2014年度」カテゴリーアーカイブ

教育 スマホ・タブレット時代の特別支援教育 中邑賢龍東京大学教授

日時:3月26日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:中邑賢龍(東京大学先端科学技術研究センター教授)

中邑氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、中邑氏は次のように講演した。

  •  異領域の人々が融合し、協働することで、バリアフリー分野の問題の解決を図っている。研究センターには、工学や建築の専門家以外にも、ロボットクリエーター、アスリート、プロダクトデザイナーや医師等が集まっている。
  • 障害者手帳を持っていれば障害者、持っていなければ健常者と認識されていた。その根拠が、1980年に制定された、WHOの国際障害分類ICIDHモデルだった。病気等で機能形態障害が起き、動作ができなくなる能力障害が発生し、仕事に支障が出るなどの社会的不利が起きると解釈した。機能形態障害を取り除けば解決するとして、医療中心で、医師が中心となって問題を解決しようとしていた。例えば、歩けない人に対して、歩けないなら歩く練習をすればいいという考え方であった。
  • 2001年、今までのモデルを変え、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Hearth:国際生活機能分類)が作られた。個人要因だけでなく環境要因が、障害に影響すると考える分類であり、“誰もが持ちうる状態”として障害を考える。例えば、20kgのキャリーケースを運ぶとき、どうするか?多くの人はエレベータ等を探すだろう。それは、車いすに乗っている人と同じ行動である。メモが取れない困難さがあれば、ICレコーダを手にするだろう。障害は誰にでも起こり得る問題なのだ。
  • 現代は生きにくい不公平な時代である。仕事が効率化された分、就業時間が短くなればよいが、業務は増えるばかりである。主流であるサービス産業に従事するには、コミュニケーション力が求められるようになった。元々、コミュニケーションが苦手な人は排除されがちで、不利な世の中になっている。コミュニケーションが苦手、という障害のある人が社会に包摂されるように、エレベータやICレコーダのような技術を提供したいと考えている。
  • 障害者権利条約が批准され、障害者差別解消法が制定された今、教育においては、インクルーシブ教育を行わなければならない。分離教育、特別支援教育は差別に当たる。インクルーシブ教育には技術の助けが不可欠である。
  • 身の回りにあるテクノロジーを用いることで、学習支援ができる時代である。しかし、子どもはそれらを使ってはいけないという人もいるが、今は、ハイブリディアン(機械の助けを借りながら生活する人々)の時代だと認識すべきだ。
  • DO-IT JAPANという取り組みを9年前から行っている。今年から、センター試験で読み上げを許可したり、神奈川県では、読み書きができない子どもに対応した試験を行ったり、といった実績ができ始めている。読み書きができないからと落ち込んだ子どもに、自分の苦手さを補って、さらに高いところを目指すよう取り組ませる必要がある。
  • 問題は、教師の意識が変わらないことである。これからは、合理的配慮が必要で、書けない子どもにワープロを使わせないのは差別とされる可能性がある。
  • 一方で、発想を変える必要がある。昨今のユニバーサルデザインは行き過ぎている。そのため、安全検知能力が低下するなど問題が生じている。次は「ボコ」デザインと我々が呼ぶ、ちょっと使いにくい、ちょっと立ち止まって考えるデザインが重要になるであろう。働き方も変えていく必要がある。例えば、パートタイムを推奨したい。フルタイムからパートタイムに変えることで、4日働いて、1日を好きなことに充てられるようにする。

