ZOOMセミナー「秘密特許制度と技術安全保障」 玉井克哉東京大学先端科学技術研究センター教授

開催日時:7月25日火曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:玉井克哉(東京大学先端科学技術研究センター教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

玉井氏の講演資料はこちらにあります。

玉井氏の講演ビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

玉井氏は冒頭次のように講演した。

  • 技術流出を防止する法制度は、事前規制と事後規制から成り立つ。事前規制にはスパイ活動を規制するスパイ防止法制、情報の国外への流出を規制する法制、技術秘密に関われる人を制限するセキュリティ・クリアランス制度、そして秘密特許制度がある。事後規制には、流出を厳しく罰する国防秘密保護法制と営業秘密保護法制がある。その他に、“技術流入”促進策も技術流出を防止する法制度の一部を構成する。
  • 米国はこれらすべてが揃っているが、わが国の法制には穴が開いていた。そこで、経済安全保障推進法によって穴を埋めようということになり、秘密特許制度も設けられた。
  • 情報流出の規制が外為法によって実施されている。外為法は「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造若しくは使用に係る技術」について「特定国において提供」あるいは「特定国の非居住者に提供することを目的とする取引」は経済産業大臣の許可が必要と定めている。
  • 従来は、国内の提供者から国内居住者への技術の提供は外為法の範囲外とされていた。しかし、国内居住者への技術提供であっても①雇用契約等の契約に基づき、外国政府等・外国法人等の支配下にある者、②経済的利益に基づき、外国政府等の実質的な支配下にある者、③国内において外国政府等の指示の下で行動する者については管理の対象とすることになった。
  • 問題は①②③の確認方法である。提供者の指揮命令下に入った時点で国内居住者(半年以上国内に居住する外国人)の自己申告により確認するように求めている。スパイ活動を行うような悪意ある者が正直に自己申告を行うとは想定し難いが、現場の感覚でいうと、研究者は「人類全体のために研究している」はずだという性善説が前提になっているところがあり、それでよいと考えがちである。
  • 経済安全保障推進法は「4本柱」から成り立っている。特定重要物資の安定的な供給〈サプライチェーンの強靱化〉、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保〈重要インフラの保護〉、特定重要技術の開発支援〈官民共同技術開発〉、特許出願の非公開〈秘密特許〉である。法案の審議過程では、担当大臣は「特に法制上の手当てが必要な分野横断的な喫緊の課題ということで、今回、四つ項目を洗い出してやらせていただきました」と説明した。
  • しかし、どの国に対しての技術流出を危惧しているか、特定国については言明を避けた。「経済安全保障そのものは、別に特定国を念頭に置いてはおりません。むしろ、……米中を含めた他国の動向がどうこうというよりも、まずは自らの自律性と不可欠性を高めていって、我が国としての強靱性を高めていく」との答弁がある。「外部から行われる国家及び国民の安全を害する行為の主体としては外国政府等を想定している」が、「国籍によって特別な扱いを求めることは想定しておりません」ということになっている。
  • 特許出願非公開制度は、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」の出願について保全指定して、特許出願の公開を止め、特別に扱うという制度である。基本指針は内閣が定め、第一次審査(技術分野のざっとした確認)は特許庁が行う。そのうえで保全審査を内閣府が実施するが、審査には防衛省等の国の機関や専門的知識を有する外部者の協力を得る。その後、関係行政機関で協議し、保全指定、すなわち特許出願人への処分を行う。
  • 対象とする技術分野には武器のみに用いる「シングルユース技術」と、民生にも利用される「デュアルユース技術」があるが、当面は「シングルユース技術」だけが対象である。
  • 特許出願人には多くの義務が課せられる。秘密漏洩防止措置実施義務として、内閣府令で定める措置を執る義務が課せられ、「発明共有事業者」も対象になる。「正当な理由」なく開示してはならず、情報拡散のおそれがない場合に限って発明の実施が許可される。また、特許出願手続から離脱できなくなる。対象とされている期間中には特許権は与えられないが、後日対象から外されても、特許権保護期間の延長はない。
  • 特許出願人には保全指定手続を離脱する機会が保障されている。保全審査開始時の通知を受けた時点で、出願を分割する等の対応が可能である。また、保全指定予告の段階で、出願を取り下げて、特許出願手続きそのものから自発的に離脱することもできる。
  • 秘密漏洩防止措置実施義務等は、保全指定を受けたのちに課せられる。指定特許出願人が自ら開示や実施をすれば制裁が科せられるが、義務懈怠による「自然な」漏洩は放任され、指定前に漏洩しても罰則はない。秘密漏洩防止措置実施義務の懈怠を発見した当局が事態改善の「勧告」をし、それを遵守しないと「命令」を発し、その命令に従わないことを確認して初めて、制裁が加えられる仕組みである。そこまで行き着く手前の段階で機微情報が漏れないということは、逆に想定し難い。
  • 出願人が自ら申し出ると、特許庁による一次スクリーニング等が不要となるバイパスルートが設けられている。多くの負担が課せられると覚悟して自ら申し出るわけであるが、当局の一方的な命令で秘密保持を図る表の本道よりも、むしろ「安全保障上の機微を自覚する発明者」によるバイパスルートこそが、制度の本道なのではないか。
  • 保全指定がされると特許が成立せず、実施もできないという制約を出願人が受けることになるが、それに対しては補償を行うことになっている。米国にも補償制度があるが、実際に補償を受けるハードルは高い。しかし、秘密保持命令の対象から外れた時点で特許が与えられると、特許出願を知らずに実施していた他企業――国家が秘密にしているのだから、知るはずがない――から、実施料が取れるようになっている。究極の「サブマリン特許」である。そして、秘密保持命令で特許権取得が妨げられていた期間はまるまる特許権の存続期間が延長されることになっている。秘密保持命令が解除されるというのは民間で技術が応用され陳腐化されていることが多いと想定されるが、その段階で突如としてサブマリン特許が成立し、長期間存続するわけであるから、秘密保持命令による負担の対価は、十分過ぎるほど市場から回収できる仕組みになっているわけである。
  • これに対し、わが国ではそのような期間延長がない。保全指定がなされた場合には、特許出願人には負担のみが課せられる。それでも保全指定を受ける特許出願人にインセンティブがあるとすれば、補償のみである。補償が手厚くなければ、特許出願人の協力が得られるはずはない。逆に、保障が手厚く、発明に費やした直接・間接の投資がすべて塡補され、利益まで見込めるということになっていれば、国の安危に関わる機微技術を開発し、バイパスルートによって保全指定を求めるという運用を、民間企業に期待することができよう。補償金を支給するか否かが、新制度の成否を左右するのではないか。
  • 経済安全保障推進法には「4本柱」がタテ割りという問題もある。サプライチェーンなどの重要インフラを維持していくという柱には、「特定重要物資」の需要を満たし続けたいという視点があるが、それと特定重要技術調査研究機関を把握し所掌することは相互に関連しない。特許出願非公開制度も「特定重要技術」と直接連携しているわけではない。
  • また、政府が権力を発動するのをできる限り回避しようという制度になっている。違反行為が認定されると立入検査が行われ、是正勧告が出る。勧告の不遵守が認定されると命令が出て、命令が不遵守だと、やっと罰則が適用される。罰則は最長1年でしかない。特許出願非公開の対象技術の意図的な開示であっても罰則は最長2年である。営業秘密侵害罪(不正競争防止法)では、個人10年と2千万円/3千万円、法人5億円/10億円が課せられるのに比べて甘すぎる。
  • 保全指定や特許出願却下処分に対する訴訟については、特に法律上の手当てが設けられなかったので、通常の訴訟と同様、公開の法廷で口頭弁論がなされ、記録も公開される。補償金増額訴訟も同様であり、秘密保持の定めはない。
  • 「事業者の経済活動は原則自由であるとの大前提に立った上で、これらを大きく阻害することがないようにすることが重要」というのが経済安全保障推進法の基本姿勢であり、政府による強権の発動を抑える制度になっている。

