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シンポジウム「マイナンバーの呪いを解く」 平井卓也初代デジタル大臣ほか

開催日時:11月21日火曜日午後6時から1時間半
開催場所:アルカディア市ヶ谷・会議室「琴平」
基調講演者:
平井卓也(初代デジタル大臣・自由民主党衆議院議員)
榎並利博(行政システム株式会社・蓼科情報株式会社)
討論への登壇者:
原 英治(政策工房)
大林 尚(日本経済新聞)
牟田 学(日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会)
司会者:山田 肇

平井氏は冒頭次のように講演した。

  • 内閣支持率低下の原因もマイナンバーが滞っているのにも共通の理由がある。経済社会をどんな方向に進めるかをはっきりと示していないし、理解も得られていない。なぜ政治がその方向に動いているか、うまく説明できていない。
  • マイナンバーカードは国民皆保険を維持するためだ。紙の保険証を基に年間20億回の請求を医療機関が行っているが、500万回以上に誤りがある。医療機関での入力ミスもあるが、なりすましもある。レセプト情報は2か月遅れなので、睡眠薬を毎日のように調剤するような「悪用」も止められない。今までは見過ごしてきたが、デジタル保険証できっちりやれば年間5730億円の社会保障費が節減できる。だから、デジタル保険証に変えるのだ。
  • マイナンバーは消えた年金問題を解決するために民主党政権が作ったものである。その中で、マイナポータルを見れば誤登録がわかる仕組みを作った。これは民主党の成し遂げた大きな成果である。マイナンバーカードの登録ミスは007%に過ぎなかったし、それは修正すればよいのだ。次の世代のために、登録ミスのような少々のリスクは背負っても実施するべきだ。
  • トルコで病院を見学したが、すべてデジタルで運用されていた。彼らはうまくいかなかったらチャレンジするという姿勢だった。デジタル化に遅れたままでは日本に未来はない。だからリスクを背負ってでも進めるべきだ。
  • 生成AIに自民党・与党の政策を学習させ、質問に対して的確な回答が来る状態まで成長させた。しかしまだ間違える場合があるから、広く利用するには至っていない。これについても、少々のリスクは背負って広報活動などで実利用を進めていくつもりである。

次に榎並氏が資料を用いて次のように講演した

  • 諸外国では番号は秘密ではなく、氏名や住所と同じようなものとして、様々な行政サービスで利用されている。日本では、番号は氏名や住所とは異なる特別大事なものと見なされ、「見られたら危ない、秘密にしないといけない」という空気が蔓延している。まるで「番号を見られたら不幸になる」という呪いがあるようだ。
  • 米国や韓国における「番号を騙ったなりすまし」で人権侵害が起きている。「番号が本人のものか確認せずに使う」使い方が問題なのである。マイナンバー制度では、厳格な「本人確認」を義務付けており、身元確認と番号確認を併せて本人確認される仕組みになっている。しかし、マイナンバーカードの交付時に番号をマスキングするケースを配布して、「番号は見られると危険だ!」という雰囲気を醸成した。
  • マイナンバーカードは住基カードを引き継いだもので、電子証明書と個人番号はリンクさせないという取り決めが踏襲された。署名用電子証明書にはマイナンバーが記載されず。デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーを電子的に証明できないことになっている。
  • 2023年に入って住民票の誤交付、公金受取口座の誤登録、保険証情報の誤登録の問題が立て続けに発生した。保険証情報の誤登録は医療保険者の紐付けミスであるが、厚生労働省の「個人番号を把握していない者について、住基ネットへの照会により個人番号を取得することを基本としたうえで、必要に応じて事業主や本人に確認する」という指針が間違いを起こした。氏名では個人を特定できないと消えた年金問題で学んだはずなのに。自らのマイナンバーを申告するべきなのだが、「マイナンバーは秘密」という呪いが災いした。
  • 「紐付け作業」など人手を介した運用は、ミスが起きることを前提に設計すべき。「情報提供ネットワークシステムに個人情報(氏名・生年月日)を流通させて紐付け誤りがすぐに発覚する仕組み」にすべきである。
  • 呪いを解くにはともかくシンプルにすべきだ。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。そうしないと災害等によるカード紛失時にマイナンバーが使えない。マイナンバーを氏名等通常の「個人情報」並みの扱いとし、マイナンバー利用はブラックリスト方式にする。マイナンバーカードの「身元確認」と「当人認証」の機能を分離する。電子証明書のシリアル番号をIDとして使わない。
  • 個人を特定する身元確認の番号は不変のマイナンバーが必須で、可変の番号は使うべきではない。医療等IDもマイナンバーに変更する。署名用電子証明書およびマイナンバーカードから住所情報の記載を削除する。住所情報は業務上必要があればマイナンバーを使って(住基ネットで)取得できる。そして、最後にマイナンバーをきちんと使うこと。QRコードで番号入力すればICカードリータは不要になる。
  • 住民票コードや機関別符号を廃止し、マイナンバーに一本化する。情報提供ネットワークシステムは、マイナンバーで情報連携し、連携する情報は情報保有機関で把握している氏名・生年月日とともに情報提供する。氏名等も提供することで間違いはすぐにわかるようになる。外字の利用もやめるべきだ。

