2021年度」カテゴリーアーカイブ

ZOOMセミナー「医療DXに求められる規制改革」 落合孝文弁護士

開催日時:7月21日水曜日午後7時から8時30分
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:落合孝文氏(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士)
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、落合氏は資料「医療情報利用の基盤整備について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • 医療・健康情報は効率的・効果的な医療・健康サービスを個人が享受するために利用されるが、本人のための情報利用、医療・健康産業における研究開発、政府・自治体のエビデンスに基づいた政策形成という三つの視点を持つ必要がある。
  • 2020年に内閣官房から「諸外国の医療情報基盤制度」の委託調査を受けた。その結果について紹介する。フィンランドでは社会保険庁(KELA)が中心的な役割を担い、「My KanTa」を通じて患者データリポジトリや電子処方サービス内に格納されている自身に関する電子健康記録(EHR)を閲覧でき、また、リビングウィルや臓器提供の意思表示等も記録できるようになっている。また「FinData」によって、匿名データが研究開発等に二次活用できる。そのために、社会保険ケアサービスにおけるクライアント・データの電子処理に関する法律、電子処方箋に関する法律、バイオバンク法などを整備してきた。
  • 英国では、保険社会福祉省(NHS)のデジタル関連の組織が「spine」というシステムを用意しているが、EHRはかかりつけ医(GP)が保有するもののうち必要な部分が、spineを通じて情報連携できる仕組みになっている。二次データについても利活用できるようになっている。人口も日本の半分と、フィンランドよりも日本に近いので基盤整備の参考になるだろう。台湾では介護が社会保険に組み入れられており、この点が日本に近い。それによって医療と介護の情報連携が図られるようになっている。
  • わが国では、患者が自らの医療情報を閲覧、利用する機会が十分に確保されていない。欧州各国はGDPRで規定されるデータポータビリティのみならず、他の医療関連法規において医療情報に関する患者の権限が定められていることがある。一方で、わが国は医療機関間の連携により実施がしやすい枠組みであり、諸外国より情報が豊富とも思われるものとして、検診情報を個人健康記録(PHR)として抽出し利用できるようにしようと動きだした。本年には「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」が取りまとめられ、民間事業者がマイナポータルを通じてPHRを収集できるというようになった。なお、個人情報保護法改正で開示請求権のデジタル化も規定されており、医療分野ではないが個人の情報アクセスの権限は強化されつつある。
  • 同意の問題も解決する必要がある。患者が高度な判断をするのはむずかしいということで、医療情報基本法の素案作成過程では、外部機関による審査制度も検討されている。一方で、情報銀行に関するわかりやすい同意取得と個人のコントローラビリティ向上を目指した仕組みも参考になるだろう。
  • 民間事業者によるPHRサービスでは、事業者間でデータを移行できるポータビリティなども焦点の一つで、今後も議論が必要である。銀行業では、フィンテックのため、APIを公開してデータ連携が130以上の銀行が行うに至った。同様にPHRサービスでもAPI公開は一案であるものの、ポータビリティを実現するにはダウンロードなど他にもいくつもの方式があり、現実的な方法による実現に向けて検討を進めるべきである。
  • ヘルスケア領域では、同意なしで個人情報・データを利用することによって、大きな公共的価値を生み出すことができる場合がある。世界経済フォーラムでは、Authorized Public Purpose Access(社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス)の提案も行われている。
  • 近時の政策では、同意を基調として本人のコントローラビリティを高める方向で情報利用のスキームを整備しており、これを踏まえたルールを整備する必要がある。同時に、コロナ対策における感染症法や救急医療の場合の情報連携についてはすでに運用をされる場合があるが、同意なく情報利活用を行える範囲が不明確で躊躇が生じており明確化が必要になっている。位置情報、ゲノム情報等について、公的機関等の利用やその条件を明確化することも考えられる。
  • 医療情報システムについては、網羅的に公の特定のデータベースに集約する、特定の事業者が集約するというモデルではなく、基本的には個人の同意等の適切なガバナンス・連携の枠組みを整備し、情報利用をできるようにすることが重要である。また、医療、介護、健康に関する情報利活用の全体について司令塔となる組織が必要であり、デジタル庁の内部ないし政府内の本部組織等の整備が必要と考える。

