セミナー「医療DXに求められる規制改革」 落合孝文弁護士

開催日時:7月21日水曜日午後7時から8時30分
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:落合孝文氏(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、落合氏は資料「医療情報利用の基盤整備について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • 医療・健康情報は効率的・効果的な医療・健康サービスを個人が享受するために利用されるが、本人のための情報利用、医療・健康産業における研究開発、政府・自治体のエビデンスに基づいた政策形成という三つの視点を持つ必要がある。
  • 2020年に内閣官房から「諸外国の医療情報基盤制度」の委託調査を受けた。その結果について紹介する。フィンランドでは社会保険庁(KELA)が中心的な役割を担い、「My KanTa」を通じて患者データリポジトリや電子処方サービス内に格納されている自身に関する電子健康記録(EHR)を閲覧でき、また、リビングウィルや臓器提供の意思表示等も記録できるようになっている。また「FinData」によって、匿名データが研究開発等に二次活用できる。そのために、社会保険ケアサービスにおけるクライアント・データの電子処理に関する法律、電子処方箋に関する法律、バイオバンク法などを整備してきた。
  • 英国では、保険社会福祉省(NHS)のデジタル関連の組織が「spine」というシステムを用意しているが、EHRはかかりつけ医(GP)が保有するもののうち必要な部分が、spineを通じて情報連携できる仕組みになっている。二次データについても利活用できるようになっている。人口も日本の半分と、フィンランドよりも日本に近いので基盤整備の参考になるだろう。台湾では介護が社会保険に組み入れられており、この点が日本に近い。それによって医療と介護の情報連携が図られるようになっている。
  • わが国では、患者が自らの医療情報を閲覧、利用する機会が十分に確保されていない。欧州各国はGDPRで規定されるデータポータビリティのみならず、他の医療関連法規において医療情報に関する患者の権限が定められていることがある。一方で、わが国は医療機関間の連携により実施がしやすい枠組みであり、諸外国より情報が豊富とも思われるものとして、検診情報を個人健康記録(PHR)として抽出し利用できるようにしようと動きだした。本年には「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」が取りまとめられ、民間事業者がマイナポータルを通じてPHRを収集できるというようになった。なお、個人情報保護法改正で開示請求権のデジタル化も規定されており、医療分野ではないが個人の情報アクセスの権限は強化されつつある。
  • 同意の問題も解決する必要がある。患者が高度な判断をするのはむずかしいということで、医療情報基本法の素案作成過程では、外部機関による審査制度も検討されている。一方で、情報銀行に関するわかりやすい同意取得と個人のコントローラビリティ向上を目指した仕組みも参考になるだろう。
  • 民間事業者によるPHRサービスでは、事業者間でデータを移行できるポータビリティなども焦点の一つで、今後も議論が必要である。銀行業では、フィンテックのため、APIを公開してデータ連携が130以上の銀行が行うに至った。同様にPHRサービスでもAPI公開は一案であるものの、ポータビリティを実現するにはダウンロードなど他にもいくつもの方式があり、現実的な方法による実現に向けて検討を進めるべきである。
  • ヘルスケア領域では、同意なしで個人情報・データを利用することによって、大きな公共的価値を生み出すことができる場合がある。世界経済フォーラムでは、Authorized Public Purpose Access(社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス)の提案も行われている。
  • 近時の政策では、同意を基調として本人のコントローラビリティを高める方向で情報利用のスキームを整備しており、これを踏まえたルールを整備する必要がある。同時に、コロナ対策における感染症法や救急医療の場合の情報連携についてはすでに運用をされる場合があるが、同意なく情報利活用を行える範囲が不明確で躊躇が生じており明確化が必要になっている。位置情報、ゲノム情報等について、公的機関等の利用やその条件を明確化することも考えられる。
  • 医療情報システムについては、網羅的に公の特定のデータベースに集約する、特定の事業者が集約するというモデルではなく、基本的には個人の同意等の適切なガバナンス・連携の枠組みを整備し、情報利用をできるようにすることが重要である。また、医療、介護、健康に関する情報利活用の全体について司令塔となる組織が必要であり、デジタル庁の内部ないし政府内の本部組織等の整備が必要と考える。

