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ZOOMセミナー「健康のDX:医療データの利活用」 森田 朗東京大学名誉教授

開催日時:3月17日金曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

森田氏の講演資料はこちらにあります。
セミナーのビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

冒頭、森田氏は次のように講演した。

  • 医療データは、現代社会における国民の貴重な情報資源である。利活用によってどこでも最善の、個別最適化された治療を受ける機会が保障され、介護にも役立つ。医療データを集積し解析することによって、疾患の原因究明、治療法の発見、医薬品等の開発、感染症への迅速な政策対応等を可能にする。さらに、医療資源の最適配分(例えばコロナ禍におけるベッドの配分)や医療保険財政の効率化にも有効である。
  • すべての国民の誕生から死亡までの健康状態のデータを蓄積し、いつでもどこでも国民がそれを利用して最善の治療や健康管理を可能にする必要がある。国民の権利を害しないかぎり、医学研究、医薬品開発、医療政策立案のために利活用できるようにすることが理想である。
  • 欧州は国ごとに異なっていた国民の健康データ・システムを共通の形式に基づいて安全な管理体制の下に共有し、加盟国の国民が域内のどこにいても最善の治療が受けられる仕組みを作ろうと動き出した。これが、EHDS(European Health Data Space)構想である。わが国もこのような国際的なデータ連携の仕組みに参加できるようにするのがよい。
  • 医療データが連携・利用できるようになると何ができるか。Virtual Regional Hospitalを検討している。人口減少が進み医療機関も統廃合されていく地域で、複数の医療機関間でかかりつけ医と中核病院が連携して患者に対応し、最低限の医療を維持する仕組みである。患者のデータは地域医療クラウドに蓄積されている。地域の医療機関に専門医がいない場合には、医療クラウドのデータを共有し、多の医療機関似る専門医が遠隔で診療を行い、あるいはかかり付け医に助言をする。処方もこのクラウドに載り、調剤薬局から処方薬が提供される。こうして、クリニックや調剤薬局は中核病院のゲートウェイの役割を果たすようになる。
  • わが国は何が不足しているのか。病気の際の医療データだけでなく、健康な時からのデータ(自然人の生涯データ)を蓄積する。それを治療と、新薬開発などに利用する。このような一次利用と二次利用を統一して動かす仕組み(グランドデザイン)が必要である。そのためには電子カルテの標準化、結合のためのIDの整備も求められる(情報基盤)。
  • 医療データの二次利用には事前同意が必要、あるいは匿名化が求められているが、入口規制ではなく、データへのアクセスを限定し、正しく利用されているかを監督する出口規制に変える必要がある(データガバナンス)。医療データを時系列で揃えれば、治療法・新薬の開発に大きな効果があるが、匿名化を求めるのではなく仮名化を許容するようにしなければならない。
  • すなわち医療データの取得、管理、利活用に関する総合的な法制度を整備し、具体的に国民の権利を侵害しない限り、医療データの利活用を推進することができる体系的でわかりやすいルールを制定すべき。
  • 利活用のための新たな制度、特にデータガバナンスについて提案する。データの取得時の規制(入口規制)から利活用時におけるアクセスの規制(出口規制)に、データ管理のあり方を変えるべきである。誰が利用するか、について管理するということだ。
  • 患者本人の治療のためにデータを利用する一次利用においては、患者の治療のために必要な場合は基本的に同意を不要とする。医療従事者の医療データへのアクセスを認め、効果的で効率的な治療のためにデータの利活用を図るべきである。
  • 次に二次利用。病院受付に「特に申し出のない限り二次利用します」というような言い訳(黙示の同意)を書いて二次利用している現状を変える必要がある。黙示の同意ではなく、研究その他の二次利用に関しては、具体的な権利侵害のリスクがないかぎり、原則として、同意なしに利活用と第三者提供を認めるべきである。
  • もちろん何でも利用できるというわけではなく、データの加工形態(顕名、仮名、匿名、統計等)・利用目的・アクセス権者(利用者)に応じて、可能な限り本人の意思確認を不要とし、積極的な利活用を可能にすべきである。公衆衛生・学術研究などは広く利用を認め、ビジネス目的の場合には制限をつけるといったメリハリが大切である。
  • 医療データの利活用に関して、その基準を定め、各データ管理主体に対してデータ利用の審査、適正な利用の担保等の規制を行う、場合によっては許可の権限も持つ、中立的な公的機関が必要になる。
  • 国民の健康や病状に関する情報は機微性が高く、それが漏洩することによって国民の権利が侵害される可能性がある。だから事前同意ということになっているが、認知症の高齢者、小さな子供、救急車で運ばれた意識不明の人の同意を取るのは難しい。しかし、同意が取れないからと、その人を保護しないのはおかしい。
  • 国民の健康や病状に関する情報は、形式的に個人情報に該当するという理由だけで制限するのではなく、実質的に国民の権利が具体的に侵害されないかぎり、利活用の推進を図るべきである。
  • 欧州連合において、各国ごとに健康データ・システムが異なっている点を改め、域内のどこでも、自己の医療データにアクセスして最善の医療を受けられる権利を実現しようという動きが起きている。EHDSは我が国の制度改革にも参考になるだろう。

