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ZOOMセミナー「GIGAスクールを活用した教育:現状と課題」 浅野大介経済産業省課長ほか

開催日時:5月26日水曜日午後6時30分から8時10分
開催方法:ZOOMウェビナー
講師:浅野大介経済産業省サービス政策課長、上松恵理子武蔵野学院大学准教授
司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、浅野氏が次のように講演した。浅野氏の講演資料はこちらにあります

  • 経済産業省は民間教育を担当しており、EdTechプロバイダーと学校の協働を進める「未来の教室」実証事業を2018年度から進めてきた。その延長線上で国費による1人1台端末整備を提言し、文科省計上予算としてGIGAスクール構想が開始された。教育DXについて文部科学省と協業している状態。
  • OECD Education 2030はコンピテンシーの3本柱を掲げている。①新しい価値の創出(=何かを創るための学びを)、②対立やジレンマの克服(=仕事を仕上げる)、③責任ある行動をとる(=当事者として振る舞う)。これらのコンピテンシーを一刻も早く実現しようと進めているのが「未来の教室」である。
  • 「未来の教室」実証事業では、知る、すなわち「基礎スキルの定着」と、創る、すなわち「知識の編集とアウトプット」をどれだけ効率的・効果的に回していけるかに挑んでいる。その鍵が「学びの探究化・STEAM化」で価値を創るために知る学びに転換することと、「学びの自律化・個別最適化」で一人ひとりが自分のペースで主体的に学ぶことである。
  • 実証事業における自律化・個別最適化のベストケースのひとつが、福島県大熊町立小中学校のケースである。小学生と中学生が、外国籍や障害を持つ子どもも含めて、それぞれが自分のペースで学ぶことができる環境をつくった。デジタルドリルを使って自律的に学び、わからないことについて周囲や教員の助けを得る。教員も「教科書は確認にために使えばよい」と、思い切って振り切る指導を始めた。
  • 長野県坂城高校には対話型デジタルドリル「すらら」を導入した。高校に進学したが、実は小学算数や中学数学でつまづきポイントのある子もいる。「分からない」と声を上げるのは恥ずかしいが、自分のペースで学び直しが自由にできるようにしたところ、生徒の成績は伸び、なにより自己効力感を高める生徒が増加した。
  • 別室登校・不登校生徒の学習管理を、城南進研デキタスとStudyplusが協力して、横浜市立鴨居中学校で実施している。筋トレの世界では、パーソナルトレーニングが普及している。学校での学習でも、集団トレーニングからパーソナルトレーニングに移行すべき。同じの考え方に基づいて、オンライン・フリースクール『クラスジャパン小中学園』と17基礎自治体が連携して、200人の不登校児童生徒に在籍校において『在宅出席・在宅学習評価』を与える実証事業も実施している。
  • 学びのSTEAM化とは探求学習である。全国の高校(農業・水産・商業)をつないでロボティクスとメディアアートの探求学習を進めている。例えば、沖縄の水産高校の子どもたちは、勘と経験に頼るだけであまりにローテクな近海漁業のDXによる操業改善を考える。たとえば魚群探知機を倒産したドローンを導入して変革するなどの探究活動に取り組んでいる。
  • サイバーセキュリティを題材に、広域通信制高校に通い、中学までの不登校経験や発達障害で困難を抱える子たちで、ゲームをとにかくやってきた子たちを対象とした実証実験がある。「正義のハッカー」とはどんな人でどんな活動をしているかを、現役の正義のハッカー自らに語ってもらう。現役の正義のハッカーが「僕も高校時代は引きこもりで、ゲームばかりしていて、そこからこの仕事に出会って、いまはこう」と話をすることで子供たちの興味がわき、セキュリティ診断技術を学んで実践する中で、ゲーム経験を活かして高いパフォーマンスを示し,今後もサイバーセキュリティについて学び続けたい、関連する職に就きたいという意欲を持つ子どもが出てきている。「自分も何とかなる、いけるかもしれない」と思った瞬間から子供たちは変わる。その機会を与えるのがSTEAMである。
  • 子どもたちに「時代遅れな校則やブラック校則」を自力で変える「交渉」を学んでもらうルールメイキング・プロジェクトも実施している。校則を含む学習環境を自らデザインすることで、「自分の属する組織の環境を改善し続ける力」を中高生の頃から養い、その先で、関係者の間で合意を形成していくというプロセスを体験させている。
  • 中高における「学びのSTEAM化」の究極型は、「総合」の時間のみならず、関連する教科や特別活動の時数・単位も合科され、十分な時間を用いた学際研究が展開される状態である。新学習指導要領によって、今度こそ探究vs教科(系統)の二項対立を終え、GIGAスクール時代の「未来の教室」に進むべきだ。
  • これに寄与するために「STEAMライブラリー」を提供している。学習コンテンツ、同じコンテンツを使った教員同士のSNSコミュニティなどで構成されている。モビリティ、スマートシティなどのコンテンツもある。「モビリティは担当科目には関係ない」などと教員が無視しないように、それぞれが中高で取扱う教科/単元とどう結びついているかもわかるようになっている。コンテンツを学ぶだけでなく、学校同士でアレンジできれば外国の学校とも繋いで議論してもらおうと期待している。
  • 各OSが組織している既存の教員コミュニティと連携して、経済産業省「STEAMライブラリー」を活用した授業実践や実践事例の共有を進め、STEAM学習の広がりを目指している。
  • 『未来の教室』サイトにEdTechライブラリーという、「未来の教室」デジタル教材の試験導入への入口がある。EdTech導入について4,303校に補助金を交付して、利活用を進めている。
  • 最後に、子どもたちの「自分探し」に少しでも役立ちたいと考え、事業を進めているという思いをお話して、講演を終わる。

