インフルエンザやノロウィルスが流行しています。これら感染症について、かかりつけ医などが投入した患者情報を自動収集し疫学的な解析を行い、発生と流行を早期に判断して公衆衛生的対応をとる一連の技術が、症候群サーベイランスです。
症候群サーベイランスはビッグデータ解析の応用分野としても大変有望ですが、わが国では、諸外国に比べ実用化が遅れています。今回のセミナーには、国立感染症研究所感染症情報センターの大日康史主任研究官をお招きし、わが国における研究開発・実用化の動向、世界各国との比較、広く利用するための制度的課題などについて、講演していただきした。
日時:2月12日(水曜日) 午後6時30分から
場所:東洋大学白山キャンパス5号館3階 5301教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:大日康史氏(国立感染症研究所)
冒頭、大日氏より概略次の通りの講演があった。
- 感染症法に基づいて、感染症患者の発生状況を把握している(感染症発生動向調査)が、7から10日遅れで、いかに迅速に把握するかが課題となっている。感染症発生動向調査は医師が診断して保健所に報告し集約という流れで、診断に重きを置いている。しかし、パンデミック、新型感染症、まれな病気に関しては診断が遅れる場合もある。新しい病気は、そもそも診断ができない。結果的に、誤った診断になることもある。
- バイオテロのように遅れることが致命的な場合もある。そこで、診断ではなく症状から情報収集をしようという考え方が生まれた。これが「症候群サーベイランス」である。熱っぽいなと思ったら、普通は一般用医薬品(OTC)を服用するから、これをモニターする。その先の外来受診・学校の欠席・救急外来受診・救急車の要請なども、それぞれモニターする。それらを多面的に見て、いろいろな情報を重ね合わせることで、ノイズを除去し、精度を高めるようになっている。
- OTC購入の数は営業情報であり、入手に費用が掛かる。診断情報は電子カルテから取得できるが、病院・診療所向けの電子カルテはベンダーそれぞれに仕様が異なっている。また、医療機関では、個人情報保護の観点から、機関外に情報を一切出さないことが命題となっている。日本の個人情報保護法には公衆衛生に関する除外規定が存在するが、それに沿っての情報収集はできていない。アメリカの場合、電子カルテ導入に補助金が出るが、保健所からアクセスできることというのが補助の条件になっている。そこで、わが国では薬局サーベイランスと学校・保育園サーベイランスが主に利用されている。
- アメリカでは、2007年時点では、緊急外来で80〜90%症候群サーベイランスを実施しており、そのほか、毒物摂取ホットラインや911コールも加えている。イギリスでは、数年前のアイスランドの噴火の際に、国民に目や呼吸器の症状が増えていないかを調査したことがあった。
- 日本の薬局サーベイランスは薬局における処方薬の処方数をモニターするものである。薬局での処方薬の処方は99.9%電子化されているので、現場の負担なしに、処方翌日午前7時にそれを集約している。地域ごとの処方数や、処方した患者のおおまかな年齢などが自動的に分析され、グラフ等が作成される。
- 日本の学校欠席者情報収集システム(学校欠席者サーベイランス)は、欠席者数だけでなく『熱があるので学校を休ませます』といった診断前の情報も保護者からの連絡で集約されている。保育園の場合も同様である。学校欠席者情報収集システムは22県に導入されている。群馬県、茨城県、三重県、奈良県では、保育園と学校の両方に導入されている。
- 先日、浜松市や広島市のノロウィルスの集団感染が起きた。広島市では学校欠席者情報収集システムを導入していたので、下痢や嘔吐の欠席者数がとんでもないことになっていることを早期に把握できた。浜松市ではモニタリングしていなかったから、患者数が徐々に増えて報道された。
- オリンピックやサミットといった国際的に重要なイベントが開催されるときに、バイオテロの確率が高くなる。2020年には東京オリンピックが予定されているので、昨年10月の東京国体の際に東京都と共同でサーベイランスを強化した。薬局・学校サーベイランスに東京都からの救急車出動状況を加えて、感染症を早期探知し、異常探知時には、保健所が対応するようにした。これからも海外要人の来日時などに同様の強化を行うことになっている。
講演後、次のような質疑があった。
電子カルテなど他の情報の活用について
Q(質問):いろいろな情報源から集めることによって、ノイズが減るという説明があった。しかし、今は実質的に処方薬と学校の情報しかない。学校には休みの期間があるから、他の情報源も確保する必要があるのではないだろうか?
A(回答):ごもっともである。保育園が開園していればその情報を得るとか、救急車搬送とか。しかし、今のところはむずかしい。
Q:それでは、米国のように診療所に電子カルテを普及させ、そこから情報を取得できないのか?
A:その通りだが、膨大な予算がかかるので、政府が取り組むかどうかである。
Q:診察結果を症候群サーベイランスに反映するのは、個人情報にあたらないのでは? なぜ病院はやらない?
A:個人情報流出の可能性をゼロにしたいという過剰な発想がある。地域内での電子カルテネットワークがあるところもあるが、カルテの相互利用程度でしかない。
新型感染症の早期探知の可能性について
Q:このような現状で、新型感染症の流行を早期検知できるのか?
A:これ以上早く見つけるのは不可能である。天然痘であっても、最初は、医師は水疱瘡だと診断するだろう。だから診断から情報収集するのは、症候群サーベイランスよりも遅い。今のものが最善である。
Q:それでは、鳥インフルエンザのヒトヒト感染は、早期探知できるのか?
A:夏であれば可能だが、季節性インフルエンザが流行している今の季節では、むずかしいだろう。
Q:どの地域に注意が必要といった判断はどのように行うのか?
A:データ表示までは自動で行い、それを見て人が二次的な判断を行う。
重要行事の際のサーベイランスの強化について
Q:サーベイランスの強化とはどういう意味か?
A:強化していないときは情報交換していない。互いの収集情報はわからない。強化しているときには情報共有する。
Q:普段から情報交換すればよいのでは?
A:47都道府県の一斉実施は、感染研の態勢では無理である。情報統合して判断するのに、短くても一県当たり30分くらいかかるからである。
Q:特別なときにしか、症候群サーベイランスを実施していないイメージがあるが?
A:学校欠席者情報収集システムなどは、各県がそれぞれの日常業務に使うものだ。このように、日常的に使われていなければ緊急時には利用できない。感染研は症候群サーベイランスにそれを利用しているのである。だから、日常的に症候群サーベイランスを実施するという態勢ではない。