次に、落合氏は資料「オンライン診療の規制改革について」を用いて次のように講演した。落合氏の資料はこちらにあります

  • オンライン診療については、医師法の規定そのものではなく、医師法の解釈が問題である。その他、医療法や薬機法、さらには健康保険法が定める診療報酬制度が壁になっている。
  • 厚生労働省による医師法の解釈で、1997年の初期の通知以降しばらくはオンライン診療は離島へき地等に限定されていると解釈されていたが、離島へき地等は例示に過ぎない2015年に解釈の明確化がされ、2020年には、コロナ禍もあって、本格化に動き出した。解釈変更で動くため、医師法に関する法改正は必要ないという領域である。
  • オンライン診療指針では、医薬品の不適切な処方の防止に関する定めがされている。また、「オンライン診療は、文字、写真及び録画動画のみのやりとりで完結してはならない。」と定められている。患者が医療の提供を受ける場所は居宅等に限定されるが、患者の勤務する職場等も居宅等に該当することが明確化された。セキュリティについては無理のない規定となっている。
  • 診療報酬制度では、オンライン診療料が2018年に規定された。2020年には、情報通信機器を用いた診療を一層促進する方向に改正されている。オンライン服薬指導についても、2019年薬機法改正でテレビ電話等を用いて実施できることになった。
  • 処方箋は、2016年に電子的に作成・保存できるようになっている。しかし、紙媒体による引換証を必要とするなど中途半端で2019年に見直しされたが、HPKIの利用要件等で現実的に利用が進んでいない。2023年から電子処方箋の整備がさらに実施される予定であるがまだまだ課題がある。
  • コロナ禍でオンライン診療についての旧来のルールに見直しがかかった。2020年2月には慢性疾患患者に対する電話等による処方が認められ、そのほかにも特例措置が定められた。特例に沿って診療が実施されているが、ネットよりも電話の利用が多いなど、まだ、問題は残っている。オンライン服薬指導も2020年の資料では全体の5%前後に止まっている。
  • 今後の改善の方向は次のとおりである。オンライン診療の普及を妨げる低い診療報酬を改める必要がある。対象を一部の疾患に限定してきたが、特例措置で拡大しており、これを恒久化するのがよい。過去の受診がある場合や、検診情報等を医師が確認できる場合には、初診からオンライン診療を認める方向で議論がされている。

講演の後、以下のような質疑があった。

医療情報連携の促進について
Q(質問):EHRもPHRも医療記録がデジタル化されているのが前提だが、わが国では診療所への電子カルテの普及率が著しく低い。これを改善しないと、EHRやPHRは絵に描いた餅に終わるのではないか。
A(回答):一元的に集めるのか、それとも、対応できる一部が取り組めばよいのかという議論がある。講演で言及した民間のPHR事業者というのは、医療機関との連携がなくても収集できる情報から始めようという発想である。ただ、コロナ禍で保健所のシステムなどもバラバラで連携できないという問題が露呈した。そもそもデータ連携が必要という認識がなかったから、データ連携自体が行いやすいシステム設計や、それの基になる標準化に取り組んで来なかった。これは改善すべきポイントである。
Q:欧州には個人情報保護の厳格な基準としてGDPRがあるのに、医療データの連携が進んできたのはなぜか。
A:GDPRはデータの保護を求めるが、データを使うなということではない。フィンランドなどでは政府に対する国民の信頼があり、医療データ連携についての抵抗感は少ないし、データ連携によって政策目的が達成されるということが国民に理解されている。また、医療データ連携について、不適切に個人情報を利用しないような法制度やガバナンスの仕組みを一つひとつ設けているという点も理解する必要がある。
Q:個人情報の保護よりも生命の保護が優先されるべきである。それが理解できれば、公益目的のデータアクセスも許容されるようになる。欧州は、生命の保護が優先されるという点について理解が進んでいるのではないか。
A:その通りであるが、情報を利用できるというだけでは不十分で、ガバナンス、つまりきちんと利用できる範囲を法律に定めることや、一定の規律に基づく組織、システムの運用がなされ、これらが監督されることも同時に求められる。
Q:クラウド利用によって医療データ連携が進むと考えるが、法律上の制限はあるのか。
A:できるが、保守的に、情報はローカルに留めようと考える人も多いので、それを聞いた方はクラウド利用ができないと考える等の誤解が生じることもある。また、公立病院等の場合は個人情報保護条例にオンライン結合の禁止規定があると、クラウド利用が困難となる。個人情報保護法制の2000個問題が阻害要因になっている例であるが、2021年度に個人情報保護法改正により阻害を少なくするために措置がされている。
Q:個人情報は存命の人の情報を保護するものだが、亡くなった方のPHRを研究等に使うことはできるのか。
A:個人情報保護法製においては、基本的には使用できる。しかし、死者の情報も個人情報と規定している個人情報保護条例が一部に存在する。また、情報提供を行う病院側において患者の生死等がわからない場合もあると考えられ、そうすると追加での確認や同意を経ずに医療情報を匿名化してビッグデータとして解析できるようにするほうが研究としては現実的ではないかと思われる。

