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政治 法令文書のオープンコーディング 榎並利博富士通総研経済研究所主席研究員

日時:6月30日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館4階 5401教室
文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:榎並利博富士通総研経済研究所主席研究員
コメンテータ:林絋一郎情報セキュリティ大学院大学教授

榎並氏の講演資料はこちらにあります。

林氏の講演資料はこちらにあります。

榎並氏は「プログラマであれば誰でもプログラムの書き方と法律の書き方が似ていることに気づくと思うが、それ以上追求することはないだろう。今回、仕事上マイナンバー法を読み進むにあたり、国民すべてが理解すべき法律があまりにも難解なのに怒りを覚え、法律をプログラムのように書いたらもっと読みやすくなるのではないかと真面目に考えた。」と研究のきっかけについて話した後、講演資料に基づいて講演した。

林氏は、講演資料を用いて、「社会の中の争いをさしあたり収束するために法的ルールがあり、科学的根拠を問われることは少ないが、だからこそ、科学の立場で法律を研究する必要がある。」と指摘した。榎並氏の提案に賛同するとしたうえで、法律家が常識としているポイントを理解したうえで提案することが、「法律村」の壁を突破するために必要であるとコメントした。

会場からも多くの賛同意見があり、榎並氏の提案の実現方法について以下のような示唆があった。

  • 議員立法は内閣法制局の審査を受けないために、他の法律と矛盾するという事態がおきやすい。法律をプログラムのようにチェックできるという機能を、議員立法を促進するために提供してはどうか。
  • 法律が読みにくくて困っている一般人に大きな声を上げてもらうべきだ。たとえば、外資の日本進出には、複雑で難解な日本の法律が壁になっている。彼らと一緒になって、読みやすくわかりやすい法律に変えるように運動してはどうか。
  • 総務省が「e-Laws」を開始した。霞が関で働く女性がもっと活躍できるように、法案等関係資料の作成を支援するシステムである。このe-Lawsと連携してはどうか。
  • NPOのアスコエが、自治体の提供するサービスを理解しやすい形でウェブで伝えようと、「ユニバーサルメニュー」を提案している。法律よりも条例のほうが攻めやすいのではないか。
  • フローチャートを描くと法案と解説が同時にできるといった仕組みを開発するのがよいのではないか。
  • もっとも国民に関係するのに、最も読みにくく理解できないのが税法である。提案を税法に適用し、こんなにわかりやすくなるのだとアピールしてはどうか。

政治 統一地方選挙におけるネット選挙運動を振り返る 草間剛横浜市議会議員ほか

日時:6月2日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館4階 5401教室
文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:
草間剛横浜市議会議員
音喜多駿都議会議員
田代光輝慶應義塾大学政策・メディア研究科特任准教授

配布資料はこちらにあります。草間氏音喜多氏田代氏

最初に、草間剛横浜市議会議員が概略次の通り講演した。

  • 横浜で政治へのネットの利活用を推進し、マニフェスト大賞優秀賞などを受賞してきた。インターネット番組「日の出TV」を四年間、毎日配信してきた。衆議院議員なども出演するが、視聴者数は少ない。毎日ミニ集会をやっているようなものだ。
  • 超党派で地方議員を集めた「湘南カフェ」というインターネット番組も実施している。こちらは、オフラインでの対話集会に結び付き、それを元にして「湘南地域の日地帯が連携した観光バスの運行」といった政策提案に発展していった。
  • 老朽化しつつある公共プールの更新といった政策的なテーマについて、データで紹介するオープンデータサイトも構築して、政治活動を実施している。
  • 統一地方選挙でもネットをさまざまに活用したが、どれも大きなビュー数は得られなかった。統一地方選挙は、自由民主党の後援会組織(平均年齢65歳以上)による地上戦が「主」で、学生ボランティアが支えるネット選挙活動は「従」だった。

