開催日時:12月7日火曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
近藤雅巳氏:白子町健康福祉課 健幸づくり係 係長(保健師)
福林孝之氏:つくばウエルネスリサーチ 経営管理部 執行役員
司会:山田 肇(ICPF理事長)
冒頭、福林氏が次の通り講演した。福林氏の資料はこちらにあります。
- つくばウエルネスリサーチは筑波大学発のベンチャーで、健康に関する最新の研究成果を現場に届ける仕事をしている。ICTを活用したe-wellnessという名称の健康運動プログラムを15年間で10万人以上に提供して、体力年齢若返りと医療費抑制のエビデンスを明らかにした。その他、多様な国プロジェクトに協力してきた。
- e-wellnessを実施した新潟県見附市では、運動実施群は対象群に比べて、運動開始後3年目には、10万4千円も医療費を抑制できることが示された。体力年齢も5歳若返った。
- 多くの自治体での実践の結果、歩数の増加を導ければ医療費の抑制が期待できるというエビデンスが明らかになった。しかし、どの自治体でもプログラムに参加する住民の割合は限られており、健幸への無関心層には届かない。プログラム開始直後は参加者数が伸びるが、3~4年後には頭打ちになる。
- 無関心層のほうが医療費もかかる傾向があるので、無関心層にリーチし、行動変容を起こしたいと考えた。そこで、ポピュレーションアプローチに取り組むことにした。人口分布全体を生活習慣病リスクの低い方向に動かすというものだ。これが、健幸まちづくり施策「自然と健康になれるまちづくり:Smart Wellness City」の実践である。
- 多くの住民が“健幸”になれるまちづくりとは、すなわち『歩いて暮らせるまち』を創ることであり、『自然に歩かされるまち』を作ることでもある。実現へのポイントは、車に過剰に依存しない、便利さだけを追求しすぎない生活を市民が許容するように向けるということ。社会参加できる場づくりを始め、多くの施策を組み合わせて実施していくになるが、最も大切なのが自助を強める施策(インセンティブの付与と健康リテラシーの向上)であって、これを本日紹介する。
- 2016年から18年まで、無関心層の行動変容を促す6市連携健幸ポイントプロジェクトを実施した。総合特区制度の下で厚生労働省、総務省、文部科学省が連携して実施したもので、約1万2千名が参加した。歩数の増加や健康プログラムへの参加に、最大24000ポイントのインセンティブを付けた。その結果、無関心層を取り込むことができ、1万2千人のうち74%は(元)無関心層であった。さらに、約9割が18か月以上継続参加し、歩数を増加し、推奨歩数8,000歩を上回った。また、生活習慣病リスクが高い参加者の約35%がメタボを解消し、一人あたり年間5万円の医療費抑制効果が確認できた。
- これを全国に横展開していこうということで、成果連動型事業が導入された。民間を活用しても、現在の役務達成に基づく費用支払い方式では、事業成果の有無は支払い額に反映されず、「費用の安さ」が契約先選考で優先される傾向にある。自治体側もポピュレーションアプローチを医療費抑制のためにも実施したいが、従来の事業規模と比較して多額の事業費が必要となり大規模な予算獲得は難しい。ポピュレーションアプローチで自治体職員の業務量が大幅に増加する。成果連動型契約(Pay For Success)は、行政等が営む社会的事業に対して、民間ノウハウを活用して、社会的課題解決に向けて取組んでいく官民連携手法である。実施する事業により創出される社会便益に対して成果目標を設定し、資金提供者に対しては成果目標の達成度合いに応じて対価が支払われる。
- 2018年からの第1期SIBは3市町連携で、川西市、見附市、白子町が参加。2019年からの第2期は5市町連携で、遠野市、美里町、八幡市、宇部市、指宿市。2020年からは4市町連携で、田原本町、湯梨浜町、高石市、飯塚市。2021年からの第4期は4市町連携として実施され、金ヶ崎町、大野市、南丹市、西脇市が参加した。人口規模はまちまちだが、連携によって全体コストの削減に成功し、財政規模の小さい自治体も参加可能になっている。
- 4期にわたるこの事業は、健幸無関心層を対象に、エビデンスベースのインセンティブ施策を大規模に実施するもので、対象人口1割以上が参加することを目標としている。つくばウエルネスリサーチは中間支援組織として協力している。
- 最近では参加者のうち後期高齢者(80歳以上)の割合を15%以上とする新たな目標を追加し、アウトカムとして健康プログラム(歩数向上・筋トレ等)による医療費抑制、外出促進・社会参画による介護リスクの低減を掲げている。また、地方創生推進交付金(スポーツ・健康まちづくり)を活用するが、交付金終了後も一般財源で運用できる仕組みを構築する。
