投稿者「ICPF」のアーカイブ

ZOOMセミナー「自治体システムの標準化とガバメントクラウド」 三木浩平総務省デジタル統括アドバイザー

開催日時:10月7日木曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:三木浩平氏(総務省デジタル統括アドバイザー)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

三木氏の講演資料はこちらにあります。

三木氏は資料に沿って概略次のように説明した。なお、冒頭、三木氏は「講演資料は関連する政府の資料を収集整理した資料集であるが、考察と表記されたページには私見も書かれている」と注意を促した。

  • デジタル庁が発足した。省庁横断的な役割を担う、これまで同様の機能を担っていた内閣官房IT室よりも強い権限を持つ。これまでシステム導入は自治体の裁量に委ねてきたが、今後は仕様書の標準化が図られるとともに、設置環境もガバメントクラウドに集約される。
  • デジタル庁の組織の中で、デジタル社会共通機能グループはデジタル社会を実現するハイエンドの民間人材プールであって、その中に地方業務関係と共にクラウド、ネットワーク、セキュリティなどのチームが組み込まれた。
  • 自治体システムの標準化は「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」に沿って進められる。第8条は「地方公共団体情報システムは、標準化基準に適合するものでなければならない。」と義務規定になっている。所管大臣は、その所管する標準化対象事務について地方公共団体情報システムの標準化のため必要な基準を定めなければならない。また、セキュリティ等の複数のシステムに共通する基準は、デジタル庁で定める。
  • クラウド・コンピューティング・サービスも法律に規定されている。「国による環境の整備に関する措置の状況を踏まえつつ、当該環境においてクラウド・コンピューティング・サービス関連技術を活用して地方公共団体情報システムを利用するよう努めるものとする。」という記載であるが、全団体で取り組むべく予算措置等含めて推進が図られている。
  • 自治体システムの標準化にはいくつかの手法がある。全国クラウド型は、全国共通のシステムを自治体がオンライン利用するもので、マイナポータルが実例である。個別団体仕様の全国共有DB連携というのは、全国共通DBに自治体から標準データ形式で情報連携するもので、中間サーバを利用するマイナンバーのシステムが該当する。それらに加えて、標準仕様ソフト・ガバメントクラウドが今後推進される。
  • 住民情報系システム(住民基本台帳、選挙人名簿など17業務)について標準仕様書を作ろうとしている。介護保険、障害者福祉などの第一グループについては、すでに標準仕様書が発出された。第二グループとして、選挙人名簿管理、国民年金等について標準仕様書を作成中で、2022年度が期限。第一、第二グループとも、2025年までには標準仕様書を採用したシステムに移行する計画である。
  • 自治体システム等標準化検討会が組織され、自治体職員等参加して標準仕様書について議論している。ソフトウェア事業者も参加しているのが特徴で、参加した事業者が提供している業務パッケージの市場シェアを合計すると8割程度になる。
  • 標準仕様書には業務要件、業務フロー、機能要件(画面要件、帳票要件、データ要件、連携要件等)が書かれる。ひとつのイメージとしては、パッケージソフトをカスタマイズせず使うようなもの。ただし、標準仕様書ではIPAが作った標準文字基盤を使うように決めている。
  • 利用者は、マイナポータル等を通じてワンストップサービスが利用できるようになる。例えば、転出入はマイナポータルで手続きすれば、転出時の窓口訪問なくなったり、転入の予約もできる。
  • データ要件・連携要件が、自治体の業務システム間や他の行政機関等との横断的なものであることから、デジタル庁で検討が進んでいる。地域情報プラットフォーム標準仕様に定義されている他業務ユニットとのデータ受信・データ送信を拡充する方針である。
  • ガバメントクラウドの方向性は、デジタルガバメント閣僚会議配下の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」で打ち出された。国・地方がともに活用できる複数のクラウドサービスの利用環境であるガバメントクラウドの仕組みの整備が予定されている。
  • ガバメントクラウドは、政府の情報システムについて、共通的な基盤・機能を提供する複数のクラウドサービス(IaaS、PaaS、SaaS)の利用環境である。アプリケーション開発事業者は、標準仕様に準拠して開発した基幹業務等のアプリケーションをガバメントクラウド上に構築する。複数の事業者がガバメントクラウドに基幹業務等のアプリケーションを構築するので、自治体はそれらの中から選択して、オンラインで利用する。仕様書は一つだが、アプリケーションは各社から提供されるので、そこに競争が起きるしくみになっている。
  • ガバメントクラウドに搭載する基幹業務システムは、各府省において標準仕様書を作成することとされている事務に係る業務システムを指す。具体的には、先に説明した、住民情報関係の17業務である。また、基幹業務と密接に連携する業務システム(例えば住民登録に付属する印鑑登録)については、ガバメントクラウドに構築することができることとしている。
  • 国は、クラウドサービス提供事業者との契約により、共通的な基盤・機能を整備する。自治体は「アプリケーション開発事業者」と利用契約を結べば、独自にサーバ等を調達することやクラウドサービス提供事業者との契約を結ばなくても、希望するガバメントクラウド上のアプリケーションを利用することができるようになる。なお、アプリケーション開発事業者はクラウドサービス提供事業者と民民で契約する方向。
  • すべての自治体向けに常態的にクラウドリソースを大規模に維持するのではなく、繁忙期と閑散期でリソースを柔軟にコントロールすることが望まれる。
  • ガバメントクラウドのセキュリティは、クラウドサービス事業者が提供する複数のサービスモデルを組み合わせて相互に接続する予定であり、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)のリストに登録されたクラウドサービスを選定・調達する予定である。
  • 10月4日に、ガバメントクラウド環境の実証事業に関する調達を開始した。自治体による先行事業に向けてクラウドサービスを提供する。なお、回線についてはまだ方針についてアナウンスしていない。
  • 自治体による移行のための費用については、J-LISに1500億円の基金を造成し、そこから補助するようにした。
  • 自治体が当面取り組むのは、システム標準化に関してカスタマイズ部分を特定したり、データの棚卸をしたりすることである。標準仕様書ではデータについても標準的なルールが採用されるので、標準的なルールに基づかないデータ(外字、団体独自の情報項目)がないか、まずは調査していただく。ガバメントクラウド対応では、データクレンジングが必要になる。不整合の発生しているデータ(特に各システムのユーザ番号・宛名番号や個人番号との紐づけ)はデータクレンジングする。運用環境の違いも確認していただく必要がある。
  • セキュリティガイドラインは見直すことになるだろう。「三層の対策」の効果や課題、新たな時代の要請を踏まえ、効率性・利便性を向上させた新たな自治体情報セキュリティ対策を検討する。