講演後、次のような質疑が行われた。

Q(質問):そもそも現状狙われている技術はあるのか。
A(回答):すべての技術が狙われている。近隣国は軍事用だけでなく民生技術も取得しようと動いている。ましてや国の安全にかかわる技術を狙っていないわけはない。
Q:デュアルユース技術は秘密特許の対象になっていないというのは問題ではないか。
A:その通り。IT分野の技術はデュアルユース、マルチユースである。軍用にしか使えない技術というのは、そもそもほとんど存在しないのではないか。
Q:秘密特許制度ができたが効果を発揮するには課題が多いとよく理解できた。技術情報を分類する仕組みができたことで満足してしまっているのではないか。
A:その通り。国家公務員法では、「職務上知りえた秘密」を漏洩してはならないとするが、その罰則は最高で1年である。経済安全保障推進法は、そこを頑張って、最高で2年という罰則を設けたのだが、外部から行われる悪意ある活動がそれで抑止されるとは、期待できまい。ましてそれさえも「慎重に」実施するという法体系は問題である。逆に、営業秘密の規定(不正競争防止法)は最高で10年であり、没収や罰金などを考えると、一般の財産犯よりも重く処罰できるようになっている。両者を複合して運用していくのがよい。
Q:技術情報の管理について、多くの府省が関与するという仕組みで主管庁があいまいになっている。個人情報保護は個人情報保護委員会で、オープンデータはデジタル庁というのと同様に縄のれんだが、責任府省を一つに定めるべきではないか。
A:その通りだが、国家にとって秘密と決めたら、それを政府全体で守ることが大切である。韓国でもできている仕組みになっていない。
Q:機微な情報を守り切れないという印象を受けたが、これからどうすればよいのか。
A:わが国は守るのが苦手である。「技術流出防止策」よりは、近隣国の優秀な研究者も招いて技術開発を加速する「技術流入促進策」の方が重要だと個人的には考えている。企業は営業秘密として保護しビジネスを展開し、安全保障上どうしても守るべき技術が生まれたら、米国制度の下で保護を受けるといった割り切りが求められるのではないか。
Q:保全の可能性を自己申告するということは、より良い技術はどうせ保全されてしまうので、その分野の技術開発意欲を削ぐという結果をもたらすのではないか。
A:その通りである。保全対象となる技術を生み出したら政府から莫大な補償が得られるというようにならないと、秘密特許制度は機能しない。