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オンラインセミナー「デジタルでアップデート:スタートアップを世界の主役に」 木村康宏freee株式会社執行役員

開催日時:2024年6月27日木曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:木村康宏 freee株式会社執行役員社会インフラ企画部長
司会:山田 肇・ICPF理事長

木村氏の講演資料はこちらにあります。

木村氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、木村氏は次のように講演した。

  • freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げている。スピード感をもってアイデアを具現化できるスモールビジネスは、今までにない多様な価値観や生き方、新しいイノベーションを生み出す起爆剤だと考え、後押ししている。
  • 2013年にクラウド型会計ソフトの提供を開始し、日本でのシェアは第1位である。クラウド型会計ソフトを使用すれば、請求書、経費精算、決算書、予実管理等が実行でき、内部統制にも活用できる。2014年にはクラウド型人事労務ソフトの提供を開始した。勤怠管理、入退社管理、給与計算、年末調整からマイナンバーの管理まで実行できる。
  • 最近では、受取請求書の管理を行うSweeep、アカウント管理をサポートするBUNDLE等を経営統合して、事業の規模を拡大している。
  • 会社としての発展を考え、法人設立を支援するアプリを開発することにした。これを利用した顧客が、その先、会計ソフトや人事労務ソフトを継続して利用してくれるからである。
  • 法人設立支援アプリに必要項目をステップに沿って入力すれば、定款を含む各種書類が一括作成される。このアプリが、公証役場や法務局への申請もサポートする。法人設立後は、銀行口座の申請等にも利用できる。
  • しかし、法人設立はアプリだけでは貫徹できないアナログの壁が存在する。公証人に定款を確認してもらう面談が一つ。かつては顔を合わせての面談が不可欠だったが、コロナ禍での規制改革の流れの中でオンライン面談でもよいことになった。法務局での登記手続きにも時間がかかる。法務局事務を改革してスピードアップする必要がある。
  • 政府はスタートアップ育成5か年計画を推進している。その中で、上述のアナログの壁を改善すべく、会社として政府に働きかけており、政府も問題と認識している。
  • Freee請求書アプリは、総務省より「情報アクセシビリティ好事例2023」に選定された。同アプリは文字サイズの変更、スクリーンリーダでの操作、ダークモードでの操作など、主に視覚障害者による操作が可能になっている。
  • アプリ開発の際に参照する社内向けのアクセシビリティガイドラインを作成し、公開もしている。全職種・全メンバーに向けてガイドラインについて研修を実施するほか、開発職などにはより具体的で詳細な研修を実施し、開発する製品がアクセシビリティに対応するようにしてきた。
  • アプリ開発のデザインシステムを、モバイルアプリ用にも構築した(MoVibes)。MoVibesによって社内UIライブラリが利用できるようになり、UIが統一される等の効果が出ている。
  • しかし、創業期に開発した機能や製品ではアクセシビリティの考慮がまだ不⾜しているという課題が残っている。アクセシビリティの⾼い製品がより⾼く評価される社会になってほしいと考えており、また、アクセシビリティのスキルをもつことが採⽤市場で価値となるようにしたい。

講演後、以下のような質疑があった。

法人設立支援について
質問(Q):かつて開発した製品のアクセシビリティ対応が不足しているという話だったが、法人設立支援アプリの場合には同じ人が繰り返し使うわけではないので、アクセシビリティに対応してUIを変更しても問題は起きないのではないか。また、より多様な人が創業するという点でも必要ではないか。
回答(A):どこまで対応できているかはすぐには回答できない。開発の優先度の課題はあるが、アクセシビリティ対応に進むのは当然である。
Q:NPO設立の場合、モデル定款が存在しており、あっという間に定款ができる。起業の場合も当然できるのではないか。
A:モデル定款自体は存在する。作成した定款について公証人が面談して確認するプロセスが阻害要因である。モデル定款に沿った定款を公証人が確認する必要があるのか大きな疑問である。ここを解決するように働きかけている。

