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教育 ルネサンス高校グループの挑戦:タブレットを活用した通信制教育 桃井隆良ルネサンス大阪高等学校長

日時:6月11日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館1階5103教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:桃井隆良氏(私立ルネサンス大阪高等学校長)

冒頭、桃井隆良氏は資料を用いて次の通り講演した。講演資料はこちらにあります

  • ルネサンス高校は2005年に教育特区制度を利用して茨城県大子町に設立され、その後、愛知県豊田市と大阪市にも系列校を開校した。設立・運営しているのはルネサンスアカデミーという株式会社で、関西で教育事業を展開しているワオコーポレーションとソフトバンク系のブロードメディアが出資している。
  • 通信制高校というと落ちこぼればかりを集めているように思われるかもしれないが、スポーツや芸能に力を入れている生徒も在籍している。ルネサンス豊田高校の橋本千里さんが、全米女子オープンゴルフの出場権をアマチュアで唯一獲得といったように、各分野で活躍している生徒がいることが特徴のひとつである。積極的な意味で通信制高校を利用する生徒が増えている。通信制高校は転校生が多い。毎月、生徒が転校して来ることも大きな特徴である。不登校、中退の子は、高校卒業資格を取得したり、アルバイトをするために転校してくる。
  • デジタルデバイスを活用した教育に取り組み、今年で9年目になる。開校当時からデジタルデバイス導入を行っており、最初はパソコンとデジタルペンを導入したが、生徒にとっては使い勝手が面倒であった。2007年からは、携帯電話とパソコンの両方が使えるようにした。携帯電話の導入には保護者の抵抗が強かったが、導入の決め手は、肌身離さず使用している携帯電話を使えば、いつでもどこでも学習できるということだ。生徒数が伸びている一因として、デバイス導入がある。
  • その後、スマートフォンに代わり、教員は多様な出題をすることが可能になった。高校は、小中学校と異なり、20単位までは検定教科書を使わない授業を行うことが可能である。そこで、オリジナルでスマホ向けの英語演習科目を作成した。昨年度までは動画はDVDで提供していた。今は、動画コンテンツをネットで提供している。
  • 昨年度、全生徒にiPad miniかAQUOS Padを配布した。今でもパソコンを使用している生徒もおり、その方がよいという生徒もいるし、紙の方がよいという生徒もいる。学校としては、タブレットを薦めているが無理強いしていない。配布にあたっては、クアルコム社の寄付を得た。
  • 通信制の学習法は毎月のレポート提出である。基本的には自学自習であり、定着度の小テストも実施する。2単位取るために、5〜6回のレポート提出が必要である。また、年に一度の集中スクーリングを実施している。大阪校は、交通の便がよいので、通学スクーリングもできるようになる。
  • 生徒がログインすると履修科目一覧が表示される。科目を選択すると、科目トップが表示される。さらにアクセスすると、メディア学習が出てくる。これは、学校の講義と同じようなコンテンツである。その後、理解度確認の小テストを実施する。得点できなければ、復習しなければならないしくみになっている。別途、課題レポートがある。これらを累積して成績にしていく。基礎学習が中心で、教科書に忠実に従っている。難易度は、5段階評価の3のレベルに合わせている。しかし、通信制高校は、普通高校と異なり、生徒の偏差値の幅が広い。生徒ひとりひとりの成績に合わせた問題を出題することが理想であり、課題である。
  • 提出するタイプのレポートは、送り返すまでに時間がかかる。学習したことにすぐに反応することが、記憶に関わり選択式なら対応できるが、記述式は採点に時間を要する。選択問題と記述問題の比率は、現状は7:3くらいである。問題には、四肢選択、並び替え、穴埋め、マッチング、単語記述、論述などがある。
  • 教科書に沿った問題のみでは、生徒にはやらされている感覚があるという。そのため、オリジナル教材を作成したり、スクーリングでは実験を行ったりしている。先生による授業の動画も展開している。ルネサンス高校は、科学に力を入れ、映像化に取り組んでいる。
  • タブレットに移行してから生徒の得点は上がってきた。子どもたちの定性的な評価も上昇しているが、統計学的に厳密な評価をする必要があると考えている。実験計画を立て進めていきたい。
  • 今年から具体化した教材として、「ルネさんすう」がある。リメディアル教育として、大学生が公文式を受講するケースが最近ある。算数が怪しい学生がいるためである。公文式では週2回通い、プリントを解きく。スモールステップのプリント学習で、eラーニング向けである。ルネサンス高校では、分数計算ができない生徒向けに「ルネさんすう」を開講した。遠方の生徒用にeラーニングコンテンツを展開している。全部で1700問のドリル形式で、ひたすら解いていく。3日で終わらせた生徒もいる。その気になったら3日でできるということである。ちなみに、「ルネさんすう」は、単位認定はしていない。
  • 科学検定を行っており、インターネット受験ができる。動画を用いた検定は、今年初の試みである。また、英語化した問題を出題することを検討している。今年度は、AR技術を使ったアプリ制作を予定している。eラーニングでは、素材によってはゲーム要素を含んだ教材を考えている。

