情報流通を促進して既存産業を効率化するであるとか、既存産業に新しい流通チャンネルを与えるであるといった枠を超えて、情報通信が新ビジネスを拓く可能性に関心が集まっています。流行語化しているクラウドやビッグデータも、まさに新ビジネスを拓く可能性が期待されています。
そんな折、経済産業省は「IT融合」を標榜して新施策を動かし始めました。そこで、秋季セミナーシリーズ「情報通信が拓く新ビジネス」の第1回は、この「IT融合」をけん引する佐脇紀代志氏に講演いただくことにしました。皆様のご来場をお待ちします。
日時:10月24日水曜日 午後6時30分から
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館 5201教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師;経済産業省商務情報政策局情報経済課長 佐脇紀代志氏
佐脇紀代志氏の講演(講演資料はこちら)の後、次のような質疑があった。
個人データに対する考え方
Q:産業育成することはありがたいことであるが、20年も経済が伸びないということは、そこに取り除かないといけないものがあるということ。2点ある。第一は、会社のトップが「ITが分からない」こと。引退してもらわないといけないと思うが、どう促進すればよいのか? 第二は、個人データとプライバシーの扱いについて。これはアメリカ的に行くべきだと考える(客体であるデータの利用について、主体である人間が意思表示すれば良い)。これに対して、ヨーロッパは基本的人権重視である。日本はアメリカ寄りに立つと意思表示してほしい。どう考えるか?
A:第一に対しては、CIO(chief information officer)を置くようにしろという政策を進めてきた。会社のしかるべき層に情報がわかる人がいてほしいという考えだ。現場にいる人間としては、IT、というよりは世の中を観察する様々なツールを信じる人と信じない人がいて、信じない人があまりにも多すぎると感じる。政策を立案するプロセスでも、何が事実かよくわからないということがある。トップだけでなく他の人たちも情報システムについて考えてほしい。
第二に対しては、質問者のとおりだが、アメリカは見せ方がうまい。「消費者の権利を守っています」といって外見上のヨーロッパとの距離感を縮める演出ができている。しかし、日本では困ったことにヨーロッパ型の意見を言う人の発進力が強すぎて、最近は、個人の意思はともかく、ある分野については絶対的に保護しなければならない領域があるという議論も出てきている。もう少し冷静に議論しなければならない。
ソーシャルメディアなどの広がりによって、どのようにデータをシェアすればいいか、その仕方がおぼろげに見えてきた。どこまで保護すれば良いかということも、ある程度色分けできそうになってきた。ヨーロッパ的な権利保護だけを整備するのではなく色々やっていきたいが、そのためにはアメリカ流のうまい演出もしなければならない。
Q:個人情報については、「個人情報が把握されるからダメ」という人がいるが、そこで止まっていてはだめだと思う。利用者としても自覚をもっていろいろなサービスを使い分けられるようにする教育が必要ではないか。
A:おっしゃるとおりだが、その際、我々が直面しないといけないのはパターナリスティックの発想。消費者にとって選びやすい選択肢を提供することが必要である。現状で残念なのは、軽はずみに個人情報を把握するサービスを提供してしまう事業者が出て、センセーショナルに取り上げられること。不用意な事業者のアクションが冷静な議論を止めてしまうこともあるので、良識をもって行動してほしい。
日本の個人情報保護法はしばしば誤解されているが、実は、データはどんどん取っていいことになっている。その代わりそれを問題なく使いこなす、漏洩させないための枠組みを企業がちゃんと持っているか、整えているか、という点を重視する制度なのである。しかし、データが第三者に流れるリスクを考えると、ある程度、データ取る範囲を自制する必要もある。取ったデータを目的外に流用することも増えてきており、法の有効性が問題視されている。
C:ビジネスやったことがない人が学者をやっているのだから、話にならない。個人データを使ってビジネスをやりたいというのが第一で、どう気をつけるかが第二。第二しか知らない学者がいて、それを官庁がいいように利用してきた、という責任もある。
公共データの活用
そもそも官庁が収集する公共データは誰のものか。国民が提供したものであり、国民が共有することが前提になるべきではないか。防衛などを除きすべて公開するべき、という意見をどう思うか?
