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行政 電子行政の先にあるデジタル社会を見据えて 山口功作氏(エストニア投資庁日本支局長)

日時:5月28日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   千代田区九段北4丁目2番25号
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:山口功作(エストニア投資庁日本支局長)

講演資料を用いて、山口氏は次のように講演した。

  • エストニアでは電子政府という言い方はあまりしない。民間での利活用こそが大事であり、政府自体にはあまり投資しない方がよい。
  • エストニアでは、15歳以上の国民はIDカードを所持することが義務であり、人口1,313,271に対して、1,245,304枚のアクティブなIDカードが存在している。任意の国で成功したところは未だ無い。
  • IDカードには、氏名、性別、国籍、誕生日、ID番号、文書番号、失効日、自書、顔写真が印刷され、認証用と署名用のデジタル署名が記録されている。カードの中には二つの情報しか入っていないので、落としても問題はない。SIMカードに認証用と署名用のデジタル署名を入れた、モバイルIDが主流となりつつとなる。
  • 海外の人にe-Residencyカードを発行している。銀行口座はエストニアでつくる必要があるが、e-Residencyカードがあれば法人登記は海外からもできる。海外からスタートアップが集まって、イノベーションが起きることを期待している。エストニアの安全保障にとっても重要な手段である。エストニアにビジネスの拠点をもっている人が増えることで、エストニアを守ろうという「ファミリー」も増える。
  • 番号制度(番号付与のルール)、番号カード、番号カードの中に入っている公的個人認証と電子署名、公的メールアドレスが組み合わされて、国民IDはプライオリティNo.1の身分証明書として扱われている。
  • 人口減少の先に、世帯数減少が進むと経済は縮小する。経済の規模拡大を移民に頼るのにはリスクと負担がある。出生率を増やすのは時間がかかる。女性の社会進出には期待するが、本命は生産性を増すことである。
  • 第3次産業革命(インダストリー4.0)にどう対応していくかで国の将来が決まる。そのために、エストニアは情報通信の利活用とともに順応を進めている。利活用に対する国民の不安解消には、情報管理権限を国民の手に委ねるようにし、誰がいつその人の個人情報にアクセスしたのかわかるようにすることが肝要である。透明性以外に信頼獲得の方法は見えない。
  • IDカードは、健康保険証、各種免許証といった公的サービス用にも、銀行カード・会員証といった民間サービス用にも利用されている。卒業証明書というサービスもある。受験の申し込みの段階で電子署名すると、学校は証明書を参照することができる。
  • 3,000以上のサービスが、X-road上で接続されている。物理的にX-roadが存在するわけではなく、それぞれのデータベースはP2Pで繋いでいる。この非集中化が、セキュリティを高めている。
  • 電子化にはさまざまな効果がある。電子署名は、労働人口一人当たり、年間一週間分の労働時間を削減した。法人登記はオフラインだと510分かかるのが、30分に短縮された。VAT(付加価値税)も電子化・自動化して、税収が伸びた。
  • エストニアでは、2003年にIDパスという形で公共交通の定期券を提供するようになった。それを使った方が得だ、楽だと周知させる一つの方法だった。そして、金融機関による利用開始が、普及の始まりである。次世代サービスとして、電子領収書を正式の領収書とすること、政府発行の公式eメールアドレスを住所として認めること、クロスボーダー認証によって、デジタル単一市場の形成を促すことを計画している。
  • 日本と、今後、協力を深めていきたい。二国間サイバー協議を継続し、IoTにおけるサイバーセキュリティの世界基準を研究していきたい。民間分野ではビッグデータ解析などの分野で、協力を深めていきたい。クロスボーダーで連携し、デジタル単一市場を形成するのも重要なテーマである。
  • 日本では遅きに失した空気感があるが、超大国で番号制度を成功させた国はない。日本がマイナンバー制度を成功させれば初になる。大いに期待している。