講演後、次のような質疑応答があった。

運営に関すること
Q(質問):ビジネス的には成り立っているか?
A.(回答):最初の3年間は赤字だった。4年目からは、単年度黒字になり、累積は7年目に解消した。生徒数が一直線に伸びているため。学校法人は法人税、固定資産税を払わなくてよく、補助金も行政からもらえるが、ルネサンス高校は株式会社立で生徒の授業料だけで経営している。
Q:転入者が多いとのことだが、ルネサンス高校には平均何年在籍するのか?
A.:平均は2年間。2年次から転入してくる生徒もいる。
Q:単位制だから、3年の単位を2年で終わらせることも可能か?
A.:単位取得は可能であるが、在籍日数が足りないので、3年間は在籍しなければならない。転入してきたときには、前の学校の在籍日数を引き継ぐことができる。
Q:女子スキージャンプの高梨沙羅さんは、高認の資格を取得し、一年早く日体大に進学しているが、同様のことはルネサンス高校でも可能か?
A:日本にも飛び級制度が存在する。17歳で大学進学が可能で、大学院も学部3年を修了した時点で入ることも可能である。しかし、大学進学で飛び級をすると、高校卒業は名乗れない。
Q:3年間で単位を取得しきれない生徒もいるだろう。卒業率はどれくらいか?
A:94~98%くらいである。eラーニングに力を入れ、学習に取り組みやすいので卒業率が高い。
Q:卒業後の生徒の進路は?
A:他の高校と異なるのは、浪人も就職もしない生徒がいるということ。難関大学に合格する生徒もいる。自分のペースで勉強したい生徒にとっては良い環境であると考えている。
Q:スクーリングする場所は決まっているのか?
A:特区内という決まりがある。
Q:どんな教員が指導に当たっているのか?
A:普通の学校と同様に、教職免許を持つ教員が行っている。
Q:生徒間の交流はあるか?
A:年一回のスクーリングのみである。学内SNSのしくみはあるが活発ではない。Facebookはやっている人がいるのに…。LINEでは交流しているようだ。
Q;アメリカではグループ学習にすることがあるが?
A:大学ではできるが、高校には学習指導要領がある。目標や教え方が記してあり、教科書はそれに準拠している。その縛りがあるから、自由な学習形態が取りにくい現状がある。教育課程特例校システムといって、英語だけで学習指導してもいいというようなこともできるが、ハードルが高い。今のままだと学習指導要領の影響が大きい。
Q:「ルネさんすう」は、外部向けに展開しているのか?
A:ルネサンス高校のみ。中身はよいと思うが、バグ等の不具合をチェックしてからと思っている。
Q:今後、外部に向けても展開したいか?
A:できればやっていきたい。今後は、単なる学校教育の枠に閉じこもらないように、民間の新しい発想で新しい教材を作る。これは、目が離せないおもしろい分野になってくるだろう。
Q:大学生が無料でネット予備校を開いたりした事例があるが?
A:大学がなくなるわけではないが、大学は学校としての価値が問われるだろう。

タブレットの利用について
Q:タブレットを使いこなせるようになるまで、どのような教育を行っているか?
A:遠隔やスクーリングで使用できるようにする。操作に躓く生徒もいるので、丁寧に指導することが課題である。
Q:教科の内容で躓いてしまい、課題レポートに到達できない場合、教員とやり取りすることは可能なのか?
A:メールや電話で質問できる。メールの方が多いが、意外と件数は少ない。基本的には、質問しなくてもできている。
Q:障害のある生徒に対応しているか?
A:積極的に受け入れていないのが現状である。入学してから発症したケースはある。その際は、自分のペースで学習を進めるよう指導した。
Q:文字の拡大等のユニバーサルデザイン視点はあるか?
A:現状ほとんどしていない。
Q:日本語を母語としない生徒に対しての対策はあるのか?
A:今、考えていることはない。経済性が問題で、できるだけ、ニーズの高いところから対応していこうと考えている。最初は、成績レベルが3の子に合わせる教材で、次のステップでは遅れている生徒たち向けというように。
Q:学習を継続することは大変だろう。どのような支援やコンサルを行っているのか?
A:レポートをしっかりやること、スクーリングに来ること、テスト受けることの3つが大きな軸。特に、レポート提出が重要だが、期日どおりに提出できる生徒は2人に1人くらいである。先生は、電話やメールで提出を促している。また、学校側も工夫をする。教材作成は教務部の管轄であるが、今の教材が3回督促しないと提出してこないという傾向があり、1回の督促で提出できるような内容にする工夫を求めている。生徒たちが楽しくできるコンテンツを目指している。この仕事では、やればやるほど、課題に気が付いていく。
Q:タブレットと紙の使用と成績に関連はあるか?
A:現段階では確言できないが、他部タブレットの方が成績が上がるという中間報告はある。ネットワークの回線速度が遅い地域の生徒は紙を使用したりする。ちなみに、ネットワーク費用は生徒の家庭負担である。
Q:タブレットは貸与なのか?卒業したら返却しなければならないのか?個人的な教育外の利用、たとえばアプリダウンロード等は可能か?
A:自由である。タブレットからアダルトサイトも閲覧できるが、その禁止などは今後の課題のひとつである。タブレットは買ってもらっている。貸与しているのは、クアルコムから提供してもらったもののみ。一人一台のタブレットを持つ時代が来ているからだ。
Q:生徒たちがスマホを使いすぎるため、利用時間制限を設けるといった動きがあるが?
A.ない。小中学校ではないということが理由のひとつ。生徒には60代等の大人もいる。ちなみに、教師と生徒間のやりとりはLINEなども使っている。しかし、LINEを何時間もやっている生徒が多いので、それはどうかと思う。
Q:タブレットを家庭に持ち帰ることが増えた場合、私的利用と学習の線引きはどうするのか?
A:食事のときに操作することはやめてほしい。誹謗中傷しないなどのようなルール、マナーを教えていく必要がある。タブレットは道具であるので、使い方を教えるべきだ。
Q:ネットリテラシーはカリキュラムにはないのか?
A:ない。情報の科目で少し触れている。
Q:タブレットの利用制限していないことはすばらしいと思う。機種の機能を最大限に活かすには制限をしない方がよい。ところで、元々、端末を持っている生徒にはどうしているのか?
A:今は、元々持っている人に対しては、それを使ってもらっている。
Q:今後のデバイスの展望はあるか。ウェアラブルとか?
A:いいものが出てきたら変える。未来型端末は考えていない。サービスやコンテンツの充実を考えた方がよい。
Q:ARではどんなことをやるつもりか?
A:例えば、英単語でAppleと書かれていたら、リンゴ関係の動画を映すといったように、印刷物と組み合わせて使っていく。
Q:ニュートンの実験記事を教材として使うこともあり?
A:次のステップで考えていきたい。電子書籍だと動画になっていて、火山の爆発の瞬間が見られる。
Q:なぜ、iPad miniにしたのか?
A:値段を考えた。また、持ちやすいということもある。ニュートン社と組んで、電子書籍版をダウンロードすることができるが、iOSしか対応しておらず、一部Androidの生徒たちは見られない。

