電子行政研究会セミナー「新たなIT戦略を読み解く:電子行政を中心に」 瓜生和久内閣官房IT総合戦略室企画官ほか

IT基本戦略は2000年に初めて制定され、その後、社会動向の変化や政権の交代を反映して、毎年のように修正されてきました。昨年末の発足した安倍政権は、6月に新たなIT戦略を決定する予定です。
この10年余りの間にソーシャルメディアが誕生し、スマートフォン・タブレットも広く利用されるようになりました。情報セキュリティの重要性も著しく高まっています。ITは競争力の源泉であり、ITを利活用した新産業・新サービスの創出に各国がしのぎを削っています。新たなIT戦略は、20世紀の残渣の上に立てられるものではなく、これからのわが国を導く21世紀のIT戦略でなければなりません。
情報通信政策フォーラム(ICPF)では、IT総合戦略本部のIT戦略と自民党の新ICT戦略をテーマに、国会議員、政府機関職員、民間有識者でパネルディスカッションを行いました。

日時:2013年6月11日(火)18:30~20:30
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)〒102-0073 東京都千代田区九段北4-2-25
定員:80名
参加費:2000円(ICPF会員、電子行政研究会会員は無料)

登壇者:
モデレーター:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
パネリスト:
平井たくや(衆議院議員、自由民主党IT戦略特命委員長)
瓜生和久(IT総合戦略室企画官)
牟田学(電子政府コンサルタント)

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緊急セミナーの模様は以下の通り。

最初に、平井たくや衆議院議員より、概略次のような講演があった。

  • 今回の公職選挙法の改正でインターネットの利活用が完全に市民権を得る。このインパクトは大きい。どれだけ世の中を変えるかを注視している。
  • 委員長を務める自由民主党IT戦略特命委員会で、政府CIOの遠藤氏は次のような原則を掲げた。使われないものは作らない、大きな目標を掲げるより確かな一歩を積み上げる、IT投資とBPRを合わせて行う、など。遠藤CIOは総理に直接ものが言えるポジションにあり、省庁の縦割りに挑戦している。司令塔ができたので、もう言い訳はできないラストチャンスであり、遠藤CIOを支援していきたい。
  • 自由民主党ではデジタル・ニッポン2013を発表した。我々はインターネット革命のちょうど真ん中あたりにいて、本当の変化はこれから起こる。IT戦略も今までの発想を超えたものが必要であり、我々の提言は6分野に焦点を当てた。野党時代の経験から、民間のヒアリングをベースに提言をまとめ、霞が関とは一線を画した戦略になっている。
  • ICTそのものの強靭化とICTによる国土強靭化の両方を提言。公共事業はもはやコンクリートではないと考えている。
  • サイバーセキュリティの予算は拡大したが、GDP比で考えると米国は日本の7倍。国家安全保障は重要なテーマである。
  • テレワークやバーチャルレイバーマーケットで、若い人や女性に親切な雇用環境を作る。ITは就労機会の改善に貢献できる。
  • 医療情報連携が手つかずだが、このままは許されない。患者・国民中心の公的EHRを作りたい。ニューヨーク市等を参考に、自治体からスタートするのがよい。
  • 日本では自分自身の証明がきわめて難しい。将来的にバイオメトリクスが必要。被災地で、顔がわかっても自分自身を証明できないというのはおかしい。
  • 税金の滞納は消費税1.5%分に相当。ここにもITを使うべき。各行政機関が持つ情報を活用し滞納解消につなげることができる。
  • IT関連の政府調達について、技術点のウェイトを高めるよう強く申し入れている。評価体制を確立して、安かろう悪かろうの調達から脱却したいので、応募する側は新しい付加価値を提案してほしい。

次いで、瓜生和久企画官より、次の趣旨の講演があった。

  • 2001年のIT基本法以降、世界最先端IT国家創造宣言(案)は6回目の戦略。これまでのIT政策がうまく行かなかった原因は、コスト意識の欠如、利用者視点の欠如、連携の欠如など。これらをクリアしていく戦略としたい。そのために、基本理念はかなり思い切ったインパクトあるものを書いた。政府CIOができたので、そのもとでがんばるという決意表明だ。
  • ビッグデータ、オープンデータの活用を打ち出した。ビッグデータでは個人情報の取り扱いが焦点であり、検討会を近日中に立ち上げる。教育では、義務教育のIT環境改善と社会人教育、高度IT人材の育成の3本柱としている。
  • 今回の戦略では、具体的な数値目標を入れているのが特徴。まだ数値目標が抜けているところもあり、専門調査会を新たに作って分野ごとにKPIを決めていく予定である。
  • 6月中にIT戦略本部決定、同時に閣議決定まで進めたい。これとは別に工程表を作り、本部決定する。かなり細かい内容だが、本部決定後に公開するのでご覧いただきたい。