- 白子町も参加する第1期プロジェクトでは、5年後のKGI(Key Goal Indicator)として、医療費の抑制効果額8億円、介護リスク15%抑制を掲げている。KGI達成のためにKPI(Key Performance Indicator)として、参加者数は新規参加者と継続参加者のそれぞれが目標数の90%以上、参加者属性は新規参加者の60%以上が運動不充分層など、継続率は歩数データのアップロード率が85%以上、歩数の変化は新規参加者の運動不充分層のうち3ヶ月後に国推奨歩数以上またはベースライン歩数から1500歩以上増加した参加者の割合が60%以上などを設定した。
- 参加者数、運動不充分層割合・後期高齢者参加割合、継続率、歩数の変化の4つのKPIの達成状況をつくばウエルネスリサーチが評価し、4つのKPIに重みを付けて総合KPI達成度を計算し、それに基づいて成果報酬額を決めるという仕組みになっている。
- 第1期3市町では参加者に占める75歳以上の割合が25%前後となり、第2期、第3期、第4期でも人口の1割以上という目標は越えて、ポピュレーションアプローチとして成功している。
- 無関心層に情報を届けて関心を生みだし、インセンティブポイントを付与して参加を促してきた。さらに口コミを重視し、家族や友人に健康情報を届けてリテラシーを高めていく健幸アンバサダーを養成してきた。コミュニティ活動との連携、地域包括ケアとの連携なども各市で実施してきた。その結果、参加者の歩数が上がるという成果が確認できている。参加者の医療費も、非参加者に比べて、2年目には9万円の抑制効果があった。参加群でも介護認定者は出るが、その比率は非参加群に比べて少なく、また要支援に止まる傾向があることも分かった。
次に、近藤氏が次の通り講演した。近藤氏の資料はこちらにあります。
- 白子町は九十九里浜に面する人口10,891人の小規模な町で高齢化率は0%である。海と温泉がある観光地で、品質のよい野菜も生産されている。「匠の技」という高品質のトマトをぜひ味わってほしい。また、300面ともいわれるコートがあるテニスの町でもある。
- 高齢化率が年に1%程度高まっている。その結果、全国に比べて低いとはいえ、後期高齢者における介護認定率が28%程度という問題が起きている。高齢者の健康を維持していくのが重要であり、「地域を丸ごと健幸にする施策を実施したい」と考えた。人口の16%まで普及すれば後は自然に普及していくという理論があるそうなので、まずは1割を目標にした。
- また、成果が目に見えるエビデンスに基づく事業を実施したいと考えた。それが地域全体を健幸にする「健幸ポイント事業」である。ポピュレーションアプローチで全体利益を追求した。
- 2015年度に「健幸ポイント事業」をスタートした。参加者は無料で提供される活動量計を身に着けて日常生活を送る。活動量計に記録される毎日の歩数を町施設やコンビニ等で送信する。月に一度、町施設の体組成計で体組成を測定する。これを継続した参加者に、努力と成果に対してポイントを付与し、貯まったポイントは商品券に交換される。
- 参加費無料、歩数計1台無料と、歩数等の成績に応じてポイントがあることが、無関心層に対するインセンティブになっている。商品券は「孫にあげる」など非常に好評で、景品交換の時期は必ず新規参加者が増加するようになっている。景品交換が、継続のための動機付けと、口コミを発生させる仕掛けになっている。
- 健幸ポイントの参加者数は、40歳以上の人口で、2年目の2016年度に1割になった。4年目(2018年)に成果連動型に変更し、通算6年目に2割を超えた。緊急事態宣言下でも新規参加者は減ることなくむしろ増加している。80歳以上の人口での普及率は6%になっている。参加の決め手は、アンケート調査によると広報紙と口コミであった。広報紙は関心層にリーチし、口コミは無関心層にリーチしていたのではないか。
- 参加後は歩数が増加するが、3か月程度で飽和する傾向がある。3か月目までのアプローチが大切なので、データ送信をする町施設には指導者を置き、直接指導して運動不充分層の意識を喚起するようにしている。また、歩数の目標を理解している人ほど歩数を高水準で維持する傾向があるので、「目標歩数が達成できず商品券を損してますよ」といった案内も送るようにしている。
- その結果、2021年には目標である国による推奨歩数を達成した参加者の割合が9%となった。2018年12月以前と2019年1月以降の歩数分布を比較すると、3000歩から7000歩未満の参加者が減少し、7000歩から9000歩が増加している。推奨歩数達成率のKPIは55%であるが、白子町ではこの1年間くらいほぼ達成状態を続けている。
- 一日の平均歩数が1歩増えると、061円/歩/日の医療費が抑制されるという過去に研究結果(エビデンス)を基に試算すると、1,000人が1,400歩/日の歩数増加を達成することによって、約3,100万円/年の医療費抑制効果が期待されるという計算ができる。
- 実際に後期高齢者のレセプトデータを分析して、参加者は医療費が5万円少なく、介護給付費も6.5万円少ないという結果が出た。新規の認定も約3割抑制できている。75歳以上人口合計では、医療費と介護給付がそれぞれ3000万円削減できたという計算になる。
- KPIの総合達成度は白子町では110%と計算されたが、それに基づく成果報酬支払額は連携した3市町村で分担して負担するので、10万円程度で済んだ。
