セミナー「デジタルを活用して変革し始めた初等中等教育」 安彦広斉文部科学省参事官ほか

開催日時:6月29日火曜日午後6時30分から2時間
開催方法:ZOOMウェビナー
参加定員:100名

  • 安彦広斉文部科学省初等中等教育局・参事官(高等学校担当)「デジタルが支える教育のトランスフォーメーション」
  • 桐生 崇文部科学省大臣官房・文部科学戦略官 兼 総合教育政策局・教育DX推進室長「教育DX・データ利活用の現状と今後」
  • 上松恵理子武蔵野学院大学准教授(ICPF理事)「海外の教育DX」

司会:山田 肇(ICPF理事長)

冒頭、安彦氏は次のように講演した。安彦氏の講演資料はこちらにあります

  • 世界全体では人口増加が続くが、日本では急激な減少が始まっている。人口減少や生活水準の低下は地方のほうが深刻である。2011年に小学生になった子どもの65%は今は存在していない職業に就くという予想がある。AIが発展して今までの職業が消えていくという予想もある。経済社会は変革期にあり、この不確実性に対応するために求められているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。
  • OECDが2018年に実施した学習到達度調査PISAによると、日本の子どもは数学的リテラシーや科学的リテラシーが高い。2015年の協同問題解決能力調査でも日本は第一位であった。その他、国際数学・理科教育動向調査でもよい結果を出している。これらは日本の教育の強みである。
  • ITを活用した問題解決能力は、2013年の成人対象の国際調査で低位であった。2018年のPISAでは、読解力が中位に評価されたが、ITを使って情報を探し出し評価し、熟考する問題の正答率が低かった。日本の教育でITが利用されていないことが、このような低評価の原因である。多くの子どもは英語に自信がなく、異文化理解にも弱点がある。このような状態では、21世紀に起きる変革に耐えられない。
  • 最も心配なことの一つが、高校生の自己肯定感が低いこと。「自分はダメな人間だと思うことがある」高校生が多く、「私は人並みの能力がある」と自己評価している者は少ない。日本の小中学校教員は、高い自己効力感を持つ教員の割合が低い傾向にある。特に、「児童生徒に勉強ができると自信を持たせる」「勉強にあまり関心を示さない児童生徒に動機付けをする」「児童生徒が学習の価値を見出せるよう手助けする」など、児童生徒の自己肯定感や学習意欲に関わる項目について、教員の自己効力感が低い。
  • こういった状況を打開するために、学習指導要領が2018年に改定され、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力を強化していくことになった。たとえば、総合的な探究の時間には、①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現を繰り返す探究のプロセスを教えるように求めている。また、小学校にはプログラミング教育が導入された。
  • ところで、新型感染症の蔓延によって、自宅にいる子どもがオンラインで教育を受ける機会が増えた。休校措置によって教育格差が生まれたと感じる18歳の生徒たちは5割を超え、自宅学習の習慣のあるなしで、自主的に学習できる生徒とそうでない生徒の差が生じているといった指摘が出ている。
  • これを解決するヒントがアクティブラーニングが目指すところにあり、子どもたちが主体的な学びを実現できているか、対話的な学びが実現できているか、考えを伝え合って集団としての考えを形成するなど深い学びにつながる活動ができているか、オンラインであれ、対面であれ、生徒たちの認知過程を踏まえ、最適化された授業がデザインできているかが重要であることに気付き、教室にいてもオンライン並みの距離感を感じたのではないか。これからの1人1台時代の創造的な学びの主役は学習者である子どもたちであり、様々な学習活動をデジタルデータで見える化することで、AIの「目」がそれを捉えることができるようになり、自律的な学びを促したり、対話的な学びをアシストしたり、子どもの学びをデータに基づいて最適化・高度化することで、単元デザインそのものをトランスフォーメーションしていく。それをデジタルが支えることが教育のDXだと考えている。
  • 教育のDXが実現できている施策として、ワールド・ワイド・ラーニング(WWL)コンソーシアム構築支援事業での事例をいくつか紹介したい。これは、0をリードし、SDGsの達成を牽引するイノベーティブなグローバル人材育成のリーディング・プロジェクトであり、社会課題の解決に向けた探究的な学びを通じた高校教育改革や大学の学びの先取り履修等を通じた高大接続改革を推進するというものだ。コロナ禍で海外に行けなくなった影響をデジタルで最小化するだけでなく、世界中で加速したオンライン環境を駆使し、探究活動のDXを実現しつつある。
  • COREハイスクール・ネットワーク構想では、複数の高等学校が連携し遠隔授業により自校にはない科目の単位を取れるようにするなど、中山間地域や離島等の高等学校の弱みをデジタルで解決し、生徒の多様な進路実現に向けた教育のDXを通じて、持続的な地方創生の核となる人材育成強化を図るというものだ。

