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知的財産 ライツビジネスの未来を考える:ネットワーク時代にいち早く対応してきたJASRACモデル 小島芳夫JASRAC業務本部副本部長

シリーズ『ライツビジネスの未来を考える』
現在の著作権制度に対するニーズと、利用形態は日々多様化し、著作権に関わる人々も増え続けています。その中で、AppleやAmazonが「ライセンス契約」を交わす時代とどう向き合うのか、ネット時代に一早く対応できたJASRACモデルの応用は難しいのか、青空文庫の理念をどう受け継ぐか、……そうした話を産業論と政策論からどう見据えるのか。「ライツビジネスの現場における様々な著作権に対する向き合い方」について、事例毎にじっくりお話を伺うシリーズを開催しました。

第二回「ネットワーク時代にいち早く対応してきたJASRACモデル」
JASRACのモデルはネットワーク時代やCGM文化にいち早く対応してきました。それを支分権や権利の信託、集中権利管理や包括許諾、応諾義務の観点から伺いました。
また、このモデルは他業界でも参考にすることは可能か、もっと細かなニーズにも応えていけるのか、その際、権利者との対話の窓口となりえるか?JASRACの見据える未来についても議論を深めました。

講師:小島芳夫氏(JASRAC業務本部副本部長)
モデレータ:山口翔(名古屋学院大学)生貝直人(国立情報学研究所)
日時:2013年12月06日(18時30分~20時30分)
開催場所:東洋大学白山キャンパス 5号館 5101教室

小島氏の講演資料はこちらにあります

内容

  • JASRACは、音楽の著作物の著作権を保護し、あわせて音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に寄与することを目的とする団体である。
  • 著作権者の負託に応えるだけではなく、利用者との良好な関係を構築・維持するためにこれまで活動をおこなってきた。違法利用の摘発団体と誤解されることもあるが、実際に行っていることは、著作物の無許諾での利用者に、著作物の利用におけるルールを理解してもらい、許諾利用者になっていただくための地道な活動の積み重ねである。
  • その際のルールにおいても、ただ硬直的な仕組みを提示し、従ってもらおうとするのではなく、時代に合わせて、柔軟に仕組みを構築してきた。
  • その代表例がネットにおける利用である。利用者がコンテンツを創作し、その中にJASRACが管理する音楽を利用する場合がある。このようなUser Generated Contentsについても、利用が促進されるように、YouTubeやニコ動と包括契約を結んできた。
  • ルールを作るだけでなく、技術面においても、円滑な著作物管理のために積極的な技術開発を行っており、「フィンガープリント技術」におけるマッチングなどもその一例である。
  • また、違法配信対策においては、違法な配信を行うサイトに広告を提供する広告主にアプローチするなど、多面的な取り組みを行っている。
  • 今後の著作権制度については、将来的には音楽以外の著作物についても同様の仕組み(権利者全ての集中管理団体)を作るといったアプローチやワンストップで著作物が利用できるようになることの意義はあるだろう。
  • また、クラウドファンディングや文化税方式など、コンテンツに対する対価を社会全体でどう位置付けていくかについても、あわせて検討されていく必要があるだろう。

健康 患者カルテ情報(EHR)の統合に向けて 吉原博幸京都大学名誉教授

少子高齢化が進む我が国にとって最大の社会問題の一つである、医療費の高騰・介護負担の増大に対する解決策の一つが、健康・医療・介護分野での情報通信の利活用です。
シリーズ第2回として、患者カルテ情報(EHR)システムの開発と普及に精力的に取り組む、特定非営利活動法人日本医療ネットワーク協会の理事、吉原博幸氏(京都大学名誉教授に講演いただきました。

日時:2013年11月28日(木曜日)18:30~20:30
場所:東洋大学白山キャンパス5号館1階5101教室
司会:山田 肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:吉原博幸(日本医療ネットワーク協会理事、京都大学大学院情報研究科EHR共同研究講座ディレクター、京都大学名誉教授)

