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セミナー「文字デザインと情報保障」 朱心茹・東京科学大学准教授

共催:ウェブアクセシビリティ推進協会
開催日時:2025年9月22日月曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:朱 心茹・東京科学大学准教授
司会:山田 肇・ICPF理事長

朱氏は講演資料をNotionページで作成した。リンクより閲覧可能である

朱氏は冒頭次のように講演した。

  • 中国・復旦大学在学中から文字デザインを研究し、東京大学で学び、今は東京科学大学で「多様な特性を持つ読者に対応した書体カスタマイズシステムおよびその多言語展開の研究」を進めている。
  • 書体とは、視覚的な特徴となってあらわれる一貫したデザインを施された字形の集合である。世の中には多様な日本語書体が約2500種類も存在する。しかし、よく使われる書体は限られており、デザインも似通っている。書体には多様性と単一性という特徴が併存している。活版印刷の時代には技術的・経済的な理由から書体の標準化が求められたが、今日では個別化が可能なっておりかつ求められているという話をする。
  • 書体には意味・印象・雰囲気・感じなどの言語外の情報を伝えるコミュニケーション機能がある。コミュニケーション機能は書体の多様性によって支えられている。多様な書体があるからこそ、伝えたい印象や雰囲気に適したものを選ぶことができる。
  • 書体は文字情報の読みやすさを左右するという点でアクセシビリティに深く関連する。よく使われている書体を読みやすいと感じる傾向があり、 アクセシビリティ機能は書体の単一性によって支えられていると考えられてきた。しかし、読みが多様であることが分かってきた今日では、書体の多様性こそ読みやすさに深く関連するとも考えられる。
  • 書体の「読みやすさ」には、可読性と視認性の二側面がある。可読性は、一定の長さがある文章がいかに負担なく容易に読めるかの程度。視認性は、ある文字をその文字としていかに容易に判別できるかの程度である。英語でIllustrationと書いたときに、冒頭の大文字のIと次にある小文字のlがきちんと判別できるかが、視認性である。
  • 読字速度、正確性、理解度、視認速度などの客観的な指標、好みや読みやすさといった主観的な指標を用いて、どの書体が読みやすいかについて多くの研究が実施されてきた。「一つの読みやすい書体」を定める研究は良い成果が出ず、近年では読みやすい書体は個々人で異なることが知られてきた。
  • 障害者法制は、障害者差別解消法の制定以来、障害者個々に最適化するように求める方向に進んでいる。
  • 全般的な知的発達や学習環境に問題がないにも関わらず、文字の読み書きに正確性や流暢性の困難が生じる学習障害を有する発達性ディスレクシアの子供たち個々に、自分にとって読みやすいフォントを提供する「じぶんフォント」プロジェクトに取り組んできた。書体の個別最適化を目指す研究である。パソコン上で線の太さや傾き、線と線の間隔などを自由に調整することで、「じぶんフォント」が出来上がる。研究開発と実践の両面で、発達性ディスレクシアの子供たち読字環境を理解・整備していきたい。

