連続セミナー第3回「国民主体での医療データの活用」 森田 朗東京大学名誉教授

開催日時:10月26日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

森田氏の講演資料はこちらにあります
森田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、森田氏は次のように講演した。

  • 医療データは⼈類の貴重な情報資源である。医療情報を活⽤することによって、よい治療が受けられ、ミスが減少し、不治の病が治る。体調不良でクリニックに出向くと医師に既往歴を質問されるが、医療データが蓄積されていれば医師は既往歴を正確に把握して治療できる。
  • 個々の患者の治療の質の向上を1次利⽤、医療政策・医学研究・医薬品開発等への利用を2次利⽤と呼ぶ。医療データを活⽤するためには、以下の三点が重要である。①医療データは貯めて、繋ぐことで新たな価値が⾒出されるとの理解、②データベースとプラットフォームを整備し、利活⽤のチャンスを拡大、③医療データの標準化、個人を特定するID、要配慮個⼈情報を大量に利用するためのセキュリティ等。
  • 国⺠各⾃の状況に応じたきめ細かい福祉サービスを提供する福祉国家では、個⼈情報の収集と利⽤が進められ、それによって安全な社会が形成されていく。個人情報を収集する点が「監視国家」と批判されることもあるが、個人情報を収集しなければ福祉国家は実現しない。
  • 欧州連合EUではEHDS(European Health Data Space)が検討の俎上にある。医療データ活用の先進例として紹介する。
  • EHDS提案の背景は次の二点である。①個⼈の電⼦医療データへのアクセスと制御を改善する(1次利用)と共に、研究、イノベーション、政策決定、患者の安全、個別化医療、的統計、規制活動など利用し、社会に利益をもたらすこと(2次利⽤)。このために、EUの価値観に合致した電⼦カルテシステム(EHRシステム)の開発、販売、および使⽤のための統⼀された法的枠組みを定めることにより、域内市場の機能を改善する。②次のパンデミック、脅威への準備と対応、および診断と治療、および健康データの⼆次利⽤のために、健康データにタイムリーにアクセスできるようにする。
  • EU域内のどこでも域内住民に対してより質の高い医療を提供する(1次利用)ためEHRを整備し、プラットフォームMyHealth@EUを介して接続する。医療データを国境を超えて利用して医療政策、医学研究、創薬等を推進する(2次利用)ため、プラットフォームHealthData@EUを整備する。
  • 越境利用のための制度として、National Contact Pointを介してEHRデータが相互流通できるようにする。2次利用には、Health Data Access Bodiesが適切に加工した医療データを提供する。
  • 利用できる医療データの一覧がHDABで公開され、それを見て研究者は利用を希望するデータを特定する。研究者からの申し込みを審査した後、HDABは品質を保ち、個々人のプライバシーを確保したデータ集合を作成する。作成したデータ集合はクラウド上の安全な処理環境に置かれ、研究者はそれにアクセスする。研究結果は公開され、プライバシーと検証可能性が確保される。
  • 27加盟国の中には医療分野のデジタル化が進んでいる国もあれば、遅れている地域もある。EHDSはregulation(規則)として制定され、制定されれば参加は mandatory (義務的)となる。2024年に全域でEHDSを利⽤できるようにするため、インフラの整備等にEUのさまざまな補助⾦が提供される。
  • EHDSを規則として成⽴させるために、多様な団体等からの意⾒を聞き、それらを検討・反映して最終案を作っている段階である。EHDSは欧州議会、評議会で承認される必要があり、2024年の欧州議会の選挙までの成⽴を⽬指している。それ以後にずれ込む、あるいは成⽴しない可能性もある。
  • わが国では匿名化、仮名化が議論になっているが、EHDSでは概念的な法律論ではなく、データ利⽤の有効性の観点から論じられている。2次利⽤に当たって、患者個⼈が識別され権利侵害の可能性がない場合には仮名化データが使われ、その可能性がある場合には、匿名化データが使われる。EHDSに関連する⽂書の中で、仮名化/匿名化は並列して書かれ、両者を区別しての表記は⾒当たらない。
  • 研究者の利⽤に際しては、加⼯されたデータを研究者に渡すのではなく、HDABに置いたままデータを分析し、結果のみをダウンロードするようになっている。ただし、完全に匿名化されたデータの場合は、提供も認められる。また、利⽤するデータの最少化、利⽤後のデータの削除等により、個⼈の権利を保護する制度をGDPRに準拠して採⽤している。
  • 1次利⽤に関しては、わが国のようにデータ利⽤に事前同意を得ることはない。EHDS ⾃体が⼀定の規格を満たしEHRに格納されているデータの存在を前提にして形成されており、自国以外の加盟国で受診するときに自己の医療データを利⽤する権利を強化することを⽬的としていることから、事前同意は問題とされていない。
  • 一方、2次利⽤においては、オプトアウトを認めるか否かについて議論がある。しかし、⼤量のオプトアウトがあればデータの欠損が生じて質が低下する。個⼈が識別されないように加⼯して利⽤することを条件にしているので、オプトアウトを認めることについては消極的である。
  • 国境を超えたデータ結合を⾏おうとすると、データ主体の同定(identification)が必要になる。EU共通の唯⼀無⼆固有のIDが存在していない現状で、データ主体の同定をいかに⾏うかについては検討俎上である。EUにおけるIDのあり⽅を定めたeIDASに基づいIDを管理する方針だが、eIDAS規制は成立の⾒通しが⽴っていない。
  • わが国内閣は医療DXを推進する方針で2023年6月には工程表も定めた。しかし、工程表は多様な利用を併記しただけで、それぞれについて部分最適にはなっても、医療DX全体としての全体最適にはなっていない。グランドデザインの構築が不可欠である。

