開催日時:1月12日水曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
磯 博康氏:大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教授
司会:山田 肇(ICPF理事長)
冒頭、礒氏は次のように講演した。
- ヘルスケアについて評価するには三つの方法がある。生態学研究としてマクロに観察評価する方法では、因果関係はあいまいになる。患者集団、企業の社員などを対象に個々人を長期間観察するコホート研究では、因果の評価ができる。因果評価が最も正確なのは介入の効果をRCTで確認する方法である。
- 1960年代、日本は世界で最も脳卒中の多発国であったが、一方で、最も虚血性心疾患が少ない国であった。その後、日本は他国に比較して最も脳卒中が低下し、虚血性心疾患はさらに低下傾向にある。
- 最近は、脳卒中は死因の第4位まで下がっている。しかし、「かくれワースト1」と呼ばれる。それは、同一の原因(高血圧)を基盤とする疾患単位としては最も多く年間11万人が死亡しており、精神疾患を除いて入院受療率が最大かつ入院期間が最長、寝たきりの最大の原因、認知症の予防可能な原因として最大、高齢者医療費は0兆円と癌に次いで多いといった理由からである。
- 1963年から、秋田・大阪・茨城・高知の40歳以上住民1万人を対象にダイナミックコホート研究が進められてきた。研究テーマは、循環器疾患・循環器関連疾患の危険因子、脳卒中・虚血性心疾患発症率のトレンド、予防対策の費用効果分析、要介護・要介護認知症の危険因子などであった。
- 24年間(1964~1987年)に渡る保険事業費、高血圧治療費、脳卒中治療費を求めた結果、強力介入地域では保険事業費が高くなるが、高血圧治療費と脳卒中治療費は低くとどまることが分かった。三つの費用を合計すると、強力介入地域では対照地域に比較して一人当たり約3万円費用が節減できていることが分かった。保険事業費で脳卒中予防運動を展開することは、費用対効果から合理的である。
- 動脈硬化には2種類ある。心筋梗塞や大きな脳梗塞の原因となる、太い動脈に粥状硬化が発生するタイプと、脳出血や小さな脳梗塞の原因となる、細い動脈の小動脈硬化というタイプである。各国でどちらが起きやすいか調べると、食習慣が関係していることが分かった。米国人では太い動脈硬化(心筋梗塞)が優位で、主に肉の摂り過ぎによる脂質異常がきっかけ、日本人では細い動脈硬化(脳卒中)が優位で、主に塩分の摂り過ぎによる高血圧がきっかけになっている。
- 最近は日本人の食習慣が変わり、脂質異常が増えている。今では、二つの種類の動脈硬化に対する予防対策が必要になっている。肥満がしばしば問題にされるが、非肥満者であっても血圧高値、血糖高値、脂質異常を有する者は、メタボと同様、あるいはそれ以上に循環器病の寄与リスク(人口寄与危険度割合)が高いことがわかった。研究成果は、メタボ対策と非肥満対策の平行実施が重要という、2017年の学術会議提言として結実している。
- 筑西市協和地区において、軽度・中等度高血圧者に保健指導を実施した結果、肥満者でも非肥満者でも、保健指導によって、収縮期血圧値が低下することが分かった。非肥満者は、食塩摂取量(24時間食塩排泄量評価)、アルコール摂取量も低下した(肥満者はもともとアルコール摂取が少ないので、変化はなかった)。中長期的に脳卒中の発症を抑制するには、保健事業を基にした保健指導は有効である。
- この結果から、脳卒中対策(予防、医療、福祉)の推進モデルが描かれた。全住民を対象とする健康教育(一次予防)は、減塩意識を向上させ、食塩摂取量を低下させるのが目的である。健康診査で高血圧を早期発見し、健康教室・保健指導・治療を実施するのが二次予防である。その先、三次予防として脳卒中が発症した場合には致死率低下、後遺症軽減を目指して治療が実施され、また地域としてリハビリ・介護に取り組むことで患者と家族のQOLを向上する。
- 筑西市協和地区では一次予防の健康教育で、減塩運動を推進した。みそ汁塩分濃度の分布が低塩の方向に変化した。小学校では副読本を利用して教育した。その後、市町村合併で健康教育を実施していなかった地域と比較できるようになったが、副読本教育を受けた中学生2年生と受けなかった中学2年の知識・行動は、受けなかった子どもたちとは異なり、減塩に関する行動変容に結びついていることが分かった。
- 二次予防では、健康診査で発見されたハイリスクの住民への強力な健康指導に伴い、循環器疾患発症率が低下した。この成果はWHOにも取り上げられた。協和地区の国保加入者(8,300人)で年間1億1千万円の医療費抑制効果が確認されている。
- 都会でも、八尾市南高安地区(人口約2万人)で成人病予防会が組織され、会員約5000人が活動している。住民のボランティアが主体的に健康づくり活動を継続している。南高安地区の成人病予防会員と非会員の脳卒中発生率を比較すると、年齢・性別を問わず、会員のほうが低い。地区全体で国保医療費は年間約4億円少なく、活動を八尾市全域に展開すれば、年間約15億円の抑制効果が期待できる。
- 健康教育と積極的な介入が、血圧に影響するのに数年以上かかり、脳卒中が減り始めるのに5~10年以上かかる。医療費の削減効果がはっきりするには10~15年以上が必要である。短期での成果を求めず、地域で高血圧予防、管理を根気強く進めてゆくことが大切である。
