開催日時:10月7日金曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:久住嘉和氏(NTT研究企画部門・担当部長)
司会:山田 肇(ICPF理事長)
冒頭、司会者が次のようにあいさつした。農業従事者数は減少が続き、平均年齢は65歳を超えている。今後も好転は望めない。食料安全保障・環境保護の両側面から農業は維持すべきだが、それにはデジタル活用、農業のDXが欠かせない。今日は久住氏に農業DXの最新動向をお話しいただく。
その後、久住氏は次のように講演した。
- 世界で73億人の人口が2050年には90億人まで増加すると見込まれ、70%の食糧増産が必要と言われている。一方、わが国では農業人口が減少しており、先進国最低の食糧自給率である。世界でもわが国でもICT活用が求められ、IoT、AI、ビッグデータ等の飛躍的進歩により、農業分野でも第四世代(スマート農業)への移行が始まっている。
- スマート農業の主なビジネスには、サービス(生産管理・販売管理システム)と製品(農業ロボット・機械等)がある。ICT技術やAI(人工知能)、ロボット技術等と組みあわせることによって、非常に多くのサービスと製品が登場してきた。さらに、ゲノム編集などのバイオ・ゲノムテック、フードテックも生まれている。これらを総合してアグリテックと呼ぶ。
- わが国では代替たんぱく質のベンチャーがブームになりつつあり、米国・欧州・中国などでは多くの企業がアグリテックに参入している。代表的な企業にはMONSANT、Farmers Business Network、Plentyなどがある。農林水産省も「みどりの食料システム戦略」を掲げて、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現しようとしている。
- NTTグループの全社員数は32万人で、売上高は12兆円、982社の連結子会社がある。通信キャリアでは世界最大規模の研究所を有し、次世代の通信システムを研究開発している。NTTが打ち出したのが、IOWN構想(Innovative Optical and Wireless Network)である。光を中心に据えて、革新的技術によって超大容量・超低遅延・超低消費電力の通信システムを実現、それを経済社会で活用しようという構想である。
- Smart AgriはNTTが掲げる六つの重点分野の一つで、IOWN構想の技術を利用する。農業生産に加え、流通・販売・消費・食までの領域について、パートナーと連携して、地球環境に向き合いながら食料自給率を向上させる戦略・具体的施策を推進する。先端技術とトップランナーとのパートナーリングにより、生産性・流通効率を飛躍的に向上し、循環型経済を実現する。
- NTTグループ・北海道大学・岩見沢市による産学官連携やステークホルダーとの共創のもと、農業の課題解決や生活環境向上など「スマート・アグリシティ」の実現を目指す活動が進められている。岩見沢コンソーシアムの考える未来の農業は、広大な農地を多数のロボット農機が自動で作業し、超省力化を実現するというものである。20~40㎞遠隔にある農機を完全自動運転する試みでは、農機の制御が遅れないように、超低遅延が必要になる。そこにIOWNの技術が使われる。
- NTTは、農業を起点にドローン利活用を推進する地域の拠点づくりを進めようとしている。農業だけを取り上げる他社とはこの点に違いがある。今後はコネクテッドドローンを実現したい。無線を介してドローンとクラウドが常時接続可能となることで、「ドローンの遠隔操作」と、ドローンが取得したデータを「リアルタイムに遠隔地に伝送」することの両方を実現する。
- 農業とICTの融合による地域活性化をめざし、農業専業会社を設立した。いわゆる植物工場である。山梨県中央市の拠点ではリーフレタスを主に出荷している。
- NTTは水産業にも取り組んでいる。世界規模では今後タンパク質不足が発生するので、
- 水産物のタンパク質をより効率的につくることが求められている。日本の水産業を盛り上げたい、世界のタンパク質不足を解決したい、地球環境問題を解決したいとの想いから京都大学、近畿大学などと連携協定を締結して、RegionalFishというベンチャーに資本参加した。ゲノムの特定箇所を切断する欠失型のゲノム編集を用いて筋肉増量・高成長・早期精子を実現する技術に取り組んでいる。ゲノム編集により品種改良した稚魚を養殖することで、生産効率を上げ、高付加価値化を図る。
- ジャパンバイオファームが提言するBLOF理論による有機栽培技術の開発にも協力している。科学的データに基づいて最適な土づくりを行うことで、高品質・高栄養価・高収量を実現するというものである。土壌分析に基づき、不足している成分を補うなどの最適施肥設計を行うことにより、収穫量、品質を飛躍的に向上させる。
- 食品廃棄物を堆肥化する食品残渣発酵分解装置も開発した。堆肥化促進剤を利用することで、有機物の分解速度が上がり、悪臭の発生も押さえられる。食品関連事業者へ「食品残渣発酵分解装置」を含む必要な装置・機能をサブスクリプションモデルで提供しているが、初期投資不要ということで、市場で好評を博している。
- 農産物の市場流通は不効率である。生産者は価格が決まらないまま大市場へとりあえず出荷するしかない。情報が共有されていないために発生する生産者に不利な取引と非効率な物流を改善しようとNTTは考えた。それが農産物流通DXである。仮想市場で先物取引をすることで、流通を合理化する仕組みである。
講演終了後、次のような質疑があった。
Q(質問):今日説明された技術を利用するには巨額の投資が必要になる。それでも採算がとれるということを示さないと、広く普及するようにはならないのではないか。
A(回答):その通り。如何に採算性を実現するかについても力を入れている研究を進めている。植物工場の場合、地域の産業誘致施策の下で提供された土地を利用し、栽培に使った水も循環させている。
Q:大きな設備投資が必要となると、小規模な専業農家では対応できない。必然的に、農業生産法人や民間企業によるビジネスということになるのではないか。
A:農業生産法人に加えて、個々の農家ではなくJAとして積極的にビジネスに乗り出すという動きが出てきている。
Q:農機の自動走行などが進むと、今まで農機を動かしていた従事者は仕事を失うのではないか。
A:農業従事者不足が続いている。不足する従事者を農機の自動走行などで補おうというのが、岩見沢コンソーシアムの考え方である。今の従事者の仕事を奪うというわけではない。
Q:農業従事者に対するICT活用、農業DXの教育が必要不可欠ではないか。
A:NTTでは農業大学校などに講師を派遣して、農業DXの教育に努めている。農業DXの知識を持った従事者によって、人数をかけずに優れた農産物を量産できるようにしていく、というのが農業の将来像である。
Q:NTT以外にも大企業が農業DXに乗り出している。それらと競争し協調していく中では、農業データの共有基盤が欠かせないのではないか。
A:農業データなどの基盤については、NTTだけではできない。他企業との連携も普通に求められるし、農林水産省が国策としてデータ基盤を作ろうとしている。そうしないと日本の農業は支えられないだろう。
Q:自農地と、他社が持つ隣の農地でそれぞれスマート農業を営む場合、両者の間でデータを交換する必要が出てくるのではないか。そのレベルでの情報共有、そのためのデータの標準化は進んでいるのか。
A:国が進めるデータ基盤はマクロレベルであって、今の質問にあったようなミクロレベルでは栽培データは囲い込みの傾向がある。この点については今までの考え方を大きく変えていかなければならない。