次に、音喜多駿都議会議員が次のような内容について講演した。

  • 日本を元気にする会は、政策決定に国民の声を活かすことが最も大切だと考え、ネットを通じてそれを実現するように努力している政党である。Vote Japanというサイトで法案に対する賛否を問い、3:2だったら、3名の議員は賛成に、2名は反対に投じるといった仕組みを実践している。
  • 統一地方選では、聴覚障害を持つ斉藤りえ候補(北区)を応援した。つくづく、日本の選挙は音が中心と感じた。公職選挙法の規定によって地方選ではチラシでは配れないため、聴覚障害があるとハードルが高い。音を使わない選挙を展開せざるを得なかった。ネット選挙は、障害者の参政権を担保するうえで重要と認識しており、選挙公報のウェブ掲載の迅速化を求めたい。
  • ネット選挙運動の成功例に、いとう陽平候補(新宿区)がある。徹底したインターネットの活用で、たとえば全候補者のまとめサイトを自分で作成し、閲覧者を誘導した。4月には月間6万PVを達成した。
  • ネットを通じて有益な情報を発信していた候補者は当選している。ネットで票を稼いだのではなく、きちんとした政治活動をしている政治家は情報をたくさん持っているので、良質なアウトプットができたと評価している。
  • ゴールデンウィークに北欧を中心に視察した。スイスではランツゲマインデ(屋外集会による直接民主制)を見学した。エストニアではネット投票を見て、国民の政府によせる信頼の高さを実感した。フィンランドには国民発案サイトがある。ネットが普及した結果、直接的民主制を一部取り入れることが可能になった。

最後に、田代光輝慶應義塾大学特任准教授がおよそ次のように講演した。

  • ネットはプル型メディアである。票を増やすためには、握手・辻立ちといった地上戦が必要である。一方、関心をもってネットで候補者のサイトを訪れる有権者の支持を継続させるのがネットである。
  • オバマ大統領の強さはネットであるといわれている。しかし、オバマ選対にボランティアとして参加した海野先生の経験によれば、戸別訪問である。ネットを上手に利用して選挙に勝ったというわけではない。
  • 日本の国政選挙、地方選挙におけるネット選挙運動を分析したところ、接戦では決め手になることがわかってきた。投票日には候補者の検索数が増えるが、これは、意中の候補者について最終的に調べてから投票しようという人がいるためである。検索結果が候補者の悪口ばかりだと、そのような人は投票所に行かない。その結果、5パーセント程度の票が動いて当落が変わってしまう。
  • 悪口がネットに出るのはやむを得ない。今でも怪文書は飛び交っている。それを超える量の正しい情報、よい情報をあらかじめ発信しておくことが最大の対抗策である。
  • マスメディアは大衆向けであった。これに対して、ネットは大衆を分断して、小衆を産みだす。小衆は、同じ考え方の人だけの集まりであり、同調しあうと異質のものを排除し始める。これが、サイバーカスケード(Republic.com)であり、社会は分断される。選挙でネットを活用する際には、同時にサイバーカスケードの危険性を認識しておくべきだ。

三氏の講演の後、次のようなテーマで討論があった。

障害者の参政権について

  • 斉藤りえ候補の選挙運動で規制されたように、今は障害者の被選挙権行使には制限がある。議会へのパソコンの持ち込みが許されないなど、障害者には活動しにくい状況があり、改善が必要である。
  • 視覚障害者には代理投票制度があるが、誰に投票したのか、周りにわかってしまう。障害者が選挙権を行使するためには、ネット選挙は有益である。

サイバーカスケードについて

  • 狂信的な社会運動がサイバーカスケードとして表に現れ、それが議員に影響するという事態が一部で起きている。ネットによる情報の偏りと、それが原因となった社会の分断には注意が必要である。
  • 北欧の政治家は、例えばあるイシューについて世論が偏っても、正しくないと考えた時には説得しようとする。それが政治家の仕事であると考えているし、社会もそんな役割に期待している。サイバーカスケードに左右されない姿勢を政治家は持つべきである。
  • ごみ処理場の建設のように地元の反対を超えて、政治家は苦渋の決断をしなければならない場合がある。直接民主制といっても、参加者の範囲(対象地域)を決めないと、結果は社会を不幸にする恐れがある。スイスでは五万人規模がよいといわれている。
  • 日本は100%間接民主制だが、一部に直接民主制を取り入れるとともに、政治家がファシリテータとして活動するといった形態に期待したい。

ネットを利用した政治活動について

  • オープンデータサイトのような場合、選挙期間に閲覧数が伸びなくても、関心を持った有権者は日常的に訪問してくる。政治活動としては有益である。
  • 地元の有権者の関心と合わせた形でオープンデータを提供するといった、政治家の工夫が必要である。そうすれば、政治活動として役立つし、また、悪口に負けない正しい情報を積み上げるのにも有効である。
  • 90分の討論を動画配信しても、視聴者数は伸びない。単に名前を売るだけなら数十秒で充分であり、動画配信はまだ重視されていない。スマートフォンユーザーが閲覧の中心で、通信量制限を考えると、1分半が限界である。スマートフォンユーザーが通勤時に閲覧するという可能性もあり、字幕の付与は絶対に必要である。
  • そもそも、有権者は見かけた候補者に投票する傾向がある。当落の大半は後援会の強さで決まるが、Facebook友達には、拡散の効果があり、新しい層を取り組むことができる。

