シンポジウム「マイナンバーの呪いを解く」 平井卓也初代デジタル大臣ほか

開催日時:11月21日火曜日午後6時から1時間半
開催場所:アルカディア市ヶ谷・会議室「琴平」
基調講演者:
平井卓也(初代デジタル大臣・自由民主党衆議院議員)
榎並利博(行政システム株式会社・蓼科情報株式会社)
討論への登壇者:
原 英治(政策工房)
大林 尚(日本経済新聞)
牟田 学(日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会)
司会者:山田 肇

平井氏は冒頭次のように講演した。

  • 内閣支持率低下の原因もマイナンバーが滞っているのにも共通の理由がある。経済社会をどんな方向に進めるかをはっきりと示していないし、理解も得られていない。なぜ政治がその方向に動いているか、うまく説明できていない。
  • マイナンバーカードは国民皆保険を維持するためだ。紙の保険証を基に年間20億回の請求を医療機関が行っているが、500万回以上に誤りがある。医療機関での入力ミスもあるが、なりすましもある。レセプト情報は2か月遅れなので、睡眠薬を毎日のように調剤するような「悪用」も止められない。今までは見過ごしてきたが、デジタル保険証できっちりやれば年間5730億円の社会保障費が節減できる。だから、デジタル保険証に変えるのだ。
  • マイナンバーは消えた年金問題を解決するために民主党政権が作ったものである。その中で、マイナポータルを見れば誤登録がわかる仕組みを作った。これは民主党の成し遂げた大きな成果である。マイナンバーカードの登録ミスは007%に過ぎなかったし、それは修正すればよいのだ。次の世代のために、登録ミスのような少々のリスクは背負っても実施するべきだ。
  • トルコで病院を見学したが、すべてデジタルで運用されていた。彼らはうまくいかなかったらチャレンジするという姿勢だった。デジタル化に遅れたままでは日本に未来はない。だからリスクを背負ってでも進めるべきだ。
  • 生成AIに自民党・与党の政策を学習させ、質問に対して的確な回答が来る状態まで成長させた。しかしまだ間違える場合があるから、広く利用するには至っていない。これについても、少々のリスクは背負って広報活動などで実利用を進めていくつもりである。

次に榎並氏が資料を用いて次のように講演した

  • 諸外国では番号は秘密ではなく、氏名や住所と同じようなものとして、様々な行政サービスで利用されている。日本では、番号は氏名や住所とは異なる特別大事なものと見なされ、「見られたら危ない、秘密にしないといけない」という空気が蔓延している。まるで「番号を見られたら不幸になる」という呪いがあるようだ。
  • 米国や韓国における「番号を騙ったなりすまし」で人権侵害が起きている。「番号が本人のものか確認せずに使う」使い方が問題なのである。マイナンバー制度では、厳格な「本人確認」を義務付けており、身元確認と番号確認を併せて本人確認される仕組みになっている。しかし、マイナンバーカードの交付時に番号をマスキングするケースを配布して、「番号は見られると危険だ!」という雰囲気を醸成した。
  • マイナンバーカードは住基カードを引き継いだもので、電子証明書と個人番号はリンクさせないという取り決めが踏襲された。署名用電子証明書にはマイナンバーが記載されず。デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーを電子的に証明できないことになっている。
  • 2023年に入って住民票の誤交付、公金受取口座の誤登録、保険証情報の誤登録の問題が立て続けに発生した。保険証情報の誤登録は医療保険者の紐付けミスであるが、厚生労働省の「個人番号を把握していない者について、住基ネットへの照会により個人番号を取得することを基本としたうえで、必要に応じて事業主や本人に確認する」という指針が間違いを起こした。氏名では個人を特定できないと消えた年金問題で学んだはずなのに。自らのマイナンバーを申告するべきなのだが、「マイナンバーは秘密」という呪いが災いした。
  • 「紐付け作業」など人手を介した運用は、ミスが起きることを前提に設計すべき。「情報提供ネットワークシステムに個人情報(氏名・生年月日)を流通させて紐付け誤りがすぐに発覚する仕組み」にすべきである。
  • 呪いを解くにはともかくシンプルにすべきだ。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。そうしないと災害等によるカード紛失時にマイナンバーが使えない。マイナンバーを氏名等通常の「個人情報」並みの扱いとし、マイナンバー利用はブラックリスト方式にする。マイナンバーカードの「身元確認」と「当人認証」の機能を分離する。電子証明書のシリアル番号をIDとして使わない。
  • 個人を特定する身元確認の番号は不変のマイナンバーが必須で、可変の番号は使うべきではない。医療等IDもマイナンバーに変更する。署名用電子証明書およびマイナンバーカードから住所情報の記載を削除する。住所情報は業務上必要があればマイナンバーを使って(住基ネットで)取得できる。そして、最後にマイナンバーをきちんと使うこと。QRコードで番号入力すればICカードリータは不要になる。
  • 住民票コードや機関別符号を廃止し、マイナンバーに一本化する。情報提供ネットワークシステムは、マイナンバーで情報連携し、連携する情報は情報保有機関で把握している氏名・生年月日とともに情報提供する。氏名等も提供することで間違いはすぐにわかるようになる。外字の利用もやめるべきだ。