山口氏は、自身のe-Residencyカードを利用して、自身に関する情報がエストニア政府内でどのように蓄積されているかを確認するデモ、電子投票のデモなどを実施した。

講演後、概略次のような質疑応答があった。

セキュリティに関する質疑
Q(質問):公的メールアドレスを住所と見なすことについて不都合はあるか、公的メールアドレスにスパム対策はあるか?
A(回答):不都合はない。メールに書類を添付する際には電子署名を付加しており、電子署名を含め、公的個人認証が真正性を担保する。
Q:いまのところ大きな問題・事件は起きていないのか?
A:銀行のなりすましは一件も起きていない。公的個人認証でセキュリティを高めているからだ。エストニアでは個人情報保護について規制が厳しい。権限外の情報閲覧、第三者への漏えいには罰則がある。エストニア前首相が脳梗塞で倒れた時、看護師が権限外の閲覧をして即日解雇された。覗くことはできても、その履歴が残る。履歴は本人が確認できる。入られないための努力も必要だが、透明性を確保することが大切である。
Q:カードを落とした時どうなるのか?4ケタのパスワード(PIN)で安全なのか?
A:PINで三回失敗したら使えなくなるし、落とした際には、即日、停止もできる。
Q:貧乏な方がカードを売る可能性はないのか?
A:もしカードを売ったりしたら、社会保障を受けられなくなる。
Q:認知症の高齢者からカードをまきあげる危険性を考えているのか?
A:後見人制度によって、本人あるいは家族が、本人に代わって手続きできる人を指定できる。

新サービスに関する質疑
Q:電子領収書が導入されると、すべての収入と支出が捕捉されるようになるのか?
A:すぐにではないが、基本的にはその流れだと思う。反対するのは、ごまかしている方である可能性が高いのではないか。エストニアでは個人向けの税理士はすでにいない。電子領収書が実現すれば、ますます事務は効率化される。人口が少ないので、国民には生産性の高いところで働いてもらう必要がある。
Q:電子領収書はいつごろ実現するのか?
A:数年をかけて。税と結びつけるのは、国民との合意ができてからになる。IDカードにNFC機能を付け、便利に利用できるようになった時に、電子領収書は本格化するのではないか。
Q:民間の契約も電子化されているのか?
A:されている。作成した文書に電子署名をつければ、EU域内においては正式な文書となる。
Q:健康・医療分野で日本に薦められる事例はあるか?
A:e-Healthを推進している。どこの病院の医師でも過去の受診歴をみることができる。他人に見せたくない受診歴は、本人がオプトアウトできるようになっている。ホームドクターにも知らせたくない情報は、共有できないようする。事故の際には、警察や救急隊が病院に問い合わせ、病院は必要な情報を閲覧して対応する。
Q:マイナンバーと医療IDについて日本では議論があるが、どう思われますか?
A:できることからやっていくのが良い。透明性を高めることが肝要である。

日本へのアドバイス
Q:日本で共通番号を成功させる要因は何か?
A:私はアドバイスする立場にはないが、早く民間サービスで使えるようにすることが近道ではないか。使った方が便利だという実感を、早く民間も含めて提供することだ。電子政府という側面では、行政の透明性が信頼になる。透明性以外にキラーコンテンツはない。エストニアでもすべての情報が見られるわけではない。警察(捜査段階の情報)・公安情報等がそれに相当する。それ以外はすべて閲覧できる。また、エストニアでは宗教・信条などに関するデータベースは法律で許されておらず、存在してはいけない情報として扱われている、それ以外は秘匿すべき個人情報を除き、公開される。
Q:情報へのアクセス権限は誰が決めるのか?
A:国家情報システム庁が決めるが、省内においてもどのレベルの人が、どのアクセス権限をもっているのかは規定されているから、その点で透明性は確保されている。
Q:電子化は効果があるのか?
A:エストニアでは、伝統的に政府職員の給与レベルは低い。本当にやりたい人でないとやらない。自分のやりたい課題を解決することに人々の興味はあり、異動することに抵抗感はない。だから、リーマンショックのときに政府職員を10%削減できた。しかし、それができたのも、電子化のプラットフォームがあったからだ。
Q:法整備が大変だったのではないか、どんな法整備をしたのか?
A:デジタル署名法が最も重要であった。期限を決め、全省庁が電子署名を自署と同等に受け入れなければならない規定を設け、省庁の革新も一気に行った。エストニア議会101名には、技術がわかる議員もいる。大統領は自分でソースコードもかける。
Q:日本で「デジタルをメインにする」と基本を決めたとしても、いろいろな法律を書き換えないといけない。エストニアではやったのか?
A:エストニアは関連する全ての法律を書き換えた。法律家協会は、他国へのアドバイスもしている。
Q:デモで画像認証があったが、視覚障害者への対応はできているのか?
A:視覚障害者には音声サポートがあるが、完ぺきではない。言葉が話せない、耳が聞こえないなど、電話できない人の緊急連絡用にアプリを提供するなどの対応をしている。