オンライン診療の可能性について
Q:自宅で介護を受ける寝たきりの高齢者はオンライン診療の潜在顧客だが、自ら機器(例えば、血圧計や脈拍計)を操作できないし、意思も表明できないという問題がある。家族がオンライン診療に参加して機器を操作したり、意思表示を代理したりできるのか。法律上の制限はないのか。
A:厚生労働省でオンライン診療について議論する場には在宅介護に関わる看護師等の医療従事者も参加しているので、この点についてもオンライン診療のガイドラインで配慮されている。オンライン診療に第三者が同席して代諾するのは、通常の対面診療でも同様の状況はあり得るので、認めないというルールにはなっていない。しかし、医療機器操作などの医療行為を無資格の人やコメディカルが無制限にできるということではない。
Q:そもそも、遠隔医療に消極的な人が多いのはなぜか。合理的な根拠があるのか。
A:オンライン診療が急に広まるのは問題だという立場が前提になっている場合があったと感じている。無資格者による診療というように悪用されるという意見もあるが、よく考えれば、対面診療でも同じ事態が生じているはずなので、合理性がないと考えられる。今のままの方が仕事がやりやすいというのが反対者の本音ではないか。

ZOOMセミナー「デジタルを活用して変革し始めた初等中等教育」 安彦広斉文部科学省参事官ほか

開催日時:6月29日火曜日午後6時30分から2時間
開催方法:ZOOMウェビナー
参加定員:100名

  • 安彦広斉文部科学省初等中等教育局・参事官(高等学校担当)「デジタルが支える教育のトランスフォーメーション」
  • 桐生 崇文部科学省大臣官房・文部科学戦略官 兼 総合教育政策局・教育DX推進室長「教育DX・データ利活用の現状と今後」
  • 上松恵理子武蔵野学院大学准教授(ICPF理事)「海外の教育DX」

司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、安彦氏は次のように講演した。安彦氏の講演資料はこちらにあります

  • 世界全体では人口増加が続くが、日本では急激な減少が始まっている。人口減少や生活水準の低下は地方のほうが深刻である。2011年に小学生になった子どもの65%は今は存在していない職業に就くという予想がある。AIが発展して今までの職業が消えていくという予想もある。経済社会は変革期にあり、この不確実性に対応するために求められているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。
  • OECDが2018年に実施した学習到達度調査PISAによると、日本の子どもは数学的リテラシーや科学的リテラシーが高い。2015年の協同問題解決能力調査でも日本は第一位であった。その他、国際数学・理科教育動向調査でもよい結果を出している。これらは日本の教育の強みである。
  • ITを活用した問題解決能力は、2013年の成人対象の国際調査で低位であった。2018年のPISAでは、読解力が中位に評価されたが、ITを使って情報を探し出し評価し、熟考する問題の正答率が低かった。日本の教育でITが利用されていないことが、このような低評価の原因である。多くの子どもは英語に自信がなく、異文化理解にも弱点がある。このような状態では、21世紀に起きる変革に耐えられない。
  • 最も心配なことの一つが、高校生の自己肯定感が低いこと。「自分はダメな人間だと思うことがある」高校生が多く、「私は人並みの能力がある」と自己評価している者は少ない。日本の小中学校教員は、高い自己効力感を持つ教員の割合が低い傾向にある。特に、「児童生徒に勉強ができると自信を持たせる」「勉強にあまり関心を示さない児童生徒に動機付けをする」「児童生徒が学習の価値を見出せるよう手助けする」など、児童生徒の自己肯定感や学習意欲に関わる項目について、教員の自己効力感が低い。
  • こういった状況を打開するために、学習指導要領が2018年に改定され、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力を強化していくことになった。たとえば、総合的な探究の時間には、①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現を繰り返す探究のプロセスを教えるように求めている。また、小学校にはプログラミング教育が導入された。
  • ところで、新型感染症の蔓延によって、自宅にいる子どもがオンラインで教育を受ける機会が増えた。休校措置によって教育格差が生まれたと感じる18歳の生徒たちは5割を超え、自宅学習の習慣のあるなしで、自主的に学習できる生徒とそうでない生徒の差が生じているといった指摘が出ている。
  • これを解決するヒントがアクティブラーニングが目指すところにあり、子どもたちが主体的な学びを実現できているか、対話的な学びが実現できているか、考えを伝え合って集団としての考えを形成するなど深い学びにつながる活動ができているか、オンラインであれ、対面であれ、生徒たちの認知過程を踏まえ、最適化された授業がデザインできているかが重要であることに気付き、教室にいてもオンライン並みの距離感を感じたのではないか。これからの1人1台時代の創造的な学びの主役は学習者である子どもたちであり、様々な学習活動をデジタルデータで見える化することで、AIの「目」がそれを捉えることができるようになり、自律的な学びを促したり、対話的な学びをアシストしたり、子どもの学びをデータに基づいて最適化・高度化することで、単元デザインそのものをトランスフォーメーションしていく。それをデジタルが支えることが教育のDXだと考えている。
  • 教育のDXが実現できている施策として、ワールド・ワイド・ラーニング(WWL)コンソーシアム構築支援事業での事例をいくつか紹介したい。これは、0をリードし、SDGsの達成を牽引するイノベーティブなグローバル人材育成のリーディング・プロジェクトであり、社会課題の解決に向けた探究的な学びを通じた高校教育改革や大学の学びの先取り履修等を通じた高大接続改革を推進するというものだ。コロナ禍で海外に行けなくなった影響をデジタルで最小化するだけでなく、世界中で加速したオンライン環境を駆使し、探究活動のDXを実現しつつある。
  • COREハイスクール・ネットワーク構想では、複数の高等学校が連携し遠隔授業により自校にはない科目の単位を取れるようにするなど、中山間地域や離島等の高等学校の弱みをデジタルで解決し、生徒の多様な進路実現に向けた教育のDXを通じて、持続的な地方創生の核となる人材育成強化を図るというものだ。

