教育 デジタル教科書をめぐる三つの論点 林千晶氏(ロフトワーク)ほか

特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム(ICPF)主催
特定非営利活動法人マニフェスト評価機構(IME)協賛
デジタル教科書教材協議会(DiTT)協賛

月日: 11月16日水曜日
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
参加費(会場費):3000円(ただしICPF、IME、DiTT会員は無料)

内容:文部科学省は教育の情報化ビジョンを掲げ、学びのイノベーションなどの実証実験を進めていますが、諸外国に比して遅れているとの厳しい指摘もあります。このシンポジウムでは教育の情報化、特に教科書・教材のデジタル化を進める上での課題を、コンテンツ、デバイス、ネットワークの三要素に注目して討論します。

プログラム:
18時30分 開会・論点の提起(各10分)
1. コンテンツ(クリエイティブコモンズの可能性)
林千晶(ロフトワーク)
2. デバイス(市場競争か政府からの支給か)
松原聡(東洋大学)
3. ネットワーク(家庭での利用のために)
山田肇(東洋大学)
19時00分 総合討論
司会:山田肇(ICPF理事長)
討論者:
鈴木寛(民主党参議院議員)
中村伊知哉(慶應義塾大学教授)
林千晶(ロフトワーク)
松原聡(東洋大学) ほか
20時20分 総括
鈴木寛(民主党参議院議員)

 

資料

こちらからご覧になれます。

講演内容

はじめに 鈴木寛参議院議員(前文部科学副大臣)

鈴木寛参議院議員は公用が発生し欠席となったため、冒頭、要約以下の通りのメッセージが朗読された。

○教科書・教材をデジタル化するということは、単に紙媒体を電子媒体に置き換えるということではない。紙媒体であれば一人一人に合わせてカスタマイズすることは不可能だったが、電子化することにより、一人一人の学びの進度、得手不得手、相性のいい学習方法に合わせて、教材をマルチメディアでカスタマイズすることが可能になるとともに、何を学んだか、理解できたか、また、理解できなかったという学習履歴を電子媒体の上に記録していくことも可能になる。同時に、情報通信機器の活用により、一人一人の子供が自ら考えていることを積極的に発信していくことが可能になるとともに、異なる考えを発表し合い、子供同士で「学び合う」ことにより協働して新しいものを創造していくことも学んでいくことが可能になる。要は、教師が様々なツールを使いこなして生徒にベストな学びをデザインしていくことが重要である。

次いで3名から三つの論点についてそれぞれ発表があり、その後それぞれの論点について議論が行われた。要旨は次の通りである。

コンテンツの論点 林千晶氏(ロフトワーク/クリエイティブ・コモンズ)

○ かつて著作権はプロフェッショナルの間での問題であった。しかし、インターネット時代になって、個人と商業(アマとプロ)の差が無くなってきた。全員が著作権のステークホルダーになる時代であり、みんなが著作権問題を考えないといけない時代である。
○インターネット時代にふさわしい、共有できるための新しい著作権のルールを作ろうというのがクリエイティブコモンズライセンス(CC)である。これまでは、All rights reservedか、権利を完全に放棄するNo rights reservedの二者択一であったが、CCはその中間のSome rights reservedを宣言する。CCを用いれば、その著作物をどのように扱わなければならないか、一目でわかる。メタデータで検索エンジンにも対応している。
○ CCの中でも今、特に注目されている領域は教育教材である。場所や環境を問わず、最高の教育を受けるチャンスを与えようということで、アメリカ政府は20億ドルのファンドを設け、そのファンドで開発されたものは全てCCライセンスで提供することを条件にコンテンツを作らせている。
○MITのオープンコースウェアも今年で10年になり、全世界で累計1億の人がMITの教材を使っている。「人の可能性は無尽蔵、しかし教育を受けられる機会は限られている。MITはOCWを進めて、シェア(共有)を進めていく」とうたわれている。

中村伊知哉氏(慶應義塾大学)より次のコメントがあった。
→紙をデジタルに変換するところで、著作権問題が起き、結構もめる。デジタル教科書教材協議会(DiTT)でも話題になっている。政府としても対策が必要なのはわかっているが、権利と利用がぶつかっていつも両論併記で終わる。まずは民間で始めて実績を積み、政策がサポートする方向に向かうべきだ。