講演終了後、以下のような質疑があった。

質問(Q):スマートウォッチで生体データを測定し健康指導するビジネスが出てきている。健康指導アプリを使うということに事前同意を得ているという建前だが、それによって企業に健康データが蓄積され利用されている現実がある。一方で、医療分野では今日の講演のように細かな規制があり利活用が進んでいない。この点についてどう考えるか。
回答(A):健康指導アプリについて規制は急務である。一方で、医療機関にある医療情報の利活用を規制し過ぎている現状は改める必要があり、今日の講演はそれを提案するものだ。
Q:個人情報保護制度の問題を解決するためにも、やるべき課題を指摘し続ける必要がある。出口規制もその通りで進めるべきだ。デジタル庁はグランドデザインを示す役割を果たしているだろうか。
A:デジタル庁は表に出てきていない。グランドデザインよりも前に、医療データの標準化や次世代医療基盤法の改正などスポット的な問題解決に力を削がれている。自由民主党のプロジェクトチームなどがグランドデザインの必要性に気づいて動き出しているところだ。最終的にはマイナンバーをどう活用するかという点を整理する必要がある。
Q:形骸化した同意に意味がないことはよくわかった。ボトムアップで、形式的な同意をやめることはできないか。
A:現場の医師が積極的にデータを利用するという姿勢に変われば、同意問題を解決するボトムアップのきっかけになるかもしれない。同時に、すべての情報が提供して最善の医療が提供できるようにトップダウンの制度改革も必要である。
Q:今後の介護需要の爆発に対応するためにもデータとデジタルの利活用が必要ではないか。介護にデジタルを使うだけではなく、デジタルを使って介護が必要になる人を減らすようにすべきである。
A:介護負担の爆発が問題ということは理解されているが、それにどう対応するか、今はあまりよい施策が考えられていない。高齢者に介護職についてもらう、介護の仕事を分析して無駄を減らす、効率的な形で介護を提供する施設に集約するといった施策が進められようとしている。
Q:欧州でのEHDSはGDPRとどのように両立するのか。
A:GDPRを厳密に適用すると医療データの利活用はむずかしい。そこで、GDPR制定時に、「GDPRの求める要件を満たす」ように加盟国が医療データ活用制度を法制化した場合には、それらの法制度をGDPRに優先して適用することを認めた。しかし実際には医療データ活用制度はまちまちで、国境を越えた医療が受けられない。コロナ蔓延時に国境を越えた感染状況を迅速に把握し、人の移動をどう規制するかも問題になった。このような問題を解決しようとEHDSが提案された。
Q:地域医療のクラウドシステムはすでに実現しているのか。
A:あくまで仮想的なシステムとして話をしている。しかし、北海道や東北など、地域医療が崩壊しつつある地域では、このようなシステムの構築が急務である。これらの地域では机上検討が始まっている。

ZOOMセミナー「教育のDX:インクルーシブ教育へのデジタル教科書の利用」 鈴木秀樹東京学芸大学附属小金井小学校教諭ほか

開催日時:1月17日火曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
坂井 聡 香川大学教育学部教授
鈴木秀樹 東京学芸大学附属小金井小学校教諭
佐藤牧子 東京学芸大学附属小金井小学校教諭
司会:山田 肇(ICPF理事長)