 

大阪都構想について

  • 大阪都構想は、マスコミ発のアジェンダ設定であり、テレビ選挙の典型であった。
  • 橋下市長の「スパム電話」が悪影響を与えたという評価が出ている。先の佐賀県知事選ではスパム電話が当落の原因になっている。プッシュ型メディアは不愉快、と有権者が感じる場合がある。
  • ネットからは好きな情報を有権者が引き出しに行ける。段々にネットが政治に与える影響は強くなるだろう。

教育 教育の更なる進化を目指す、リクルートの勉強サプリ 中野慧株式会社リクルートマーケティングパートナーズプロデューサー

日時:6月17日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館1階 5105教室
文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:中野慧((株)リクルートマーケティングパートナーズ 勉強サプリ プロデューサー)

冒頭、中野氏は要約次の通り講演した。

  • リクルートは「人生のイベントごとに伴走する会社」であり、ゼクシィやリクナビ進学といった様々な世代向けのサービスを展開している。「受験サプリ」は、教育領域のプロジェクトとして立ち上げられた。リクルートでの新規事業立ち上げでは、しばしば「ロマンとそろばん」と言われる。「受験サプリ」のロマンは、教育環境格差解消である。
  • 大学進学率と高卒就職率には親の所得が大きく影響している。親の生まれや所得によって、子供が所属するグループが決まってきてしまうのが現状である。同時に、地域格差が広がっている。これらの格差を解消するため、低価格で高品質なコンテンツをオンラインで提供することを考えた。
  • コンテンツをオンライン配信することで、多くの顧客を相手にすることができる、つまり、一人当たりの費用を下げることができる。結果として、月額980円でカリスマ講師の授業を受け放題という内容で、受験サプリは有料会員8万人を獲得した。無料会員としては、累計で138万人。単年でみても、受験する高校生の2人に1人である、30万人以上が登録した。(2014年末現在)
  • 高校の授業でも使いたいという声がある。「放課後寺子屋」、「反転授業」、「よのなか科(アクティブラーニング、ロジカルシンキング)」、「プログラミング科(キャリア教育)」といった教育が全国数百の高校で実施されている。
  • 「受験サプリ」の世代拡張というシンプルなコンセプトから、「勉強サプリ」が生まれた。小中学生も、通塾率は親の所得によってかなり差がある。塾に行っていた子供が、いい学校に入り、いい大学に入りと繋がっていることから、小中学生にも同じような不(不満や不足)があるのではないかということで、「勉強サプリ」の企画が始まった。
  • 小中学生には、受験という一年先の明確な目標があるわけではないため、モチベーションを継続させることが難しい。勉強サプリは保護者の関与を絡める必要がある、学校の授業の予復習のコンテンツを創る必要がある(教科書準拠)といったことから、「受験サプリ」と同じ内容のビジネスではない。
  • 「勉強サプリ」のキーワードは、「わかる、はまる、あがる」である。カリスマ講師陣の1500時間の授業、教育改革に合わせた新たな教育コンテンツ群、継続して学べるゲーミフィケーション、ビッグデータを活かしたアダプティブラーニング、保護者への教育支援コンテンツ・機能、全部で月額980円というのが売りである。
  • 2020年から新指導要領に沿ってカリキュラムが変わる。2020年に教育を終えるこどもたちは、将来的には新しいカリキュラムで学んだ人たちと競争しなければならない。教育改革に合わせた新たな教育コンテンツ群を使うことで、今からの世の中で必要とされることを学んでほしい。
  • ソーシャルゲームの会社とのコラボレーションを行っている。ドリルや動画を見るとポイントが貯まってキャラクターに交換することができる。このゲーミフィケーションによって、子どもたちが学びに向かう最初のモチベーションの源泉を担保している。
  • 問題を解いてその場で採点するため、見返しや復習がその場でできる。解いた問題のログが蓄積されていくことで、苦手な部分が明確になり、学習の方針が立てやすい。さらに、問題にタグづけをしているため、関連する問題において、前提条件として理解できていないと解けないこと、同時に理解すべきこと等を把握できる。苦手な部分を分析してデータとして蓄積しているため、子供に合った教育内容を提供することができる。
  • 保護者向けの授業も展開しており、ほめるポイント(点数や学習時間等)をメールで伝えるといったサービスも行っている。

