知的財産 オンライン社会における著作権のあり方

概要

 デジタルコンテンツがインターネット上を豊富に流通し、通信と放送の融合が進められる今こそ、著作権の扱いについて、根本に戻って考え直す必要があるだろう。
今回は、インターネットに関する法的課題について積極的に意見・提言を発せられている白田秀彰氏をお招きし、オンライン社会の秩序と法、とりわけ著作権のあり方について、そのお考えを伺うことにした。

スピーカー:
白田秀彰(法政大学社会学部准教授)
モデレーター:
山田肇(ICPF事務局長・東洋大学教授)
日時:
8月30日(木)18:30~20:30
場所:
東洋大学・白山校舎・5号館5202教室
東京都文京区白山5-28-20

入場料:
2000円

レポート

「私論 知的財産(著作権)戦略」

1.  現行著作権は賞味期限切れである。著作権に関するいくつかの論文をネットにアップしてきた。なかでも三つの論文をぜひ読んで欲しい。
●「ほんとうの知的財産戦略について
●「ほんとうの創作者利益について
●「もう一つの著作権の話

2. ほんとうの創作者利益は自ら生み出した作品が広く世に知られ、その上で公正な評価を受けることである。そのためには、創作に必要な設備、材料、資料の便宜を受けられること、創造的な人をそだてる教育環境が整備されること、作品が広く「受け手」に届き、評価を受ける環境が整備されること、言論表現の自由が守られることが重要。情報が自由にかつ安価に流通する環境は、「創作者の利益」を増大することに貢献こそすれ、阻害することはない。

3. 著作権制度の根幹は「排他的独占権」。そもそも公共財である情報について、権利者を設定し、市場における作品の流通量を制御する権能を付与するもの。 これによって希少性が生じ、情報から経済的利益を獲得しうる。メディア企業は、仮にそれが存在しなかったならは、膨大となる情報流通にかかる費用を縮減することによって、存在意義をもち得た。

4. 著作権制度を基礎とし、複製物を市場で販売することによって、創作者は自らの作品を広く世に問う機会を獲得し、メディア企業は媒体販売で経済的利益を得ることになった。メディア企業は、コンテンツ(商品としてパッケージ化された情報)を生み出し、市場において販売する場合のボトルネックであることを著作権制度によって保障された。それは、他の流通手段が存在しない環境下においては、もっとも費用のすくない合理的な制度だった。

5. 電気通信技術の発達によって、創作者個人であっても、広く安価に創作物を複製、配布、流通することが可能になった。メディア企業は旧来の収益ポイントを守るため、変化に抵抗する。技術革新の果実を自らで獲得するため、創作者や利用者が使用可能な技術を制約しようとする。複製物作成・流通がボトルネックとならなくなったので、作品に対する独占権である著作権を強化することで、コンテンツの流通制御力を維持しようとする。この二点についての創作者・利用者とメディア企業の対立が現在の著作権問題の本質である。メディア企業は「創作者の権利」を隠れ蓑にする。

6. インターネット環境において、メディア企業の利益(=ボトルネック維持)と、創作者の利益(=情報の自由流通)は対立し、それらが結合している必然性もなくなったのであるから、それぞれ分離して合目的的に対処することで、現在の錯綜した議論を整理し、望ましい次世代の制度を構想することができる。

7. 二階建て案を提案する。その概要は次の通り。一階部分、すなわち文化目的の作品はベルヌ・ミニマム+労働法的保護。二階部分、すなわち商業目的の作品は経済的利益を最大化しうる制度。複製物の流通制御ではなく、作品そのものの価値を経済的利益に変換する。

8. 一階部分は(仮称)創作者権法である。現行著作権法から、隣接権に関する規定を除外し、創作者本人の利益と権利の保護を明確に打ち出す。ベルヌ条約の最低保護要件に加えて、次のような規定を設ける。権利の復帰制度/権利の譲渡契約の無効。最低著作物使用料率(最低印税率)の法定。出荷数・流通数統計の事業者・政府への整備義務付。継続的提供の権利/義務。訴訟手続の警告前置義務。二次的創作に関するルール明確化。GPL やCC のような柔軟な権利主張方式の法定化。

9. 二階部分は(仮称)制作組合法/知財法人法である。商業作品に関わる各主体(含 隣接権者)が、市場の仕組みを活用して、その経済的利益を最大化し、適切に経済的利益の配分がされることを目的とする。現在、商業作品制作においてみられる、「制作委員会」方式を法定化し促進する。あるいは作品そのものに法人格を与えて、株式会社と類似の運用を行う。さらに受益証券を売買する市場を創出することで、商業作品制作の資金調達・リスク分散・利益配分を市場機構を用いて行う。この場合、 取引の客体を確定する必要から登録が必須となる。

10. 創設されるのは、制度利用者の申請に応じて与えられる国の制度上の恩典であって、権利ではないことを明確に示す。恩典の内容は、制度利用再申請時に新内容へと変更されうる。すなわち、国の産業政策としての自由を確保する。制度利用においては、登録更新を続ける限り、国の恩典付与が続くものとする。登録および更新においては、一定の登録手数料、更新手数料を支払うものとする。