アクセシビリティ対応について
コメント(C):視覚障害があるが、管理職として部下の勤怠管理をしている。勤怠管理ソフトがアクセシビリティに対応しているということは大変にありがたい。障害者雇用の法定雇用率が上がっているが、従事者として働くだけでなく、管理者として働くことができるようにすべきである。勤怠管理のような社内システムにもアクセシビリティ対応を進めてほしい。
A:応援コメントでありがたい。社会全体としては、アクセシビリティ対応についての専門家を育成していくことが重要だと思っている。
Q:そもそもFreeeではどうしてアクセシビリティ対応を重視しているのか。創業者のトップダウンの方針があったのか。
A:最初に一人アクセシビリティに熱意があり、専門性のある人が採用された。その人の熱意が社内で賛同を得、創業者が認めたというのが経緯である。世の中をよくしようと思って創業した人であれば、アクセシビリティに対応することを否定する人はいないのでないか。突き詰めれば、アクセシビリティに熱意のある人が入社したかどうかで、繰り返し話しているように専門家の輪が広がりつつある点からも、今後、他の企業も深めアクセシビリティ対応は進んでいくのではないか。また、総務省が輪が広がるように支援する施策を打つのがよい。
Q:アクセシビリティ対応について、主に視覚に注力していることは理解できた。他の障害にも対応していきたいと考えているか。
A:優先順位の問題だが、次のスコープは外国語対応と考えている。必要な画面で英語対応ができるようにする。あるいは、ブラウザ側で英語に変換する場合に、それを阻害しないようにアプリを作っておくということである。
Q:税務申告書類が英語で書かれていたら税務署が受け付けないのではないか。
A:税務申告ではなく、外国人を雇用する際の労務関係の処理が対象である。

アクセシビリティ対応製品の開発について
Q:アクセシビリティ対応製品の開発でどこに苦労しているのか。
A:開発者が使うライブラリがすでに対応していることで自然に対応が進む。また品質保証の時点でアクセシビリティへの対応を確認する。そのような意識で、デザインシステムの構築と、ガイドラインの社内展開を進めてきた。アクセシビリティ対応の専門家は、我流ではなく、アクセシビリティ専門家のコミュニティに所属しており、業界標準の指針に基づいて社内を指導してくれている。
C:デザインシステムという考え方が重要なのか。
A:デザインシステムは、顧客に提供したい製品の特長を表現するものである。ガイドラインを実装に落とす際には、アクセシビリティに対応したコンポーネンツを利用する。それでも不足する部分は、ガイドラインに沿って開発する。

AIの利用について
Q:システム開発においてAIはどのように利用されるのか。
A:今のAIはマルチモーダル(音声でもテキストでも)で出力できる。翻訳によって言語の壁も突破できる。AIはアクセシビリティ対応に利用できるようになると考えている。他方、自然言語のやり取りで人間は思考を深めていく。会話の中で「ああ、これがやりたかった、これを聞きたかった」と気づくことがある。自然言語で会話するAIは、ソフトウェアのサポートにも利用できるだろう。

オンラインセミナー「デジタルでアップデート:高齢者の自立生活」 山田 肇IEC SyC AAL国際幹事

開催日時:2024年5月29日水曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:山田 肇・IEC System Committee Active Assisted Living国際幹事

