日時:6月11日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館1階5103教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:桃井隆良氏(私立ルネサンス大阪高等学校長)
冒頭、桃井隆良氏は資料を用いて次の通り講演した。講演資料はこちらにあります。
- ルネサンス高校は2005年に教育特区制度を利用して茨城県大子町に設立され、その後、愛知県豊田市と大阪市にも系列校を開校した。設立・運営しているのはルネサンスアカデミーという株式会社で、関西で教育事業を展開しているワオコーポレーションとソフトバンク系のブロードメディアが出資している。
- 通信制高校というと落ちこぼればかりを集めているように思われるかもしれないが、スポーツや芸能に力を入れている生徒も在籍している。ルネサンス豊田高校の橋本千里さんが、全米女子オープンゴルフの出場権をアマチュアで唯一獲得といったように、各分野で活躍している生徒がいることが特徴のひとつである。積極的な意味で通信制高校を利用する生徒が増えている。通信制高校は転校生が多い。毎月、生徒が転校して来ることも大きな特徴である。不登校、中退の子は、高校卒業資格を取得したり、アルバイトをするために転校してくる。
- デジタルデバイスを活用した教育に取り組み、今年で9年目になる。開校当時からデジタルデバイス導入を行っており、最初はパソコンとデジタルペンを導入したが、生徒にとっては使い勝手が面倒であった。2007年からは、携帯電話とパソコンの両方が使えるようにした。携帯電話の導入には保護者の抵抗が強かったが、導入の決め手は、肌身離さず使用している携帯電話を使えば、いつでもどこでも学習できるということだ。生徒数が伸びている一因として、デバイス導入がある。
- その後、スマートフォンに代わり、教員は多様な出題をすることが可能になった。高校は、小中学校と異なり、20単位までは検定教科書を使わない授業を行うことが可能である。そこで、オリジナルでスマホ向けの英語演習科目を作成した。昨年度までは動画はDVDで提供していた。今は、動画コンテンツをネットで提供している。
- 昨年度、全生徒にiPad miniかAQUOS Padを配布した。今でもパソコンを使用している生徒もおり、その方がよいという生徒もいるし、紙の方がよいという生徒もいる。学校としては、タブレットを薦めているが無理強いしていない。配布にあたっては、クアルコム社の寄付を得た。
- 通信制の学習法は毎月のレポート提出である。基本的には自学自習であり、定着度の小テストも実施する。2単位取るために、5〜6回のレポート提出が必要である。また、年に一度の集中スクーリングを実施している。大阪校は、交通の便がよいので、通学スクーリングもできるようになる。
- 生徒がログインすると履修科目一覧が表示される。科目を選択すると、科目トップが表示される。さらにアクセスすると、メディア学習が出てくる。これは、学校の講義と同じようなコンテンツである。その後、理解度確認の小テストを実施する。得点できなければ、復習しなければならないしくみになっている。別途、課題レポートがある。これらを累積して成績にしていく。基礎学習が中心で、教科書に忠実に従っている。難易度は、5段階評価の3のレベルに合わせている。しかし、通信制高校は、普通高校と異なり、生徒の偏差値の幅が広い。生徒ひとりひとりの成績に合わせた問題を出題することが理想であり、課題である。
- 提出するタイプのレポートは、送り返すまでに時間がかかる。学習したことにすぐに反応することが、記憶に関わり選択式なら対応できるが、記述式は採点に時間を要する。選択問題と記述問題の比率は、現状は7:3くらいである。問題には、四肢選択、並び替え、穴埋め、マッチング、単語記述、論述などがある。
- 教科書に沿った問題のみでは、生徒にはやらされている感覚があるという。そのため、オリジナル教材を作成したり、スクーリングでは実験を行ったりしている。先生による授業の動画も展開している。ルネサンス高校は、科学に力を入れ、映像化に取り組んでいる。
- タブレットに移行してから生徒の得点は上がってきた。子どもたちの定性的な評価も上昇しているが、統計学的に厳密な評価をする必要があると考えている。実験計画を立て進めていきたい。
- 今年から具体化した教材として、「ルネさんすう」がある。リメディアル教育として、大学生が公文式を受講するケースが最近ある。算数が怪しい学生がいるためである。公文式では週2回通い、プリントを解きく。スモールステップのプリント学習で、eラーニング向けである。ルネサンス高校では、分数計算ができない生徒向けに「ルネさんすう」を開講した。遠方の生徒用にeラーニングコンテンツを展開している。全部で1700問のドリル形式で、ひたすら解いていく。3日で終わらせた生徒もいる。その気になったら3日でできるということである。ちなみに、「ルネさんすう」は、単位認定はしていない。
- 科学検定を行っており、インターネット受験ができる。動画を用いた検定は、今年初の試みである。また、英語化した問題を出題することを検討している。今年度は、AR技術を使ったアプリ制作を予定している。eラーニングでは、素材によってはゲーム要素を含んだ教材を考えている。
講演後、次のような質疑応答があった。
運営に関すること
Q(質問):ビジネス的には成り立っているか?
