セミナー データエビデンスに基づくプレシジョン医療への期待 真野浩エブリセンスジャパン代表取締役

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
日時:12月17日火曜日18時30分から20時30分
場所:ワイム貸会議室四谷三丁目
東京メトロ四谷三丁目駅前、スーパー丸正6階
講師:真野 浩(エブリセンスジャパン株式会社代表取締役)
司会:山田 肇(ICPF)

真野氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、真野氏は次のように講演した。

  • 内閣府のSIPは12テーマで、その中のひとつがAIホスピタルである。PDの下に3人のサブPDがいて、その一人として活動している。AIホスピタルは、AIが診断しようというものではなく、患者が医師と向き合うことができる現場をつくろうというものである。プレシジョン医療とは、一人ひとりにあった医療である。今の医療は標準的な治療法を施すが、これからは個別性に合わせて治療を行うようにしたい。
  • まずは、前立腺癌の治療の例を取り上げよう。細胞検査をして癌と診断され、ステージとグリソンスコアが示される。5年後の相対生存率も教えられるが、過去の治験を基にした統計的数字なので、個人の既往症などの影響は入っていない。告知の際にはMRI画像を見せられるが素人である患者はわからない。治療を行うと腫瘍マーカーに変化が現れ、画像も良くなったと言われるが、「完治です」とは医師は診断しない。前立腺癌から5年後に、胃癌が見つかったとしても、これは前立腺癌の転移ではない。腺癌は、あくまで腺癌で、骨やリンパ節に転移することが多い。
  • MRI画像は治療の前後を丁寧に比較すれば状態変化を患者が理解しやすくなる。治療の経過と状態の変化が丁寧に説明されないとわからない。治療前に生検サンブルに遺伝子異常があっても、この患者の場合は、治療後にリキッドバイオプシーという血液からの癌由来細胞を使ったDNA解析すれば、遺伝子異常はないということがわかる。しかし、リキッドバイオプシーは標準治療ではない。
  • 画像データ外資から受領できればPCのViewerで閲覧できる。血液検査のデータは紙媒体で渡されるが、自分でデジタル化すれば変化がわかる。今は患者がこうやって必死に情報を集め記録する状況である。そんな患者は告知を受けると「否認」という心理状態に陥り、藁をも掴む気持ちから代替療法や非科学的な民間療法に走ってしまう。患者をそのような気持ちにさせていけない。
  • 医療はどんどんと複雑になってきている。AIも使って本当に人間がやらなくてはいけないことだけを人間がやるようにしたい。人間が見落としてしまいがちな部分をAIが支援できればいい。人間ドックや健康診断のデータを予防に使いたいし、医師と共有すれば個別化医療につながる。医療ビッグデータがあれば、新しい療法や治療薬の開発、正確な診断につながる。これがAIホスピタルの目指す姿である。
  • AIホスピタルは災害時に効果を発揮する。腎臓透析患者が数日透析を受けないと死に至る。診療記録が共有できれば命が救える。Apple Watchで心電図が取れるが、日本は薬機法の関係でできない。ちゃんと使えば、命が救えるになる。血栓が飛ぶと梗塞が起きるが、ウェアラブル装置から異変を察知できるようにもなっている。
  • MRIなどの画像診断機器が増えているが、放射線医の数は増えていないため、画像・病理にAIの支援が必要になる。遠隔で診断することもできる。人間には認知バイアスがある。画像診断でも、24名の放射線医のうち20名がゴリラのマークが入った画像がおかしいと気づかなかった。AIは認知バイアスがないので、スクリーニングに使える。
  • 薬剤のモニタリングにも使える。入院していると、何度も氏名と生年月日を確認される。薬の台紙にバーコードがついていないので分包するときにわからなくなってしまう。薬剤投与の際にアラートを出してくれれば、薬剤投与ミスを防止するシステムができるはずである。
  • 医療従事者の昼間の15%の時間は電子カルテ入力、夜間はもっと多くの時間を使っており、平均すれば30%となる。記録作業をAIがやれれば、医師らはインフォームドコンセントなど患者に向き合う時間を割くことができる。救急センターで、話している言葉をどんどんとマイニングすることも試みている。
  • 小児の病気で助からない子供ないないそうだが、注射や検査などの負担は重い。それをロボットを使って和らげるポロジェクトがある。PET検査における医師の被ばく軽減のためのAIロボットも研究している。医療情報の共有を進め、専門用語の辞書を作成している。辞書がなければ音声認識もきちんと変換しない。Deep Learningで学習させていく。
  • ひとつひとつの病院が持つデータは小さいが、秘密分散による計算プラットフォームでたくさん集められれば、分析ができるようになる。大腸内視鏡検査は内視鏡が挿入しにくいが、AIを使ってガイドして安全性を高める研究を行っている。リキッドバイオプシーによる超精密医療も研究している。AIホスピタルのゴールは、診療を支援するシステムであるAIプラットフォームを構築することである。
  • SIPでは民間が自ら実用化するように課しているので、研究のための研究ではない。SIPは毎年評価され、初年度は一番よい評価を得た。2019年に実施したシンポジウムのアンケートでも期待が高かった。
  • 0は、サイバー空間とフィジカル空間を融合させるとしているが、実際にはどうしたらいいのか。データを流通させるしかないと考えている。わが国でも、官民データ活用推進基本法やデジタル手続き法案などを作ったが、現実には、病院では紙に処方箋をもらって、また入力している。スマートシティ、SIPなど業態別にデータがバラバラなフォーマットでバラバラに保管されている。Society5.0を実現させるには、これらのデータが交換できる場をつくらなくてはいけない。

