2025年度」カテゴリーアーカイブ

セミナー「ここまで来た情報セキュリティ」 上原哲太郎・立命館大学教授

開催日時:2025年7月24日木曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:上原哲太郎・立命館大学情報理工学部教授
司会:山田 肇・ICPF理事長

上原氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、上原氏は次のように講演した。

  • 組織内部での規定違反、例えば持ち出したUSBの紛失による情報漏洩などは依然として続いている。
  • サイバー攻撃も近年増加傾向にある。2010年代当初は自らの技術を誇示する愉快犯などが多かったが、その後、思想信条からの攻撃も増えた。2014年 にソニーピクチャーズが攻撃されたのは、北朝鮮の体制をパロディにした映画の公開が理由と考えられている。諜報活動と破壊活動を担う「国家背景ハッカー」として北朝鮮のAPT38はFBIから手配されている。
  • インターネット上の脆弱な端末を踏み台にしてイントラネットに侵入する。イントラネット内に基盤を構築して、目標を定め、攻撃先を特定して情報を盗み出すなどの行為を行う。こんな標的型攻撃が増加傾向にある。2015年には日本年金機構から情報が抜き出される事件が起きた。ハッカーは目的を定めると達成まで攻撃を続ける。それなりのハッカーが人海戦術で、手作業で、ありとあらゆる手法で侵入を試みる。そして、ウイルス等の機能で遠隔操作を行い、システム内部を調査し、乗っ取っていく。
  • 標的型攻撃などの金銭目的の外部犯、内部犯の増加は深刻である。パソコンやサーバのデータを勝手に暗号化して、復号と引き換えに金銭を要求するのがRansom(身代金)攻撃である。広義にはシステムや端末を使用不能にするものも含む。しかし、身代金を払っても復号(システム復元)できるとは限らないし、犯罪者に支払を行うことの是非も問われる。
  • 2020年にはカプコンがランサム攻撃され、二重脅迫の被害が起きた。盗まれた情報が暴露され、個人情報漏洩に発展したのである。2022年にはトヨタのサプライチェーンが攻撃され、14工場28ラインが停止した。奈良県宇陀市立病院、大阪市立東大阪医療センター、徳島県つるぎ町立半田病院、大阪急性期・総合医療センター、岡山県精神科医療センターというように、病院への攻撃も続いている。
  • アクターがランサム攻撃のツールを開発して、そのツールを利用してアフェリエイトが攻撃を実行する。稼ぎはアクターに上納する。闇バイトと同様のアクター・アフェリエイト関係は、Ransom as a Serviceと呼ばれている。
  • インターネットは危険であり、イントラネットは安全であるとして、その境界をゲートウェイで分離する。境界線を作り通信を制限/遮断するのが、我々が頼ってきた境界線防衛モデルである。
  • しかし、遠隔保守のためにインターネットからイントラネットにVPN接続(仮想専用線接続)する、イントラネットからインターネット上のクラウドにデータを転送する、といった利用方法が普及するにつれて、境界線防衛モデルは崩壊しつつある。テレワークも境界線防衛モデルにとって脅威である。今やイントラネットへの侵入経路はいくらでもある。
  • さらに、あらゆるものがネットにつながるIoT時代を迎えつつある。攻撃者が開発したウィルス(bot)はPCやIoT機器を犯罪の道具にする。
  • 2021年には、フロリダ州のオールズマー浄水施設にサイバー攻撃があった。もともとTeamViewerアプリを活用して職員が遠隔操作しあえる環境にあった。それが悪用されて浄水中の水酸化ナトリウム濃度が100倍以上に引き上げられた。サポート切れソフトウェア(Windows 7)を使い、職員全員がパスワードを共有するといった、IT屋には信じがたい状況であったことが攻撃を招いた。
  • IT屋は機密性を優先するが、インフラ屋は止めないこと(可用性)を優先する。そして「今はちゃんと動いている」という理由でシステムの更新を怠る。これが被害を生み出す。
  • IoT化も安易に行われると脆弱性がばら撒かれる。機器が多様で一律の対策が立てられない、ソフトウェアの質が保たれていない、利用者の質も保たれていないといった問題がある。一方で、多く行われているスマートフォンアプリでの操作であれば、元々セキュリティを重視して開発されている(セキュア・バイ・デザインの)スマートフォンが防波堤として働く可能性もある。
  • ソフトウェアが「正常である」ことは「正常な入力に対し正常に出力される」ことを意味する。しかし、異常な入力を正しく「エラー」にできないと脆弱性が生じる。誤入力・誤操作を正しくエラーとして処理するとともに、脆弱性を突く悪質な入力を排除するのが、これからのソフトウェア開発である。
  • 境界線防衛に代わって、アクセスを試みるすべてのユーザやデバイスを常に検証する「ゼロトラストアーキテクチャ」も提案されている。しかし、普及は進んでいない。アクセス権管理がきめ細やかにできれば境界線防衛には頼らなくてよいというのだが、実際には運用コストが下がらず、ソフトウェアの脆弱性・設定ミスを潰しきれていない。
  • これからのソフトウェアやシステムは、以下の方針で構築するのがよい。①最初から出来るだけ安全に設計する(セキュア・バイ・デザイン)、②それでも完璧ではないので出荷前によく検査する(侵入テスト・ファジングテスト)、③それでも完璧ではないのでシステムを更新可能にする、④サポート期限を明らかにする。
  • 同時に、人材問題、すなわちシステム全体を見通せる人材の不足し、ユーザ企業側にIT人材がいないという課題を解決しなければならない。