坂井氏の講演資料はこちらにあります。
セミナーのビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

冒頭、坂井氏は次のように発言した。

  • 障害者権利条約に則って、国際連合障害者権利委員会は2022年に日本に勧告を出した。その中で「インクルーシブ教育の権利を保障すべきだ」と勧告された。
  • インクルーシブ教育とは、多様な子供たちが教育を受ける権利を保障するように教育システムを改善していくこと、と私は考えている。今の学校は読める・書ける主流の子供たちに適応しており、読めない・書けない子供たちにとっては公正な場となっていない。平等に教育を受けられるように改善しなければならない。
  • 単に障害を持つ子供も普通学級にいればよいというものではなく、合理的な配慮が必要であり、それを行って初めてインクルーシブ教育である。多様な子どもたちに必要な合理的な配慮を提供するためにデジタル教科書が利用できるではないか、と考えている。
  • WHOは1980年にICIDH(国際障害分類)を定めた。障害を医学的に直そうというので「医学モデル」と呼ばれている。これが2001年にICF(国際生活機能分類)に改正された。障害そのものだけでなく生活環境の全体像を捉え、生活環境も改善しようというのがICFの考え方である。社会の側、環境の側の問題を改善しようというので「社会モデル」と呼ばれている。
  • デジタル教科書を使うことによって参加できる子供たちがいるのではないか、活動できる子供たちがいるのではないか。そういう視点で考えよう、ということである。本を読めない子どもであれば、デジタル教科書を使って読み聞かせできる。紙の教科書時代の環境を改善できる。みんなが参加できる環境を整えれば障害はなくなるのである。

続いて鈴木氏が次のように発言した。

  • 最初に、デジタル教科書を活用したインクルーシブ教育について、光村図書出版で公開しているビデオを見ていただきたい
  • ビデオでは、書くのが苦手、読むのが苦手な子供たちがどのようにデジタル教科書を使うか紹介した。初めに物語を読む際に、紙の教科書を読む、デジタル教科書を読む、音声読み上げで聞く、を子供たちが選択すると1/3ずつにわかれる。教員がこの方法で読むようにと指定するのではなく、子供たちの選択に任せるというのが、教育方法について最も変化したことである。
  • デジタルを活用すれば、書く・読むだけでなく、聞く・話すも変化する。オンライン会議アプリのブレークアウトルーム機能を使って少人数のグループを作り、デジタル教科書のマイ黒板を子供たちが共有すると、子供たちの間で意見が交換されるようになる。

佐藤氏は次のように発言した。

  • 子どもたちが具体的にどこで躓いているのかが、デジタル教科書を使うことでわかってきた。
  • 紙の教科書では文節の途中に改行が入る場合があるが、それだけでつながりがわからなくなって混乱する子供がいた。一方、デジタル教科書は文節単位で読み上げるので、子供たちの学習が進む。聴覚過敏の子供も、イヤホンをつけて読み上げを聞けば、外部の音が遮断されるので集中できる。

講演終了後、次のような質疑があった。

自分に合ったフォントの選択について:
質問(Q):自分にとって読みやすいフォントが、それぞれの人にあることがわかってきた。デジタル教科書にフォント変更機能があれば、子供たち、とくに発達性ディスレキシアの子供の学習が進むのではないか。
回答(A):現行制度では、紙の教科書と同一に表示するようにという条件がデジタル教科書に課せられている。一方でデジタル教科書にはリフロー画面があり、こちらではフォントを三種類から選択できるようになっている。子供たちは自ら選択している。
A:フォントを変えることで読みやすさが変わるのは事実で、縦書き・横書きやテキストサイズも含めて、保健室で一部の生徒に対応し、支援している。
A:多くのフォントを載せるとコストがかかるが、より多くのフォントを選択できるデジタル教科書も今後出てくるかもしれない。