A:行政側に立ってみると、いくつかの転換期があったと思う。ひとつは情報管理という観点から、データを見る人は限定されるべき、と信じていた時代。法律・規制的な権限を背景に集めた情報を、税金で集めたからといって、むやみやたらに使って良いのかという考えがあった。
その後、情報公開法の制定で転換があり、絶対的な機密以外は基本的に公開しなければならなくなった。そうなると、ある法律・規制に基づいて企業からとったデータも原則としてオープンにするということになるが、情報を提供している企業はそういう風にオープンになるとは思っていなかった。提供した企業と一般国民の関係で行政情報がどう扱われるべきかという点で異なる認識があった。
そして、国民の財産という考えが出てきた。政府の意思決定に利用された情報を公開して、様々な議論を活性化させた方がいいという考えもある。しかし、目的外利用されることが気持ち悪く感じることもある。情報公開の方針変更について、今後、調整していかなければならない。
Q:例えば、飲食店の食品衛生免許のデータを企業に渡せば、ナビ情報が充実して利便性が上がる。しかし、実際にはナビ情報企業が社員を総動員して歩き回ってデータを集めている。渡せばそういうことをする必要もなくなり、利便性も上がる。
A:その通り。ただ、そのナビ情報企業が今までのやり方を競争力の源泉としてがんばっていた場合、事業者生命を絶ってしまう。どこまで許されるのか、議論が必要なのだが、なかなか各省が踏み込めない高いハードルである。
C:マイナンバーに関係して自治体の人と議論になったのだが、例えば一人親について。離婚届を出したことが別の部署に回って、それについて支援制度がありますよというサービスをプッシュするシステムを作るとする。ひょっとしたら、それで助かる人もいるけど反感を持つ人もいる。情報を目的外に使うということには、ジレンマがある。
A:どうすればそういうバリアを乗り越えられるかは難しい。事前同意を取ることが必ず正しいのか、常識的なのかという議論になったりする。同じような問題が、いろいろな事業モデルで出ている。
Q:誰もが納得するケースだと思うが、母親が亡くなった時に銀行口座を整理した後に、クレジットカードの更新カードが届いて、カード会社に電話して「なぜ送ってきたのか」尋ねたら「周期がきたので」と言われ、「死亡で口座が消滅しているのを(情報を)結合しないのか」と尋ねたら「しません」と言う。工夫をすればできることはもっとたくさんあると思う。
A:多くの人がそう思うでしょう。私自身は、そういうことはやってみないとわからない、という点があって、政府はサポートするので、事業者にはいろいろトライをしてほしい、と考えている。あらかじめすべてのケースで答えを決めておくことは難しいのだから。
C:カード会社を含め、金融機関にコストの意識が足りないのだと思う。株なんか、十往復ぐらいしないと相続できない。リエンジニアリングとずいぶん前に言ったのにもかかわらず、やっていないのではないか。
C:コンプライアンスに関する意識が強いから、共有しないのではないか。
C:そうではないと思う。相続事務センターなんてものを作っているくせに、「相続する株が今いくらか」ということを尋ねると、「それは営業所に行って聞いてくれ」という。
C:ネット銀行とかネット証券などは、本人が死ぬとがアクセスできなくなる。今の高齢者はまだリアルな銀行に預けているのでわかるが、すべてネットになったら口座番号も暗証番号も誰もわからなくなる。
A:新しい時代における「信頼」の拠点(かたまり)を作り直さなければいけないと思う。相続事務センターなんかが総括的に管理してもほとんどの人は納得すると思うし、顧客のコストも大きく減るのだから。
C:情報を扱うときに、ある程度の金額であれば簡素な手続きにするとか、官庁の持つデータに賞味期限(時効とか公開時期とか)を設定して公開できるようにすれば良い。日本の問題は政策の立案過程の情報が全く出てこないことで、それが国ベースの競争の際に弱点になっている。ある程度時間が来たら、公開しても問題無いという理解が足りない。
データの囲い込みと流通について
Q:民間には、なるべくデータを流通させるという考えと、囲い込んだ方が良いという考えがある。省で施策を立案する際に、どういう風に議論されているか?
A:出したい人のための環境作りが必要と考える。これは出した方が良い、出さない方が良いということを議論する立場にはないが、流通をする際のルールや必要な役割については考えていきたい。
Q:データを利用する場(仕組み)を官庁で作って、集め方、使い方は利用者(事業者)に任せるということか?