講演後、以下のポイントについて議論があった。

自治体システムの標準化について
質問(Q):標準化による国民のサービス向上として、転出入のワンストップ化のほかに何か検討しているのか。
回答(A):ライフタイム手続き(子どもの誕生、親の死亡など)のワンストップサービスを考えている。子育て系や介護系についてオンライン申請できるようにする(「ピッタリサービス)と呼んでいる)予定である。
Q:標準システムに移行するために、自治体が大きな負担を強いられることはないのか。
A:標準化する際の外字の整理などは各自治体で対応せざるを得ない。それは、外字での登録を自治体が行ってきたからである。一方、その先でガバメントクラウドを利用するようになれば標準化された形式でデータを吐き出すことができるので、他社の業務アプリケーションへの乗り換えも容易になる。
Q:標準システムへの移行に心配する声が自治体から聞こえてくるが、対策は考えているのか。
A:心配の声が聞こえてくる団体は、既に検討が進んでいる、考えている団体といえる。こういう作業が出てくるだろうと想定できるから心配が募る。心配の声を出しているのは主に政令市などで、独自のスクラッチやカスタマイズされたパッケージで動かしてきた経緯がある。一方でこれらの団体は、技術力も含めて対応するための人的資源は十分ある。
8割くらいの自治体は、まだ検討が始まっていない。国や県、ベンダーからから示されるのを待っている。説明会を重ねて認識を深めていただいている。そのうちの何割かは、統合パッケージを利用していたり、自治体クラウドを使っていたりするので、幾分難易度が低くなる。最も問題なのは、小さなベンダーがパッケージを独自で作っていた場合で、これを機に市場から撤退する可能性がある。

ガバメントクラウドについて
Q:ガバメントクラウド上の業務アプリケーションについて、提供する事業者は何について競争するのか。行政職員の利用のしやすさ(ユーザビリティ)か。
A:ユーザビリティも競争要素だが、オプション機能、例えばコンビニ交付に対応する、総合窓口に対応するといったことで競争できる。住民記録に関わるすべての機能について標準化されているわけではないので、それらの機能で特徴をアピールできる。
Q:標準仕様に則った業務アプリケーションであるということは第三者が検査するのか。
A:準拠の度合いの確認は必要ということは認識されている。どう進めるかは、全く議論されていない。システムを標準に準拠させること(SHIFT)と、ガバメントクラウドに載せること(LIFT)の順番は定まっていない。もし、SHIFTしていないものがたくさんLIFTされるようになったら、ガバメントクラウドに大きな負荷がかかる。それゆえ、標準に準拠していないアプリケーションは速やかにSHIFTするようにという指示が今後出る可能性がある。
Q:クラウドサービス提供事業者はISMAPに準拠するというが、アプリケーションを提供する事業者は準拠しなくてもよいのか。
A:ガバメントクラウドは国が直接契約するものであるので、ISMAPに準拠を求めるのは妥当である。業務アプリケーションは国が直接契約するものではない。
Q:ガバメントクラウドは、巨大な、たった一つのものなのか。
A:マルチクラウドという考え方はあるが、きちんとは定義されていない。国が調達する環境自体がマルチベンダーになっている可能性もある。また、標準仕様に沿うことが大切だというのであれば、単独クラウドもマルチクラウドのひとつとして受容するという考え方もある。この点は、今後も議論していくことになるのではないか。

ZOOMセミナー「データヘルスの今後を俯瞰する」 山本隆一医療情報システム開発センター理事長

開催日時:8月30日月曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:山本隆一氏(医療情報システム開発センター理事長)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