講演後、以下のような質疑が行われた。

質問(Q):文書作成、プレゼンテーション資料作成のアプリでは、作成者がフォントを指定する。その結果、受け手にとって必ずしも読みやすくない資料が作成される場合もある。送り手はテキスト情報だけを作成するように切り替えてはどうか。
回答(A):賛成である。そのためにテキスト情報を表示するアプリが必要になる。今の文書作成アプリは表示機能の役割も果たしているが、利用できるフォントに限りがある。将来的には自分好みのフォントで表示することを基本機能とするアプリ開発に携わりたい。
Q:送り手主導から受け手主導に変えるということか。
A:その通りである。
Q:老眼や近眼に読みやすいフォントはありますか。
A:老眼を考慮して開発されたフォントがあり、UDフォントが典型である。近眼用には、ある程度離れていても識別できる高速道路の表示に使われているフォントがある。
補足:老眼や近眼は感覚器の問題で、認知の問題ではないので、これまで蓄積されてきた読みやすい書体に関する知見がそのまま適用できる可能性が高い。
Q:WEBサイトの閲覧や電子書籍などは「個別最適化」に対応できるが、駅の表示など、多くの人が利用する物理的に存在するものは「個別最適化」が難しいのではないか。
A:大多数の人にとって読みやすいフォントを使って、今は提供されている。眼鏡型デバイスで見るとフォントが切り替えられるといった技術に可能性があるかもしれない。
コメント(C):飛行機の搭乗口情報などは搭乗客に伝えればよい。搭乗者のスマホにプッシュ通信する技術が10年ほど前に開発されている。必ずしも全員に伝えなければいけないかをまず考えて、個別に情報を伝えるという方法も取るべきだ。
Q:フォントの読みやすさと手書き文字の読みやすさには関係があるのか。
A:明朝体などの印刷用フォントよりも、手書き風のフォントのほうが読みやすいという報告もある。手書き文字風だと書き順も感じられるので読みやすいということかもしれない。
Q:漢字とひらがな・カタカナで読みやすさは異なるのか。
A:文章を読むときには、途中で引っかかると先に進めなくなったり、前に読んだことを忘れたりする。それゆえ、引っかかりがないように漢字とかな全体に共通性があるデザインが用いられている。また、漢字は少し大きく、ひらがなは少し小さい書体は、内容語と機能語の識別がしやすいという点で読みやすさを高める。
Q:ETA(Enhanced Terminal Accessibility)の支援リクエストに組み込んではどうか。
C:カードに自分の好み、たとえば大きな文字がよいとか、英語で表示してほしいとか、宗教に配慮してほしいとかを記録しておく。そのカードを端末にさらすと、その人の希望に沿った形で情報が提供されるのがETAである。ただし、今はフォントの選択はできない。
A:ETA国際標準の改正時にフォントへの対応も付け加えるというのは良い案である。協力・連携していきたい。

イベント「ここまで来たAIロボット」 谷川民生産業技術総合研究所ウェルビーイング実装研究センター長

開催日時:2025年8月29日金曜日 午後2時から2時間半程度
開催場所:産業技術総合研究所臨海副都心センター別館(江東区青海2丁目4−7)
講演者:谷川民生ウェルビーイング実装研究センター長

ICPF会員・非会員18名が参加して実施されたイベントでは、谷川氏の講演の後、研究現場を見学した。谷川氏の講演の要旨は次のとおりである。

  • 2010年ごろには住宅における高齢者の自立生活支援について研究していたが、その後、少子高齢化といった社会課題に資するようにロボットとAIを活用するといった社会システムの研究に移行してきた。
  • 多様なIoTが人間を計測して人間について理解する(わかるIoT)、それをAIに与えて理解させる(考えるAI)、その結果に基づいてロボットが対象者や対象物に働きかける(働きかけるロボット)。人間計測評価、分散クラウド、人工知能、ビッグデータ、ロボットの総合技術が、この研究センターの研究テーマである。

  • 人が存在する実空間(フィジカル空間)のツインをデジタル空間(サイバー空間)に作る。これがサイバー・フィジカル・システムである。フィジカル空間で事故を起こすと実被害が発生する。一方、サイバー空間で事故をシミュレーションすれば、効率よく予防の仕組みが生み出せる。たとえば、こんな研究が行われている。
  • フィジカル空間として工場現場や人々の生活環境といったリアルな空間を対象とする。そのなかに人とロボットを置き、人の安全を確保しつつ人とロボットが一緒に作業するといった、協調安全ロボットの利用技術を開発している。
  • 今は生産現場等における就労の生産性向上に力を入れている。就労現場には、仕事自体は簡単だが多品種対応のためにロボットには難しいであるとか、複雑な仕事でロボットにはむずかしい、といった仕事が多く存在する。サイバー・フィジカル・システムを利用して、そんな仕事ができるロボットを開発する。
  • 遠隔からロボットが操作できれば、就労者の負担は軽減し、高齢者や障害者も就労できるようになる。マニピュレータで操作するだけでなく、自然言語で命令するといったことが可能になれば、ますます負担は軽減されるだろう。ロボットが自律性を高めれば、一人で複数台のロボットを操作できるようになる。こんな目標をもって研究すると、熟練者のノウハウも取得・伝承できるようになる。
  • このような研究によって就労者のウェルビーイングを高めていくのが目標である。