講演終了後、以下のような質疑があった。

ゼロトラスト等について
Q(質問):ゼロトラストではアクセス権の厳密な設定が難しいとわかったが、現実的な対策はあるのか。
A(回答):運営の実績が多く、信頼できるクラウドサービスだけを使うという対応には限界がある。ゼロトラストと境界線防衛を組み合わせるのが当面の対策である。この組み合わせのうまい落としどころを決めるのはユーザ企業側の責任であるが、今はそれができていない。
Q:病院や自治体を見ると、セキュリティ人材を抱えられる大規模組織と、それができない小規模組織の格差が問題である。境界線防衛を外して、町役場がゼロトラストでシステムを運用できるのだろうか。官庁での議論も大規模組織を前提とし過ぎているのではないか。
A:小規模組織でいきなりゼロトラストは無理。だから境界線防衛との組み合わせを提案しているのである。「一人情シス」ではゼロトラストはカバーできない。
Q:情報システムを小規模組織が個々に管理するというのが無理である。小規模組織の連合体がきちんと管理するといった仕組みに移行できないのか。
A:自治体間での競争がある。たとえば児童手当額。そのたびに、連合体に入っている他の自治体にシステム改修について了解を求めるというのは困難である。APIで横出しするといった対応策も簡単ではない。

医療・介護のセキュリティ等について
Q:医療界には信じられないくらいに低レベルのSierが存在する。今後、PHRを進めるうえでアプリとのつながりは必須である。HR7FHIRの標準化も進められているがセキュリティはどのようにして実現すればよいのか。
A:データフォーマットの標準化の際に、データを守る仕組みをセットで標準化するという考え方がある。しかしPHR等では、ユースケースベースでデータを守る仕組みも標準化するというところまで進んでいない。
Q: IoTセンシングを用いて介護施設入居者をモニターする仕組みは厚生労働省も認めている。それを在宅介護に拡張すると、セキュリティ上の課題が生じる恐れがある。在宅介護の利便を向上することとのバランスはどうとるのか。
A:実装にバリエーションを作らない、セキュア・バイ・デザインのスマートフォンをベースにするなどによって、セキュリティ問題は最小化できる。また、ホームルータを用いれば、ホームルータがある種のゲートウェイとして機能する。
Q:経済安全保障法の対象を医療分野に拡張しようという俎上に載っているが、どのように考えるか。
A:病院関係のセキュリティは脆弱である。インセンティブを付けて病院のセキュリティを高めるなど、経済安全保障法改正前に手を打つ必要がある。
Q:独居高齢者の見守りでは、医療・介護から近隣の人々まで多くが関わる。その際に、それらの関係者による対象者情報へのアクセス制御はどのように進めればよいか。
A:医療・介護従事者等それぞれを、見守りに関わる「人」として認可する。そして、認可者がアクセスした際には認証する。認可の際にどこまでアクセスできるか、アクセス権の範囲を設定しておく。このアクセス権の範囲設定は人間が行う以外にない。
Q:ご近所見守りシステムの話を聞いたことがある。平時は本人と家族だけというように制限し、天災のときにはより多くの人がアクセスできるようにしたそうだが。
A:能登半島地震で実際にそのように管理したそうだ。しかし、緊急時もいつかは平時に戻る。どこでアクセス制御を切り替えるかは人間による高度な判断が求められたそうだ。

