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オンラインセミナー「ライドシェアをすっきりと実現するために」 小木曽稔・株式会社政策渉外ドゥタンク・クロスボーダー代表取締役

開催日時:2024年3月5日火曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:小木曽稔・株式会社政策渉外ドゥタンク・クロスボーダー代表取締役

小木曽氏の講演資料はこちらにあります。

司会(山田肇理事長)が次のように挨拶してセミナーがスタートした。

  • OECDの電子政府ランキングでわが国は33か国中31位と評価された。デジタル化について決意が乏しく、細切れの対応に終始しているのが悪い評価の原因だった。ライドシェアも同様。古い制度を残して細切れの対応をしているように見える。どうしたら、すっきりとライドシェアが導入できるのだろう。今日は小木曽氏に講演いただく。

小木曽氏は概略次のように講演した。

  • ライドシェアの定義は、たくさんあるが、一般ドライバーが自家用車を利用して提供するサービスであって、容易に有償運行が可能で、変動運賃を利用できるものとしているのが規制改革推進会議の中間答申。その定義によれば、OECD加盟38か国中25か国(スペイン、フランス、ドイツ、オランダ、フィンランド、アメリカ、イギリス等)ですでに実現している。
  • 道路運送法78条によって、有償で事業を行う場合、自家用車の使用は禁止されている。ただし、78条には例外規定が三つある。第一は災害時、第二は非営利団体が運行主体となるもの、第三は公共の福祉のためにやむを得ない事情がある場合である。
  • 昨年末にこの問題について政府の方針が決定した。方針の4本柱は①タクシーの規制緩和、②道路運送法78条2号(非営利団体による運行)の制度改善、③道路運送法78条3号(公共の福祉のための運行)による新制度、④ライドシェア新法の議論である。
  • 現時点では、78条2号の制度改善と、78条3号による新制度の内容の確定作業が進んでいる。一方、ライドシェア新法については、6月まで規制改革推進会議で議論予定である。
  • 78条2号については、交通空白に時間の概念も入れ夜間に非営利団体がサービスを提供できるようにする、一定程度ダイナミックプライシングを導入するなどの改善が図られる。
  • 78条2号については、石川県加賀市、小松市などですでにサービスが開始し、自治体ライドシェア研究会の会員数は108自治体に達している。
  • 78条3号については、供給が需要に追い付かないときにタクシー会社によって運行できるようにしよう、というのが国土交通省の考え方である。しかし、供給も需要も、タクシー配車アプリでのデータが一定程度あるものの全体として実は誰も測定できていない。これが問題である。ドライバーについて、国土交通省やタクシー業界は雇用契約を考えている。
  • 78条3号については、4月からの開始を見込んでタクシー会社が乗務員の募集を始めている。都内の業界団体はすでにガイドラインを作成し、公表している。公共の福祉のためにタクシーが不足する時間帯(平日朝7時から10時、金曜日の16時から20時など)を指定して実施する考えである。ドライバーとはパートとして雇用契約を結ぼうとしている。
  • 神奈川県はまずは78条2号によって実証実験を開始し、その様子も踏まえ、本格的には78条3号に期待しているようだ。営利事業の一環として78条3号で対応できるなら非営利の2号の必要性はなくてもいいのではないかとも考えられるが、ここには官と民の役割分担の揺れも感じられる。大阪府は78条3号をタクシー会社以外にも委ねようというのが提案であったが、万博対応のためどうするかは未知数。
  • ライドシェア新法について、まずは必要性と相当性を考える必要がある。必要性はドライバー不足など明らかだが、相当性、特に安全の確保についてはきちんと新法で規定する必要がある。規制改革推進会議は、昨年12月26日の答申の中で、安全対策のための規制の導入を打ち出した。
  • 地域交通問題については、人口減少等を踏まえ、平成19年に地域交通法を制定し、また平成25年には交通政策基本法を制定した。国交省は、ラストワンマイル問題を議論するため、昨年2月から議論を開始し、5月に運用改善案をまとめていた。いま議論されている78条2号及び3号の議論は、このときの運用改善案がもとになっている。例えば78条3号の新制度は、お歳暮時期などでの緊急対応のため物流事業者が既に行っているものと同様である。
  • 地域交通法では、地方公共団体に地域公共交通のマスタープラン作成を努力義務として課している。しかし、公共交通について地方公共団体には権限がない。都市計画については権限があるのに、公共交通にはないというのが矛盾の原因になっている。

