法律 インターネットビジネスと約款

ネットビジネスでは、サービス提供者が利用者に対し、利用規約やプライバシーポリシー、ガイドラインといった形で様々な約款を当たり前のように提示しています。通信サービスの場合には、電気通信事業法に従って契約約款を事前に総務大臣に届け出ることが義務付けられている一方で、ネットビジネスの約款に関する明文規定は法文上には存在せず、どのような場合に約款が提供者と利用者との間の契約の条件になるのかが不明確な状況にあります。
現在、法務省の法制審議会民法(債権関係)部会において、取引に関する最も基本的なルールを定めている民法について、明治29年の同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりやすいものとする等の観点から、契約に関する規定を中心に見直しを行うために調査審議が行われています。その審議の中では、約款に関するルールを民法に明文化すべきか否かが大きな論点となっています。
このセミナーでは、ネットビジネスをはじめとして、様々な分野で次々に誕生する新しいビジネスの発展を図るために、約款を民法上に規定する意義について議論します。

日時:2014年1月23日(木曜日) 17時30分から
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
基調講演:
柳川範之(東京大学教授):約款に関するルールの明確化と経済効果
内田貴(法務省参与):約款に関する議論の状況等
パネルディスカッション:
内田貴(法務省参与)
大谷和子(株式会社日本総合研究所法務部長、法とコンピュータ学会理事)
沢田登志子(一般社団法人ECネットワーク理事)
神谷寿彦(株式会社GyaO社長室室長)
モデレータ:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)

柳川氏の講演資料はこちら内田氏の講演資料はこちら
民法(債権関係)の改正に関する中間試案(抜粋) 約款部分はこちらにあります

柳川氏講演講演ビデオはこちら
冒頭、柳川氏は次の通り講演した。

  • 取引がうまく行われることは経済活性化のための必要条件であり、経済成長戦略も取引がうまく行われなければ実現しない。
  • 経済活動を阻害する要因の一つに将来の不確実性がある。必ず成功する投資プロジェクトであっても、法律あるいは契約に不備があり、利益が投資家に返済されない可能性があるとなれば、人々は投資しない。
  • 認識される将来のリターンが、不透明性により、実質上低下してしまうと、本来望ましい取引が行われなくなる。それが経済全体の取引の不活性化につながり、景気を低迷させ成長率を低下させる原因となる。
  • 必要な取引を促進させていく上では、リターンや責任の帰属先が明確になるようにし、透明性を高めていく必要がある。

内田氏講演(講演ビデオはこちら
内田氏は次の通り講演した。

  • 120年ぶりに民法を抜本的に改正しようとしている。目的は、民法の現代化であり、国民一般に分かりやすい民法にすることである。
  • 「約款」は現代の取引に不可欠のビジネスモデルであるが、多用されるようになったのは20世紀後半以降であり、民法起草時には約款という形態は想定していなかった。
  • 供給者が提示する約款を購入者は通常は読まないし、読んでも理解できないし、関心の対象ではないし、深く考えずに「同意」する。契約の基本原則は「人は自ら約束したことにのみ拘束される」であるが、読んでいないし理解していない約款に拘束されるのか。ここに、柳川氏の指摘する契約の不透明性の問題がある。
  • 伝統的な業界には個別の業法に約款に関する定めがあり、裁判も積み重ねられ、不透明性は少ない。一方、インターネットのような新しいビジネスでは、約款条項の有効性が不透明である。たとえば、何が不意打ち条項・不当条項かについても、民法第九十条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」を基に裁判で争うしかないのが現状である。
  • 米国には統一商事法典があり、欧州は共通欧州売買法の準備を始めている。中国・韓国にも法律がある。約款に法的根拠を与えるのが世界の潮流であり、民法改正もそれを意図するものだ。
  • 伝統的な業界は民法に規定することに反対している。しかし、規定する意図は、透明性の高い私法ルールを定めることであって、新たな公的規制を行うものではない。ルールを明確にすることで安全な取引ができるようになる。
  • 民法に規定することで、IT業界には安全に約款が使える制度的環境が整う。安全で安心な約款取引は消費者にもメリットがある。