次いで桐生氏が講演した。桐生氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育DXとして当面目指しているのは、デジタル技術・データ活用による指導・教育行政の改善・最適化である。教育DXによって、「全体的・動的」な把握が可能になり、「集合知」が活用できるようになり、生徒に合わせた「個別最適化」のアプローチが取れるようになる。また、問題が起きたのちに後手後手で対応するのではなく、未然に防止することもできるようになる。
  • GIGAスクール構想やStuDX Styleは、教育DXの最初の一歩である。
  • 教育DXを進めるには、教育データが標準化され、活用できるようにしなければならない。文部科学省は有識者会議でこの課題を検討してきた。教育データは子どもたちや保護者によって一次利用されるとともに、匿名化されて二次利用される。例えば、ビッグデータとして解析した結果によって教育方法が改善されるなど、二次利用から一次利用への還元が起きていく。また、個々人の教育記録は、個々人の医療記録と同様に蓄積され、個々人によって生涯活用されていくようになる。
  • 教育データには行政系データ、校務系データ、学習系データの三種類がある。行政系データと校務系データは標準化しやすいが、学習系データはむずかしい。テストで80点を取ったといっても、問題の程度によるし、実施年でも変わる。まずは、行政系データと校務系データのスモールデータとしての活用、行政系データのビッグデータとしての活用から始める計画である。
  • その先に学習系データの標準化があるが、第一歩として、学習指導要領の各項目にコードを付与する、学習指導要領コード第一版を2020年10月に公表した。デジタル教科書・教材・問題集でも単元ごとに学習指導要領コードが付いているので、それを利用して一人ひとりの子どもが学習指導要領の各項目をいつ学習したか記録できるようになった。紙によるテストからCBTに切り替えれば、、どんな成績だったかも記録できる。
  • 教育データは現状把握、因果関係の説明、そして予測に活用されるようになるだろう。それによって、教員の勘ではなく、データに基づいて次のアクションが取れるようになるだろう。

最後に上松氏が概略次のように講演した。上松氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育のDX化はインフラの整備ではない。パソコン(タブレット)の配布や電子教科書などが注目されているが、もっと大切なのは、インフラを活用して学びの良いスパイラルを作ることである。これに関連する海外事例を紹介する。
  • オーストラリアには、ICTを子どもたちのキャリア形成に活用しようというプログラムがある。子どもたちのキャリアは多様であるが、将来は必ずICTが必要になるので、ICTに自然な興味を持たない生徒にも興味を持たせる教育を提供しようというプログラムである。その中で「児童起業家」を育成する試みも実施されている。
  • 教育関係者にDX教育のトレーニングと専門能力開発や資料を提供して、教員の能力を向上させようとしている。教員向けのMOOCsが開発され、教員が自ら学べる環境ができている国も多い。フィンランドでは、水曜日午後は子どもたちを帰宅させ、教員がDX教育について研鑽を積む時間を取っているという事例もある。
  • スウェーデンでも小学生から企業家教育を行っている。海外の学習デザインの射程を端的に示したのが、OECDの「Education 2030」であって、災害の多い社会で生き延びる力、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力が大切であると強調している。企業家教育は、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力を育てるものだ。
  • 教育DX化にはセキュリティー対策が欠かせない。膨大な教育データをどう守りつつ、活用していくか。この視点を重視して、欧州に見習い、わが国もシステムを構築していく必要がある。