講演資料はこちらにあります

冒頭、講演資料に基づいて、吉原氏は概略次のように講演されました。

  • EHR(患者カルテ情報)の目的は医療の継続性の確保である。生まれてから今までどんな医療を受けていたかを記録し、それを次の病院で活かす、1995年頃に生まれた考え方である。今までは、それぞれのクリニックにデータが置き去りにされ、保存期間5年を過ぎると廃棄されていた。先週、血液検査をしたのに、今週も別の病院で血液検査を受けるというようなことが起きている。医療システムを改革するのがEHRである。
  • 各国のEHRを見てきた。2008年は米国、2009年にはヨーロッパ、2010年にはカナダ、2011年にはオーストラリアとニュージーランド、2012年にはシンガポールを視察した。評判のよいところに行ったつもりだが、米国は成功していない印象を受けた。それは、中核大病院とそれを囲むクリニック群それぞれに閉じたシステムになっていたからだ。
  • 一方、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールには国レベルのトップダウンの関与があり、それぞれ成功しつつある。これらの国々では、国家EHRが、州ごとに構築されたEHRを相互接続し、情報連携できるようになっている。情報連携の核は医療ID(医療用の個人番号)である。一人ひとりの患者に関わる治療・検査・投薬・画像などが統合され閲覧できる。カナダでは開業医を訪問したが、そこでも他病院で撮影した腎臓の超音波画像が閲覧できた。
  • カナダのEHRの青写真をつくったのは、Infowayという連邦政府保健省の外郭団体である。外郭団体によってEHRプロジェクトが遂行されている理由は、保健省などのような官僚組織では、事業の継続性を担保出来ないからである(頻繁な異動)。
  • 病院、クリニックで使われる電子カルテシステムについて、最初は30程度のベンダが競争していたが、今では7ベンダまでに減少している。EHRに接続出来ない電子カルテが使われなくなって来たことと、システムの使い勝手などについて市場競争で改良を進めてきた結果である。
  • ニュージーランドでは患者の家庭を中心に据え、在宅医療を原則として、EHRが構築されていた。2010年からの第一期では、電子処方箋・電子紹介状・電子退院サマリーなどが整備された。2012年からが第二期で、患者のバイタル情報・医学的事象情報・ケアプラン・意思決定支援などを整備する。介護・リハビリまで統合しようというわけだ。
  • シンガポールにはカナダの経験が持ち込まれた。そのうえ、EHRデータを匿名化し、大量データとして研究に利用することも計画されている。
  • 日本のEHR構築は諸外国に比べると組織的でない。政府の積極的な、トップダウンのリードがないためである。日本医師会の今年の統計では、IT連携医療プロジェクトの総数138で、参加している病院800、診療所3200と数は非常に大きい。しかし、医療再生基金からの支援が切れれば、これらのプロジェクトは終わってしまう恐れが高い。
  • 情報連携の方式は、集中型(地域のEHRに地域の医療機関が参加)、分散型(各医療機関にデータは分散し相互参照)、その他の3種類がある。現在増加しているのは分散型で、集中型は京都大学の使っているDolphinなどに限られる。
  • 医療の継続性を担保する三つの技術的要件がある。第一が所在。患者が病院に診察にきた際、別の病院で診察を受けていないか日本中からデータを探す。第二が互換性。各ベンダのEHR間で病名コード・医薬コード・検査コードなどが統一される必要がある。病名はやっと統一コードができたが、他はまだバラバラである。第三がアクセス制御。EHRではアクセス制御が必要不可欠で、どの項目を誰と共有するか指定するシステムを作らなければならない。
  • 京都大学が利用しているDolphinは、XMLベースの医療用マークアップ言語を開発し(MML)、それを用いて情報連携するシステムである。システムは集中型で、データセンタに患者データを永久に蓄積する。銀行と同じように、患者の口座が作られてデータが貯まるイメージである。
  • 将来的には、匿名化して、研究のため二次利用したい。製薬会社は匿名化されたデータを喉から手が出るほど欲しいので、EHRの運用資金の源になる。
  • 当初はデータセンタを熊本、宮崎、京都、東京の4か所に設置した。その後、札幌市に共有データセンタを構築し、京都のデータを移した(沖縄、長浜、東京は準備中)。これで、京都の費用も節約できた。各地のシステムの患者情報を国レベルで名寄せできるようになっている。中国浙江省のEHRとも、国境を越えて、名寄せできる。
  • 京都で実施中の「まいこネット」には、PC、スマートフォン・携帯、iPadでアクセスできる。患者の立場でアクセスすると「地域共通カルテ検索」が動き、いろいろな病院で検査した血液検査データなどが一括表示され、患者自身が閲覧できる。臨床サマリー、退院サマリーも表示できる。iPadの場合は、一度閲覧するとiPad内に保存される。震災のような非常時にも過去の医療記録を利用できるようにするためである。
  • アクセスコントロールは、患者情報、保険情報、病名、退院サマリー、検体検査結果、病理診断結果、内視鏡診断結果、放射線診断結果、処方オーダー、注射実施内容、手術記録、紹介状、最近検査結果の13項目で、①地域診療所・患者ともに開示可能、②地域診療所・患者ともに開示不可、③地域診療所のみ開示可能の3つのレベルで診療科ごとに制御できる。アクセス制御レベルには、患者からの意見も反映している。
  • 長浜EHRプロジェクトは、長浜市の1万人(30~60歳)の健康状態を30年間継続的にみていくプロジェクトであり、初回には遺伝子も調べている。九州大が実施している久山町コホートが有名だが、長浜EHRプロジェクトはこれに匹敵する。
  • 分散型では、目次情報だけが中央にあり、それぞれのデータは各病院にある。しかし、病院にデータの保存期間を長く求めることはできないので、長浜プロジェクトでは、各病院の短期データを中央のデータベース(Dolphin)に移管し長期保存する統合型を試みている。
  • EHR構築には政府のリーダーシップが必要である。国レベルでEHR構築の青写真を描き、基盤整備に資金投入すべきである。全国で7000億円ぐらいの予算が必要になるはずだ。政府または全権委任された別組織によるEHR基本方針の策定・国民健康ID(医療ID)の実現等を進めるべきだ。国民は自分のデータを閲覧可能とし、医療提供者と共同でケアプランに参加するのがよい。