その後、以下に要約する質疑応答があった。

一斉型教育の問題点について
Q(質問):教育のICT化において、今までの紙の教科書では意味はないと考えられるが、デジタル教材に関するアイデアはあるか?
A(回答):必要性は感じていない。タブレットにデジタル教科書を入れる実証実験を長野市と金沢市で行った。当初、読み書きに困難な子どものみの配布を考えていたが、学校側の要望もあり、全員に配布した。最初は全員がタブレットを用いて教科書内容を見ていたが、回数を重ねることで紙を利用する子どもが増えていった。しかし、そこでわかったことは、児童の約3分の1がタブレットを使い続けたことである。子どもによって、教科書の文字よりもタブレットで大きくした文字の方が見やすいことから継続的に利用するといったように、読み書きが困難と認識されていない子どもにも利用されるようになった。一律はダメで、子どもによって違いがあることを認識して施策を進めるべきだ。
Q:海外では小学校1年生からキーボード入力を実施している。ライティング力が向上するという考えからであるが、先生はどのようにお考えか?
A:英語教育は早期化しているが、習得が難しい子にとっては、何歳からでも難しい。全てのこどもが、英語を使える必要はない。キーボード入力で全員のライティング力が向上するわけでもない。日本は小学校高学年でも国語で一斉に音読をさせる。しかし、文章を理解するには、耳で聞き、あるいは、じっくり読む方がよい。要するに、学びの本質を知り、個々人に合わせた教育をすべきということだ。
Q:教員と教育の現状を踏まえたうえで、教員はなにをしたらよいだろうか? 何が必要か?
A:個人がICTを使うことを妨げない態度を身につけることが必要。協働学習に関しても、無理にICTを使わなくていい。例えば、新宿区のシステムは、机の上にビデオケーブルがあり、先生がつなぐことで自動的に映せるしくみをとっている。教員が利用したいときに利用する、それだけで十分だ。紙とデジタル、どちらかが重要ではなく、両方与えて使いこなすことが重要である。どちらか使いやすい方、もしくは両方を選べばよい。

特別な支援を必要とする子供の教育について
Q:LD(学習障害)であるために、子どもが学校から排除されようとしている。国立大学附属の学校に所属させ、学校ではICTを導入しているというが、教室に入るとまったく進んでいないことがわかる。板書が困難なため、黒板に書かれた内容の写真を撮ることが限界である。どうしたらよいか?
A:板書についてだが、まずは、ほしい商品を写真に撮り、確認しながら買い物をするようにさせる。それによって、写真の価値が体得できたら、次は板書を写真にとる。撮って終わりにせずに、書ききれなかった部分の写真を見ながら、ノートに書き写す。そのように進めるべきだが、こうした考え方は、まだ、広くは受け入れられていない。
Q:例えば、親が外国人であることで、日本語が不自由な子どもがいる。日本語の表現や理解ができない子どもに対してはどうするか?
A:海外の日本人学校の調査を行っているが、問題がある。日本に帰らなければならないと考えている人への学習に、タブレットが有効だと考えているが、サポートシステムがなかなかない。プロジェクトを進めていく必要がある。
Q:果たして、障害児教育は福祉なのだろうか? 障害者権利条約の観点では、福祉と考えるべきではないのでは?
A:おっしゃるとおりである。しかし、そうするしかない重度の障害を持つ子どもがいることも確かである。ヘルパー等の福祉関係者が学校の中にいることも必要であるが実現していないのは、行政の縦割りの弊害である。

デジタル教育について
Q:教育のデジタル化を仕事としているが本当に子どもに必要か?
A:タブレットを一斉配布しても、年数が経ったら買い替える財政力はない。だから、10年後にはなくなっているビジネスかもしれない。
Q:ものをつくることに制作費がかかるが、どうするのか?
A:子どもの教育に本当にICTは必要か?ということを考えるべきである。

健康 IISEシンポジウム 健康長寿のまちづくりとICTの役割-健康・医療・介護のさらなる連携- 久住時男見附市長ほか

日時:3月11日(水曜日) 午後1時30分~4時50分
場所:日経カンファレンス&セミナールーム 大手町セミナールーム2
   東京都千代田区大手町1-3-7 日経ビル6階
主な登壇者
吉田昌司氏(厚生労働省老健局振興課)
川添高志氏(ケアプロ株式会社)
中平健二朗氏(日野市地域戦略室)
久住時男氏(見附市長)

シンポジウムの模様はこちらをご覧ください(外部サイトに接続されます)

行政 地方自治体における業務の標準化・効率化 増田直樹総務省地域情報政策室長ほか

日時:3月10日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
千代田区大手町2-2-1新大手町ビル1階
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:増田直樹(総務省自治行政局地域情報政策室長)
松下邦彦(株式会社TKC地方公共団体事業部行政システム研究センター部長)