二つの講演の後、登壇者及び会場参加者から意見が表明され、討論が行われた。

(原)正しいことが必ずしも実現しないことが問題だ。消えた年金で世論に火をつけた民主党政権はマイナンバー制度についてうまくやった。それに倣えば、医療費の請求ミス・不正が膨大と世論に訴え火をつければ、マイナ保険証もすんなり導入できたのかもしれない。国民全体の向きを揃える努力が今の政権には不足しているのかもしれない。
(大林)民主党政権がマイナンバーの骨格を作り、現与党がそれを引き継いだ。しかし、「おそるおそる」進めているように感じる。自信をもってメリットを説明し、セキュリティについても説明するべきだが、常に「おそるおそる」感がある。高校生レベルにもわかるような説明がされていない。だから、今回のような単純ミスが反対派につかれる。住基ネットに関する最高裁判決が過大解釈されて、機関別番号でデータを分散管理するシステムを作ってしまった。それによってシステムが複雑になり、ますますわかりやすい説明ができない状況になっている。これを解きほぐす責任の一端はメディアにもある。
(平井)「おそるおそる」感はその通り。特定個人情報なので、だれもマイナンバーを使おうとしない。特定個人情報を外すには相当な腕力が必要だし、過去に言ってきたことを修正しなければならない。マイナンバーを使って、だれ一人取り残さずすべての国民に恩恵を届けるべきであるし、そのように説明し施策を展開するのがよい。「マイナンバーは票にならん」と政治家の多くは思っているが、覚悟して前に進むようにするべきだ。
(山田)連続セミナーで森田朗さんに講演いただいた。欧州健康データ空間(EHDS)の構想について、「欧州人は国境を越えて動くから、どこにいても適切な医療が受けられるように各国のデータを繋げる」と欧州委員会が説明しているそうだ。これなら欧州人に響く。我が国のマイナンバーも同様な説明が求められる。
(参加者1)総務省には最高裁の呪いがかかっている。それがシステムを複雑にしている。しかし国民には関係ないので、マイナポータルは使いにくいと批判する。国民は実感しないと腑に落ちないので、市役所のサービスを受ける際にはオンラインが原則としてマイナンバーカードを使うというようにしてはどうか。
(榎並)国民に伝えるのに政府広報だけでは無理。日本社会の基盤なので、初等中等教育レベルからきちんと教えていく必要がある。消えた年金問題も若い人たちの記憶にはない。だから、社会の基盤としっかり教えていく必要がある。
(牟田)エストニアの仕組みはシンプルで国民も理解しやすい。如何に制度をシンプルにできるかがポイントである。エストニアは人口が少ないので、処理はコンピュータにやってもらい、人はチェックだけ行う制度を作ってきた。制度は行政職員等が最初に業務で使い、システムがブラシアップされていく。行政機関は個人番号で情報が照会できる。近隣国とデータ交換する仕組みも作られていった。行政データは分散管理され、データのセキュリティレベルに応じてアクセス制御が実施され、暗号化等が施されている。
(参加者2)オーストラリアでは大学入試の際に内申書は不要である。個人番号を伝えれば大学側が高校の成績等を確認できるようになっている。こうして、教員の業務負担も軽減されていく。もちろん大学が中学の成績までを見ることができない。情報照会できるのは必要な範囲に限られている。
(参加者3)欧州では個人番号制度が政争の道具になっていない。我が国はどこから手を付けるべきか。
(牟田)1991年にソ連から独立を回復した後に、それまで試験的に導入していた個人を識別するための個人番号を本格的に利活用することにした。国家を維持するための危機感から個人番号が入った。個人番号は秘密ではなく生年月日や性別が含まれる。性別変更があれば番号を変えるようになっている。
(平井)ますます高齢化が進むと投票所に出向くのも困難になっていく。インターネット投票を導入するには、エストニアと同様に、マイナンバーを利用する必要がある。スウェーデンでは国税庁への信頼が高い。国税庁が把握している個人情報が社会を維持するために利用されているからだ。
(大林)欧州各国は番号制度がないと国が成り立たない状況になっている。エストニアは安全保障が最大の課題で、そのために番号制度がある。スウェーデンでは、養育費を払わない親に支払いを強制するために国税庁が動く仕組みになっており、社会保障・福祉社会を維持するための番号制度と位置付けられている。社会を維持するために番号制度がある、との理解を醸成し、実際にそのようにしていくことが大切である。日本では災害対策が重要な課題であり、電子投票も同様。安全安心に暮らすための番号制度となるように、利用を進めていくのがよい。

