開催日時:3月17日金曜日午後7時から1時間強
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:森田 朗(東京大学名誉教授)
司会:山田 肇(ICPF理事長)
森田氏の講演資料はこちらにあります。
セミナーのビデオ(一部)はこちらで視聴できます。
冒頭、森田氏は次のように講演した。
- 医療データは、現代社会における国民の貴重な情報資源である。利活用によってどこでも最善の、個別最適化された治療を受ける機会が保障され、介護にも役立つ。医療データを集積し解析することによって、疾患の原因究明、治療法の発見、医薬品等の開発、感染症への迅速な政策対応等を可能にする。さらに、医療資源の最適配分(例えばコロナ禍におけるベッドの配分)や医療保険財政の効率化にも有効である。
- すべての国民の誕生から死亡までの健康状態のデータを蓄積し、いつでもどこでも国民がそれを利用して最善の治療や健康管理を可能にする必要がある。国民の権利を害しないかぎり、医学研究、医薬品開発、医療政策立案のために利活用できるようにすることが理想である。
- 欧州は国ごとに異なっていた国民の健康データ・システムを共通の形式に基づいて安全な管理体制の下に共有し、加盟国の国民が域内のどこにいても最善の治療が受けられる仕組みを作ろうと動き出した。これが、EHDS(European Health Data Space)構想である。わが国もこのような国際的なデータ連携の仕組みに参加できるようにするのがよい。
- 医療データが連携・利用できるようになると何ができるか。Virtual Regional Hospitalを検討している。人口減少が進み医療機関も統廃合されていく地域で、複数の医療機関間でかかりつけ医と中核病院が連携して患者に対応し、最低限の医療を維持する仕組みである。患者のデータは地域医療クラウドに蓄積されている。地域の医療機関に専門医がいない場合には、医療クラウドのデータを共有し、多の医療機関似る専門医が遠隔で診療を行い、あるいはかかり付け医に助言をする。処方もこのクラウドに載り、調剤薬局から処方薬が提供される。こうして、クリニックや調剤薬局は中核病院のゲートウェイの役割を果たすようになる。
- わが国は何が不足しているのか。病気の際の医療データだけでなく、健康な時からのデータ(自然人の生涯データ)を蓄積する。それを治療と、新薬開発などに利用する。このような一次利用と二次利用を統一して動かす仕組み(グランドデザイン)が必要である。そのためには電子カルテの標準化、結合のためのIDの整備も求められる(情報基盤)。
- 医療データの二次利用には事前同意が必要、あるいは匿名化が求められているが、入口規制ではなく、データへのアクセスを限定し、正しく利用されているかを監督する出口規制に変える必要がある(データガバナンス)。医療データを時系列で揃えれば、治療法・新薬の開発に大きな効果があるが、匿名化を求めるのではなく仮名化を許容するようにしなければならない。
- すなわち医療データの取得、管理、利活用に関する総合的な法制度を整備し、具体的に国民の権利を侵害しない限り、医療データの利活用を推進することができる体系的でわかりやすいルールを制定すべき。
- 利活用のための新たな制度、特にデータガバナンスについて提案する。データの取得時の規制(入口規制)から利活用時におけるアクセスの規制(出口規制)に、データ管理のあり方を変えるべきである。誰が利用するか、について管理するということだ。
- 患者本人の治療のためにデータを利用する一次利用においては、患者の治療のために必要な場合は基本的に同意を不要とする。医療従事者の医療データへのアクセスを認め、効果的で効率的な治療のためにデータの利活用を図るべきである。
- 次に二次利用。病院受付に「特に申し出のない限り二次利用します」というような言い訳(黙示の同意)を書いて二次利用している現状を変える必要がある。黙示の同意ではなく、研究その他の二次利用に関しては、具体的な権利侵害のリスクがないかぎり、原則として、同意なしに利活用と第三者提供を認めるべきである。