講演後、以下のような質疑応答があった。

Q(質問):国レベルでEHR構築するのに7000億円という金額は、国民医療費38兆円に比べれば大した額ではない。国民目線では7000億円投じても、効果が7000億円以上あればよい。7000億円売上が減ると医療関係者が反対しているのではないのか?
A(回答):不必要な検査が5%程度あると言われる。医療費全体で検査が占める割合は、おおよそ3割。不必要な検査をやめるだけで、7000億円は数年で元がとれる。医師会は50兆円まで医療費は伸びると言っているが、これ以上は増やせないと思う。少なくても、伸びは抑えなくてはいけない。
Q:個人の開業医で電子カルテ導入が進んでいないというが、クリニックの数は約10万ヶ所。1クリニックに100万円ずつ援助しても総額はたいしたことはないのでは?
A:その通りだと思う。ステークホルダがたくさんがいるので難しいが、安倍政権の勢いがあればいけるのではないか。
Q:マイナンバー法が成立したが、厚生労働省は別に医療等IDを作ろうとしているのか?
A:私も理解できない、マイナンバーはサービスごとに異なるIDを振るので、それでよいはず。
Q:病院からデータを出すときには暗号化しろなどという話があったが?
A:本当はそこまでやる必要はない。データを暗号化するしないは、セキュリティの立場からは、大きな違いはない。厚労省は安全を必要以上に要求するが、実現性は乏しい。
Q:カルテ情報は誰のものか?
A:答えは出ていない。客観的情報(検査データ、CT画像そのものなど)は患者にあげてもいい。放射線診断書・経過記録の著作権は医師・看護師なので、渡せないという感じである。しかし、全部患者に開示しようという動きもある。
Q:熊本、宮崎では全面開示だそうだが、地域性があるのか?
A:地域性もあるかもしれない。京大は、患者を他病院に紹介する際にも放射線診断書は出さない。CT画像は切り方によって解釈が異なることがある。それを別の病院で指摘されたら困る。診断結果のどこまでを免責とするか、放射線の学会で議論してもらう必要がある。
Q:シンガポールや英国などのように、集中型のセントラルレポジトリーに入れる場合は、どうなのか? 全部閲覧できるのではないか?
A:医師レベルでアクセス制御することになる。
Q:患者の同意の元に、診療記録を他の意思が閲覧するのを許可するという仕組みでは、矛盾が起きないか? 今の医療の慣習からは、国家EHRは難しいということか?
A:その通り。あじさいネットが患者に許諾をとりはじめたのは最近のこと。今までは医療者の善意で100%提供するというのを前提としていたが、患者がコントロールする方向に向きを変え始めた。
Q:個人のEHRのアカウントにある情報でも、その患者はすべてを見られないのか?
A:情報は入っているが、患者はすべてを閲覧できない。例えば、通常のカルテには疑いを含め、病名が20ぐらい付いていて、それを見ても患者には理解できないだろう。
Q:長浜市はコホートのために匿名化しているということだが、保険者がデータを匿名化することに問題はないのか?
A:長浜ルールという条例を作った。その上で、今の長期観察コホートが始まった。
Q:日本はトップダウンが駄目というが、B2Cなど利益が出そうなところから始めることはできないのか? たとえば、電子処方箋を薬局にインターネットで飛ばすなど。
A:東京都の医師会でそんな試みをしたときいたことがある。しかし、補助金ありきで動いているのでは、真の動きにはならない。
Q:23andMeのようなサービスでは、データを先に蓄積した人が勝者となるのではないか?
A:B2Rはまだやっていない。長浜が最初のケースになると思う。
Q:介護データも接続しないのか?
A:介護のデータはバイタル・食事・体の動き様などが主で、まだ学術的対象ではない。ただ、MMLでも介護データをどう表現するかは決まっていて、今年度中に実装される。