討論の要旨は次の通りである。
○ 現在の紙の段階で、著作権をクリアしておかないといけない。教科書の著作権は編集委員会が持っているが、検定受けて、公費ですべてやっているのだから(極端に言えば)著作権フリーにすべきではないか。そうすれば、デジタルにするときにも問題は起きない。
○ 福岡のサイバー大学では、教材をすべて作り直していると聞いた。オンデマンド配信は、同時配信ではないので、著作権法上、問題になるという。先人の知恵を与え、それで社会を発展させようというのが教育なのだから、もっと自由に使わせるべきだ。
○ 法律を変えようとすると10年、20年かかって、その間に社会の状況が変わってしまう。著作権法を変えるのは世界のどの国でも大変なことなので、まずは、プロジェクトをスタートさせ、軌道に乗せてしまうのがよい。EUでもCCライセンスの教材サイトを立ち上げている。EUの強さを世界に示し、EUに人を呼び込むものだ。法を変えるより、プロジェクトを拡大して、コンテンツをシェアし、活用する。日本も教育論・方法論よりはプロジェクトをはじめて、それを広げてほしい。
○ 「学ぶ」の定義を変える必要がある。1個ずつ中身を覚えるのが「学び」ではなく、フレームワーク(ルール)をみつける力をつけるのが「学び」である。 → 新しい「学び」を実現するためには(現行の)課程表や検定制度を変えて行かなければならないとの反論・意見。
○ 今までの教科書会社以外に加えて、他業種も教育産業に入って、教材作りが進んでいる。現場の先生も独自の教材造りをしている。それらを集めてネットで配布していくプロジェクトが必要だ。

デバイスの論点 松原聡氏(東洋大学)

○今の教科書を「紙の教科書」と表現すると、デジタル教科書にはいくつかのレベルがある。今の教科書をそのまま電子化した紙の教科書の電子版というレベルもあれば、電子専用にコンテンツをつくった電子専用教科書もある。
○ 「電子教科書」導入には次のようなケースがある。
○ケースA:紙の教科書をそのままに、副教材として電子副教材を導入
○ケースB:紙の教科書と、紙の教科書の電子版を導入
○ケースC:紙の教科書を廃止して、紙の教科書の電子版を導入
○ ケースD:紙の教科書を廃止して、電子専用(新)教科書を導入
○ 紙の教科書を電子専用に変えるには、検定制度を根底から崩さないといけない。個人的にはDで行くべきだと考えているが、ベースをすぐに変えるのは難しいので、当面はAを推進して、最終的にDを目指すのがよいと思う。
○デバイスが備えるべき条件について、多くの論点がある。今答えがあるというよりも、社会としてこれから考えていかなければならない課題を並べる。「義務教育期間である、小1から中3まで同じデバイスを用いるのか」「タブレットか否か」「学校のみか、自宅持ち帰りも可能か」「通信をどのように保障するか」「費用はどのように支弁するか」「汎用か、教科書専用なのか」など。
○デジタル教科書について考える前段階として、今、電子書籍デバイスの評価を進めている。この結果が出れば、それがデジタル教科書の条件を考える材料として利用できるだろう。
○ニンテンドーDSを使った授業の学習効果に関する調査結果が出ている。使わないクラスよりも成績は伸びている。大学の授業では、学生に携帯のTwitterを通して質問や回答させている。これも教育の電子化である。どんどん実験し、改良すればよいという立場に立って日本の状況をみると、デバイスの仕様ばかり考えて、どんどん時間が過ぎていくのに違和感がある。

中村伊知哉氏(慶應義塾大学)より次のコメントがあった。
→デジタル教科書を「教科書」と見るか「ランドセル」と見るか? 教科書なら公費負担だが、ランドセルなら家庭でまかなうものだ。ウルグアイでは政府がすべての学生にデジタル端末を配ったが、台湾はランドセル方式。日本も考えなければならない。
→ 端末の統一は無理だとしても、必要要件は整理する必要がある。DiTTの委員会で、重さ、強度、大きさなどの検討を進めている。
→ これから全国13校で実証実験。実験の結果を政府に持っていくことで前に進めたい。