山田氏の講演資料はこちらにあります
山田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年)によれば、15~64歳人口は、2020年の7,509万人が2070年には4,535万人まで減少する。しかし、65歳以上人口は3,603万人から3,367万人と横ばいである。
  • 厚生労働省は「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(2021年)において、介護職員の必要数は2023年度には約233万人で、2040年度には約280万人と推計した。しかし、生産年齢人口が減少する中では、必要数の達成は不可能であり、「デジタルでアップデート」等の抜本的対応を進める意図を表明した文書と解釈するのが適切である。
  • 国際連合「2022 Revision of World Population Prospects」によれば、世界の人口に占める65歳以上の割合は、2022年の10%から2050年には16%に増加する。その時点で、世界中の65歳以上の人口は、5歳未満の子供の数の2倍以上、12歳未満の数とほぼ同じとされており、高齢者の生活支援は各国共通の課題である。
  • 高齢者を支援する新技術の動向を調査した論文「Mapping emerging technologies in aged care: results from an in-depth online research(2023)」が公表されている。同論文は222の新技術を特定した。日常生活支援の新技術をすべての高齢者を対象に提供しようというのが、主流である。
  • 高齢者は新技術を受け入れるだろうか。論文「Users’ Perceptions and Attitudes Towards Smart Home Technologies (2018)」に基づいて紹介する。日常生活と健康管理データのモニタリングを受け入れるか等について、全年齢層では否定的な結果が出たが、Estimated Marginal Means(推定周辺平均)で年齢別の受容度を評価すると高齢者ほど積極的に新技術を受け入れるという結果になった。
  • それでは、無条件に受け入れるのだろうか。論文「Barriers and facilitators to health technology adoption by older adults with chronic diseases: an integrative systematic review (2024)」がその疑問に答える。80以上の論文を系統的に分析したレビュー論文は、受入の促進要因として病気への関心と理解、発病期からの新技術の利用、常時モニターによる適切な介入、自己管理による病気の改善等を列挙している。阻害要因は病気への過度な不安、複雑な健康状態等である。要するに新技術の価値に関する高齢者への丁寧な説明・指導が鍵と読み取れる。
  • いくつか、実践例を紹介する。アドダイスは「健康見守りAI<ResQ AI>」を提供している。スマートウオッチでバイタルを常時測定してAIで解析、解析結果は本人の他、家族や医療・介護・保健施設などにも提供可能である。企業健康経営で、従業員のメンタルケア、従業員の熱中症対策等に利用できると共に、高齢者の見守りに適用できる。山梨県中央市での実証実験は、山梨放送で報道された。
  • パナソニックにはLIFELENSがある。高感度センサなどのセンシング技術で、介護施設入居者の居室での状態や生活リズムをリアルタイムで把握する。それによって、「まず訪室」を強いられていた介護スタッフが、LIFELENSで「見て訪室」できるようになり、負担は軽減され、入居者のQOLも向上する。導入したHITOWAケアサービスによると、80%の夜間業務削減。見回り業務が効率化され、ケアを必要としている方により時間を使えるようになったそうだ。
  • 日本市場への参入を目指す外国企業もある。台湾のDAXIN Biotechnologyは寝たきりの人用の特殊な排泄洗浄システムを、2023年秋の台湾フェア(新宿)で展示した。
  • イスラエル企業EyeClickは、四人で競争する高齢者向けゲームObieを、2024年春に日本で介護関係者に紹介した。ニュージーランドの施設では、週に3から4回遊ぶと、入居者の社会性、認知、身体動作に改善がみられるとの結果が出ている。AgeTechについて海外と日本の仲介を事業とする、日本所在のLiving Bestが紹介した事例である。
  • 日本から世界へに向かう企業もある。ユカイ工学は、センサなどがネットワーク接続され、人間を深く理解し、行動をサポートするコミュニケーションロボットを提供している。5月にフランス・パリで開催のVIVA TECHNOLOGY 2024は、日本をCountry of the Yearに指定したが、JETROに選定され、ユカイ工学は日本ブースに出展した。
  • ここまでをまとめる。人口減少下での高齢者の生活支援は、介護を含め、デジタルでアップデートする必要に迫られている。事情は世界各国に共通し、生活モニタ、緊急事態の検知と通報等、多様な分野で新技術が誕生してきた。新技術の価値に関する丁寧な説明・指導で高齢者は新技術を受け入れる可能性が高く、また、生活モニタを受け入れる割合は年齢と共に増加する傾向がある。国内でIoTセンシングやAIを活用した事業が始まるとともに、日本市場に関心を抱いた海外企業の参入も始まりつつある。
