2021年度」カテゴリーアーカイブ

IISEシンポジウム「ウェルビーイングへとつながるまちづくりDX」

主催:株式会社国際社会経済研究所(IISE)・アクセシビリティ研究会
協賛:特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム
開催日時:2022年3月22日(火)14:30-17:30
開催方法:Zoomウェビナーにて配信

以下の文責は山田肇にある。

およそ100名が参加したシンポジウムでは5件の講演が行われた。

基調講演「国土交通省におけるスマートシティへの取り組み」
坂本いづる氏(国土交通省都市局都市計画課都市計画調査室都市交通係長)は、社会課題の解決にデジタル・DXで取り組み市民のウェルビーイングを向上させるのが、スマートシティであると説明した。「市民中心主義」で、技術ドリブンではなく、課題の解決を重視する必要がある。内閣府を中心に政府一体で取り組んでいるが、産官学の連携が重要である。スマートシティの初動段階では推進の機運を関係者に醸成し、関係者が協力して計画を具体化していく。その先の実行過程での評価まで含めて、スマートシティガイドブックを2021年に公開した。今後、内容を強化していく予定である。

特別講演「鎌倉市スマートシティ構想-世界一Well-Beingの高いまちKamakuraの実現」
講師の天城秀文鎌倉市役所共生共創部政策創造課課長は、鎌倉市は高い市民力が特徴であり、市民とともに汗をかく市役所として共生社会を実現していきたいと語った。その上で、2022年3月に策定したスマートシティ構想の要点を説明した。ポイントは「だれもが生涯にわたって、自分らしく安心して暮らすことのできる共生社会の実現」であり、そのために市民起点、共生の精神、鎌倉らしさの継承を基本理念として掲げている。構想具体化の過程では市民対話を重ね、アンケート調査も実施した。今後はオンライン合意形成プラットフォームも導入していきたい。住民との対話の結果も受けて、リーディングプロジェクトとして、防災・減災を起点とした複数分野の連携を掲げることにした。最終的には「住みやすさと幸福度の数値化・指標化」を進めていきたい。

講演①「品質マネジメントから見る『ウェルビーイング』」
下野僚子東京大学総長室総括プロジェクト機構「プラチナ社会」総括寄付講座特任講師は次のように講演した。日々の事業や業務はウェルビーイングにどう結びついていくのだろうか。事業や業務を品質マネジメントすることによって、ウェルビーイングが向上する可能性がある。ある県の健康づくり啓発事業(健康フェスタ)に品質マネジメントの観点を導入した具体例を説明した。その結果、フェスタ来場者の生活改善意欲を特定健診受診者と比較するなどができるようになるなど、行政推進のための新しい指標を開発することができた。

講演②「孤立・孤独への対応とデジタル活用」
遊間和子氏(株式会社国際社会経済研究所調査研究部主幹研究員)は、新型コロナの蔓延と共に「孤立・孤独」が大きな問題になったとしたうえで、主に英国での政策について説明した。英国では孤独は公衆衛生上の最大の課題の一つであると認識し、孤独戦略を立案し、担当大臣を任命している。孤独戦略の下で実施されている、リタイヤメント住宅での社交クラブ情報を提供するウェブプラットフォームの提供、幼児と高齢者がネットを介して友達となる仕組み、料理を作るのが好きな人といつも料理ができるわけではない隣人を結びつけるネットワークなど、多くの実践例が紹介された。

講演③「ウェルビーイングへとつながるまちづくりDX」-アクセシビリティ研究会調査研究報告書よりー
山田 肇氏(東洋大学名誉教授/アクセシビリティ研究会主査)は調査研究報告書の概要を説明した。報告書のまとめとして、次の四点を提示した。第一は、ヒトの気配のない都市ではなく、人々が「幸福」や「幸せな気分」を感じられるスマートシティを目指して「まちづくり」を進めるのがよい。第二は、国家として必ず実施する基本政策の上で、共生、子育て・教育、健康・福祉、産業・労働、文化・スポーツ、都市基盤形成、環境、防災の8分野政策を、調和を取り、連携して推進することで、住民一人ひとりの主観的なウェルビーイングは向上する。第三は、行政に蓄積された各種のデータ等を利用し、地域産業連関分析、費用対効果分析などを実施して、政策を評価する必要がある。第四は、エイジテック、移動支援アプリ、ACPなど、デジタルによって「まちづくり」は変革するである。調査研究報告書は4月に国際社会経済研究所より公表される。