制度的な課題について
Q:教材の著作権はどうしているのか?
A:国語の教材は大変。文学作品のほとんどが使えない。「ルネさんすう」は、算数だからできた。教室内では著作権法の適用除外という内容は、バーチャルなクラスルームでも必要だと思う。本を読む力は大切である。電子書籍を含めて本は読みやすくなったが、デジタル教育にも著作権者の理解を得る必要があると思う。
Q:著作物を創作する人の中には新しいもの好きがいる。そういった方々を刺激していけばよいのでは? たとえば、音楽配信。作詞作曲しているのはミュージシャンであり、彼らはOKと言う。そうすると、レコード会社はOKを出すことになる。
A:電子書籍の問題もある。出版社は版面権を持っている。そのあたりが、なかなか難しい。デジタル教材では課題として大きい。
Q:確認問題をやりながら繰り返して行くしくみで、本人認証はどうするのか?
A:今は、チェックできない。ログインパスワードのみで判断している。現在、サイン認証や指紋、顔認証などを検討している。厳密に行うことは課題である。
Q:サイバー大学でも課題になっていると聞いた。当時は、試験のときは、カメラで顔を確認していたが?
A:サイバー大学では、カメラでチェックしていると聞いたことがある。いろいろと課題はある。デジタル教育が推進されていく上での一つの課題となるだろう。例えば、弁護士試験がネットで受けられるようになったら…とか。本人認証をしっかりやる必要がある。
Q:就職試験でも、他人が回答できるが?
A.課題である。文科省が言うからではなく、対策するのは当然だろう。しかし、厳密に行いすぎると、本人なのにログインできないケースが発生することもある。

健康 遠隔医療の経済効果 辻正次兵庫県立大学大学院教授

日時:5月28日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館1階5103教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:辻正次(兵庫県立大学大学院教授)