- 医療費、介護給付費で差が出るのは後期高齢者であるが、これから後期高齢を迎える60代、70代が既に高い普及率に達しているので、本地域全体へのよい影響が今後さらに大きくなると期待している。
- 成果に結びついた秘訣をまとめる。第一は、従来よりも緊密に事業者、関係者と意思疎通を実施したこと。これには連携した見附市、川西市との意思疎通も含む。第二は、KPI等の評価を随時行い、データを基により良い方策を共に検討してきたこと。そして、結果には事業者も責任を負う成果連動型の委託契約により成果を追及できたこと、の3点である。
講演の後、次のような質疑応答があった。
成果連合型委託契約について
Q(質問:取り組みを始める前段階で、どのようにして参加自治体を募ったのか。
AK(近藤回答:白子町の最大の課題が高齢化であり、しかしすべての対策を取るのは無理なので、エビデンスもあり成果が期待できるとして「健幸ポイント事業」を選択した。
AF(福林回答):スマートウエルネスシティ首長研究会で先駆的な取り組みを交流してきたのが、SIB型の「健幸ポイント事業」普及のカギになっている。
Q:SIBでは中立的な評価者の存在が重要で、今回は筑波大学がその役割を果たしている。アカデミアの役割について説明して欲しい。
AF:以前から筑波大学の研究でエビデンスが積みあがってきたというのが、この事業のポイントである。成果連動型契約の評価者という点も重要だが、研究を続けてエビデンスを積み上げることが大学の真の役割である。
AK:エビデンスがあることが事業を始める際の説明にも大切であった。ただ、難易度が高い分析の費用は大きな負担なので、長期的には、評価周期は延ばしていくのがよいのではないか。
Q:住民への介入として広報活動が大切であることが分かったが、役割分担はどうなっているのか。
AF:サービス事業実施者であるタニタヘルスリンクが主に情報提供を行っているが、町の広報に掲載するなどは自治体側の分担になる。緊密に連携することで、自然と役割分担できている。
AK:すべてを事業者に任せるのではなく、自治体側も分担している。その結果、「自治体が頑張ることで成果報酬支払額が増えるのは、どういうことか」という批判も出るが、大切なのは医療費を抑制したい、住民を健幸にしたいという目標である。
Q:KGIである医療費削減効果が事業費を上回ればよいということか。
AK:医療費が下がるといっても、白子町単体としてはすべてを把握できない。社会保険加入者の医療費が削減されても把握できないし、自治体の医療費負担は減らないからだ。
AF:社会保険加入者もいずれは国民健康保険に戻ってくるので、長期的には効果が出てくる。短い期間ではなく、長期的に見るのが大切である。ただ、費用対効果の説明がむずかしい点は認識しており、研究課題である。
Q:参加している自治体では普及が進んでいるとわかったが、全国普及にはどう取り組むのか。
AF:いろいろな方法でインセンティブを付けるという試みは多くの自治体で始めている。これに対して、「健幸ポイント事業」は無関心層へのアプローチという点に特徴があり、これを強調して普及を進めていきたい。
地域健康経営について
Q:歩数や体組成のデータを事業者に渡していくことについて問題は起きていないか。
AK:参加時にデータを取ることを説明し、署名を得ている。データ取得を問題とする参加者はほとんどいない。データ分析する際には通し番号で管理し、データだけではだれかわからないようになっている。
AF:医療費抑制効果を知ることが事業の前提なので、そのために分析するという目的をきちんと明示して、参加の際に同意を取っている。また、被保険者番号はつかない形で分析する側に医療費データが渡されている。非参加群の医療費データ分析には同意は得ていないが、国民健康保険事業ではすでに自治体として医療費分析ができるようになっているので、その枠組みで行っている。
Q:後期高齢者がメインターゲットであると、スマートフォンだけではサービスは不十分である。ターゲットを考えてサービスを設計したのか。
AK:その通り、データ送信しやすい利便性を考えてコンビニに機器を設置するなど、スマートフォンを一人では使えないという点は最初から意識した。
AF:他の参加自治体でも活動量計の利用が大半で、スマートフォンの利用者は少ない。それゆえ、活動量計の無料配布には効果がある。
Q:参加者の割合が1割、2割というが、それで十分か。
AF:まずは医療費削減目標があり、そこから計算して参加者1割が目標になっている。また、人口の1割、2割は、自治体規模にはよるが、大規模な事業である。
AK:白子町では1000人、2000人を動員する事業は今まではなかった。初めて取り組んだ大規模事業である。講演で説明したように、16%を越えれば普及し定着するという理論もある。
Q:はじめの一歩を踏み出して参加し、その後継続する「定着率」について教えて欲しい。
AF:継続率がKPIになっており、これはデータを継続的にアップロードする人の割合である。継続率として高いハードルを課したが事業全体として達成できている。
AK:白子町では8割を越えている。