日時:4月21日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:金沢工業大学大学院虎ノ門キャンパス(愛宕東洋ビル13階会議室)
東京都港区愛宕1-3-4
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
共同モデレータ:上條由紀子(金沢工業大学大学院イノベーション研究科准教授・弁理士)
講師:百瀬隆(ダイセル株式会社知的財産センター長補佐)
百瀬氏は、講演資料を用いて、概略次の通り講演した。
- 自動車産業、電気機器産業などと異なり、化学産業は製品名が産業名になっていない。原料となる物質にエネルギーを加え、化学反応を生じさせて、別の物質に変換することにより製品を製造することが重要な要素となる産業である。
- ダイセルの設立は1919年で、2015年3月期時点では、資本金362億円、売上高(連結)4,438億円、経常利益(連結)551億円、グループ75社で、従業員数(連結)は10,170名である。光学フィルム用酢酸セルロース(液晶表示パネル用保護フィルム)で世界トップシェア、自動車エアバッグ用インフレータで世界3位など、対象分野を絞り込み、機能性を重視して、製品を市場に提供している。
- 新たに意義ある価値を創造する「モノづくり」にこだわり続けるというのが会社の基本理念で、知的財産の創出・保護・活用・尊重を掲げて、知的財産に関わる活動を進めている。数件の特許で製品がカバーできる医薬品産業とは異なり、また、要素技術が各社に分散してクロスライセンスが不可避の電気機器産業とも異なり、化学産業は、一製品に関わる特許が10件から100件で、競合会社との棲み分け度が高いく、排他権の行使が物質特許では容易であり、他社特許との抵触性調査は調査件数が多く負荷がかかっている、といった特徴がある。
- 学習院大学の米山茂美教授によれば、社内における知識(知的財産)は、成果物であるアウトプット知とその成果物を生み出すための仕組みややり方であるプロセス知に分けられる。化学業界では、アウトプット知とともにプロセス知も知的財産として重要視している。
- 事業部門(あるいは新事業企画部門)に特許戦略の責任者としてパテントコーディネータ(PC)、研究開発部門に研究テーマの知財責任者としてIP責任者を置き、知的財産部門の担当者と三名でチームを組んで、知的財産に関わる課題に取り組むようにしている。これは、「事業戦略、R&D戦略、知財戦略は三位一体であるべき」という思想を具現化したものである。三位一体の知財活動自体から、互学互習の学習環境が生まれ、人材が育成され、情報の共有と活用が図られる。ダイセルの三位一体の知財活動は、全社の知財活動を37の知財活動チームで回しており、知財業界の中でもユニークな存在となっている。
- それぞれのオペレーターに属人的に蓄積されていた技術やノウハウを誰でも使える状態にしたいとの想いが、ダイセル式の生産革新に結び付いた。ベテランのノウハウを「見える」化して、暗黙知を形式知に変える。その過程で問題点を発掘し、また、社内標準化を図る。その結果を、ITを用いたシステムに落としていく。問題点発掘手法や標準化手法に関する知的財産はノウハウとして社内に残しているが、生産システムの内プラント制御装置は特許権利化を進めている。生産革新の結果、網干工場の工員は約60%削減された。
- ダイセル式生産革新は、知恵を出し合う風土・仕組み・人づくりを目指したからこそ、実現したものである。この生産革新手法は、化学業界の中でもユニークな存在となっている。
講演後、以下の質疑があった。
化学業界の特徴点について
Q(質問):そもそも化学製品というのは何要素くらいからできているのか? 要素ごとに特許を取得するのか?
A(回答):要素は多くて⑩、少ない場合は一要素の場合もある。例えば、四つの要素A、B、C、Dを組み合わせた製品を作るとなったら、A、B、C、Dを組み合わせた組成物の特許を取る。一方、他社特許に対する侵害調査では、要素A、Bなどは、他社が個々に特許を持っているかもしれない。そこで、侵害調査は、A、B、C、Dの個々及びその組合せとして実施して、決して侵害が起きないようにしなければならない。
Q:医薬品など、一人の研究者が一生の間に製品一つを実用化できればよいといった考え方をしていると聞いている。化学業界ではどうか?
A:医薬品では、薬効とともに副作用がないことが必要であり、成功の確率は万に一つといわれている。一方一つの製品が完成すると数百億円になると聞いている。一方、普通の化学製品の売上は一つの製品で数億円から数十億円に過ぎず、医薬品のように一つの製品で一生食えるわけではない。従って、研究者は一つの製品化が終われば、次の開発に移っていく。
Q:化学業界ではプロセス特許が多いが、プロセス特許は工場を検査しないと侵害が見つけられないのではないか?
A:米国にはディスカバリー制度があり、原告(特許権者)が被告に証拠開示を求めた場合、被告はその証拠を提出しなければならない。また、故意侵害が認められれば三倍課徴金が取られる場合もあり、プロセス特許の活用はしやすい。日本でも、特許権者に侵害の立証責任があるが、その立証は難しく、裁判の過程でも秘密情報ということで被告に証拠提示をさせることが難しいことから、プロセス特許の活用がやりにくい。ただ、日本では他の企業はコンプライアンスを重視しているので、他社の特許を侵害しないように生産方法を考える。ただ、コンプライアンスの意識が薄い途上国企業では、許可も得ずにプロセス特許を実施する場合もあるので、プロセス特許とするかノウハウで残すかの判断は難しい。
三位一体の知的財産活動について
Q:PC、IP責任者、知財部門のチームは侵害訴訟にも対応するのか?
A:このような特殊な問題には、訴訟に関する社内専門家と顧問弁護士も加わる。IP責任者はすなわち研究グループのリーダであり、証拠を揃える過程で実験等の協力はしてくれるので、「研究の邪魔だ」といった苦情が研究員からでることはない。
Q:ダイセル式生産革新を社内の各工場に展開した際に、各工場がそれぞれ流儀でマイナーチェンジしてしまう事態は起こらないのか?
A:起こらない。常に工場間で連絡を取り合い、全社規模でPDCAサイクルを回して改善を進めているので、我流が紛れることはない。
Q:社内標準はノウハウという説明があったが、安全にかかわる部分は他社にも広めるべきではないか?
A:知財部門の考え方としては、他社にライセンスせずに自社のみが実施する方が、競争力維持という観点で良いのではと思っていた。ただ、この技術を求める国内企業が多く、最終的にはライセンスする方針となった。この点、経済産業省にも評価をしていただいている。
講師プロフィール
1979年クロリンエンジニアズ株式会社入社、1991年ダイセル化学工業株式会社 (現・株式会社ダイセル)中途入社、同社総合研究所主任研究員、知的財産センター副センター長を歴任し、 2009年から知的財産センター長、2015年から知的財産センター長補佐を務める。その間、1993年から3年間米国特許弁護士事務所に派遣(1995年米国弁理士試験に合格)。一般社団法人日本知的財産協会常務理事、業種担当理事、監事、研修企画委員長、総合企画委員、人材育成PJリーダーを歴任。大阪大学基礎工学部非常勤講師、大阪府立大学工学部非常勤講師、宮城大学事業構想学部(知的財産権)非常勤講師、金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授、特許庁グローバル知財マネジメント人材育成委員会委員、INPIT知的財産プロデューサー等派遣先選定・評価委員会委員等を歴任。工学博士。