ZOOMセミナー「データヘルスの今後を俯瞰する」 山本隆一医療情報システム開発センター理事長

開催日時:8月30日月曜日午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:山本隆一氏(医療情報システム開発センター理事長)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

山本氏の資料はこちらにあります

冒頭、山本氏は次のように講演した。

  • 医療分野でのIT活用には長い歴史がある。1950年代にはレセプト(診療報酬請求明細)の処理が始まった。1か月分のレセプトをまとめて保険者に請求するために医療機関は夜なべでの作業を強いられていたが、これを計算機で処理するものだった。医療機関の負担が軽減されるのでレセプト処理は急速に普及した。
  • 1970年代には医療費が不足するという問題が起きた。医療本体にかかる費用を減らすわけにはいかなので、事務処理の合理化のためにITを活用しようとなった。その一例がオーダリングシステムである。例えば、発生源(診察室やナースステーション)で検査依頼を入力すると院内ネットワークで検査担当に伝わるようになり、オーダを伝達する事務は合理化された。
  • その後、2005年ごろからはIT化のフルーツを取る重要性が強調されるようになった。電子カルテが生まれ、また、データを蓄積して分析するという考え方も出てきた。後者が「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づくレセプト情報・特定健診情報等データベース(NDB)の構築(2009年)である。NDBにデータが蓄積されるにつれ成功例が生まれ、厚生労働省も自信を持ってデータ活用を打ち出すようになった。
  • NDBは法律に基づくものだが、研究開発のための第三者利用は例外扱いだった。2018年に法律改正され、研究開発利用が法律に書き込まれた。データヘルスは、NDBなどの実績を基に推進されるようになってきたのである。
  • NDBは保健局による保健者の業務改善事業だったが、介護総合データベース(LIFE)も誕生し、多様なデータベースを連結して保健医療データプラットフォームをつくることになった。保健医療データプラットフォームは予防施策の効果検証や医療・介護トータルの利用状況分析に役立つ。多様なデータからエビデンスを見つけて施策推進に役立てるというデータヘルスは今や厚生労働省全省の課題である。医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るために健康保険法等 が一括して改正された。
  • データヘルスをさらに推進するために、2018年ごろから改革案が検討された。そこで打ち出されたのが、医療情報を本人や全国の医療機関等で確認・利活用できる仕組みの構築、電子処方箋の実施、個人健康記録(PHR:Personal Health Records)の活用であり、それらの基盤としての、オンライン資格確認システムの構築であった。
  • 医療と介護のデータを結合しようにも、国民一人ひとりに付与されている番号が二つのデータベースで異なる。氏名のフリガナなどを頼りに結合しても間違いが起きることはわかっていたが、医療介護連携の効果を検証するマクロなデータ解析程度なら構わないという判断して、先行的に実施した。しかし、がん登録データとの結合などになると、間違いは許されない。そこで、医療等に用いる番号について検討が開始された。
  • 被保険者番号の個人番号化を進める動機付けとして、オンライン資格確認システムが検討された。マイナンバーと紐付けして保険者が医療番号を発行する。医療機関や薬局で保険証やマイナンバーカードを提示すれば、オンラインで即時に資格確認ができるという仕組みで、試行段階にある。
  • 法令で定めることで本人の同意を不要とする、医療番号を用いてのデータベースの結合は、臨床効果などのビッグデータ解析を可能にする。ただし、何でも、だれでも結合できるというわけではない。データの収集根拠・利用目的などが法律明確にされ、講ずべき安全管理措置等が個別に検討され確保され、さらに、データベースの第三者提供は当該提供スキームが法律に規定され、提供先に係る照合禁止規定など、必要な措置が設けられているものであるといった条件が付いている。
  • 人々はライフステージによって、お薬手帳、生活習慣病手帳、母子健康手帳などを用い、それぞれが異なる番号で管理されている。また、わが国には正確の異なる医療機関が多く存在し、国民はこれらの医療機関を使い分けている。その結果、個々人の医療情報が分散してしまっている。これらを統合しようと地域医療連携が試みられているが、カバーしている人口は少ない。そこで、医療等専用ネットワークを用いて医療情報を全国で確認できるようにしようということになった。
  • 医療等専用ネットワークを用いて医療情報を本人や全国の医療機関等で確認・利活用できる仕組みは、コロナ禍で重要性が増している。自宅療養の方などの医療情報が確認できれば機動的な対応が可能になる。
  • 処方箋は患者と医療の接点として重要だが、患者は複数の医療機関を用い、複数の薬局で処方してもらうのが現状であり、電子化は簡単ではない。それを改善しようと、電子処方箋も検討の俎上にある。
  • PHRも実現する。個々人はマイナポータルを通じて主に健康診断データを入手し、それを利用して医療機関に相談したり、健康増進に取り組むということができる。地域医療連携が実現していない地域に住む人々も、PHRを用いれば的確に医療サービスを受けられるようになる。
  • ただし、データの蓄積が少ない間はPHRを利用しても効果は出ない。患者も利用しようという気持ちにならない。だからこそ、できる限り早くスタートする必要がある。
  • データヘルスの先には、様々なセンサからの情報を取得して、PHRと連携させて生活習慣の改善を図るといった、Society 5.0の世界が展望される。