  • 高齢者への新技術による生活支援最大の課題は、加齢に伴う身体・認知・判断能力の低下である。能力低下は自立生活支援システムの在り方に影響する。今日の状態に最適化したシステムは、数年先には役立たない恐れがある。部品を抜き差しするだけで変化に合わせられる仕組みが求められ、相互接続・相互運用性を確保する標準化が必要になる。能力が変化しても安全が確保できる配慮が求められ、高齢者の安全を確保するガイドラインが必要になる。また、「人間中心のAI原則」を補完する追加的な原則、すなわち高齢者の利用を想定した追加的ガイドラインも必要である。
  • これらを担当する国際標準化活動が2015年にスタートした。それが、IEC System Committee Active Assisted Living(IEC SyC AAL)。2015年設立で、Chairpersonは Dejun Ma(中国)、SecretaryはDr. Hajime Yamada(日本)である。カナダ、中国、インド、イタリア、日本、韓国、ドイツ、オランダ、ロシア、英国、米国が積極的に参加している。
  • IEC SyC AALはユースケースを数多く集めた。Personal health checkは、高齢者の生体情報を収集するウェアラブルな生体センサからの情報も元に、医師が健康レポートを作成し、その高齢者自宅近隣の薬剤師がアドバイスするというものである。Behavior monitoringは軽度の認知障害がある高齢者が、行動モニターシステムを使用して一人で生活するというもの。システムは危険な出来事や行動パターンの変化を認識し、出来事の種類に応じて当人に通知し、あるいは、救急車等の助けを求めるようになっている。Smart wheeled walkerは好みのルートに沿って選択した目的地に行き、戻るのを手助けし、高齢者を案内するシステムである。
  • これら40以上のユースケースがすべて実現できるようにアーキテクチャを検討した。IEC SyC AALはReference architecture and architecture modelを出版済みである。参照アーキテクチャを利用して、要素間の相互接続・相互運用、安全やセキュリティの分担原則など、標準化すべき項目を明確化されていった。
  • AAL devicesとAAL gatewayの相互接続・相互運用のために技術標準を作成すれば、AAL devicesの抜き差しが可能になり、加齢に伴うシステム変更の柔軟性という要請に応えられる。多数の企業から供給される、多様な情報をセンシングするIoTセンサが同時に存在するときには、取得した大量のデータを交通整理して、情報処理システムに引き渡す仕組みが必要で、センシングIoTの国際標準が誕生した。
  • AALに利用するAIの追加的倫理ガイドラインや、遠隔モニタリングシステムの経済性分析結果も公表されている。参加患者が毎年25,000人増加し最終的に100,000人に達するシナリオで、投資リターンは172%に達する。
  • ここまでをまとめる。身体・認知・判断能力の変化に対応して、高齢者の自立生活を支援するシステムが提供できるためには、相互接続・相互運用等の標準化が不可欠である。2015年にIEC SyC AALが誕生して、国際標準化が進められている。その成果として、多数のIoTセンサからの大量のデータを交通整理して、情報処理システムに引き渡すセンシングIoTの国際標準などの技術的標準とともに、AALに利用するAIの追加的倫理ガイドライン等が出版され、実用に供されつつある。
  • AALに関係する標準化項目は多岐にわたる。データセキュリティ、スマートホーム、人間工学、支援技術、ウェアラブル、安全、AI、ICT、リスク管理。IEC SyC AALが全部自分でやるのは不可能である。一方で、IEC SyC AALが「似て非なる標準」を大量に生み出せば、標準利用者の利便は損なわれる。そこで、他の標準化グループとの連携を進めている。
  • 特に、IEC SyC AALはISO/TC 314 Ageing Societiesと連携している。TC 314は、各国の高齢社会政策に共通する要素をガイドライン化する活動を進めるグループで、高齢者就労、認知症共生社会、家族介護の支援等のガイドラインが出版されている。また、IEC SyC AALと共同で、利用者(高齢者)による新技術の使いやすさに関するガイドラインの作成に乗り出したところである。
  • TC 314では、在宅および介護施設での高齢者ケアについて標準化を進めているが、その中でもAIを始めとした新技術の利用が謳われている。AIは、効率的で個別化されたモニタリングとケアを提供することで、高齢者のヘルスケアに革命を起こすことができるとされてる。
  • 講演をまとめる。国内でIoTセンシングやAIを活用した事業が始まるとともに、日本市場に関心を抱いた海外企業の参入も始まりつつある。身体・認知・判断能力の変化に対応して、高齢者の自立生活を支援するシステムが提供できるためには、相互接続・相互運用等の標準化が不可欠で、2015年以来、IEC SyC AALで国際標準化が進められている。IEC SyC AALは他の標準化活動と連携し、ISO/TC 314での在宅および介護施設での高齢者ケアでもAIの活用が特記されている。
  • 高齢者の自立生活支援はデジタルでアップデートされる。わが国での先行利用は、介護サービス自体も含め、世界市場進出の契機となる。