講演資料はこちらにあります。 資料1  資料2

辻氏は、資料に基づいて次のように講演した。

  • 東北の最上町で調査を行った際に、治った後も「寒いからしばらく入院」という高齢者の社会的入院が多いことに気づいた。それ以来、遠隔医療の経済効果を20年以上にわたり研究している。遠隔医療には、D2DとD2Pがある。D2Dは医師が医師をサポートする遠隔病理診断・画像診断であり、だいぶ利用されるようになった。患者向けのD2Pは90年代に非常に盛んになったが、だんだんと減っている。
  • 福島県の西会津町での研究結果を報告する。遠隔医療がペイしているか、国民健康保険のレセプト・データを利用して費用便益分析して調べた。医療保険による保険者の遠隔医療加算額を具体的に算出するなど、持続可能な運用のために何が必要かを明らかにすることが目的である。
  • 西会津町は、現在人口8,107人、世帯数2,949世帯、高齢化率40.32%で、町内には4つの診療所がある。在宅健康管理システムの運用はおよそ20年にもなり、日本で2番目に導入された地域である。昭和60年ころには、脳血管疾患の死亡率や平均寿命などのデータから最も短命な町とも言われた。町長が「百歳への挑戦」というスローガンで、健康づくりへの取り組みを積極的にはじめた。
  • 西会津町では、健康づくりの一環として、自宅に居ながら保健師の指導を受けることができる在宅健康管理システム「うらら」を平成6年11月に導入した。「うらら」は、現在は町内587台が導入されていて、1台で家族3名まで登録して利用できる。導入費用は、補助金と町の一般財源で、運用費用は町負担となっており、町民は端末を利用する費用は無料となっている。
  • 「うらら」からは、血圧・脈拍・心電図・血中酸素のバイダルデータを保健センターに送信できる。10問ほどの問診票もついており、Yes/Noで回答して保健センターに送られる。これらのデータを保健師が読み、アドバイスをする仕組みとなっている。リアルタイムでの監視は人的資源の問題でできないが、心電図に除細動が出ているという指摘は可能である。平成21年には「こゆり」という新しい機種を約300台導入している。
  • 在宅健康管理端末で心電図をとれるものは少ない。スマホでもバイタルデータがとれる時代であるが、心電図をとれるものはないはずである。医学的な観点から、心電図のデータが必要と思われたので組み込まれた。
  • 効果をみるためには、在宅健康管理システムのユーザと非ユーザのグループを2群比較している。年齢と地域がバランスよくなるように対象者を選定し、アンケートにより個人の属性(年齢。性別、持病や生活スタイル、学歴、所得など)と利用を調査し、アンケートの有効回答者を対象にレセプトの調査を行った。アウトカムとしては、QOLや健康寿命はあいまいであり国際比較や政策検討には使いにくいため、医療費を採用した。
  • データベースを作成するために、レセプトから転記したデータは氏名、生年月日、入院・外来・その他(投薬)の種別、主疾患病名、主疾病の診療開始日、主疾病の診察日数、全疾病についての医療点数の7項目である。ユーザは199名、非ユーザは209名で、年代は、60歳代、70歳代が多い。高血圧、心臓疾患、糖尿病、脳疾患といった生活習慣病に焦点を当てて、分析した。
  • 外来の医療費では、ユーザの方が非ユーザより高いが、これは平均年齢がユーザの方が高いためかもしれない。これだけみると、効果なしということになってしまう。しかし、生活習慣病だけをみると、ユーザの方が医療費が低くなっていた。使用期間と関連をみると、加齢の影響を除くと、5年以上使用していると効果がある。生活習慣病だけでみると、10年以上使用で効果が表れている。
  • 在宅健康管理システムの経済効果を回帰分析で調べた。生活習慣病を持っているユーザは、非ユーザより15,687円/年と医療費が低くなっている。生活習慣病を持っているユーザは、1年長く利用している期間が長くなると、1,133円/年医療費が低くなっている。持病がない場合には、ユーザでも非ユーザでも差異はないが、持病がある場合には、年間37,942円もユーザは医療費が低くなり、遠隔健康管理は持病を持つ人に対して効果が大きい。生活習慣病の中では、高血圧で8,661円医療費が低くなり、糖尿病で8,785円低くなることが有意に認められた。
  • アンケートでは、遠隔医療の効果を4つ質問している。①健康・症状安定効果(保険対象価値)、②健康管理意識向上効果(自己負担対象価値)、③日常生活上の安心効果(自己負担対象価値)、④医療費削減効果(保険対象価値)。このような計算した研究がなかったので、厚生労働省もおもしろいとは言ってくれたが、医療保険にはまだ反映されていない。
  • 在宅健康管理を6年間実施した際、便益の総計は4473万1240円あった。導入費用と運用費用を足すと、1億7108万2458円となった。運用費用ベースでの費用便益は0.9312で1を下回り、若干赤字、ほぼトントンでなる。自治体の立場では、導入費用は補助金で賄ってもらえ、町が払うのは運用費用だけとなるので、テレケアを導入したがったわけだ。
  • 医療系の学会では、「何故医療費を削減できるのか言え」と言われる。しかし、医者ではないので実際よくわからない。「健康に対する動機づけができて、生活改善につながる」という説明したが、医者はそれでは納得しない。診療日数の減少データから、ユーザは1.6日分だけ病院に行く日が少ないことがわかっている。在宅健康管理システムにより保健師とつながっているので、通院を減らすことができ、結果的に医療費が削減できたと考えている。
  • 90年代までは急激に導入されたが、自治体の財政悪化で、運用費用を出すのが難しくなっている。2007年で1万1千台、100を超える自治体が採用したが、現在は3、4つの自治体のみとなっている。小泉首相の時代にIT関係の補助金が切られたことも大きな理由である。国の補助金がカットされると自治体のテレケア導入のインセンティブは働かない。
  • 医師法20条(対面診療)により、遠隔医療はグレーゾーンであった時代が長い。1997年に遠隔医療の対象として7分野を通知したところ、医者はこれしかしてはいけないと解釈した。震災後の2011年に遠隔医療に2分野が追加されて、9分野は例示であって広く行っていいということになった。しかし、誰が従事できるかという問題は残っている。看護師、助産師、管理栄養士なども遠隔医療に従事できればよい。
  • 遠隔医療で診療報酬がでる治療行為は非常に少ない。遠隔画像診断・病理診断(D2D)が伸びたのは、画像読影に5,000円程度の診療報酬がつくからだ。疾病予防は診療報酬がつきにくい。あまり広範囲に認めると、スポーツセンターに行くお金にも医療保険から補助金をだせということになってしまう。一方、米国のメディケアでは遠隔医療で診療報酬と認められているものが多い。
  • 自治体・健康保険組合に健康な人が増えれば持ち出しが減ることを認知してもらわなくてはいけない。ヘルスポイント制度と組み合わせて、ポイントをためて景品に変えられることができれば、インセンティブになり持続可能になる。本来は診療報酬をつけるべきだが、これにはハードルが高いためにこのような便宜的な方法もある。

講演後、次のような質疑があった。

研究の内容自体について
Q(質問):在宅健康管理システムだけではペイしないということであったが、健康でいれば介護サービスの利用が減ると思うが、これも分析にいれてはどうか?
A(回答):質問票に介護保険を利用しているかという設問があった。今後は、介護保険の受給年齢が遅くなるといったデータもいれて分析したい。
Q: NHKで記録するだけで体重が減るというダイエット法を紹介していた。毎日血圧を測るのも同じではないか。在宅健康管理に効果が出るのはこのためか?
A:そうだと思う。血圧のデータがよくなると、人に言いたくなる。西会津町ではユーザ友の会があり、年に2回の会合でユーザの成功談を話してもらう。これも効果がある。西会津は住民8,000人で6人も保健師がいる。保健師さんが気になるデータがあればすぐに電話してくれるのも、持続につながっている。うまくいかない自治体では、保健師さんが雑用に追われるということがある。町長のリーダーシップが大きかった。
Q:食生活の改善と在宅健康管理はどのようにむすびついているのか?
A:食生活の改善は、女子栄養大学の先生が指導にきている。設問に、食生活の改善指導を受けたかという項目はつけていなかった。しかし、影響があったとは思う。
Q:処方箋の詳細データ分析はないのか?
A:投薬の種類はデータをいれていない。あまり多くのデータを転記できなかった。今はレセプトのデジタル化ができていて、可能である。
Q:診療所が4つだと、重症だと隣町の大きな病院にいったりする。通院時間などもこの分析にいれると、よりメリットがはっきりでるのではないか?
A:今は便益を狭くとっているが、ガソリン代などのトラベル費用もふくめた便益を考える手法もある。またWTP(支払意思額)という手法でも分析した。これはあらゆる便益を回答者が考えるので、効果が高くなり、運用ベースでの費用対便益比が2.5と改善した。

