ZOOMセミナー「DXを阻む壁:マイナンバーの呪い」 榎並利博行政システム株式会社・行政システム総研顧問

開催日時:11月15日火曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:榎並利博氏(行政システム株式会社・行政システム総研顧問)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

榎並氏の講演資料はこちらにあります。
榎並氏の講演動画(一部)はこちらにあります。

冒頭、榎並氏は次のように講演した。

  • 諸外国では番号は秘密ではないとされ、氏名や住所と同じように様々な行政サービスで利用されている。これに対して、わが国には「番号は秘密だ」という空気が蔓延し、氏名や住所とは異なる特別大事なものとして扱われている。それが原因で日本のデジタル社会は一向に進展しない。「番号は秘密だ」が「マイナンバーの呪い」である。
  • マイナンバーが秘密とされたのは失敗政策の積み上げの結果である。非課税貯蓄の仮名口座を防止するためグリーン・カードを導入しようとしたが挫折した。住民管理のため自治体が番号制度を求め住基ネット(住民票コード)が導入されたが、国は「自治体からの要請で実現したもの」と逃げの一手を取り、大きな混乱が起きた。住基カードには住民票コードを記載していないので、自分の番号がわからないという致命的な問題があった。顔写真もないので身元も確認できなかった。
  • その後、失われた年金問題が起きた。個人を特定できる番号を使わなかったことが招いた問題だった。これがきっかけになって、再び番号制の議論が起きた。マイナンバー制度は、「番号は秘密」という呪いを解く大きな機会だった。政権が民主党に交代したことで、まっとうな番号制度が実現すると期待された。しかし、呪いを残したままマイナンバーは制度設計された。カードの交付時に番号をマスキングするケースを配布したことで、「番号は見られただけで危険!」という呪いが復活した。マイナンバー法の除外規定「生命、身体、財産の保護」にも関わらず、大災害が起きてもマイナンバーは使わないままになっている。
  • 呪いはマイナンバーカードに引き継がれた。カードには番号を記載、顔写真も貼付されているが、マイナンバーカードが提供する電子証明書には基本情報だけでマイナンバーはない。マイナンバーカードで番号は目視できるが、デジタル社会にも関わらず、自分のマイナンバーは電子的に証明できない。
  • マイナンバーカードが提供するのは電子証明書のシリアル番号だが、シリアル番号は5年で失効し別の番号に代わる。マイナンバーとは別にシリアル番号を使い、しかも、時々変わる変な番号で、個人を特定するのは難しい。それが原因で様々な問題が起きている。ネットで特別給付金を申請しても本人確認ができなかった。「マイナポイント2万円分ゲット!」と勇ましく宣伝しているが、マイナポイントの二重付与が起きた。
  • 「マイナンバーカードを健康保険証に」と政府は動いているが、問題の発生が予期できる。個人単位の被保険者番号は、保険者が変わると変わる番号である。電子証明書のシリアル番号は5年ごとに変わる。コロコロ変わる二つの番号で紐づけしているので、運用ミスは容易に想定できる。自分の医療記録がない、他人の医療記録が結合されている、という恐ろしい事態が予測される。
  • 一部の行政情報はマイナンバーで紐づけできるが、連携のためには連携用符号を生成し、機関別符号に変換するという面倒な手間がかかる。マイナポータルにはこれとは別に開示システム用符号があり、行政が特定の個人の情報にアクセスしたログは情報提供等記録用符号で記録されている。デジタルに詳しくない人々が制度設計し、それをエンジニアが無理やり実装するからこんな問題が起きている。制度設計にエンジニアを入れるべきだ。
  • 呪いを解くには「番号は秘密じゃない」という呪文を皆で唱えるしかない。皆で呪文を唱えられる環境を構築することが必要で、マイナンバー制度は抜本的に再構築するのがよい。マイナンバーは生年月日等を含み、自分で覚えられる番号にする。マイナンバーを氏名等通常の個人情報の扱いにし、マイナンバーの利用範囲はブラックリスト方式で決める。マイナンバーカードに住所を記載する必要はない。住所は住基ネットで取得できるからだ。電子証明書のシリアル番号はIDとして使わず、個人を特定するIDはマイナンバーに一本化する。
  • マイナンバーを国家権力が恣意的に使い始めたらどうなるのか、という懸念を持つことは健全である。「マイナンバーを使わない」のではなく、デジタルの力を使って、どのように権力を統制していくかを考える必要がある。
  • 人権の考え方は、もともと「国家からの自由」を意味する自由権が中心であった。しかし行き過ぎた自由主義への懸念から、国家による経済生活への関与や利害調整、病気等による社会的弱者に対する救済が期待されるようになった。そして、生存権など社会福祉的な権利も人権であるという「国家による自由」 を意味する社会権が加わった。
  • わが国は社会権を重視する国家である。社会権を守るために情報を使えという考えに立つのであれば、国民には政府を監視する責任が生まれる。国民による管理・監督が可能で透明性が確保される制度と、国民がデジタルを使って政府を監視できる仕組み(技術)を築いていくのがよい。マイナポータルを使って機関間における連携実績(やりとり履歴)と、各行政機関が保有する個人情報(わたしの情報)が確認できるようにする。権力による改ざんを防ぐため、これらの情報やアクセスログなどは分散台帳で管理するといった仕組みが必要で、新制度を実現するために立法府の役割は大きい。