増田氏の資料はこちらにあります
松下氏の資料はこちらにあります

増田氏は資料を用いて、概略、次のように講演した。

  • 新藤前総務大臣が行政のIT化に大変熱心で、骨太の方針・日本再興戦略・世界最先端IT国家創造宣言に電子行政の推進が盛り込まれた。その流れで、地方自治体における業務の標準化・効率化に関する研究会を開催した。報告書は、先進自治体での取り組みを参考に課題解決策を提示するものである。
  • 総合窓口の先進事例には、粕屋町、三鷹市、甲府市、北九州市などがある。業務フローを標準化することで、事務の効率化や住民サービスの向上が図られるようになった。人口に関わらず、導入可能であり、共通番号の導入により各自治体でさらなる検討が進むように期待している。
  • 総務自治センターの先進事例として、横浜市、静岡県、大阪府を紹介する。平成20年頃でセンターの新設はひと段落ついたようだが、都道府県31団体、政令指定都市5団体などに導入されている。大規模自治体にはスケールメリットがあり、将来的には中小自治体での共同運用の可能性もある。
  • 自治体クラウド等の先進事例として、神奈川県システム組合、埼玉県町村会、秋田県町村会、京都を紹介する。業務の標準化・効率化を進めていくため、カスタマイズはできるだけ抑制するのが肝要である。自治体クラウドは、特に中小自治体での導入が進んでいくと期待している。また、分散して進んでいる各地のクラウドが統合されて、より大きなクラウドになるのが、将来的な方向である。

松下氏は資料を用いて、概略、次のように講演した。

  • 研究会の報告書には、ITベンダーの役割への言及がある。ベンダーは行政の遂行に必須の存在であると、書き込まれたことに大きな意義がある。
  • 自治体には、基幹系サービス・各種事業・共通基盤・庁内情報系サービス・住民向けサービスと、多くの情報システムが存在し、これに応えるために、20前後のベンダーがビジネスを営んでいる。市場規模は5700億円といわれている。
  • 市町村の人口規模ごとに情報システムに対する要求は異なる。できる限り安くというのが最大の条件でカスタマイズを求めない中小自治体から、オーダーメード型を好む30万人以上の大規模自治体までが存在する。
  • ベンダーはオーダーメード型に対応する一方で、パッケージ型のシステムを提供している。ひとつの自治体には多数のシステムがあり、異なるベンダーが納めているものもあることから、システム間での情報連携にはカスタマイズがどうしても必要になる。一方で、帳票・データ形式などの標準化によって、カスタマイズは削減できる。
  • 施行規則などがシステム化を前提にして提示されるようになれば、ベンダーが読み解く手間が省けるようになる。将来的に期待したい。
  • 国が自治体システムを一元的に提供することは可能か。韓国では実現しているが、競争が減ることは進歩を阻害する恐れがある。

二つの講演後、活発に質疑応答が実施された。

総合窓口と総務事務センターについて
C(コメント):総務事務センターについて、千葉市は取り組み中である。千葉市は人口97万人で、市役所と区役所の二階建て構造だが、区でも単独の市の規模がある。この区役所分について、総務事務センターを構築中である。
Q(質問):導入による業務の時間削減効果だが、民間は業務行動を記録しているが、自治体はしていない。時間が短縮されても、他の業務に時間がとられるだけだ。時間の計測が自治体でも必要であると考え、千葉市は千葉大学と共同研究している。総務省で時間の使い方の研究をしているのか?
AM(回答、増田):大きな自治体は一つの課に二・三人の総務担当がいるので、総務事務センターをいれると当該委託分の業務量削減ができる。小さなところは一つの課に0.5人というように一人以下であって、削減がむずかしく、それが中小自治体で総務事務センターが進まない理由になっているのではないか。自治体EAのころには、事務量を具体的に測っていた。例えばそのような測定を改めて実施することもあるのではないか。
Q:同じ業務について、総合窓口なり、総務事務センターを持っているところと、同様の規模で持っていないところを比較してみてはどうか?
AM:仰るとおり。ちなみに自治体クラウドの業務量削減という点では、神奈川、北海道でなど調査される予定と聞いている。
C:人口規模5万~10万であれば標準化できるが、大規模自治体だと業務が多様化して標準化が困難。今までどおりカスタマイズになってしまう。規模別で標準化への考え方は異なるのではないか。
Q:総合窓口について、大阪では、市民が便利になったかどうかを指標化している。そちらのほうがより重要ではないか?
AM:総合窓口における住民の満足度は非常に重要な考慮すべきポイントである。今日、資料に記載していないが、それぞれの事例で満足度の調査が実施されているが、いずれも高い評価を得たと伺っている。
Q:ベンダーの役割が変わってきているのではないか? 最近は役所に非正規職員が増えて、ベンダーは運用を実質的に任されている。クラウド以上に行政コストを削減したいのであれば、ベンダーが行政サービスを提供するところまでもっていくのがよい。富士ゼロックスは戸籍システムで大きなシェアを持っており、ナレッジがベンダーに蓄積されている。
AM:総務事務センター(内部事務等)について研究会で話題になったのは、全部を外部委託するのは問題ではないかという点。実際に、各事例でも最終権限は自治体の職員に権限を留保したうえで、システムを導入している。しかし、一方に、職員のスキルが育たないのではという指摘もあった。
Q:確定申告会場にいくと、ITベンダーからの派遣職員が多い。申告期間は一か月なので、そうしないと仕事が回らない。ここでもベンダーにナレッジが蓄積されている。一方で、機微な個人情報が漏れる心配もあるが?
AM:本日の総務事務センターの事例は、あくまで内部事務であり、職員の事前同意を得るというのが前提になっている。