講演終了後、次のような質疑応答があった。

BYODについて
Q(質問):他社の類似サービスでは、タブレットを購入させるが、勉強サプリは動画やコンテンツの提供で、自分が持っているデバイスを使ってもらう。その理由は?
A(回答):デバイスを決めると、技術進歩を反映するのが遅れ、拡張性に欠ける懸念がある。また、サービス価格を押さえたい。そこで、デバイスを買わせる選択肢ではなく、BYODとした。推奨タブレットもあるが、買わない人も多い。

アクセシビリティについて
Q:動画が多いが、障害をもつこどもたちに向けた対応は考えているか?
A:現在のところは考えていない。これからは、テキストのみ、動画のみでも完結できるようにすることが必要になるだろう。
Q:グローバル展開を考えているか?
A:今はありますとは言えない。
C(コメント):国内にも外国人世帯が増加している。この子供たちへの教育ビジネスには可能性があるが、自動翻訳などアクセシビリティ対応も求められる。

「勉強サプリ」の事業内容について
Q:対象を小学校4年生からにした理由は?
A:4年生頃から、抽象的な概念に関しても学習が始まることから、勉強に対して苦手意識を持つ子供たちが増えてくる。ここの層に向けてサービスを届けることができると考えているからである。
Q:利用した子供の学習成果は測定できるか?
A:ドリルやテスト対策モードがあるが、客観的に成果を図るのは簡単ではない。学習を継続している子どもからは成果が上がっているとの評価をいただいているため、継続性に関してモニタリング・磨きこみを行っている。
Q:こどものITリテラシーを高めるようにフォローしているか?
A:はじめは低いが、すぐに慣れる。好奇心で身に付けられる。
Q:ドリルよりも動画を利用するユーザーが多いのが?
A:ドリル解く方が手を動かせたりできるので利用が多いと想定していたが、先生の授業がおもしろいからという理由で動画を見るユーザーも多いのが現状。
Q:教育ICTでは権利処理が問題になってくる。反転授業を行うとき等、権利処理はどうされているのか?
A:中学生の勉強に寄り添うには、定期テスト対策が必要であるため、主要教科書に対応した内容を扱っている。そのために、教科書会社からの許諾を得ている。
Q:学習記録が生徒ひとりひとりに蓄積されていくが、個人に合った問題を出題すること以外に、今後、進学適性や就職マッチング等を行うことは考えられるか?
A:可能性としてはありえると思う。
Q:講師に対して、コンテンツの中身は、どの程度口出しをしているのか?
A:採用時に判断している。勉強サプリで先生を採用するときは、他の先生が候補者の授業を見る。それを通過したら、さらに一部のユーザーに見せ、一定の評価を得なければ採用しない。授業の中身に関しては、ユーザーの行動データから見えてくることがある。どの行動をしたときに離脱率がどうなっているか、等は都度お伝えしている。
Q:勉強サプリは中学校3年生までであるが、受験サプリへの接続はどうなっているのか?
A:リクルートで共通のIDを発行しているため、今後密に連携させていくことが可能と考えている。

教育格差の解消について
Q:登録が多い学年はあるか?
A:偏りなく万遍に登録してもらっている。受験生に偏るということもない。
Q:利用者は、学習塾と併用しているのか?
A:単体での利用と併用の両方があると思う。教科によって、学習塾と分けている人もいる。
Q:基本的にはB to Cだと思うが、学習塾での利用はどう考えているか?
A:学習塾向けに売ろうとすると、先生が生徒の成績一覧を表示できるといった仕様変更が必要になると考えている。
Q:そもそも教育格差は、学校に問題があるのではないか?
A:OECDの調査で、ゆとり世代の2006年の成績は下がった。現在は、(脱ゆとりで)上がっている。OECDの15歳地点での順位は上位であることから、教育成果が出ていないわけではない。問題は、その後の人材の活かされ方ではないだろうか。応用力をキチンと身に着けてもらうことに加えて、学び続ける姿勢を構築することが重要と考えている。現在、日本の15歳は、学習の到達度は高い水準にあるものの、学びに対する意欲は低い。小中学生の間に、学びを好きになってもらい、習慣化してもらえるようなサービスを創り、日本の将来を担う子供たちを応援できればと考えている。