講演後、次のような質疑があった。

Q(質問):政府が恣意的な運用をしない監視は必要だが、政府は無機物ではなく人が動かしている。今の行政職員は上司の指示があれば平気で恣意的な運用をするような人々なのだろうか。それほど強い監視は必要なのではないか。また、政府が信用できない、という人がいるが、行政職員が信用できないといっているということに気付いているのだろうか。
A(回答):権力は必ず腐敗するという懸念を持っている人がいる。確かにその恐れがないわけではない。今の行政職員にモラルがないといっているのではないが、監視するための制度を作り、技術を用意しておく必要がある。なお、政府は信用できないという人は、政府は民主主義に基づいて我々が作ったことを思い出すべきだ。
Q:マイナンバーを広く利用するというのは正しいが、民間も利用できるようにするのがよいと考えているのか。政府は広く利用する方向に傾いているように見えるが、民間が広く利用すると、その人の生活や行動が民間企業にすべて把握されてしまう恐れがある。
A:個人を特定してサービスを提供し、納税してもらう行政という分野では、マイナンバーを広く利用するのがよい。一方、マイナンバーが法的強制力のあるものであるのに対し、民間のIDはあくまで取引のためのID(極端に言えばお金を払ってくれるなら誰でもよい本人特定は不要の番号)であるから、民間利用は制限する必要がある。生活や行動がすべて把握されるという事態はおっしゃる通り避けるべきだ。ただ、犯罪に絡む場合にはマイナンバーと紐づけする必要がある。例えば、預金口座の紐づけはマネーロンダリング防止のために必要である。携帯電話も悪用されないように、マイナンバーに紐づけしておくのがよい。民間での利用は法律によって、今説明したように犯罪予防等に限定すべきである。
Q:住基カードがあり、マイナンバーがあり、さらに、全面的に見直して新番号にしたとしても、番号制度によって提供される利便について国民にきちんと説明し理解が得られない限り、番号は普及しないのではないか。
A:利便について政府の説明は不足している。たとえば保険証だが、高額医療制度の適用が容易になる。預金口座にマイナンバーを紐づけしておけば、激甚災害に被災しても、マイナンバーさえ確認できれば口座から引き出しができる。そんな利便についてていねいな説明が必要であるが、今は不足している。
Q:デジタル庁といっても、それぞれの部署が縦割りで業務を担当している。全体を見ていない。何でもかんでもマイナンバーを使おう、何でもかんでもマイナポータルを使おうと、自分の業務の中でできることの宣伝をしているに過ぎない。国民目線でどんな利便が生まれるか全体を把握して語ることが少なすぎる。この点が大きな問題ではないか。
A:その通りである。全体としてどんな利便が提供できるかを考えるのが重要だが、しがらみから妥協、妥協で進んで今に至っている。オーストリアのように、きちんとしたエンジニアが参加して責任をもって根幹部分を設計し直し、国民の利便を高める必要がある。
C(コメント):呪いが解けていく可能性はある。例えば、国民の主体が会社員であれば、社会保障の手続きは会社任せにすればよいので、マイナンバーの利便は感じられない。フリーランスが主流になっていけば、手続きは自分で行わざるを得ないので、マイナンバーの利便も感じられるようになるし、改善への意見も出てくるだろう。
Q:デジタルがわからない政治家とデジタルがわからない行政が妥協して、その後にシステム化が命じられる。それではだめだ。しっかし、全体をマネジメントできる人が必要ではないか。
A:法律を作るときにはエンジニアを参加させるべきだ。それによって、デジタルが使える法律が生まれ、国民が使えるシステムになっていく。在留外国人の登録などは、エンジニアが初期から参加した成功事例である。
Q:政治家の中にデジタルが理解できる人が生まれてきている点は、今後への期待ではないだろうか。
A:同意する。
Q:スマートフォンで二段階認証を行う仕組みが広がっている。スマートフォンが広く利用されている時代に、マイナンバーのカードが必要なのか。
A:携帯電話番号はコロコロ変わる恐れがある。本人確認にはマイナンバーを用いるのがよい。マイナンバーをスマートフォンに搭載して利用するという方向になって、利用が進んでいくと考えている。