大規模自治体と中小自治体の相違について
Q:大きな自治体の方が、財政が豊かである。一方、提供する必要がある住民サービスの多くは規模に関係しない。小さな自治体は、貧しい中で住民サービスを提供する必要がある。そこに、標準化と効率化のニーズがあるのではないか?
AM:仰るとおり。クラウドの発想の原点である。オールインワンのパッケージを中小自治体は利用する。一方で、30万人規模以上の大きな自治体にとっては、対応するパッケージがほとんどないため、自らがシステムを作っているケースもある。今後は、大規模自治体と、周辺自治体と共同利用するといった考え方もある。
AM:小さい自治体は、パッケージに自治体の側が業務を合わせる。一方、大きいところはパッケージをカスタマイズする必要がでる。大きなところは情報処理の専門職もいる。ある政令市にお伺いすると、7割パッケージ、3割カスタマイズといった姿になっているとのことだった。
Q:人口20万人以下であれば、一つのベンダーに統一するなど、思い切ったこともしても良いのではないか? ベンダーロックインは悪いという話もあるが、住民サービスの向上という実態がでるのであれば認められるのではないか?
AM:ある県の場合、今は三つぐらいのグループがあるが、県単位でまとまるのが良いのではないか。また、県をこえた事例も出ている。将来的にはもっと効率化を進めるために、技術革新をベンダーで競うようになるのがよい。今後は、クラウド化した後の次の更新時におけるベンダー間の競争環境の確保が重要な課題になってくると考えられる。
MS(回答、松下):良いベンダーロックインはパートナーシップ。小さな自治体だと専任職員が少ない。そのなかで効率よくするためには、オールインワンパッケージを導入した方がよい。ただし、ベンダー切り替えはできるようにしておかなくてはならないが。
C:行政事業レビューで、ある省の国家機密にかかわるシステムについて、外部評価委員が一般競争入札よりも随意契約にすべきと主張したことがある。ベンダーロックインも、悪と決めつけるのではなく、一つ一つよいか悪いかを考えるべきだ。

将来的な拡大について
Q:総務省の公会計システムが共同利用の道筋をつけるのではないか?
AM:例えば、共通番号制度では、国が中間サーバーのソフトウェアを作り、自治体みんなで使うことになったと聞いている。
MS:公会計システムは、保守年限は3か年という調達条件であり、本格導入するための試験のような位置づけにすぎない。まだ、しばらく時間がかかるだろう。
Q:施行規則などを数式で書くことについて、数式は横書きで。法律は縦書きである。まず、そういうところを変えるべきではないか?
MS:これは数式だけでなく、施行規則が現場の運用に落ちていないことが問題である。施行規則を作る段階から、現場担当者やベンダーが参加することが有効である。
Q:法令にIDをふっていただけないか? 自治体の側も、条例・ガイドラインに法令IDを付けて繋げておけば、更新の必要性がすぐにわかる。神奈川県の自治体が自らのウェブサイトを調査したら、半分ぐらい期限切れの情報だったという話もある。IDでコンテンツ管理すべきではないか? 法律にも、省令にもすでに番号がついているというが、電子化されていないし、IDにしてもらえれば、法令から条例までをツリー構造でコンテンツ管理できるではないか?
AM:以前に法律案を作る仕事をしたことからも、必要性は理解できる。
Q:同一の業務について、システムを一つにするより、ベンダー間で競争させ、同一の業務に関するシステムは二つ存在あるというようにしたほうが、BCPの観点で有益ではないか?
AM:国会議員の先生から何時も言及されるのは、全国二か所の中間サーバーの事例である。基幹系でも、まずは県レベルでまとまってもらってシステムの共同利用の実施を検討すべき。その状況を全国規模で眺めれば、競争が維持されていることになる。
Q:今回の報告書は、現実的だし、正しいことを主張していると思う。なぜ12年をたたないとこういうものがでてこないのか考え直す必要がある。昭和時代からの慣性が強すぎる。自治体も団塊世代が退職すると急激に職員数が減少し、外部委託しないとまわらなくなっている。研究会の報告書をどう推進するのか?
AM:例えば、自治体クラウドは、平成22年頃から本格的に始まったものであり、自治体の取り組みだけでなく、ベンダー側からのクラウドサービスの提供が必要であり、官民連携が欠かせない。今後の報告書の推進については、地方公共団体に策定をお願いしている情報化推進計画等に標準化の施策も必ず入れていただきたいと考えている。今後、進捗状況をフォローアップしていく。自治体における標準化に関する推進団体があった方がいいのではとも、有識者から言われている。