講演後、以下のような質疑があった。

AIホスピタルと制度改革について
Q(質問):SIPは社会実装されることを目指しているが、医療機器の承認の問題などもある。いつ頃の実用化を目指しているのか。
A(回答):5年間のプロジェクトであるが、実用化には確かに難しい面もある。チームの中には、制度や標準化戦略などを検討しているグループもある。ロビーイングも重要である。医療の世界はなかなか難しい。
Q:処方箋の話があったが、国の許認可制度が大きく関係している。今は、病院から薬局にFAXで処方箋を送るが、それは正式な文書にはならない。電子カルテも電子署名は認められないなどある。SIPとして許認可制度変更を国に働きかけることができるのか。
A:AIホスピタルのグループはそう認識がある。しかし、許認可は厚労省で難しい部分もある。それではどう打破するか。電子署名も医療からやってはダメだと考えている。エストニアでは電子署名には法的効力があるが、電子署名には従来の署名と同等の効力があるという法律を作っただけだ。個々の法律を変えるのでなく、上から傘のように覆うというシンプルな進め方である。電子署名は医療から扉を開けるのではなく、ジェネラルなところからやったほうがいい。
Q:処方箋に署名・捺印するという法律があるが、これはどうするのか。
A:下からボトムアップではできない。IT業界も悪いが、電子カルテ導入の際に、どんどんとカスタマイズしてしまった。欧米は標準に合わせるように顧客を説得してきた。
Q:医療だけでなく、制度設計が疲弊していることが日本の問題である。欧米から批判が来るように、世界コンソーシアムを組んだらどうか。日本は身動きできなくなるだろう。
A:新しいことをやるなら、新しいルールを作ったほうがいいと考える。しかし、他国と組んで実現するかは疑問が残る。プレシジョン医療の壁は日本語であり、ガラパゴスになる可能性もある。グローバルスタンダードはなかなか難しい。