今後の展開について
Q:費用便益分析で、自治体にとって運用費用ベースでも0.9312で赤字だが、どうして導入がさかんになるのか?
A:90年代はITの利用に熱心な自治体の首長が多く、かつIT普及のための補助金も多くあった。少しでもITにより住民の健康の向上を志向される首長は、補助金を申請され、導入が進んだ。
Q:クラウドなどで、運用費用をより節減していく方向にすればいいのか?
A:ユーザ数を増やせば運用費は下がる。クラウドなどで費用を更にさげていくのもよい。
Q:健康管理では、若年の時から行うことが大事だが、現実には中高年でモチベーションが高まる。若年層を含めた参加者をどのように増やしたらいいのか?
A:ヘルスポイント制度の導入自治体でも、協力者になってくれる人は定年退職者ばかりということもある。若い人にインセンティブを付けることができればよいのだが。
C(コメント):ドコモやauなどでは、若い人向けの健康管理サービスが提供されており、結構加入している。
Q:製薬会社が情報を集めるのが大変という話を聞いた。個人情報で教えてもらない。今回の研究の生データを公開すると、製薬会社や保険会社にとって意味ある利用ができるのではないか。業界を巻き込むと、早く進むのではないのか?
A:医学がビジネスにしてはいけないというのが日本の考え方。しかし、医学はビジネスの恰好のターゲットになり、ビッグデータ分析がまさにそうである。西会津は400名分しかない。疫学的な分析には匿名化したビッグデータ分析が必要。
Q:マイナンバーで利便性を向上する仕組みとは?
A:日本は世界一のインフラがありながら、利用が低い。医療分野のICTも、どこでもMy病院やデータヘルス計画などでているが、まだまだできない。個人のプライバシーの問題がある。安心して使えるシステムが必要で、共通番号があればよい。大病院の中では電子化されているが、病院間の連携ができていない。
Q:高齢化社会で医療費が高くなるのは当然だが、削減の決め手はなにか?ICTは決め手になっていないようであるが?
A:ICTが決め手になっていないのは、使い方の問題。使い方によっては、まだまだ可能性がある。普及のためのインセンティブ、特に経済的基盤が重要。

教育 オンライン教育 日本版MOOCが目指すこと 福原美三日本オープンオンライン教育推進協議会事務局長

日時:5月14日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館1階5103教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:福原美三(日本オープンオンライン教育推進協議会事務局長)

講演資料はこちらにあります

福原氏は概略次のように講演した。

  • 日本版MOOCのロゴは、富士山と日の丸がモチーフ。日出ずる国をイメージしている。
  • 教室で利用する講義ノートなど教員が講義に実際に使ったものをネットからアクセスできるようにしようと、2001年にMITがOCW(Open Course Ware)をスタートした。時期的には「eラーニング元年」と呼ばれe-Learningが脚光を浴びた時期に重なる。OCWから派生した流れとしてオープン教育資源(Open Education Resource)がある。オープン教育は学習者コミュニティの形成やスキル認定の流れに発展し、2012年にMOOC(Massive Open Online Course)に至った。
  • MITプロジェクトは、公開しないとみなされていた講義を公開するというパラダイムシフトを起こした。次の動きがリッチメディア化(講義動画配信など)である。ここまでは発信者論理。その後、受け手の側に立って、学習コミュニティを構築する、達成度を評価し認定する、受け手の反応をビッグデータ解析して内容を改善する、というように発展していった。
  • 2011年にMITが実施した調査で、学生の86%、専任教員の62%、卒業生の46%がOCWを使用しているという結果が出た。専任教員は、同僚の講義を閲覧して参考にしている。また、卒業生が継続的に知識源として活用していることがわかった。この調査が、MITがMOOCを始めた背景である。
  • MOOCではCouseraとedXが有名。Couseraでは、専攻科(複数の講義を組み合わせて修了者に認定を与える)を組織しようという動きがある。英語で提供されているので、アメリカ、インド、イギリスの順に受講者が多い。修了率は平均5%程度と低い。受講者の学歴は4年制卒業者が最も多い。
  • 一方で、各国にローカルなMOOCが立ち上がってきている。イギリスのFutureLearnが有名。スペインは中南米に積極的にアプローチしている。日本版MOOCもこの流れの中で生まれた。
  • MOOCは大学に五つの可能性を与える。第一は見本市としての役割。第二は学生募集のきっかけ。日本で勉強したい外国人に事前に模擬講義を提供するといった価値もある。第三は社会貢献。第四は教育の質向上。MITのように他の教員の講義を参考にできるし、学習ログも講義の改善に利用できる。最後に、他の大学のオンライン講座を正規の教育の中で利用できる。
  • 我々の調査では、MOOCを利用したことはないが、今後利用したい人が45%存在する。日本人には語学力の壁があり、日本語でMOOCを提供する価値がある。男性は経済・経営に、女性は栄養学を学びたいという比率が高く、趣味レベルというよりは実践的に活用したい人が多い。
  • サイトで講義を選択し、メールアドレス・パスワード等を登録すると受講できる。10分程度のビデオと小テストのセットを、一週間に5から10セット受講する。講義動画には字幕がついており理解に繋がるようになっている。一ヶ月4セットで修了する。オプションとして対面授業を取り入れる場合もある。東大の本郷教授の講義は対面授業に限定100名を集め、受講者の最年少は13歳、最年長は81歳であった。教授は課題を提供し10分間考えさせる。その後、グループディスカッション。リーダーがまとめを発表して、教員がコメントするという反転学習形式であった。
  • 日本版MOOCは4月にスタートしたが、すでに実施中の受講者は1講座あたり約2万人程度である。毎日登録者は増加し、すでに5万人を超えている。