行政 電子行政の先にあるデジタル社会を見据えて 山口功作氏(エストニア投資庁日本支局長)

日時:5月28日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   千代田区九段北4丁目2番25号
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:山口功作(エストニア投資庁日本支局長)

講演資料を用いて、山口氏は次のように講演した。

  • エストニアでは電子政府という言い方はあまりしない。民間での利活用こそが大事であり、政府自体にはあまり投資しない方がよい。
  • エストニアでは、15歳以上の国民はIDカードを所持することが義務であり、人口1,313,271に対して、1,245,304枚のアクティブなIDカードが存在している。任意の国で成功したところは未だ無い。
  • IDカードには、氏名、性別、国籍、誕生日、ID番号、文書番号、失効日、自書、顔写真が印刷され、認証用と署名用のデジタル署名が記録されている。カードの中には二つの情報しか入っていないので、落としても問題はない。SIMカードに認証用と署名用のデジタル署名を入れた、モバイルIDが主流となりつつとなる。
  • 海外の人にe-Residencyカードを発行している。銀行口座はエストニアでつくる必要があるが、e-Residencyカードがあれば法人登記は海外からもできる。海外からスタートアップが集まって、イノベーションが起きることを期待している。エストニアの安全保障にとっても重要な手段である。エストニアにビジネスの拠点をもっている人が増えることで、エストニアを守ろうという「ファミリー」も増える。
  • 番号制度(番号付与のルール)、番号カード、番号カードの中に入っている公的個人認証と電子署名、公的メールアドレスが組み合わされて、国民IDはプライオリティNo.1の身分証明書として扱われている。
  • 人口減少の先に、世帯数減少が進むと経済は縮小する。経済の規模拡大を移民に頼るのにはリスクと負担がある。出生率を増やすのは時間がかかる。女性の社会進出には期待するが、本命は生産性を増すことである。
  • 第3次産業革命(インダストリー4.0)にどう対応していくかで国の将来が決まる。そのために、エストニアは情報通信の利活用とともに順応を進めている。利活用に対する国民の不安解消には、情報管理権限を国民の手に委ねるようにし、誰がいつその人の個人情報にアクセスしたのかわかるようにすることが肝要である。透明性以外に信頼獲得の方法は見えない。
  • IDカードは、健康保険証、各種免許証といった公的サービス用にも、銀行カード・会員証といった民間サービス用にも利用されている。卒業証明書というサービスもある。受験の申し込みの段階で電子署名すると、学校は証明書を参照することができる。
  • 3,000以上のサービスが、X-road上で接続されている。物理的にX-roadが存在するわけではなく、それぞれのデータベースはP2Pで繋いでいる。この非集中化が、セキュリティを高めている。
  • 電子化にはさまざまな効果がある。電子署名は、労働人口一人当たり、年間一週間分の労働時間を削減した。法人登記はオフラインだと510分かかるのが、30分に短縮された。VAT(付加価値税)も電子化・自動化して、税収が伸びた。
  • エストニアでは、2003年にIDパスという形で公共交通の定期券を提供するようになった。それを使った方が得だ、楽だと周知させる一つの方法だった。そして、金融機関による利用開始が、普及の始まりである。次世代サービスとして、電子領収書を正式の領収書とすること、政府発行の公式eメールアドレスを住所として認めること、クロスボーダー認証によって、デジタル単一市場の形成を促すことを計画している。
  • 日本と、今後、協力を深めていきたい。二国間サイバー協議を継続し、IoTにおけるサイバーセキュリティの世界基準を研究していきたい。民間分野ではビッグデータ解析などの分野で、協力を深めていきたい。クロスボーダーで連携し、デジタル単一市場を形成するのも重要なテーマである。
  • 日本では遅きに失した空気感があるが、超大国で番号制度を成功させた国はない。日本がマイナンバー制度を成功させれば初になる。大いに期待している。

山口氏は、自身のe-Residencyカードを利用して、自身に関する情報がエストニア政府内でどのように蓄積されているかを確認するデモ、電子投票のデモなどを実施した。

