ICPFでは、平成24年度春季に連続セミナー「電波の有効利用を求めて」を開催しております。第2回は、真野浩氏に『IEEEにおける無線技術の標準化』と題して講演いただくことになりました。
IEEEはアメリカの学術団体ですが、同時に有線LANのEthernetや、無線LANの802.11a/b/gの規格作成を担当した標準化団体の姿も持っています。今もIEEE802委員会とその下部組織は、次に利用されることになる無線技術の標準化を活発に進めています。真野浩氏は、IEEE802.11aiというタスクグループ(下部組織の一つ)のリーダとして、圧倒的に高速な認証技術(Fast Initial Link Setup)の規格作成を主導しておられます。
今回は同氏にIEEEにおける無線技術標準化の最新動向を、テレビ帯ホワイトスペース、高速認証、スマートメータなどを含めてお話しいただきます。
日時:5月30日水曜日午後6時半から8時半
場所:東洋大学白山キャンパス5号館5201教室
講師:真野浩氏(ルート株式会社代表取締役)
(サイトにて閲覧可能な)資料を説明した後、質疑が行われた。質疑の概要は次の通りである。
活動のオープン性と情報の収集について:
Q:IEEEは確かにオープンな団体ではあるが、メーリングリストに入れてくれるよう頼んだら、断られた。
A:リスト入りにもルールがある。活動に貢献し会合に参加し、投票メンバーとなられなければ作業過程のリストには入れない。サイトにもメンバー限定のエリアがあるが、そこに入れるのは投票メンバーだけである。しかし、多くの情報は公開されているので、活動内容はだれでも知ることができる。また、寄与によっては、チェアの判断で、特別にメーリングリストに入れることもある。
Q:アメリカ人会員の中で、例えばMITの学者が企業の担当者の代わりに来たりするのか?
A:ない。Ph.Dを持っている人は結構いるが、みな企業に所属している。
Q:日本企業から参加している人は、その企業の社員か?
A:そう。私も企業の社員として参加しているし、他の企業も社員を出している。ただ、ほとんどの日本企業には、参加にあたっての戦略がない。情報収集して、レポート作るだけ。
しかし、情報はオープンなのですぐに手に入るし、同時並行で進む数多くのミーティングを数人でカバーして、ちゃんとしたレポートにするのは無理なことだ。それくらいは、膨大に公開されている情報を読めば済むことだ。
規制とプロトコルの分離について:
Q:何故、中国向けの標準開発をしているのか。標準策定の際に特定の国の周波数帯を使わなければならないのか?
A:どの周波数帯を使えるかは各国の規制なので、IEEEでは決められない。IEEEではそういう情報を集めて、それを規格の中に反映させている。中国の例は、中国でその規格を使えるように、その周波数帯に対応する規格を策定するというだけのことである。このようなことは面倒に感じるかもしれないが、規制とプロトコルの分離はよいことでもある。日本では「どの周波数帯で」だけでなく、「そこで何をする」まで全て規制される。これでは無線技術は発展しない。
Q:他の国でも規制とプロトコルは分離されていないのではないか?
A:アメリカでは周波数帯は決めているが、そこで「ワンセグやれ」「ブロードバンドやれ」というような用途までは決めない。そういう意味で分離されている。
Q:TVホワイトスペース向けには、どのような技術が出てきそうか?
A:FCCは周波数の使い方(出力や干渉量など)だけを規定して、プロトコルは任せている。802.11afですでに標準化タスクグループがスタートしている。ここので、ユースケースとして大きく注目されているのは、電柱と家庭を接続するスマートグリッドである。
標準の決定と商品化について:
Q:決議を通すために75%必要だということについてどのように思うか?
A:妥当だと思う。なぜなら、25%で拒否ができるから。重要な決定をするには75%は悪い設定ではない。
Q:標準策定までのプロセスは長いと思うか、短いと思うか?
A:標準が出版されるまでには3年かかり、長いと思う。企業側は、これ以上大きな変更はないというタイミングを見て、ドラフト準拠という製品を出してくる。また、Wi-Fiアライアンスでは、IEEE規格の中の「いいとこどり」をして、早く認定リリースすることもある。このように、規格の完全版が決まるまでの時間が長くても、商品の方が早く出る。このようにIEEEとWi-Fiアライアンスが車の両輪で動くことに特徴がある。
Q:ドラフト準拠で始めて、その間に固まればいいということか。
A:そう。マーケットリーダー達の間である程度コンセンサスが取れ、商売が始められるものが「よい標準」なのだ。
Q:商品が出ることで規格化が拘束されるということは起きないか?
A:ドラフト準拠で商品が出た後でも、規格が大きく変わることがある。ただし、標準化に参加していれば、その辺りのリスク度合いが判断出来るし、商品サイクルが短いのであまり気にする必要はない。
政府の支援と企業の戦略について:
Q:ISOには国費で人を送り込んでいるが。しかし色々条件があって、多くは大学の先生で、企業はなかなか援助できていないが。
A;最近は総務省も方針が変わってきて、フォーラム形の標準における企業活動も援助しようとし始めた。
コメント:企業は自費が原則のはずだ。
A:そのとおり。だから、企業に戦略がなければ参加することのROI(Return on Investment)がでない。
Q:配付資料p.43)通りの体制が組める企業はほとんどないのでは?日本以外の企業でも無理ではないか?