講演後、次のような質疑があった。

EHDSについて
質問(Q):欧州は医療(Healthcare)と介護(Care)を峻別していない。EHDSの対象範囲には介護も入ると理解してよいか。
回答(A):欧州には、介護は医療とは別という概念はないので、EHDSが介護まで拡大される可能性がある。そもそも、わが国では医療データは「患者」と結びついているのに対して、EHDSは「自然人(natural person)」を対象としているので、当然、介護も射程に入っている。
Q:欧州統一のIDを作るという方向で議論が進んでいるのか。それとも、フィンランド人がエストニアで医療を受ける場合にはフィンランドのIDを利用するのか。
A:IDは悉皆性、唯一無二性が必要だが、eIDASは議論の俎上である。域内で医療データが流通し利用できるためのEHDSであるので、まずは流通利用の仕組みを作ることに焦点が当たり、IDは副次的な問題として扱われている。
Q:HADBにはフルセットのデータがあって、必要に応じて加工して提供するのか。それとも各国から加工後のデータを集めているのか。
A:フルセットのデータがあると理解している。

わが国へに教訓について
Q:日本では個人の同意が前提になっている。マイナンバーカードに包括同意を記載できるようにしたり、同意不要の特区で実験するというようにすべきではないか。
A:その通りである。しかし、本人同意には本人確認が前提となる。本人確認について、生体認証のほかにマイクロチップ利用などの方法も欧州ではトライされている。本人確認と本人同意についてセットにして仕組みを作っていく必要がある。本人確認への認識が日本では薄い。
Q:薬学分野でも貯めて、繋いで、利用することが必要になっている。福祉国家としての安全安心を重視し、監視国家に向かっているわけではないという点をアピールする必要があるのではないか。
A:監視国家という不安は北欧諸国にもあったようだ。それを突破するために、北欧諸国、EHDSでは欧州委員会がシステムの経済合理性について説明を繰り返している。国民皆保険で3割負担が今後も継続できるはずはない。新しい仕組みによってどの程度節約できるかといった経済的な説明を強化していかなければならない。