共催ZOOMセミナー「PFS/SIB(成果連動型民間委託契約方式)」 内閣府・石田直美参事官ほか

主催:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)
共催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
日時:2022年3月2日(水曜日)14:00~16:00
形式:Zoomによるライブ配信

本記録の文責は山田肇にある。

最初に三つの講演が行われた。

  • 内閣府・石田直美参事官は、民間に一定の裁量を与えて公共事業を実施し、成果に応じて支払い報酬額を増減するPFSの仕組みについて説明した。PFSは幅広い社会的課題の解決に適用できるとして、成果指標の明確化を行いながら、官民双方のニーズを踏まえて分野の拡大に取り組むとした。
  • ケイスリー株式会社の幸地正樹代表取締役は、行政と共にSIBを案件化する中間支援組織の役割を説明した。また、中間支援組織による全体管理の下で成果を生み出す事業者には、長期的に柔軟に事業展開できるのに加えて、行政が保有し通常は入手できないデータが利用できるメリットがあるとした。
  • 堺市役所産業政策課の藤田 力氏は、自治体でPFS/SIBを導入する際には、「本当にやる必要があるのか」という職員の疑問に答えていく努力が必要であるとした。そして、PFS/SIBを活用した事業を具体化するには、市民、首長、庁内、民間事業者、議会、メディア等のステークホルダーの理解醸成が必要であると強調した。

講演後、次のような意見交換があった。

  • 自治体内での合意形成について議論があった。地域が抱える社会的問題の解決に取り組むのは自治体の責任であるとしたうえで、トップダウンとボトムアップの二つを組み合わせ、粘り強く関係者に説明していく必要性が指摘された。
  • 事業者は企業だけとは限らず、発祥の英国などではNPOが役割を担う事例が多いとの紹介があった。NPOには体力的な問題もあるので、企業とMPOが手を取り合って取り組むのも一案であるとの考えが示された。
  • 社会的問題に取り組む研究開発プロジェクトの成果をPFS/SIBとして実施する可能性について意見が交わされた。研究開発成果によって、その地域が求める成果が得られることが大切という結論になった。
  • 事業者選定時に競争性を確保するには公募型プロポーザル方式による契約が適しているとの指摘があった。
  • 公民連携の中でもPFS/SIBは成果指標に着目する手法であり、社会的問題の解決について成果指標が設定できる場合に適しているとの説明があった。

ZOOMセミナー「Society 5.0時代のヘルスケアⅢ」 小川尚子日本経済団体連合会産業技術本部副本部長

開催日時:2月14日月曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
小川尚子氏:日本経済団体連合会産業技術本部副本部長
司会:山田 肇(ICPF理事長)