連続セミナー第3回「国民主体での医療データの活用」 森田 朗東京大学名誉教授

開催日時:10月26日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

森田氏の講演資料はこちらにあります
森田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、森田氏は次のように講演した。

  • 医療データは⼈類の貴重な情報資源である。医療情報を活⽤することによって、よい治療が受けられ、ミスが減少し、不治の病が治る。体調不良でクリニックに出向くと医師に既往歴を質問されるが、医療データが蓄積されていれば医師は既往歴を正確に把握して治療できる。
  • 個々の患者の治療の質の向上を1次利⽤、医療政策・医学研究・医薬品開発等への利用を2次利⽤と呼ぶ。医療データを活⽤するためには、以下の三点が重要である。①医療データは貯めて、繋ぐことで新たな価値が⾒出されるとの理解、②データベースとプラットフォームを整備し、利活⽤のチャンスを拡大、③医療データの標準化、個人を特定するID、要配慮個⼈情報を大量に利用するためのセキュリティ等。
  • 国⺠各⾃の状況に応じたきめ細かい福祉サービスを提供する福祉国家では、個⼈情報の収集と利⽤が進められ、それによって安全な社会が形成されていく。個人情報を収集する点が「監視国家」と批判されることもあるが、個人情報を収集しなければ福祉国家は実現しない。
  • 欧州連合EUではEHDS(European Health Data Space)が検討の俎上にある。医療データ活用の先進例として紹介する。
  • EHDS提案の背景は次の二点である。①個⼈の電⼦医療データへのアクセスと制御を改善する(1次利用)と共に、研究、イノベーション、政策決定、患者の安全、個別化医療、的統計、規制活動など利用し、社会に利益をもたらすこと(2次利⽤)。このために、EUの価値観に合致した電⼦カルテシステム(EHRシステム)の開発、販売、および使⽤のための統⼀された法的枠組みを定めることにより、域内市場の機能を改善する。②次のパンデミック、脅威への準備と対応、および診断と治療、および健康データの⼆次利⽤のために、健康データにタイムリーにアクセスできるようにする。
  • EU域内のどこでも域内住民に対してより質の高い医療を提供する(1次利用)ためEHRを整備し、プラットフォームMyHealth@EUを介して接続する。医療データを国境を超えて利用して医療政策、医学研究、創薬等を推進する(2次利用)ため、プラットフォームHealthData@EUを整備する。
  • 越境利用のための制度として、National Contact Pointを介してEHRデータが相互流通できるようにする。2次利用には、Health Data Access Bodiesが適切に加工した医療データを提供する。
  • 利用できる医療データの一覧がHDABで公開され、それを見て研究者は利用を希望するデータを特定する。研究者からの申し込みを審査した後、HDABは品質を保ち、個々人のプライバシーを確保したデータ集合を作成する。作成したデータ集合はクラウド上の安全な処理環境に置かれ、研究者はそれにアクセスする。研究結果は公開され、プライバシーと検証可能性が確保される。
  • 27加盟国の中には医療分野のデジタル化が進んでいる国もあれば、遅れている地域もある。EHDSはregulation(規則)として制定され、制定されれば参加は mandatory (義務的)となる。2024年に全域でEHDSを利⽤できるようにするため、インフラの整備等にEUのさまざまな補助⾦が提供される。