次いで桐生氏が講演した。桐生氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育DXとして当面目指しているのは、デジタル技術・データ活用による指導・教育行政の改善・最適化である。教育DXによって、「全体的・動的」な把握が可能になり、「集合知」が活用できるようになり、生徒に合わせた「個別最適化」のアプローチが取れるようになる。また、問題が起きたのちに後手後手で対応するのではなく、未然に防止することもできるようになる。
  • GIGAスクール構想やStuDX Styleは、教育DXの最初の一歩である。
  • 教育DXを進めるには、教育データが標準化され、活用できるようにしなければならない。文部科学省は有識者会議でこの課題を検討してきた。教育データは子どもたちや保護者によって一次利用されるとともに、匿名化されて二次利用される。例えば、ビッグデータとして解析した結果によって教育方法が改善されるなど、二次利用から一次利用への還元が起きていく。また、個々人の教育記録は、個々人の医療記録と同様に蓄積され、個々人によって生涯活用されていくようになる。
  • 教育データには行政系データ、校務系データ、学習系データの三種類がある。行政系データと校務系データは標準化しやすいが、学習系データはむずかしい。テストで80点を取ったといっても、問題の程度によるし、実施年でも変わる。まずは、行政系データと校務系データのスモールデータとしての活用、行政系データのビッグデータとしての活用から始める計画である。
  • その先に学習系データの標準化があるが、第一歩として、学習指導要領の各項目にコードを付与する、学習指導要領コード第一版を2020年10月に公表した。デジタル教科書・教材・問題集でも単元ごとに学習指導要領コードが付いているので、それを利用して一人ひとりの子どもが学習指導要領の各項目をいつ学習したか記録できるようになった。紙によるテストからCBTに切り替えれば、、どんな成績だったかも記録できる。
  • 教育データは現状把握、因果関係の説明、そして予測に活用されるようになるだろう。それによって、教員の勘ではなく、データに基づいて次のアクションが取れるようになるだろう。

最後に上松氏が概略次のように講演した。上松氏の講演資料はこちらにあります

  • 教育のDX化はインフラの整備ではない。パソコン(タブレット)の配布や電子教科書などが注目されているが、もっと大切なのは、インフラを活用して学びの良いスパイラルを作ることである。これに関連する海外事例を紹介する。
  • オーストラリアには、ICTを子どもたちのキャリア形成に活用しようというプログラムがある。子どもたちのキャリアは多様であるが、将来は必ずICTが必要になるので、ICTに自然な興味を持たない生徒にも興味を持たせる教育を提供しようというプログラムである。その中で「児童起業家」を育成する試みも実施されている。
  • 教育関係者にDX教育のトレーニングと専門能力開発や資料を提供して、教員の能力を向上させようとしている。教員向けのMOOCsが開発され、教員が自ら学べる環境ができている国も多い。フィンランドでは、水曜日午後は子どもたちを帰宅させ、教員がDX教育について研鑽を積む時間を取っているという事例もある。
  • スウェーデンでも小学生から企業家教育を行っている。海外の学習デザインの射程を端的に示したのが、OECDの「Education 2030」であって、災害の多い社会で生き延びる力、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力が大切であると強調している。企業家教育は、不確実の中に目的を見つけそれに向かって進む力を育てるものだ。
  • 教育DX化にはセキュリティー対策が欠かせない。膨大な教育データをどう守りつつ、活用していくか。この視点を重視して、欧州に見習い、わが国もシステムを構築していく必要がある。