次に上松氏が次のように講演した。上松氏の講演資料はこちらにあります。

  • OECD Education 2030の翻訳をきっかけに、海外での初中等教育について研究し、日本と大きく異なることに気付いた。海外事例を主に今日は講演する。
  • 学校のネット・端末・クラウド環境はGIGAスクールによって大きく前進したが、取組が遅れている自治体もある。GIGAスクールは、遅れている自治体と進んでいる自治体で格差が起きることなく「一気に!」進むべきである。
  • 各家庭のネット環境やその他の格差であるが、海外ではネット接続料金の支援があるのに加えて、3日間学校で研修が必須な国もあった。単にネットにつながるだけでなく、どう利用するかについて保護者の理解を醸成する必要があるからだ。
  • デジタル教材・教科書の充実についてだが、英語圏では豊富すぎるくらいの学習用デジタル教材があるため、すでにプラットフォームの使い勝手などに議論がシフトしている。
  • アクティブラーニングでは、子供たちの好奇心、創造性、パッション、相互関連性、自己調整力を育てることが重視されている。それに合わせて「1時限は50分」といった枠に関わらず、柔軟に一齣一コマを設定できるように改善されている。
  • オンライン化の進展で、書くことはパソコンのキーボードを使って入力することに変わった。話すというのは、オンライン上で話すことであり、時にはAIにも話す。このような変化とともに、メディアリテラシー、デジタルリテラシー、さらにはAIリテラシーに変容している点を理解しなければならない。
  • ニュージーランドでは、教員に加えて、大学生などの若者がメンターとして加わり教育を推進している。これによって子供たちの好奇心が育ち、教員の負担は軽減する。
  • 人口減少は急激で子供の数は減少の一途を辿っている。そんな日本でイノベーションを起こしていくために、学校はいつでもどこでも誰でもアクセスできるオープンな場であるというように、学校の概念も変化させる必要がある。時代の進化に寄り添う&沿う教育が求められているのだ。

講演の後、次のようなテーマで議論が行われた。

ルールメイキングについて
山田:国際標準化で日本代表を務めているが、ルールメイキングについて知識と経験が不足するエキスパートが日本人に多い。未来の教室に期待する。
浅野:まったく同じ問題意識を持っている。それに加えて、例えば働き方改革なども政府に言われないと動かない、自治が効かないのが日本の問題と考えている。自らの生存環境を維持するには論理的な交渉と合意形成が決定的に重要で、これを強化する教育が必要と考えている。
上松:クリティカルシンキングは誰もが身につけるべきものと、諸外国では考え、教育を行っている。同様に意見の合わない人とも話し、交渉するコミュニケーションスキルも育てている。