講演後、以下のような質疑があった。

現状に関する質疑
Q(質問):歯科でのレセプトの電子化が遅れているという情報が講演資料に掲載されていたが、高齢者の健康増進などには歯科の情報は重要ではないか。
A(回答):講演資料は古いデータだが、今は90%を超えている。歯科のレセプトには、診療自体以外の様々な記録が掲載されており、歯科を含めての医療情報の連携は重要である。
Q:医療等専用ネットワークの実証事業という話があったが、実証で終わっているのか。
A:実証事業の成果を基に現実的に使われはじめた。実証事業は役立った。
Q:地域医療連携の人口カバー率が低いのはなぜか。
A:都道府県で差がある。患者の同意のもとで実験として行っているので、地域で共有する価値を患者が理解できないと参加しない。説明に時間がかかり、医療機関にも患者にも負担になっている。今、政府は全国で医療情報を取得できる仕組みを構築しようとしているが、それでは説明も同意も手続きが簡略化される。
Q:コロナは医療連携にどのように影響を与えたのか。
A:コロナのデータもNDBに入ってきているので、分析が進んでいる。一方で患者の医療情報を利用して対応することはできていない。平時にシステムを作らなければ有事に急に利用することはできない。地域医療連携が入っている地域では、患者のスクリーニングに利用しているそうで、平時から利用しておくことが大切である。

今後の発展に関する質疑
Q:生活習慣を改善するなどには過去のデータが必要である。どのように過去データを遡及して収集するのか。
A:過去に訴求できるのは2008年以降の特定健診だけである。また、保険者には5年間の記録保存義務があるので、それも利用できる。だからこそ、早く開始するべきということを繰り返し唱えてきた。
Q:医療では世帯が重要な場合もあるが、この情報はどのように扱うのか。
A:もともと無理がある。夫婦が異なる会社に勤め、異なる保険者に加入している場合がある。診療の際に家族歴を聞き取ることしかできないし、データベース化されていない。母子健康手帳は電子化されマイナポータルに載せる予定で、その際には母子の関係はわかるが、父子は無理である。
Q:電子処方箋の実現が遅れているのはなぜか。
A:処方箋をどこにもっていっても構わないので、医療機関と薬局の組み合わせは数えきれない。厚生労働省は初期的な、簡略化したシステムの調達をかけたが、それでも応札する企業が出なかった。オンライン診療と電子処方箋とは組み合わせて推進する必要がある。急がなくてはいけない分野である。
Q:処方箋であるが用法・用量の標準化が出来ていない。問題ではないか。
A:用法については標準マスターが出来たばかりである。これから使われるようになる。ただし、医療機関でのシステム更改は五年程度ごとなので、標準マスターの利用はまだ広がっておらず、ばらばらなシステムを使っているので、薬局側に迷惑をかけていると言わざるを得ない。
Q:薬剤師としては病名や検査データもあれば、患者への指導が充実するのだが。
A:その通りで、医療機関から薬局への情報伝達も充実させる必要があると、前から唱えてきている。

医療と介護の連携に関する質疑
Q:医療と介護の連携は重要だが、介護サービスを受けるまでの介護予防がいっそう重要ではないか。医療と介護それぞれのデータだけでなく、その周辺にある生活情報も組み合わせるべきではないか。
A:介護予防は重要で、健康診断データなどを利用して健康増進を図るべきである。早く進めたほうがよい。また、生活情報も組み合わせるのは大切で、今後は運動データ等も行政が利用するというのがSociety 5.0の姿であろう。

法的課題に関する質疑
Q:マイナンバーと紐づいた情報は特定個人情報に相当するので本人が同意してもデータ連携できないと個人番号法では解釈できるが、どのように対応しているのか。
A:保険者ごとに医療番号を付与しており、保険者が変われば番号が変わるので、ある時点では個人番号と1対1に対応するが、いわゆる引き当て番号で、特定個人情報としては扱っていない。