二つの講演の後、登壇者及び会場参加者から意見が表明され、討論が行われた。

(原)正しいことが必ずしも実現しないことが問題だ。消えた年金で世論に火をつけた民主党政権はマイナンバー制度についてうまくやった。それに倣えば、医療費の請求ミス・不正が膨大と世論に訴え火をつければ、マイナ保険証もすんなり導入できたのかもしれない。国民全体の向きを揃える努力が今の政権には不足しているのかもしれない。
(大林)民主党政権がマイナンバーの骨格を作り、現与党がそれを引き継いだ。しかし、「おそるおそる」進めているように感じる。自信をもってメリットを説明し、セキュリティについても説明するべきだが、常に「おそるおそる」感がある。高校生レベルにもわかるような説明がされていない。だから、今回のような単純ミスが反対派につかれる。住基ネットに関する最高裁判決が過大解釈されて、機関別番号でデータを分散管理するシステムを作ってしまった。それによってシステムが複雑になり、ますますわかりやすい説明ができない状況になっている。これを解きほぐす責任の一端はメディアにもある。
(平井)「おそるおそる」感はその通り。特定個人情報なので、だれもマイナンバーを使おうとしない。特定個人情報を外すには相当な腕力が必要だし、過去に言ってきたことを修正しなければならない。マイナンバーを使って、だれ一人取り残さずすべての国民に恩恵を届けるべきであるし、そのように説明し施策を展開するのがよい。「マイナンバーは票にならん」と政治家の多くは思っているが、覚悟して前に進むようにするべきだ。
(山田)連続セミナーで森田朗さんに講演いただいた。欧州健康データ空間(EHDS)の構想について、「欧州人は国境を越えて動くから、どこにいても適切な医療が受けられるように各国のデータを繋げる」と欧州委員会が説明しているそうだ。これなら欧州人に響く。我が国のマイナンバーも同様な説明が求められる。
(参加者1)総務省には最高裁の呪いがかかっている。それがシステムを複雑にしている。しかし国民には関係ないので、マイナポータルは使いにくいと批判する。国民は実感しないと腑に落ちないので、市役所のサービスを受ける際にはオンラインが原則としてマイナンバーカードを使うというようにしてはどうか。
(榎並)国民に伝えるのに政府広報だけでは無理。日本社会の基盤なので、初等中等教育レベルからきちんと教えていく必要がある。消えた年金問題も若い人たちの記憶にはない。だから、社会の基盤としっかり教えていく必要がある。
(牟田)エストニアの仕組みはシンプルで国民も理解しやすい。如何に制度をシンプルにできるかがポイントである。エストニアは人口が少ないので、処理はコンピュータにやってもらい、人はチェックだけ行う制度を作ってきた。制度は行政職員等が最初に業務で使い、システムがブラシアップされていく。行政機関は個人番号で情報が照会できる。近隣国とデータ交換する仕組みも作られていった。行政データは分散管理され、データのセキュリティレベルに応じてアクセス制御が実施され、暗号化等が施されている。
(参加者2)オーストラリアでは大学入試の際に内申書は不要である。個人番号を伝えれば大学側が高校の成績等を確認できるようになっている。こうして、教員の業務負担も軽減されていく。もちろん大学が中学の成績までを見ることができない。情報照会できるのは必要な範囲に限られている。
(参加者3)欧州では個人番号制度が政争の道具になっていない。我が国はどこから手を付けるべきか。
(牟田)1991年にソ連から独立を回復した後に、それまで試験的に導入していた個人を識別するための個人番号を本格的に利活用することにした。国家を維持するための危機感から個人番号が入った。個人番号は秘密ではなく生年月日や性別が含まれる。性別変更があれば番号を変えるようになっている。
(平井)ますます高齢化が進むと投票所に出向くのも困難になっていく。インターネット投票を導入するには、エストニアと同様に、マイナンバーを利用する必要がある。スウェーデンでは国税庁への信頼が高い。国税庁が把握している個人情報が社会を維持するために利用されているからだ。
(大林)欧州各国は番号制度がないと国が成り立たない状況になっている。エストニアは安全保障が最大の課題で、そのために番号制度がある。スウェーデンでは、養育費を払わない親に支払いを強制するために国税庁が動く仕組みになっており、社会保障・福祉社会を維持するための番号制度と位置付けられている。社会を維持するために番号制度がある、との理解を醸成し、実際にそのようにしていくことが大切である。日本では災害対策が重要な課題であり、電子投票も同様。安全安心に暮らすための番号制度となるように、利用を進めていくのがよい。