乱雑に箱に入れられた部品をロボットがピックアップする技術、次の工程に必要な、時には重量がかさむ部品を人と一緒にロボットが集める技術、コンビニエンスストアでの商品陳列や在庫管理をロボットが行う技術などについて見学が実施された。

参加者との質疑はおよそ次の通りであった。

質問(Q):人とロボットの協調というのは、ロボットを人に近づけることなのか。
回答(A):人と同じようなロボットを作るのはロボット研究者の夢だが、ロボットを人に近づけるのは今の研究目標ではない。ロボットが人間を理解し、人間と共に協調して作業をするロボットを研究している。
Q:自然言語処理で生産性を向上するという話があったが、その先で何を展望しているのか。
A:Large Language Modelの先には、例えば、種々の品物の形状に関わるLarge Modelも必要になる。例えばコンビニのラーメンをロボットが見分けるのに利用できる。さらにその先にはいろいろな動作のLarge Modelも求められるだろう。
Q:障害者就労というが、多様な障害者のそれぞれのニーズに対応できるのか。
A:研究として発展の途上にある。サイバー・フィジカル・システムを基に研究すると、ニーズに対応できるようになるだろう。

セミナー「ここまで来た情報セキュリティ」 上原哲太郎・立命館大学教授

開催日時:2025年7月24日木曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:上原哲太郎・立命館大学情報理工学部教授
司会:山田 肇・ICPF理事長

