概要
長野県の山間部にある栄村で、全国の放送関係者の注目する実験が行われています。地上波のテレビ放送をADSLで再送信し、家庭のテレビやパソコンで見られるようにするものです。栄村では、民放4局を見られる家庭が約1割と難視聴世帯が多いため、民放の番組をIP配信しているのです。画質的にも、普通のテレビと変わりはありません。
しかし、この実験の商用化はできません。テレビ局が地上波番組のIP配信を認めないからです。これを認めたら、栄村だけではなく、全国にADSLで番組が配信でき、現在の県域免許制が崩れてしまう「蟻の一穴」となることを恐れているのです。今回は、この実験を行ってこられた佐藤さんをまねき、その現状を紹介するとともに「通信と放送の融合」はどうすれば実現するのか、を考えます。
講師:佐藤千明(長野県協同電算ネットワーク部長)
司会:林紘一郎(情報セキュリティ大学院大学副学長)
日時:4月21日(木)19:00-21:00
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館5202教室
東京都文京区白山5-28-20
地下鉄三田線「白山」駅から徒歩5分
地下鉄南北線「本駒込」駅から徒歩5分
地下鉄千代田線「千駄木」駅から徒歩15分
入場料:無料
レポート
IP放送の実験経過
栄村は、面積は広いが、民放4局のうち2つしか映らない難視聴地域である。NHKはアンテナ(ミニサテライト)を作り対応している。民放2局は、一箇所だけアンテナを立てることによって8割ほどが見ることが出来ようになっている。その他2つはほとんど入らない。
問題解決のために、総務省より一年間の資金助成を受けてIPテレビ放送の実験を開始。その後単独で実験を続ける。村の中に有線放送があり、その上に載せたADSLの回線網を使ってローカルの4つの放送をIPマルチキャスト方式で配信している。動画エンコード形式は、WindowsMedia9形式。480×480、30フレームくらいの品質。帯域は1.3Mbpsで配信している(最大4~10Mbpsで配信可能、非常にいい回線品質)。当初は専用のセットトップボックス(STB)を使っており、画質はそのSTBの性能に合わせたもの。
元の映像は、村内で放送電波を受信可能な場所を探し電波を受信、受信した動画をWM9形式にエンコードする。それを村内光ファイバ網で栄村の有線本局に送信。マルチキャストの配信用サーバからお客様に届ける。ADSLの先に専用ボックスを置き、ビデオ信号に変えてテレビを見る。現在はSTBだけでなく、ADSL回線に接続しているパソコンでも視聴可能。
当初の実験後、村内から長野市内に受信サーバ設置場所を移し、そこでエンコードして、中継網を通して配信する形式に。県外には出ていないが、村外で受信し、村に送るという状態。マルチキャストのデータはJANIS中継網を利用し栄村へ配信される。同時に配信サーバを栄村のみに限定することで他地域への流出を防いでいる。
法律上の課題
電波を受けてエンコードしてマルチキャストサーバに送信するところまでは放送事業者。その後、送信されたものを、ルータを介しネットワークで視聴者に配信するのが通信事業者。マルチキャスト配信は通信事業者のサービスを使った放送事業者のサービスである。
通信事業者があって、その通信役務を利用する放送組織体があり、そこが放送するというスキームにもっていきたい。事業化前に考えなければならない問題は、放送法と著作権法との関連。一つの通信に対して、試験放送でありかつ4Mbps以下である場合は電気通信役務利用放送法の適用除外。
本実験では1.3Mbpsなので問題なし。著作権上からも営利を目的としていない、かつ無料なので問題なし。
しかし、本実験が著作権上の放送区分の内、有線放送に該当するか自動公衆送信に該当するのかが争点となる。事業化後は村が電気通信事業者になり、そのうえでADSLを使った通信事業者をおく。さらにIP放送する放送事業者が必要となる。著作権では、営利目的となるので著作権処理が必要になる。実演家やレコード原作者に対しては、従来の放送と同様に著作権処理は必要ないと解釈される。放送されているものを有線放送する場合は2重に払う必要が無いためである。ただし、文芸家協会や脚本家連盟、シナリオ協会、日本音楽著作権協会(JASRAC)などに対しては処理が必要。