講演の後、次のような質疑があった。

質問(Q):78条3号は次のように書かれている。「公共の福祉を確保するためやむを得ない場合において、国土交通大臣の許可を受けて地域又は期間を限定して運送の用に供するとき」 誰が国土交通大臣の許可を受けられるかという主語が書かれていない。それをタクシー会社と読み取るのは、国土交通省の勝手な解釈ではないか。
回答(A):法文上は確かに許可を受ける主体は明確になっていないが、そもそも3号の趣旨がタクシー事業許可制度の例外となっているのでおのずと限界があると考える。正面からライドシェア事業を認めるには新法での対応が必要というのが、私がずっと前から言ってる見解である。
Q:ドライバー不足で困っている地方への対策としてのライドシェアと、都市部でのライドシェアは別の課題と考えるべきではないか。
A:その通り。都市部、普通の地方部、そして過疎地と三つに分けて、公共交通の在り方を議論するのがよい。
Q:ライドシェアを導入した他国でも、依然としてタクシーサービスは存在している。ライドシェアとタクシーはどのように棲み分けているのか。
A;日本のタクシーはしっかりしているが、他国ではひどいタクシーも多い。ライドシェアが導入されて、タクシーが底上げされ、併存しているといったこともあると思う。ただし併存してない国もある。併存については、しっかり調べる必要がある課題と受け止めた。
Q:ということは、わが国で導入しても魅力は乏しいし、価格差もあまりないのであれば、普及しないのではないか。何を国土交通省は心配しているのか。
A:国土交通省が恐れているのは、ライドシェアによってタクシーが駆逐されてしまうこと。求めるゴールは地域の足を確保することであり、そのためにライドシェアをいれたのに、ライドシェアにタクシーが駆逐され、供給面で安定性があるとは思えないライドシェア一本の依存体制になった場合、地域の足の確保という意味で本末転倒ではないかという考えであると思う。
コメント(C):タクシーに乗るとドライバーが高齢者であることが多い。とても心配になる。ライドシェアは必然ではないか。
C:ライドシェアだけでなく、自動走行バスの導入なども検討すべきだ。海外では、ゆっくり走る自動走行バスが住民の足になるだけでなく、子どもたちが技術に関心を持つきっかけになっている。
C:自動走行バスは過疎地の公共交通手段になりえる。積極的に導入するのがよい。
C:自動走行バスだけでなく、MaaS、GOやS RIDEなど、交通にもデジタルが導入できる。デジタルを前提として、地域公共交通のマスタープランを作成し、地域が主体となってこれを推進する仕組みが求められる。

お昼休みセミナー「障害者差別解消法の改正」 小林淳内閣府参事官

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
協賛:ウェブアクセシビリティ推進協会(JWAC)
開催日時:2024年1月24日水曜日正午から1時間
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:小林 淳・内閣府障害者施策担当参事官
司会:山田 肇ICPF理事長