小川氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、小川氏は次のように講演した。

  • 人類は「狩猟社会」「農耕社会」「工業社会」「情報社会」と発展し、0を迎えている。Society5.0のけん引力はデジタル革新であり、デジタル技術とデータの活用が進むことで、個人の生活や行政、産業構造、雇用などを含めて社会のあり方が大きく変わっていく。
  • 経団連では、0とは「創造社会」であり、「デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会」であると定義している。この定義によって、多様な産業のリーダーの理解が進んだ。
  • Society5.0で目指す社会では、「課題解決・価値創造」「多様性」「分散」「強靭」「持続可能性・自然共生」などがキーワードとなる。これらのキーワードはSDGsにも一致する。
  • Society5.0時代の産業は、産業分野毎の縦割り構造から、生活者の体験価値を重視し、課題を解決する横串型、自律分散協調型の構造に変わる。
  • 岸田内閣が新しい資本主義と言い出したが、経団連も「新成長戦略」を2020年に公表した。マルチステークホルダーのニーズを充足しつつ、生き残りをかけて事業展開を行うことが世界の潮流である。マルチステークホルダーには、生活者、働き手、地域社会、国際社会、自然環境などが含まれる。企業は、マルチステークホルダーとの対話を通じて、彼らの要請を包摂し、価値を協創していくことでもってのみ、持続的な成長を遂げることが可能になる。そのカギとなるのがDXである。
  • DXを通じた新たな成長の要が「Well-beingを個別最大化する新たなヘルスケア」である。ライフコースデータを活用した個人起点のヘルスケアの推進、オンライン診療等を起点にした医療・介護提供体制のデジタル化、データドリブンの新たな治療、予防・予後のヘルスケアサービス開発等が求められる。
  • 2018年に「0時代のヘルスケア」を発表し、そのコンセプトを示した。データ活用のための環境整備は着実に進んでいるが、個人を起点にしたライフコースデータの活用の観点からは道半ばである。生まれてからの検診や診療などの積み重ねであるライフコースデータを活用することで、未病ケア・予防が可能になる。治療は個別化され、医療関係者中心のヘルスケアから、個人が主体的に関与するように変わっていく。
  • コロナ感染症の蔓延を受けて、次に「0時代のヘルスケアⅡ」を発表した。「個人起点のヘルスケア」のDX、「医療介護提供体制」のDX、DXに向けた環境・関係法制度の整備を提言した。未だにワクチン接種券が郵送されてくる現状を変革しなければならない。
  • 今年1月に発表したのが、「0時代のヘルスケアⅢ」である。新型コロナをヘルスケア領域のDXを加速する契機と捉え、デジタル技術を活用したオンラインによるヘルスケアに焦点をあて、実現したい姿とそのメリット、必要な施策を提言した。
  • オンラインヘルスケアは、生活のさまざまな場面で、これまで十分に満たされていなかった多様なニーズに対する新たな選択肢を提供する。経団連はオンラインと対面の二者択一ではなく、オンラインと対面を適宜組み合わせ、より質の高いヘルスケアを実現しようと提言している。
  • 健康管理では、スマートフォンのアプリ等を活用し、その時々の状況にあった適切なレコメンドが行われ、判断に迷うことなく健康管理ができるようになる。すでに、この領域に参入する企業も出てきている。アプリの活用で個々人の未病・予防に対する意識が高まり、行動変容が起きるようになる。オンラインヘルスケアサービスを対象とした新たな認定制度の創設が求められる。
  • 初診・再診を問わず、自身の生活スタイルや疾病の状況に応じて、診療から服薬指導・薬の受け取りまで一気通貫でオンライン医療を受けることができるというのが、新しい診療の姿である。これについては、オンライン診療の特例措置の恒久化を求めた。政府が恒久化を決定したことを歓迎したい。
  • 調剤はロボットも活用して効率化するのがよい。そうすれば、薬剤師は専門性を活かした対人業務に集中し、患者に寄り添った付加価値の高い服薬指導を実施できるようになる。この分野では、オンライン服薬指導の特例措置の恒久化から、一薬剤師当たりの処方箋40枚規制撤廃まで、様々な規制改革が求められている。
  • 「遠隔手術支援」の仕組みが普及すれば、患者は居住地に関わらず居住医療圏の施設にいながら質の高い手術を受けることができるようになる。デジタルテクノロジーとデータの活用により、要介護者の満足度向上・重症化予防と、介護スタッフの業務効率化・負担軽減が同時に進み、より質の高い介護サービスをより効率的に提供できるようになる。治験もデジタル活用で変革される。
  • Society5.0時代のヘルスケア実現には、オンラインヘルスケアサービスを利用した患者が、必要な医薬品を確実に簡便に手に入れるためのラストワンマイルの整備が必要になる。健康・医療のデータの連携と活用の仕組みを構築しなければならない。また、オンラインヘルスケアに対する国民理解の醸成も求められる。個人情報が適切に利用され、個人のWell-beingを実現していくのだという理解を作り出していかなければならない。
  • オンラインヘルスケアや医療データの利活用を含むヘルスケアDXは、高齢者の健康寿命の延伸や医療の高度化・効率化といった社会課題の解決に必要不可欠である。また、ヘルスケアDXは、わが国が世界を牽引する可能性のある有望な分野のひとつである。

講演後、次のような質疑が行われた。

ヘルスケア改革について
質問(Q):デジタル化がヘルスケアを変えるという提案に賛成である。そのためには、厚生労働省だけでなく、省庁横断的にヘルスケア改革に動く必要があるのではないか。
回答(A):経団連は規制改革会議に提案することに重点を置いている。規制改革が起点となって、省庁横断的なヘルスケア改革に繋がっていくと期待している。
Q:経済産業省は以前から健康増進の価値を主張している。しかし、健康増進は医療費の範囲にはない。健康増進も含むように健康保険制度を変革したらどうか。
A:オンライン診療の診療報酬を上げると短期には医療費負担を高めるが、長期的には重症化の予防に役立つ。オンライン診療の恒久化を実現するには、この効果を丹念に説明する必要あった。同様に、健康増進も効果を丹念に説明する必要ある。
Q:政治を動かすのは経済である。医療ID等を進めるには厚生労働省だけでは弱い。経済的な効果を示し、政治を動かして医療ID等を進めてほしい。
A:政治にも働きかけている。キーマンを特定してきちんと訴える必要がある。
Q:地方公共団体との連携が大切である。ボトムアップで地方から動くのもよいのではないか。
A:会津若松などの先行事例を見ると、住民の理解が重要だと気づく。地方公共団体のコミットメント、住民へのていねいな説明が役に立つ。また、地元の大病院の協力も大切である。地方は医師不足の課題を抱えており、課題解決のために地方がヘルスケアDXに動くという可能性もある。

