開催日時:12月5日月曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:山田 肇氏(ICPF理事長)
講演者:石川 准氏(障害者政策委員会委員長)
山田氏・石川氏の講演資料はこちらにあります。
山田氏・石川氏の講演ビデオ(一部)はこちらで視聴できます。
冒頭、山田氏は次のように講演した。
- 障害者権利条約には第35条「締約国による報告」がある。日本に対する第1回定期審査は、2022年8月に国際連合障害者権利委員会で実施された。9月に公表された審査結果は、わが国にきびしく政策変更を求めるものとなった。
- 「マラケシュ条約」の批准を含め、法制度整備の進展について前向きに評価するとしたうえで、審査結果は課題を列挙している。障害者を保護すべき存在とみなす父権主義の考え方が続いている、権利条約は「社会モデル」に基づいているにも関わらず「医学モデル」の考え方が続いている、身体的または精神的障害に基づく失格条項などの差別的な法的制限が続いている等が課題である。それに加えて、権利条約の外務省公定訳が不正確である点も批判された。例えば、公定訳は“accessibility”を「施設及びサービス等の利用の容易さ」と翻訳している。
- 第9条「アクセシビリティ」について、政府のすべてのレベルで、生活のすべての領域を網羅するように、アクセシビリティ義務を調和させ、そこにユニバーサルデザイン基準を組み込む戦略がないとの指摘があった。障害者団体と緊密に連携し、行動計画を策定し、アクセシビリティ戦略を実施するようと勧告された。
- 第8条「意識の向上」関連、第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」関連、第12条「法律の前にひとしく認められる権利」についても情報通信技術をいっそう利用する必要があるとの勧告があった。
- 第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」では、ウェブサイト、テレビ、その他のメディア形式を含め、一般に提供される情報へのアクセシビリティを確保するために、あらゆるレベルで法的拘束力のある情報コミュニケーションの基準を策定するように勧告された。産業標準化法(JIS法)は、国及び地方公共団体に「尊重」するように求める(第69条)だけで、法的拘束力はない。議員立法「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」も法的拘束力はない。この点が批判されたわけだ。
- 第29条「政治的及び公的活動への参加」では、「すべての人に選挙放送や選挙運動等の選挙関連情報に関する便宜を提供し、投票手順、施設、および資料が障害を持つすべての人にとって適切で、アクセスしやすく、理解しやすく、使いやすいものであることを保証するように、公職選挙法を改正するよう勧告する」とされた。障害者が公職選挙に平等に関わるようにすることで、障害者の権利に対する政治の理解が深まり、情報アクセシビリティへの法的拘束力の付与などに進む可能性があるのではないだろうか。
続いて、石川氏が次のように講演した。
- 情報アクセシビリティは政策の空白地帯である。第一の理由は、情報アクセシビリティに関わるコンパクトな個別施策は多数あるが、根本的な施策がない点。個別施策には、放送に字幕や音声解説を付与することを促す放送法の努力規定に基づく施策、行政のホームページのアクセシビリティを促す「みんなの公共サイト運用ガイドラインの策定」、読書アクセシビリティ法に基づいて、音訳図書・点字図書のオンライン図書館を財政的に支援する施策
- 障害者自立支援機器開発等促進支援事業等がある。一方で、民間事業者のオンラインストア、オンラインサービス、モバイルアプリのアクセシビリティ対応を義務づける法制度は未整備であり、情報通信機器・サービスを公共調達する際に、障害のある職員や障害のある市民も同等に使えるように、アクセシビリティへの対応を要件とするように、調達側に義務を課す法制度は未整備である。
- この点、欧米諸国は先に進んでいる。これが、空白地帯と呼ぶもう一つの理由である。米国は早くも1990年に包括的な障害者差別禁止法である「障害を持つ米国人法(ADA)」を制定し、公共機関と民間事業者のいずれに対しても、障害を理由に差別することを禁止し、障害者への障壁を除去するための合理的調整、合理的配慮の提供を義務づけた。これを起点として、過重な負担でないにも関わらず障壁を除去しないこともまた障害者への差別に当たるとする考え方が、欧州などにも波及していった。この考え方は2006年に採択された国連障害者権利条約においても根幹に置かれることになる。
- 米国でADAが制定された1990年はまだインターネットのない時代である。しかし、1990年代後半以降急速にインターネットが普及し、店舗は物理的なものには限らなくなり、オンラインストアなどのウェブサイトへのアクセスが新たなソフト面の障壁として経験されるようになった。オンライン店舗の障壁も障害を持つアメリカ人法の対象になるという司法省の解釈が示され、またいくつかの訴訟でも同様の司法判断が示された。こうして一つの包括的な障害者差別禁止法によって、ハード面・ソフト面の障壁を取り除こうとする社会的な流れができていくことになった。