教員のICT能力について
上松:オーストラリアでは教務主任が各教員にICT教育の方法を指導する役割を担っている学校もある。また、フィンランドでは子どもを午後から帰宅させ、週に1回、教員の研修会を開くという。研修は一方的な話を聞くのではなく、教員同士でコミュニケーションを取りながらオンラインを使いながら理解していくという形である。
浅野:福島県大熊町の事例でわかるように、教員に高いICT能力が必要なわけではない。大熊町では、子供たちが主体的に学ぶのを助けるのが教員の仕事で、ICTを手掛かりにして子供たちを助けている。大熊町では、特にベテランの教員はこの変革を楽しんでいる。
山田:教員相互のSNSネットワークが大切ではないか。
浅野:「未来の教室」の施策を進める中では、参加している教員とSNSを使ってコミュニケーションをしている。それがなければ、施策が進められない状況である。
上松:スウェーデンなど、教員のコミュニティがFacebook上にある。「こんな授業をしているよ」とニュージーランドの教員は授業中にリアルタイムでTwitterにアップしている。コミュニティの中で協力し合いながら教育を改善していくのが当然であり、米国では10年も前からデジタルの授業素材を共有して相互評価するCurrikiのような仕組みも出来ている。
浅野:SNSでのコミュニケーションが知的な作業であるということを、日本の教員も理解する必要がある。
上松:教員室で、教員同士がコミュニケーションを取れるようにしないと、科目横断的な、総合科目の授業は教員同士のやりとりが大事。日本の教員室は静かすぎる。

ICT利用が生む格差について
浅野:すでに大きな格差が存在している現実を直視すべき。ICTがあるから格差が広がるのではない。算数でつまづいた高校生だって世の中にはたくさんいる。長野県の高校では小学算数や中学数学まで自在に戻れるデジタル教材を提供する実験を行っている。今ある学習格差を認識し、それを本当に埋めるためにEdTechを使い、子どもたちに自信を付けさせることが大切である。
山田:デジタルであれば、個々の子どもに合わせて問題内容を組み替えるアダプティブな教材も提供できる。
上松:動画であれば、何度でも、どこでも勉強できる。それができるのがデジタルの強みである。音読も、外国ではレコーダに取ればテイク1、テイク2と繰り返し、親によい録音を聞かせるように子供が努力する。親も子どもが就寝した後でもいつでも、好きな時間に何回も聞くことができる。このようにして、格差が縮まっていく。
浅野:スタディサプリに見るように、デジタル化で価格破壊も起きている。誰でも教育コンテンツにアクセスできる状態が生まれつつある。

情操教育について
浅野:知的好奇心やモチベーションの格差を埋めるために、また社会の基本ルールについて教えるためには、教員が絶対に必要である。このような教育が用意できる空間が学校である。
上松:イギリスでは博物館・美術館に子どもたちをしばしば連れていく。芸術に触れることで子供たちの心は豊かになり、知的好奇心も育まれていく。オンラインの時代になればこそ、情操教育が人としての感性を磨くためにとても大切で、「情操教育がなければオンライン教育はない」と考えている。

共催シンポジウム「電波改革の扉を開けよう」 夏野 剛慶應義塾大学特別招聘教授ほか

共催:アゴラ研究所・創発プラットフォーム・情報検証研究所・情報通信政策フォーラム
日時:4月20日(火)20:00~22:00
出演:夏野 剛(慶應義塾大学特別招聘教授)、中村伊知哉(iU学長)、安延 申(創発プラットフォーム代表理事)
司会:池田信夫(アゴラ研究所所長)

ニコニコ生放送で中継する形式で実施されたシンポジウムは約5000名の視聴を得た。シンポジウムでは、次のような論点について議論が行われた(文責は山田肇にある)。

  • これからは動画のようなリッチコンテンツが流通する時代である。プラチナバンドを空けないと流通需要を満たさない。プラチナバンドを空け、それを周波数オークションで配分するような大きな変革が必要である。
  • しかし、総務省は実は強い行政ではなく、自ら変革に乗り出すような力はない。電波産業を構成する放送業界、通信業界と、それらにシステムを提供する製造業者の要望のもとで、業界調和を最大限重視して実施されている、行政と業界が一体になった行政である。
  • その結果、ガラパゴス的なシステムが多用され、国際競争力が失われてきた。日本の電波産業の目を覚まさせるためには、周波数オークションのような大きな刺激を与える必要がある。
  • しかし、電波業界は周波数オークションを望んでいない。放送業界は親会社である新聞社と共に周波数オークションについて報道を避けてきた。周波数オークションの実施には業界調和を崩す大きな力が必要であるが、日本市場の魅力は低いので、外圧がかかりにくい状況になっている。
  • 新聞等のメディアの力は失われてきた。中期的に見れば、構図はがらりと変わる可能性がある。電波改革の主張を続けていくのがよい。