ICPFオンラインセミナー「ここまで来たGIGAスクール」 寺島史朗学校情報基盤・教材課長

開催日時:2025年6月23日月曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
講演者:寺島史朗 文部科学省 初等中等教育局 学校情報基盤・教材課長
司会:山田 肇・ICPF理事長

寺島氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、寺島氏は次のように講演した。

  • 令和元年度にGIGAスクール構想が打ち出された。次いで令和3年に中央教育審議会の答申が出た。一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることが学校教育の目標であり、そのための基盤的なツールとしてICTは不可欠であると位置づけられた。
  • この目標はGIGAスクール構想による新たなICT環境を活用することで実現に近づく。「主体的な学び」「対話的な学び」、そして「深い学び」に向け、ICTを活かして授業を改善していく。
  • 学習用コンピュータが一人一台を超えて整備されるにつれ、いわゆる一斉学習に加えて協働学習と個別学習が実施され、それらを組み合わせて単元目標(山の頂上)に達する教育が施されるようになった。教壇の前にいる教員の話を児童生徒が並んで聞くという、昔からの教室風景も変わってきた。
  • デジタル学習基盤の整備と共に学びの変革は進みつつあるが、一方で、学校や地域間で活用率や活用方法に格差がある、ネットワークが脆弱である、校務のDXが進んでいないなどの問題も顕在化している。
  • 学びの変革とともに教員の仕事ぶりも変わってきた。教員が個々の児童生徒を個別に回って指導する際、子どもたちの学習状況を教師がクラウドを通じて確認して、必要に応じて個々の児童生徒に介入するといった、いわゆる一斉学習と異なる状況が生じてきている。
  • GIGAスクールは学びの保障にも役立っている。療養中の児童生徒が病室から授業に参加する、養護教師が児童生徒の健康状態を確認して他の教員と共有するといったことが可能になった。学びの多様化という点では、オンラインで外部の人に話してもらう、他地域の児童生徒と交流する、英会話レッスンを受けるといったことも実践されている。
  • GIGAスクールは「自分のペースで学習できる」「わからないことをすぐ調べられる」など児童生徒に評価されている。また、「主体的・対話的で深い学び」の授業で、ICTの活用頻度の高い学校のほうが学力調査の平均正答率が高いという傾向も出ている。
  • GIGAスクールをさらに前に進めるための教員向けの学習会を実施するなどしている。最近は「GIGA×主体的・対話的で深い学び」「GIGA×教師の指導性」をテーマにしており、ここに重点的に取り組んでいきたい。
  • 通常学級にいる多様な個性や特性を有する子どもたちに対しても、意欲を高め可能性を引き出す教育が提供できる可能性がある。
  • 現行の学習指導要領前文には、すでに紹介したように「一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。」とある。GIGAスクールの導入とともに進む教育の変革は、前文の実現に資する。
  • 今後に向けての課題の一つが通信インフラである。GIGAスクール構想の推進のため、学校のICT環境整備という2025年度からの三か年計画を策定するなど、通信インフラの整備に取り組んでいる。
  • さらに次期学習指導要領に関して、情報活用能力の抜本的な向上を図る方策についても、中央教育審議会での審議が進められている。今後、どのように質の高い探究的な学びと一体的に充実していくかや、生成AIをはじめとする先端技術に関する内容をどのように取り扱っていくかといった具体的な課題についても議論されていくことになる。