最後に、牟田学電子政府コンサルタントが概略次の通り講演した。

  • IT戦略を作る場合、海外トレンドをきちんと把握することが重要。現在は、クラウド、モバイル、国民参加、オープンデータなどがトレンド。モバイルはかなり重要な要素である。
  • 電子政府では日本はかなり遅れている。突然トップレベルのサービスを無理に作ると、費用対効果が悪くいびつなものになる。情報連携やデータ標準化などの地道な作業を終えてからでないと高度なサービス提供は難しいと考える。
  • 率直な意見として、政府の戦略案は戦略ではなく、各省の望むものが並んでいる印象である。本気で日本を変えるIT戦略を作るには、指揮命令系統の確立が不可欠。司令塔は調整役ではだめで、各省庁に勝手な行動をとらせず、目標達成に向けた資源配分ができることが必要である。
  • 各省庁は具体的な取り組みの責任主体になる。責任主体以外の省庁は他省庁の支援が役割となり、他省庁のためにどれだけ動けるかという自己犠牲の覚悟が問われる。
  • IT戦略は社会の変化に対応するために作られるので、行政改革を伴わないIT戦略は失敗する。本気の行政改革が必要で、多くの困難や痛みを伴う。国民自身が覚悟できるかも問われる。
  • 政府のIT戦略案では目指すべき姿に対する責任主体が決まっていない。これだと、政府CIOがすべての責任を一人で負うことになり、スケープゴートになりかねない。
  • KPIや具体策については急がず、優秀な若手を中心に、政府CIOと一緒に作ることが重要。国内人材だけでは世界に勝てるIT戦略はできないので、成果を上げている国から戦略に関わった人材をチームに取り込むことが必要である。
  • デジタル社会に向けた抜本的な法制度改革・行政改革だが、データ、プラットフォーム、サービス、利用者のうち、日本はデータの部分が遅れている。データ整備の法制度をきちんと整えて、デジタル社会に対応できるようにする必要がある。

次いで、3名の講演者がモデレータ(山田肇教授)と討論した。討論の要旨は次のとおりである。

山田:すでに無線ブロードバンドの普及が著しいが、戦略ではモバイルについてほとんど触れられていない。ここは世界を逆転できる領域ではないか。
平井:モバイルの高速化はインパクトが大きい。ネット選挙もモバイル端末がターゲット。モバイル端末にマイガバメントを作り、ユーザビリティの高いアプリが機能すればよいと思う。本人認証でも、モバイルを視野に入れると法律に書いている。また、個人的にはホワイトスペースを通信に使うことが必要だと思う。このような話は総理の責任で進めるのがポイント。総理はもはやITから逃げてはいられない。医療関係のITイノベーションも同じで、省庁間の調整では進まない。

山田:戦略案にはリテラシー向上が挙げられているが、違和感がある。SUICAやiPadなど、自然に使えるITが広がっている。提供側が使い勝手について配慮することがそもそも前提なのではないか。
平井:原案にはなかったが、リテラシーをどうするのだというのは、国会議員の議論で必ず出てくる。ITリテラシーの定義があいまいなのは確か。我々は従来型のリテラシーでなく、その先のものを求めている。
瓜生:指摘の点は認識しているが、そのうえで、情報モラル・情報セキュリティなど、ITをきちんと使うためのリテラシー向上が重要と考えている。

山田:人材教育では、技術者の育成よりも、IT起業家の育成、スタートアップ企業支援がより重要ではないか。
牟田:技術者育成は当然必要だが、マネタイズにはリーダーシップや合意形成の教育が必要。世界的には幼児教育レベルからこれらのマインドづくりをしており、その後に技術を学ぶ、マネジメントを学ぶ、という形になっている。
瓜生:政府の戦略案では3部構成で、技術者育成、起業意識・先端人材の育成、人材流動化への対応を示している。
平井:人材の中で、セキュリティ人材は重要で、高度なセキュリティ人材はぜひ欲しい。これは政府の責任できちんとやるべき。また、アナリティクスの分野で、意思決定につながるデータ分析ができる人材の育成が重要である。