A:そう。いろいろなデータを使えた方が様々なサービスが生まれると思うが、どういう使い方をするかは事業者が考えればいい。
Q:囲い込み・開放について考えがあるのか。
A:流通=公開だとは思っていない。どういうデータを持っていて、どういうコラボレーションができるか。今は情報把握の段階。
あるデータを第三者が使いたいというときに、どういうビジネスモデルがあって、どれくらいの対価でビジネスが成立するか。その際、事前にどういうことを決めておかなければいけないのか、事後の対応についてどういうことをすればいいのか。これくらいの処理をしておけば大丈夫というスタンダードを示すだけでも、経済活性化につながるのではないかと考えている。
あるいはデータブローカーのような人たちが出てくるかもしれない。その人は社会から相当の信頼を確保しなければできないが、その人のところにデータのカタログを持たせて、それをベースに斡旋するとかいうモデルも生まれるかもしれない。
色々な可能性があるが、それを成り立たせるためにはどのようなルールがあるのかということを考えている。
Q:意図しないデータ利用についてのルール整備についてはどうなっているのか。
A便利なサービスを受けることと、意図しないデータ利用がトレードオフになっていて、どのあたりがいいかというのは、社会全体でケースをためて学んでいくしかない。そこの手伝いができればと思う。
C:個人情報やプライバシーの問題で、公共情報を出すか出さないかというだけではない。安全保障・個人財産の問題もある。異なる価値がコンフリクトするケースは多様にある。例えば、ハザードマップは今ではすぐメッシュデータが出てくるが、20年前では不動産価値に影響がでるということで行政が控えていた。今は「最後の」価値下落を防ぐために、あらかじめ情報を出しておくという考え方が主流になり、社会通念が変わって価値観の境界線がシフトした。しかし、そこに至るまでの過程には社会の学びの期間があって、時間がかかっていた。
今は情報公開法の世界で、申請があれば出す。基本はクローズになっていて、ノックがあれば開くというようなシステムになっている。ノックがなくても開けてしまう、個別に明けるべきか判断するべきではない、という行政のプロセスを精緻化していくべきではないか。
私は「Open by Default」派であるが、ち密に見ていけば必ず不利益を被る人がいるわけで、それを無視するのは乱暴な議論である。だとすると原則「Open by Default」でありながら、個々の議論については、コンフリクトを起こす価値を持っている人、集団同士がしっかりと議論するということを社会的なルールとしてきちんと決めるということが必要なのではないか。相続の民間と銀行の議論だが、ケースが増えてきて、被る不利益について社会的に重視されるようになれば、世の中全体の利益のためにはやるべきだ、という方向にルールがシフトすると思うので、今クローズドになっているデータについては、取る側がもっと声を上げるべきではないか、という気がしている。
A:その場合、イシュー化する労力をだれかが取らなければならない。そのリスクを払ってくれる人、声を上げてくれる人がいないと議論が進まない。それが悩みの種。
C:それこそ大学とか市民団体とか、そういうニュートラルなところの出番だと思う。
Q:OECDの会議で、日本は高齢化が進んでいるので高齢化社会で成り立つようなビジネスモデル、ITの活用方法を最初に出せるのではないかという意見があったが、実際にやるには規制が多すぎて難しい。むしろ、規制の少ない発展途上国の方が先行するのではないかという議論もある。そういう国に日本企業が進出して、日本でできないことをやることもあり得るのではないか。
A:あり得ると思う。医療関係やスマートメーター、スマートグリッドなどは震災前は日本で出来なくて海外でやっていた。おっしゃるとおり、悲しいことだがそういうことはある。
このままだと、他のマーケットもテクノロジーも海外に先行されてしまう。規制にかかわることをやろうとすると、それをやっても大丈夫か検討しなさい、ベネフィットはどうか、とかいわれるが、それはやってみないとわからないことで、国内で国民がよいサービスを受けることができなくなるということがあるかもしれない。
Q:逆に言うと日本ほど制約・ハードルが高い国はないので、これをクリアして製品化できれば圧倒的な競争力があるのでは(笑)
IT融合のプロジェクト支援について
Q:先ほど、プロジェクト支援の報道発表があるという話があったが。
A:NEDOが提案を受け付けて、「都市交通」「ヘルスケア」「農業」の分野で助成をすることになっている。明日(25日)の2時に発表する。IT融合的な事業を支援対象とし、5年間支援する。
Q;そういうことを政府がやってしばしば失敗するのは、成果を出して、報告書を出すが、報告書だけ残って、実証したものは使われなくなってしまうこと。そして、ほとんどそっくりの新プロジェクトが始まるのだが、別の場所で同じ事やっているにすぎない。いかにして継続して、ビジネスに成長していくか、というのがとても大事だと思う。今回募集した中で、実際にやってみたら、制度・法律の壁によってできないことが出てくる可能性があると思うが、それをどう解決していくのか。
A:そのあたりの課題を議論する場を作ろうと思っているし、その際に出てきた問題については議論して、規制緩和を考えていく。
Q:特区みたいなものか。
A:特区に馴染むものもあると思うが、そういうことも含めて、議論していく。