三つの講演終了後、以下のような議論が行われた。

現職教員の教育DXへの対応能力の強化について

安彦:地域との協働により生徒のフィールドワークを地域の人材にお願いし、その間に教員同士での研鑽時間が確保できたという事例もあるように、まずは時間を作り出すことが大事。また、教育DXはベテラン教員では対応できないのではないかという声もあるが、むしろベテラン教員は授業力が高いので、デジタルを使うと子どもたちが興味を持って主体的に学ぶことに気づくと、すぐにその特性を活かした単元デザインに組み立て直せるので、誰よりもデジタルを使いこなすようになったという実例もある。デジタルは使いよう、そのような気付きも大切である。
上松:イギリスでは、小学校の教員が時間内に子どもたちを連れて高校のプログラミング教育を見学に行くといったことが行われている。それが子供の教育にも教員の対応力向上にも役立つ。小中高、いろいろな科目を相互に開放して子どもと共に教員の能力を高めていくのがよいのではないか。
桐生:教育データの標準化などについて現場が理解するというのは壁が高い。それは、システムを作る側の課題であって、現場では普通に利用すれば学習指導要領コードが埋め込まれるといった仕組みにするべきだ。また、そのようなシステムの利用方法などについて、短い動画にしてMOOCsとして提供するのも有効で進めていきたい。

教育データの活用について
桐生:系統的な学習科目であれば、学習記録を遡ってなぜ苦手になったのかを特定し、対応するようにできる。それよりも大切なのは、子どもたちの「Wellbeing:幸福度」である。OECDのEducation 2030でも読み取れるように、単に成績を上げるというよりも、大人になったときに幸福と感じることができるかという点である。チャレンジングな課題であるが、ぜひ取り組んでいきたい。
上松:エストニアでは学習記録はマイナンバーに紐づいている。そのような仕組みを作れば、個々人が教育データを活用できる。別の視点だが、日本の弱みとなっている読解力について、国内外の教育データを比較して分析するといったこともできるようになるので、期待している。
安彦:黒板を使って子どもたちに一斉授業をするだけでは取り残される子どもが生じる。一人ひとりの認知特性を理解して学習活動を見える化していく、その教育データを記録し、それをAIが分析して弱点を克服する課題を与える、といった学習モデルが生まれつつある。先進校での成果を普及していきたい。

ICT利用に対する批判について
安彦:米国に行ったとき、小学1年の必修教科「経済」の授業で「機会費用」について教えている様子を見学した。それぞれの人がそれぞれの価値観で選択するが、その結果、その人は選択しなかったものの価値は放棄したことになる。それが機会費用であるが、このような経済原則を小さいうちから理解することによって、自ら意思決定して選択できる素地が育まれ、デジタルにも向き合えるようになる。また、その意思決定はむしろ他人と違った方が健全な社会なんだよという共生の考え方も身について行く。子どもの安全を守るためにICTは遠ざけよという意見が出るが、子ども自らがICTを活用しながら、どう行動するかを選択できる情報リテラシーを身につけるべきであり、遠ざけていては、バイクの「3ない運動」のように安全リテラシーを育まない状態で高校を卒業させた方が結果的に死亡事故が多くなることに似ている。ICT利用にも利害得失があるということを理解したうえで、未来を切り拓くツールとして利用を促進していかなければならない。
桐生:教育データと医療データ等の他分野のデータを結合し、相互利用できる仕組みを作っていきたい。教育データと福祉データを連結させて活用しようという試みが、大阪府箕面市で進められていると聞いている。どのように結合するどのようなことが明らかになるか、という点についてはまだ研究途上であるが、進めていきたい。

デジタル教材等の学校外での利用について
安彦:デジタル教科書・教材・ドリル等にも著作権があり、ルールを守るのが大前提である。その上で、ボランティアが学校外での活動を行う際にも利用できるように、サブスクリプション方式を取り入れるといった工夫が求められる。また、教材等の一部を一定の利用までは無償公開し、優良な教材はその後の課金で勝負できることで、手軽に利用できるコンテンツの豊富化を促すといった考え方もあるだろう。