開催日時:6月8日水曜日 午後7時から最大1時間30分
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:中村邦明氏・船津宏輝氏(情報通信総合研究所)
司会:山田 肇(ICPF理事長)
中村氏・船津氏の講演資料はこちらにあります。
講演の一部の動画はこちらでご覧いただけます。
冒頭、両氏は次のように講演した。
- コロナ禍を受けて、政府は遠隔授業に関する規定を緩和して、状況に応じた柔軟な対応を大学に求めた。遠隔授業により修得する単位数の上限60単位を解除したのが一例である。2020年5月時点で90%の高等教育機関が遠隔授業を実施していた。7月時点では24%が全面遠隔で、60%はハイブリッド(併用型)に移行した。
- 大学はオンラインコミュニケーションツールを活用して学びを継続させ、学習以外においても学生への支援に努めた。リモートでの実技・実験にVRなどの新たなデバイスを活用した取り組みも進められている。
- 教育でのデジタルは進展している。ZOOMやTeamsでグループディスカッション等を行う際の、教育シーンに適した補助ツールが開発されている。学修管理システム(LMS)もmoodle、WebClass、manaba等が利用されている。
- 2021年の調査では約80%の学生がオンラインで授業を受け、57%の学生はオンライン授業に満足している。学生のオンライン授業への受容性は比較的高い。
- これまで日本人のライフステージは“単線型”だったが、「教育」「会社勤め」「学び直し」「組織に雇われないはたらき方」といった段階を繰り返した後に「引退」に至る“マルチステージ型”へと転換していく。その中で、リカレント教育の必要性が高まっている。リカレント教育とは、社会人になった後も教育機関に戻って学習し、知識・スキルのアップデートを行った後、再び社会で活躍する生涯学習システムである。
- しかし、25~64歳のうち、大学等の高等教育機関で教育を受けている日本人の割合は5%に留まる。OECD平均16.6%を大きく下回っており、大学等に戻って学び直すという習慣が他国と比べて定着していない状況にある。
- 社会人になった後も自らのキャリアについて考え、必要なスキルを身につけることができるように、いつでもどこでも学びにアクセスできる環境の構築が必要である。政府はリカレント教育の定着に動き出した。「未来投資戦略2018」「経済財政運営と改革の基本方針2019(骨太の方針2019)」等において目標と方針が示され、それ以降、関連省庁において充実化に向けた取組みが進められている。また、骨太の方針2022においても継続して目標と方針が示されている。
- 多くの社会人学習者において、自己啓発を行う目的は現職での活躍やキャリアアップを通じた収入増加である。収入が増加すれば次の学習支出への経済的余裕も生まれる。
- 社会人のうち、自己啓発を行った人を推計した。情報通信業、金融業などでは比率が高いが、いずれの業界においても、年間支出額が1万円未満に多くの学習者が分布している状況にある。社会人学習者には、受講すべきコース選びや訓練機関が発見できないという課題もある。そこで、文科省は社会人の学びを支援するためポータルサイト「マナパス」を開設した。
- 社会人層では、コロナ禍において「自由時間が増えた」「オンライン学習サービスを利用したいという気持ちが高まった」という声が聞かれ、今後のオンライン学習市場の拡大が期待される。これを受けて、Schooなどのオンライン学習プラットフォームは会員数を伸ばし、視聴される講座にも変化が見られる。また、ビジネススキル等を学べるグロービスやLinkedInラーニングでは会員数や視聴時間が大幅に増加した。
- MOOCは、誰もが時間・場所に関係なく原則無料で受講できる大規模公開オンライン講座である。ユーザには場所・時間に関係なく無料で受講可能という利益があり、教育コンテンツ提供側も知名度向上や将来の人材・生徒の確保に繋がると期待している。
- 2012年頃から米国の大学関係者によってMOOCプラットフォームが誕生した。最大のMOOCはCourseraで、約200の大学や企業が提携して、約4,500講座を提供している。国内では2013年に日本オープンオンライン教育推進協議会がJMOOCを設立し、国内における普及を推進している。複数の講座配信プラットフォーム(gacco、OLJ、OUJMOOC、Fisdom)をまとめるポータルサイトの役割を果たしており、JMOOCサイトで全ての講座を閲覧、検索、受講できる。