講演後、次のような質疑があった。

介護施設への新技術の導入について
Q(質問):介護施設職員が新技術を理解して利用し始めるには大きな壁がある。忙しいという理由で介護職員は新技術を受け入れないのではないか。
A(回答):単に「新技術です、素晴らしいでしょう」と言っても導入されない。施設を定期的に訪問して導入指導をする対応が必要になる。実際、千葉の企業が指導した結果、入居者の状態を職員間で共有するSNSスレッドが充実したという事例もある。数か所の小規模施設が連携して指導を受けるなど、地域としての取り組みも求められる。厚生労働省もその方向に動いている。
Q:ITに詳しいサポータを育成するといった対応も必要ではないか。
A:IT企業の退職者などにサポータとして介護施設の指導をゆだねるというアイデアは、確かに可能性がある。ボランティアとして関わることでその人の老化が抑えられるという効果もある。ビジネスとして支援を実施できることが第一で、ボランティア利用が第二の対策だろう。

在宅介護について
Q:在宅介護をしている家族が社会から孤立しているのは適切ではない。そのような家族がSNS上で経験を交流するような仕組みが必要ではないか。
A:在宅介護といってもヘルパー等のプロが訪問してサービスをするのが普通である。そのような場合には、ヘルパー派遣会社に対して介護品質を問うのがよい。ISO TC 314での国際標準化でも、施設介護だけでなく在宅介護の品質を対象としている。そのうえで、おっしゃるような仕組みを作り家族の孤立を防ぐ、そんな社会システムを構築するのがよい。また、独居老人の見守りについてロボットを利用して遠方の家族とつなげるといったサービスも始まっている。家族だけでなく、在宅の高齢者も孤立させない仕組みである。
Q:AIを利用すると新たな可能性が生まれることは分かった。しかし、AIに支援された認知症の高齢者を健常者と見間違うというようなトラブルも予見されるのではないか?
A:標準化の場では、高齢者を支援する際の注意点についてのガイドラインは作ってきたが、AIで支援された高齢者を健常者と見間違うといった課題については扱っていないかった。標準化の課題として受け止める。

関連セミナー「欧州アクセシビリティ法が拓く未来」 L.ロヴァーシ国連障害者権利委員会元委員

日時:2024年2月28日(水)午後1時~3時
場所:参議院議員会館102会議室
主催:日本障害フォーラム(JDF)
協力:障害学会
講師:ラースロー・ロヴァーシ国連障害者権利委員会元委員
記録者:内田 斉(ICPF監事)

