康医療介護サービスの効果を高め、効率を上げ、革新をもたらす
  • ヘルステックに利用する生体センサ・環境センサ等の接続を容易化するデータ交換ルールが、日本主導で国際標準した。市場参入するには、国際標準に沿ってサービスを設計することが望ましい
  • 人生の最終段階における医療・介護にもデジタルを活用し、本人の希望を重視したケアへ
  • デジタルヘルスの活用は情報共有の質と効率を高め、多職種協働のチーム医療の枠組みを強化する
  • 患者の病態モニタリングの精緻化を含めた遠隔診療の質と効率の向上、地域の医療・健康格差の是正等にも役立つ
  • 死を迎えた人の残された家族による死亡に関わる届け出や手続きを、書面による手続きからデジタルに置き換える必要
  • その際には、不要な手続きを見直す抜本的業務改善が求められる
  • 銀行・証券、スマートフォンの契約などの民間手続きについても、「デジタル終活」を円滑に進めるためにマイナポータル連携などを進めるのがよい

国際社会経済研究所理事の谷川浩也氏が閉会の辞を述べて、シンポジウムは終了した。

協賛イベント「日本のバカげたデジタル化を憤る高齢者の会 第一回フォーラム」 仙波大輔氏ほか

表記フォーラムは2025年2月21日(金曜日)にグローバルライフサイエンスハブ・カンファレンスルームとネット配信のハイブリッド形式で開催された。事前申し込み150名のうち100名が参加する盛会であった。

フォーラムの様子は次の通りであるが、文章の責任は山田肇にある。

  • e-Japan戦略に期待し、その実現に向け様々な立場で尽力してきたメンバーも高齢者と呼ばれる世代になった。しかし、日本のデジタル化は一向に進んでいない。
  • このフォーラムではマイナンバー制度成立からの歴史を振り返ったうえで(仙波大輔氏)、「一元的管理は違憲」という神話がマイナンバーの普及を妨げていること(榎並利博氏)、個人情報保護制度が保護に傾きすぎて歪められていること(日野麻美氏)、そして的確な情報発信ができていないことについて(奥村裕一氏)、論客がそれぞれ指摘した。
  • 最後に登壇した森田 朗氏は「マイナンバー制度を監視社会と警戒する向きもあるが、本当に困っている人を支援する福祉社会にこそマイナンバーは活用できる。その際には、国民一人一人がどの行政機関がその人の個人情報を取得したかを確認できる仕組みが歯止めになっている。」と総括した。

オンラインセミナー「デジタルでアップデート:わが国のDXを進めるために」 河野太郎前デジタル大臣

開催日時:2025年2月4日火曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:河野太郎前デジタル大臣
司会:山田 肇・ICPF理事長