教育 佐賀県武雄市の挑戦と成果 樋渡啓祐前佐賀県武雄市長

日時:2月17日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:樋渡啓祐(樋渡社中(株)CEO、前佐賀県武雄市長)

冒頭、樋渡氏は次のように講演した。

  • 総務省絆プロジェクトにて、山内東小学校と武内小学校にiPadを236台、先行的に配布したことが、武雄市の教育改革の始まりであった。同時に、全教員に対して、ICTスキルアップの時間を設けることで、抵抗感をなくしていった。
  • 全面導入にあたっては、市内の全小中学校の校長から、タブレットを教育に活用したいといった声が上がった。今年度4月に小学校、来年度4月に中学校へ、タブレットを全児童生徒に配布するに至る。
  • 中学校では、「キーボードがないタブレットでいいのか?」といった声があったが、「まずは導入すること」を第一条件とし、来年度の一斉導入に踏み切った。また、導入にあたっては、保護者向けの説明会を実施するなど、タブレットを用いた教育への誤解や偏見を与えないようにした。小学校に導入した端末は、見た目がかわいい黄色のカバーを付ける工夫をした。
  • 教育改革の一つが武雄式反転授業『スマイル学習』である。家庭でタブレットを使った予習を行い、学校で発展・まとめをグループ学習で行う形式の学習方法である。予習には、動画を用いているため、繰り返し見られることがポイントである。保護者も一緒に見られるため、家庭内の積極的なコミュニケーションにも繋がる。教員は、予習の成果が見える(予習問題の正解不正解が一目でわかる)ので、児童がどれくらい理解しているのかを、勘で探らなくてよいというメリットがある。教員の予想と児童の理解の実態は異なることが、実際に導入してわかってきた。
  • 武雄市が、スマイル学習に取り組む目的は、①児童生徒がより意欲的に授業に望む。②授業者が学習者の実態をより正確に把握して授業に臨む。③授業では「協働的な問題解決能力」を育成する。である。
  • アンケートをよく行うことも、武雄市の特徴である。「授業がよくわかったか?」や、「授業は楽しかったか?」といったように、児童に学習の感想を聞いて、改善につなげている。
  • 動画等のコンテンツは、学校が企業に依頼をして作成している。教員がコンテンツ案を作成し、企業に提出する。それを基に企業が作成し、教員が確認・修正案を提出する。さらに、企業は修正を行い、教員が確認・修正を行っていき…といったフローで完成させる。はじめは、ひとつの制作に約4ヶ月を要したが、現在では、もう少し早く行えるようになっている。
  • 山内西小学校の1年生に、プログラミング教育を先行的に導入した。米国オバマ大統領が、プログラマが足りないと発言したことがきっかけである。日本でもプログラマーを大量に育成しなければならないと考え、武雄市が動いた。小学校1年生からプログラミング学習を導入するのは、小学校1年生が言葉の構造を学ぶ時期だからである。この時期にプログラミングを行うことで、論理的な思考力を養うことができる。また、これからの社会を考えたとき、例えばスマートフォンが普及して新たなコミュニケーションツールが登場した際に、プログラマが必要となる。こういったことから、早い段階から「飯が食える魅力的なツール」として、プログラミング教育を実施することにした。
  • 黒板とチョークを用いた授業は一斉詰め込み型であり、明治5年に学制が発布されて始まったと言われている。それまでは、寺子屋で、習熟度別の教育が行われていた。一斉学習を行うようになったのは、均一な大人を育成するためであり、明治時代以来、教育のスタイルは全く変わっていない。一斉学習は社会に対応できなくなってきている。今は、個に応じた教育が必要である。そのために、塾という民間の力を借りて、官民の区分けをなくした教育を行っていこうと考えたのが、官民一体型学校である。
  • 武雄市は、「はなまる学習会」という民間企業と協力していく。学習指導要領を沿って、教員が指導し、塾講師が助言する形態をとる。教科書と、はなまる学習会の教材を用いる。“はなまる”ならではの学習方法として、朗読等のモジュール授業を朝の15分で行うようにしている。
  • 異学年混合で行う青空教室というプログラムもある。これは、問題解決力を養い、人間力を鍛えるためのプログラムである。写真と同じ場所や物を探すピクチャリーディング等を行っている。これもまた、小学生全員に配布したタブレットを活用している。
  • 音楽や体育といった実技科目で英語を実施することを考えている。例えば、音楽でジョン・レノンのイマジンを扱うといった具合である。
  • 武雄市が目指すのは、世界一行きたい学校である。早く月曜日にならないかなと思えるような、学校に行くのが楽しみになるような教育をしていきたい。現在では、学力テストの成績も向上している。このような数値を用いた検証も行っていきたい。