山本氏の資料はこちらにあります

冒頭、山本氏は次のように講演した。

  • 医療分野でのIT活用には長い歴史がある。1950年代にはレセプト(診療報酬請求明細)の処理が始まった。1か月分のレセプトをまとめて保険者に請求するために医療機関は夜なべでの作業を強いられていたが、これを計算機で処理するものだった。医療機関の負担が軽減されるのでレセプト処理は急速に普及した。
  • 1970年代には医療費が不足するという問題が起きた。医療本体にかかる費用を減らすわけにはいかなので、事務処理の合理化のためにITを活用しようとなった。その一例がオーダリングシステムである。例えば、発生源(診察室やナースステーション)で検査依頼を入力すると院内ネットワークで検査担当に伝わるようになり、オーダを伝達する事務は合理化された。
  • その後、2005年ごろからはIT化のフルーツを取る重要性が強調されるようになった。電子カルテが生まれ、また、データを蓄積して分析するという考え方も出てきた。後者が「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づくレセプト情報・特定健診情報等データベース(NDB)の構築(2009年)である。NDBにデータが蓄積されるにつれ成功例が生まれ、厚生労働省も自信を持ってデータ活用を打ち出すようになった。
  • NDBは法律に基づくものだが、研究開発のための第三者利用は例外扱いだった。2018年に法律改正され、研究開発利用が法律に書き込まれた。データヘルスは、NDBなどの実績を基に推進されるようになってきたのである。
  • NDBは保健局による保健者の業務改善事業だったが、介護総合データベース(LIFE)も誕生し、多様なデータベースを連結して保健医療データプラットフォームをつくることになった。保健医療データプラットフォームは予防施策の効果検証や医療・介護トータルの利用状況分析に役立つ。多様なデータからエビデンスを見つけて施策推進に役立てるというデータヘルスは今や厚生労働省全省の課題である。医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るために健康保険法等 が一括して改正された。
  • データヘルスをさらに推進するために、2018年ごろから改革案が検討された。そこで打ち出されたのが、医療情報を本人や全国の医療機関等で確認・利活用できる仕組みの構築、電子処方箋の実施、個人健康記録(PHR:Personal Health Records)の活用であり、それらの基盤としての、オンライン資格確認システムの構築であった。
  • 医療と介護のデータを結合しようにも、国民一人ひとりに付与されている番号が二つのデータベースで異なる。氏名のフリガナなどを頼りに結合しても間違いが起きることはわかっていたが、医療介護連携の効果を検証するマクロなデータ解析程度なら構わないという判断して、先行的に実施した。しかし、がん登録データとの結合などになると、間違いは許されない。そこで、医療等に用いる番号について検討が開始された。
  • 被保険者番号の個人番号化を進める動機付けとして、オンライン資格確認システムが検討された。マイナンバーと紐付けして保険者が医療番号を発行する。医療機関や薬局で保険証やマイナンバーカードを提示すれば、オンラインで即時に資格確認ができるという仕組みで、試行段階にある。
  • 法令で定めることで本人の同意を不要とする、医療番号を用いてのデータベースの結合は、臨床効果などのビッグデータ解析を可能にする。ただし、何でも、だれでも結合できるというわけではない。データの収集根拠・利用目的などが法律明確にされ、講ずべき安全管理措置等が個別に検討され確保され、さらに、データベースの第三者提供は当該提供スキームが法律に規定され、提供先に係る照合禁止規定など、必要な措置が設けられているものであるといった条件が付いている。
  • 人々はライフステージによって、お薬手帳、生活習慣病手帳、母子健康手帳などを用い、それぞれが異なる番号で管理されている。また、わが国には正確の異なる医療機関が多く存在し、国民はこれらの医療機関を使い分けている。その結果、個々人の医療情報が分散してしまっている。これらを統合しようと地域医療連携が試みられているが、カバーしている人口は少ない。そこで、医療等専用ネットワークを用いて医療情報を全国で確認できるようにしようということになった。
  • 医療等専用ネットワークを用いて医療情報を本人や全国の医療機関等で確認・利活用できる仕組みは、コロナ禍で重要性が増している。自宅療養の方などの医療情報が確認できれば機動的な対応が可能になる。
  • 処方箋は患者と医療の接点として重要だが、患者は複数の医療機関を用い、複数の薬局で処方してもらうのが現状であり、電子化は簡単ではない。それを改善しようと、電子処方箋も検討の俎上にある。
  • PHRも実現する。個々人はマイナポータルを通じて主に健康診断データを入手し、それを利用して医療機関に相談したり、健康増進に取り組むということができる。地域医療連携が実現していない地域に住む人々も、PHRを用いれば的確に医療サービスを受けられるようになる。
  • ただし、データの蓄積が少ない間はPHRを利用しても効果は出ない。患者も利用しようという気持ちにならない。だからこそ、できる限り早くスタートする必要がある。
  • データヘルスの先には、様々なセンサからの情報を取得して、PHRと連携させて生活習慣の改善を図るといった、Society 5.0の世界が展望される。