講演後、次のような質疑があった。

日本版MOOCの運営
Q(質問):今後、講義は増えるのか?
A(回答):一科目ずつ提供しているのはシステム運用側の都合。秋には複数開講することを目標としている。数百のコンテンツがないと、自分が学習したいものを見つけられない。そこで、中期的取り組みとして、100の大学に参加してもらうプロジェクトをスタートさせ、全国の大学を回っている。正会員会費は50万円で、現状では会員は企業のみ。大学も年会費は50万円とハードルが高いが、講義を提供すれば100万円支援するという仕組みにしている。それを誘引にして100大学で100講座を目指している。
Q:教員や大学が動画の編集を行うのか?
A:100万円を使って.編集チームに委託できる。字幕はボランティアが付与している。
Q:小テストを作成しサイトに掲載するといった作業は負担にならないか?
A:テンプレートがあるので、あまり手間にならない。大学では講義90分一コマ、15コマがベースだが、それを4コマ程度に減らし、各ビデオクリップを10分程度に再設計するのが教員からみると手間のかかる作業となっている。
Q:事務局で大学にはたらきかけているが、学校側からの積極的な申し込みはあるか?
A.どちらもある。ただし、クオリティが課題。MOOCを判断する材料として、教員自薦ではなく、大学側で推薦してもらうことにしている。
Q:講座を修了したら、大学に入学する際に優待される等はあるのか?
A:大学側で決めることである。
Q:今後の広報活動はどうするのか?
A:認知の拡大は非常に重大だと考えている。知らない人が圧倒的に多い。メディア露出を増やし、記者会見を実施し、ネット広告等(MOOCで検索するとトップに出る等)を行ったりしている。しかし、決め手はない。テレビの威力は圧倒的で、おはようニッポンで取り上げられたときは、登録者が5000人を超えた。ネット系でも努力しているが、結びついているかといえばそうでもない。複合的にやらざるを得ないのではないだろうか。
Q:どのような講義を実施するかの基本方針は決まっているのか?
A:大学の推薦によっている。まずは、ひとつ出してもらう段階であるので。
Q:女性だと栄養学、男性だと経済学といったように要望があるといったアンケート結果で大学を説得できないのか?
A:なかなかうまくいっていない。まずは、大学の講義を提供してもらうことから始めている。しかし、日本では企業内教育が盛んなので、将来は企業内教育コンテンツや社会人向けのコンテンツを載せたいと考えている。最初から入れてしまうと混乱するので、まずは大学、高等教育機関から。共通理解を醸成してから、企業へ広げていく。

単位認定と著作権
Q:2009年にサイバー大学の川原先生にICPFで講演していただいたが、修了判定をどうするかが課題と聞いた。画面の向こうにいるのは学生本人なのか、という問題だ。文部科学省の指導もあり、ワンタイムパスワード等で認証といった面倒なことを実施していた。MOOCではどうしているのか?
A:単位は与えないので、そのようなことは行っていない。
Q:いつ受講してもよい講義での他人の著作物の利用は、著作権の適用除外対象ではない。そこで、サイバー大学は教材の絵を描き直し、写真も撮り直した。MOOCでは講師が人の著作物を使うことは許されるのか?
A:状況は同じで、指摘された場合は問題になるかもしれない。気を使っているが、今のところ訴訟になったケースはない。一方で、「引用」として適用除外対象という解釈もできるので、法律の専門家に聞くとグレーゾーンなので、わからないという。大学はリスクを避けようとするので、一定の処理、例えば、原本購入を前提として取るといったようなやり方も必要があるかもしれない。
C(コメント):ドラマやドキュメンタリーには教育効果がある。放送素材は山のような財宝である。日本の教育に使われるとよい。メディア側の理解を促す必要がある。
Q:出版物を利用して出版社が困るのは、売れなくなることか?
A:本当に売れなくなるのか。MOOCからAmazonにリンクしたら、じっくり読みたい層を誘導できる。
C:出版社と組むのは理想的だが、図書館と組む方が現実的ではないのか。学生は普段本を読む習慣もお金もないが、図書館だと無料で読める。利用できるだろう

大学への影響と生涯教育の可能性
Q.:MOOCを取り入れることは、大学の自殺行為になるという声はないのか?
A:そういう声とチャンスだという声の両方ある。MOOCに学生を奪われるという見方もあるが、MOOCを活用して、大学が付加サービスを提供することもできる。
Q: IT関連の会社では、資格試験や受講修了が昇進に関係してくる。受講者の多くは、社会人が多いとのことなので、大学修了証というよりは会社での評価に影響がある方が、受講者が増えるのではないだろうか?
A:大学の講義と互換の要素はあるが、全体としては、無関係である。企業内での活用や採用時での活用という流れを作りたいと思っている。村井純先生のインターネットの講義では、富士通が新入社員や内定者に積極的に受講することを薦めている。
C:大学では推薦入学者の比率が年々上がってきている。入学前教育にもMOOCは役に立つのではないだろうか。

教育 ベネッセの教育デジタル化戦略 藤井雅徳ベネッセコーポレーショングローバル事業推進ユニット長

日時:4月4日(金曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト(新大手町ビル1階)
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:藤井雅徳(ベネッセコーポレーション・教育カンパニー グローバル事業推進ユニット長)

