主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
協賛:情報通信学会、慶応義塾大学SFC研究所プラットフォームデザイン・ラボ、IEEE TMC Japan
概要:
インターネットの急速な拡大の中で、プライバシーや個人情報の扱いは重要な政策課題となっています。ネット上のアイデンティティと匿名性の問題、ネットの発展に伴うプライバシー概念の変遷とプライバシー法制の有るべき姿、国際的なプライバシー法制の調和など検討すべき点は多くありますが、とりわけインターネット関連のサービスを提供するグローバル企業や検索エンジンにはありとあらゆる情報が集積されるようになっています。この度、グーグルのプライバシーに関する最高責任者であるAlma Whitten博士(Director of Privacy)が来日されましたので、プライバシーならびに個人情報問題について討論する機会を設定しました。
登壇者
講演(同時通訳付き) Alma Whitten博士
討論者
司会 中村清(早稲田大学、ICPF理事)
堀部政男(一橋大学 中央大学法科大学院)
林紘一郎(情報セキュリティ大学院大学)
国領二郎(慶應義塾大学)
講演資料:
Alma Whitten
こちら
林紘一郎
こちら
堀部政男
こちら
国領二郎
こちら
まとめ:
以下は、このシンポジウムのモデレータとして私が個人的に重要と感じた点をまとめたものです。従って講演と討論のすべてを網羅していませんので、講演者と討論者の見解についてはパワーポイント資料をご参照ください。
Alma Whitten博士によれば、グーグルは検索サービスの価値を高めるために、厳格なプライバシー基準を設定し、個人情報に関する収集方法の透明性を高めるためのさまざまな手段を講じているとのことでした。特にグーグルとしては、これまでの莫大な検索情報に基づいてその精度の一層の向上を図り、またウェブ情報の安全性や忠告を表示するシステムの開発、さらに検索情報の技術革新として情報を瞬時に数十カ国の言語に翻訳する機能やインフルエンザの流行といった緊急の社会的問題についての情報を公開する機能などの開発に取り組んでいることも報告されました。
グーグルでは、収集する情報を(1)検索やブラウザーの利用に関するログ・データ、(2)利用者が自分の意思でログインするGメールやブログのようなアカウント・データ、(3)グーグル・マップの利用のようなプロダクト・データに分け、さまざまな情報を収集しているが、IPアドレスについては9ヶ月以内に、またクッキーについては18ヶ月以内に削除し、また広告については「オプトアウト」方式によって拒否できるシステムを採用していること、さらにまた政府の要請に応じて情報の削除を進めているとの報告がありました。
林紘一郎学長(情報セキュリティ大学院大学)は、法律と経済学の視点から、個人情報とプライバシーについて意見を述べられました。林学長は、日本における個人情報の漏洩に関する判決を取り上げ、その損害認定額はかなり低く、漏洩のリスクに対する評価は小さいこと、また個人情報が特許よりは企業秘密に近いものであると論じられていました。無形財である電気の盗電は犯罪となるが、同じように目に見えない財である秘密については法律的な対応は難しいと指摘されていました。欧米では秘密も知的財産権の視点から捉えているように思われるが、日本ではまだそのような解釈が一般的となっていないために、法律的に秘密を守ることは難しいとの意見を述べられていました。秘密は知識と同じように、一度盗まれてしまえばもはや盗まれる以前の状態に戻すことは不可能であるという点で特殊な財であることも指摘されていました。いずれにしても、情報に関する権利を事前に法律的に守ることは難しく、事前に是非が決められないにも関わらず、是か非を無理矢理に決めるとすれば、「シュレーディンガーの猫」のパラドックスを生ずることになるので、法的には事後的な対応にならざるを得ないのではないかと述べられていたのが印象的でした。
堀部政男教授(一橋大学名誉教授ならびに中央大学法科大学院)は、プライバシーと個人情報に関する歴史的な経過を中心に論じられ、現在の日本が直面するプライバシーと個人情報に関連する課題について意見を述べられました。欧州ではプライバシー問題については1890年代という、はるか以前から論じられているが、1960年代に入って本格的な論争が始まり、現在は1980年に立法化された法律を改定が進められていること、また1990年代からプライバシーという言葉が使われ始めたこと、これに対して日本では1980年のOECDガイドラインに基づいて委員会が設置され、立法化を目指したが、実現しなかったことなどこれまでの経緯についての解説がありました。1999年に提出された「堀部案」を元に、2003年に個人情報保護法が制定され、その一歩を踏み出したが、その後、過剰反応が見られるとのことでした。住民基本台帳についてはプライバシー侵害という意味で憲法違反という意見もあり、今後は信頼される独立的な監視機関の設置が求められると述べられていました。
国領二郎教授(慶應義塾大学)は、今回の大震災に際して学生の安否を確認しようとしたが、その行為自体がプライバシーに触れるのではないかという意見もあり、プライバシーとは何かと改めて考えさせられたとのことでした。特にプライバシーの概念がメディアの発達とともに変化してきており、グーグルが採用している匿名化政策などについても、どのような基準でその期間を決めるのか、またその客観的な基準があるかどうかについて疑問を投げかけられていました。そして一種の相互主義(Reciprocity)、すなわち情報にアクセスした人が誰であるかを明らかとするようなシステムが必要であるとも論じられていました。基本的にはテクニカルな対応だけでなく、プライバシーについての基本的な思想とその構築が不可欠な時期に来たと結論づけられていました。
その後、シンポジウムでは、討論者ならびにフロアーからの質問などがありました。Alma Whitten博士は、プライバシーを守るための第三者機関の活用を進めていること、自分に関する情報についてアクセスし、必要に応じて修正できるようにすることが重要と考えていること、プライバシーに関するデータの処理についてはグローバルな視点で法律的に処理することなど、基本的にグーグルの対策を確実に実行することが重要と考えていると述べられていました。
インターネット時代の最も重要な課題のひとつであるプライバシーと個人情報について考える非常に貴重な機会でしたが、このシンポジウムを通じて、私は、「これまではプライバシーはデフォルトとして個人に帰属していたが、今ではプライバシーはデフォルトではなく、努力して守るべきもの」となったという指摘を思い出していました。それと同時に、10分置きにツイッターを書いたり、写真をフェイスブックに載せたりするインターネット世代がどのように個人情報やプライバシーを考えているかについても知りたいと強く感じました。今後は、こうした世代を含めてこの重要な課題についての議論が深まることを期待したいと思います。
文責・中村 清
スケジュール:
月日:4月25日月曜日
場所:TKP大手町カンファレンスセンターWEST Hall A
プログラム:
午後2時 講演(同時通訳付き) Alma Whitten博士
午後3時 討論
司会 中村清(早稲田大学、ICPF理事)
討論者(発表順)
堀部政男(一橋大学 中央大学法科大学院)
林紘一郎(情報セキュリティ大学院大学)
国領二郎(慶應義塾大学)
午後4時半 閉会