A:実際にはその通り。だからWi-Fiの場合、チップベンダーは世界で2、3社しかいない。
Q:そういった意味では、標準化は新しいスタイルの談合ではないか?
A:確かにその側面はある。群雄割拠の中で小さく勝とうという話ではなく、世界市場でより大きなパワーを得ようと取り組むのが標準化である。3社のなかの1社になるには戦略が必要である。
コメント:そのように寡占状態になった市場に穴を開けたいのなら、それらの会社と同じかそれ以上に大きな規模で活動に参加し、積極的に発言していく必要がある。
A:華為がそうやっている。完全にアメリカ型だ。中華系の人は、欧米の大学を卒業して、欧米の企業に就職し、そこでキャリアアップする。でも、帰属意識があって、いずれは国の役に立ちたいと考えている。そういう人たちが、普通にイングリッシュネイティブで戦っている。これに対して日本企業の人は、2年の駐在で帰ってきてしまう。この差は大きい。2、3社の大手談合が標準化組織で、それに入らないとどうしようもない。ブルーオーシャン戦略を取るのであれば、とにかく早くクリアウォーターを見つけてそこで始めなければならない。
コメント:標準化というから経営者は理解しない。談合といえば理解するかもしれない。
A:マーケティングサイドが標準化を大事にできるか、戦略として使えるかに勝負がかかる。R&D部門が「標準化に行かせてくれ」といっても、経営側の評価は低い。「あいつはまた海外に行っている」と言われてしまう。そんな企業の標準化担当はかわいそうだ。Study Groupの段階では、まだディティールなマーケティングの数字はいらないが、大きく市場成長が期待できるかが判断される。また、公平さが必要で、特定の企業が技術をねじ込もうとすると蹴られる結果になる。その先、標準を実際に作る過程では、技術担当者が社内をリードするのがよい。
日本企業における人材育成について:
Q:日本からも議長をできる人を出さなければいけないと思うが、どのようにすれば人材が育つか?
A:コミュニケーション能力と言語理解。もう一つ大事なのは、チェアリングできる(議長として会議を回せる)かどうか。規格策定が峠を越すと、職にあぶれるスペシャリストがたくさん出る。そういう人たちは企業からスポンサーしてもらうためにポジション獲得の根回しをする。そういう政治活動を含めて、コミュニケーション・根回しができるか。そのためのルールを理解しているか。それが問われる。日本の企業で研究者が標準化は面白いと理解する、そういう教育が必要である。チェアリングがおもしろいと思えるかが勝負だ。若い人は何故議長が偉いのか理解できてないし、ロバート・ルールも知らない。こそこそ活動して、投票の時しか出席しないとかではダメ。若いうちから、ディベートや集団意思決定のアルゴリズム、ロバート・ルールについて訓練するしかない。
Q:プロフェッショナルであるだけではダメで、社内的にバックアップの体制を作るのが大事だと思う。日本企業は戦略がない。
A:経営層に戦略という概念をいかに訴えるかということになるが、エンジニアの仕事なのかMBA取得者の仕事なのかは分かりかねる。日本の企業は、改善は得意だが、イノベーション、クリエイション(創造)が弱い。技術立国という過去の栄光があって、現状認識ができていない。だから、華為(中華思想の国の人)が、国際ルールに乗って活動しはじめたことが衝撃だった。
Q:ベンチャー企業には期待できないか?
A:ベンチャーも結構来ている。ただ日米では集められる資金の規模が違う。日本は将来に投資するというより、今の数字をどうするかに視点が向けられているから、標準化活動などには参加できない。アメリカのベンチャーは活動の場に何度もチャレンジして一生懸命訴える。タイミングが合えば、そこから吸収合併の話に発展することもある。
Q:そういった意味では、日本の投資環境を考えないといけない。
A:そう。
Q:日本の企業が華為のように動けるようになるには、どうすれば良いか?
A:標準化はチーム型で進めること。チェアリング、マーケティング、エンジニアリングなどの担当者をミックスしてチームを作る。問題は、日本の企業にそのインセンティブがあるか。日本の企業は、客が求めないと動かないし、いまだに「日本でNo.1になること」を目指している。経営者がマクロマネジメントの意識を持っているか(経営を大局から見ているか)。そこが訴えづらい。マクロの話をしても、業績が悪くなるとダメになる。また、日本企業では提案をボトムアップしていくと、途中で止まる。変人(こだわりのある人)をトップに持ってこないと変わらない。
日本と韓国の比較について:
Q:参加者数を見ていると、韓国が多いように見えるが?
A:韓国はサムスン、LG、ETRIが一体になりながら動いている印象。ETRIの中にもサムスン、LGの人がいる。
Q:韓国人の議長はいるか?
A:中国の副議長はいるが、僕以外に802.11ではアジアの議長はいない。
Q:議長職からあぶれた人たちを日本企業もスペシャリストとして活用すればいいのではないか?韓国はそんなことをしているのか?
A:韓国はやっていない。ロバーツルールも理解できていない人もいる。韓国はETRI中心で企業主体ではないので、スペシャリストを雇い入れることはない。ETRIは成果が欲しいだけ。寄与文書の数と知的財産権を気にしている。一方、中国はちゃんと手順を踏んで来る。
Q:日本人もルールを知らないのか?
A:知らない人もいるが、日本人は勉強すればできるようになる。だからどんどん送り込めばよいし、リーダーシップをとればよい。