インクルーシブ教育の進め方について:
Q:インクルーシブ教育への理解増進はどのように進めるのか。
A:まずは議論する必要がある。障害のある子どもは学校を選択できないという現実の課題も含めて、インクルーシブ教育について学校現場で話をしていく、考えていく必要がある。
Q:障害をもつ子供にデジタル教科書は効果があるという講演だったが、通常の教科書でも問題ない子には何のメリットがあるのか、世間的にはあまり知られていないので話してほしい。
A:デジタル教科書にネガティブキャンペーンを張っている人たちがいる。しかし、デジタルでなければできない学びが多くある。情報発信を進める必要がある。東京学芸大学附属小金井小学校ICT部会が作成した、デジタル教科書の活用実践例を多数公開するYouTubeチャンネルを案内するのでご覧ください。
A:板書を書き写させたいのか、子供同士で議論させたいのか。子供たちに何を学ばせたいのかを起点に、デジタルも活用するようにしていけば、子供たちの選択肢は増え、「デジタルを強制された」と教員が受け止めることもなくなる。

インクルーシブ教育への対応の遅れについて:
Q:他国に比較してなぜわが国ではインクルーシブ教育の導入が遅れているのだろうか。
A:日本は一斉学習が多いので、支援をする子供がいると学習が進まないと不満が出たり、支援をすることによる不公平感(たとえば、パソコンを使って回答することで誤字が自動的に修正されるなど)を感じる場合がある。一斉学習から、協働学習や個別学習に転換していく必要がある。

ZOOMセミナー「DXとアクセシビリティ」 石川准障害者政策委員会委員長ほか

開催日時:12月5日月曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:山田 肇氏(ICPF理事長)
講演者:石川 准氏(障害者政策委員会委員長)

山田氏・石川氏の講演資料はこちらにあります。
山田氏・石川氏の講演ビデオ(一部)はこちらで視聴できます。

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • 障害者権利条約には第35条「締約国による報告」がある。日本に対する第1回定期審査は、2022年8月に国際連合障害者権利委員会で実施された。9月に公表された審査結果は、わが国にきびしく政策変更を求めるものとなった。
  • 「マラケシュ条約」の批准を含め、法制度整備の進展について前向きに評価するとしたうえで、審査結果は課題を列挙している。障害者を保護すべき存在とみなす父権主義の考え方が続いている、権利条約は「社会モデル」に基づいているにも関わらず「医学モデル」の考え方が続いている、身体的または精神的障害に基づく失格条項などの差別的な法的制限が続いている等が課題である。それに加えて、権利条約の外務省公定訳が不正確である点も批判された。例えば、公定訳は“accessibility”を「施設及びサービス等の利用の容易さ」と翻訳している。
  • 第9条「アクセシビリティ」について、政府のすべてのレベルで、生活のすべての領域を網羅するように、アクセシビリティ義務を調和させ、そこにユニバーサルデザイン基準を組み込む戦略がないとの指摘があった。障害者団体と緊密に連携し、行動計画を策定し、アクセシビリティ戦略を実施するようと勧告された。
  • 第8条「意識の向上」関連、第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」関連、第12条「法律の前にひとしく認められる権利」についても情報通信技術をいっそう利用する必要があるとの勧告があった。
  • 第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」では、ウェブサイト、テレビ、その他のメディア形式を含め、一般に提供される情報へのアクセシビリティを確保するために、あらゆるレベルで法的拘束力のある情報コミュニケーションの基準を策定するように勧告された。産業標準化法(JIS法)は、国及び地方公共団体に「尊重」するように求める(第69条)だけで、法的拘束力はない。議員立法「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」も法的拘束力はない。この点が批判されたわけだ。
  • 第29条「政治的及び公的活動への参加」では、「すべての人に選挙放送や選挙運動等の選挙関連情報に関する便宜を提供し、投票手順、施設、および資料が障害を持つすべての人にとって適切で、アクセスしやすく、理解しやすく、使いやすいものであることを保証するように、公職選挙法を改正するよう勧告する」とされた。障害者が公職選挙に平等に関わるようにすることで、障害者の権利に対する政治の理解が深まり、情報アクセシビリティへの法的拘束力の付与などに進む可能性があるのではないだろうか。