山田:電子行政についてはスモールスタートがよいと思うが、工程表ではどうなるのか。また、医療での活用を進めるべき。年1回の健康診断のデータは、統計資料としてとても価値がある。個人情報の保護は大切だが、医療的な緊急時の個人情報利用も必要。これらについて意見が聞きたい。
牟田:マイナンバーを積極的に使おうとしている自治体はあるので、そこでの成功事例を積み重ねていくべきだ。一方、健康保険の資格確認などは全国レベルで整備した方がよい。マイナンバーは横断的な名寄せには使いにくいので、実際にしくみが動いて何ができるかを確認してから用途を広げた方がよい。医療での活用は政治的な決断が必要で、その後にいろいろな整備がなされるものと思う。
瓜生:マイナンバーのユースケース実施の順番は、これから政府CIOを含め検討する。健康・医療については、レセプトなどお金に関する部分は既に入っている。診療情報についてはプライバシーとの関係があり、厚労省も慎重。個人情報の利用については、ガイドラインだけでなく、できれば踏み込んだ制度整備を行いたい。
平井:とても大変だと思う。マイナンバーは税と社会保障に限定しており、医療については反対意見も強い。しかし、ビッグデータをヘルスケアに活用するのは絶対必要だと思う。海外では連結可能匿名化という方向が出ている。これを認めないと何もできなくなるので、まず連結可能匿名化の議論をすべきと思う。EHR等、国民にメリットのあることなので、それを明確に示せばよい。番号法には自治体の責務が示され、独自の住民サービスの幅が広がった。自治体を先に走らせるのは法律の趣旨に合う。

山田:1860年代のイギリスでは、蒸気自動車は危険だとして人間が先導する法律を作り、その結果、イギリスの自動車産業は成功しなかった。今までの制度を守ってのIT戦略では前に進まない。
平井:古いものを淘汰し新しいものを創出する、その決断のために準備が必要。どこで腹をくくるかが政権の重要なポイント。政府CIOはできたが、人が足りない。これまで政府に人を出すと調達制限がかかったが、これをなくしてでも人材を集める必要がある。
瓜生:産業競争力会議において対面・書面原則の撤廃などの規制制度改革関係の提言が出たので、内閣官房において会議体を作って検討を始める状態になっている。日本の将来にとって良い形でまとめられればと思う。
牟田:これまでの日本の電子行政は、オンライン化をしても、原則は紙だった。エストニア等では、行政サービス全体をデジタル化し、利用者へのサポートを提供した。日本も、そろそろそこまで踏み込んで進めてほしい。

最後に、会場と次のような意見交換を行った。

Q:新産業を育てていくためにも、ポジティブリスト方式の制度をネガティブリスト方式に変えていく必要があるのではないか。
平井:日本でGoogleが生まれないのはそのため。米国はグレーゾーンでも進める力がある。今回、医療のビッグデータ活用などは走ってもらう。一方、デジタルコンテンツ著作権は、最低限のルールを早めに作る必要がある。
瓜生:テーマ、領域によるのではないか。医薬品や共通番号は放っておくと危険が生じるイメージがあり、ポジティブリストにならざるを得なかったのではと思う。

Q:自治体についてはあまり書かれていないが、自治体はまだIT化・BPRが進んでいない。国がリーダーシップをとる予定はあるか。
瓜生:共通番号については社会保障改革担当室から情報を提供している。クラウド化等については、総務省と協力して進めていく。
平井:自民党案ではITリロケーションを訴えている。データセンターの立地、国の業務のアウトソーシング等。災害対策のためにも地方に持っていく必要がある。マイナンバーは自治体の負担が大きく、費用負担をどのように見ていくかが課題。一方で、番号カードの空き容量の活用などは自治体で検討に入ってもらった方がよいので、腹をくくった自治体を支援して前に進めるのがよい。
牟田:自治体でシステムを抱えるより、長期的には、クラウド化しコモディティ化した方がよい。少しずつ移行するプランを自治体が作ることが必要。コモディティ化の方向を示す戦略が求められる。

Q:政府の案では都道府県ごとに診療情報共有を2018年までに行うことが打ち出されているが、遠距離通勤者等は診療情報共有ができない。政府がしっかり主導すべきでは。
瓜生:新戦略では、2018年までに医療情報連携ネットワークを全国展開すると書いている。広域の情報連携はバラバラな主体の連携をどうするかが難しいが、厚労省はデータの標準化等を進めて、それに従ってシステム整備することで連携を確保する考えと聞いている。また、民間の技術でID連携するやり方も考えられる。
平井:センシティブな個人情報の取り扱いについて厚労省が方針を決めていない。どこかで腹をくくる必要があるが、広域になるほどまとめるのが難しくなるので、どこか納得して進めるところが出てくることが重要。番号カードと保険証、診察券などを合体させる自治体も出てくるだろう。国民にとってメリットのあるカードになる必要があり、自治体の役割は大きい。

Q:データセンターを重要基盤化することについてどのように考えるか。
平井:これまでデータセンターは都市部に集中していた。米国ではデータセンターの所在をわからなくするが、日本は立派な施設を作る。それではテロ攻撃の的になるだけだ。データセンター同士の連携などでリスク分散することが必要である。クラウドの技術が本当にわかる技術者も必要。また、データセンターだけでは雇用を生まないので、サービスを一緒に産む形を作る必要がある。