総務省・経済産業省・公益財団法人情報通信学会後援
月日:2月29日(月曜日)
会場:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
共同モデレータ:
山田 肇(東洋大学)
上條由紀子(金沢工業大学大学院工学研究科准教授、弁理士)
講師:
山田 肇(東洋大学)
谷田部智之(株式会社三菱総合研究所)
福岡則子(パナソニックIPマネジメント株式会社)
藤野仁三(東京理科大学)
シンポジウムでは四つの講演が行われた。
山田氏は、「標準化団体の特許ポリシー」と題して講演した。市場の将来動向が見えやすい情報通信分野では各社の研究開発は重複するため、一社で関連特許をすべて保有するのは不可能である。また、相互接続・相互運用を実現するために標準化活動という形で「技術の共通化」が活発に行われている。標準化に特許権が関係する場合には、公正で合理的な条件で非排他的に実施許諾すること(FRAND)になっている。この特許ポリシーは業界が自発的に定めてきたものであるが、近年、競争の視点から、競争政策当局が介入するようになってきた(山田氏の講演資料はこちらにあります)。
谷田部氏は、「特許庁:知的財産制度と競争政策の関係の在り方に関する調査研究より」と題して講演した。公正取引委員会が「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(ガイドライン)」の改正を検討していた時期に、特許庁と経済産業省合同の体制で実施した調査を受託し、文献調査・ヒアリング・アンケート調査を行った。標準の実施に不可欠な特許(SEP)のライセンスに関して、「抱き合わせライセンス」「支配的地位に濫用」「私的独占」「不公正な取引方法」「不争義務」の問題を、各国・各地域で競争当局が取り上げている現状を明らかにした。日本企業約1000社に対するアンケート調査では、多くの企業は事業の自由度の確保のために知的財産を活用しているという回答したが、一方で、SEPを他社にライセンスしているあるいはライセンスを受けている企業はわずか47社にとどまった(谷田部氏の講演資料はこちらにあります)。
次に公正取引委員会のガイドラインについて、二つの講演が行われた。
福岡氏は「標準規格と知的財産権と競争政策」と題して講演した。標準化には技術開発の効率化・迅速な市場形成と拡大などの企業側へのメリットと、ユーザの利便性向上というメリットがある。一方、標準の一部だけに準拠した粗悪品が流通したり、価格競争の陥りやすいというデメリットがある。しかし、相互接続・相互運用のためには、情報通信産業では標準化は不可避である。標準必須特許に関しては、1980年代以降のプロパテント時代に標準化必須特許の累積ロイヤリティ問題を解決するためパテントプールがMPEG2ビデオ規格について提案された。その後多くの標準規格でパテントプールが形成されたが、警告を重ねても使用料を払わないただ乗り企業(ホールドアウト)が存在するのが実態である。最近、FRAND宣言をしたSEPについて訴訟合戦が起きているが、これはスマートフォンの市場競争を有利にするために、訴訟に走っていると見るべきで、ホールドアウトに対して差止請求を制限するのは適切ではない。実際、標準化団体の議論でも、実施者側は差止請求を禁止すべきだと主張しているが、標準化技術を提案する権利者側は、事情に応じて差止請求する権利を残すべきと主張している。知的財産の活用を通じて研究開発投資を回収し事業活動を継続するためには、侵害製品を排除し、ライセンスを取得させる適切な権利が必須である(福岡氏の講演資料はこちらにあります)。
藤野氏は、「研究者の立場から」と題して講演した。競争法は知的財産権の権利行使には適用されないことになっているが、正当な権利行使は何かについては競争法に詳しく規定されていない。競争法が適用される市場には3つの類型がある。「商品市場」「特許市場」「技術市場」である。競争法が最も頻繫に適用されるのが商品市場である。商品市場の上流に特許市場があり、さらにその上流に技術市場がある。技術市場については、競争法は共同研究開発契約だけが規制されていると考えてよい。特許市場については、近年、競争法で規制する行為類型が生じてきつつあり、公正取引委員会のガイドラインや判例でそれを規程している。FRAND宣言した特許権者がSEP侵害を理由に差止訴訟を起こすことは競争法違反という、権利者には厳しい判断が重なってきたが、その後、実施者にも誠実に交渉する義務を負わせて、権利者と実施者のバランスを取る方向に変わってきた。ガイドラインは、このような世界的な傾向に足並をそろえるものである(藤野氏の講演資料はこちらにあります)。
その後、二つのテーマについて総合討論が実施された。
ガイドラインに対する評価
谷田部:権利者に厳しい判決が多かった中で、権利者にある程度の権利を認めるガイドラインが公表されたことは評価できる。公正取引委員会の方針に理解を得るためには、もっと具体的に、例示を含めて、書いてもよかったかもしれない。
福岡:改定案が出てきたときは「これは問題だ!」という感じだった。実施者だけに配慮し、「ライセンスを受ける意思表示」の定義が曖昧だった。関係者とともに、公正取引委員会に懸念を伝えた結果、今の権利者と実施者のバランスを考えたガイドラインが出た。個別事案の状況を考慮して判断することが明確となり、状況変化に対応できるバランスの取れた内容となった。
藤野:原案は問題ありすぎであったが、成案は、世界から見ても受け入れられる範囲に修正され、欧米との足並みも揃った。アップル対サムスン事件でインパクトのある判決がでて、公正取引委員会に対応が求められていたが、それに応えたガイドラインとなった。
山田:特許を集めて実施料の支払いを「脅迫する」特許トロールに対する対策としては、ガイドラインは評価できる。日本企業も業績悪化をきっかけに、特許をトロールに売却するケースがあり、どうすればトロールに対抗できるかを明示したことはよかった。
福岡:企業が事業変革をする過程で、保有する特許権と事業内容にミスマッチが生じる。その際に、特許権を放棄するという対策もあるが、さらに、流通に回すという対応もある。特許にも流通資産としての価値があり、日本企業もその価値を認識する必要がある。売却先がどう活用するかはコントロールできない。原理原則から言えば、差し止め請求に用いられたとしても、正当な権利行使である。
会場:ガイドラインに、あえて価値を見いだすとすれば何があるか?