教育 スマホ・タブレット時代の特別支援教育 中邑賢龍東京大学教授

日時:3月26日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:中邑賢龍(東京大学先端科学技術研究センター教授)

中邑氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、中邑氏は次のように講演した。

  •  異領域の人々が融合し、協働することで、バリアフリー分野の問題の解決を図っている。研究センターには、工学や建築の専門家以外にも、ロボットクリエーター、アスリート、プロダクトデザイナーや医師等が集まっている。
  • 障害者手帳を持っていれば障害者、持っていなければ健常者と認識されていた。その根拠が、1980年に制定された、WHOの国際障害分類ICIDHモデルだった。病気等で機能形態障害が起き、動作ができなくなる能力障害が発生し、仕事に支障が出るなどの社会的不利が起きると解釈した。機能形態障害を取り除けば解決するとして、医療中心で、医師が中心となって問題を解決しようとしていた。例えば、歩けない人に対して、歩けないなら歩く練習をすればいいという考え方であった。
  • 2001年、今までのモデルを変え、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Hearth:国際生活機能分類)が作られた。個人要因だけでなく環境要因が、障害に影響すると考える分類であり、“誰もが持ちうる状態”として障害を考える。例えば、20kgのキャリーケースを運ぶとき、どうするか?多くの人はエレベータ等を探すだろう。それは、車いすに乗っている人と同じ行動である。メモが取れない困難さがあれば、ICレコーダを手にするだろう。障害は誰にでも起こり得る問題なのだ。
  • 現代は生きにくい不公平な時代である。仕事が効率化された分、就業時間が短くなればよいが、業務は増えるばかりである。主流であるサービス産業に従事するには、コミュニケーション力が求められるようになった。元々、コミュニケーションが苦手な人は排除されがちで、不利な世の中になっている。コミュニケーションが苦手、という障害のある人が社会に包摂されるように、エレベータやICレコーダのような技術を提供したいと考えている。
  • 障害者権利条約が批准され、障害者差別解消法が制定された今、教育においては、インクルーシブ教育を行わなければならない。分離教育、特別支援教育は差別に当たる。インクルーシブ教育には技術の助けが不可欠である。
  • 身の回りにあるテクノロジーを用いることで、学習支援ができる時代である。しかし、子どもはそれらを使ってはいけないという人もいるが、今は、ハイブリディアン(機械の助けを借りながら生活する人々)の時代だと認識すべきだ。
  • DO-IT JAPANという取り組みを9年前から行っている。今年から、センター試験で読み上げを許可したり、神奈川県では、読み書きができない子どもに対応した試験を行ったり、といった実績ができ始めている。読み書きができないからと落ち込んだ子どもに、自分の苦手さを補って、さらに高いところを目指すよう取り組ませる必要がある。
  • 問題は、教師の意識が変わらないことである。これからは、合理的配慮が必要で、書けない子どもにワープロを使わせないのは差別とされる可能性がある。
  • 一方で、発想を変える必要がある。昨今のユニバーサルデザインは行き過ぎている。そのため、安全検知能力が低下するなど問題が生じている。次は「ボコ」デザインと我々が呼ぶ、ちょっと使いにくい、ちょっと立ち止まって考えるデザインが重要になるであろう。働き方も変えていく必要がある。例えば、パートタイムを推奨したい。フルタイムからパートタイムに変えることで、4日働いて、1日を好きなことに充てられるようにする。