三つの講演終了後、以下のような議論が行われた。

現職教員の教育DXへの対応能力の強化について

安彦:地域との協働により生徒のフィールドワークを地域の人材にお願いし、その間に教員同士での研鑽時間が確保できたという事例もあるように、まずは時間を作り出すことが大事。また、教育DXはベテラン教員では対応できないのではないかという声もあるが、むしろベテラン教員は授業力が高いので、デジタルを使うと子どもたちが興味を持って主体的に学ぶことに気づくと、すぐにその特性を活かした単元デザインに組み立て直せるので、誰よりもデジタルを使いこなすようになったという実例もある。デジタルは使いよう、そのような気付きも大切である。
上松:イギリスでは、小学校の教員が時間内に子どもたちを連れて高校のプログラミング教育を見学に行くといったことが行われている。それが子供の教育にも教員の対応力向上にも役立つ。小中高、いろいろな科目を相互に開放して子どもと共に教員の能力を高めていくのがよいのではないか。
桐生:教育データの標準化などについて現場が理解するというのは壁が高い。それは、システムを作る側の課題であって、現場では普通に利用すれば学習指導要領コードが埋め込まれるといった仕組みにするべきだ。また、そのようなシステムの利用方法などについて、短い動画にしてMOOCsとして提供するのも有効で進めていきたい。

教育データの活用について
桐生:系統的な学習科目であれば、学習記録を遡ってなぜ苦手になったのかを特定し、対応するようにできる。それよりも大切なのは、子どもたちの「Wellbeing:幸福度」である。OECDのEducation 2030でも読み取れるように、単に成績を上げるというよりも、大人になったときに幸福と感じることができるかという点である。チャレンジングな課題であるが、ぜひ取り組んでいきたい。
上松:エストニアでは学習記録はマイナンバーに紐づいている。そのような仕組みを作れば、個々人が教育データを活用できる。別の視点だが、日本の弱みとなっている読解力について、国内外の教育データを比較して分析するといったこともできるようになるので、期待している。
安彦:黒板を使って子どもたちに一斉授業をするだけでは取り残される子どもが生じる。一人ひとりの認知特性を理解して学習活動を見える化していく、その教育データを記録し、それをAIが分析して弱点を克服する課題を与える、といった学習モデルが生まれつつある。先進校での成果を普及していきたい。

ICT利用に対する批判について
安彦:米国に行ったとき、小学1年の必修教科「経済」の授業で「機会費用」について教えている様子を見学した。それぞれの人がそれぞれの価値観で選択するが、その結果、その人は選択しなかったものの価値は放棄したことになる。それが機会費用であるが、このような経済原則を小さいうちから理解することによって、自ら意思決定して選択できる素地が育まれ、デジタルにも向き合えるようになる。また、その意思決定はむしろ他人と違った方が健全な社会なんだよという共生の考え方も身について行く。子どもの安全を守るためにICTは遠ざけよという意見が出るが、子ども自らがICTを活用しながら、どう行動するかを選択できる情報リテラシーを身につけるべきであり、遠ざけていては、バイクの「3ない運動」のように安全リテラシーを育まない状態で高校を卒業させた方が結果的に死亡事故が多くなることに似ている。ICT利用にも利害得失があるということを理解したうえで、未来を切り拓くツールとして利用を促進していかなければならない。
桐生:教育データと医療データ等の他分野のデータを結合し、相互利用できる仕組みを作っていきたい。教育データと福祉データを連結させて活用しようという試みが、大阪府箕面市で進められていると聞いている。どのように結合するどのようなことが明らかになるか、という点についてはまだ研究途上であるが、進めていきたい。