また、放送事業者との間には再送信に対する著作隣接権に関する処理が必要。マルチキャストが電気通信役務利用放送法上の放送に該当するかという問題。総務省はあいまいな対応で、民放の同意が無ければ総務省としては判断しないと見受けられる。
この問題が技術的、制度的に総務省が定義する通信役務利用放送に該当するかの判断を総務省に求めた。特区として申請したときの判断は否定しないということだった。しかし、栄村の事例を具体的に提示したところ、「判断情報が不足していて回答できない。」「民放と協議してほしい」と曖昧な態度に終始。
問題提起:合法化のために
地上波の放送を持ってくる場合はコンテンツホルダーの同意が必要だが、自分で権利処理しているものを流す、それをどういう仕掛けで流すかという事のほうが、役務放送に該当するかどうかの判断材料のはず。IPマルチキャストは同一内容を同時に送るのだから著作権上は有線放送である。
IPマルチキャストは著作権法上の有線放送だからJASRACとは契約の必要がない。実験期間中に村が無料で有線放送する場合にも許諾契約はいらない。事業化後の民放との権利処理の問題とJASRACの持っている音楽の権利の問題は別個に解決すべき問題であるが、JASRACは「民放の許諾を受けてほしい」などと意味不明な曖昧な態度に終始。
文化庁は、この問題に触れたくないのが本音であると考えられる。IPマルチキャスト方式が著作権法上、有線放送かどうか放送事業者と議論をするにしても、民放、権利保持者の同意を得てやればいいのではないかというスタンス。明確に判断はしない。問題があった場合は裁判所の判断の姿勢に終始。
民放は、当初は総務省が放送とすれば同意の可能性もあったが、総務省が放送と判断しないので同意しないというスタンス。放送と判断したならば権利処理が必要になる。地方局だけで解決できる問題ではなくキー局がどう考えるかに全てかかってくる。
しかし、民放はIPマルチキャスト方式では番組再加工の可能性への懸念・配信される映像の品質・同一性保持が困難などと難癖をつけ、交渉に応じない。民放の懸念している問題は現在の状況からみても全くの杞憂である。自分たちが果たすべきことを棚上げにし権利ばかり主張している。
ディスカッション
法律問題
(林コメント) 「地上波とは」という問題が原点。日本では地上波がユニバーサルサービスとなっており行政もそう考えている。そのためケーブルテレビは最後の手段である。地上波でエンドユーザーまで行かなければならないところをカバーしているだけ。ケーブルをもう少し前から育てていれば、アメリカのように地上波で流しているものをケーブルで流すという契約を義務付ければこれらの問題を解決することが出来る。
Q. 通信と放送の融合については、通信と放送は融合しない。一つは著作権処理が出来ない。もう一つはコンテンツ規制を課すのが放送であり、秘密を守るのが通信である。その為、簡単には融合しない。著作権法と放送法で法律的に解釈すると免許的には放送であっても著作権法では自動的に放送となるわけではない。
問題はキー局。そこを攻め落とさないとこの問題は解決しない。しかしながら著作権問題は「触れられない問題」である。長野県内のCATVで仮にマルチキャストの技術を採用させたら、放送として認めるのだろうか。県内で、FTTHでやっているところはある。そこがIPに乗り換える、というのならば可能性はあるが現実的ではない。
Q. ヤフーのBBTVも同じく地上波を再送信できない。その理由がいまひとつ理解できない。
BBTVは従来型の有線放送の免許とは違う通信役務利用放送。そのため再送信できない。ヤフーのBBTVの場合は圏域外に流れる可能性があるから。民放が嫌がる理由はそこで、エリア外に流されるのは困ると主張する。
今日の話と全く同じことがソフトバンクでも起こっている。域内であるとかないとかという問題は別の話で、キー局が抵抗する理由は著作権。系列キー局が怖いのはスポンサーなのだから、経団連の名前でもなんでもいいからバックをつけるというのは。