講演後、以下のような質疑があった。

現状に関する質疑
Q(質問):歯科でのレセプトの電子化が遅れているという情報が講演資料に掲載されていたが、高齢者の健康増進などには歯科の情報は重要ではないか。
A(回答):講演資料は古いデータだが、今は90%を超えている。歯科のレセプトには、診療自体以外の様々な記録が掲載されており、歯科を含めての医療情報の連携は重要である。
Q:医療等専用ネットワークの実証事業という話があったが、実証で終わっているのか。
A:実証事業の成果を基に現実的に使われはじめた。実証事業は役立った。
Q:地域医療連携の人口カバー率が低いのはなぜか。
A:都道府県で差がある。患者の同意のもとで実験として行っているので、地域で共有する価値を患者が理解できないと参加しない。説明に時間がかかり、医療機関にも患者にも負担になっている。今、政府は全国で医療情報を取得できる仕組みを構築しようとしているが、それでは説明も同意も手続きが簡略化される。
Q:コロナは医療連携にどのように影響を与えたのか。
A:コロナのデータもNDBに入ってきているので、分析が進んでいる。一方で患者の医療情報を利用して対応することはできていない。平時にシステムを作らなければ有事に急に利用することはできない。地域医療連携が入っている地域では、患者のスクリーニングに利用しているそうで、平時から利用しておくことが大切である。

今後の発展に関する質疑
Q:生活習慣を改善するなどには過去のデータが必要である。どのように過去データを遡及して収集するのか。
A:過去に訴求できるのは2008年以降の特定健診だけである。また、保険者には5年間の記録保存義務があるので、それも利用できる。だからこそ、早く開始するべきということを繰り返し唱えてきた。
Q:医療では世帯が重要な場合もあるが、この情報はどのように扱うのか。
A:もともと無理がある。夫婦が異なる会社に勤め、異なる保険者に加入している場合がある。診療の際に家族歴を聞き取ることしかできないし、データベース化されていない。母子健康手帳は電子化されマイナポータルに載せる予定で、その際には母子の関係はわかるが、父子は無理である。
Q:電子処方箋の実現が遅れているのはなぜか。
A:処方箋をどこにもっていっても構わないので、医療機関と薬局の組み合わせは数えきれない。厚生労働省は初期的な、簡略化したシステムの調達をかけたが、それでも応札する企業が出なかった。オンライン診療と電子処方箋とは組み合わせて推進する必要がある。急がなくてはいけない分野である。
Q:処方箋であるが用法・用量の標準化が出来ていない。問題ではないか。
A:用法については標準マスターが出来たばかりである。これから使われるようになる。ただし、医療機関でのシステム更改は五年程度ごとなので、標準マスターの利用はまだ広がっておらず、ばらばらなシステムを使っているので、薬局側に迷惑をかけていると言わざるを得ない。
Q:薬剤師としては病名や検査データもあれば、患者への指導が充実するのだが。
A:その通りで、医療機関から薬局への情報伝達も充実させる必要があると、前から唱えてきている。

医療と介護の連携に関する質疑
Q:医療と介護の連携は重要だが、介護サービスを受けるまでの介護予防がいっそう重要ではないか。医療と介護それぞれのデータだけでなく、その周辺にある生活情報も組み合わせるべきではないか。
A:介護予防は重要で、健康診断データなどを利用して健康増進を図るべきである。早く進めたほうがよい。また、生活情報も組み合わせるのは大切で、今後は運動データ等も行政が利用するというのがSociety 5.0の姿であろう。

法的課題に関する質疑
Q:マイナンバーと紐づいた情報は特定個人情報に相当するので本人が同意してもデータ連携できないと個人番号法では解釈できるが、どのように対応しているのか。
A:保険者ごとに医療番号を付与しており、保険者が変われば番号が変わるので、ある時点では個人番号と1対1に対応するが、いわゆる引き当て番号で、特定個人情報としては扱っていない。