討論の要旨は次の通りである。
○ 夏休みの課題図書も閲覧するとなれば、デジタル教科書は電子書籍の標準化とも密接に関係する。電子書籍の標準化について政府は市場に委ねる考えだが、生徒全部がデジタル教科書を使うとなれば、1000万人市場ができる。政府の決定が市場に大きな影響を与えるのであれば、政策検討が必要だろう。
○ そもそも9年使い続けられる端末というのがありえない。情報通信の発展は速いから、9年使い続けるとすると、コンテンツの作り方も古い端末に縛られる恐れがある。
○ 値段と技術の話はしない方がいいと思う。流動的な要素である。大事な教育の話なのだから、小お金の算段なんかしていないで、税金を投入すればよい。
○ 海外では電子教科書化の政府方針に「今の教育を破壊し、デジタル時代にふさわしい新しい教育を作ろう」と書いてある。中長期的な視点で、21世紀の教育の在り方を考えるべきである。
○ 電子教科書での授業は2時間くらいが限界だという話しを韓国で聞いてきた。子供のモチベーションが続かないのが原因だという。そういった意味では、デジタルが紙に完全に代わるのは難しいのではないか? 従来の紙とデジタル教科書を併用するケースEの議論を始めてもいいのでは? → おっしゃるケースもあるし、伸びたケースもあるとのことだ。なので、今すぐ落とし所を決めるつもりはない。
○ そういった意味では、これからやる13校での実験が意味を持つ。統計的に有意な情報を得るべきだが、今の実験校数は少なくてむずかしいかもしれない。

ネットワークの論点 山田肇氏(東洋大学)

○ 機器・サービスを利用するためには4つの要素を満たす必要がある。
○ 購入できる:デジタル教科書なら無料配布できるかもしれない。
○ 操作できる:アクセシビリティを義務化する必要がある。
○ 知識がある:入学後の教育の中で与えていけばよい。
○ 使いやすい:市場で競争させればいい(紙の教科書も採択率に差があるのと同じ)。
○ 忘れがちな視点はネットワーク自体の購入可能性である。デジタル教科書を持ち帰りそるとき、自宅での利用をどう保障するか。ブロードバンドがつながっていない人、整備されないエリアの問題がある。
○ ネットワークは無線で対応することにして、教育MVMOについては通信事業者に解放を義務として課せばよい。
○ 教育MVMOは公費で負担するとして、税金を投入するが、不足するならポルトガルのように周波数オークション収入を振り向けてもよい。
○ 教育MVNOは通信事業者にもメリットがある。生徒を9年間囲い込むのだから、義務教育が終わった後は自社のユーザーにすればよい。

討論の要旨は次の通りである。
○ 当面は仕様を固定せず、競争的に開発していくが、それを政府が支援する。脱落していくものも出るが、教育のためであるので、気にする必要はない。教科書に使っている税金は大きいものでない、わずか400億円だ。教育の効果や価値を考えれば、こだわる話ではない。
○ 電子書籍のアクセシビリティについて調べている。EPUB3がデファクトになれば、日本語も問題ない。電子書籍端末は、今、50歳より上が大きな購入層である。文字の大きさを変えられることが評価されている。そういうことができるフォーマット、デバイスが伸びている。そういった意味でアクセシビリティは重要だが、自然に対応できるようになるだろう。
○ 伊藤穰一氏は「Throw away your map.」と言っている。ルートを決めて、地図を見て歩くような未来の決め方はやめるべきだ。コンパス(方位磁針)を持って、前に向かって進むべきだ。コンパスで大きな方向を定め、後は小さな実証実験を積み重ねて行くべきだ。

総括コメント 中村伊知哉氏(慶應義塾大学)

○ ネットワークの整備の話があまり出てこなかったが、これが一番大変な話になると思う。DiTTの目標は2015年だが、「家庭」をどうするかが課題と認識している。
○ 台湾では、すでに端末を持ち帰らせ、宿題もさせている。韓国は2013年にすべての教室と家庭を4Gのネットワークで結ぶといっている。すべての教材、端末をクラウドでどうやって結ぶかが大きな問題になると思う。
○ 民間は動き出しているが、課題が二つある。一つは、どんどん開発してフィードバックを受け取ること。それで普及を早く進められる。
○ 第二はスズカン問題。電子教科書の旗振り役が一人しかいない。政治家を動かさなければならない。教育の重要性を説かなければならない。今日のような議論を外に持っていき、盛り上げていくのが大事。教育で未来を作るのだから、とても重要な政策である。国民全体で広く考えていく必要がある。