小林氏の講演資料はこちらにあります
小林氏の講演ビデオはこちらにあります

障害者差別解消法が改正され、2024年4月1日に施行される。小林氏は同法第5条、第8条を中心に要点をそれぞれ説明した。

  • 法の目的は、障害のある人の活動や社会への参加を制限している様々な障壁(バリア)を取り除くことで、障害のある人もない人も分けへだてなく活動できる「共生社会」を実現することである。
  • そのために、不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供を求めている。法は日常生活及び社会生活に係る分野を広く対象として、障害者も障害者手帳を持っている人に限らない。一方、事業者は営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同種の行為を反復継続する意思をもって行うものを指す。このように障害者差別解消法の対象範囲は広い。
  • 第8条第1項は「事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。」と定めている。小林氏は、「障害を理由として」と「障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより」について、それぞれ詳細に説明した(講演ビデオを参照ください)。
  • 同様に改正後の第8条第2項は「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と定めている。「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合」「その実施に伴う負担が過重でないとき」「当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去について必要かつ合理的な配慮」について詳しく説明した。
  • 障害者から障壁の除去について申し出があった際には、建設的対話をすることで問題を解決していくのが望ましい。
  • 法は第5条で「行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。」と定めている。環境の整備は、不特定多数の方を対象に整備しておく事前的改善措置であり、施設のバリアフリー化を図る、社員が利用する対応マニュアルを整備し研修を実施する、アクセシビリティを担保したウェブサイト等を作成しておくなどが、「環境の整備」の例である。
  • 施行日に向けて、各府省は「事業者向け対応指針の改定」を進めている。また、国・地方公共団体における相談体制の整備等をお願いしている。改正法の施行に向け、引き続き周知広報等に取り組んでいきたい。

講演終了後、次のような質疑があった。

質問(Q):ウェブサイトのアクセシビリティ対応は環境の整備に位置づけられ、努力義務が課せられている。義務化できないのか。
回答(A):現行では努力義務として可能な範囲で努力をしていただきたいと思う。義務化については事業者の負担等も勘案しながら検討されるべき事項かと思う。
Q:米国では、視覚障害者はミサイル防衛網のレーダ監視員にはなれないというように、合理的な配慮をしなくてもよい範囲を狭めて解釈している。今日の説明は、それに比較すると、障害者に不利、事業者には寛容になってはいないか。
A:お話しいただいた内容を前提にするとすれば、確かに、米国よりもわが国の方がもう少し広めに解釈しているように思う。

また、セミナー中に要望が二点表明された。

  • 国・地方公共団体における相談体制の整備を歓迎する。そのうえで、どのような相談があったかについて統計データを発表していただきたい。それによって、障害者がどのような分野に障壁があると捉えているかが明らかになる。
  • 今回の改正は、当然、事業者に負担を求めるものである。一方で、障害者にとっても、障壁を除去するために建設的対話に参加するなどの負担が生まれる。共生社会を実現するために、事業者と障害者共に負担が増すという点について周知いただきたい。

シンポジウム「マイナンバーの呪いを解く」 平井卓也初代デジタル大臣ほか

開催日時:11月21日火曜日午後6時から1時間半
開催場所:アルカディア市ヶ谷・会議室「琴平」
基調講演者:
平井卓也(初代デジタル大臣・自由民主党衆議院議員)
榎並利博(行政システム株式会社・蓼科情報株式会社)
討論への登壇者:
原 英治(政策工房)
大林 尚(日本経済新聞)
牟田 学(日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会)
司会者:山田 肇

平井氏は冒頭次のように講演した。

  • 内閣支持率低下の原因もマイナンバーが滞っているのにも共通の理由がある。経済社会をどんな方向に進めるかをはっきりと示していないし、理解も得られていない。なぜ政治がその方向に動いているか、うまく説明できていない。
  • マイナンバーカードは国民皆保険を維持するためだ。紙の保険証を基に年間20億回の請求を医療機関が行っているが、500万回以上に誤りがある。医療機関での入力ミスもあるが、なりすましもある。レセプト情報は2か月遅れなので、睡眠薬を毎日のように調剤するような「悪用」も止められない。今までは見過ごしてきたが、デジタル保険証できっちりやれば年間5730億円の社会保障費が節減できる。だから、デジタル保険証に変えるのだ。
  • マイナンバーは消えた年金問題を解決するために民主党政権が作ったものである。その中で、マイナポータルを見れば誤登録がわかる仕組みを作った。これは民主党の成し遂げた大きな成果である。マイナンバーカードの登録ミスは007%に過ぎなかったし、それは修正すればよいのだ。次の世代のために、登録ミスのような少々のリスクは背負っても実施するべきだ。
  • トルコで病院を見学したが、すべてデジタルで運用されていた。彼らはうまくいかなかったらチャレンジするという姿勢だった。デジタル化に遅れたままでは日本に未来はない。だからリスクを背負ってでも進めるべきだ。
  • 生成AIに自民党・与党の政策を学習させ、質問に対して的確な回答が来る状態まで成長させた。しかしまだ間違える場合があるから、広く利用するには至っていない。これについても、少々のリスクは背負って広報活動などで実利用を進めていくつもりである。