パネル討論パネル討論のビデオはこちら
これらの講演を受けて、パネル討論が実施された。パネル討論では、三つのテーマが取り上げられ、それぞれについて、次のようにさまざまな意見が表明された。

約款の組み入れ要件について
神谷氏:多くのインターネットビジネスでは利用規約という形で約款が提示されている。利用する消費者の多くに用語として「約款」は浸透していないが、利用規約が利用条件を定めるものであることは理解している。
沢田氏:確かに消費者は普段は見ないが、何かあった時には見る。何か起こった時にそれに基づいて解決しなければならないということは、消費者にも浸透している。
神谷氏:インターネットビジネスでは各ページの下部に利用規約を掲載するのが普通である。また、会員登録の際は明示的な「同意」を求めることもある。しかし、いずれのケースも後で「同意した覚えがない」という苦情が出る場合はある。
内田氏:契約の透明性を高める必要性は、遺伝子検査などインターネットビジネス以外の新ビジネスにも共通である。
沢田氏:利用規約がどこにあるか分からない悪質サイトもある。利用規約がヘルプページに掲載されていた場合もある。しかし業界全般としては見えるところに置くという暗黙のルールで、大抵のサイトはすぐわかるところに掲載している。一方で、利用規約をクリックすると英文が出るといった、改善すべきサイトは存在する。
沢田氏:意図的に隠している約款もあるが、正しい姿ではない。約款は日本語でしっかり記載すべきであると考える。広告は日本語で利用者を勧誘しているのに、利用規約が英語はダメだと思う。
大谷氏:組入要件は、「見る気になった人がさしたる苦労なく約款を見ることができる」という程度の簡単なものがいい。条項の分かりやすさとか、ダウンロードできるとか、重要な事項がクローズアップされていなければならないということは、消費者保護制度のような制度で検討すべきであって、民法はそこまで決めなくてよい。今回の民法改正はどういった社会像を前提としているのだろうか。契約を締結するかどうかを決定するために必要な情報が当事者の間で非対称に存在しているというのが現代の社会である。約款の組入要件は、約款作成者が持っている情報をサービス利用者に提供するための情報の流れを作る程度のシンプルで分かりやすいものがいい。
内田氏:組み入れについてはシンプルでよいと思う。約款とは読まないものだが、それだったら組み入れについて規定するのは無駄だろうか? そうは思わない。約款は契約であり、契約である以上、読んでから契約したい人のために見えるように提供すべきあり、契約である以上、合意も得なければならない。しかし、その合意は逐一必要なものでもなく、また黙示の同意でも足り、インターネットの場合、約款が見える形でリンクされていればサービスを利用することが約款に対する同意とも解釈することもでき、同意はハードルの高いものではない。
沢田氏:インターネットビジネスはクロスボーダー化しているが、言語については難しい問題がある。法律化のハードルも高い。しかし、だからこそ、海外の契約当事者にも容易に理解できるように、法律に約款に関するルールを規定しておくことが重要である。

約款の変更について
神谷氏:初めに作った利用規約が、サービスの進歩によってどんどん変化していくのが、インターネットビジネスでは当たり前である。一つのサイトでサービスを追加するごとに別々に約款を提供するというのもおかしな姿だ。サービスを追加したら、サイト全体を律する一つの約款を変更するというのは合理的である。一方で、事業者は利用規約の変更で利用者に不利益が生じる場合には、慎重に対応を心掛けている。
内田氏:利用者にとって不利益な変更の場合に問題になる。元の約款に「不利益をもたらすものでも自由に変更できる」という記述があれば、変更は有効なのだろうか。紛争解決のためには、約款の変更について民法に規定があるほうがよい。
沢田氏:外国企業が提供するサービスでいつの間にか約款が変更されていたケースがあった。日本には約款に関する法律がないから、今は消費者契約法を出して戦わざるを得ない。外国人にも分かるような規定が民法にあれば、このようなケースでもっと主張がしやすくなる。
内田氏:約款の変更に対して日本の実務は慎重である。軽微な不利益は周知期間をおけばよいが、もっと大きな不利益は適切な処置をするのが普通である。今回の改正では、そのような実務を変えるつもりはなく、むしろ日本の実務をルール化して変更に関する不確実性を除去しようとしている。
内田氏:これからはクロスボーダー取引が増える。日本法が適用されると約款で記述しても、法律がなければ外国人には不透明に映る。判例主義の国でもないので裁判例も事例に過ぎず、ルールとみなされない。明晰な英語に置き換えられる言葉で民法にルールを規定することは対外的な主張の場面でも有益である。

