教育 佐賀県武雄市の挑戦と成果 樋渡啓祐前佐賀県武雄市長

日時:2月17日(火曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学大手町サテライト
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:樋渡啓祐(樋渡社中(株)CEO、前佐賀県武雄市長)

冒頭、樋渡氏は次のように講演した。

  • 総務省絆プロジェクトにて、山内東小学校と武内小学校にiPadを236台、先行的に配布したことが、武雄市の教育改革の始まりであった。同時に、全教員に対して、ICTスキルアップの時間を設けることで、抵抗感をなくしていった。
  • 全面導入にあたっては、市内の全小中学校の校長から、タブレットを教育に活用したいといった声が上がった。今年度4月に小学校、来年度4月に中学校へ、タブレットを全児童生徒に配布するに至る。
  • 中学校では、「キーボードがないタブレットでいいのか?」といった声があったが、「まずは導入すること」を第一条件とし、来年度の一斉導入に踏み切った。また、導入にあたっては、保護者向けの説明会を実施するなど、タブレットを用いた教育への誤解や偏見を与えないようにした。小学校に導入した端末は、見た目がかわいい黄色のカバーを付ける工夫をした。
  • 教育改革の一つが武雄式反転授業『スマイル学習』である。家庭でタブレットを使った予習を行い、学校で発展・まとめをグループ学習で行う形式の学習方法である。予習には、動画を用いているため、繰り返し見られることがポイントである。保護者も一緒に見られるため、家庭内の積極的なコミュニケーションにも繋がる。教員は、予習の成果が見える(予習問題の正解不正解が一目でわかる)ので、児童がどれくらい理解しているのかを、勘で探らなくてよいというメリットがある。教員の予想と児童の理解の実態は異なることが、実際に導入してわかってきた。
  • 武雄市が、スマイル学習に取り組む目的は、①児童生徒がより意欲的に授業に望む。②授業者が学習者の実態をより正確に把握して授業に臨む。③授業では「協働的な問題解決能力」を育成する。である。
  • アンケートをよく行うことも、武雄市の特徴である。「授業がよくわかったか?」や、「授業は楽しかったか?」といったように、児童に学習の感想を聞いて、改善につなげている。
  • 動画等のコンテンツは、学校が企業に依頼をして作成している。教員がコンテンツ案を作成し、企業に提出する。それを基に企業が作成し、教員が確認・修正案を提出する。さらに、企業は修正を行い、教員が確認・修正を行っていき…といったフローで完成させる。はじめは、ひとつの制作に約4ヶ月を要したが、現在では、もう少し早く行えるようになっている。
  • 山内西小学校の1年生に、プログラミング教育を先行的に導入した。米国オバマ大統領が、プログラマが足りないと発言したことがきっかけである。日本でもプログラマーを大量に育成しなければならないと考え、武雄市が動いた。小学校1年生からプログラミング学習を導入するのは、小学校1年生が言葉の構造を学ぶ時期だからである。この時期にプログラミングを行うことで、論理的な思考力を養うことができる。また、これからの社会を考えたとき、例えばスマートフォンが普及して新たなコミュニケーションツールが登場した際に、プログラマが必要となる。こういったことから、早い段階から「飯が食える魅力的なツール」として、プログラミング教育を実施することにした。
  • 黒板とチョークを用いた授業は一斉詰め込み型であり、明治5年に学制が発布されて始まったと言われている。それまでは、寺子屋で、習熟度別の教育が行われていた。一斉学習を行うようになったのは、均一な大人を育成するためであり、明治時代以来、教育のスタイルは全く変わっていない。一斉学習は社会に対応できなくなってきている。今は、個に応じた教育が必要である。そのために、塾という民間の力を借りて、官民の区分けをなくした教育を行っていこうと考えたのが、官民一体型学校である。
  • 武雄市は、「はなまる学習会」という民間企業と協力していく。学習指導要領を沿って、教員が指導し、塾講師が助言する形態をとる。教科書と、はなまる学習会の教材を用いる。“はなまる”ならではの学習方法として、朗読等のモジュール授業を朝の15分で行うようにしている。
  • 異学年混合で行う青空教室というプログラムもある。これは、問題解決力を養い、人間力を鍛えるためのプログラムである。写真と同じ場所や物を探すピクチャリーディング等を行っている。これもまた、小学生全員に配布したタブレットを活用している。
  • 音楽や体育といった実技科目で英語を実施することを考えている。例えば、音楽でジョン・レノンのイマジンを扱うといった具合である。
  • 武雄市が目指すのは、世界一行きたい学校である。早く月曜日にならないかなと思えるような、学校に行くのが楽しみになるような教育をしていきたい。現在では、学力テストの成績も向上している。このような数値を用いた検証も行っていきたい。