デジタル教材等の学校外での利用について
安彦:デジタル教科書・教材・ドリル等にも著作権があり、ルールを守るのが大前提である。その上で、ボランティアが学校外での活動を行う際にも利用できるように、サブスクリプション方式を取り入れるといった工夫が求められる。また、教材等の一部を一定の利用までは無償公開し、優良な教材はその後の課金で勝負できることで、手軽に利用できるコンテンツの豊富化を促すといった考え方もあるだろう。

ZOOMセミナー「GIGAスクールを活用した教育:現状と課題」 浅野大介経済産業省課長ほか

開催日時:5月26日水曜日午後6時30分から8時10分
開催方法:ZOOMウェビナー
講師:浅野大介経済産業省サービス政策課長、上松恵理子武蔵野学院大学准教授
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、浅野氏が次のように講演した。浅野氏の講演資料はこちらにあります

  • 経済産業省は民間教育を担当しており、EdTechプロバイダーと学校の協働を進める「未来の教室」実証事業を2018年度から進めてきた。その延長線上で国費による1人1台端末整備を提言し、文科省計上予算としてGIGAスクール構想が開始された。教育DXについて文部科学省と協業している状態。
  • OECD Education 2030はコンピテンシーの3本柱を掲げている。①新しい価値の創出(=何かを創るための学びを)、②対立やジレンマの克服(=仕事を仕上げる)、③責任ある行動をとる(=当事者として振る舞う)。これらのコンピテンシーを一刻も早く実現しようと進めているのが「未来の教室」である。
  • 「未来の教室」実証事業では、知る、すなわち「基礎スキルの定着」と、創る、すなわち「知識の編集とアウトプット」をどれだけ効率的・効果的に回していけるかに挑んでいる。その鍵が「学びの探究化・STEAM化」で価値を創るために知る学びに転換することと、「学びの自律化・個別最適化」で一人ひとりが自分のペースで主体的に学ぶことである。
  • 実証事業における自律化・個別最適化のベストケースのひとつが、福島県大熊町立小中学校のケースである。小学生と中学生が、外国籍や障害を持つ子どもも含めて、それぞれが自分のペースで学ぶことができる環境をつくった。デジタルドリルを使って自律的に学び、わからないことについて周囲や教員の助けを得る。教員も「教科書は確認にために使えばよい」と、思い切って振り切る指導を始めた。
  • 長野県坂城高校には対話型デジタルドリル「すらら」を導入した。高校に進学したが、実は小学算数や中学数学でつまづきポイントのある子もいる。「分からない」と声を上げるのは恥ずかしいが、自分のペースで学び直しが自由にできるようにしたところ、生徒の成績は伸び、なにより自己効力感を高める生徒が増加した。
  • 別室登校・不登校生徒の学習管理を、城南進研デキタスとStudyplusが協力して、横浜市立鴨居中学校で実施している。筋トレの世界では、パーソナルトレーニングが普及している。学校での学習でも、集団トレーニングからパーソナルトレーニングに移行すべき。同じの考え方に基づいて、オンライン・フリースクール『クラスジャパン小中学園』と17基礎自治体が連携して、200人の不登校児童生徒に在籍校において『在宅出席・在宅学習評価』を与える実証事業も実施している。
  • 学びのSTEAM化とは探求学習である。全国の高校(農業・水産・商業)をつないでロボティクスとメディアアートの探求学習を進めている。例えば、沖縄の水産高校の子どもたちは、勘と経験に頼るだけであまりにローテクな近海漁業のDXによる操業改善を考える。たとえば魚群探知機を倒産したドローンを導入して変革するなどの探究活動に取り組んでいる。
  • サイバーセキュリティを題材に、広域通信制高校に通い、中学までの不登校経験や発達障害で困難を抱える子たちで、ゲームをとにかくやってきた子たちを対象とした実証実験がある。「正義のハッカー」とはどんな人でどんな活動をしているかを、現役の正義のハッカー自らに語ってもらう。現役の正義のハッカーが「僕も高校時代は引きこもりで、ゲームばかりしていて、そこからこの仕事に出会って、いまはこう」と話をすることで子供たちの興味がわき、セキュリティ診断技術を学んで実践する中で、ゲーム経験を活かして高いパフォーマンスを示し,今後もサイバーセキュリティについて学び続けたい、関連する職に就きたいという意欲を持つ子どもが出てきている。「自分も何とかなる、いけるかもしれない」と思った瞬間から子供たちは変わる。その機会を与えるのがSTEAMである。
  • 子どもたちに「時代遅れな校則やブラック校則」を自力で変える「交渉」を学んでもらうルールメイキング・プロジェクトも実施している。校則を含む学習環境を自らデザインすることで、「自分の属する組織の環境を改善し続ける力」を中高生の頃から養い、その先で、関係者の間で合意を形成していくというプロセスを体験させている。
  • 中高における「学びのSTEAM化」の究極型は、「総合」の時間のみならず、関連する教科や特別活動の時数・単位も合科され、十分な時間を用いた学際研究が展開される状態である。新学習指導要領によって、今度こそ探究vs教科(系統)の二項対立を終え、GIGAスクール時代の「未来の教室」に進むべきだ。
  • これに寄与するために「STEAMライブラリー」を提供している。学習コンテンツ、同じコンテンツを使った教員同士のSNSコミュニティなどで構成されている。モビリティ、スマートシティなどのコンテンツもある。「モビリティは担当科目には関係ない」などと教員が無視しないように、それぞれが中高で取扱う教科/単元とどう結びついているかもわかるようになっている。コンテンツを学ぶだけでなく、学校同士でアレンジできれば外国の学校とも繋いで議論してもらおうと期待している。
  • 各OSが組織している既存の教員コミュニティと連携して、経済産業省「STEAMライブラリー」を活用した授業実践や実践事例の共有を進め、STEAM学習の広がりを目指している。
  • 『未来の教室』サイトにEdTechライブラリーという、「未来の教室」デジタル教材の試験導入への入口がある。EdTech導入について4,303校に補助金を交付して、利活用を進めている。
  • 最後に、子どもたちの「自分探し」に少しでも役立ちたいと考え、事業を進めているという思いをお話して、講演を終わる。