知的財産 ライツビジネスの未来を考える:次世代に向けた著作権制度:ライセンス契約が普遍化する市場 別所直哉Yahoo!JAPAN社長室長

シリーズ『ライツビジネスの未来を考える』
現在の著作権制度に対するニーズと、利用形態は日々多様化し、著作権に関わる人々も増え続けています。その中で、AppleやAmazonが「ライセンス契約」を交わす時代とどう向き合うのか、ネット時代に一早く対応できたJASRACモデルの応用は難しいのか、青空文庫の理念をどう受け継ぐか、……そうした話を産業論と政策論からどう見据えるのか。「ライツビジネスの現場における様々な著作権に対する向き合い方」について、事例毎にじっくりお話を伺うシリーズを開催しました。

第一回「次世代に向けた著作権制度:ライセンス契約が普遍化する市場」
Amazon Kindleで電子書籍を売ったり、AppleのAppストアでアプリを売ったりする上で、プラットフォームと交わす「ライセンス契約」が著作権をオーバーライドする状況が多々見られるようになってきました。これが意味すること、変えていくものや、プラットフォームが国際的に展開する上で、ユーザーや各国がどのように向かい合っていく時代となるか。こうした時代に健全な成長のための環境発展を促すため、「AICJ、アジアインターネット日本連盟」立ち上げにも関わられたYahoo! JAPANの別所氏に詳しく伺いました。

講師:別所直哉氏(Yahoo!JAPAN 執行役員社長室長)
モデレータ:山口翔(名古屋学院大学) 生貝直人(国立情報学研究所)
日時:2013年11月15日(19時~21時)
開催場所:東洋大学白山キャンパス 5号館 5101教室

別所氏の講演資料はこちらにあります

内容

  • コンテンツ権利者への利益還元を図りつつ、技術による利便性と情報へのアクセスを、世界に遅れることなくコンテンツ利用者が享受可能にする必要がある。しかし、コンテンツ利用が著作権法により制約を受け、コンテンツ流通を阻害し、日本の文化・産業の発展を阻害している。
  • Yahooは、サービス提供事業者として著作権者の利益還元を図りつつ、利用者利便性の向上を実現したい。そのためには、著作権法を改正するのを待つのではなく民間での話し合い・民民契約によるスピーディーな課題解決が重要である。

健康 遠隔医療と地域医療連携の取り組み 佐竹倫和氏(日本電信電話株式会社)