講演後、以下のような質疑があった。

教育内容等について
Q(質問):他国と同様に小学校段階にも「情報」科目を導入してはどうか。
A(回答):先ほど説明したように、現在、中央教育審議会において、情報活用能力を抜本的に向上させる方向性については議論が進められているが、具体的な教科や内容等については今後の議論である。すべての教科を通じて情報技術の活用、適切な取り扱い、そして特性の理解を深める教育を充実していく方向性は示されている。
Q:AI活用について、きちんと教えるべきだ。
A: AIの特性を踏まえた上で、AIの活用そのものを目的化するのではなく、AIを活用して、身に付けさせたい資質・能力の育成にどのように役立てるか、ということを見極めるべきということをガイドラインで示している。
Q:通常学級で、ヘッドセットを付けてデジタル教科書を音声で聞く、フォントをUDフォントやじぶんフォントに切り替えて画面表示する、といった対応も認めるべきだ。
A:アクセシビリティの向上はデジタルの強みであり、実際その方向に進んでいる。先日訪問した学校ではポルトガル語が母語の児童が自動翻訳を使って教科書を読み、英語でレポートを書くといった様子も見られた。

教員や保護者の理解などについて
Q:教員の側に変革が求められているのではないか。
A:教職課程でも情報について教育するようになっているが、まだまだ改善が必要。また、すでに教員となっている方々にも研修の機会を提供している。
Q:教員同士がデジタルを活用して教育上の工夫や悩みを交換する仕組みは普及したのか。
A:チャット等で意見交換する仕組みや教材を共有化する仕組みを導入している地方公共団体が増えている。
Q:保護者も、昔のような一斉学習は行われていないという点について理解する必要があるのではないか。
A:授業参観の前に、「今日の授業はこのようなねらいで、こういう活動をします」と保護者に説明している事例もある。短い時間でも、少し説明することで、保護者自身が受けてきたスタイルと異なる授業についてより理解が深まる。課題を設定し、その解決に向けて様々な情報を収集、整理、分析し、子どもたち同士が対話しながら進めている授業を見ると、「会社での情景と同じだね」というような反応が返ってくる。そのようなことで理解が進む。
Q:家庭や学童保育での利用のためにも、デジタル教科書も無償給与の対象とすべきである。
A:デジタル教科書の在り方についても現在検討が進められている。現在の制度では、無償給与の対象となる「教科書」は紙のものしか認められておらず、デジタル教科書はあくまで「教材」という位置づけ。今後、それをどのようにしていくかが現在の議論でも論点となっている。

JWAC・ICPFセミナー「ここまで来たウェブアクセシビリティ:ユーザビリティが求められる時代に」 山田 肇東洋大学名誉教授

主催:ウェブアクセシビリティ推進協会(JWAC)
共催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
開催日時:2025年5月28日水曜日 午後7時30分から1時間程度
講演者:山田 肇東洋大学名誉教授(ICPF理事長、JWAC理事、JAPL(日本プレインランゲージ協会)理事)