ZOOMセミナー「医療DXに求められる規制改革」 落合孝文弁護士

開催日時:7月21日水曜日午後7時から8時30分
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:落合孝文氏(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、落合氏は資料「医療情報利用の基盤整備について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • 医療・健康情報は効率的・効果的な医療・健康サービスを個人が享受するために利用されるが、本人のための情報利用、医療・健康産業における研究開発、政府・自治体のエビデンスに基づいた政策形成という三つの視点を持つ必要がある。
  • 2020年に内閣官房から「諸外国の医療情報基盤制度」の委託調査を受けた。その結果について紹介する。フィンランドでは社会保険庁(KELA)が中心的な役割を担い、「My KanTa」を通じて患者データリポジトリや電子処方サービス内に格納されている自身に関する電子健康記録(EHR)を閲覧でき、また、リビングウィルや臓器提供の意思表示等も記録できるようになっている。また「FinData」によって、匿名データが研究開発等に二次活用できる。そのために、社会保険ケアサービスにおけるクライアント・データの電子処理に関する法律、電子処方箋に関する法律、バイオバンク法などを整備してきた。
  • 英国では、保険社会福祉省(NHS)のデジタル関連の組織が「spine」というシステムを用意しているが、EHRはかかりつけ医(GP)が保有するもののうち必要な部分が、spineを通じて情報連携できる仕組みになっている。二次データについても利活用できるようになっている。人口も日本の半分と、フィンランドよりも日本に近いので基盤整備の参考になるだろう。台湾では介護が社会保険に組み入れられており、この点が日本に近い。それによって医療と介護の情報連携が図られるようになっている。
  • わが国では、患者が自らの医療情報を閲覧、利用する機会が十分に確保されていない。欧州各国はGDPRで規定されるデータポータビリティのみならず、他の医療関連法規において医療情報に関する患者の権限が定められていることがある。一方で、わが国は医療機関間の連携により実施がしやすい枠組みであり、諸外国より情報が豊富とも思われるものとして、検診情報を個人健康記録(PHR)として抽出し利用できるようにしようと動きだした。本年には「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」が取りまとめられ、民間事業者がマイナポータルを通じてPHRを収集できるというようになった。なお、個人情報保護法改正で開示請求権のデジタル化も規定されており、医療分野ではないが個人の情報アクセスの権限は強化されつつある。
  • 同意の問題も解決する必要がある。患者が高度な判断をするのはむずかしいということで、医療情報基本法の素案作成過程では、外部機関による審査制度も検討されている。一方で、情報銀行に関するわかりやすい同意取得と個人のコントローラビリティ向上を目指した仕組みも参考になるだろう。
  • 民間事業者によるPHRサービスでは、事業者間でデータを移行できるポータビリティなども焦点の一つで、今後も議論が必要である。銀行業では、フィンテックのため、APIを公開してデータ連携が130以上の銀行が行うに至った。同様にPHRサービスでもAPI公開は一案であるものの、ポータビリティを実現するにはダウンロードなど他にもいくつもの方式があり、現実的な方法による実現に向けて検討を進めるべきである。
  • ヘルスケア領域では、同意なしで個人情報・データを利用することによって、大きな公共的価値を生み出すことができる場合がある。世界経済フォーラムでは、Authorized Public Purpose Access(社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス)の提案も行われている。
  • 近時の政策では、同意を基調として本人のコントローラビリティを高める方向で情報利用のスキームを整備しており、これを踏まえたルールを整備する必要がある。同時に、コロナ対策における感染症法や救急医療の場合の情報連携についてはすでに運用をされる場合があるが、同意なく情報利活用を行える範囲が不明確で躊躇が生じており明確化が必要になっている。位置情報、ゲノム情報等について、公的機関等の利用やその条件を明確化することも考えられる。
  • 医療情報システムについては、網羅的に公の特定のデータベースに集約する、特定の事業者が集約するというモデルではなく、基本的には個人の同意等の適切なガバナンス・連携の枠組みを整備し、情報利用をできるようにすることが重要である。また、医療、介護、健康に関する情報利活用の全体について司令塔となる組織が必要であり、デジタル庁の内部ないし政府内の本部組織等の整備が必要と考える。

次に、落合氏は資料「オンライン診療の規制改革について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • オンライン診療については、医師法の規定そのものではなく、医師法の解釈が問題である。その他、医療法や薬機法、さらには健康保険法が定める診療報酬制度が壁になっている。
  • 厚生労働省による医師法の解釈で、1997年の初期の通知以降しばらくはオンライン診療は離島へき地等に限定されていると解釈されていたが、離島へき地等は例示に過ぎない2015年に解釈の明確化がされ、2020年には、コロナ禍もあって、本格化に動き出した。解釈変更で動くため、医師法に関する法改正は必要ないという領域である。
  • オンライン診療指針では、医薬品の不適切な処方の防止に関する定めがされている。また、「オンライン診療は、文字、写真及び録画動画のみのやりとりで完結してはならない。」と定められている。患者が医療の提供を受ける場所は居宅等に限定されるが、患者の勤務する職場等も居宅等に該当することが明確化された。セキュリティについては無理のない規定となっている。
  • 診療報酬制度では、オンライン診療料が2018年に規定された。2020年には、情報通信機器を用いた診療を一層促進する方向に改正されている。オンライン服薬指導についても、2019年薬機法改正でテレビ電話等を用いて実施できることになった。
  • 処方箋は、2016年に電子的に作成・保存できるようになっている。しかし、紙媒体による引換証を必要とするなど中途半端で2019年に見直しされたが、HPKIの利用要件等で現実的に利用が進んでいない。2023年から電子処方箋の整備がさらに実施される予定であるがまだまだ課題がある。
  • コロナ禍でオンライン診療についての旧来のルールに見直しがかかった。2020年2月には慢性疾患患者に対する電話等による処方が認められ、そのほかにも特例措置が定められた。特例に沿って診療が実施されているが、ネットよりも電話の利用が多いなど、まだ、問題は残っている。オンライン服薬指導も2020年の資料では全体の5%前後に止まっている。
  • 今後の改善の方向は次のとおりである。オンライン診療の普及を妨げる低い診療報酬を改める必要がある。対象を一部の疾患に限定してきたが、特例措置で拡大しており、これを恒久化するのがよい。過去の受診がある場合や、検診情報等を医師が確認できる場合には、初診からオンライン診療を認める方向で議論がされている。

