ZOOM連続セミナー「マイナンバー問題を解決する:デジタル社会の利器にするために」 大林 尚(日本経済新聞編集委員)

開催日時:8月24日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:大林 尚(日本経済新聞編集委員)
司会者:山田 肇

大林氏の講演資料参考資料(制度・規制改革学会有志声明)はこちらにあります。

冒頭、大林氏は次のように講演した。

  • 平成の30年間をほぼ経済政策の取材に費やした。特に人口減少と少子化の問題に意識を向け、社会保障・消費税などをテーマに社説とコラムを多数執筆してきた。マイナンバーは制度創設時から取材し、ロンドン駐在時にはヨーロッパ各国の社会保障・税・番号制度をカバーし、コロナ前から日本政府のデジタル後進性を指摘してきた。
  • 8月4日に岸田首相は官邸での記者会見で次のように発言した。2020年、党政調会長としてコロナとの闘いの最前線に立ち、日本のデジタル化の遅れを痛感した。欧米や台湾、シンガポール、インドなどで円滑に進む行政サービスが実現できない現実に直面し、日本がデジタル後進国だったことに愕然とした。デジタル敗戦を2度と繰り返してはならない。
  • この発言を聞き、「なんだ、わかってるじゃないか」と感じた。マイナンバーが直面する問題を解決し、社会の利器としての活用を進める必要がある。
  • 昨年「マイナンバーの呪いを解け」という記事を書いた(2022年11月7日 日本経済新聞朝刊)。マイナ保険証への切り替えについて、岸田首相は保険証を残す例外を認める考えを示した。カードからの情報漏洩の恐れは杞憂だと丁寧に説明を繰り返し、尻込みする医師をマイナ保険証に対応するよう促すのが首相本来の役割である。
  • 住民基本台帳ネットワーク訴訟で最高裁判所が「行政事務で扱う個人情報を一元管理できる主体が存在しない」ことを合憲理由の一つとした(2008年)。それに束縛されて、行政事務ごとに別の番号を発行しマイマンバーと紐づける複雑なシステムが設計された。また、「マイナンバーは秘匿すべき」と個人情報保護法で規定した。
  • しかし、情報技術も判決以来15年間で進歩している。マイナンバーを秘密にしない方向に制度を変えて、活用を図る必要がある。
  • 2020年には「個人データ把握、怖くない――マイナンバー、安心の利器(核心)」という記事を書いた2020年5月11日 日本経済新聞朝刊)。ロンドンには至る所に防犯カメラがある。駐車違反にも速度違反にも利用され、たまたま見つけた違反者を罰するのではなく、逃げ得を等しく許さない仕組みになっている。防犯カメラは社会の公正さを高める利器として利用されている。
  • カメラを例にとれば、行動監視はご免だというのが自由権、犯罪やテロを抑止してほしいというのが社会権である。自由権と社会権の位置づけは国ごとに差があり、米国は自由権が高く北欧はともに高い。日本は双方とも中程度だが、社会権をもっと高めてもよいのではないか。公権力がマイナンバーを利用して個人のデータを把握するのも、社会の公正さを高めるためである。
  • マイナ保険証のメリットを浸透させる必要がある。医療機関や薬局での受付の正確さが高まり、時間が短縮される。マイナポータルで自らの特定健診、薬剤、医療費通知情報を確認できる。医療費通知情報をデータ連携することで確定申告の医療費控除が手軽にできる。本人同意を前提に、初めてかかる医療機関でも特定健診・薬剤情報を担当医師らと共有でき、検査や投薬の重複を防げ、より効果的で効率的な医療につながる。
  • 同時に、マイナ保険証を利用する方向にインセンティブを与えるべきだ。ETCカードでは普及初期にETC割引があった。マイナ保険証でオンライン資格確認した患者の窓口負担は2割、現行保険証で受診する患者の窓口負担は4割に上げるといった大胆な策が求められる。

講演後、以下の質疑があった。

質問(Q):マイナンバーを安心して利用してもらうためには、事実に基づくわかりやすい説明、サイエンスコミュニケーションが必要だが、政府には国民に理解を求めるという姿勢が不足しているのではないか。
回答(A):国民の理解を醸成するという意識が足りないという点について同感である。かみ砕いて、高校生くらいに伝わるレベルでの説明を繰り返し行う必要がある。
コメント(C):各府省には広報の概念はなく、個々の部署が情報発信している状態である。
Q:緊急事態には官邸主導になるが、総理大臣・大臣等に説明するのは次官・局長クラスであって、彼らは詳しく理解できているわけではない。その結果、特別給付金の申請の際には、ともかくオンライン申請できるというように短期間で改修するのが精いっぱいで、給付までの時間を短縮するシステムにはならなかった。一方、兵庫県加古川市では速やかに給付するシステムを独自に作っている。総理大臣・大臣等と次官・局長等で対策を決めていくことが間違いではないか。
A:国民目線でサービスを提供した加古川市の事例には一筋の光を感じた。次官・局長等ではなく、一番わかっている人が官邸に対して説明するべきだ。課長補佐でも構わない。普通の国ではすでにそのようになっている。そのように変えていくのがよい。
Q:今回の炎上の原因は政府の側の情報発信力の不足である。炎上していたり誤解が広まっていると思ったら、できるだけ早く情報提供するのは、政府の「義務」である。そのことを政府や省庁は全く理解していない気がする。きちんと情報発信する姿勢が求められるのではないか。
A:各府省の情報発信力は弱すぎる。海外の政府サイトには、外国人である私にもわかりやすい説明が載っている。正確、かつ誰にでもわかるという工夫が日本政府には不足している。DXが進めば進むほど、わかりやすい情報発信力が必要になる。
C:ホワイトハウスの説明はプレインイングリッシュで書かれている。それと同じような方針を打ち出すべきだ。
Q:マイナ保険証の読み取り機は、マイナンバーカードを縦にかざしたり、横にかざしたり、差し込んだりまちまちである。また、マイナンバーカードを利用できない人(高齢者施設の入居者等)への対策も不足しているのではないか。
A:読み取り機は各医療機関がばらばらに購入しているので、今のような状況になっている。統一して当然で、厚生労働省が仕様を決めるのがよい。利用できない人には、若い人が支援するなどが求められるのではないか。
Q:高齢になれば、判断能力・同意能力も下がって来る。本人と支援者のカードを同時に読み取り、だれとだれが判断した、だれとだれが同意したとの記録を残していくのがよいのではないか。
A:いいアイデアである。そのような支援であれば個人情報保護の観点からも問題にもならない。
Q:マイナ保険証の利便を実現するには、まずは電子処方箋から手を付けるべきではないか。マイナ保険証で本人確認すれば、紙の処方箋を持参する必要がなくなるということで、マイナ保険証の利便が国民に伝わっていくからだ。
A:患者一人ひとりについて最低限の電子的記録を蓄積していくシステムは、全国統一システムであるべきだ。それを前提としたうえで、具体的に利便を見せていくために、まず電子処方箋から始まるというのは一案である。
C:大手チェーンが個々に「お薬手帳アプリ」を提供している。患者は病気ごとに薬局を変えたりするが、複数の「お薬手帳アプリ」で情報を共有するようにはなっていない。一元化を進めるのは全国統一システム側の責任になる。