  • EHDSを規則として成⽴させるために、多様な団体等からの意⾒を聞き、それらを検討・反映して最終案を作っている段階である。EHDSは欧州議会、評議会で承認される必要があり、2024年の欧州議会の選挙までの成⽴を⽬指している。それ以後にずれ込む、あるいは成⽴しない可能性もある。
  • わが国では匿名化、仮名化が議論になっているが、EHDSでは概念的な法律論ではなく、データ利⽤の有効性の観点から論じられている。2次利⽤に当たって、患者個⼈が識別され権利侵害の可能性がない場合には仮名化データが使われ、その可能性がある場合には、匿名化データが使われる。EHDSに関連する⽂書の中で、仮名化/匿名化は並列して書かれ、両者を区別しての表記は⾒当たらない。
  • 研究者の利⽤に際しては、加⼯されたデータを研究者に渡すのではなく、HDABに置いたままデータを分析し、結果のみをダウンロードするようになっている。ただし、完全に匿名化されたデータの場合は、提供も認められる。また、利⽤するデータの最少化、利⽤後のデータの削除等により、個⼈の権利を保護する制度をGDPRに準拠して採⽤している。
  • 1次利⽤に関しては、わが国のようにデータ利⽤に事前同意を得ることはない。EHDS ⾃体が⼀定の規格を満たしEHRに格納されているデータの存在を前提にして形成されており、自国以外の加盟国で受診するときに自己の医療データを利⽤する権利を強化することを⽬的としていることから、事前同意は問題とされていない。
  • 一方、2次利⽤においては、オプトアウトを認めるか否かについて議論がある。しかし、⼤量のオプトアウトがあればデータの欠損が生じて質が低下する。個⼈が識別されないように加⼯して利⽤することを条件にしているので、オプトアウトを認めることについては消極的である。
  • 国境を超えたデータ結合を⾏おうとすると、データ主体の同定(identification)が必要になる。EU共通の唯⼀無⼆固有のIDが存在していない現状で、データ主体の同定をいかに⾏うかについては検討俎上である。EUにおけるIDのあり⽅を定めたeIDASに基づいIDを管理する方針だが、eIDAS規制は成立の⾒通しが⽴っていない。
  • わが国内閣は医療DXを推進する方針で2023年6月には工程表も定めた。しかし、工程表は多様な利用を併記しただけで、それぞれについて部分最適にはなっても、医療DX全体としての全体最適にはなっていない。グランドデザインの構築が不可欠である。

講演後、次のような質疑があった。

EHDSについて
質問(Q):欧州は医療(Healthcare)と介護(Care)を峻別していない。EHDSの対象範囲には介護も入ると理解してよいか。
回答(A):欧州には、介護は医療とは別という概念はないので、EHDSが介護まで拡大される可能性がある。そもそも、わが国では医療データは「患者」と結びついているのに対して、EHDSは「自然人(natural person)」を対象としているので、当然、介護も射程に入っている。
Q:欧州統一のIDを作るという方向で議論が進んでいるのか。それとも、フィンランド人がエストニアで医療を受ける場合にはフィンランドのIDを利用するのか。
A:IDは悉皆性、唯一無二性が必要だが、eIDASは議論の俎上である。域内で医療データが流通し利用できるためのEHDSであるので、まずは流通利用の仕組みを作ることに焦点が当たり、IDは副次的な問題として扱われている。
Q:HADBにはフルセットのデータがあって、必要に応じて加工して提供するのか。それとも各国から加工後のデータを集めているのか。
A:フルセットのデータがあると理解している。