講演の主な内容は次のとおりである。

  • EU域内で、1億100万人が何らかの障害を持っている。45歳~65歳の人々の27%近い人が障害を持っている。アクセシビリティの問題は社会の中で非常に大きな意味を持っている。
  • EUで障害戦略ができたのは2010年。そこから10年間でバリアフリーなヨーロッパをつくるため、障壁の除去に向けて取り組んできた。EUがさらに大きな単一市場をつくっていくため、オーディオビジュアルメディアサービス、ユニバーサルサービス、イーコマースに関してはEU指令ができた。策定に当たっては、アメリカの法律を参考にした。
  • 欧州アクセシビリティ法は2019年にEU指令として作成された。欧州アクセシビリティ法の目的はEUの加盟諸国でアクセシビリティ上の障壁を除去して、国際的な市場における製品やサービスが統一的な機能を持てるようにすることである。この法律の狙いは、ヨーロッパの顧客に対してサービスや商品を提供する企業が、ヨーロッパの法律に基づいた規格を遵守し、企業と顧客、双方が利益を得るようにすることである。新しいイノベーションによって商業のチャンスが広がるだけでなくEUに住んでいるあらゆる人がアクセシブルに商品やサービスを使うことで社会的に包摂されるようにする。
  • 欧州アクセシビリティ法は、欧州でビジネスを行う企業、加盟諸国がそれぞれの国の中で法制度を通じて実現することになっている。欧州でビジネスを行う者はこの法に従う必要があり、その最終的なデッドラインは2025年6月である。つまり、来年の夏には欧州アクセシビリティ法が求める共通のアクセシビリティ要件について、EU加盟諸国は確実に法律を施行するようになり、またそこでビジネスを行う者は、その法規制に従って商品やサービスをアクセシブルなものとし、利用する各人がどのように使うのか、トラブルがあったときにどこが責任を持つかについても明確にする必要がある。
  • 国連は「人権の促進と保護に関する新しいデジタル技術の展望」という注目すべきレポートをまとめた。このレポートでは、新技術とは、今まであった実空間、仮想空間、生物学的空間の境界を超えて新しく作られるものだと指摘している。こうした新技術が、今後、リハビリテーションや教育、ソーシャルサービス、介護においてどのように使われるかについても注意が必要である。
  • 今後、技術を使った解決方法がますます重要になる。そこで必要になるのは、創造性と市場、社会的価値(障害者のために、障害者とともにそして障害者自身が取り組むこと)、そして適切な法律である。これらの認識に基づく、新たなアクセシビリティ法が必要になっている。その法律をどう作っていくかということになるが、まずアクセシビリティの課題についてのリサーチが重要である。
  • 未来のアクセシビリティ法を進めていくうえで、3つの重要な技術分野がある。1つ目は、装着できるデバイス(ウエアラブルデバイス)の日常的な活用。2つ目は、安全な侵襲型機器。体につける機器で、データを伴う侵襲型機器。3つ目は、AIとロボティックス、ロボット工学。これらは日々の生活で、ヘルスケアだけでなくあらゆる面で、障害者の生活の質を向上させていく。
  • EUの法律だけでブレイクスルーを起こすことはできない。国際的な協力が必要である。高齢化社会とアクセシビリティにおいて、日本は、良い例を示すことができる。日本の技術とイノベーションが障害のある人たちにとってアクセシブルな形になることを期待している。