データ連携について
参加者からのコメント(C):すべてのヘルスケアデータは根本的には接続できる。それを前提として、これからの制度を作っていくのがよい。省庁横断でデータを活用することの効果について社会の理解が生まれれば、技術的には問題なく対応できる。
C:マイナンバーで連結すれば、医療と介護の連携は今でもできる。
C:データのやり取りには、データの標準化やクレンジングが不可欠である。介護は最近始まったので、国が最初から標準化してきた。医療データはそうではない。接続できる、連携できるといっても容易ではないと理解して欲しい。
Q:オンライン診療に前向きな医師として意見がある。電子カルテ化が全く進んでいない。大学病院で研修し医師になりたての若者は、異動先でアナログカルテを習熟しなければいけないという馬鹿なことが起きている。電子カルテについて提言しているのか。
A:デジタル化の前提として早く進めるべきと、初期から提言している。一気に進めるためには政府資金の投入など、費用負担の問題を解決する必要がある。
C:教育のデジタル化で5000億円を投入した。電子カルテの導入費用は、一診療所1000万円としても1兆円で済む。政府予算を投入することも検討するのがよい。
Q:介護ではDXが進んでいない。医療データと介護データの連結も進める必要がある。これを進めるのは現場の声なのか、役所のトップダウンか、それとも民間の知恵なのか。
A:鶏と卵の問題があるので現場は動きにくいという話を聞いてきた。しかし、コロナで非接触・非対面のニーズが増し、少しずつ動き始めていると理解している。
C:シンガポールでは、大腿骨骨折をした高齢者の介護を、高齢者が入院中にセットする仕組みができている。高齢者や家族を中心に考えれば、前に進むだろう。

ZOOMセミナー「循環器疾患の予防対策の実践とコホートを用いた評価」 磯 博康大阪大学大学院医学系研究科教授

開催日時:1月12日水曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
磯 博康氏:大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教授
司会:山田 肇(ICPF理事長)