AIホスピタルにおけるデータ活用について
Q:医療タスクの大部分が記録だとお話があったが、いつ何があったがわかるためには記録が必要だからである。SIPの中でトラストに関する検討はされているのか。
A:誰が誰をトラストするのか? 確認しなければならない。残念ながら、AIホスピタルのメンバーでは、こういう視点でのシステム設計視点が薄い。評価委員会からも指摘されている。トラストというキーワードは間違いなく必要である。問診表をタブレットで入力したとして、タブレットに僕が書いたということを認証しないと信用できない。SIPでAIホスピタル以外にもうひとつ関わっているパーソナルデータのプログラムでは、医療に関する検討も行っている。
Q:5年生存率も、生まれてからのデータがないと、正確ではないのではないか。
A:あれは死亡統計を使っている。本当は、日本にはもっと多くのデータがあるが組み合わされていない。
Q:AIホスピタルの国際標準の動きは、データ標準化に集約されるのか。
A:標準化は、どこの部分を標準化するかが大事である。AIホスピタルでも、どこの部分を標準化するというように考えないと難しい。
Q:AIホスピタルが病院の中の話が中心であるが、高齢になってフレイルの問題など、病気にならないところは入っているか?
A:AIホスピタルには入っていないが、もちろん予防も重要であると考えている。、分野の異なるデータの連携が必要になる。
C(コメント):死亡統計はなんで死んだか確認しないといけない。昔はできたが、最近では、個人情報保護法があるから地方自治体からは提供できないと言われた。死亡統計すら使えないことになっている。これも制度の問題である。
Q:セキュアからトラストという捉え方で効率化につながると思うが、その点はどうか。
A:例えば音声入力で米国企業のものも使っている。トラステッドでないシステムを使った時に考えられるハザードとコストを比較しないといけない。
Q:前の方の質問にも関連するが、データ連携では、医療だけでなく様々な分野と連携することになるが。
A:難しいことは考えないほうがいいが、ユニークなIDは必要で、それが真正かの認証は必要である。私がどんなデータを持っているかを、周りの人に知らしめないといけないといけない。最低限のデータセットと言えるためのルールは必要である。こういうことの標準化をIEEEで進めている。データ流通協議会で冊子を出した。ここに色々と書いている。IDは必ず必要である。マイナンバーがこんなことになっているのは残念である。エストニアのIDは可読性のある番号である。ばれても痛くもかゆくもないが、なぜかマイナンバーは厳密に管理しなくてはいけないとなってしまった。デジタル手続き法で少し解消できるかもしれないと期待している。

データ流通について
Q:ビッグデータは通常、匿名化されたデータの集合体を指すが、真野さんのおっしゃるビッグデータは実名データも指しているのか。
A:匿名化データだけではない。ディープデータというが、血糖値と血圧のデータが大量にありますというもある。情報銀行では「ビッグデータ=匿名化」ではない。個人情報保護法に該当するデータが含まれている。
Q:個人にとってデータのコントロール権があるが、より多くの患者データを集めるためにインセンティブを与えることは必要ではないか。医療以外のシステムとのデータ連携は検討しているのか。
A:本業のエブリセンスではデータ取引所を作ろうとしている。データ取引には「ありがとう」という言葉かもしれないしお金もしれないが、何か返礼が発生する。データは所有できないから、コントロール権が重要であり、何で保護するかというと「約定」が使われる。多くの産業分野でデータ取引できるようにならないといけない。カルテ情報は誰のものという問題もある。公共財といった概念をいれていかないといけないと思っているが、内閣府ではまだそこまで議論できていない。
C:親族ががんセンターで診療したときに、「バイオバンクにあなたのデータを入れていいか」と聞かれた。説明され、同意書を渡された。聞くと、ほとんど全員がOKするという。自分の病気が治るためにデータが使われるのではないが、未来の治療に役立つのであればと考えるという。必ずしも、お金は必要ない。ソーシャルインセンティブもあり得る。
Q:最近デジタルトランスフォーメーション(DX)といわれているが、実際には外資ベンダーに丸投げが多い。
A:DXはバスワードである。私たちは、医療システム、交通システムなどいろいろなものを持ちすぎている。シンガポール、エストニアがすごいというが、都市型国家と日本は根本的に違う。スマートシティで、ITで恩恵を受けるのは地方である。都会は、タクシーはどんどんくるが、地方はタクシーがいないのだから。
A:根本的なアプローチでは、法律を変えることで行政の受容性を高めることもあるが、もうひとつの方法として、データポータビリティとして個人がOKとするというやり方もある。今は、免許証の裏に献体で意思表示できるが、そこに医療データも意思表示させることもできるかもしれない。
C:紙に記載したものは、意思表示できなくなると伝わらないし、いざという時に紙が見つからない。
A:エストニアの電子署名のように日本も変われるか。マインドセットの問題である。
Q:マイナンバー制度がかわいそうという話があったが、制度そのものの立て付けや思想はいいのではないのではないかと思っている。シンガポールに赴任していてが、あれは政府がどれだけハックするかが主眼になっていた。マイナンバーも枠組みはできるのではないかと思う。
A:マイナンバーが悪いとは思っていない。色々できると思っている。不幸なのでは、マイナンバーカードを秘密鍵的に扱うようになったことである。あそこに、ビジネスチャンスがあると思って、みんなが色々言ったことなのかなと穿った見方をしてしまう。政府が使う側に回ることが大事である。なぜ、マイナンバーカードを合同庁舎に入る身分証明書に使えないのだろうと思う。