ZOOMセミナー「行政DXに猶予はない:国民民主党に聞く」 玉木雄一郎国民民主党衆議院議員他

開催日時:3月25日木曜日午後5時30分から1時間程度
開催方法:ZOOMウェビナー
参加定員:100名
セミナーの内容:
玉木雄一郎国民民主党衆議院議員「国民民主党のデジタル政策」(20分)
藤田卓仙世界経済フォーラム第四次産業革命日本センタープロジェクト長「ヘルスケア分野のDXと個人情報保護」(20分)
登壇者による討論・ウェビナー参加者からの質問等(20分)

冒頭、玉木氏が資料を用いて次のように講演した。以下、文責は山田肇にある。

玉木氏の資料はこちらにあります

  • 香川県の農家で育ち、財務省官僚になった。その後、国会議員になったが、いち早くYouTubeでの情報発信「たまきチャンネル」を始めた議員の一人である。国民民主党は政策提案型の「改革中道政党」であり、少し先に必要となる政策を提案している。
  • コロナの蔓延で行政のデジタル化の遅れが露呈した。デジタル改革には賛成である。全銀行口座にマイナンバーを紐付けて申請不要で直接給付する、オンライン教育、オンライン診療、ライドシェアなどを推進する、行政文書の改ざんできない仕組みを作るなど、デジタルでできることはたくさんある。
  • デジタル改革の前提として「データ基本権」の保障が重要である。データの活用を進めるためには権利擁護でバランスを取る必要があり、「データ基本権」は権利擁護の側面での規定である。憲法13・18・19条に関係し憲法改正も視野に入る。
  • データ基本権を提案する背景にケンブリッジ・アナリティカ事件がある。Facebookから8,700万人のプロフィールデータを収集し、AIが人格を類型化して広告を送り付けることによって「内心の操作」を行った。「民主主義がAIがハックされる」という事態が起きたということだ。
  • デジタル時代に対応した基本的人権として、情報の自己決定権を憲法で保障しようというのが「データ基本権」である。プロファイリングやスコアリングを規律し、憲法19条「内心の自由」を守るものだ。同時に、不必要にビジネスを阻害しないといったバランスも求められる。欧州連合は「EU基本権憲章」 第8条で「何人も自らに関する個人データを保護する権利をもつ」と定め、一般データ保護規則(GDPR)で基本権の内容を具体化している。同様に、遺伝的属性による差別をしてはならないということは憲法14条で定める必要がある。
  • コロナ第四波の封じ込めについて、安価な唾液抗原検査を実施すべきと主張するとともに、「デジタル健康証明書」の実施を求めている。ワクチン接種、検査の陰性などの情報をデジタルで持ち運ぶものだ。海外にも同様の試みがあり、相互運用性を確保する必要がある。ただし、ワクチン接種していないといった理由で差別されないような仕組みを同時に作る必要がある。
  • オリンピックパラリンピックに外国人観客が来ないことになった。外国人客の入国から出国までをモニターするアプリを73億円もかけて開発運用しようとしていたが、改修して日本人の「デジタル健康証明書」を載せ、日本人が国内を移動できるようにしたらどうか。