その後、以下に要約する質疑応答があった。

一斉型教育の問題点について
Q(質問):教育のICT化において、今までの紙の教科書では意味はないと考えられるが、デジタル教材に関するアイデアはあるか?
A(回答):必要性は感じていない。タブレットにデジタル教科書を入れる実証実験を長野市と金沢市で行った。当初、読み書きに困難な子どものみの配布を考えていたが、学校側の要望もあり、全員に配布した。最初は全員がタブレットを用いて教科書内容を見ていたが、回数を重ねることで紙を利用する子どもが増えていった。しかし、そこでわかったことは、児童の約3分の1がタブレットを使い続けたことである。子どもによって、教科書の文字よりもタブレットで大きくした文字の方が見やすいことから継続的に利用するといったように、読み書きが困難と認識されていない子どもにも利用されるようになった。一律はダメで、子どもによって違いがあることを認識して施策を進めるべきだ。
Q:海外では小学校1年生からキーボード入力を実施している。ライティング力が向上するという考えからであるが、先生はどのようにお考えか?
A:英語教育は早期化しているが、習得が難しい子にとっては、何歳からでも難しい。全てのこどもが、英語を使える必要はない。キーボード入力で全員のライティング力が向上するわけでもない。日本は小学校高学年でも国語で一斉に音読をさせる。しかし、文章を理解するには、耳で聞き、あるいは、じっくり読む方がよい。要するに、学びの本質を知り、個々人に合わせた教育をすべきということだ。
Q:教員と教育の現状を踏まえたうえで、教員はなにをしたらよいだろうか? 何が必要か?
A:個人がICTを使うことを妨げない態度を身につけることが必要。協働学習に関しても、無理にICTを使わなくていい。例えば、新宿区のシステムは、机の上にビデオケーブルがあり、先生がつなぐことで自動的に映せるしくみをとっている。教員が利用したいときに利用する、それだけで十分だ。紙とデジタル、どちらかが重要ではなく、両方与えて使いこなすことが重要である。どちらか使いやすい方、もしくは両方を選べばよい。

特別な支援を必要とする子供の教育について
Q:LD(学習障害)であるために、子どもが学校から排除されようとしている。国立大学附属の学校に所属させ、学校ではICTを導入しているというが、教室に入るとまったく進んでいないことがわかる。板書が困難なため、黒板に書かれた内容の写真を撮ることが限界である。どうしたらよいか?
A:板書についてだが、まずは、ほしい商品を写真に撮り、確認しながら買い物をするようにさせる。それによって、写真の価値が体得できたら、次は板書を写真にとる。撮って終わりにせずに、書ききれなかった部分の写真を見ながら、ノートに書き写す。そのように進めるべきだが、こうした考え方は、まだ、広くは受け入れられていない。
Q:例えば、親が外国人であることで、日本語が不自由な子どもがいる。日本語の表現や理解ができない子どもに対してはどうするか?
A:海外の日本人学校の調査を行っているが、問題がある。日本に帰らなければならないと考えている人への学習に、タブレットが有効だと考えているが、サポートシステムがなかなかない。プロジェクトを進めていく必要がある。
Q:果たして、障害児教育は福祉なのだろうか? 障害者権利条約の観点では、福祉と考えるべきではないのでは?
A:おっしゃるとおりである。しかし、そうするしかない重度の障害を持つ子どもがいることも確かである。ヘルパー等の福祉関係者が学校の中にいることも必要であるが実現していないのは、行政の縦割りの弊害である。