次に榎並氏が資料を用いて次のように講演した

  • 諸外国では番号は秘密ではなく、氏名や住所と同じようなものとして、様々な行政サービスで利用されている。日本では、番号は氏名や住所とは異なる特別大事なものと見なされ、「見られたら危ない、秘密にしないといけない」という空気が蔓延している。まるで「番号を見られたら不幸になる」という呪いがあるようだ。
  • 米国や韓国における「番号を騙ったなりすまし」で人権侵害が起きている。「番号が本人のものか確認せずに使う」使い方が問題なのである。マイナンバー制度では、厳格な「本人確認」を義務付けており、身元確認と番号確認を併せて本人確認される仕組みになっている。しかし、マイナンバーカードの交付時に番号をマスキングするケースを配布して、「番号は見られると危険だ!」という雰囲気を醸成した。
  • マイナンバーカードは住基カードを引き継いだもので、電子証明書と個人番号はリンクさせないという取り決めが踏襲された。署名用電子証明書にはマイナンバーが記載されず。デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーを電子的に証明できないことになっている。
  • 2023年に入って住民票の誤交付、公金受取口座の誤登録、保険証情報の誤登録の問題が立て続けに発生した。保険証情報の誤登録は医療保険者の紐付けミスであるが、厚生労働省の「個人番号を把握していない者について、住基ネットへの照会により個人番号を取得することを基本としたうえで、必要に応じて事業主や本人に確認する」という指針が間違いを起こした。氏名では個人を特定できないと消えた年金問題で学んだはずなのに。自らのマイナンバーを申告するべきなのだが、「マイナンバーは秘密」という呪いが災いした。
  • 「紐付け作業」など人手を介した運用は、ミスが起きることを前提に設計すべき。「情報提供ネットワークシステムに個人情報(氏名・生年月日)を流通させて紐付け誤りがすぐに発覚する仕組み」にすべきである。
  • 呪いを解くにはともかくシンプルにすべきだ。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。そうしないと災害等によるカード紛失時にマイナンバーが使えない。マイナンバーを氏名等通常の「個人情報」並みの扱いとし、マイナンバー利用はブラックリスト方式にする。マイナンバーカードの「身元確認」と「当人認証」の機能を分離する。電子証明書のシリアル番号をIDとして使わない。
  • 個人を特定する身元確認の番号は不変のマイナンバーが必須で、可変の番号は使うべきではない。医療等IDもマイナンバーに変更する。署名用電子証明書およびマイナンバーカードから住所情報の記載を削除する。住所情報は業務上必要があればマイナンバーを使って(住基ネットで)取得できる。そして、最後にマイナンバーをきちんと使うこと。QRコードで番号入力すればICカードリータは不要になる。
  • 住民票コードや機関別符号を廃止し、マイナンバーに一本化する。情報提供ネットワークシステムは、マイナンバーで情報連携し、連携する情報は情報保有機関で把握している氏名・生年月日とともに情報提供する。氏名等も提供することで間違いはすぐにわかるようになる。外字の利用もやめるべきだ。