続いて、石川氏が次のように講演した。

  • 情報アクセシビリティは政策の空白地帯である。第一の理由は、情報アクセシビリティに関わるコンパクトな個別施策は多数あるが、根本的な施策がない点。個別施策には、放送に字幕や音声解説を付与することを促す放送法の努力規定に基づく施策、行政のホームページのアクセシビリティを促す「みんなの公共サイト運用ガイドラインの策定」、読書アクセシビリティ法に基づいて、音訳図書・点字図書のオンライン図書館を財政的に支援する施策
  • 障害者自立支援機器開発等促進支援事業等がある。一方で、民間事業者のオンラインストア、オンラインサービス、モバイルアプリのアクセシビリティ対応を義務づける法制度は未整備であり、情報通信機器・サービスを公共調達する際に、障害のある職員や障害のある市民も同等に使えるように、アクセシビリティへの対応を要件とするように、調達側に義務を課す法制度は未整備である。
  • この点、欧米諸国は先に進んでいる。これが、空白地帯と呼ぶもう一つの理由である。米国は早くも1990年に包括的な障害者差別禁止法である「障害を持つ米国人法(ADA)」を制定し、公共機関と民間事業者のいずれに対しても、障害を理由に差別することを禁止し、障害者への障壁を除去するための合理的調整、合理的配慮の提供を義務づけた。これを起点として、過重な負担でないにも関わらず障壁を除去しないこともまた障害者への差別に当たるとする考え方が、欧州などにも波及していった。この考え方は2006年に採択された国連障害者権利条約においても根幹に置かれることになる。
  • 米国でADAが制定された1990年はまだインターネットのない時代である。しかし、1990年代後半以降急速にインターネットが普及し、店舗は物理的なものには限らなくなり、オンラインストアなどのウェブサイトへのアクセスが新たなソフト面の障壁として経験されるようになった。オンライン店舗の障壁も障害を持つアメリカ人法の対象になるという司法省の解釈が示され、またいくつかの訴訟でも同様の司法判断が示された。こうして一つの包括的な障害者差別禁止法によって、ハード面・ソフト面の障壁を取り除こうとする社会的な流れができていくことになった。
  • さらに、米国は障害を持つアメリカ人法の制定後の1998年にはリハビリテーション法508条を改正し、連邦政府と連邦政府から補助金を受ける機関に、アクセシビリティに対応した機器を優先的に調達するように義務づけた。このリハ法508条は、民間企業のアクセシビリティへの投資を間接的に誘導する効果を果たした。Apple, Google, Amazon, Microsoftなどの電子情報通信企業はスマートホン、タブレット、PCなどの情報機器に搭載された自社のファームウェアやシステムソフトウェアにアクセシビリティ機能を標準搭載するようになり、日本の障害者も、米国やEUなどが行ってきた情報アクセシビリティ法制により、労せずしてスマートホンやPCなどの情報機器を使うことのできる環境が実現してきた。
  • 一方、国内で開発されたウェブアプリとか業務アプリ、モバイルアプリについては、国の情報アクセシビリティ施策の遅れがアクセシビリティ対応の遅れをもたらしている。
  • 物理的な環境設計において多様性への対応は簡単ではない。同じ物理環境を多様な人々が同時に使うので、両立できないこともある。折り合いをつけていくことが必要になる。ユニバーサルデザインを追求しつつ、個々の特性に応じて設備を追加していくことも必要になる。情報障壁は、よほど対応しやすい。利用者の多様性に応じて情報提示の方法を変更できればいいだけなのだから、あちらを立てればこちらが立たないという類いの問題はない。ソフトウェアは名前の通り柔らかいもので、利用者によって形を変えることはなんでもない。
  • 情報障壁は人の多様性に対応したデータやソフトウェアの柔軟設計により解消できるが、データやソフトウェアの柔軟性は、ルールを合意して開発する側がそのルールを守ることにより実現する。それが規格である。規格が乱立していたり、独自規格で開発を進めたりしていると、人の多様性への対応には限界がある。ここに政策の出番がある。アクセシビリティのための国際規格は、ウェブサイトの設計でも、電子書籍のデータ形式などでも策定されている。これに準拠するように政策的に求めていくのがよい。