ついで、司会の山田氏が次のようにコメントした。

  • 小学校の教室の画像をグーグル検索すると、日本・韓国などを除き、児童が向き合って、あるいは車座になって学習している様子が出てくる。机といすを整然と並べ、教員の話を静かに聞く、一斉学習は主流ではない。樋渡氏は講演の中で授業風景の写真を数多く見せてくれたが、どれも児童が向き合って、あるいは車座になっていた。そういう意味で、武雄市では世界基準の教育が実施されていることがわかった。

その後、以下に要約する質疑応答があった。

実践されている教育プログラムについて
Q(質問):英語のみのプログラミング教材もあるが、使用する予定はあるか?
A(回答):英語で書かれた教材を用いることは、良いことだと思う。英語とプログラミング教育との組み合わせはありうる。
Q:スマイル学習を、算数と理科にした理由は?社会でも、例えば、北海道の生活を児童に見せるといったことが扱えると考えられるが?
A:国語では音読で使うといったように、科目ではなく、教育内容によって扱うことが可能であろう。算数と理科にしたのは、教育内容がスマイル学習に最も適していると考えたからである。最初は抵抗があったが、検証し、確認しながら徐々に拡げていく考え方を取っている。
Q:武雄市のICTコンテンツは障害者向けの、アクセシビリティに配慮しているのか?
A:ハンディキャップを持った児童へのデジタル教育の親和性の高さは感じているので、これから進められると思う。

教員の反応などについて
Q:教員に必要なICTスキルはどのように身に付けさせればよいか?
A:民の役割と期待する。特に、30~40代の現職教員のケアをすることが大事である。
Q:導入の際、教員の負担と負担感はどのように配慮したのか?
A:負担と負担感は分けて考えている。例えば、報告書類を削減したりして、負担は削減している。教員の負担感は、児童が喜ぶ・理解する反応を見ていくうちに解消していく。教員は、子供たちの成長を心から願っているからだ。

コンテンツの扱いなどについて
Q:各国は、プラットフォームを重視している。教員が実施する教育内容を全部まとめて公開することで、他の教員も戸惑わずに導入することができると考えられるが?
A:武雄市では、教材を全て公開する予定である。これは、公教育の使命であると考えている。クラウド環境で、自由自在に修正していければよい。日本人は格付けを好むので、食べログのように教材に格付けを行うことも考えている。
Q:学校図書のデジタル化についてどう考えているか?
A:学校図書のデジタル化は、図鑑などを除けば、進まないと考えている。

政治行政について
Q:県知事が代わったことで、教育のICT化がスローダウンするのではないかという危惧があるが?
A:武雄市は、私の後継者が市長になっているし、先進的な成果を上げていけば、支持は得られるだろう。
Q:市長を務める上で、工夫されたことは?
A:大事なことは、ファンを増やすことである。ひとりでも多くのファンを増やしていくことで、彼らが「市長の言う通りやろう」と背中を押してくれる。
Q:オープンデータの扱いについて。エストニアのタリンでは、電子政府の導入で、コスト削減をしている。今後、日本でも同様に導入していくことは考えられるか?
A:日本とエストニアとでは人口数が違う。日本では、一斉ではなく、同時多発的にできるところからやっていくことが重要であると考えている。武雄市だけではパワーが足りないと感じるので、オープンデータの取組に関しては、千葉市や福岡市といった田の起訴自治体と共に行ってきた。参加したい自治体がどんどん増えていけばよい。