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知的財産 ダイセルの特許活用戦略 百瀬隆ダイセル株式会社知的財産センター長補佐

日時:4月21日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:金沢工業大学大学院虎ノ門キャンパス(愛宕東洋ビル13階会議室)
東京都港区愛宕1-3-4
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
共同モデレータ:上條由紀子(金沢工業大学大学院イノベーション研究科准教授・弁理士)
講師:百瀬隆(ダイセル株式会社知的財産センター長補佐)

百瀬氏の講演資料はこちらにあります。

百瀬氏は、講演資料を用いて、概略次の通り講演した。

  • 自動車産業、電気機器産業などと異なり、化学産業は製品名が産業名になっていない。原料となる物質にエネルギーを加え、化学反応を生じさせて、別の物質に変換することにより製品を製造することが重要な要素となる産業である。
  • ダイセルの設立は1919年で、2015年3月期時点では、資本金362億円、売上高(連結)4,438億円、経常利益(連結)551億円、グループ75社で、従業員数(連結)は10,170名である。光学フィルム用酢酸セルロース(液晶表示パネル用保護フィルム)で世界トップシェア、自動車エアバッグ用インフレータで世界3位など、対象分野を絞り込み、機能性を重視して、製品を市場に提供している。
  • 新たに意義ある価値を創造する「モノづくり」にこだわり続けるというのが会社の基本理念で、知的財産の創出・保護・活用・尊重を掲げて、知的財産に関わる活動を進めている。数件の特許で製品がカバーできる医薬品産業とは異なり、また、要素技術が各社に分散してクロスライセンスが不可避の電気機器産業とも異なり、化学産業は、一製品に関わる特許が10件から100件で、競合会社との棲み分け度が高いく、排他権の行使が物質特許では容易であり、他社特許との抵触性調査は調査件数が多く負荷がかかっている、といった特徴がある。
  • 学習院大学の米山茂美教授によれば、社内における知識(知的財産)は、成果物であるアウトプット知とその成果物を生み出すための仕組みややり方であるプロセス知に分けられる。化学業界では、アウトプット知とともにプロセス知も知的財産として重要視している。
  • 事業部門(あるいは新事業企画部門)に特許戦略の責任者としてパテントコーディネータ(PC)、研究開発部門に研究テーマの知財責任者としてIP責任者を置き、知的財産部門の担当者と三名でチームを組んで、知的財産に関わる課題に取り組むようにしている。これは、「事業戦略、R&D戦略、知財戦略は三位一体であるべき」という思想を具現化したものである。三位一体の知財活動自体から、互学互習の学習環境が生まれ、人材が育成され、情報の共有と活用が図られる。ダイセルの三位一体の知財活動は、全社の知財活動を37の知財活動チームで回しており、知財業界の中でもユニークな存在となっている。
  • それぞれのオペレーターに属人的に蓄積されていた技術やノウハウを誰でも使える状態にしたいとの想いが、ダイセル式の生産革新に結び付いた。ベテランのノウハウを「見える」化して、暗黙知を形式知に変える。その過程で問題点を発掘し、また、社内標準化を図る。その結果を、ITを用いたシステムに落としていく。問題点発掘手法や標準化手法に関する知的財産はノウハウとして社内に残しているが、生産システムの内プラント制御装置は特許権利化を進めている。生産革新の結果、網干工場の工員は約60%削減された。
  • ダイセル式生産革新は、知恵を出し合う風土・仕組み・人づくりを目指したからこそ、実現したものである。この生産革新手法は、化学業界の中でもユニークな存在となっている。