わが国へに教訓について
Q:日本では個人の同意が前提になっている。マイナンバーカードに包括同意を記載できるようにしたり、同意不要の特区で実験するというようにすべきではないか。
A:その通りである。しかし、本人同意には本人確認が前提となる。本人確認について、生体認証のほかにマイクロチップ利用などの方法も欧州ではトライされている。本人確認と本人同意についてセットにして仕組みを作っていく必要がある。本人確認への認識が日本では薄い。
Q:薬学分野でも貯めて、繋いで、利用することが必要になっている。福祉国家としての安全安心を重視し、監視国家に向かっているわけではないという点をアピールする必要があるのではないか。
A:監視国家という不安は北欧諸国にもあったようだ。それを突破するために、北欧諸国、EHDSでは欧州委員会がシステムの経済合理性について説明を繰り返している。国民皆保険で3割負担が今後も継続できるはずはない。新しい仕組みによってどの程度節約できるかといった経済的な説明を強化していかなければならない。

連続セミナー第2回「エストニアに学ぶ」 牟田 学日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会理事

開催日時:9月28日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
講師:牟田 学氏(日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会理事)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

牟田氏の講演資料はこちらにあります。
牟田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、牟田氏は次のように講演した。

  • エストニアにおける電子政府の利用状況は、X-roadの情報公開サイトからリアルタイムで閲覧できる。それを見るとX-roadを介してのデータ交換が今月だけでも1億回以上行われているとわかる。日本とは日々の利用で千倍の差がある。また、広報サイトが準備されており、そこでも多くの情報が入手できる。
  • エストニアは1991年にソビエト連邦から独立を回復した。初期の混迷を脱して、1990年代後半からデジタル国家に大きく舵を切った。エストニアが何をしているかを一言でいえば、「コンピュータが働きやすい環境を整備し」「社会全体の幸福を実現する」ということである。コンピュータが働きやすい環境を整備という点は日本の今後の課題である。
  • 2000年には電子閣議を開始した。政府が率先してデジタルを利用し、こんな効果があったと国民に示すという方法を取った。IDカードやデジタルIDは、強い権限を持つ人たち(公務員や警察官、教師や裁判官、医師・看護師)から使うように義務化していった。エストニアは、公共サービスの 99%がオンラインで利用可能だが、公共サービスをデジタルで利用することは常に任意、義務ではない。市民は、主に「問題の複雑さ」に基づいて、利用方法を選択している。
  • 投票でもインターネット投票は義務ではない。しかし、2023年3月までに13回の選挙でインターネット投票が実施され、投票者の約半数(2023年は51%、312,181人)が利用している。
  • 初期には公営図書館にインターネット環境が義務付けられ、司書が来館者を教育した。公共サービスとしてネットへのアクセス権を保証し、そこで利用方法を学ぶという形で高齢者まで普及が進んだ。
  • 日本では、政府が国民から信頼されていない電子政府が進まないという意見があるが、エストニア国民の政府への信頼度は日本と差がない。しかし、国民は電子政府には高い信頼を寄せている。その秘密は「徹底した透明性」にある。政府が信頼できないからこそ、政府が何をしているかがわかり、追跡でき、責任が追及できる。エストニアの電子政府は国民が政府を監視する仕組みである。
  • 公共分野で働く人は、IDカードや電子署名が無いと仕事ができない。個人データを含む情報の保有者は、誰が、いつ、どのような目的で、どのような方法で、その情報にアクセスしたのかを記録することが公共情報法に基づく義務となっている。国民はマイポータルを通じて、だれが自らの情報にアクセスしたか、データベース内の内部操作も含めて、知ることができる。日本では組織を超えてデータ連携があったときにだけ記録される仕組みになっている。
  • 多様な公共サービス間で、ピアツーピアでデータ交換するのがX-roadの仕組みである。個人識別コードで公共サービスが連携され、記録される。記録があるので自己データが追跡できる。
  • 公的な電子文書はXML文書として作成され、国立公文書館でアーカイブされる。紙の文書も、特別な理由がない限り電子文書化して保存される。電子文書から機械可読形式のオープンデータが公開でき、必要に応じでデジタル署名により改ざん防止等ができる。エストニアでは、アクセス制限をしているものを除いて、電子文書は公開される。
  • カリユライド前大統領が「デジタル国家はテクノロジーではなく、その周りに丁寧に作られて法体系である」と来日の際に発言した。法令のデジタル対応とは、これまで認められてきた曖昧性の排除であり、人とコンピュータの両者が遵守するためのルールを文書化していく作業である。既存の法律専門知識だけでは、記述することが難しい。健康保険のオンライン資格確認の場合、エストニアではデータベースに登録された時点で効力が生まれる。日本では大正時代の法律を元にしているので、「適用事業所に使用されるに至った日」というあいまいな規定がまだ残っている。
  • 個人識別コードは、エストニア共和国の規格に準拠した、性別と生年月日に基づいて形成され、個人を一意に識別することができる番号である。個人識別コードは、住民登録データベースに記載された時点で付与されとみなされる。たとえば、オンライン出生届によって、自動的に付与される。エストニアの個人識別コードでは、分散管理される様々な公的データベースの主キー(primary key)として利用されている。
  • 日本ではマイナンバーが特定個人情報として扱われている。それによって、医療機関はマイナンバーを取得したくないと考える。このために、マイナバーカードの電子証明書を利用するのだが、そこにいろいろな不備が起きている。「医療機関が主体的に不正行為をしている」場合や「医療機関が不正利用する患者に協力している」場合の医療保険の不正利用の発見・防止に対して、マイナ保険証は、ほぼ無力である。これに対して、エストニアではAIを活用して不正利用を自動監視している。
  • エストニアではデータベースを作成する際には厳しい審査がある。合法性の原則(法令に基づき、公務実行の過程でデータが処理される)、統一の原則(相互互換性・運用性が確保され、データ交換およびデータ検証が可能でなければならない)、基本データ使用の原則(データは信頼できるソースから収集され、政府情報システムの全データベースの共通ソースになるように統合される)などである。
  • 日本でも政府を監視する仕組みとしてデジタル国家ができるかが問われている。それを覚悟するのは、国民ではなく、政治家であり全ての公務員である。