講演の後、以下のような質疑があった。

医療情報連携の促進について
Q(質問):EHRもPHRも医療記録がデジタル化されているのが前提だが、わが国では診療所への電子カルテの普及率が著しく低い。これを改善しないと、EHRやPHRは絵に描いた餅に終わるのではないか。
A(回答):一元的に集めるのか、それとも、対応できる一部が取り組めばよいのかという議論がある。講演で言及した民間のPHR事業者というのは、医療機関との連携がなくても収集できる情報から始めようという発想である。ただ、コロナ禍で保健所のシステムなどもバラバラで連携できないという問題が露呈した。そもそもデータ連携が必要という認識がなかったから、データ連携自体が行いやすいシステム設計や、それの基になる標準化に取り組んで来なかった。これは改善すべきポイントである。
Q:欧州には個人情報保護の厳格な基準としてGDPRがあるのに、医療データの連携が進んできたのはなぜか。
A:GDPRはデータの保護を求めるが、データを使うなということではない。フィンランドなどでは政府に対する国民の信頼があり、医療データ連携についての抵抗感は少ないし、データ連携によって政策目的が達成されるということが国民に理解されている。また、医療データ連携について、不適切に個人情報を利用しないような法制度やガバナンスの仕組みを一つひとつ設けているという点も理解する必要がある。
Q:個人情報の保護よりも生命の保護が優先されるべきである。それが理解できれば、公益目的のデータアクセスも許容されるようになる。欧州は、生命の保護が優先されるという点について理解が進んでいるのではないか。
A:その通りであるが、情報を利用できるというだけでは不十分で、ガバナンス、つまりきちんと利用できる範囲を法律に定めることや、一定の規律に基づく組織、システムの運用がなされ、これらが監督されることも同時に求められる。
Q:クラウド利用によって医療データ連携が進むと考えるが、法律上の制限はあるのか。
A:できるが、保守的に、情報はローカルに留めようと考える人も多いので、それを聞いた方はクラウド利用ができないと考える等の誤解が生じることもある。また、公立病院等の場合は個人情報保護条例にオンライン結合の禁止規定があると、クラウド利用が困難となる。個人情報保護法制の2000個問題が阻害要因になっている例であるが、2021年度に個人情報保護法改正により阻害を少なくするために措置がされている。
Q:個人情報は存命の人の情報を保護するものだが、亡くなった方のPHRを研究等に使うことはできるのか。
A:個人情報保護法製においては、基本的には使用できる。しかし、死者の情報も個人情報と規定している個人情報保護条例が一部に存在する。また、情報提供を行う病院側において患者の生死等がわからない場合もあると考えられ、そうすると追加での確認や同意を経ずに医療情報を匿名化してビッグデータとして解析できるようにするほうが研究としては現実的ではないかと思われる。

オンライン診療の可能性について
Q:自宅で介護を受ける寝たきりの高齢者はオンライン診療の潜在顧客だが、自ら機器(例えば、血圧計や脈拍計)を操作できないし、意思も表明できないという問題がある。家族がオンライン診療に参加して機器を操作したり、意思表示を代理したりできるのか。法律上の制限はないのか。
A:厚生労働省でオンライン診療について議論する場には在宅介護に関わる看護師等の医療従事者も参加しているので、この点についてもオンライン診療のガイドラインで配慮されている。オンライン診療に第三者が同席して代諾するのは、通常の対面診療でも同様の状況はあり得るので、認めないというルールにはなっていない。しかし、医療機器操作などの医療行為を無資格の人やコメディカルが無制限にできるということではない。
Q:そもそも、遠隔医療に消極的な人が多いのはなぜか。合理的な根拠があるのか。
A:オンライン診療が急に広まるのは問題だという立場が前提になっている場合があったと感じている。無資格者による診療というように悪用されるという意見もあるが、よく考えれば、対面診療でも同じ事態が生じているはずなので、合理性がないと考えられる。今のままの方が仕事がやりやすいというのが反対者の本音ではないか。

ZOOMセミナー「デジタルを活用して変革し始めた初等中等教育」 安彦広斉文部科学省参事官ほか

開催日時:6月29日火曜日午後6時30分から2時間
開催方法:ZOOMウェビナー
参加定員:100名

  • 安彦広斉文部科学省初等中等教育局・参事官(高等学校担当)「デジタルが支える教育のトランスフォーメーション」
  • 桐生 崇文部科学省大臣官房・文部科学戦略官 兼 総合教育政策局・教育DX推進室長「教育DX・データ利活用の現状と今後」
  • 上松恵理子武蔵野学院大学准教授(ICPF理事)「海外の教育DX」

司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、安彦氏は次のように講演した。安彦氏の講演資料はこちらにあります