少子高齢化が進む我が国にとって最大の社会問題の一つである、医療費の高騰・介護負担の増大に対する解決策の一つが、健康・医療・介護分野での情報通信の利活用です。
シリーズ第1回として、精力的に遠隔医療や地域医療連携の実証実験・初期ビジネス化に取り組むNTTグループの中心メンバーに講演いただきました。

日時:2013年11月6日(水曜日)18:30~19:30
場所:東洋大学白山キャンパス5号館1階5101教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:日本電信電話株式会社 佐竹倫和氏
東日本電信電話株式会社 原田素子氏

講演資料はこちらにあります。佐竹氏講演 原田氏講演

日本の医療を取り巻く少子高齢化、国民医療費の増大、保険者の破たん、病院の破たんなどの状況と、医療現場の対応医療機関の不足などの状況から、遠隔診療・疾病予防管理の重要性は増大しているとしたうえで、佐竹倫和氏は「亀田総合病院の遠隔医療共同実証実験の状況と今後の取り組みについて」と題して、概略次の通り講演した。

  •  最初は遠隔医療実証トライアルを4モデルで進め、最終年の昨年度は、医療にプラスして介護との連携モデル(医療介護連携モデル)を加え、合計5モデルを実施している。亀田総合病院は、国レベルのICT活用プロジェクトへ先駆的に取り組むと同時にプロジェクト終了後も、事業を継続している国内有数の病院である。
  • 昨年度行なった医療・介護連携の実証実験は、医療側と介護側の多職種間で連携できる仕組みである。連携データベースに患者の各種情報を蓄積し、そこに医療介護に携わる様々な職種のステークホルダが日々の医療、介護や生活の情報をタブレットで記入し上げることで、関係者が情報を共有できるようになる仕組みを整備し実証を行った。
  • また、今年度は新たに行政にも協力してもらい、予防から医療、在宅、介護そして生活という一連の情報を一気通貫で高齢者に対応する地域包括ケアに関する実証実験を行なう予定である。
  • 実証実験には、医療機関、介護施設など多くの関係者に参加してもらった。システム導入時には問い合わせが非常に多かったが、10か月ぐらい経つと安定してきた。参加者のICTリテラシーにばらつきがあったので、安定するまでにはこれくらいはかかるという評価である。
  • 在宅医療を常勤3名、非常勤1名の医師で対応しているが、遠隔診療によって移動時間の削減ができるという移動負荷低減の評価結果も得られている。このほかに、患者の移動に関する効果などもある。また、高血糖と低血糖が頻繁に表れる患者さんがいることが発見でき、すぐに医療機関で対応した。患者本人が書き込むよりも、正確なデータが自動的に取れることが評価された。
  • HPKIをもとに個人認証を試行した。HPKIカードには医師免許情報も格納しているため、それを利用した認証機構についても評価を実施した。医療情報、介護情報、健康情報、生活情報はデータの所有者がそれぞれ異なり、且つ機微な情報へのアクセスを適切に行なうべく基盤上で連携し閲覧できるようにするために、基盤上でアクセスコントロールを行なう機構を整備した。

次いで、原田素子氏が「NTT東日本の遠隔医療、地域医療連携の取り組み」と題して講演した。概要は次のとおりである。

  •  厚生労働省は、病院完結型医療から地域完結型医療に方向性を変えてきた。そこで、医療機関や介護施設において所有するデータを、標準規格であるSSMIX2を用いてクラウド型データベースに蓄積し活用する「光タイムライン」を、地域医療情報の連携基盤として推進している。様々なサービスやシステムの認証IDをセキュアに連携する基盤も組み合わせることができる。
  • 災害時の医療情報バックアップの要請などBCPの側面からも、クラウド型が注目されている。標準規格で上げられた情報は、「光タイムライン」のビューワにて閲覧し、診療を継続することができる。異なる施設に保存された患者の診療情報を一画面で参照可能で、時系列で臨床経過を閲覧できる。処方、検査なども自由に項目を設定・編集し、表示できるようになっている。
  • 松本市の相澤病院では、病院、薬局、介護施設との情報連携の運用トライアルを実施中である。宮城県の石巻・気仙沼地域では、病診連携、多職種連携システムを受託・構築した。高齢化や医療資源の不足等に加え、震災時にカルテが流出する等の課題があったため、県レベルで情報基盤構築が進んでいる。
  • 福島県桧枝岐村では、経団連の未来都市モデルプロジェクトを2011年からトライアルしている。日本一の過疎の村で、主要産業は観光である。村に診療所がひとつしかなく、専門医の診療を受けるには遠隔地までいかなくてはいけない。そこでICTを活用し高齢者が安心して暮らせるまちを作ろうというプロジェクトにおいて、健康相談や遠隔診療に取り組んでいる。この他にも、TV電話による情報配信や買い物支援などICTを活用した取組がいろいろと行われている。

