教育 ベネッセの教育デジタル化戦略 藤井雅徳ベネッセコーポレーショングローバル事業推進ユニット長

日時:4月4日(金曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト(新大手町ビル1階)
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:藤井雅徳(ベネッセコーポレーション・教育カンパニー グローバル事業推進ユニット長)

冒頭、藤井氏は、資料(こちらより閲覧できます)を用いて講演した。講演の要旨は次のとおりである。

進研模試について

  • ベネッセは国内教育、海外教育、生活、シニア・介護、語学・グローバル人材教育の五領域で事業を展開している。今日は、主に国内教育、特に進研模試と進研ゼミについて説明する。
  • 進研模試は、公立高校をメインの対象とする学校向けのサービスである。一学年100万人、合計300万人の市場を対象としている。ピアソンなどと比較しても、世界首位を争う受験者数である。個人向けではなく、学校単位でとりまとめるのが特徴で、学校での指導で利用される。
  • 中学校にはマークシート式の同様の試験があり、小学校向けには全国学力・学習状況調査(記述式問題)の実施を文部科学省から請け負っている。
  • センター試験現役志願者数は46万人であるが、ベネッセでは、センター試験規模の試験を年間2〜3回実施している(文部科学省でノウハウを活かしてもらいたいと願っている)。大学進学するのは高校生の半分ほどであるが、進研模試の結果は彼らの進路相談に活かされるのに加えて、教師の日々の授業改善に役立つ(学年別、クラス別、教科別の詳細が提示されるので、教師個々の指導課題も見えてくる。模擬試験の結果で学習意欲や学習量がわかり、教師はクラスマネジメントに活用できる)。
  • 年間1,000万人の受験者が生み出すビッグデータを活用するのは、世界一の技術である。いつかは、世界に打って出たいと考えている。
  • タブレットを配布したり、反転学習させたりといった今はやりのデジタル教育でとは別の方法として、ビッグデータを活用して、生徒一人ひとりの弱点を補強するデジタルコンテンツを提供している。これまでの学校教育が大切にしてきたものをベースにデジタルコンテンツを提供していることに特徴がある。コンテンツを提供しても、紙だけの受験料から価格は据え置きで、企業努力で乗り切ろうとしている。
  • 進研模試関係の社内担当者は150名程度で、一日あたり3校ほど訪問している。生徒・教師に対して講演を行うこともある。都市部・地方部・離島部も問わないが、事業の優先度が高いのは、地方の公立高校の支援である。

進研ゼミなどについて

  • 高校講座を受講している生徒には無料でタブレットを配布している。コンテンツは全てデジタル化されており、すべて学習はタブレットで行うことができる。今まで通り、紙でも同様に学習でき、どちらを使うかは生徒が選択する。わからない問題の解説をタブレットで見たり、動画を見て疑問を解決したりというように、紙だけの自学自習では厳しいところを補っている。地方部の高校生は、8〜9割、部活動に加入しているので、効率よく学習できるという点が特徴である。
  • 中学講座は高校生よりも噛み砕いた学習内容であり、わからない問題をベネッセに伝えると、翌日には回答する双方向の仕組みを取り入れた。小学生講座は、紙ベースとタブレットベースの2パターンからどちらかを選択する。タブレットベースでは紙は一切使用しない。ベネッセ側で学習履歴を取得しており、今後、内容の改善に活かして行く予定である。
  • 福島県で過疎地の小学校にライブ授業を提供するプロジェクトを2006年から実施している。小中学校は家から近い学校に通うが、過疎地では存続がむずかしくなっている。これを補うのが目的で、実施校は成績が向上している。
  • 最近、学校からの問い合わせが多いのは語学教育である。グローバルな教育サービスということで、海外トップ校への受験支援(RouteH)を展開している。これは、対面だけではなく、スカイプ等を活用した教育である。また、テストのCBT化(紙からパソコンへ)という動きがある。GTECという英語アセスメントを実施しているが、筑波大学は入試改革の一環で外部の英語検定試験を利用することになり、GTECも採用される。