- 今まで説明してきた研究成果を基盤に、戦略研究J-HARP(生活習慣病重症化予防のための戦略研究)が実施された。ヘルス・ビリーフ・モデルに基づく受療行動促進モデルが研究の核である。①健診結果から生活習慣病のリスクを対象者が理解できるよう伝え、②重症化したら自分の身体がどのような状態になるのか、その変化で家族などにどのような影響がでるのか認識・実感できるよう働きかけ、③選択すべき行動によって、重症化を回避できると気付くように伝え、④改善のための行動変容をすることの障害となるものを具体的にイメージできるようにして、⑤行動変容出来ると感じられるように、対象者と共に生活改善の具体的方法を考える。
- このモデルをうごかすには、保健指導を計画する立案過程が最も重要である。準備には時間を要するため、準備せずに保健指導に臨んでいる自治体・企業が多い。対処療法的(~しましょう)な保健指導になり、改善効果が長続きしにくいという問題があった。それを改善するのがJ-HARPの活動である。
- J-HARPでは研究データの収集が課題になった。特定健診データ、国保医療費データ、国保資格取得喪失データを、相互に参照できる形でデータを取得する必要があるが、個人情報保護の観点から、参加自治体にCPUと匿名化ソフトを貸与し、自治体内で3つのデータを突合・匿名化をして解析データベースを構築した。
- 研究の結果、ハイリスク者の医療機関への受療率が介入群で対照群より高く、きちんと服薬も継続しているなどの結果を得た。
- 大阪大学医学系研究科では、データに基づいた健康教育・保健指導や、地域拠点病院の連携による長期的な臨床・予防・疫学研究の推進と人材育成を行っている。
講演終了後、以下のような質疑があった。
一次予防・二次予防の強化について
質問(Q):住民の健康が目に見えて増進され医療費が削減されるのに10年15年かかるという話があった。取り組みが遅れれば遅れるほど効果が出るのも遅れるが、全自治体ですぐに始めるにはどうしたらよいか。
回答(A):全自治体ですぐに取り組むべきだが、今の制度では自治体に任せるしかない。個人の行動変容に委ねるたけではなく、都市の中心部への車両の進入を禁止して自然に歩くようにするといった、WHOが提唱する環境整備の施策がありえる。英国では食料品の塩分量を政府が指導して減らしてきている。これも環境整備の一環である。
Q:行動変容には個人の自覚が大切だが、どのようにして自覚を高めるのか。
A:あらゆることが行動変容に影響する。小さいころからの教育の蓄積が行動変容につながるので、一例として小学校での副読本教育が大切である。また、日本では、学校を終えて就職した時点で親元を離れ、健康に注意が払われなくなるという問題がある。入社時の健康診査と研修など強化していく必要がある。
Q:データを取って対象者にフィードバックする際には、フィードバックを理解できる力が必要になる。どうしたら、このリテラシーを高められるのか。
A:リスクの高い人にリスクを回避させるかがポイントである。ヘルス・ビリーフ・モデルに説明したように、5年後、10年後にどうなっていくのかを、できる限り具体的に説明する必要がある。健診成績表において注意すべき点に☆印を付けるだけでは不十分で、例えば、高血圧から脳卒中までの系統図を作って、身体の血管や重要な臓器の状態が、今どんな状態にあるか、このまま放置するとどうなってゆくか、脳卒中になるとどうなるか、どのくらいの医療費が想定されるか、家族にどう迷惑をかけるか、などをきちんと説明し、自分自身のこととして理解してもらう。それによって、医療機関に行って治療を受けるモチベーションが生まれてくる。この保健指導のテクニックを高めていくために、保健師等への教育・研修を進めるのがよい。
Q:運動は健康にどう影響するのか。エビデンスは得られているのか。
A:毎日1時間以上歩く人は30分の人に比べて循環器病の死亡リスクが2割低く、週に5時間以上運動する人は、週1回1~2時間の人に比べて循環器病の死亡リスクが3割低いことが、日本人の大規模なコホート研究によって示されている。
Q:服薬していることで、かえって安心して健康に配慮しない人たちがいる。このような人々に、どう健康指導していくのか。
A:服薬が必要な人は、まずきちんと服薬するように医療機関に受療してもらう。その上で、生活を改善すればいっそう状況は改善されることを説明し、望ましい生活習慣を身に付けさせるように指導している。
データの収集について
Q:データの収集について苦労している。たとえば、職域の被保険者のデータ、国保の被保険者のデータなど、保険者間のデータを繋げないと、長期間の情報にならないし、効果的な健康指導もできないのではないか。
A:厚生労働省もそのようにしたいと考えているが、NDB(全国すべての被保険者のレセプト情報、特定健診・特定保健指導のデータベース)は匿名化されており、それ自体の分析は可能であるが、介護保険データや人口動態統計情報(死亡)等との突合はできないのが現状である。 一方、海外(北欧諸国、韓国、台湾等)ではデータが結び付けられる点で、わが国は後れを取っている。限界はあるが利用できるデータを活用して予防施策に貢献する成果を出し、データヘルスの価値を社会に示していくことで、徐々にデータ連携が進むのではないか。
Q:後期高齢者のデータは国保データからも分離しているが、どう扱っているのか。
A:自治体ぐるみで予防活動を実施している場合には、首長の判断で年齢に制限を設けない健康診査もでき、後期高齢者のデータを繋げていくこともできる。しかし、現状では全国一律にはできない状況にある。