不意打ち条項・不当条項について
沢田氏:サプリメントで、無料お試し期間が過ぎると自動的に定期購入に変更されてしまう利用規約があった。読まずに同意した消費者には不意打ちとなった。
大谷氏:約款のひな形を作ってきた立場としては、不当条項のリストがあると、形式的には損害賠償の規定・責任免除の規定に該当してしまう懸念があり、実質的に考えればそれほど不当でもない規定が不当と指摘されて紛争が増加するのではないかという心配がある。不当条項の作り込みには法制上の深い議論を求める。
沢田氏:何らかの目安として不当条項のリストをつくることは推奨するが、法律の中に書き込むのはいかがなものか。インターネットのスピードから考えて柔軟性に欠ける。法律の外で、短期間でアップデートできるほうが良いのではないか。
神谷氏:リスト化というのは、世の中の変動に対応できないため不要ではないか。
内田氏:リスト化については消極的な意見があったが、欧州では不当条項のリスト化が行われている。かなり詳細なリストを作成している国もある。リストを作ると柔軟性に欠けるという指摘があるが、欧州各国では民法も年に何回も改正しているため、その辺は対応できている。ただ、欧州でも不当条項リストは専ら消費者契約に適用するのが一般的。民法の約款規定は事業者間の取引にも適用されるものであるため、法制審議会でもリスト化は既に審議の対象から落ちている。別途消費者契約法の改正等で検討されることはあるかもしれない。
内田氏:今回の民法改正で、不意打ち・不当条項について規律することは、裁判実務が明瞭・透明になるというメリットにつながるだろう。

まとめ
これらの議論を受けて各パネリストからまとめの発言があった。
大谷氏:当たり前に思っていた約款に関する実務の積み重ねにも、不明瞭な部分があることがこのセミナーで分かった。クロスボーダー取引における多言語対応などもそれにあたる。新規参入を考える中小企業のリスクが小さくなるように、約款の法制化について検討するのは重要である。現行の民法には、「情報」という言葉が単独では出てこないが、中間試案を見る限り、「情報」という言葉が単独で用いられるのが、この120年間の時代の変化だと思う。約款に関するルールは約款作成者とサービス利用者間の情報の流れを促すミニマムなルールであってほしい。約款を見つめ直すことが出来れば、より仕事がしやすくなる。
神谷氏:今の約款にはよりどころがない。民法で約款とはどういうものかを定義してもらえれば、事件が起きたときは消費者を守ることもできる。
沢田氏:法制化の反対勢力は民法ではなく業法でと主張しているそうだが、クロスボーダー取引の時代には民法の方が適している。日本法では、約款はこのように規律されていると海外に主張できるようにすべきだ。事業者と消費者の区別もなくなりつつある。だからこそ、民法の中に取引ルールの一般原則を書くべきだ。消費者契約法に書けばよいという意見もあるが、約款は消費者だけでなく中小企業も利用する。
内田氏:約款について法律で規定するというと「また規制か」と考えられがちだが、商取引のベースになるルールを作ろうということだ。法制審の審議は最終段階に入っているが、インターネットビジネスをはじめ新しいビジネスに有益な約款に関する規律が落ちることのないように、実務界からの声を期待する。

最後に、モデレータより「約款法制化について理解を深める機会となったのであれば幸いである」との発言があり、パネル討論は終了した。