デジタル教育について
Q:教育のデジタル化を仕事としているが本当に子どもに必要か?
A:タブレットを一斉配布しても、年数が経ったら買い替える財政力はない。だから、10年後にはなくなっているビジネスかもしれない。
Q:ものをつくることに制作費がかかるが、どうするのか?
A:子どもの教育に本当にICTは必要か?ということを考えるべきである。

健康 IISEシンポジウム 健康長寿のまちづくりとICTの役割-健康・医療・介護のさらなる連携- 久住時男見附市長ほか

日時:3月11日(水曜日) 午後1時30分~4時50分
場所:日経カンファレンス&セミナールーム 大手町セミナールーム2
   東京都千代田区大手町1-3-7 日経ビル6階
主な登壇者
吉田昌司氏(厚生労働省老健局振興課)
川添高志氏(ケアプロ株式会社)
中平健二朗氏(日野市地域戦略室)
久住時男氏(見附市長)

シンポジウムの模様はこちらをご覧ください(外部サイトに接続されます)

行政 地方自治体における業務の標準化・効率化 増田直樹総務省地域情報政策室長ほか

日時:3月10日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
千代田区大手町2-2-1新大手町ビル1階
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:増田直樹(総務省自治行政局地域情報政策室長)
松下邦彦(株式会社TKC地方公共団体事業部行政システム研究センター部長)

増田氏の資料はこちらにあります
松下氏の資料はこちらにあります

増田氏は資料を用いて、概略、次のように講演した。

  • 新藤前総務大臣が行政のIT化に大変熱心で、骨太の方針・日本再興戦略・世界最先端IT国家創造宣言に電子行政の推進が盛り込まれた。その流れで、地方自治体における業務の標準化・効率化に関する研究会を開催した。報告書は、先進自治体での取り組みを参考に課題解決策を提示するものである。
  • 総合窓口の先進事例には、粕屋町、三鷹市、甲府市、北九州市などがある。業務フローを標準化することで、事務の効率化や住民サービスの向上が図られるようになった。人口に関わらず、導入可能であり、共通番号の導入により各自治体でさらなる検討が進むように期待している。
  • 総務自治センターの先進事例として、横浜市、静岡県、大阪府を紹介する。平成20年頃でセンターの新設はひと段落ついたようだが、都道府県31団体、政令指定都市5団体などに導入されている。大規模自治体にはスケールメリットがあり、将来的には中小自治体での共同運用の可能性もある。
  • 自治体クラウド等の先進事例として、神奈川県システム組合、埼玉県町村会、秋田県町村会、京都を紹介する。業務の標準化・効率化を進めていくため、カスタマイズはできるだけ抑制するのが肝要である。自治体クラウドは、特に中小自治体での導入が進んでいくと期待している。また、分散して進んでいる各地のクラウドが統合されて、より大きなクラウドになるのが、将来的な方向である。

松下氏は資料を用いて、概略、次のように講演した。

  • 研究会の報告書には、ITベンダーの役割への言及がある。ベンダーは行政の遂行に必須の存在であると、書き込まれたことに大きな意義がある。
  • 自治体には、基幹系サービス・各種事業・共通基盤・庁内情報系サービス・住民向けサービスと、多くの情報システムが存在し、これに応えるために、20前後のベンダーがビジネスを営んでいる。市場規模は5700億円といわれている。
  • 市町村の人口規模ごとに情報システムに対する要求は異なる。できる限り安くというのが最大の条件でカスタマイズを求めない中小自治体から、オーダーメード型を好む30万人以上の大規模自治体までが存在する。
  • ベンダーはオーダーメード型に対応する一方で、パッケージ型のシステムを提供している。ひとつの自治体には多数のシステムがあり、異なるベンダーが納めているものもあることから、システム間での情報連携にはカスタマイズがどうしても必要になる。一方で、帳票・データ形式などの標準化によって、カスタマイズは削減できる。
  • 施行規則などがシステム化を前提にして提示されるようになれば、ベンダーが読み解く手間が省けるようになる。将来的に期待したい。
  • 国が自治体システムを一元的に提供することは可能か。韓国では実現しているが、競争が減ることは進歩を阻害する恐れがある。