  • 世界全体では人口増加が続くが、日本では急激な減少が始まっている。人口減少や生活水準の低下は地方のほうが深刻である。2011年に小学生になった子どもの65%は今は存在していない職業に就くという予想がある。AIが発展して今までの職業が消えていくという予想もある。経済社会は変革期にあり、この不確実性に対応するために求められているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。
  • OECDが2018年に実施した学習到達度調査PISAによると、日本の子どもは数学的リテラシーや科学的リテラシーが高い。2015年の協同問題解決能力調査でも日本は第一位であった。その他、国際数学・理科教育動向調査でもよい結果を出している。これらは日本の教育の強みである。
  • ITを活用した問題解決能力は、2013年の成人対象の国際調査で低位であった。2018年のPISAでは、読解力が中位に評価されたが、ITを使って情報を探し出し評価し、熟考する問題の正答率が低かった。日本の教育でITが利用されていないことが、このような低評価の原因である。多くの子どもは英語に自信がなく、異文化理解にも弱点がある。このような状態では、21世紀に起きる変革に耐えられない。
  • 最も心配なことの一つが、高校生の自己肯定感が低いこと。「自分はダメな人間だと思うことがある」高校生が多く、「私は人並みの能力がある」と自己評価している者は少ない。日本の小中学校教員は、高い自己効力感を持つ教員の割合が低い傾向にある。特に、「児童生徒に勉強ができると自信を持たせる」「勉強にあまり関心を示さない児童生徒に動機付けをする」「児童生徒が学習の価値を見出せるよう手助けする」など、児童生徒の自己肯定感や学習意欲に関わる項目について、教員の自己効力感が低い。
  • こういった状況を打開するために、学習指導要領が2018年に改定され、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力を強化していくことになった。たとえば、総合的な探究の時間には、①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現を繰り返す探究のプロセスを教えるように求めている。また、小学校にはプログラミング教育が導入された。
  • ところで、新型感染症の蔓延によって、自宅にいる子どもがオンラインで教育を受ける機会が増えた。休校措置によって教育格差が生まれたと感じる18歳の生徒たちは5割を超え、自宅学習の習慣のあるなしで、自主的に学習できる生徒とそうでない生徒の差が生じているといった指摘が出ている。
  • これを解決するヒントがアクティブラーニングが目指すところにあり、子どもたちが主体的な学びを実現できているか、対話的な学びが実現できているか、考えを伝え合って集団としての考えを形成するなど深い学びにつながる活動ができているか、オンラインであれ、対面であれ、生徒たちの認知過程を踏まえ、最適化された授業がデザインできているかが重要であることに気付き、教室にいてもオンライン並みの距離感を感じたのではないか。これからの1人1台時代の創造的な学びの主役は学習者である子どもたちであり、様々な学習活動をデジタルデータで見える化することで、AIの「目」がそれを捉えることができるようになり、自律的な学びを促したり、対話的な学びをアシストしたり、子どもの学びをデータに基づいて最適化・高度化することで、単元デザインそのものをトランスフォーメーションしていく。それをデジタルが支えることが教育のDXだと考えている。
  • 教育のDXが実現できている施策として、ワールド・ワイド・ラーニング(WWL)コンソーシアム構築支援事業での事例をいくつか紹介したい。これは、0をリードし、SDGsの達成を牽引するイノベーティブなグローバル人材育成のリーディング・プロジェクトであり、社会課題の解決に向けた探究的な学びを通じた高校教育改革や大学の学びの先取り履修等を通じた高大接続改革を推進するというものだ。コロナ禍で海外に行けなくなった影響をデジタルで最小化するだけでなく、世界中で加速したオンライン環境を駆使し、探究活動のDXを実現しつつある。
  • COREハイスクール・ネットワーク構想では、複数の高等学校が連携し遠隔授業により自校にはない科目の単位を取れるようにするなど、中山間地域や離島等の高等学校の弱みをデジタルで解決し、生徒の多様な進路実現に向けた教育のDXを通じて、持続的な地方創生の核となる人材育成強化を図るというものだ。

次いで桐生氏が講演した。桐生氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育DXとして当面目指しているのは、デジタル技術・データ活用による指導・教育行政の改善・最適化である。教育DXによって、「全体的・動的」な把握が可能になり、「集合知」が活用できるようになり、生徒に合わせた「個別最適化」のアプローチが取れるようになる。また、問題が起きたのちに後手後手で対応するのではなく、未然に防止することもできるようになる。
  • GIGAスクール構想やStuDX Styleは、教育DXの最初の一歩である。
  • 教育DXを進めるには、教育データが標準化され、活用できるようにしなければならない。文部科学省は有識者会議でこの課題を検討してきた。教育データは子どもたちや保護者によって一次利用されるとともに、匿名化されて二次利用される。例えば、ビッグデータとして解析した結果によって教育方法が改善されるなど、二次利用から一次利用への還元が起きていく。また、個々人の教育記録は、個々人の医療記録と同様に蓄積され、個々人によって生涯活用されていくようになる。
  • 教育データには行政系データ、校務系データ、学習系データの三種類がある。行政系データと校務系データは標準化しやすいが、学習系データはむずかしい。テストで80点を取ったといっても、問題の程度によるし、実施年でも変わる。まずは、行政系データと校務系データのスモールデータとしての活用、行政系データのビッグデータとしての活用から始める計画である。
  • その先に学習系データの標準化があるが、第一歩として、学習指導要領の各項目にコードを付与する、学習指導要領コード第一版を2020年10月に公表した。デジタル教科書・教材・問題集でも単元ごとに学習指導要領コードが付いているので、それを利用して一人ひとりの子どもが学習指導要領の各項目をいつ学習したか記録できるようになった。紙によるテストからCBTに切り替えれば、、どんな成績だったかも記録できる。
  • 教育データは現状把握、因果関係の説明、そして予測に活用されるようになるだろう。それによって、教員の勘ではなく、データに基づいて次のアクションが取れるようになるだろう。