二つの講演の後、登壇者及び会場参加者から意見が表明され、討論が行われた。

(原)正しいことが必ずしも実現しないことが問題だ。消えた年金で世論に火をつけた民主党政権はマイナンバー制度についてうまくやった。それに倣えば、医療費の請求ミス・不正が膨大と世論に訴え火をつければ、マイナ保険証もすんなり導入できたのかもしれない。国民全体の向きを揃える努力が今の政権には不足しているのかもしれない。
(大林)民主党政権がマイナンバーの骨格を作り、現与党がそれを引き継いだ。しかし、「おそるおそる」進めているように感じる。自信をもってメリットを説明し、セキュリティについても説明するべきだが、常に「おそるおそる」感がある。高校生レベルにもわかるような説明がされていない。だから、今回のような単純ミスが反対派につかれる。住基ネットに関する最高裁判決が過大解釈されて、機関別番号でデータを分散管理するシステムを作ってしまった。それによってシステムが複雑になり、ますますわかりやすい説明ができない状況になっている。これを解きほぐす責任の一端はメディアにもある。
(平井)「おそるおそる」感はその通り。特定個人情報なので、だれもマイナンバーを使おうとしない。特定個人情報を外すには相当な腕力が必要だし、過去に言ってきたことを修正しなければならない。マイナンバーを使って、だれ一人取り残さずすべての国民に恩恵を届けるべきであるし、そのように説明し施策を展開するのがよい。「マイナンバーは票にならん」と政治家の多くは思っているが、覚悟して前に進むようにするべきだ。
(山田)連続セミナーで森田朗さんに講演いただいた。欧州健康データ空間(EHDS)の構想について、「欧州人は国境を越えて動くから、どこにいても適切な医療が受けられるように各国のデータを繋げる」と欧州委員会が説明しているそうだ。これなら欧州人に響く。我が国のマイナンバーも同様な説明が求められる。
(参加者1)総務省には最高裁の呪いがかかっている。それがシステムを複雑にしている。しかし国民には関係ないので、マイナポータルは使いにくいと批判する。国民は実感しないと腑に落ちないので、市役所のサービスを受ける際にはオンラインが原則としてマイナンバーカードを使うというようにしてはどうか。
(榎並)国民に伝えるのに政府広報だけでは無理。日本社会の基盤なので、初等中等教育レベルからきちんと教えていく必要がある。消えた年金問題も若い人たちの記憶にはない。だから、社会の基盤としっかり教えていく必要がある。
(牟田)エストニアの仕組みはシンプルで国民も理解しやすい。如何に制度をシンプルにできるかがポイントである。エストニアは人口が少ないので、処理はコンピュータにやってもらい、人はチェックだけ行う制度を作ってきた。制度は行政職員等が最初に業務で使い、システムがブラシアップされていく。行政機関は個人番号で情報が照会できる。近隣国とデータ交換する仕組みも作られていった。行政データは分散管理され、データのセキュリティレベルに応じてアクセス制御が実施され、暗号化等が施されている。
(参加者2)オーストラリアでは大学入試の際に内申書は不要である。個人番号を伝えれば大学側が高校の成績等を確認できるようになっている。こうして、教員の業務負担も軽減されていく。もちろん大学が中学の成績までを見ることができない。情報照会できるのは必要な範囲に限られている。
(参加者3)欧州では個人番号制度が政争の道具になっていない。我が国はどこから手を付けるべきか。
(牟田)1991年にソ連から独立を回復した後に、それまで試験的に導入していた個人を識別するための個人番号を本格的に利活用することにした。国家を維持するための危機感から個人番号が入った。個人番号は秘密ではなく生年月日や性別が含まれる。性別変更があれば番号を変えるようになっている。
(平井)ますます高齢化が進むと投票所に出向くのも困難になっていく。インターネット投票を導入するには、エストニアと同様に、マイナンバーを利用する必要がある。スウェーデンでは国税庁への信頼が高い。国税庁が把握している個人情報が社会を維持するために利用されているからだ。
(大林)欧州各国は番号制度がないと国が成り立たない状況になっている。エストニアは安全保障が最大の課題で、そのために番号制度がある。スウェーデンでは、養育費を払わない親に支払いを強制するために国税庁が動く仕組みになっており、社会保障・福祉社会を維持するための番号制度と位置付けられている。社会を維持するために番号制度がある、との理解を醸成し、実際にそのようにしていくことが大切である。日本では災害対策が重要な課題であり、電子投票も同様。安全安心に暮らすための番号制度となるように、利用を進めていくのがよい。