講演の後活発に質疑応答が実施された。その概要は次のとおりである。

公教育における民間活用について

Q(質問):過疎地では公共施設や道路の維持管理ができなくなりつつあり、民間の力を借りる公民連携が注目されている。学校教育法では、義務教育について通信教育が許されていないが、生徒数の減少で維持困難となりつつある。福島県で8年間実施していることは教育分野での公民連携であり、全国で展開できるし、ベネッセにはビジネスチャンスではある。他の地方自治体から、利用を求める声はないのか?
A(回答):主に中学校について、同様の実施に可能性があり、ビジネスを模索している段階にある。
Q:過疎地のことを考えると、学校教育法自体を変えるべきではないのか?
A:同意するが、道は遠い。主に高校を対象に、補習に利用するというかたちでノウハウを蓄積している段階であり、いっそうデジタル技術を導入して教育を実施することについては、見計らっている状況にある。
C(コメント):進研模試のような大規模な試験を民間で実施して問題が起きていないのであれば、文部科学省の外郭団体が実施するセンター試験も民間企業に委ねたほうがよい。
Q:学びのイノベーションやフューチャースクールはどう見えているか? どこを改善すればよいのか?
A:一人一台タブレットなど、形が先走っている感じがする。学校教育の質を高めることが目標であるが、今はタブレットを配ることが目標になっている。学校の先生の意見が十分に聞けていない。教育委員会だけではなく、学校現場の先生の声を聞いてほしい。生徒指導がベースであるので。そのあたりも見据えてほしい。
Q:現場の声というが、普通の学校の先生がデジタルをどのように思われているか、インタビュー等したことはあるか?
A:地方部の公立高校に出向くと、職員室は紙ばかりで、ワープロを使っている先生もいる。平均年齢が50歳を超える学校もあり、デジタルやタブレットと言った時点で、会話が成り立たないケースもある。20代の若手もいるが、中間の30代が少ない。わかってもらうには、根気・時間が必要。教育は人が感じて動くものなので、使ってもらえるようわかってもらうことがポイントである。

進研ゼミについて

Q:小学校講座で紙とタブレットを分離した理由は何か?
A:発達段階を十分に考慮し、子供が意欲的に学習に取り組めるように、紙とデジタルの二つの形態でコンテンツを提供している。子供にとってどちらに適性があるかを、親が決められるようになっている。
Q:ノートに書いて覚えることが、タブレットで実現できるのか?
A:小学生は、肉筆で書いて覚えることが大切であるため、小学講座のタブレットにも、ノートに肉筆で書くのと同様のタッチペン機能がある。もちろん、学校教育では紙でしっかりやっているということを前提としている。また、タブレットには書き順をチェックできるといった利点もある。
Q:例えば、カエルの成長のように動画が適したものもあるのではないか?
A:動画やアニメーションで解説していくことで、より深まる科目や分野がある。そういったことも配慮してコンテンツを用意している。実証実験の段階では、デジタルコンテンツで成績が上がるという結果も出ている。
Q:円錐などの体積の求め方でなぜ最後に1/3をかけるか、というような質問に答えられるのか?
A:紙の通信教育では、赤ペン先生は添削問題を採点するが、個別の質問を受け付けることはない。子供がわからないものに出合ったときに、フォローしているのは保護者であるが、保護者は忙しい。質問をタブレット経由で受け付けると、素朴な疑問から予期せぬ疑問まで集まる。今までは蓄積されていなかったが、継続的に分析をしていくことで、子供がどんな疑問を持っているか、その傾向を掴むことができる。紙では提供できてこなかった価値が見えてくるかもしれない。期待して取り組んで行きたい。
Q:わかるから上の学年の学習をするとか、わからないから振り返りとかはできるのか?
A:学年の垣根が取り払うべきと考えている。在籍している学年ではなく、個々人に合わせたアダプティブラーニングへ移行すべきだ。
Q:進研ゼミは協働学習になっているのか?
A:中学講座では、時間を決めてライブ授業を提供している。これは学習習慣をつけるためだが、講師が「この問題わかりましたか?」と聞くと、受講者はアンサーボタンで回答するようになっている。先生は、正解率を見ながら授業を展開していく。「おもしろい」「わかった」などの投稿も可能で、投稿の様子は、受講生も同じように見ることができるという点で、受講生同士のインタラクティブな関わりを作っている。
Q:デジタル教材に対して保護者の反応はどうか? デジタル教材を学校から持ち帰る時代が来ると考えているか?
A:小学生の場合には、親が子供の家庭学習に寄り添う必要がある。タブレット版は解かないと次のページに進まないので、学習のプロセスがわかる。そうしたデジタルのメリットを活かして、忙しい保護者が効率的に子どもの学習に関われる環境をデザインしていくことが必要だ。デジタル教科書になっていくと、学校教育と家庭学習の垣根はなくなっていくと思う。しかし、それはいつなのか。ベネッセとして、慎重かつしっかりと対応していきたい。