- もちろん何でも利用できるというわけではなく、データの加工形態(顕名、仮名、匿名、統計等)・利用目的・アクセス権者(利用者)に応じて、可能な限り本人の意思確認を不要とし、積極的な利活用を可能にすべきである。公衆衛生・学術研究などは広く利用を認め、ビジネス目的の場合には制限をつけるといったメリハリが大切である。
- 医療データの利活用に関して、その基準を定め、各データ管理主体に対してデータ利用の審査、適正な利用の担保等の規制を行う、場合によっては許可の権限も持つ、中立的な公的機関が必要になる。
- 国民の健康や病状に関する情報は機微性が高く、それが漏洩することによって国民の権利が侵害される可能性がある。だから事前同意ということになっているが、認知症の高齢者、小さな子供、救急車で運ばれた意識不明の人の同意を取るのは難しい。しかし、同意が取れないからと、その人を保護しないのはおかしい。
- 国民の健康や病状に関する情報は、形式的に個人情報に該当するという理由だけで制限するのではなく、実質的に国民の権利が具体的に侵害されないかぎり、利活用の推進を図るべきである。
- 欧州連合において、各国ごとに健康データ・システムが異なっている点を改め、域内のどこでも、自己の医療データにアクセスして最善の医療を受けられる権利を実現しようという動きが起きている。EHDSは我が国の制度改革にも参考になるだろう。
講演終了後、以下のような質疑があった。
質問(Q):スマートウォッチで生体データを測定し健康指導するビジネスが出てきている。健康指導アプリを使うということに事前同意を得ているという建前だが、それによって企業に健康データが蓄積され利用されている現実がある。一方で、医療分野では今日の講演のように細かな規制があり利活用が進んでいない。この点についてどう考えるか。
回答(A):健康指導アプリについて規制は急務である。一方で、医療機関にある医療情報の利活用を規制し過ぎている現状は改める必要があり、今日の講演はそれを提案するものだ。
Q:個人情報保護制度の問題を解決するためにも、やるべき課題を指摘し続ける必要がある。出口規制もその通りで進めるべきだ。デジタル庁はグランドデザインを示す役割を果たしているだろうか。
A:デジタル庁は表に出てきていない。グランドデザインよりも前に、医療データの標準化や次世代医療基盤法の改正などスポット的な問題解決に力を削がれている。自由民主党のプロジェクトチームなどがグランドデザインの必要性に気づいて動き出しているところだ。最終的にはマイナンバーをどう活用するかという点を整理する必要がある。
Q:形骸化した同意に意味がないことはよくわかった。ボトムアップで、形式的な同意をやめることはできないか。
A:現場の医師が積極的にデータを利用するという姿勢に変われば、同意問題を解決するボトムアップのきっかけになるかもしれない。同時に、すべての情報が提供して最善の医療が提供できるようにトップダウンの制度改革も必要である。
Q:今後の介護需要の爆発に対応するためにもデータとデジタルの利活用が必要ではないか。介護にデジタルを使うだけではなく、デジタルを使って介護が必要になる人を減らすようにすべきである。
A:介護負担の爆発が問題ということは理解されているが、それにどう対応するか、今はあまりよい施策が考えられていない。高齢者に介護職についてもらう、介護の仕事を分析して無駄を減らす、効率的な形で介護を提供する施設に集約するといった施策が進められようとしている。
Q:欧州でのEHDSはGDPRとどのように両立するのか。
A:GDPRを厳密に適用すると医療データの利活用はむずかしい。そこで、GDPR制定時に、「GDPRの求める要件を満たす」ように加盟国が医療データ活用制度を法制化した場合には、それらの法制度をGDPRに優先して適用することを認めた。しかし実際には医療データ活用制度はまちまちで、国境を越えた医療が受けられない。コロナ蔓延時に国境を越えた感染状況を迅速に把握し、人の移動をどう規制するかも問題になった。このような問題を解決しようとEHDSが提案された。
Q:地域医療のクラウドシステムはすでに実現しているのか。
A:あくまで仮想的なシステムとして話をしている。しかし、北海道や東北など、地域医療が崩壊しつつある地域では、このようなシステムの構築が急務である。これらの地域では机上検討が始まっている。