A.(回答):最初の3年間は赤字だった。4年目からは、単年度黒字になり、累積は7年目に解消した。生徒数が一直線に伸びているため。学校法人は法人税、固定資産税を払わなくてよく、補助金も行政からもらえるが、ルネサンス高校は株式会社立で生徒の授業料だけで経営している。
Q:転入者が多いとのことだが、ルネサンス高校には平均何年在籍するのか?
A.:平均は2年間。2年次から転入してくる生徒もいる。
Q:単位制だから、3年の単位を2年で終わらせることも可能か?
A.:単位取得は可能であるが、在籍日数が足りないので、3年間は在籍しなければならない。転入してきたときには、前の学校の在籍日数を引き継ぐことができる。
Q:女子スキージャンプの高梨沙羅さんは、高認の資格を取得し、一年早く日体大に進学しているが、同様のことはルネサンス高校でも可能か?
A:日本にも飛び級制度が存在する。17歳で大学進学が可能で、大学院も学部3年を修了した時点で入ることも可能である。しかし、大学進学で飛び級をすると、高校卒業は名乗れない。
Q:3年間で単位を取得しきれない生徒もいるだろう。卒業率はどれくらいか?
A:94~98%くらいである。eラーニングに力を入れ、学習に取り組みやすいので卒業率が高い。
Q:卒業後の生徒の進路は?
A:他の高校と異なるのは、浪人も就職もしない生徒がいるということ。難関大学に合格する生徒もいる。自分のペースで勉強したい生徒にとっては良い環境であると考えている。
Q:スクーリングする場所は決まっているのか?
A:特区内という決まりがある。
Q:どんな教員が指導に当たっているのか?
A:普通の学校と同様に、教職免許を持つ教員が行っている。
Q:生徒間の交流はあるか?
A:年一回のスクーリングのみである。学内SNSのしくみはあるが活発ではない。Facebookはやっている人がいるのに…。LINEでは交流しているようだ。
Q;アメリカではグループ学習にすることがあるが?
A:大学ではできるが、高校には学習指導要領がある。目標や教え方が記してあり、教科書はそれに準拠している。その縛りがあるから、自由な学習形態が取りにくい現状がある。教育課程特例校システムといって、英語だけで学習指導してもいいというようなこともできるが、ハードルが高い。今のままだと学習指導要領の影響が大きい。
Q:「ルネさんすう」は、外部向けに展開しているのか?
A:ルネサンス高校のみ。中身はよいと思うが、バグ等の不具合をチェックしてからと思っている。
Q:今後、外部に向けても展開したいか?
A:できればやっていきたい。今後は、単なる学校教育の枠に閉じこもらないように、民間の新しい発想で新しい教材を作る。これは、目が離せないおもしろい分野になってくるだろう。
Q:大学生が無料でネット予備校を開いたりした事例があるが?
A:大学がなくなるわけではないが、大学は学校としての価値が問われるだろう。
タブレットの利用について
Q:タブレットを使いこなせるようになるまで、どのような教育を行っているか?
A:遠隔やスクーリングで使用できるようにする。操作に躓く生徒もいるので、丁寧に指導することが課題である。
Q:教科の内容で躓いてしまい、課題レポートに到達できない場合、教員とやり取りすることは可能なのか?
A:メールや電話で質問できる。メールの方が多いが、意外と件数は少ない。基本的には、質問しなくてもできている。
Q:障害のある生徒に対応しているか?
A:積極的に受け入れていないのが現状である。入学してから発症したケースはある。その際は、自分のペースで学習を進めるよう指導した。
Q:文字の拡大等のユニバーサルデザイン視点はあるか?
A:現状ほとんどしていない。
Q:日本語を母語としない生徒に対しての対策はあるのか?
A:今、考えていることはない。経済性が問題で、できるだけ、ニーズの高いところから対応していこうと考えている。最初は、成績レベルが3の子に合わせる教材で、次のステップでは遅れている生徒たち向けというように。
Q:学習を継続することは大変だろう。どのような支援やコンサルを行っているのか?