オンラインセミナー「データ駆動型社会への転換」 谷脇康彦インターネットイニシアティブ副社長

開催日時:2024年4月12日金曜日 午後7時から1時間程度
講演者:谷脇康彦・インターネットイニシアティブ取締役副社長
司会:山田 肇ICPF理事長

谷脇氏の講演資料はこちらにあります。

谷脇氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、谷脇氏は次のように講演した。

  • リアル空間には国際連合憲章をはじめ国際的ルールが存在するが、サイバー空間にはない。サイバー空間は民間投資によって構築されてきたので、サイバー空間における民間の活動は可能な限り自由に行われるのがよく、政府の規制は最小限にと欧米や日本は主張してきた。これに対して、中国、ロシアなどは国家主権の名の下に国が管理することが必要であるとしている。サイバー攻撃の危険にさらされている途上国も中露よりである。
  • 民間重要インフラ等への国境を越えたサイバー攻撃、偽情報拡散等を通じた情報戦等が恒常的に発生し、有事と平時の境目はますます曖昧になってきている。国家安全保障の対象は非軍事的とされてきた分野にまでに拡大し、軍事と非軍事の境目も曖昧になっている。まさに、インターネット運営のあり方(internet governance)が問われている。
  • IETF等の団体はトップダウンデザインは有害であり、ネットワークの孤島化、相互接続を損ない、相互運用性を混乱させると主張している。これに対して、中国はITU-Tで、長期的な視点をもって、将来のネットワークのためのトップダウンのデザインを責任をもって開発するのがよいとしている。
  • しかし、⽶外交問題評議会は2022年の報告書で、オープンでグローバルなインターネットを促した米国の政策は失敗だったと評価し、政策はぶれ始めている。背景には巨大プラットフォーマへの警戒が根底にある。
  • そんな政策背景の下で、物理層と論理層を中心としたインターネットガバナンスから、サービス層のデジタルガバナンスに関心が移行し始めている。IGFは「インターネットは引き続きデジタル社会におけるコアな構成要素であり続けるだろうが、これらの議論は、データに関する権利、AI倫理、その他のより広いデジタルエコシステムのように、デジタル技術が社会にインパクトをどのように与えるかといった、従来よりも広い視野まで広げていく必要がある」とのメッセージを2023年に発出した。
  • デジタルガバナンスには、データガバナンス、AIガバナンス、セキュリティガバナンスの三要素がある。
  • まずはデータガバナンス。現実社会がIoTによってモニターされ、データがサイバー空間に送信される。データはAIによって解析され、現実社会にフィードバックされて、介護負担の軽減、資源枯渇への対応など、社会問題の解決に利用される。これがデータ駆動型社会である。データが国民の行動変容や新たな富を生み出す時代に対応した新たな社会ルールの構築が必要である。
  • データ駆動社会を考える3つの視点は次のとおりである。データの量の増加とそれに対応したデータ連携の促進、データの質の向上とデータセキュリティの強化、そして、データの流通速度の向上・サイバー国際ルールの整備である。
  • データ連携によって事業モデルの変⾰がおきている。これに対応し、欧州の競争力強化のために、欧州はデータ戦略を加速している。2025年施行予定のデータ法では、IoTデータの適正な対価での共有促進、大企業と中小企業との間のデータ契約の適正化を確保、クラウドサービス間の円滑な乗り換えを義務化などが規定されている。2023年にデータガバナンス法が施行され、データ仲介事業者(情報銀行、データ取引市場、データ協同組合)を届出制とし、データのセキュリティ確保を要件化した。AI法もまもなく発効する。
  • 一方、日本では法制度の整備が進んでいない。欧州が5億人の市場規模で規制を始めるとグローバル企業がそれに対応する結果、欧州ルールが世界的にデファクトとなるブリュッセル効果が起きる。GDPRが実例である。遅れたままでは、日本は実質的に欧州ルールを適用せざるを得ない状況に陥るだろう。
  • AIは経済全体(通常は国家レベルまたは国際的なレベル)に影響を与える技術(General Purpose Technology)であり、既存の社会経済構造にインパクトをもたらすことで社会を劇的に変える力を有している。
  • AIに対するサイバー攻撃が起きている。たとえば、学習データに間違った出力を生じさせる汚染データを挿入し、モデルが悪意をもって機能するように修正して、AIの信頼性を喪失させるData Poisoning(データ汚染)攻撃。同時に、AIを利用したサイバー攻撃も始まっている。たとえば、AIを用いたシステムの脆弱性の探索やマルウェアの作成、AIによる偽音声・偽動画を用いて取引先と誤認させ金銭の振込をさせるビジネスメール詐欺など。
  • 中国は2023年に「生成人工知能サービスの管理のための規則」を施行し、実質的に海外生成AIを排除した。欧州は2023年に欧州議会が「AI法案」を採択し、リスクベースでAIを4段階に分類し、規制を適用するとした。禁止4類型として、サブリミナルな手法のAIシステム、年齢、身体的障害、精神的障害による脆弱性を利用するAIシステム、ソーシャルスコアを公的機関が用いるAIシステム、法執行を目的としたリアルタイムでの遠隔生体識別システムも規定されている。米国も2023年にAIに関する大統領令を公表し、超党派でAI関連法案の策定について協議を始めている。
  • 日本は、人間中心のAI社会原則や、各府省が作成したガイドラインを統合して、AI事業者ガイドラインをまもなく公表するが、他国に比べて規制色は薄い。
  • 米国は「人工的な領域ではあるものの、自然に形成された陸、海、空、そして宇宙と同様に、サイバー空間は国防省の活動にとって重要な領域だ:として、サイバー空間を作戦領域として取り扱うと2011年に宣言した。そして、サイバー抑⽌戦略を打ち出している。わが国でも、能動的サイバー防御の導入が2022年に国家安全保障戦略に組み込まれた。セキュリティ分野では、わが国は他国と足並みをそろえている。
  • セキュリティ、プライバシーと利便性は相互に二律背反の関係にあり、バランスが重要である。AIによって三者のバランスが急速かつ劇的に変化しようとしている今、AIガバナンスの具体的ルールを早急に確立する必要性に迫られている。ルールの確立によって、サイバー空間におけるトラスト(信頼)が実現するだろう。