連続セミナー第3回「国民主体での医療データの活用」 森田 朗東京大学名誉教授

開催日時:10月26日木曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

森田氏の講演資料はこちらにあります
森田氏の講演ビデオ(一部)はこちらにあります。

冒頭、森田氏は次のように講演した。

  • 医療データは⼈類の貴重な情報資源である。医療情報を活⽤することによって、よい治療が受けられ、ミスが減少し、不治の病が治る。体調不良でクリニックに出向くと医師に既往歴を質問されるが、医療データが蓄積されていれば医師は既往歴を正確に把握して治療できる。
  • 個々の患者の治療の質の向上を1次利⽤、医療政策・医学研究・医薬品開発等への利用を2次利⽤と呼ぶ。医療データを活⽤するためには、以下の三点が重要である。①医療データは貯めて、繋ぐことで新たな価値が⾒出されるとの理解、②データベースとプラットフォームを整備し、利活⽤のチャンスを拡大、③医療データの標準化、個人を特定するID、要配慮個⼈情報を大量に利用するためのセキュリティ等。
  • 国⺠各⾃の状況に応じたきめ細かい福祉サービスを提供する福祉国家では、個⼈情報の収集と利⽤が進められ、それによって安全な社会が形成されていく。個人情報を収集する点が「監視国家」と批判されることもあるが、個人情報を収集しなければ福祉国家は実現しない。
  • 欧州連合EUではEHDS(European Health Data Space)が検討の俎上にある。医療データ活用の先進例として紹介する。
  • EHDS提案の背景は次の二点である。①個⼈の電⼦医療データへのアクセスと制御を改善する(1次利用)と共に、研究、イノベーション、政策決定、患者の安全、個別化医療、的統計、規制活動など利用し、社会に利益をもたらすこと(2次利⽤)。このために、EUの価値観に合致した電⼦カルテシステム(EHRシステム)の開発、販売、および使⽤のための統⼀された法的枠組みを定めることにより、域内市場の機能を改善する。②次のパンデミック、脅威への準備と対応、および診断と治療、および健康データの⼆次利⽤のために、健康データにタイムリーにアクセスできるようにする。
  • EU域内のどこでも域内住民に対してより質の高い医療を提供する(1次利用)ためEHRを整備し、プラットフォームMyHealth@EUを介して接続する。医療データを国境を超えて利用して医療政策、医学研究、創薬等を推進する(2次利用)ため、プラットフォームHealthData@EUを整備する。
  • 越境利用のための制度として、National Contact Pointを介してEHRデータが相互流通できるようにする。2次利用には、Health Data Access Bodiesが適切に加工した医療データを提供する。
  • 利用できる医療データの一覧がHDABで公開され、それを見て研究者は利用を希望するデータを特定する。研究者からの申し込みを審査した後、HDABは品質を保ち、個々人のプライバシーを確保したデータ集合を作成する。作成したデータ集合はクラウド上の安全な処理環境に置かれ、研究者はそれにアクセスする。研究結果は公開され、プライバシーと検証可能性が確保される。
  • 27加盟国の中には医療分野のデジタル化が進んでいる国もあれば、遅れている地域もある。EHDSはregulation(規則)として制定され、制定されれば参加は mandatory (義務的)となる。2024年に全域でEHDSを利⽤できるようにするため、インフラの整備等にEUのさまざまな補助⾦が提供される。
  • EHDSを規則として成⽴させるために、多様な団体等からの意⾒を聞き、それらを検討・反映して最終案を作っている段階である。EHDSは欧州議会、評議会で承認される必要があり、2024年の欧州議会の選挙までの成⽴を⽬指している。それ以後にずれ込む、あるいは成⽴しない可能性もある。
  • わが国では匿名化、仮名化が議論になっているが、EHDSでは概念的な法律論ではなく、データ利⽤の有効性の観点から論じられている。2次利⽤に当たって、患者個⼈が識別され権利侵害の可能性がない場合には仮名化データが使われ、その可能性がある場合には、匿名化データが使われる。EHDSに関連する⽂書の中で、仮名化/匿名化は並列して書かれ、両者を区別しての表記は⾒当たらない。
  • 研究者の利⽤に際しては、加⼯されたデータを研究者に渡すのではなく、HDABに置いたままデータを分析し、結果のみをダウンロードするようになっている。ただし、完全に匿名化されたデータの場合は、提供も認められる。また、利⽤するデータの最少化、利⽤後のデータの削除等により、個⼈の権利を保護する制度をGDPRに準拠して採⽤している。
  • 1次利⽤に関しては、わが国のようにデータ利⽤に事前同意を得ることはない。EHDS ⾃体が⼀定の規格を満たしEHRに格納されているデータの存在を前提にして形成されており、自国以外の加盟国で受診するときに自己の医療データを利⽤する権利を強化することを⽬的としていることから、事前同意は問題とされていない。
  • 一方、2次利⽤においては、オプトアウトを認めるか否かについて議論がある。しかし、⼤量のオプトアウトがあればデータの欠損が生じて質が低下する。個⼈が識別されないように加⼯して利⽤することを条件にしているので、オプトアウトを認めることについては消極的である。
  • 国境を超えたデータ結合を⾏おうとすると、データ主体の同定(identification)が必要になる。EU共通の唯⼀無⼆固有のIDが存在していない現状で、データ主体の同定をいかに⾏うかについては検討俎上である。EUにおけるIDのあり⽅を定めたeIDASに基づいIDを管理する方針だが、eIDAS規制は成立の⾒通しが⽴っていない。
  • わが国内閣は医療DXを推進する方針で2023年6月には工程表も定めた。しかし、工程表は多様な利用を併記しただけで、それぞれについて部分最適にはなっても、医療DX全体としての全体最適にはなっていない。グランドデザインの構築が不可欠である。