二つの講演後、活発に質疑応答が実施された。

総合窓口と総務事務センターについて
C(コメント):総務事務センターについて、千葉市は取り組み中である。千葉市は人口97万人で、市役所と区役所の二階建て構造だが、区でも単独の市の規模がある。この区役所分について、総務事務センターを構築中である。
Q(質問):導入による業務の時間削減効果だが、民間は業務行動を記録しているが、自治体はしていない。時間が短縮されても、他の業務に時間がとられるだけだ。時間の計測が自治体でも必要であると考え、千葉市は千葉大学と共同研究している。総務省で時間の使い方の研究をしているのか?
AM(回答、増田):大きな自治体は一つの課に二・三人の総務担当がいるので、総務事務センターをいれると当該委託分の業務量削減ができる。小さなところは一つの課に0.5人というように一人以下であって、削減がむずかしく、それが中小自治体で総務事務センターが進まない理由になっているのではないか。自治体EAのころには、事務量を具体的に測っていた。例えばそのような測定を改めて実施することもあるのではないか。
Q:同じ業務について、総合窓口なり、総務事務センターを持っているところと、同様の規模で持っていないところを比較してみてはどうか?
AM:仰るとおり。ちなみに自治体クラウドの業務量削減という点では、神奈川、北海道でなど調査される予定と聞いている。
C:人口規模5万~10万であれば標準化できるが、大規模自治体だと業務が多様化して標準化が困難。今までどおりカスタマイズになってしまう。規模別で標準化への考え方は異なるのではないか。
Q:総合窓口について、大阪では、市民が便利になったかどうかを指標化している。そちらのほうがより重要ではないか?
AM:総合窓口における住民の満足度は非常に重要な考慮すべきポイントである。今日、資料に記載していないが、それぞれの事例で満足度の調査が実施されているが、いずれも高い評価を得たと伺っている。
Q:ベンダーの役割が変わってきているのではないか? 最近は役所に非正規職員が増えて、ベンダーは運用を実質的に任されている。クラウド以上に行政コストを削減したいのであれば、ベンダーが行政サービスを提供するところまでもっていくのがよい。富士ゼロックスは戸籍システムで大きなシェアを持っており、ナレッジがベンダーに蓄積されている。
AM:総務事務センター(内部事務等)について研究会で話題になったのは、全部を外部委託するのは問題ではないかという点。実際に、各事例でも最終権限は自治体の職員に権限を留保したうえで、システムを導入している。しかし、一方に、職員のスキルが育たないのではという指摘もあった。
Q:確定申告会場にいくと、ITベンダーからの派遣職員が多い。申告期間は一か月なので、そうしないと仕事が回らない。ここでもベンダーにナレッジが蓄積されている。一方で、機微な個人情報が漏れる心配もあるが?
AM:本日の総務事務センターの事例は、あくまで内部事務であり、職員の事前同意を得るというのが前提になっている。