講演後、次のような質疑があった。

公共調達での義務化について
質問(Q):98年のリハ法508条改正で重要なのは、行政機関における「優先調達」ではなく、「強制法規」という点ではないか。
山田回答(AY):その通り。欧州アクセシビリティ法でも、公共調達だけではなくて民生品についても、アクティビティ基準を満たさない製品を製造・販売・輸入等した場合には処罰されるようになっている。
Q:日本の30年遅れという状態を、少しでも変えられると思われますか。
石川回答(AI):アメリカの障害者運動に比べて、日本の障害者運動は情報アクセシビリティという点で弱かった。情報アクセシビリティについては、障害者の側も受身だった。これを突破する必要がある。
AY:数日前に小金井市議会の補欠選挙で、脳性麻痺の方が当選された。このように、障害者が政治に参加することで動いていく可能性がある。「公共調達も義務化すべきだ」と障害者が自分たちの声を上げるのがよい。

情報アクセシビリティについて
Q:米国でも、身体障害から始まって、知的、精神という形で広がっていったと理解してよいのか。
AY:その通りである。ウェブ等の技術基準も身体障害への対応だけから知的障害等も含むように拡張されている。
AI:リハ法は元々傷痍軍人の社会復帰のための法律だが、これでも身体障害から始まり、PTSDなどが考慮されるようになった。
Q:障害者に対応する、あるいはその親に対応する際、自治体にはインターネットを利用するという意識が低かったと、今日の話を聞いて感じたが。
AY:ネットにうまく対応できないと今は生活できないので、ネットのアクセシビリティをきちんと確保していく必要がある。そうすれば、障害者対応にネットが活用できる。
Q:DXは「新しい価値や発見をする」ものと認識している。DXにおいても、アクセシビリティが大事ということは、今まで利用できなかったものが利用できるようになって新しい発見があるということか。
AI:アクセシビリティは基本的な人権である。
AY:一例をあげる。アクセシビリティに対応することで、障害者や高齢者の就労が容易化され、社会が活性化するという利益が生まれていく。
Q:情報アクセシビリティは、スティグマや私的攻撃を助長しないのか。
AI:世の中は多様な人たちからできている。という点を深く理解しなければならない。障害者権利条約の文脈では、障害者は他の人と対等に扱われるべきである。障害についての理解啓発を深いレベルでしていかないと、うまくいかないと考える。

情報アクセシビリティと著作権法について
Q:アクセシビリティの確保は著作権法と矛盾しないのか。
AY:視覚障害者の利用や聴覚障害者の利用については、著作者の権利行使の対象から除外するという規定が著作権法にある。
Q:インターネットで提供しても大丈夫か。
AI:アクセシビリティは人権に関わり、著作権法は財産に関わるので、基本的には人権が優先されるはずだが、個々にきちんと分析しないと何をしても大丈夫とは言えない。しかし、可読性を高めた著作物をインターネットで提供することは、電子図書館などすでに事例がある。
コメント(C):日本映画にも字幕が付いたものが増えてきたし、字幕付きで上映しても映画館は満席になる。字幕を義務化する方向に動いて欲しい。

ZOOMセミナー「DXを阻む壁:マイナンバーの呪い」 榎並利博行政システム株式会社・行政システム総研顧問

開催日時:11月15日火曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:榎並利博氏(行政システム株式会社・行政システム総研顧問)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