A:レポートをしっかりやること、スクーリングに来ること、テスト受けることの3つが大きな軸。特に、レポート提出が重要だが、期日どおりに提出できる生徒は2人に1人くらいである。先生は、電話やメールで提出を促している。また、学校側も工夫をする。教材作成は教務部の管轄であるが、今の教材が3回督促しないと提出してこないという傾向があり、1回の督促で提出できるような内容にする工夫を求めている。生徒たちが楽しくできるコンテンツを目指している。この仕事では、やればやるほど、課題に気が付いていく。
Q:タブレットと紙の使用と成績に関連はあるか?
A:現段階では確言できないが、他部タブレットの方が成績が上がるという中間報告はある。ネットワークの回線速度が遅い地域の生徒は紙を使用したりする。ちなみに、ネットワーク費用は生徒の家庭負担である。
Q:タブレットは貸与なのか?卒業したら返却しなければならないのか?個人的な教育外の利用、たとえばアプリダウンロード等は可能か?
A:自由である。タブレットからアダルトサイトも閲覧できるが、その禁止などは今後の課題のひとつである。タブレットは買ってもらっている。貸与しているのは、クアルコムから提供してもらったもののみ。一人一台のタブレットを持つ時代が来ているからだ。
Q:生徒たちがスマホを使いすぎるため、利用時間制限を設けるといった動きがあるが?
A.ない。小中学校ではないということが理由のひとつ。生徒には60代等の大人もいる。ちなみに、教師と生徒間のやりとりはLINEなども使っている。しかし、LINEを何時間もやっている生徒が多いので、それはどうかと思う。
Q:タブレットを家庭に持ち帰ることが増えた場合、私的利用と学習の線引きはどうするのか?
A:食事のときに操作することはやめてほしい。誹謗中傷しないなどのようなルール、マナーを教えていく必要がある。タブレットは道具であるので、使い方を教えるべきだ。
Q:ネットリテラシーはカリキュラムにはないのか?
A:ない。情報の科目で少し触れている。
Q:タブレットの利用制限していないことはすばらしいと思う。機種の機能を最大限に活かすには制限をしない方がよい。ところで、元々、端末を持っている生徒にはどうしているのか?
A:今は、元々持っている人に対しては、それを使ってもらっている。
Q:今後のデバイスの展望はあるか。ウェアラブルとか?
A:いいものが出てきたら変える。未来型端末は考えていない。サービスやコンテンツの充実を考えた方がよい。
Q:ARではどんなことをやるつもりか?
A:例えば、英単語でAppleと書かれていたら、リンゴ関係の動画を映すといったように、印刷物と組み合わせて使っていく。
Q:ニュートンの実験記事を教材として使うこともあり?
A:次のステップで考えていきたい。電子書籍だと動画になっていて、火山の爆発の瞬間が見られる。
Q:なぜ、iPad miniにしたのか?
A:値段を考えた。また、持ちやすいということもある。ニュートン社と組んで、電子書籍版をダウンロードすることができるが、iOSしか対応しておらず、一部Androidの生徒たちは見られない。
制度的な課題について
Q:教材の著作権はどうしているのか?
A:国語の教材は大変。文学作品のほとんどが使えない。「ルネさんすう」は、算数だからできた。教室内では著作権法の適用除外という内容は、バーチャルなクラスルームでも必要だと思う。本を読む力は大切である。電子書籍を含めて本は読みやすくなったが、デジタル教育にも著作権者の理解を得る必要があると思う。
Q:著作物を創作する人の中には新しいもの好きがいる。そういった方々を刺激していけばよいのでは? たとえば、音楽配信。作詞作曲しているのはミュージシャンであり、彼らはOKと言う。そうすると、レコード会社はOKを出すことになる。
A:電子書籍の問題もある。出版社は版面権を持っている。そのあたりが、なかなか難しい。デジタル教材では課題として大きい。
Q:確認問題をやりながら繰り返して行くしくみで、本人認証はどうするのか?
A:今は、チェックできない。ログインパスワードのみで判断している。現在、サイン認証や指紋、顔認証などを検討している。厳密に行うことは課題である。
Q:サイバー大学でも課題になっていると聞いた。当時は、試験のときは、カメラで顔を確認していたが?
A:サイバー大学では、カメラでチェックしていると聞いたことがある。いろいろと課題はある。デジタル教育が推進されていく上での一つの課題となるだろう。例えば、弁護士試験がネットで受けられるようになったら…とか。本人認証をしっかりやる必要がある。
Q:就職試験でも、他人が回答できるが?
A.課題である。文科省が言うからではなく、対策するのは当然だろう。しかし、厳密に行いすぎると、本人なのにログインできないケースが発生することもある。