磯氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、礒氏は次のように講演した。

  • ヘルスケアについて評価するには三つの方法がある。生態学研究としてマクロに観察評価する方法では、因果関係はあいまいになる。患者集団、企業の社員などを対象に個々人を長期間観察するコホート研究では、因果の評価ができる。因果評価が最も正確なのは介入の効果をRCTで確認する方法である。
  • 1960年代、日本は世界で最も脳卒中の多発国であったが、一方で、最も虚血性心疾患が少ない国であった。その後、日本は他国に比較して最も脳卒中が低下し、虚血性心疾患はさらに低下傾向にある。
  • 最近は、脳卒中は死因の第4位まで下がっている。しかし、「かくれワースト1」と呼ばれる。それは、同一の原因(高血圧)を基盤とする疾患単位としては最も多く年間11万人が死亡しており、精神疾患を除いて入院受療率が最大かつ入院期間が最長、寝たきりの最大の原因、認知症の予防可能な原因として最大、高齢者医療費は0兆円と癌に次いで多いといった理由からである。
  • 1963年から、秋田・大阪・茨城・高知の40歳以上住民1万人を対象にダイナミックコホート研究が進められてきた。研究テーマは、循環器疾患・循環器関連疾患の危険因子、脳卒中・虚血性心疾患発症率のトレンド、予防対策の費用効果分析、要介護・要介護認知症の危険因子などであった。
  • 24年間(1964~1987年)に渡る保険事業費、高血圧治療費、脳卒中治療費を求めた結果、強力介入地域では保険事業費が高くなるが、高血圧治療費と脳卒中治療費は低くとどまることが分かった。三つの費用を合計すると、強力介入地域では対照地域に比較して一人当たり約3万円費用が節減できていることが分かった。保険事業費で脳卒中予防運動を展開することは、費用対効果から合理的である。
  • 動脈硬化には2種類ある。心筋梗塞や大きな脳梗塞の原因となる、太い動脈に粥状硬化が発生するタイプと、脳出血や小さな脳梗塞の原因となる、細い動脈の小動脈硬化というタイプである。各国でどちらが起きやすいか調べると、食習慣が関係していることが分かった。米国人では太い動脈硬化(心筋梗塞)が優位で、主に肉の摂り過ぎによる脂質異常がきっかけ、日本人では細い動脈硬化(脳卒中)が優位で、主に塩分の摂り過ぎによる高血圧がきっかけになっている。
  • 最近は日本人の食習慣が変わり、脂質異常が増えている。今では、二つの種類の動脈硬化に対する予防対策が必要になっている。肥満がしばしば問題にされるが、非肥満者であっても血圧高値、血糖高値、脂質異常を有する者は、メタボと同様、あるいはそれ以上に循環器病の寄与リスク(人口寄与危険度割合)が高いことがわかった。研究成果は、メタボ対策と非肥満対策の平行実施が重要という、2017年の学術会議提言として結実している。
  • 筑西市協和地区において、軽度・中等度高血圧者に保健指導を実施した結果、肥満者でも非肥満者でも、保健指導によって、収縮期血圧値が低下することが分かった。非肥満者は、食塩摂取量(24時間食塩排泄量評価)、アルコール摂取量も低下した(肥満者はもともとアルコール摂取が少ないので、変化はなかった)。中長期的に脳卒中の発症を抑制するには、保健事業を基にした保健指導は有効である。
  • この結果から、脳卒中対策(予防、医療、福祉)の推進モデルが描かれた。全住民を対象とする健康教育(一次予防)は、減塩意識を向上させ、食塩摂取量を低下させるのが目的である。健康診査で高血圧を早期発見し、健康教室・保健指導・治療を実施するのが二次予防である。その先、三次予防として脳卒中が発症した場合には致死率低下、後遺症軽減を目指して治療が実施され、また地域としてリハビリ・介護に取り組むことで患者と家族のQOLを向上する。
  • 筑西市協和地区では一次予防の健康教育で、減塩運動を推進した。みそ汁塩分濃度の分布が低塩の方向に変化した。小学校では副読本を利用して教育した。その後、市町村合併で健康教育を実施していなかった地域と比較できるようになったが、副読本教育を受けた中学生2年生と受けなかった中学2年の知識・行動は、受けなかった子どもたちとは異なり、減塩に関する行動変容に結びついていることが分かった。
  • 二次予防では、健康診査で発見されたハイリスクの住民への強力な健康指導に伴い、循環器疾患発症率が低下した。この成果はWHOにも取り上げられた。協和地区の国保加入者(8,300人)で年間1億1千万円の医療費抑制効果が確認されている。
  • 都会でも、八尾市南高安地区(人口約2万人)で成人病予防会が組織され、会員約5000人が活動している。住民のボランティアが主体的に健康づくり活動を継続している。南高安地区の成人病予防会員と非会員の脳卒中発生率を比較すると、年齢・性別を問わず、会員のほうが低い。地区全体で国保医療費は年間約4億円少なく、活動を八尾市全域に展開すれば、年間約15億円の抑制効果が期待できる。
  • 健康教育と積極的な介入が、血圧に影響するのに数年以上かかり、脳卒中が減り始めるのに5~10年以上かかる。医療費の削減効果がはっきりするには10~15年以上が必要である。短期での成果を求めず、地域で高血圧予防、管理を根気強く進めてゆくことが大切である。
  • 今まで説明してきた研究成果を基盤に、戦略研究J-HARP(生活習慣病重症化予防のための戦略研究)が実施された。ヘルス・ビリーフ・モデルに基づく受療行動促進モデルが研究の核である。①健診結果から生活習慣病のリスクを対象者が理解できるよう伝え、②重症化したら自分の身体がどのような状態になるのか、その変化で家族などにどのような影響がでるのか認識・実感できるよう働きかけ、③選択すべき行動によって、重症化を回避できると気付くように伝え、④改善のための行動変容をすることの障害となるものを具体的にイメージできるようにして、⑤行動変容出来ると感じられるように、対象者と共に生活改善の具体的方法を考える。
  • このモデルをうごかすには、保健指導を計画する立案過程が最も重要である。準備には時間を要するため、準備せずに保健指導に臨んでいる自治体・企業が多い。対処療法的(~しましょう)な保健指導になり、改善効果が長続きしにくいという問題があった。それを改善するのがJ-HARPの活動である。
  • J-HARPでは研究データの収集が課題になった。特定健診データ、国保医療費データ、国保資格取得喪失データを、相互に参照できる形でデータを取得する必要があるが、個人情報保護の観点から、参加自治体にCPUと匿名化ソフトを貸与し、自治体内で3つのデータを突合・匿名化をして解析データベースを構築した。
  • 研究の結果、ハイリスク者の医療機関への受療率が介入群で対照群より高く、きちんと服薬も継続しているなどの結果を得た。
  • 大阪大学医学系研究科では、データに基づいた健康教育・保健指導や、地域拠点病院の連携による長期的な臨床・予防・疫学研究の推進と人材育成を行っている。