最後に上松氏が概略次のように講演した。上松氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育のDX化はインフラの整備ではない。パソコン(タブレット)の配布や電子教科書などが注目されているが、もっと大切なのは、インフラを活用して学びの良いスパイラルを作ることである。これに関連する海外事例を紹介する。
  • オーストラリアには、ICTを子どもたちのキャリア形成に活用しようというプログラムがある。子どもたちのキャリアは多様であるが、将来は必ずICTが必要になるので、ICTに自然な興味を持たない生徒にも興味を持たせる教育を提供しようというプログラムである。その中で「児童起業家」を育成する試みも実施されている。
  • 教育関係者にDX教育のトレーニングと専門能力開発や資料を提供して、教員の能力を向上させようとしている。教員向けのMOOCsが開発され、教員が自ら学べる環境ができている国も多い。フィンランドでは、水曜日午後は子どもたちを帰宅させ、教員がDX教育について研鑽を積む時間を取っているという事例もある。
  • スウェーデンでも小学生から企業家教育を行っている。海外の学習デザインの射程を端的に示したのが、OECDの「Education 2030」であって、災害の多い社会で生き延びる力、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力が大切であると強調している。企業家教育は、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力を育てるものだ。
  • 教育DX化にはセキュリティー対策が欠かせない。膨大な教育データをどう守りつつ、活用していくか。この視点を重視して、欧州に見習い、わが国もシステムを構築していく必要がある。

三つの講演終了後、以下のような議論が行われた。

現職教員の教育DXへの対応能力の強化について

安彦:地域との協働により生徒のフィールドワークを地域の人材にお願いし、その間に教員同士での研鑽時間が確保できたという事例もあるように、まずは時間を作り出すことが大事。また、教育DXはベテラン教員では対応できないのではないかという声もあるが、むしろベテラン教員は授業力が高いので、デジタルを使うと子どもたちが興味を持って主体的に学ぶことに気づくと、すぐにその特性を活かした単元デザインに組み立て直せるので、誰よりもデジタルを使いこなすようになったという実例もある。デジタルは使いよう、そのような気付きも大切である。
上松:イギリスでは、小学校の教員が時間内に子どもたちを連れて高校のプログラミング教育を見学に行くといったことが行われている。それが子供の教育にも教員の対応力向上にも役立つ。小中高、いろいろな科目を相互に開放して子どもと共に教員の能力を高めていくのがよいのではないか。
桐生:教育データの標準化などについて現場が理解するというのは壁が高い。それは、システムを作る側の課題であって、現場では普通に利用すれば学習指導要領コードが埋め込まれるといった仕組みにするべきだ。また、そのようなシステムの利用方法などについて、短い動画にしてMOOCsとして提供するのも有効で進めていきたい。

教育データの活用について
桐生:系統的な学習科目であれば、学習記録を遡ってなぜ苦手になったのかを特定し、対応するようにできる。それよりも大切なのは、子どもたちの「Wellbeing:幸福度」である。OECDのEducation 2030でも読み取れるように、単に成績を上げるというよりも、大人になったときに幸福と感じることができるかという点である。チャレンジングな課題であるが、ぜひ取り組んでいきたい。
上松:エストニアでは学習記録はマイナンバーに紐づいている。そのような仕組みを作れば、個々人が教育データを活用できる。別の視点だが、日本の弱みとなっている読解力について、国内外の教育データを比較して分析するといったこともできるようになるので、期待している。
安彦:黒板を使って子どもたちに一斉授業をするだけでは取り残される子どもが生じる。一人ひとりの認知特性を理解して学習活動を見える化していく、その教育データを記録し、それをAIが分析して弱点を克服する課題を与える、といった学習モデルが生まれつつある。先進校での成果を普及していきたい。

ICT利用に対する批判について
安彦:米国に行ったとき、小学1年の必修教科「経済」の授業で「機会費用」について教えている様子を見学した。それぞれの人がそれぞれの価値観で選択するが、その結果、その人は選択しなかったものの価値は放棄したことになる。それが機会費用であるが、このような経済原則を小さいうちから理解することによって、自ら意思決定して選択できる素地が育まれ、デジタルにも向き合えるようになる。また、その意思決定はむしろ他人と違った方が健全な社会なんだよという共生の考え方も身について行く。子どもの安全を守るためにICTは遠ざけよという意見が出るが、子ども自らがICTを活用しながら、どう行動するかを選択できる情報リテラシーを身につけるべきであり、遠ざけていては、バイクの「3ない運動」のように安全リテラシーを育まない状態で高校を卒業させた方が結果的に死亡事故が多くなることに似ている。ICT利用にも利害得失があるということを理解したうえで、未来を切り拓くツールとして利用を促進していかなければならない。
桐生:教育データと医療データ等の他分野のデータを結合し、相互利用できる仕組みを作っていきたい。教育データと福祉データを連結させて活用しようという試みが、大阪府箕面市で進められていると聞いている。どのように結合するどのようなことが明らかになるか、という点についてはまだ研究途上であるが、進めていきたい。

デジタル教材等の学校外での利用について
安彦:デジタル教科書・教材・ドリル等にも著作権があり、ルールを守るのが大前提である。その上で、ボランティアが学校外での活動を行う際にも利用できるように、サブスクリプション方式を取り入れるといった工夫が求められる。また、教材等の一部を一定の利用までは無償公開し、優良な教材はその後の課金で勝負できることで、手軽に利用できるコンテンツの豊富化を促すといった考え方もあるだろう。