冒頭、藤井氏は、資料(こちらより閲覧できます)を用いて講演した。講演の要旨は次のとおりである。

進研模試について

  • ベネッセは国内教育、海外教育、生活、シニア・介護、語学・グローバル人材教育の五領域で事業を展開している。今日は、主に国内教育、特に進研模試と進研ゼミについて説明する。
  • 進研模試は、公立高校をメインの対象とする学校向けのサービスである。一学年100万人、合計300万人の市場を対象としている。ピアソンなどと比較しても、世界首位を争う受験者数である。個人向けではなく、学校単位でとりまとめるのが特徴で、学校での指導で利用される。
  • 中学校にはマークシート式の同様の試験があり、小学校向けには全国学力・学習状況調査(記述式問題)の実施を文部科学省から請け負っている。
  • センター試験現役志願者数は46万人であるが、ベネッセでは、センター試験規模の試験を年間2〜3回実施している(文部科学省でノウハウを活かしてもらいたいと願っている)。大学進学するのは高校生の半分ほどであるが、進研模試の結果は彼らの進路相談に活かされるのに加えて、教師の日々の授業改善に役立つ(学年別、クラス別、教科別の詳細が提示されるので、教師個々の指導課題も見えてくる。模擬試験の結果で学習意欲や学習量がわかり、教師はクラスマネジメントに活用できる)。
  • 年間1,000万人の受験者が生み出すビッグデータを活用するのは、世界一の技術である。いつかは、世界に打って出たいと考えている。
  • タブレットを配布したり、反転学習させたりといった今はやりのデジタル教育でとは別の方法として、ビッグデータを活用して、生徒一人ひとりの弱点を補強するデジタルコンテンツを提供している。これまでの学校教育が大切にしてきたものをベースにデジタルコンテンツを提供していることに特徴がある。コンテンツを提供しても、紙だけの受験料から価格は据え置きで、企業努力で乗り切ろうとしている。
  • 進研模試関係の社内担当者は150名程度で、一日あたり3校ほど訪問している。生徒・教師に対して講演を行うこともある。都市部・地方部・離島部も問わないが、事業の優先度が高いのは、地方の公立高校の支援である。

進研ゼミなどについて

  • 高校講座を受講している生徒には無料でタブレットを配布している。コンテンツは全てデジタル化されており、すべて学習はタブレットで行うことができる。今まで通り、紙でも同様に学習でき、どちらを使うかは生徒が選択する。わからない問題の解説をタブレットで見たり、動画を見て疑問を解決したりというように、紙だけの自学自習では厳しいところを補っている。地方部の高校生は、8〜9割、部活動に加入しているので、効率よく学習できるという点が特徴である。
  • 中学講座は高校生よりも噛み砕いた学習内容であり、わからない問題をベネッセに伝えると、翌日には回答する双方向の仕組みを取り入れた。小学生講座は、紙ベースとタブレットベースの2パターンからどちらかを選択する。タブレットベースでは紙は一切使用しない。ベネッセ側で学習履歴を取得しており、今後、内容の改善に活かして行く予定である。
  • 福島県で過疎地の小学校にライブ授業を提供するプロジェクトを2006年から実施している。小中学校は家から近い学校に通うが、過疎地では存続がむずかしくなっている。これを補うのが目的で、実施校は成績が向上している。
  • 最近、学校からの問い合わせが多いのは語学教育である。グローバルな教育サービスということで、海外トップ校への受験支援(RouteH)を展開している。これは、対面だけではなく、スカイプ等を活用した教育である。また、テストのCBT化(紙からパソコンへ)という動きがある。GTECという英語アセスメントを実施しているが、筑波大学は入試改革の一環で外部の英語検定試験を利用することになり、GTECも採用される。

講演の後活発に質疑応答が実施された。その概要は次のとおりである。

公教育における民間活用について

Q(質問):過疎地では公共施設や道路の維持管理ができなくなりつつあり、民間の力を借りる公民連携が注目されている。学校教育法では、義務教育について通信教育が許されていないが、生徒数の減少で維持困難となりつつある。福島県で8年間実施していることは教育分野での公民連携であり、全国で展開できるし、ベネッセにはビジネスチャンスではある。他の地方自治体から、利用を求める声はないのか?
A(回答):主に中学校について、同様の実施に可能性があり、ビジネスを模索している段階にある。
Q:過疎地のことを考えると、学校教育法自体を変えるべきではないのか?
A:同意するが、道は遠い。主に高校を対象に、補習に利用するというかたちでノウハウを蓄積している段階であり、いっそうデジタル技術を導入して教育を実施することについては、見計らっている状況にある。
C(コメント):進研模試のような大規模な試験を民間で実施して問題が起きていないのであれば、文部科学省の外郭団体が実施するセンター試験も民間企業に委ねたほうがよい。
Q:学びのイノベーションやフューチャースクールはどう見えているか? どこを改善すればよいのか?
A:一人一台タブレットなど、形が先走っている感じがする。学校教育の質を高めることが目標であるが、今はタブレットを配ることが目標になっている。学校の先生の意見が十分に聞けていない。教育委員会だけではなく、学校現場の先生の声を聞いてほしい。生徒指導がベースであるので。そのあたりも見据えてほしい。
Q:現場の声というが、普通の学校の先生がデジタルをどのように思われているか、インタビュー等したことはあるか?
A:地方部の公立高校に出向くと、職員室は紙ばかりで、ワープロを使っている先生もいる。平均年齢が50歳を超える学校もあり、デジタルやタブレットと言った時点で、会話が成り立たないケースもある。20代の若手もいるが、中間の30代が少ない。わかってもらうには、根気・時間が必要。教育は人が感じて動くものなので、使ってもらえるようわかってもらうことがポイントである。