榎並氏の講演資料はこちらにあります。
榎並氏の講演動画(一部)はこちらにあります。

冒頭、榎並氏は次のように講演した。

  • 諸外国では番号は秘密ではないとされ、氏名や住所と同じように様々な行政サービスで利用されている。これに対して、わが国には「番号は秘密だ」という空気が蔓延し、氏名や住所とは異なる特別大事なものとして扱われている。それが原因で日本のデジタル社会は一向に進展しない。「番号は秘密だ」が「マイナンバーの呪い」である。
  • マイナンバーが秘密とされたのは失敗政策の積み上げの結果である。非課税貯蓄の仮名口座を防止するためグリーン・カードを導入しようとしたが挫折した。住民管理のため自治体が番号制度を求め住基ネット(住民票コード)が導入されたが、国は「自治体からの要請で実現したもの」と逃げの一手を取り、大きな混乱が起きた。住基カードには住民票コードを記載していないので、自分の番号がわからないという致命的な問題があった。顔写真もないので身元も確認できなかった。
  • その後、失われた年金問題が起きた。個人を特定できる番号を使わなかったことが招いた問題だった。これがきっかけになって、再び番号制の議論が起きた。マイナンバー制度は、「番号は秘密」という呪いを解く大きな機会だった。政権が民主党に交代したことで、まっとうな番号制度が実現すると期待された。しかし、呪いを残したままマイナンバーは制度設計された。カードの交付時に番号をマスキングするケースを配布したことで、「番号は見られただけで危険!」という呪いが復活した。マイナンバー法の除外規定「生命、身体、財産の保護」にも関わらず、大災害が起きてもマイナンバーは使わないままになっている。
  • 呪いはマイナンバーカードに引き継がれた。カードには番号を記載、顔写真も貼付されているが、マイナンバーカードが提供する電子証明書には基本情報だけでマイナンバーはない。マイナンバーカードで番号は目視できるが、デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーは電子的に証明できない。
  • マイナンバーカードが提供するのは電子証明書のシリアル番号だが、シリアル番号は5年で失効し別の番号に代わる。マイナンバーとは別にシリアル番号を使い、しかも、時々変わる変な番号で、個人を特定するのは難しい。それが原因で様々な問題が起きている。ネットで特別給付金を申請しても本人確認ができなかった。「マイナポイント2万円分ゲット!」と勇ましく宣伝しているが、マイナポイントの二重付与が起きた。
  • 「マイナンバーカードを健康保険証に」と政府は動いているが、問題の発生が予期できる。個人単位の被保険者番号は、保険者が変わると変わる番号である。電子証明書のシリアル番号は5年ごとに変わる。コロコロ変わる二つの番号で紐づけしているので、運用ミスは容易に想定できる。自分の医療記録がない、他人の医療記録が結合されている、という恐ろしい事態が予測される。
  • 一部の行政情報はマイナンバーで紐づけできるが、連携のためには連携用符号を生成し、機関別符号に変換するという面倒な手間がかかる。マイナポータルにはこれとは別に開示システム用符号があり、行政が特定の個人の情報にアクセスしたログは情報提供等記録用符号で記録されている。デジタルに詳しくない人々が制度設計し、それをエンジニアが無理やり実装するからこんな問題が起きている。制度設計にエンジニアを入れるべきだ。
  • 呪いを解くには「番号は秘密じゃない」という呪文を皆で唱えるしかない。皆で呪文を唱えられる環境を構築することが必要で、マイナンバー制度は抜本的に再構築するのがよい。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。マイナンバーを氏名等通常の個人情報の扱いにし、マイナンバーの利用範囲はブラックリスト方式で決める。マイナンバーカードに住所を記載する必要はない。住所は住基ネットで取得できるからだ。電子証明書のシリアル番号はIDとして使わず、個人を特定するIDはマイナンバーに一本化する。
  • マイナンバーを国家権力が恣意的に使い始めたらどうなるのか、という懸念を持つことは健全である。「マイナンバーを使わない」のではなく、デジタルの力を使って、どのように権力を統制していくかを考える必要がある。
  • 人権の考え方は、もともと「国家からの自由」を意味する自由権が中心であった。しかし行き過ぎた自由主義への懸念から、国家による経済生活への関与や利害調整、病気等による社会的弱者に対する救済が期待されるようになった。そして、生存権など社会福祉的な権利も人権であるという「国家による自由」 を意味する社会権が加わった。
  • わが国は社会権を重視する国家である。社会権を守るために情報を使えという考えに立つのであれば、国民には政府を監視する責任が生まれる。国民による管理・監督が可能で透明性が確保される制度と、国民がデジタルを使って政府を監視できる仕組み(技術)を築いていくのがよい。マイナポータルを使って機関間における連携実績(やりとり履歴)と、各行政機関が保有する個人情報(わたしの情報)が確認できるようにする。権力による改ざんを防ぐため、これらの情報やアクセスログなどは分散台帳で管理するといった仕組みが必要で、新制度を実現するために立法府の役割は大きい。