- MOOCで提供されるサービスの利用は基本無料となっているが、プレミアムコンテンツや修了証明発行等の有料サービスも導入されている。MOOCの修了率は平均で約5~10%程度であり、ユーザ側のモチベーション維持が課題である。これに対して、ブロックチェーンを活用した改ざん不能な「デジタル修了証」を発行するようにしたところ、修了率は20%近くまで向上した。
- 教員負担を軽減するために、ICTを活用して教員が容易に作成できるサービスの開発も進められている。NTTドコモによる、AIを活用してMOOC講座を制作するシステムがその一例である。
- 多くの企業では、コロナ禍が企業研修にオンラインを取り入れるきっかけとなっている。社会福祉法人の上越あたご福祉会(新潟県上越市)では、心肺蘇生や誤嚥についてVRを使って実践的な演習を受講できるようにしている。教育分野でのAR/VRは今後の市場拡大が予測される。
- ICTを活用した学習のオンライン化には時間や場所にかかわらず様々な学びが実現できる利点があり、人生100年時代に向けた社会基盤の構築に寄与する。
講演後、以下のような質疑があった。
オンライン教育の現状について
Q(質問):政府がリカレント教育を推進する上での課題は何か。
A(回答):受講する側からすると政府からの支援が広く認知されていないという問題があり、厚生労働省等が補助金を提供したり、文部科学省が情報ポータルを提供するなど努力を続けている。
C(コメント):デジタルでリカレント教育を推進するためには、政府と教育界、産業界も協力する枠組みを作り運営することが求められる。骨太の方針で掲げても、動かないのは枠組みがないからではないか。
Q:社会教育法に基づく施設、例えば公民館、博物館、美術館等がいっそうデジタルに対応する必要があるのではないか。図書館が電子図書館に進んでいるのが唯一の例外のように思われる。また、学習者のリテラシーにも問題がある。
A:課題は認識されている。教育コンテンツのデジタルでの提供とともに、高齢者のデジタルリテラシーを高める施策も進められている。
C:博物館等ではデジタルでのコンテンツ提供を始めている。スミソニアン博物館のレベルに比べれば低いが、動き出している。
Q:Courseraが圧倒的に受講者を集める理由は何か。
A:正確な背景はわからないが、講座が多く選択肢があることが、高い受講者数につながったと考える。しかし、受講しても修了率は低い(5から10%)ので、受講者数だけで評価するのは適切ではない。
人々の多様性を受け入れる教育について
Q:オンラインのリカレント教育は、時間が取れないなどの問題がある社会人に適切なサービスである。障害を持つ人も同様に受講に課題を抱えているので、リカレント教育が利用できるようにするのがよい。このために教材に字幕を付けるなどの対応が必要になる。多様な人に学習機会を提供するという点について、どう考えているか。
A:各MOOCは障害者向けに注目しており、対応しようとしている。NTTドコモによるAIを活用してMOOC講座を制作するシステムの場合、講義素材はテキストで作成されるので、字幕化は容易である。このように、障害者への対応にも活用できる技術も開発が進んでいる。
C:実際にオンラインを活用して社会人大学院で学んだ。遠隔地に住んでいるが、東京で開講している大学院にアクセスできたというのが最大のメリットであった。使い方によって多くの可能性があると考えている。
A:教える側からしても、多様な人にリーチできる。「だれでも学べる」教育の民主化がオンラインで進む可能性がある。一方で、教育者の自由化(いろいろなところで教える)も始まっているのではないか。
C:予備校では優秀な少数の教員がオンライン講義をするという形式に変わっている。教員の能力によって、教員間の格差が広がっていく可能性がある。
C:教える側にも多様性が実現できる。全盲の人がオンラインで講義できる。そのような意味で、オンライン教育には教員側にも学習者側にも多くの可能性がある。教育のユニバーサルデザインが求められる。