ついで、司会の山田氏が次のようにコメントした。

  • 小学校の教室の画像をグーグル検索すると、日本・韓国などを除き、児童が向き合って、あるいは車座になって学習している様子が出てくる。机といすを整然と並べ、教員の話を静かに聞く、一斉学習は主流ではない。樋渡氏は講演の中で授業風景の写真を数多く見せてくれたが、どれも児童が向き合って、あるいは車座になっていた。そういう意味で、武雄市では世界基準の教育が実施されていることがわかった。

その後、以下に要約する質疑応答があった。

実践されている教育プログラムについて
Q(質問):英語のみのプログラミング教材もあるが、使用する予定はあるか?
A(回答):英語で書かれた教材を用いることは、良いことだと思う。英語とプログラミング教育との組み合わせはありうる。
Q:スマイル学習を、算数と理科にした理由は?社会でも、例えば、北海道の生活を児童に見せるといったことが扱えると考えられるが?
A:国語では音読で使うといったように、科目ではなく、教育内容によって扱うことが可能であろう。算数と理科にしたのは、教育内容がスマイル学習に最も適していると考えたからである。最初は抵抗があったが、検証し、確認しながら徐々に拡げていく考え方を取っている。
Q:武雄市のICTコンテンツは障害者向けの、アクセシビリティに配慮しているのか?
A:ハンディキャップを持った児童へのデジタル教育の親和性の高さは感じているので、これから進められると思う。

教員の反応などについて
Q:教員に必要なICTスキルはどのように身に付けさせればよいか?
A:民の役割と期待する。特に、30~40代の現職教員のケアをすることが大事である。
Q:導入の際、教員の負担と負担感はどのように配慮したのか?
A:負担と負担感は分けて考えている。例えば、報告書類を削減したりして、負担は削減している。教員の負担感は、児童が喜ぶ・理解する反応を見ていくうちに解消していく。教員は、子供たちの成長を心から願っているからだ。

コンテンツの扱いなどについて
Q:各国は、プラットフォームを重視している。教員が実施する教育内容を全部まとめて公開することで、他の教員も戸惑わずに導入することができると考えられるが?
A:武雄市では、教材を全て公開する予定である。これは、公教育の使命であると考えている。クラウド環境で、自由自在に修正していければよい。日本人は格付けを好むので、食べログのように教材に格付けを行うことも考えている。
Q:学校図書のデジタル化についてどう考えているか?
A:学校図書のデジタル化は、図鑑などを除けば、進まないと考えている。

政治行政について
Q:県知事が代わったことで、教育のICT化がスローダウンするのではないかという危惧があるが?
A:武雄市は、私の後継者が市長になっているし、先進的な成果を上げていけば、支持は得られるだろう。
Q:市長を務める上で、工夫されたことは?
A:大事なことは、ファンを増やすことである。ひとりでも多くのファンを増やしていくことで、彼らが「市長の言う通りやろう」と背中を押してくれる。
Q:オープンデータの扱いについて。エストニアのタリンでは、電子政府の導入で、コスト削減をしている。今後、日本でも同様に導入していくことは考えられるか?
A:日本とエストニアとでは人口数が違う。日本では、一斉ではなく、同時多発的にできるところからやっていくことが重要であると考えている。武雄市だけではパワーが足りないと感じるので、オープンデータの取組に関しては、千葉市や福岡市といった田の起訴自治体と共に行ってきた。参加したい自治体がどんどん増えていけばよい。