講演後、概略次のような質疑応答があった。

セキュリティに関する質疑
Q(質問):公的メールアドレスを住所と見なすことについて不都合はあるか、公的メールアドレスにスパム対策はあるか?
A(回答):不都合はない。メールに書類を添付する際には電子署名を付加しており、電子署名を含め、公的個人認証が真正性を担保する。
Q:いまのところ大きな問題・事件は起きていないのか?
A:銀行のなりすましは一件も起きていない。公的個人認証でセキュリティを高めているからだ。エストニアでは個人情報保護について規制が厳しい。権限外の情報閲覧、第三者への漏えいには罰則がある。エストニア前首相が脳梗塞で倒れた時、看護師が権限外の閲覧をして即日解雇された。覗くことはできても、その履歴が残る。履歴は本人が確認できる。入られないための努力も必要だが、透明性を確保することが大切である。
Q:カードを落とした時どうなるのか?4ケタのパスワード(PIN)で安全なのか?
A:PINで三回失敗したら使えなくなるし、落とした際には、即日、停止もできる。
Q:貧乏な方がカードを売る可能性はないのか?
A:もしカードを売ったりしたら、社会保障を受けられなくなる。
Q:認知症の高齢者からカードをまきあげる危険性を考えているのか?
A:後見人制度によって、本人あるいは家族が、本人に代わって手続きできる人を指定できる。

新サービスに関する質疑
Q:電子領収書が導入されると、すべての収入と支出が捕捉されるようになるのか?
A:すぐにではないが、基本的にはその流れだと思う。反対するのは、ごまかしている方である可能性が高いのではないか。エストニアでは個人向けの税理士はすでにいない。電子領収書が実現すれば、ますます事務は効率化される。人口が少ないので、国民には生産性の高いところで働いてもらう必要がある。
Q:電子領収書はいつごろ実現するのか?
A:数年をかけて。税と結びつけるのは、国民との合意ができてからになる。IDカードにNFC機能を付け、便利に利用できるようになった時に、電子領収書は本格化するのではないか。
Q:民間の契約も電子化されているのか?
A:されている。作成した文書に電子署名をつければ、EU域内においては正式な文書となる。
Q:健康・医療分野で日本に薦められる事例はあるか?
A:e-Healthを推進している。どこの病院の医師でも過去の受診歴をみることができる。他人に見せたくない受診歴は、本人がオプトアウトできるようになっている。ホームドクターにも知らせたくない情報は、共有できないようする。事故の際には、警察や救急隊が病院に問い合わせ、病院は必要な情報を閲覧して対応する。
Q:マイナンバーと医療IDについて日本では議論があるが、どう思われますか?
A:できることからやっていくのが良い。透明性を高めることが肝要である。

日本へのアドバイス
Q:日本で共通番号を成功させる要因は何か?
A:私はアドバイスする立場にはないが、早く民間サービスで使えるようにすることが近道ではないか。使った方が便利だという実感を、早く民間も含めて提供することだ。電子政府という側面では、行政の透明性が信頼になる。透明性以外にキラーコンテンツはない。エストニアでもすべての情報が見られるわけではない。警察(捜査段階の情報)・公安情報等がそれに相当する。それ以外はすべて閲覧できる。また、エストニアでは宗教・信条などに関するデータベースは法律で許されておらず、存在してはいけない情報として扱われている、それ以外は秘匿すべき個人情報を除き、公開される。
Q:情報へのアクセス権限は誰が決めるのか?
A:国家情報システム庁が決めるが、省内においてもどのレベルの人が、どのアクセス権限をもっているのかは規定されているから、その点で透明性は確保されている。
Q:電子化は効果があるのか?
A:エストニアでは、伝統的に政府職員の給与レベルは低い。本当にやりたい人でないとやらない。自分のやりたい課題を解決することに人々の興味はあり、異動することに抵抗感はない。だから、リーマンショックのときに政府職員を10%削減できた。しかし、それができたのも、電子化のプラットフォームがあったからだ。
Q:法整備が大変だったのではないか、どんな法整備をしたのか?
A:デジタル署名法が最も重要であった。期限を決め、全省庁が電子署名を自署と同等に受け入れなければならない規定を設け、省庁の革新も一気に行った。エストニア議会101名には、技術がわかる議員もいる。大統領は自分でソースコードもかける。
Q:日本で「デジタルをメインにする」と基本を決めたとしても、いろいろな法律を書き換えないといけない。エストニアではやったのか?
A:エストニアは関連する全ての法律を書き換えた。法律家協会は、他国へのアドバイスもしている。
Q:デモで画像認証があったが、視覚障害者への対応はできているのか?
A:視覚障害者には音声サポートがあるが、完ぺきではない。言葉が話せない、耳が聞こえないなど、電話できない人の緊急連絡用にアプリを提供するなどの対応をしている。