山田肇氏の講演資料はこちらにあります

75名が参加したセミナーで、冒頭、山田氏は次にように講演した。

  • 民間団体W3Cでウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG 1.0)が1999年に誕生。国内標準JIS X 8341-3の初版は2004年であった。2008年版WCAG 2.0には日本人エキスパートの努力でX 8341-3が反映され、WCAG 2.0をそのまま受け入れたISO/IEC 40500が2012年に出版された。ISO/IEC 40500に整合するようJIS X 8341-3は2016年に改正されている。
  • しかしWCAG 2.0、ISO/IEC 40500、JIS X 8341-3は、17年落ちの古い標準である。最大の課題はスマートフォンによる閲覧を想定していないこと。わが国では2010年のスマートフォン比率は4%、2024年は97%と大きな違いがある。
  • そこでスマートフォンに関する達成基準を追加した、WCAG 2.1が2018年に誕生している。スマートフォンに関する達成基準の追加例がリフローである。その後、WCAG 2.2が2023年に完成。ISO/IEC 40500をWCAG 2.2に一致させる改正がほぼ完了し、JIS X 8341-3の改正版は2026年に発行予定となっている。こうして、ウェブコンテンツのアクセシビリティ基準はスマートフォン対応に発展してきた。
  • 首相官邸サイトのアクセシビリティ方針は、JIS X 8341-3:2016のレベルAAに準拠である。しかし、首相官邸サイトでは情報がうまく見つからない。「第217回国会における石破内閣総理大臣施政方針演説」のページには演説本文が見当たらない。ページ下部の「もっと見る」をクリックすると「演説全文」にたどり着く。演説風景の写真だけのページで「もっと見る」を探すように求めるデザインはダメだ。しかも、石破総理施政方針演説の冒頭の「国づくりの基本軸」は961文字も費やしているのに、何を言いたいかが読み取れない。
  • 他国での伝わるコミュニケーションへの対応は異なる。池上彰氏が「トランプ大統領はもう少し知識のある言い回しにすべき」と批判したことがある。しかし、連邦国勢調査局の2019年調査によれば、22%の世帯は自宅では英語以外の言語を使用している。英語だけでは完全なコミュニケーションが取れない国民の存在を前提として、公共も民間も情報を発信しているのである。
  • 連邦法Plain Writing Act of 2010の目的は「国民が理解し利用できる、政府の明確なコミュニケーションを促進し、国民に対する連邦機関の有効性と説明責任を改善する」である。一般国民向けの情報提供は、義務教育終了段階の国民が理解できるように記述することになっている。「Federal Plain Language Guidelines」は、基本三原則として「読者は必要な情報を発見できる」「発見したものが理解できる」「発見したものをきちんと利用できる」を掲げ、実践の第一歩は「読者を考えよ」である。
  • 欧州連合ではCitizens’ Language Policy(2020)によって、明確なコミュニケーションを図ることが義務となっている。ノルウェ―、ニュージーランドも同様。
  • プレインランゲージの国際標準ISO 24495-1:2023が発行されている。読者を特定したうえで、4つの基本原則に沿って文書を作成するように求めている。原則は「読者は必要な情報を入手できる」「読者は必要な情報を簡単に見つけられる」「読者は見つけた情報を簡単に理解できる」「読者はその情報を使いやすい」が掲げられている」。
  • 国際・国内標準は、ユーザビリティを「特定のユーザが特定の利用状況において、システム、製品又はサービスを利用する際に、効果、効率及び満足を伴って特定の目標を達成する度合い」、アクセシビリティを「製品、システム、サービス、環境及び施設が、特定の利用状況において特定の目標を達成するために、ユーザの多様なニーズ、特性及び能力で使える度合い」と定義している。多様なユーザA、B、Cがそれなりに使える度合いがアクセシビリティだが、それだけでは特定ユーザのユーザビリティが高いとは言えない。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、その読者にとってユーザビリティ(効果、効率、満足の度合い)が高い文書が作成できる。読者として中学卒業レベルの読解力を持つ人を想定して、プレインランゲージ原則に沿ってサイトを作れば、多くの市民にとって効果(役に立ち)、効率が高い、満足できるサイトができる。わが国のサイトはプレインランゲージ原則に沿った改善が求められる。
  • ウェブアクセシビリティ基準WCAG 2.2には「読解レベル」への対応という、レベルAAAともっとも高度な達成基準がある。「固有名詞や題名を取り除いた状態で、テキストが前期中等教育レベルを超えた読解力を必要とする場合は、補足コンテンツ又は前期中等教育レベルを超えた読解力を必要としない版が利用できるように」と求めている。「コンテンツ制作者が難解又は複雑なウェブコンテンツを公開できるようにしながらも、読字障害のある利用者の手助けとなるための達成基準だそうだ。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、読字障害のある利用者に加え、広く多くの利用者に伝わり響き、読解レベル基準も達成されるのである。

講演後、次のような質疑があった。

サイトの具体的な改善について
質問(Q):プレインジャパニーズ原則に基づいてサイトに載せる文章を作れというが、どんな文章を書けばよいのか。
回答(A):主語述語を明確にする、二重否定を用いない、短文にするなど作文作法を守ってほしい。詳細は「プレインジャパニーズの教科書」で説明している。また、この作文作法で書いた文章はAI翻訳でも精度が上がる。外国の方に説明する等にも適している。