大規模自治体と中小自治体の相違について
Q:大きな自治体の方が、財政が豊かである。一方、提供する必要がある住民サービスの多くは規模に関係しない。小さな自治体は、貧しい中で住民サービスを提供する必要がある。そこに、標準化と効率化のニーズがあるのではないか?
AM:仰るとおり。クラウドの発想の原点である。オールインワンのパッケージを中小自治体は利用する。一方で、30万人規模以上の大きな自治体にとっては、対応するパッケージがほとんどないため、自らがシステムを作っているケースもある。今後は、大規模自治体と、周辺自治体と共同利用するといった考え方もある。
AM:小さい自治体は、パッケージに自治体の側が業務を合わせる。一方、大きいところはパッケージをカスタマイズする必要がでる。大きなところは情報処理の専門職もいる。ある政令市にお伺いすると、7割パッケージ、3割カスタマイズといった姿になっているとのことだった。
Q:人口20万人以下であれば、一つのベンダーに統一するなど、思い切ったこともしても良いのではないか? ベンダーロックインは悪いという話もあるが、住民サービスの向上という実態がでるのであれば認められるのではないか?
AM:ある県の場合、今は三つぐらいのグループがあるが、県単位でまとまるのが良いのではないか。また、県をこえた事例も出ている。将来的にはもっと効率化を進めるために、技術革新をベンダーで競うようになるのがよい。今後は、クラウド化した後の次の更新時におけるベンダー間の競争環境の確保が重要な課題になってくると考えられる。
MS(回答、松下):良いベンダーロックインはパートナーシップ。小さな自治体だと専任職員が少ない。そのなかで効率よくするためには、オールインワンパッケージを導入した方がよい。ただし、ベンダー切り替えはできるようにしておかなくてはならないが。
C:行政事業レビューで、ある省の国家機密にかかわるシステムについて、外部評価委員が一般競争入札よりも随意契約にすべきと主張したことがある。ベンダーロックインも、悪と決めつけるのではなく、一つ一つよいか悪いかを考えるべきだ。

将来的な拡大について
Q:総務省の公会計システムが共同利用の道筋をつけるのではないか?
AM:例えば、共通番号制度では、国が中間サーバーのソフトウェアを作り、自治体みんなで使うことになったと聞いている。
MS:公会計システムは、保守年限は3か年という調達条件であり、本格導入するための試験のような位置づけにすぎない。まだ、しばらく時間がかかるだろう。
Q:施行規則などを数式で書くことについて、数式は横書きで。法律は縦書きである。まず、そういうところを変えるべきではないか?
MS:これは数式だけでなく、施行規則が現場の運用に落ちていないことが問題である。施行規則を作る段階から、現場担当者やベンダーが参加することが有効である。
Q:法令にIDをふっていただけないか? 自治体の側も、条例・ガイドラインに法令IDを付けて繋げておけば、更新の必要性がすぐにわかる。神奈川県の自治体が自らのウェブサイトを調査したら、半分ぐらい期限切れの情報だったという話もある。IDでコンテンツ管理すべきではないか? 法律にも、省令にもすでに番号がついているというが、電子化されていないし、IDにしてもらえれば、法令から条例までをツリー構造でコンテンツ管理できるではないか?
AM:以前に法律案を作る仕事をしたことからも、必要性は理解できる。
Q:同一の業務について、システムを一つにするより、ベンダー間で競争させ、同一の業務に関するシステムは二つ存在あるというようにしたほうが、BCPの観点で有益ではないか?
AM:国会議員の先生から何時も言及されるのは、全国二か所の中間サーバーの事例である。基幹系でも、まずは県レベルでまとまってもらってシステムの共同利用の実施を検討すべき。その状況を全国規模で眺めれば、競争が維持されていることになる。
Q:今回の報告書は、現実的だし、正しいことを主張していると思う。なぜ12年をたたないとこういうものがでてこないのか考え直す必要がある。昭和時代からの慣性が強すぎる。自治体も団塊世代が退職すると急激に職員数が減少し、外部委託しないとまわらなくなっている。研究会の報告書をどう推進するのか?
AM:例えば、自治体クラウドは、平成22年頃から本格的に始まったものであり、自治体の取り組みだけでなく、ベンダー側からのクラウドサービスの提供が必要であり、官民連携が欠かせない。今後の報告書の推進については、地方公共団体に策定をお願いしている情報化推進計画等に標準化の施策も必ず入れていただきたいと考えている。今後、進捗状況をフォローアップしていく。自治体における標準化に関する推進団体があった方がいいのではとも、有識者から言われている。