講演後、次のような質疑があった。

EHDSについて
質問(Q):欧州は医療(Healthcare)と介護(Care)を峻別していない。EHDSの対象範囲には介護も入ると理解してよいか。
回答(A):欧州には、介護は医療とは別という概念はないので、EHDSが介護まで拡大される可能性がある。そもそも、わが国では医療データは「患者」と結びついているのに対して、EHDSは「自然人(natural person)」を対象としているので、当然、介護も射程に入っている。
Q:欧州統一のIDを作るという方向で議論が進んでいるのか。それとも、フィンランド人がエストニアで医療を受ける場合にはフィンランドのIDを利用するのか。
A:IDは悉皆性、唯一無二性が必要だが、eIDASは議論の俎上である。域内で医療データが流通し利用できるためのEHDSであるので、まずは流通利用の仕組みを作ることに焦点が当たり、IDは副次的な問題として扱われている。
Q:HADBにはフルセットのデータがあって、必要に応じて加工して提供するのか。それとも各国から加工後のデータを集めているのか。
A:フルセットのデータがあると理解している。

わが国へに教訓について
Q:日本では個人の同意が前提になっている。マイナンバーカードに包括同意を記載できるようにしたり、同意不要の特区で実験するというようにすべきではないか。
A:その通りである。しかし、本人同意には本人確認が前提となる。本人確認について、生体認証のほかにマイクロチップ利用などの方法も欧州ではトライされている。本人確認と本人同意についてセットにして仕組みを作っていく必要がある。本人確認への認識が日本では薄い。
Q:薬学分野でも貯めて、繋いで、利用することが必要になっている。福祉国家としての安全安心を重視し、監視国家に向かっているわけではないという点をアピールする必要があるのではないか。
A:監視国家という不安は北欧諸国にもあったようだ。それを突破するために、北欧諸国、EHDSでは欧州委員会がシステムの経済合理性について説明を繰り返している。国民皆保険で3割負担が今後も継続できるはずはない。新しい仕組みによってどの程度節約できるかといった経済的な説明を強化していかなければならない。