放送ビジネスのあり方
Q. 打開策の一つはwin-winのプロセスを作ることが重要。最大の障害はキー局であり、栄村とキー局とのwin-winの関係を築く意思は出したのか?
交渉はしたが、ジョイントすることによるメリットなどは提案していない。放送の権益が閉鎖的であることが問題だ。放送局が通信を使って放送を出来る仕組みを考えて欲しい。放送事業者は通信事業者が放送をやるようになる事が怖い。それでいて自分たち放送事業者が通信を出来るようになるという可能性についてはあまり探求しない。
Q. 放送事業者もIPで収入を得るようになればwin-winの関係に近いことが出来るのではないか。
放送はビジネスモデルで言えば垂直統合の典型である。電波と免許の2重の障壁で守られている。そこで穴が開くのはそこにいる人にとっては非常に脅威である。どこに穴が開くと困るかは著作権で、そこが一番儲かっているから。今回の場合はIPでなくては駄目という環境ではなかったが、せっかくの機会なのでNHKの感触を見た。前向きな回答を期待したが非常に慎重な態度であった。
地上デジタル放送との関係
Q. 栄村にデジタルを届ける場合はどのくらいかかるのか。
鉄塔を建てなければならないので何千万円と必要になる。民放はやる気は無い。今のアナログの難視聴以上に、解消する余裕はない。今は顕在化していないがデジタル放送の難視聴対策はこれからである。この問題は山間地だけでなく都心の真中でもビル影によって起こりうる問題。それを救済するためにケーブルテレビがあるが、どうせ引くなら同軸よりも光を引きたがる。それが何故使えないのか?それはIPだから駄目であって、放送だから別回線を引いてくれと。波長を分けるような仕掛けを入れろ。等々、この難視聴の問題が今後クローズアップされてくると思われる。
社会的に認められて民放の立場が悪くなって世間的に同意せざるを得なくなるという持久戦だと思っている。全国の同じような地区も問題を抱えている。東京のど真ん中でも同じような危険性をはらんでいる。民放は公共性を持って責任をもてるのかという世論形成をしていくことによってジワジワ攻めていく。他の地域でも同じことが起こりうるということを前提に盛り上げていくことが必要ではないか
栄村での事業化
Q.事業化と講演したが、こういったことをやるにはコストがかかるがコストを補うための収入は見込めるのか?
事業化した場合、それは放送事業団体が行えばよい。そこが投資する金額とユーザーからいくら貰うか、という事業モデルになる。ユーザーからするとインターネットサービスに払うお金にどのくらいまでだったら上乗せするか、という事になる。それは数百円ならば可能だろう。
Q.村の助成でNPOがやるのはどうか(ケーブルテレビの難視聴はユーザーからお金を取ってないですよね)。
運営コストはそれほど必要ない。
Q.放送番組を放送するためにはお金を払わなくてもよいけれど、設備を維持するのにお金を集める。そのようなときにも、JASRACなどには村民から集めた何パーセントかを払わなくてはならないのか?
維持費として集めたお金から何パーセントかを払うということになる。本来なら再送信同意を得た段階でJASRACに直接払う必要は無いはずだが。
従来のケーブルテレビと同じスキームで払うようにすればCATVだろうがIPだろうが同じになるはず。BBTVはそれを要求してケーブルテレビ連盟に入ろうとした。権利処理がクリア出来るから。しかしケーブルテレビ連盟には入れていない。
韓国は勝手にIPでやって、利益が出たら放送局と話し合いましょうと。今のところ利益は出てない。
Q. 村のユーザー数はどのくらいか。
人口は1000人ほどで、ADSL契約している人は約200人。その中でSTBを使っている方が20人ほど。
Q. 村の明確な意思表示はあるのか。
この実験は村の名前でやっている。村長は裁判でもなんでもやると言っている。