上原氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、上原氏は次のように講演した。

  • 組織内部での規定違反、例えば持ち出したUSBの紛失による情報漏洩などは依然として続いている。
  • サイバー攻撃も近年増加傾向にある。2010年代当初は自らの技術を誇示する愉快犯などが多かったが、その後、思想信条からの攻撃も増えた。2014年 にソニーピクチャーズが攻撃されたのは、北朝鮮の体制をパロディにした映画の公開が理由と考えられている。諜報活動と破壊活動を担う「国家背景ハッカー」として北朝鮮のAPT38はFBIから手配されている。
  • インターネット上の脆弱な端末を踏み台にしてイントラネットに侵入する。イントラネット内に基盤を構築して、目標を定め、攻撃先を特定して情報を盗み出すなどの行為を行う。こんな標的型攻撃が増加傾向にある。2015年には日本年金機構から情報が抜き出される事件が起きた。ハッカーは目的を定めると達成まで攻撃を続ける。それなりのハッカーが人海戦術で、手作業で、ありとあらゆる手法で侵入を試みる。そして、ウイルス等の機能で遠隔操作を行い、システム内部を調査し、乗っ取っていく。
  • 標的型攻撃などの金銭目的の外部犯、内部犯の増加は深刻である。パソコンやサーバのデータを勝手に暗号化して、復号と引き換えに金銭を要求するのがRansom(身代金)攻撃である。広義にはシステムや端末を使用不能にするものも含む。しかし、身代金を払っても復号(システム復元)できるとは限らないし、犯罪者に支払を行うことの是非も問われる。
  • 2020年にはカプコンがランサム攻撃され、二重脅迫の被害が起きた。盗まれた情報が暴露され、個人情報漏洩に発展したのである。2022年にはトヨタのサプライチェーンが攻撃され、14工場28ラインが停止した。奈良県宇陀市立病院、大阪市立東大阪医療センター、徳島県つるぎ町立半田病院、大阪急性期・総合医療センター、岡山県精神科医療センターというように、病院への攻撃も続いている。
  • アクターがランサム攻撃のツールを開発して、そのツールを利用してアフェリエイトが攻撃を実行する。稼ぎはアクターに上納する。闇バイトと同様のアクター・アフェリエイト関係は、Ransom as a Serviceと呼ばれている。
  • インターネットは危険であり、イントラネットは安全であるとして、その境界をゲートウェイで分離する。境界線を作り通信を制限/遮断するのが、我々が頼ってきた境界線防衛モデルである。
  • しかし、遠隔保守のためにインターネットからイントラネットにVPN接続(仮想専用線接続)する、イントラネットからインターネット上のクラウドにデータを転送する、といった利用方法が普及するにつれて、境界線防衛モデルは崩壊しつつある。テレワークも境界線防衛モデルにとって脅威である。今やイントラネットへの侵入経路はいくらでもある。
  • さらに、あらゆるものがネットにつながるIoT時代を迎えつつある。攻撃者が開発したウィルス(bot)はPCやIoT機器を犯罪の道具にする。
  • 2021年には、フロリダ州のオールズマー浄水施設にサイバー攻撃があった。もともとTeamViewerアプリを活用して職員が遠隔操作しあえる環境にあった。それが悪用されて浄水中の水酸化ナトリウム濃度が100倍以上に引き上げられた。サポート切れソフトウェア(Windows 7)を使い、職員全員がパスワードを共有するといった、IT屋には信じがたい状況であったことが攻撃を招いた。
  • IT屋は機密性を優先するが、インフラ屋は止めないこと(可用性)を優先する。そして「今はちゃんと動いている」という理由でシステムの更新を怠る。これが被害を生み出す。
  • IoT化も安易に行われると脆弱性がばら撒かれる。機器が多様で一律の対策が立てられない、ソフトウェアの質が保たれていない、利用者の質も保たれていないといった問題がある。一方で、多く行われているスマートフォンアプリでの操作であれば、元々セキュリティを重視して開発されている(セキュア・バイ・デザインの)スマートフォンが防波堤として働く可能性もある。
  • ソフトウェアが「正常である」ことは「正常な入力に対し正常に出力される」ことを意味する。しかし、異常な入力を正しく「エラー」にできないと脆弱性が生じる。誤入力・誤操作を正しくエラーとして処理するとともに、脆弱性を突く悪質な入力を排除するのが、これからのソフトウェア開発である。
  • 境界線防衛に代わって、アクセスを試みるすべてのユーザやデバイスを常に検証する「ゼロトラストアーキテクチャ」も提案されている。しかし、普及は進んでいない。アクセス権管理がきめ細やかにできれば境界線防衛には頼らなくてよいというのだが、実際には運用コストが下がらず、ソフトウェアの脆弱性・設定ミスを潰しきれていない。
  • これからのソフトウェアやシステムは、以下の方針で構築するのがよい。①最初から出来るだけ安全に設計する(セキュア・バイ・デザイン)、②それでも完璧ではないので出荷前によく検査する(侵入テスト・ファジングテスト)、③それでも完璧ではないのでシステムを更新可能にする、④サポート期限を明らかにする。
  • 同時に、人材問題、すなわちシステム全体を見通せる人材の不足し、ユーザ企業側にIT人材がいないという課題を解決しなければならない。

講演終了後、以下のような質疑があった。

ゼロトラスト等について
Q(質問):ゼロトラストではアクセス権の厳密な設定が難しいとわかったが、現実的な対策はあるのか。
A(回答):運営の実績が多く、信頼できるクラウドサービスだけを使うという対応には限界がある。ゼロトラストと境界線防衛を組み合わせるのが当面の対策である。この組み合わせのうまい落としどころを決めるのはユーザ企業側の責任であるが、今はそれができていない。
Q:病院や自治体を見ると、セキュリティ人材を抱えられる大規模組織と、それができない小規模組織の格差が問題である。境界線防衛を外して、町役場がゼロトラストでシステムを運用できるのだろうか。官庁での議論も大規模組織を前提とし過ぎているのではないか。
A:小規模組織でいきなりゼロトラストは無理。だから境界線防衛との組み合わせを提案しているのである。「一人情シス」ではゼロトラストはカバーできない。
Q:情報システムを小規模組織が個々に管理するというのが無理である。小規模組織の連合体がきちんと管理するといった仕組みに移行できないのか。
A:自治体間での競争がある。たとえば児童手当額。そのたびに、連合体に入っている他の自治体にシステム改修について了解を求めるというのは困難である。APIで横出しするといった対応策も簡単ではない。