福岡:対象をFRAND宣言したSEPに限定し、権利者と実施者双方のバランスを取るという基準を示し、個々の事案の状況を考慮して判断するとしたことが大きい。
藤野:日本の独禁法には「特許濫用」の概念がない。ガイドラインは濫用の例示をしたとも言える。
権利者の立場に立つ日本企業はどう動くべきか
山田:知財立国を標榜するわが国では、権利者としての企業がより重要である。谷田部氏の調査ではわずか6%しかいなかったようだが、その割合を増やす必要がある。
谷田部:日本企業間では、クロスライセンスが中心になり、相手も道義的に行動するだろう」と考えられる。これからは、海外向けに、権利者としての権利行使をする意志があることをもっと強くうちだす必要がある。
山田:福岡氏は講演の中でSEP侵害が明確でも実施料を支払わない企業があると言っていたが、本当に支払わないのか?
福岡:そう。いろいろな理由をつけてライセンスを取得しない。商品を輸入すると侵害になるので、輸入業者に警告を出すが、生産者は結局逃げてしまう。
会場:東南アジアの企業は払わないで、踏み倒す。訴えられても、金額が確定したら会社をつぶして、また立ち上げる。標準に関わる特許が増えているので、1件あたりの収入も減って、特許の維持費も出せない場合もある。
上條:必須ではない特許が、宣言された「必須特許」の中に混ざっているために、「必須特許」についての侵害特定が難しくなることはないか?
山田:特定は大変な作業で、世界中の特許も調べないと本当の意味での必須特許はわからない。今は、標準を決める場に大企業が持ち寄ったものをSEPと呼んでいる。本当の意味での「必須特許」とSEPは似て非なるものである。
福岡:プールを形成する際には、必須性を評価している。このように、特許の評価に第三者の目が入る場合もあるが、基本は当事者が判断しなければならない。
会場:特許権を企業としてどう活用すべきなのか?
谷田部:LSIにして権利をブラックボックスして販売したり、認証制度を設けて認証されていない商品は流通させない、という方法もある。日本企業が得意な垂直統合型ビジネスは、今後受け入れられなくなる。そのような中で、どう利益を得るかは、事業戦略による。知的財産だけでは、どうにもならない。
藤野:アップルはグレーゾーンをうまく使っている。アップルが依存しているのはソフトウェア特許なので、それを使って仕掛けている。「知財で儲ける」ということを考えるとグレーゾーンで争うしかない。確立した法解釈の下での権利行使だけでは戦えない。
山田:トヨタが水素電気自動車の特許を全公開したので、「公開しないと水素ステーションが広まらないためか」と質問したら、「それが目的ではない。水素社会をつくることが目的」と言われた。トヨタのような長期的な視点での戦略判断も重要である。
福岡:今後は著作権も重要になる。「モノの標準化」から「ルールの標準化」に変わっていく。ルールを実効性あるものにするためにも、著作権、デザインやロゴ等の知的財産権でルールを守らせる執行力を考えていくことも必要になる。ベースとして事業戦略があって、ツールとして知的財産権がある。
上條;そういった意味では、特許権だけでなく、意匠権、商標権、著作権などを活用した知財ミックスによる戦略が重要である。また、企業で創出された「知」についてオープン・クローズ戦略を検討し、一部については営業秘密・ノウハウとしてクローズドに管理することも重要である。
会場:標準化活動から離脱して、勝手に技術規格を市場に出せばよいのではないか?
山田:デファクトをとるという方法はある。しかし、独占するために優越的地位を使うのであれば独占禁止違反に問われる。
まとめとして、講演者が次のように発言した。
谷田部:SEPだからといっても特許ライセンスで稼ぐという戦略は難しいので、事業戦略上どうやって儲けるのかという点が重要である。産業の動向を考えれば、これからはソフトで稼ぐ企業に頑張って欲しい。マスコミが「標準を取れば万々歳」と言うのは、やめるべき。儲からない標準は意味が無い。
福岡:標準化団体には権利者と実施者の立場があるが、新たな技術標準を作成していくという観点から実施者だけでなく技術提案者・権利者のことも考えないといけない。ガイドラインは、そのバランスを求めている。標準化団体としてはコンセプチュアルな精神を決め、市場状況の変化に対応できるIPRポリシーにするのが標準化団体として行え得る限界ではないか。
藤野:米国の特許訴訟の大部分がトロールによるものであると言われている。米国の裁判所ではそれを意識した判決を出し始めている。日本のガイドラインが対トロールの域をでていないとすれば、日本の競争政策はかなり遅れている。アメリカは今年あたりに新しい判決が出るであろう。日本も考えていかなければいけない。