講演が、次のような質疑があった。

主にエストニアのシステムについて
質問(Q):政治家や公務員から利用し始めデジタル記録を残していったことで、「この記録は透明性の確保に使える」と気づいたということか。
回答(A):政治家や公務員が悪いことをしようと思っても、記録に残ってしまう。情報公開の際には信ぴょう性が保証される。これらを通じて、透明性が高まっていく。
Q:公共図書館でリテラシー教育をしている点、法律をデジタルに合わせるという点が印象に残った。企業がデジタルを導入する際にはBPRが行われる。日本のシステム化にはBPRの概念がなく、紙をデジタルに移したことが日本の問題だったのではないか。
A:データ駆動型の政府に変える支援(国や自治体の電子政府基盤の構築)を、エストニアはウクライナに3年ほどの期間で提供している。その前の調査に2年かけてどんなデータがあるかを整理し、次にそれらのデータを活用するように法律を変えていった。そんな地道な作業で政府も変革していった。日本でも、データを活用するには法律を変える必要がある。
Q:アクセシビリティには配慮しているのか。
A:EU基準でアクセシビリティに対応している。サービスデザインの過程ではユーザビリティ等も考慮している。

主に日本での課題について
Q:日本では行政システムが地方公共団体に分かれている。国として統一性を持たせるべきではないか。
A:システムをどう作るかはガバナンスに関連する。国が用意して地方公共団体に提供すれば、類似のシステムが増えていくことはない。
Q:住民票の誤発行ではベンダーの信頼が問題になった。エストニアではだれがシステムを作り、それを政府はどう管理しているのか。
A:国家情報システム局や個人データ保護局などがシステムの設計をチェックし、その後に調達が行われる。日本のようにベンダーに丸投げすることはない。
C(コメント)」日本では「地方自治の本旨」という言葉が強調され、システムはそれぞれの自治体が調達してきた。その結果、バラバラの、似て非なるシステムが大量に存在する状況になっている。「地方自治の本旨」という言葉を誤解してきた結果である。
C:それぞれの自治体が発注するとしても、政府が設計を事前チェックする等のアクションが必要である。国や自治体で共通して利用するデータベースや情報システムの管理を国が行うようになれば、自治体は地域の問題に集中できるという考えもある。
Q:カード読み取り機の不具合に直面すると、「マイナンバーはだめだ」と思い込んでしまう場合がある。機器は使わない方がよいのではないか。
A:個人識別番号がわかれば、機器が不良の際にも、きちんと利用できる。エストニアでは、不具合等をあらかじめ想定して、それでも動くようにシステムを設計している。

ZOOM連続セミナー「マイナンバー問題を解決する:デジタル社会の利器にするために」 大林 尚(日本経済新聞編集委員)

開催日時:8月24日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:大林 尚(日本経済新聞編集委員)
司会者:山田 肇

大林氏の講演資料参考資料(制度・規制改革学会有志声明)はこちらにあります。

冒頭、大林氏は次のように講演した。