講演後、次のような質疑があった。

Q(質問):政府が恣意的な運用をしない監視は必要だが、政府は無機物ではなく人が動かしている。今の行政職員は上司の指示があれば平気で恣意的な運用をするような人々なのだろうか。それほど強い監視は必要なのではないか。また、政府が信用できない、という人がいるが、行政職員が信用できないといっているということに気付いているのだろうか。
A(回答):権力は必ず腐敗するという懸念を持っている人がいる。確かにその恐れがないわけではない。今の行政職員にモラルがないといっているのではないが、監視するための制度を作り、技術を用意しておく必要がある。なお、政府は信用できないという人は、政府は民主主義に基づいて我々が作ったことを思い出すべきだ。
Q:マイナンバーを広く利用するというのは正しいが、民間も利用できるようにするのがよいと考えているのか。政府は広く利用する方向に傾いているように見えるが、民間が広く利用すると、その人の生活や行動が民間企業にすべて把握されてしまう恐れがある。
A:個人を特定してサービスを提供し、納税してもらう行政という分野では、マイナンバーを広く利用するのがよい。一方、マイナンバーが法的強制力のあるものであるのに対し、民間のIDはあくまで取引のためのID(極端に言えばお金を払ってくれるなら誰でもよい本人特定は不要の番号)であるから、民間利用は制限する必要がある。生活や行動がすべて把握されるという事態はおっしゃる通り避けるべきだ。ただ、犯罪に絡む場合にはマイナンバーと紐づけする必要がある。例えば、預金口座の紐づけはマネーロンダリング防止のために必要である。携帯電話も悪用されないように、マイナンバーに紐づけしておくのがよい。民間での利用は法律によって、今説明したように犯罪予防等に限定すべきである。
Q:住基カードがあり、マイナンバーがあり、さらに、全面的に見直して新番号にしたとしても、番号制度によって提供される利便について国民にきちんと説明し理解が得られない限り、番号は普及しないのではないか。
A:利便について政府の説明は不足している。たとえば保険証だが、高額医療制度の適用が容易になる。預金口座にマイナンバーを紐づけしておけば、激甚災害に被災しても、マイナンバーさえ確認できれば口座から引き出しができる。そんな利便についてていねいな説明が必要であるが、今は不足している。
Q:デジタル庁といっても、それぞれの部署が縦割りで業務を担当している。全体を見ていない。何でもかんでもマイナンバーを使おう、何でもかんでもマイナポータルを使おうと、自分の業務の中でできることの宣伝をしているに過ぎない。国民目線でどんな利便が生まれるか全体を把握して語ることが少なすぎる。この点が大きな問題ではないか。
A:その通りである。全体としてどんな利便が提供できるかを考えるのが重要だが、しがらみから妥協、妥協で進んで今に至っている。オーストリアのように、きちんとしたエンジニアが参加して責任をもって根幹部分を設計し直し、国民の利便を高める必要がある。
C(コメント):呪いが解けていく可能性はある。例えば、国民の主体が会社員であれば、社会保障の手続きは会社任せにすればよいので、マイナンバーの利便は感じられない。フリーランスが主流になっていけば、手続きは自分で行わざるを得ないので、マイナンバーの利便も感じられるようになるし、改善への意見も出てくるだろう。
Q:デジタルがわからない政治家とデジタルがわからない行政が妥協して、その後にシステム化が命じられる。それではだめだ。しっかし、全体をマネジメントできる人が必要ではないか。
A:法律を作るときにはエンジニアを参加させるべきだ。それによって、デジタルが使える法律が生まれ、国民が使えるシステムになっていく。在留外国人の登録などは、エンジニアが初期から参加した成功事例である。
Q:政治家の中にデジタルが理解できる人が生まれてきている点は、今後への期待ではないだろうか。
A:同意する。
Q:スマートフォンで二段階認証を行う仕組みが広がっている。スマートフォンが広く利用されている時代に、マイナンバーのカードが必要なのか。
A:携帯電話番号はコロコロ変わる恐れがある。本人確認にはマイナンバーを用いるのがよい。マイナンバーをスマートフォンに搭載して利用するという方向になって、利用が進んでいくと考えている。