関連する法規制などについて

Q:教材の著作権はクリアしているのか?
A:紙で行っている事業で、著作権は全てクリアしている。デジタルコンテンツに置き換えていく上では問題はない。不足するものは、オリジナルで作成している。
Q:進研模試の個人データは転校した際に移転できるのか?
A:進研模試の個人データは、転校した場合などの対応がまだできていない。課題と認識しているが、紙であってもできていないのが現実である。
Q:個人情報保護との関連で質問したい。おもしろい間違え方をしたから、それを後で利用したい場合に、許諾は得ているのか?
A:個人が特定できるものを使いたい場合は、本人の許諾が必要であると考えている。

デジタル教科書について

Q:デジタル教科書を導入する動きがある。全国で導入されるとなると、どのような教育になると考えられるか? ベネッセとしては、どのような教材を提供していくのか?
A:いっそ教科書を作ってしまえ、という意見もあり、さまざまな議論をしているところ。動向を見ながら、判断していきたい。
Q:タブレットを使うことの良さの一つはメディア変換の容易さである。例えば、文字を拡大するとか、字幕等で補完するとか。障害児の利用も考慮しているのか?
A:取り組んでいる。点字模試や文字の拡大もある。顧客数が多いので、当然、配慮している。紙で勉強して伸びる子、教えてもらって伸びる子など、適性は様々で、デジタルでなんとか救えないかと考えている。
Q:教科書は出版社の数に限りがある。一方、教材は多くの企業が提供している。家に帰ったら、タブレットにベネッセの教材を入れるか、他の物を使うか家庭で選択できる。一つのタブレットが学校と家と行き来するとなると、コンテンツの表示方法等、インタフェースの標準化が必要にならないか?
A:必要と思う。本音ではベネッセはタブレットを配布せず、自分で(あるいは国で)用意してもらいたい。高校生はスマートホンで学習する等、マルチデバイスで使えるようにしていきたい。

子供たちの現状について

Q:今のこどもたち。昔と比べて勉強するようになったのか?
A:今の高校生の数120万は、今の40歳代前半のころに比べて約半分である。半分の中から同じ数の東大合格者を選ぶのだから、相対的に成績は低下して当然である。しかし、それは勉強していないという意味ではない。
Q:大学生の卒業後の進路までビッグデータ解析すれば、より有効な教育指導ができるのではないか?
A:大学合否は全体の6〜7割を追跡しており、高校時代の学習履歴と結び付けて知見を得ている。その先の進路(就職先)まで調べれば知見が深まるのは確実だが、何年先まで調べるかなど、範囲も深さも決められる段階にない。
Q:海外進学には、どういうモチベーションで、どういった人が集まっているのか?
A:東大よりも上を目指す、超トップレベル対象である。ベネッセグローバルラーニングセンターでは、4技能のアカデミックな英語を身につけることができる。熊本県では、「熊本県海外進学チャレンジ塾」を県の費用で実施している。大学選びは海外志向が高まってきている。