  • 平成の30年間をほぼ経済政策の取材に費やした。特に人口減少と少子化の問題に意識を向け、社会保障・消費税などをテーマに社説とコラムを多数執筆してきた。マイナンバーは制度創設時から取材し、ロンドン駐在時にはヨーロッパ各国の社会保障・税・番号制度をカバーし、コロナ前から日本政府のデジタル後進性を指摘してきた。
  • 8月4日に岸田首相は官邸での記者会見で次のように発言した。2020年、党政調会長としてコロナとの闘いの最前線に立ち、日本のデジタル化の遅れを痛感した。欧米や台湾、シンガポール、インドなどで円滑に進む行政サービスが実現できない現実に直面し、日本がデジタル後進国だったことに愕然とした。デジタル敗戦を2度と繰り返してはならない。
  • この発言を聞き、「なんだ、わかってるじゃないか」と感じた。マイナンバーが直面する問題を解決し、社会の利器としての活用を進める必要がある。
  • 昨年「マイナンバーの呪いを解け」という記事を書いた(2022年11月7日 日本経済新聞朝刊)。マイナ保険証への切り替えについて、岸田首相は保険証を残す例外を認める考えを示した。カードからの情報漏洩の恐れは杞憂だと丁寧に説明を繰り返し、尻込みする医師をマイナ保険証に対応するよう促すのが首相本来の役割である。
  • 住民基本台帳ネットワーク訴訟で最高裁判所が「行政事務で扱う個人情報を一元管理できる主体が存在しない」ことを合憲理由の一つとした(2008年)。それに束縛されて、行政事務ごとに別の番号を発行しマイマンバーと紐づける複雑なシステムが設計された。また、「マイナンバーは秘匿すべき」と個人情報保護法で規定した。
  • しかし、情報技術も判決以来15年間で進歩している。マイナンバーを秘密にしない方向に制度を変えて、活用を図る必要がある。
  • 2020年には「個人データ把握、怖くない――マイナンバー、安心の利器(核心)」という記事を書いた2020年5月11日 日本経済新聞朝刊)。ロンドンには至る所に防犯カメラがある。駐車違反にも速度違反にも利用され、たまたま見つけた違反者を罰するのではなく、逃げ得を等しく許さない仕組みになっている。防犯カメラは社会の公正さを高める利器として利用されている。
  • カメラを例にとれば、行動監視はご免だというのが自由権、犯罪やテロを抑止してほしいというのが社会権である。自由権と社会権の位置づけは国ごとに差があり、米国は自由権が高く北欧はともに高い。日本は双方とも中程度だが、社会権をもっと高めてもよいのではないか。公権力がマイナンバーを利用して個人のデータを把握するのも、社会の公正さを高めるためである。
  • マイナ保険証のメリットを浸透させる必要がある。医療機関や薬局での受付の正確さが高まり、時間が短縮される。マイナポータルで自らの特定健診、薬剤、医療費通知情報を確認できる。医療費通知情報をデータ連携することで確定申告の医療費控除が手軽にできる。本人同意を前提に、初めてかかる医療機関でも特定健診・薬剤情報を担当医師らと共有でき、検査や投薬の重複を防げ、より効果的で効率的な医療につながる。
  • 同時に、マイナ保険証を利用する方向にインセンティブを与えるべきだ。ETCカードでは普及初期にETC割引があった。マイナ保険証でオンライン資格確認した患者の窓口負担は2割、現行保険証で受診する患者の窓口負担は4割に上げるといった大胆な策が求められる。