次に上松氏が次のように講演した。上松氏の講演資料はこちらにあります。

  • OECD Education 2030の翻訳をきっかけに、海外での初中等教育について研究し、日本と大きく異なることに気付いた。海外事例を主に今日は講演する。
  • 学校のネット・端末・クラウド環境はGIGAスクールによって大きく前進したが、取組が遅れている自治体もある。GIGAスクールは、遅れている自治体と進んでいる自治体で格差が起きることなく「一気に!」進むべきである。
  • 各家庭のネット環境やその他の格差であるが、海外ではネット接続料金の支援があるのに加えて、3日間学校で研修が必須な国もあった。単にネットにつながるだけでなく、どう利用するかについて保護者の理解を醸成する必要があるからだ。
  • デジタル教材・教科書の充実についてだが、英語圏では豊富すぎるくらいの学習用デジタル教材があるため、すでにプラットフォームの使い勝手などに議論がシフトしている。
  • アクティブラーニングでは、子供たちの好奇心、創造性、パッション、相互関連性、自己調整力を育てることが重視されている。それに合わせて「1時限は50分」といった枠に関わらず、柔軟に一齣一コマを設定できるように改善されている。
  • オンライン化の進展で、書くことはパソコンのキーボードを使って入力することに変わった。話すというのは、オンライン上で話すことであり、時にはAIにも話す。このような変化とともに、メディアリテラシー、デジタルリテラシー、さらにはAIリテラシーに変容している点を理解しなければならない。
  • ニュージーランドでは、教員に加えて、大学生などの若者がメンターとして加わり教育を推進している。これによって子供たちの好奇心が育ち、教員の負担は軽減する。
  • 人口減少は急激で子供の数は減少の一途を辿っている。そんな日本でイノベーションを起こしていくために、学校はいつでもどこでも誰でもアクセスできるオープンな場であるというように、学校の概念も変化させる必要がある。時代の進化に寄り添う&沿う教育が求められているのだ。

講演の後、次のようなテーマで議論が行われた。

ルールメイキングについて
山田:国際標準化で日本代表を務めているが、ルールメイキングについて知識と経験が不足するエキスパートが日本人に多い。未来の教室に期待する。
浅野:まったく同じ問題意識を持っている。それに加えて、例えば働き方改革なども政府に言われないと動かない、自治が効かないのが日本の問題と考えている。自らの生存環境を維持するには論理的な交渉と合意形成が決定的に重要で、これを強化する教育が必要と考えている。
上松:クリティカルシンキングは誰もが身につけるべきものと、諸外国では考え、教育を行っている。同様に意見の合わない人とも話し、交渉するコミュニケーションスキルも育てている。