次に、落合氏は資料「オンライン診療の規制改革について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • オンライン診療については、医師法の規定そのものではなく、医師法の解釈が問題である。その他、医療法や薬機法、さらには健康保険法が定める診療報酬制度が壁になっている。
  • 厚生労働省による医師法の解釈で、1997年の初期の通知以降しばらくはオンライン診療は離島へき地等に限定されていると解釈されていたが、離島へき地等は例示に過ぎない2015年に解釈の明確化がされ、2020年には、コロナ禍もあって、本格化に動き出した。解釈変更で動くため、医師法に関する法改正は必要ないという領域である。
  • オンライン診療指針では、医薬品の不適切な処方の防止に関する定めがされている。また、「オンライン診療は、文字、写真及び録画動画のみのやりとりで完結してはならない。」と定められている。患者が医療の提供を受ける場所は居宅等に限定されるが、患者の勤務する職場等も居宅等に該当することが明確化された。セキュリティについては無理のない規定となっている。
  • 診療報酬制度では、オンライン診療料が2018年に規定された。2020年には、情報通信機器を用いた診療を一層促進する方向に改正されている。オンライン服薬指導についても、2019年薬機法改正でテレビ電話等を用いて実施できることになった。
  • 処方箋は、2016年に電子的に作成・保存できるようになっている。しかし、紙媒体による引換証を必要とするなど中途半端で2019年に見直しされたが、HPKIの利用要件等で現実的に利用が進んでいない。2023年から電子処方箋の整備がさらに実施される予定であるがまだまだ課題がある。
  • コロナ禍でオンライン診療についての旧来のルールに見直しがかかった。2020年2月には慢性疾患患者に対する電話等による処方が認められ、そのほかにも特例措置が定められた。特例に沿って診療が実施されているが、ネットよりも電話の利用が多いなど、まだ、問題は残っている。オンライン服薬指導も2020年の資料では全体の5%前後に止まっている。
  • 今後の改善の方向は次のとおりである。オンライン診療の普及を妨げる低い診療報酬を改める必要がある。対象を一部の疾患に限定してきたが、特例措置で拡大しており、これを恒久化するのがよい。過去の受診がある場合や、検診情報等を医師が確認できる場合には、初診からオンライン診療を認める方向で議論がされている。

講演の後、以下のような質疑があった。

医療情報連携の促進について
Q(質問):EHRもPHRも医療記録がデジタル化されているのが前提だが、わが国では診療所への電子カルテの普及率が著しく低い。これを改善しないと、EHRやPHRは絵に描いた餅に終わるのではないか。
A(回答):一元的に集めるのか、それとも、対応できる一部が取り組めばよいのかという議論がある。講演で言及した民間のPHR事業者というのは、医療機関との連携がなくても収集できる情報から始めようという発想である。ただ、コロナ禍で保健所のシステムなどもバラバラで連携できないという問題が露呈した。そもそもデータ連携が必要という認識がなかったから、データ連携自体が行いやすいシステム設計や、それの基になる標準化に取り組んで来なかった。これは改善すべきポイントである。
Q:欧州には個人情報保護の厳格な基準としてGDPRがあるのに、医療データの連携が進んできたのはなぜか。
A:GDPRはデータの保護を求めるが、データを使うなということではない。フィンランドなどでは政府に対する国民の信頼があり、医療データ連携についての抵抗感は少ないし、データ連携によって政策目的が達成されるということが国民に理解されている。また、医療データ連携について、不適切に個人情報を利用しないような法制度やガバナンスの仕組みを一つひとつ設けているという点も理解する必要がある。
Q:個人情報の保護よりも生命の保護が優先されるべきである。それが理解できれば、公益目的のデータアクセスも許容されるようになる。欧州は、生命の保護が優先されるという点について理解が進んでいるのではないか。
A:その通りであるが、情報を利用できるというだけでは不十分で、ガバナンス、つまりきちんと利用できる範囲を法律に定めることや、一定の規律に基づく組織、システムの運用がなされ、これらが監督されることも同時に求められる。
Q:クラウド利用によって医療データ連携が進むと考えるが、法律上の制限はあるのか。
A:できるが、保守的に、情報はローカルに留めようと考える人も多いので、それを聞いた方はクラウド利用ができないと考える等の誤解が生じることもある。また、公立病院等の場合は個人情報保護条例にオンライン結合の禁止規定があると、クラウド利用が困難となる。個人情報保護法制の2000個問題が阻害要因になっている例であるが、2021年度に個人情報保護法改正により阻害を少なくするために措置がされている。
Q:個人情報は存命の人の情報を保護するものだが、亡くなった方のPHRを研究等に使うことはできるのか。
A:個人情報保護法製においては、基本的には使用できる。しかし、死者の情報も個人情報と規定している個人情報保護条例が一部に存在する。また、情報提供を行う病院側において患者の生死等がわからない場合もあると考えられ、そうすると追加での確認や同意を経ずに医療情報を匿名化してビッグデータとして解析できるようにするほうが研究としては現実的ではないかと思われる。

オンライン診療の可能性について
Q:自宅で介護を受ける寝たきりの高齢者はオンライン診療の潜在顧客だが、自ら機器(例えば、血圧計や脈拍計)を操作できないし、意思も表明できないという問題がある。家族がオンライン診療に参加して機器を操作したり、意思表示を代理したりできるのか。法律上の制限はないのか。
A:厚生労働省でオンライン診療について議論する場には在宅介護に関わる看護師等の医療従事者も参加しているので、この点についてもオンライン診療のガイドラインで配慮されている。オンライン診療に第三者が同席して代諾するのは、通常の対面診療でも同様の状況はあり得るので、認めないというルールにはなっていない。しかし、医療機器操作などの医療行為を無資格の人やコメディカルが無制限にできるということではない。
Q:そもそも、遠隔医療に消極的な人が多いのはなぜか。合理的な根拠があるのか。
A:オンライン診療が急に広まるのは問題だという立場が前提になっている場合があったと感じている。無資格者による診療というように悪用されるという意見もあるが、よく考えれば、対面診療でも同じ事態が生じているはずなので、合理性がないと考えられる。今のままの方が仕事がやりやすいというのが反対者の本音ではないか。