公共機関でのアクセシビリティ対応について
Q:官公庁などでのウェブアクセシビリティ対応は進んでいるのか。
A:「みんなの公共サイト運用ガイドライン」を総務省が公表して、アクセシビリティに対応したサイトを構築するように各府省・地方公共団体に求めているが、進捗は今一つである。一気にアクセシビリティ対応に転換するのは困難という現実があるので、ガイドラインは毎年進歩していくのが重要と説明しているのだが、毎年の進捗をチェックしている各府省・地方公共団体も少ない。加えて、官邸サイトについて説明したように、内容の理解が難しいサイトも多く改善が求められる。

デジタル教科書でのアクセシビリティ対応について
Q:デジタル教科書のアクセシビリティ対応は進んでいるのか。引っ越しなどで年度途中に教科書が変わり、苦労している子供がいると聞いているが。
A:デジタル教科書にはアクセシビリティ設定機能がある。しかし、設定方法が教科書会社ごとに違うので、国語、算数、理科、社会と設定していくのは面倒である。講演者は統一すべきと提言しているが、まだ実現していない。GIGAスクールについては、6月に文部科学省の課長をお招きしてセミナーを開くので聴講いただきたい。

ウェブアクセシビリティ技術基準自体のわかりやすさについて
Q:そもそもウェブアクセシビリティ技術基準は理解が難しい。改正版では改善されるのか。
A:改善されない。英文の国際標準をそのまま和訳した国内標準(国際整合国内標準)なので、英文のわかりにくさを引きずっている。しかし我が国にはウェブアクセシビリティ基盤委員会という組織があり、そこで標準についての解説を公開している。この解説はわかりやすいので、参考にしていただきたい。

オンラインセミナー「ここまで来たIoTセンシング」 田中宏和広島市立大学教授ほか

開催日時:2025年5月21日水曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
山田 肇・ICPF理事長:デジタルヘルスの市場動向
田中宏和・広島市立大学教授:国際標準IEC 63430の内容と価値

山田 肇氏の講演資料はこちらにあります
田中宏和氏の講演資料はこちらにあります

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • Apple watchによる心電図測定について精度が確認されたという2019年の成功事例から、センシングIoTの市場が動き出した。
  • 日々の健康を守るフィットネスアプリがスマートフォン用に提供されている。フィットネスアプリ等で取得した情報を蓄積して解析して、対象者の課題を明確化するデジタルバイオマーカーは新薬開発などで利用されている。デジタル技術を活用した医薬品「デジタル薬」も、行動変容を促すアプリとして医薬品として承認されている。
  • デジタル技術を活用するヘルステックは健康医療介護サービスの効果を高め、効率を上げ、革新をもたらす技術である。2025年1月の米国CESでは二大注目技術として扱われた。
  • 介護施設向けに介護業務を支援するシステムも実用化され、厚生労働省は介護報酬の2024年改定で、支援システムを導入した介護施設のスタッフ配置人員数を現行の2人以上から6人以上に緩和した。
  • デジタルヘルス世界市場規模は、2024年の288USb$(41兆円)が 、2030年まで年率22%で成長するとされている。日本のデジタルヘルス市場は、2024年の7兆円が、2033年までに12.9兆円になるとの予測がある。「介護テック」「エイジテック」等と呼び方は異なるが複数の市場調査会社が同様の予測を発表している。
  • 高齢者向けの生体情報センシングは、加齢に伴う状態変化によって、IoTセンサを着脱する必要性がある。フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー等でも、事情は同様である。IoTセンサ個々に、サービスを提供する企業個々に、センサの着脱について設計する非効率は、デジタルヘルス産業発展の隘路になる。
  • 課題解決のために、センシングIoTの国際標準IEC 63430が開発された。この国際標準によって、特定のスマートウォッチと特定のスマートフォンの組み合わせがもたらす市場独占を開放する可能性がある。経済産業省は、日本企業がRule TakerからRule Maker に変革するのを支援する「日本型標準加速化モデル」を推進中している。日本主導で国際標準化したIEC 63430の市場での成功に大きな期待が寄せられている。