講演と質疑を通じて河野前デジタル大臣は下記のような主張を展開された。なお、以下の記述の責任は司会(山田 肇)にある。

  • 「本人確認ができない三文判」の押印を求める行政手続きの慣行を廃止した。その他のアナログ手続きについても、それぞれ法制度を改正することで、1000件以上の行政手続きをデジタルに移行させた。
  • 出産届のデジタル手続きはすでに導入されている。死亡届も、さらにその先の遺産相続手続きなども、デジタル化を進めていくように、必要な法制度の改革を進めている。
  • 一日100万件を超えるコロナワクチンの接種実績を即日集計するシステムを、小林史明議員のリーダシップに委ねてアジャイルに構築した。日本のITベンダーは大手、下請け、孫請けが重層構造になっている。これが、アジャイル開発が受け入れられない原因で、その突破には政治力が必要だった。その他、フロッピーディスクの廃止なども進めてきた。
  • しかし行政DXの進捗は遅い。原因の一つは国家予算。1990年から通常予算の規模は40兆円増加したが、その大半は社会保障に回され、各府省がデジタルを導入する予算は限られていた。
  • メディア、特に上層部の理解不足も原因。マイナンバーの紐づけミス8000件について他国からは「ミスは限りなく少なかった」と評価を得たが、国内メディアは大問題と指摘した。また、全国保険医団体連合会の主張も、特定の左派政党との関係に触れることなく報道するなどして、マイナンバーの普及を阻害してきた。
  • 原因の第三は、現行の規制を変えたくないという勢力の存在。役所が変更しようとしても、企業側がついてこないという事態がしばしば起きた。DXでもっと便利になると、政治家がきちんと説明する必要があるし、企業や国民に教育機会を提供して「変化を恐れない気持ち」を育てる必要がある。
  • 銀行口座番号を他人に知られても怖さを感じないように、「マイナンバーを他人に知られても怖くはない」と国民が理解できるような政府広報を充実していく必要がある。「マイナバー秘密主義」と誤解されている法制度も改善するのがよい。
  • 第四の原因は「地方分権」。地方分権だからと1741のシステムを並行して動かす大きな無駄があった。たとえば住所の表記も地方公共団体ごとに少しずつ違う。このような相違が集積して、システムを統一するという方向になかなか動かなかった。「無理をしてもシステムは一つに統合するが、意思決定は1741それぞれに委ねる」というようにすれば、DXと地方分権は両立する。
  • 中長期的には子どもたちへの教育が重要である。日本の大学は文系と理系に分かれ、文系はデジタルについてほとんど学ばない。しかし、考古学でさえ、デジタルを活用して研究が進んでいる時代である。DXについて基礎知識を全員が持つように教育全体を変えていく必要がある。
  • 少子高齢化が進み、供給過剰の時代になった。需要が過剰だった昭和時代には人々はバス停でバスを待ったが、供給過剰であればバスが人々をピックアップするように巡回すべきである。需要が可視化されるのが特徴のライドシェアは、そんな考え方で導入を進めている。物流なども同様。供給過剰時代だからこそDXが必要であり、それを進めるために古い規制を廃止することが求められている。技術を最大限利用するように規制を変えていくというのが、正しい方向である。
  • 難民キャンプを訪問して、一人ひとりを虹彩で識別してサービスを提供しているのに驚いた。わが国のDXは難民キャンプのレベルにさえ進んでいない。力を入れて改善していく必要がある。

企業見学会:株式会社stu 竹内宏彰VP of Production Divisionほか

見学先企業:株式会社stu
住所:渋谷区千駄ヶ谷4-20−1 Verdex神宮北参道
対応:竹内宏彰 VP of Production Division、早坂篤(Corporate Planning)、金子鉄平(Post Production Producer)

最新の映像スタジオ(https://www.dots-and-line-studio.com)見学の後、主に以下について話を伺い意見交換した。

  • リアルな前景とバーチャルな後景を合成した映像などが自由に作れるようになった。紅白歌合戦などでも利用され、映像の新時代が始まっている。
  • ライブコンサートの準備段階でもデジタルは活用されている。ホールと舞台、演者をデジタル映像として重ねてシミュレーションすることも可能になっている。
  • これらデジタル映像技術を利用してコンテンツをクリエイトしていくクリエイターに、最新の機器を揃え居心地のよいスタジオを提供している。多様なジャンルのクリエイターが集い共同して新しい映像を生み出している。
  • 日本のコンテンツ産業最大の問題は、国内市場に閉じてビジネスをしている点である。クリエイトした映像を海外にどのようにマーケティングしていくかという点に弱みがある。同社は海外マーケティング人材も積極的に雇用し、ここに力を入れている。
  • 中長期的には映像界における大谷翔平的なグローバル・プレイヤーを育てていく必要がある。可能性の高い国内外の若者を国内外のエキスパートが教育するクリエイター育成システム構築の過程である。その中から突出する日本人のスター・クリエイター「大谷翔平」が生まれていくと期待している。
  • 可能性の高い若者には大胆に投資していく必要がある。日本のコンテンツ産業は大御所への投資に偏りすぎており、この点も是正する必要がある。