講演後、以下の質疑があった。

質問(Q):マイナンバーを安心して利用してもらうためには、事実に基づくわかりやすい説明、サイエンスコミュニケーションが必要だが、政府には国民に理解を求めるという姿勢が不足しているのではないか。
回答(A):国民の理解を醸成するという意識が足りないという点について同感である。かみ砕いて、高校生くらいに伝わるレベルでの説明を繰り返し行う必要がある。
コメント(C):各府省には広報の概念はなく、個々の部署が情報発信している状態である。
Q:緊急事態には官邸主導になるが、総理大臣・大臣等に説明するのは次官・局長クラスであって、彼らは詳しく理解できているわけではない。その結果、特別給付金の申請の際には、ともかくオンライン申請できるというように短期間で改修するのが精いっぱいで、給付までの時間を短縮するシステムにはならなかった。一方、兵庫県加古川市では速やかに給付するシステムを独自に作っている。総理大臣・大臣等と次官・局長等で対策を決めていくことが間違いではないか。
A:国民目線でサービスを提供した加古川市の事例には一筋の光を感じた。次官・局長等ではなく、一番わかっている人が官邸に対して説明するべきだ。課長補佐でも構わない。普通の国ではすでにそのようになっている。そのように変えていくのがよい。
Q:今回の炎上の原因は政府の側の情報発信力の不足である。炎上していたり誤解が広まっていると思ったら、できるだけ早く情報提供するのは、政府の「義務」である。そのことを政府や省庁は全く理解していない気がする。きちんと情報発信する姿勢が求められるのではないか。
A:各府省の情報発信力は弱すぎる。海外の政府サイトには、外国人である私にもわかりやすい説明が載っている。正確、かつ誰にでもわかるという工夫が日本政府には不足している。DXが進めば進むほど、わかりやすい情報発信力が必要になる。
C:ホワイトハウスの説明はプレインイングリッシュで書かれている。それと同じような方針を打ち出すべきだ。
Q:マイナ保険証の読み取り機は、マイナンバーカードを縦にかざしたり、横にかざしたり、差し込んだりまちまちである。また、マイナンバーカードを利用できない人(高齢者施設の入居者等)への対策も不足しているのではないか。
A:読み取り機は各医療機関がばらばらに購入しているので、今のような状況になっている。統一して当然で、厚生労働省が仕様を決めるのがよい。利用できない人には、若い人が支援するなどが求められるのではないか。
Q:高齢になれば、判断能力・同意能力も下がって来る。本人と支援者のカードを同時に読み取り、だれとだれが判断した、だれとだれが同意したとの記録を残していくのがよいのではないか。
A:いいアイデアである。そのような支援であれば個人情報保護の観点からも問題にもならない。
Q:マイナ保険証の利便を実現するには、まずは電子処方箋から手を付けるべきではないか。マイナ保険証で本人確認すれば、紙の処方箋を持参する必要がなくなるということで、マイナ保険証の利便が国民に伝わっていくからだ。
A:患者一人ひとりについて最低限の電子的記録を蓄積していくシステムは、全国統一システムであるべきだ。それを前提としたうえで、具体的に利便を見せていくために、まず電子処方箋から始まるというのは一案である。
C:大手チェーンが個々に「お薬手帳アプリ」を提供している。患者は病気ごとに薬局を変えたりするが、複数の「お薬手帳アプリ」で情報を共有するようにはなっていない。一元化を進めるのは全国統一システム側の責任になる。