講演終了後、以下のような質疑があった。

一次予防・二次予防の強化について
質問(Q):住民の健康が目に見えて増進され医療費が削減されるのに10年15年かかるという話があった。取り組みが遅れれば遅れるほど効果が出るのも遅れるが、全自治体ですぐに始めるにはどうしたらよいか。
回答(A):全自治体ですぐに取り組むべきだが、今の制度では自治体に任せるしかない。個人の行動変容に委ねるたけではなく、都市の中心部への車両の進入を禁止して自然に歩くようにするといった、WHOが提唱する環境整備の施策がありえる。英国では食料品の塩分量を政府が指導して減らしてきている。これも環境整備の一環である。
Q:行動変容には個人の自覚が大切だが、どのようにして自覚を高めるのか。
A:あらゆることが行動変容に影響する。小さいころからの教育の蓄積が行動変容につながるので、一例として小学校での副読本教育が大切である。また、日本では、学校を終えて就職した時点で親元を離れ、健康に注意が払われなくなるという問題がある。入社時の健康診査と研修など強化していく必要がある。
Q:データを取って対象者にフィードバックする際には、フィードバックを理解できる力が必要になる。どうしたら、このリテラシーを高められるのか。
A:リスクの高い人にリスクを回避させるかがポイントである。ヘルス・ビリーフ・モデルに説明したように、5年後、10年後にどうなっていくのかを、できる限り具体的に説明する必要がある。健診成績表において注意すべき点に☆印を付けるだけでは不十分で、例えば、高血圧から脳卒中までの系統図を作って、身体の血管や重要な臓器の状態が、今どんな状態にあるか、このまま放置するとどうなってゆくか、脳卒中になるとどうなるか、どのくらいの医療費が想定されるか、家族にどう迷惑をかけるか、などをきちんと説明し、自分自身のこととして理解してもらう。それによって、医療機関に行って治療を受けるモチベーションが生まれてくる。この保健指導のテクニックを高めていくために、保健師等への教育・研修を進めるのがよい。
Q:運動は健康にどう影響するのか。エビデンスは得られているのか。
A:毎日1時間以上歩く人は30分の人に比べて循環器病の死亡リスクが2割低く、週に5時間以上運動する人は、週1回1~2時間の人に比べて循環器病の死亡リスクが3割低いことが、日本人の大規模なコホート研究によって示されている。
Q:服薬していることで、かえって安心して健康に配慮しない人たちがいる。このような人々に、どう健康指導していくのか。
A:服薬が必要な人は、まずきちんと服薬するように医療機関に受療してもらう。その上で、生活を改善すればいっそう状況は改善されることを説明し、望ましい生活習慣を身に付けさせるように指導している。

データの収集について
Q:データの収集について苦労している。たとえば、職域の被保険者のデータ、国保の被保険者のデータなど、保険者間のデータを繋げないと、長期間の情報にならないし、効果的な健康指導もできないのではないか。
A:厚生労働省もそのようにしたいと考えているが、NDB(全国すべての被保険者のレセプト情報、特定健診・特定保健指導のデータベース)は匿名化されており、それ自体の分析は可能であるが、介護保険データや人口動態統計情報(死亡)等との突合はできないのが現状である。 一方、海外(北欧諸国、韓国、台湾等)ではデータが結び付けられる点で、わが国は後れを取っている。限界はあるが利用できるデータを活用して予防施策に貢献する成果を出し、データヘルスの価値を社会に示していくことで、徐々にデータ連携が進むのではないか。
Q:後期高齢者のデータは国保データからも分離しているが、どう扱っているのか。
A:自治体ぐるみで予防活動を実施している場合には、首長の判断で年齢に制限を設けない健康診査もでき、後期高齢者のデータを繋げていくこともできる。しかし、現状では全国一律にはできない状況にある。