進研ゼミについて

Q:小学校講座で紙とタブレットを分離した理由は何か?
A:発達段階を十分に考慮し、子供が意欲的に学習に取り組めるように、紙とデジタルの二つの形態でコンテンツを提供している。子供にとってどちらに適性があるかを、親が決められるようになっている。
Q:ノートに書いて覚えることが、タブレットで実現できるのか?
A:小学生は、肉筆で書いて覚えることが大切であるため、小学講座のタブレットにも、ノートに肉筆で書くのと同様のタッチペン機能がある。もちろん、学校教育では紙でしっかりやっているということを前提としている。また、タブレットには書き順をチェックできるといった利点もある。
Q:例えば、カエルの成長のように動画が適したものもあるのではないか?
A:動画やアニメーションで解説していくことで、より深まる科目や分野がある。そういったことも配慮してコンテンツを用意している。実証実験の段階では、デジタルコンテンツで成績が上がるという結果も出ている。
Q:円錐などの体積の求め方でなぜ最後に1/3をかけるか、というような質問に答えられるのか?
A:紙の通信教育では、赤ペン先生は添削問題を採点するが、個別の質問を受け付けることはない。子供がわからないものに出合ったときに、フォローしているのは保護者であるが、保護者は忙しい。質問をタブレット経由で受け付けると、素朴な疑問から予期せぬ疑問まで集まる。今までは蓄積されていなかったが、継続的に分析をしていくことで、子供がどんな疑問を持っているか、その傾向を掴むことができる。紙では提供できてこなかった価値が見えてくるかもしれない。期待して取り組んで行きたい。
Q:わかるから上の学年の学習をするとか、わからないから振り返りとかはできるのか?
A:学年の垣根が取り払うべきと考えている。在籍している学年ではなく、個々人に合わせたアダプティブラーニングへ移行すべきだ。
Q:進研ゼミは協働学習になっているのか?
A:中学講座では、時間を決めてライブ授業を提供している。これは学習習慣をつけるためだが、講師が「この問題わかりましたか?」と聞くと、受講者はアンサーボタンで回答するようになっている。先生は、正解率を見ながら授業を展開していく。「おもしろい」「わかった」などの投稿も可能で、投稿の様子は、受講生も同じように見ることができるという点で、受講生同士のインタラクティブな関わりを作っている。
Q:デジタル教材に対して保護者の反応はどうか? デジタル教材を学校から持ち帰る時代が来ると考えているか?
A:小学生の場合には、親が子供の家庭学習に寄り添う必要がある。タブレット版は解かないと次のページに進まないので、学習のプロセスがわかる。そうしたデジタルのメリットを活かして、忙しい保護者が効率的に子どもの学習に関われる環境をデザインしていくことが必要だ。デジタル教科書になっていくと、学校教育と家庭学習の垣根はなくなっていくと思う。しかし、それはいつなのか。ベネッセとして、慎重かつしっかりと対応していきたい。

関連する法規制などについて

Q:教材の著作権はクリアしているのか?
A:紙で行っている事業で、著作権は全てクリアしている。デジタルコンテンツに置き換えていく上では問題はない。不足するものは、オリジナルで作成している。
Q:進研模試の個人データは転校した際に移転できるのか?
A:進研模試の個人データは、転校した場合などの対応がまだできていない。課題と認識しているが、紙であってもできていないのが現実である。
Q:個人情報保護との関連で質問したい。おもしろい間違え方をしたから、それを後で利用したい場合に、許諾は得ているのか?
A:個人が特定できるものを使いたい場合は、本人の許諾が必要であると考えている。

デジタル教科書について

Q:デジタル教科書を導入する動きがある。全国で導入されるとなると、どのような教育になると考えられるか? ベネッセとしては、どのような教材を提供していくのか?
A:いっそ教科書を作ってしまえ、という意見もあり、さまざまな議論をしているところ。動向を見ながら、判断していきたい。
Q:タブレットを使うことの良さの一つはメディア変換の容易さである。例えば、文字を拡大するとか、字幕等で補完するとか。障害児の利用も考慮しているのか?
A:取り組んでいる。点字模試や文字の拡大もある。顧客数が多いので、当然、配慮している。紙で勉強して伸びる子、教えてもらって伸びる子など、適性は様々で、デジタルでなんとか救えないかと考えている。
Q:教科書は出版社の数に限りがある。一方、教材は多くの企業が提供している。家に帰ったら、タブレットにベネッセの教材を入れるか、他の物を使うか家庭で選択できる。一つのタブレットが学校と家と行き来するとなると、コンテンツの表示方法等、インタフェースの標準化が必要にならないか?
A:必要と思う。本音ではベネッセはタブレットを配布せず、自分で(あるいは国で)用意してもらいたい。高校生はスマートホンで学習する等、マルチデバイスで使えるようにしていきたい。

子供たちの現状について

Q:今のこどもたち。昔と比べて勉強するようになったのか?
A:今の高校生の数120万は、今の40歳代前半のころに比べて約半分である。半分の中から同じ数の東大合格者を選ぶのだから、相対的に成績は低下して当然である。しかし、それは勉強していないという意味ではない。
Q:大学生の卒業後の進路までビッグデータ解析すれば、より有効な教育指導ができるのではないか?
A:大学合否は全体の6〜7割を追跡しており、高校時代の学習履歴と結び付けて知見を得ている。その先の進路(就職先)まで調べれば知見が深まるのは確実だが、何年先まで調べるかなど、範囲も深さも決められる段階にない。
Q:海外進学には、どういうモチベーションで、どういった人が集まっているのか?
A:東大よりも上を目指す、超トップレベル対象である。ベネッセグローバルラーニングセンターでは、4技能のアカデミックな英語を身につけることができる。熊本県では、「熊本県海外進学チャレンジ塾」を県の費用で実施している。大学選びは海外志向が高まってきている。