講演の後、次のような質疑があった。

Q(質問):日本は規制が多いので海外でチャンスを掴むという話があったが、なぜ日本では遠隔医療が進まないのか?
A(回答):国内でもICTを利用すると便利だという認識は現在までの国家プロジェクトや各地で行なわれている実証での蓄積エビデンスから認識が高まりつつある。しかし、医師にとっては、投資をするモチベーションがない。これが一番大きな問題。規制改革議論の中で、ここに診療報酬についての議論も行われている。まずは、実績を積み上げ、安全面含めたエビデンスをしっかり蓄積し世の中へ訴求することが重要である。
C(コメント):専門医のアドバイスに診療報酬が出ないと、実験が終えれば、協力が続かないのではないか。
A:地域によっては補助金を出しているところもある。この問題は重要である。
Q:医者側も在宅で診療はできないのか? 医者自体も高齢化したり、子育てと両立ということもあるのではないか?
A:このあたりは今後検討を行いたい。超高齢社会の進展に伴い増加するアクティブシニアの社会参加の仕組みの整備という話もある。頂いた質問もこれらの仕組み整備の話と関係すると思う。
Q:医療と介護の一気通貫という話があり、NTTらしいプロジェクトだと感心したが、市場で競争することで、もっとよいものが生まれるのではないか?
A:既に存在する世界標準やオープンな技術を利用している。これが、世の中に広がっていくのに役立つと思う。国内業界の技術を国際標準化していこうと取り組みもしている。電子カルテはSS-MIX2でデータを吐き出す仕組みがあるので、仕様が異なっていても、光タイムラインで一括して閲覧できる。
Q:大きな病院は、A社、B社とまちまちであるが、ほとんど電子カルテが入っている。一方、小さな診療所では電子カルテが入っていない。方策があるのか?
A:一般的に地域医療連携事例では、診療所は電子カルテの情報をあげるのではなく、参照端末だけ入れている場合が多かった。つまり、病院から診療所の一方向のケースが多い。双方向にした場合にどれくらい効果があるかは、これから見極めなくてはいけない。
Q:マイナンバー、医療IDなど番号制度をどの程度意識されているか?
A:政権により政策が変わるので、ウォッチしている状態。現在は、それぞれの医療機関が持つ個別のIDをベースにセキュリティを保持しつつ情報連携を行なう仕組みをR&Dで整備し活用している。
Q:自治体に参加してもらうというが、自治体は保険者でもあり、疫学的な分析につなげられるのではないか?
A:いろいろ意見がある。これからは予防医療も重要になるので、検討を進めていかなくてはいけない。「秘密計算」技術で、個人情報を保護しながら計算を行う技術についても研究開発として実施済みである。
Q:全国には100以上の地域医療連携システムがあるが、最終的にはどう連携していったらいいと考えるか?
A:個人的意見ではあるが、それぞれの地域により求められる仕組みが違う。まずは地域医療圏レベルでの連携を進めることが優先で、国レベルでつながるのは今後の話だが、導入メリットを具体化することが重要であり、二次利用などを考えていかねばならないのではないか。
Q:疫学的利用などでは、医療データは誰のものかが問題になる。例えば、EHRの情報は病院・医師のもので、患者がデータを持てていない。どう考えるか?
A:二次利用を進めるには、そのあたりの仕組みが必要である。NTTとしては国に方向性に従うしかない。米国・カナダなどは、どこまで匿名化すれば情報として活用できるかを示すガイドラインも整備されている。この議論は民間企業だけでは整備しづらく、国家レベルでのガイドライン整備などが必要なのではと考えている。