11.  登録によって作品が確定しその内容が公示されるので、商業目的(制度利用者の市場における収益回収可能性に否定的影響を与える)での無断複製のうち、デッド・コピーについては、非親告罪として捜査機関が摘発を行うものとする。登録によって公示されるので、商業目的での無断複製その他の侵害行為についての訴訟において、侵害者(被告)が制度利用者(原告)の作品を参照したこと、その存在を知っていたことを擬制しうる。それゆえ、訴訟において、原告は、被告作品が原告作品に「客観的に類似している」ことを立証するのみで侵害が認められるとする。すなわち、侵害がないことの立証責任が被告に移転する。

12. 登録作品の経済的利益の侵害については、原告に有利な損害賠償額の推定がなされ、被告は実際の損害額を立証しなければ、推定損害賠償額を支払うこととする。このため、被告は侵害の実態について自白する動機を持つことになる。登録作品は、「資産」として課税評価の対象となる。登録作品の収益からの配当利益については、税制上の優遇措置を講ずる。

13. 投資者保護のために、制度利用主体である組合あるいは理事会は、収益機会を最大化する管理者責任を負う。収益機会を最大化する義務の反射的効果として、作品を構成する個々の要素の創作者たちの同意の上で、個々の要素ごとに著作者人格権を行使しないものとする。作品についての排他的権利を盾に、他者の事業機会・創作機会を妨害することは、知的財産政策に反するのみならず、その作品の収益機会を減ずる行為でもある。ゆえに、作品の使用について協議が整わない場合、組合あるいは理事会は、法律の定める率料による一般使用許諾手続きに同意するものとする。

14. 作品の市場価値、収益可能性を低下させる様態でのデッド・コピーを除く利用形態の場合(例 悪意のあるパロディ等)、利益侵害として民事訴訟を提起することができる。その場合、市場価値や収益可能性の低下についての立証責任は原告(制度利用者)にある。

15. 作品を登録した後、χ年毎の登録更新をしない場合は、恩典は停止され、作品は公的領域のものとなる。 登録には登録手数料、更新にも更新手数料が必要であり、それらの料金は政策的に変更しうるものとする。登録によって作品にはID が付与される。組合あるいは理事会の決議によって利益配当割合が決定され、受益証券が子ID を付与されて発行される。これは、オンラインでの受益証券取引の便宜のためである。受益権は、受益証券として市場で売買されるが、創作物の現物投資、あるいは労働による労働投資の場合、売買不能の受益権留保分を、創作者保護の目的のために設定しうる。

16. 総まとめ。自由流通により今までの利益ポイントが無くなり、メディア企業と創作者の利害が一致しない。二階建てにして、二階部分を著作権法の制約から自由なスキームで市場化することが望まれる。

<質疑応答など>

1. 実演家は救われるべきでは? → 実演家が専ら創作物の伝達に寄与するという現行法の考え方では、実演家は隣接権の枠で扱われる。これをそのまま受けて二階部分での保護を提案したが、実演家が自然人であることに着目すれば、労働法的要素の強い一階部分に組み入れるべきかもしれない。さらに検討したい。

2. 登録を促進させるためにはなんらかのクリティカルマスが必要では? もう少し、緩やかな制度でいいのではないか? → 現状でも登録するインセンティブはあるように思う。特許のように、訴えられるリスクに対して登録するインセンティブを作ればよい。

3. 放送事業者が逐一登録するのは手間では? → 数百万人はいるだろう、個々の複製物使用者の行為について、監視制御しうる電子的著作権管理が技術的に可能であるといわれる。そうならば、その技術を応用して事業者の著作物を迅速簡易に登録処理しうるだろう。

4. 二階にいつでもいけるとすれば、かつて一階部分にあった時に既に流通してしまっているコンテンツについての保護はどうなるのか? → この点についての検討が十分でなかった。二階部分は、大きな費用がかかる商業作品を作る事業を保護するものだから、登録物は商用パッケージ状態を想定している。たとえば音楽で、インディーズからメジャーに行く場合、過去の楽曲も、商用品質で再度リマスタリングなどをするのではないか。

5. 製作委員会方式、SPCや有限責任会社などの取り組みは既に行われていて、ある程度成功している。わざわざ二階部分にする意味は? → それらの仕組みをより商用コンテンツ制作に適合的なものとして制度化しようという提案だ。コンテンツ制作を中心に考えれば、現在の仕組みでは、著作権の否定的な制約が作用し、かつ望まれる規定を欠いている点も多いと考える。

6. アメリカで、特許について買い上げ制度が提案されている。エイズの予防薬などへの対応としてWHOでも議論されている。その場合の問題は、くだらない特許ばかり買い上げてくれと言われそうなところ。 → 人々の意見を取り入れて具体性のある案にしたい。

7. そもそも二階建て制度の著作物は、外国ではどのように保護されることになるのか。 → 二階部分の保護は、ベルヌ条約準拠の一階部分の保護に追加される制度的恩典であるから、それらの作品は、当然に著作物として各国において内国民待遇で保護される。

8. 今の制度はおかしいと、WIPOで声を上げてもよいのではないか。エイズ特効薬などに関わる特許については途上国が文句を言っている。なぜ日本は、著作権制度はおかしいとWIPOで言わないのだろう。 → そのとおりだ。情報技術と知的財産に依存して立国する国家戦略に適合的な制度変更を主張すること自体に何らの問題もないはずだ。