次いで、藤田氏が講演した。講演資料はこちらにあります

  • 世界経済フォーラム第四次産業革命センター(C4IR)は政府、産業界、学界、市民社会、地方自治体、国際機関などマルチ・ステークホルダが参画し、グローバルなルールづくりに共同で取り組む実証型の官民プラットフォームである。
  • 今後の社会を展望するとヘルスケアは重点分野である。個人と社会の価値最大化の観点から、認知症および高齢疾患の予防とQOL向上に向けたデータガバナンスの枠組みを構築する取り組みを、C4IRの日本センターとして実施している。
  • ヘルスケアの情報はデジタル化し活用するべきだが、同時に個人情報は適切に保護する必要がある。個人情報保護法が定めるデータの取扱いの観点からは、基本的には本人の明示的な同意が取れればOKということになっているが、「同意」と一言で言ってもその実態としては多様である。
  • 個人情報の取り扱いについて、個人の意向が強すぎる(GDPRにおけるデータ主体のコントロール権の濫用など)、データホルダーの意向が強すぎる(プラットフォーマーによるデータ覇権主義など)、公共の意向が強すぎる(トップダウンで一元的な社会信用システムによる管理など)は、どれも適切ではない。個人とデータホルダーと公共の間でバランスを取る仕組みを研究しているところである。その中でAuthorized Public Purpose Access(社会的合意に基づいた公益目的でのデータアクセス)といった新しい仕組みを提案している。特にヘルスケア領域では、同意なしであっても個人情報・データを利用することによって、大きな公共的価値を生み出すことができる場合があるので、同意を唯一の適法化根拠とすべきではないという考えから生まれたものである。
  • 国際的に信用できる検査結果・ワクチン接種の証明書をいかに作ることができるか? 世界の公共財としてデータを扱う仕組みづくりも研究している。それが、CommonPassである。
  • 同意の問題にも取り組んでいる。「インフォームドコンセント0(仮称)」は、個人の権利を守るための意思決定の形式として、同意だけではなく、代理や合意も活用していくべきではないかという課題認識の下で研究しているもので、高齢者・認知症患者も包摂する意思決定の形式となる可能性がある。
  • その先に、医療個人情報保護法があると考えている。個人情報保護法だけでなく、感染症法、医療法や薬機法等複数の法律やガイドライン等を、時代の状況に合わせて見直していくことが求められるが、そのためには、基本的な方針を示す「医療情報基本法(仮称)」が必要になる。

二人の講演の後、以下のような課題について議論があった。

データ基本権について
プライバシーは努力しないと守れない時代になったが、データ基本権は秘密を守るというだけではない。データは自分の意思に沿って活用される必要があるからだ。利活用を進めるために保護すべき最低限の権利を定めるというのがデータ基本権である、と玉木氏は説明した。
藤田氏は賛同したうえで、欧州ではデータの自己決定権が説かれているが、デジタル時代には「新しい人権」を定める必要がある、と主張した。エストニアでは、インターネットにアクセスする権利を定めている。デジタルの利益を享受する権利とともに、意思に反する決定をされない権利も定める必要がある。
その上で、デジタルの利益を社会全体として最大化するという、社会のミッションもある。そのために、個人の権利を一定程度制限するという場合もありうる。だから、権利擁護を行うデータ基本権に加えて、適切な法的規定がなければ不十分ではないかと、藤田氏は主張した。
憲法にデータ基本権を定めるのが適切だが、わが国では憲法改正のハードルは高い。今の憲法第25条などを根拠に、医療個人情報保護法といった法律を定めることで代替するのが現実的である、というのが藤田氏の意見であった。

デジタルヘルスについて
デンマークでは大量の個人健康記録を分析して予防施策に力を入れている。社会全体で医療費を抑制する仕組みになっている。個人健康記録という要配慮個人情報も、上手に利用すれば社会全体の利益になる。という点で意見は一致した。
「肥満」「糖尿病」などについて自己申告に基づいて、わが国ではワクチンの優先接種が行われる。それではまずい。優先順位はデータに基づいて決めるように変わっていくべきだ。

政府への信頼について
デジタルの、個人へのメリットと社会へのメリットを説明していくことが、国民の信頼を高めるために必要だと、玉木氏は発言した。マイマンバーを銀行口座と紐付けて、口座の中身を政府が見えるようになれば、困っている人にプッシュ型で手を差し出せる。
マイナポータルには行政がその人の個人情報にどのようにアクセスしたかの記録が残っている。政府が個人情報を目的外に利用できる仕組みではないことを担保し、そのことへの理解が必要であると、藤田氏は発言した。

玉木氏は、最後に二点を訴えた。

  • 利活用と、それを支える権利の保護の二つを同時に進める必要があるという点について、国民の理解を得ていきたい。
  • 教育と医療の二分野に力を入れ、デジタル化のメリットを国民に示すべきだ。このための政策提案を進めていく。

協賛シンポジウム「ウェルビーイングとDX:コロナ時代を生きる」

■主催:株式会社国際社会経済研究所(IISE)・アクセシビリティ研究会
■協賛:特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム
■開催日時:2021年3月23日(火曜) 14:00-17:00
■開催方法:Zoomウェビナーにてオンライン開催