- さらに、米国は障害を持つアメリカ人法の制定後の1998年にはリハビリテーション法508条を改正し、連邦政府と連邦政府から補助金を受ける機関に、アクセシビリティに対応した機器を優先的に調達するように義務づけた。このリハ法508条は、民間企業のアクセシビリティへの投資を間接的に誘導する効果を果たした。Apple, Google, Amazon, Microsoftなどの電子情報通信企業はスマートホン、タブレット、PCなどの情報機器に搭載された自社のファームウェアやシステムソフトウェアにアクセシビリティ機能を標準搭載するようになり、日本の障害者も、米国やEUなどが行ってきた情報アクセシビリティ法制により、労せずしてスマートホンやPCなどの情報機器を使うことのできる環境が実現してきた。
- 一方、国内で開発されたウェブアプリとか業務アプリ、モバイルアプリについては、国の情報アクセシビリティ施策の遅れがアクセシビリティ対応の遅れをもたらしている。
- 物理的な環境設計において多様性への対応は簡単ではない。同じ物理環境を多様な人々が同時に使うので、両立できないこともある。折り合いをつけていくことが必要になる。ユニバーサルデザインを追求しつつ、個々の特性に応じて設備を追加していくことも必要になる。情報障壁は、よほど対応しやすい。利用者の多様性に応じて情報提示の方法を変更できればいいだけなのだから、あちらを立てればこちらが立たないという類いの問題はない。ソフトウェアは名前の通り柔らかいもので、利用者によって形を変えることはなんでもない。
- 情報障壁は人の多様性に対応したデータやソフトウェアの柔軟設計により解消できるが、データやソフトウェアの柔軟性は、ルールを合意して開発する側がそのルールを守ることにより実現する。それが規格である。規格が乱立していたり、独自規格で開発を進めたりしていると、人の多様性への対応には限界がある。ここに政策の出番がある。アクセシビリティのための国際規格は、ウェブサイトの設計でも、電子書籍のデータ形式などでも策定されている。これに準拠するように政策的に求めていくのがよい。
講演後、次のような質疑があった。
公共調達での義務化について
質問(Q):98年のリハ法508条改正で重要なのは、行政機関における「優先調達」ではなく、「強制法規」という点ではないか。
山田回答(AY):その通り。欧州アクセシビリティ法でも、公共調達だけではなくて民生品についても、アクティビティ基準を満たさない製品を製造・販売・輸入等した場合には処罰されるようになっている。
Q:日本の30年遅れという状態を、少しでも変えられると思われますか。
石川回答(AI):アメリカの障害者運動に比べて、日本の障害者運動は情報アクセシビリティという点で弱かった。情報アクセシビリティについては、障害者の側も受身だった。これを突破する必要がある。
AY:数日前に小金井市議会の補欠選挙で、脳性麻痺の方が当選された。このように、障害者が政治に参加することで動いていく可能性がある。「公共調達も義務化すべきだ」と障害者が自分たちの声を上げるのがよい。
情報アクセシビリティについて
Q:米国でも、身体障害から始まって、知的、精神という形で広がっていったと理解してよいのか。
AY:その通りである。ウェブ等の技術基準も身体障害への対応だけから知的障害等も含むように拡張されている。
AI:リハ法は元々傷痍軍人の社会復帰のための法律だが、これでも身体障害から始まり、PTSDなどが考慮されるようになった。
Q:障害者に対応する、あるいはその親に対応する際、自治体にはインターネットを利用するという意識が低かったと、今日の話を聞いて感じたが。
AY:ネットにうまく対応できないと今は生活できないので、ネットのアクセシビリティをきちんと確保していく必要がある。そうすれば、障害者対応にネットが活用できる。
Q:DXは「新しい価値や発見をする」ものと認識している。DXにおいても、アクセシビリティが大事ということは、今まで利用できなかったものが利用できるようになって新しい発見があるということか。
AI:アクセシビリティは基本的な人権である。
AY:一例をあげる。アクセシビリティに対応することで、障害者や高齢者の就労が容易化され、社会が活性化するという利益が生まれていく。
Q:情報アクセシビリティは、スティグマや私的攻撃を助長しないのか。
AI:世の中は多様な人たちからできている。という点を深く理解しなければならない。障害者権利条約の文脈では、障害者は他の人と対等に扱われるべきである。障害についての理解啓発を深いレベルでしていかないと、うまくいかないと考える。
情報アクセシビリティと著作権法について
Q:アクセシビリティの確保は著作権法と矛盾しないのか。
AY:視覚障害者の利用や聴覚障害者の利用については、著作者の権利行使の対象から除外するという規定が著作権法にある。
Q:インターネットで提供しても大丈夫か。
AI:アクセシビリティは人権に関わり、著作権法は財産に関わるので、基本的には人権が優先されるはずだが、個々にきちんと分析しないと何をしても大丈夫とは言えない。しかし、可読性を高めた著作物をインターネットで提供することは、電子図書館などすでに事例がある。
コメント(C):日本映画にも字幕が付いたものが増えてきたし、字幕付きで上映しても映画館は満席になる。字幕を義務化する方向に動いて欲しい。