次いで田中氏が講演した。

  • 2017年時点で日本は世界でナンバーワンの「センサ」王国で、マーケットシェアの50%以上を握っていた。現在でもセンサの世界出荷台数は伸び続け、さらなる成長が予想されている。その中でも医療・ヘルスケア用の伸び率は大きい。
  • 住環境周りでは、センサによる個々の機器の自動化から、機器同士をつないで連携に進み、環境側の条件、人の活動状況、機器の動作状況を連続的に取得・処理して、最適なサービスを提供できるようになりつつある。
  • そこで、多様な利用例(ユースケース)をベースに標準化課題を洗い出すという手法で、国際標準化が進められている。たとえば、ウェアラブルセンサを介し生体データ(心拍・呼吸数など)をスマホやBANハブなどで集約する短距離無線通信規格が作られた。これがSmart BAN (Body Area Network)である。
  • ユースケースを基に考える手法で生まれるのは、社会課題からのニーズ定義に基づく規格であり、特定の社会課題を解決するための必須要件であり、社会に新しい市場を創生する可能性を持つ。
  • ユースケースをベースにする手法から、異なるメーカーや機器間でも共通的に処理できるようセンサデータをコンテナ化し,フォーマットを統一することで,アプリケーション開発のコスト削減と期間短縮を実現するという国際標準が生まれた。大量で多様なセンサデータを利用するサービスに必須の技術、IEC 63430に基づくIoTデータコンテナ技術である。
  • IoTデータコンテナ技術は今後製造や流通、金融、建設、運輸、サービス、エネルギー、公共などのさまざまな分野・領域で適用されるだろう。そのための普及啓発活動をセンシングIoTデータコンソーシアム が中心となって進めている。コンソーシアムはユースケース開発、実装に向けた技術紹介とサポートを行う。
  • しかし、このような技術の利用者には、自らのデータのセキュリティ、プライバシーに関する不安、自らのデータを把握・制御できない不安がある。
  • そこで、利用者が自らの生体センサ等で取得したパーソナルデータを、スマホやタブレットなどのエッジコンピューティングデバイスにセキュアに保存・管理するための国際標準の作成を進めている。セキュアにセンサデータを蓄積・管理する仕組みの定義、サービス定義書/制御つきデータコンテナの定義、ユーザデータ提供に関する本人同意プロセスの定義などである。

二つの講演後、次のような質疑があった。

プライバシーとセキュリティの標準化について
質問(Q):プライバシーとセキュリティの標準化は他の組織とリエゾン(連携)して進めているのか。
回答田中(AT):ISO/IEC JTC 1/SC 27の活動などによって多くの国際標準が存在する。それらを集めてきて、どのように利用すればよいかを考える。それをセンシングIoTサービスに適用するための、特有の技術条件を洗い出す。
コメント(C):そうだとすると、SC 27/WG 5などと勉強会(Special Project)を開くところから始めることをお勧めする。
回答山田(AY):サービス利用者の不安を解消するために国際標準を作るが、一から作るものではない。各国法制を基に「本人からの事前同意をとる」といった運営上のルールをガイドライン化する制度に関わる活動、既存の標準をベースに特有の技術条件を洗い出す技術的な活動の両面を進めていきたい。

PHR(個人健康記録)との連携について
Q:PHR(個人健康記録)との相性が高いのではないか。
AT:その通りで、一緒にやれば価値が高まるというマインドを醸成していきたい。簡単にセンシングIoTを組み込めるような、無料のプラットフォームを作るといった仕掛けも必要かもしれない。
AY:親和性は高い。そのためにセンシングIoTデータコンソーシアムはPHRサービス事業協会と連携して、相互に勉強会で紹介するなどの活動を進めている。

普及活動について
Q:コンテナフォーマットの利用例はまだ少ない。まずは国内で実績を作るべきではないか。
AT:しばらくはバラバラに進まざるを得ないが、IEC63430を使うと便利だよね、という実績が出るように支援していきたい。開発効率の向上、コストの低下などに関する説明を強化するためにもコンソーシアムを作っている。コンソーシアムで実装事例を提示していきたい。
AY:実装事例についてはビジネス化されればベストだが、実証実験でも構わないので、実績を上げていきたい。
Q:メジャーなプレイヤーの認識を高める活動も必要ではないか。
AT:海外展開も想定して、英語での説明にも努力している。
AY:米国西海岸のメジャーなプレイヤーは囲い込みに走りがちだが、他国、例えばイスラエル、カナダ、スコットランド、ベトナムなどは日本市場に興味を持っているので、それらとの連携を深める方向で活動を進めている。