最大90名がオンラインで参加し、シンポジウムが開催された。開会あいさつの後、各講演者は次のように講演した。なお、文責は山田肇にある。

髙田祐人(内閣官房IT総合戦略室参事官補佐):新型コロナ感染症の蔓延でデジタルの活用が強く求められた。そこで、政府はデジタル社会の実現に向けた改革の基本方針を定めた。国民目線でのユーザ体験価値の創出が重要点の一つである。また、総合調整機能を有する組織としてデジタル庁の設置に動いている。

米田 隆(金沢大学教授):病気の治療よりも健康増進が重要であり、それには人々の行動変容が求められる。しかし、保険制度は治療のためなので予防にはカネが出ない。社会制度を変えていく必要がある。
家庭用血圧計というデジタル計測器が国内に4000万台も普及し、人々が生活に注意するようになり、脳血管障害が減少してきた。これと同様に、IoTを用いたデジタルモニタリングを基に、AIが生活指導して行動変容を促す在宅健康サービスを構築しようとしている。
AIによる生活指導は、糖尿病の予防などについて、ヒトが介入するのと同等の効果があることを実験的に示すことができた。AIがフレイルの高齢者に介入したところ、状態を改善できた。
参加者より「予防は重要だがなかなか行動変容しないのが人間の常である。どのようにしたら行動変容に結びつくか。」という質問があり、米田氏はVRを活用して病気を仮想体験させるといったことも可能になっているので、仮想体験がトラウマに至らないように注意しつつ利用するといった技術的可能性も生まれているという回答があった。

峯 啓真(株式会社シェアメディカル代表取締役):カメラのフィルムを受光素子に変えるのはデジタル化だがDXではない。デジタル写真をSNSにアップするといった新しい利用法・新しい文化が生まれるのがDXである。聴診器のDXも同様。コロナ禍の中で、医師ではなく患者が自ら胸に聴診器を当てる、同時に聴診音を聞いた医療関係者の間でディスカッションするといった新しい使い方が生まれてきた。デジタル聴診器の新しい使い方は自分たちだけで考えるのではなく外部リソースを活用する、自社だけではエコシステムを組まないという基本方針でビジネスしている。
参加者から「電子カルテに接続する、AIで分析するといった実例はあるか。」といった質問があり、峯氏は「利用方法は利用者側に考えてもらうのが基本方針だが、AI分析等にはパートナーと組んで研究所を作り乗り出そうとしている」という回答があった。

川添高志(ケアプロ株式会社代表取締役):新型感染症は在宅介護に大きな影響を与えた。訪問介護絵は看護師の直行直帰、訪問看護計画書の電子契約などを進めた。在宅での療養者が増え、治験も在宅で行われるようになった。これには、遠隔診療と連携して遠隔サポートした。コロナ下ではあるが、外出できない方(交通弱者2000万人)の同行ケアはマッチングアプリなどを活用して継続した。外出自粛で生活習慣が悪化する人向けにフレイル検査等を出張して実施した。スポーツイベントについても、安全安心の確保とコンプライアンス対応に協力した。

千田一嘉(金城学院大学教授):人生の最終段階に関する希望を、本人と家族、医療とケアの関係者が繰り返しコミュニケーションすることで作り上げていくのがACPである。ACPは構造化されたプロセスで、意向は常に再評価され更新されていくようになっている。医療とケアが多職種連携して、ACPを基に本人への対応が行われる必要がある。そのために、情報共有システムを組み、一部地域で利用が始まっている。

遊間和子(株式会社国際社会経済研究所主幹研究員):デンマークではデジタルヘルスが進展している。デジタルヘルスは単にデジタルにするものではなく、変革(DX)が伴っている。それが新型コロナ感染症への対応でも役立った。医療のIDは他の行政サービスのIDと同一で、相互にデータ連携できるようになっている。行政に一度データを提供すれば、他の行政機関も含め同じデータを再要求されることはない、一回限り原則も徹底している。

山田 肇(東洋大学名誉教授):シンポジウムのベースとなる調査研究を進めてきた研究会の成果を説明した。その上で、ヘルスケアのDXは今までのヘルスケアの延長線ではなく、新しいヘルスケアを提示するものでなければならない。DXに取り残される人が出ないためにアクセシビリティ対応を始め、利用者中心のきめ細かな施策が求められる、などの提言を発表した。
研究会の報告書は国際社会経済研究所より公開される。