教員のICT能力について
上松:オーストラリアでは教務主任が各教員にICT教育の方法を指導する役割を担っている学校もある。また、フィンランドでは子どもを午後から帰宅させ、週に1回、教員の研修会を開くという。研修は一方的な話を聞くのではなく、教員同士でコミュニケーションを取りながらオンラインを使いながら理解していくという形である。
浅野:福島県大熊町の事例でわかるように、教員に高いICT能力が必要なわけではない。大熊町では、子供たちが主体的に学ぶのを助けるのが教員の仕事で、ICTを手掛かりにして子供たちを助けている。大熊町では、特にベテランの教員はこの変革を楽しんでいる。
山田:教員相互のSNSネットワークが大切ではないか。
浅野:「未来の教室」の施策を進める中では、参加している教員とSNSを使ってコミュニケーションをしている。それがなければ、施策が進められない状況である。
上松:スウェーデンなど、教員のコミュニティがFacebook上にある。「こんな授業をしているよ」とニュージーランドの教員は授業中にリアルタイムでTwitterにアップしている。コミュニティの中で協力し合いながら教育を改善していくのが当然であり、米国では10年も前からデジタルの授業素材を共有して相互評価するCurrikiのような仕組みも出来ている。
浅野:SNSでのコミュニケーションが知的な作業であるということを、日本の教員も理解する必要がある。
上松:教員室で、教員同士がコミュニケーションを取れるようにしないと、科目横断的な、総合科目の授業は教員同士のやりとりが大事。日本の教員室は静かすぎる。

ICT利用が生む格差について
浅野:すでに大きな格差が存在している現実を直視すべき。ICTがあるから格差が広がるのではない。算数でつまづいた高校生だって世の中にはたくさんいる。長野県の高校では小学算数や中学数学まで自在に戻れるデジタル教材を提供する実験を行っている。今ある学習格差を認識し、それを本当に埋めるためにEdTechを使い、子どもたちに自信を付けさせることが大切である。
山田:デジタルであれば、個々の子どもに合わせて問題内容を組み替えるアダプティブな教材も提供できる。
上松:動画であれば、何度でも、どこでも勉強できる。それができるのがデジタルの強みである。音読も、外国ではレコーダに取ればテイク1、テイク2と繰り返し、親によい録音を聞かせるように子供が努力する。親も子どもが就寝した後でもいつでも、好きな時間に何回も聞くことができる。このようにして、格差が縮まっていく。
浅野:スタディサプリに見るように、デジタル化で価格破壊も起きている。誰でも教育コンテンツにアクセスできる状態が生まれつつある。

情操教育について
浅野:知的好奇心やモチベーションの格差を埋めるために、また社会の基本ルールについて教えるためには、教員が絶対に必要である。このような教育が用意できる空間が学校である。
上松:イギリスでは博物館・美術館に子どもたちをしばしば連れていく。芸術に触れることで子供たちの心は豊かになり、知的好奇心も育まれていく。オンラインの時代になればこそ、情操教育が人としての感性を磨くためにとても大切で、「情操教育がなければオンライン教育はない」と考えている。

共催シンポジウム「電波改革の扉を開けよう」 夏野 剛慶應義塾大学特別招聘教授ほか

共催:アゴラ研究所・創発プラットフォーム・情報検証研究所・情報通信政策フォーラム
日時:4月20日(火)20:00~22:00
出演:夏野 剛(慶應義塾大学特別招聘教授)、中村伊知哉(iU学長)、安延 申(創発プラットフォーム代表理事)
司会:池田信夫(アゴラ研究所所長)

ニコニコ生放送で中継する形式で実施されたシンポジウムは約5000名の視聴を得た。シンポジウムでは、次のような論点について議論が行われた(文責は山田肇にある)。

  • これからは動画のようなリッチコンテンツが流通する時代である。プラチナバンドを空けないと流通需要を満たさない。プラチナバンドを空け、それを周波数オークションで配分するような大きな変革が必要である。
  • しかし、総務省は実は強い行政ではなく、自ら変革に乗り出すような力はない。電波産業を構成する放送業界、通信業界と、それらにシステムを提供する製造業者の要望のもとで、業界調和を最大限重視して実施されている、行政と業界が一体になった行政である。
  • その結果、ガラパゴス的なシステムが多用され、国際競争力が失われてきた。日本の電波産業の目を覚まさせるためには、周波数オークションのような大きな刺激を与える必要がある。
  • しかし、電波業界は周波数オークションを望んでいない。放送業界は親会社である新聞社と共に周波数オークションについて報道を避けてきた。周波数オークションの実施には業界調和を崩す大きな力が必要であるが、日本市場の魅力は低いので、外圧がかかりにくい状況になっている。
  • 新聞等のメディアの力は失われてきた。中期的に見れば、構図はがらりと変わる可能性がある。電波改革の主張を続けていくのがよい。