講演後、次のような質疑があった。

質問(Q):データガバナンス、AIガバナンス、セキュリティガバナンスの三要素について法制度を構築する必要があり、わが国は欧米に比べて遅れているという主張はよく理解できた。法制度の構築を国民が支持するためには、データ駆動型社会化で国民がどのような利益を得るか、社会問題の解決にどう資するのかの説明が求められるのではないか。
回答(A):今日の講演では省略したことだが、個別化・最適化・自動化がデータ駆動型社会で期待できる国民の利益である。しかし、例えば個別化が「差別化」をもたらさないようにすべきで、それを支援するのがデジタルガバナンスの法制度である。データ駆動型社会で国民が利益を享受するということと、デジタルガバナンスの法制度は車の両輪と理解していただきたい。
Q:欧州では法整備が進んでいるが、それが欧州市民にどのように役立つと言われているのか、あるいは考えられているのか?
A:欧州が法整備を進めているが、そこには人権を守るという理由の他にGAFA対抗という側面がある。それゆえ、法整備でどのような利益が欧州市民にもたらされるかはまだはっきりしていない。特にAI法がうまく働くのかは誰にもわからない。
Q:欧州のAI法で年齢、身体的障害、精神的障害による脆弱性を利用するAIシステムは禁止という話があった。買い物を支援するAIロボットは高齢者の日常生活を支える。しかし、高齢者の判断能力がさらに低下して深夜に買い物に行きたいと言い出しAIロボットがそれに応じたら、それは高齢者を傷つける。支援と危害というAIロボットの二面性を考えると、年齢、身体的障害、精神的障害による脆弱性を利用するAIシステムは禁止というのも容易ではないのではないか?
A:欧州のAI法には禁止四類型が書いてあるが、なぜこの四類型なのかは理解できない。また、年齢による脆弱性を補うAIも当然認められるべきと思う。その点で欧州AI法は運用がとてもむずかしいことになると評価している。一方、わが国自民党のAI法素案には禁止する類型は書かれていない。個別にリスクを評価するとなっていて、そのアプローチの方が正しいと考えている。「車は便利だが人を殺す」と似た話で、きちんと議論し法体系を組み立てないとまずい。
Q:脳血管障害で変わった歩き方をする人がいる。空港の保安AIシステムが、その人は怪しいと特定したらそれは差別である。脆弱性を利用するAIシステムは禁止にも一理はあるのではないか。
A:AIは学習して成長していく。その過程で変わった歩き方をしているというだけで怪しいと判断しないように、AIを教育していく必要がある。AI法を施行していく際には、規則やガイドラインを整備していくことになるだろう。その中で、何はよくて何は悪いかも、より詳細に定められていくと思う。
Q:法制度は複雑化の一途をたどっている。新法制定の際にAIを活用して相互矛盾を確認するといったことも必要になるのではないか。法律案の作成時にはAIは使わないといった暗黙のルールでもあるのか。
A:法律の中身は人間が考えるべきでAIには委ねられない。しかし、条文に起こしたり、齟齬を確認するのはAIを使ってもよい。ただし、AIによる学習が悪用されて、例えば特定の方向への誘導などが起きないようにするのは人間の仕事である。