医療・介護のセキュリティ等について
Q:医療界には信じられないくらいに低レベルのSierが存在する。今後、PHRを進めるうえでアプリとのつながりは必須である。HR7FHIRの標準化も進められているがセキュリティはどのようにして実現すればよいのか。
A:データフォーマットの標準化の際に、データを守る仕組みをセットで標準化するという考え方がある。しかしPHR等では、ユースケースベースでデータを守る仕組みも標準化するというところまで進んでいない。
Q: IoTセンシングを用いて介護施設入居者をモニターする仕組みは厚生労働省も認めている。それを在宅介護に拡張すると、セキュリティ上の課題が生じる恐れがある。在宅介護の利便を向上することとのバランスはどうとるのか。
A:実装にバリエーションを作らない、セキュア・バイ・デザインのスマートフォンをベースにするなどによって、セキュリティ問題は最小化できる。また、ホームルータを用いれば、ホームルータがある種のゲートウェイとして機能する。
Q:経済安全保障法の対象を医療分野に拡張しようという俎上に載っているが、どのように考えるか。
A:病院関係のセキュリティは脆弱である。インセンティブを付けて病院のセキュリティを高めるなど、経済安全保障法改正前に手を打つ必要がある。
Q:独居高齢者の見守りでは、医療・介護から近隣の人々まで多くが関わる。その際に、それらの関係者による対象者情報へのアクセス制御はどのように進めればよいか。
A:医療・介護従事者等それぞれを、見守りに関わる「人」として認可する。そして、認可者がアクセスした際には認証する。認可の際にどこまでアクセスできるか、アクセス権の範囲を設定しておく。このアクセス権の範囲設定は人間が行う以外にない。
Q:ご近所見守りシステムの話を聞いたことがある。平時は本人と家族だけというように制限し、天災のときにはより多くの人がアクセスできるようにしたそうだが。
A:能登半島地震で実際にそのように管理したそうだ。しかし、緊急時もいつかは平時に戻る。どこでアクセス制御を切り替えるかは人間による高度な判断が求められたそうだ。

ICPFオンラインセミナー「ここまで来たGIGAスクール」 寺島史朗学校情報基盤・教材課長

開催日時:2025年6月23日月曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:寺島史朗 文部科学省 初等中等教育局 学校情報基盤・教材課長
司会:山田 肇・ICPF理事長

寺島氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、寺島氏は次のように講演した。

  • 令和元年度にGIGAスクール構想が打ち出された。次いで令和3年に中央教育審議会の答申が出た。一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることが学校教育の目標であり、そのための基盤的なツールとしてICTは不可欠であると位置づけられた。
  • この目標はGIGAスクール構想による新たなICT環境を活用することで実現に近づく。「主体的な学び」「対話的な学び」、そして「深い学び」に向け、ICTを活かして授業を改善していく。
  • 学習用コンピュータが一人一台を超えて整備されるにつれ、いわゆる一斉学習に加えて協働学習と個別学習が実施され、それらを組み合わせて単元目標(山の頂上)に達する教育が施されるようになった。教壇の前にいる教員の話を児童生徒が並んで聞くという、昔からの教室風景も変わってきた。
  • デジタル学習基盤の整備と共に学びの変革は進みつつあるが、一方で、学校や地域間で活用率や活用方法に格差がある、ネットワークが脆弱である、校務のDXが進んでいないなどの問題も顕在化している。
  • 学びの変革とともに教員の仕事ぶりも変わってきた。教員が個々の児童生徒を個別に回って指導する際、子どもたちの学習状況を教師がクラウドを通じて確認して、必要に応じて個々の児童生徒に介入するといった、いわゆる一斉学習と異なる状況が生じてきている。
  • GIGAスクールは学びの保障にも役立っている。療養中の児童生徒が病室から授業に参加する、養護教師が児童生徒の健康状態を確認して他の教員と共有するといったことが可能になった。学びの多様化という点では、オンラインで外部の人に話してもらう、他地域の児童生徒と交流する、英会話レッスンを受けるといったことも実践されている。
  • GIGAスクールは「自分のペースで学習できる」「わからないことをすぐ調べられる」など児童生徒に評価されている。また、「主体的・対話的で深い学び」の授業で、ICTの活用頻度の高い学校のほうが学力調査の平均正答率が高いという傾向も出ている。
  • GIGAスクールをさらに前に進めるための教員向けの学習会を実施するなどしている。最近は「GIGA×主体的・対話的で深い学び」「GIGA×教師の指導性」をテーマにしており、ここに重点的に取り組んでいきたい。
  • 通常学級にいる多様な個性や特性を有する子どもたちに対しても、意欲を高め可能性を引き出す教育が提供できる可能性がある。
  • 現行の学習指導要領前文には、すでに紹介したように「一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。」とある。GIGAスクールの導入とともに進む教育の変革は、前文の実現に資する。
  • 今後に向けての課題の一つが通信インフラである。GIGAスクール構想の推進のため、学校のICT環境整備という2025年度からの三か年計画を策定するなど、通信インフラの整備に取り組んでいる。
  • さらに次期学習指導要領に関して、情報活用能力の抜本的な向上を図る方策についても、中央教育審議会での審議が進められている。今後、どのように質の高い探究的な学びと一体的に充実していくかや、生成AIをはじめとする先端技術に関する内容をどのように取り扱っていくかといった具体的な課題についても議論されていくことになる。

講演後、以下のような質疑があった。

教育内容等について
Q(質問):他国と同様に小学校段階にも「情報」科目を導入してはどうか。
A(回答):先ほど説明したように、現在、中央教育審議会において、情報活用能力を抜本的に向上させる方向性については議論が進められているが、具体的な教科や内容等については今後の議論である。すべての教科を通じて情報技術の活用、適切な取り扱い、そして特性の理解を深める教育を充実していく方向性は示されている。
Q:AI活用について、きちんと教えるべきだ。
A: AIの特性を踏まえた上で、AIの活用そのものを目的化するのではなく、AIを活用して、身に付けさせたい資質・能力の育成にどのように役立てるか、ということを見極めるべきということをガイドラインで示している。
Q:通常学級で、ヘッドセットを付けてデジタル教科書を音声で聞く、フォントをUDフォントやじぶんフォントに切り替えて画面表示する、といった対応も認めるべきだ。
A:アクセシビリティの向上はデジタルの強みであり、実際その方向に進んでいる。先日訪問した学校ではポルトガル語が母語の児童が自動翻訳を使って教科書を読み、英語でレポートを書くといった様子も見られた。

教員や保護者の理解などについて
Q:教員の側に変革が求められているのではないか。
A:教職課程でも情報について教育するようになっているが、まだまだ改善が必要。また、すでに教員となっている方々にも研修の機会を提供している。
Q:教員同士がデジタルを活用して教育上の工夫や悩みを交換する仕組みは普及したのか。
A:チャット等で意見交換する仕組みや教材を共有化する仕組みを導入している地方公共団体が増えている。
Q:保護者も、昔のような一斉学習は行われていないという点について理解する必要があるのではないか。
A:授業参観の前に、「今日の授業はこのようなねらいで、こういう活動をします」と保護者に説明している事例もある。短い時間でも、少し説明することで、保護者自身が受けてきたスタイルと異なる授業についてより理解が深まる。課題を設定し、その解決に向けて様々な情報を収集、整理、分析し、子どもたち同士が対話しながら進めている授業を見ると、「会社での情景と同じだね」というような反応が返ってくる。そのようなことで理解が進む。
Q:家庭や学童保育での利用のためにも、デジタル教科書も無償給与の対象とすべきである。
A:デジタル教科書の在り方についても現在検討が進められている。現在の制度では、無償給与の対象となる「教科書」は紙のものしか認められておらず、デジタル教科書はあくまで「教材」という位置づけ。今後、それをどのようにしていくかが現在の議論でも論点となっている。