講演後、以下の質疑があった。

化学業界の特徴点について
Q(質問):そもそも化学製品というのは何要素くらいからできているのか? 要素ごとに特許を取得するのか?
A(回答):要素は多くて⑩、少ない場合は一要素の場合もある。例えば、四つの要素A、B、C、Dを組み合わせた製品を作るとなったら、A、B、C、Dを組み合わせた組成物の特許を取る。一方、他社特許に対する侵害調査では、要素A、Bなどは、他社が個々に特許を持っているかもしれない。そこで、侵害調査は、A、B、C、Dの個々及びその組合せとして実施して、決して侵害が起きないようにしなければならない。
Q:医薬品など、一人の研究者が一生の間に製品一つを実用化できればよいといった考え方をしていると聞いている。化学業界ではどうか?
A:医薬品では、薬効とともに副作用がないことが必要であり、成功の確率は万に一つといわれている。一方一つの製品が完成すると数百億円になると聞いている。一方、普通の化学製品の売上は一つの製品で数億円から数十億円に過ぎず、医薬品のように一つの製品で一生食えるわけではない。従って、研究者は一つの製品化が終われば、次の開発に移っていく。
Q:化学業界ではプロセス特許が多いが、プロセス特許は工場を検査しないと侵害が見つけられないのではないか?
A:米国にはディスカバリー制度があり、原告(特許権者)が被告に証拠開示を求めた場合、被告はその証拠を提出しなければならない。また、故意侵害が認められれば三倍課徴金が取られる場合もあり、プロセス特許の活用はしやすい。日本でも、特許権者に侵害の立証責任があるが、その立証は難しく、裁判の過程でも秘密情報ということで被告に証拠提示をさせることが難しいことから、プロセス特許の活用がやりにくい。ただ、日本では他の企業はコンプライアンスを重視しているので、他社の特許を侵害しないように生産方法を考える。ただ、コンプライアンスの意識が薄い途上国企業では、許可も得ずにプロセス特許を実施する場合もあるので、プロセス特許とするかノウハウで残すかの判断は難しい。

三位一体の知的財産活動について
Q:PC、IP責任者、知財部門のチームは侵害訴訟にも対応するのか?
A:このような特殊な問題には、訴訟に関する社内専門家と顧問弁護士も加わる。IP責任者はすなわち研究グループのリーダであり、証拠を揃える過程で実験等の協力はしてくれるので、「研究の邪魔だ」といった苦情が研究員からでることはない。
Q:ダイセル式生産革新を社内の各工場に展開した際に、各工場がそれぞれ流儀でマイナーチェンジしてしまう事態は起こらないのか?
A:起こらない。常に工場間で連絡を取り合い、全社規模でPDCAサイクルを回して改善を進めているので、我流が紛れることはない。
Q:社内標準はノウハウという説明があったが、安全にかかわる部分は他社にも広めるべきではないか?
A:知財部門の考え方としては、他社にライセンスせずに自社のみが実施する方が、競争力維持という観点で良いのではと思っていた。ただ、この技術を求める国内企業が多く、最終的にはライセンスする方針となった。この点、経済産業省にも評価をしていただいている。

講師プロフィール
1979年クロリンエンジニアズ株式会社入社、1991年ダイセル化学工業株式会社 (現・株式会社ダイセル)中途入社、同社総合研究所主任研究員、知的財産センター副センター長を歴任し、 2009年から知的財産センター長、2015年から知的財産センター長補佐を務める。その間、1993年から3年間米国特許弁護士事務所に派遣(1995年米国弁理士試験に合格)。一般社団法人日本知的財産協会常務理事、業種担当理事、監事、研修企画委員長、総合企画委員、人材育成PJリーダーを歴任。大阪大学基礎工学部非常勤講師、大阪府立大学工学部非常勤講師、宮城大学事業構想学部(知的財産権)非常勤講師、金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授、特許庁グローバル知財マネジメント人材育成委員会委員、INPIT知的財産プロデューサー等派遣先選定・評価委員会委員等を歴任。工学博士。

知的財産 デンソ-ウェーブの特許活用戦略 原昌宏株式会社デンソーウェーブAUTO-ID事業部室長

日時:3月31日(木曜日) 午後6時00分~8時00分
場所:東洋大学大手町サテライト
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
共同モデレータ:上條由紀子(金沢工業大学大学院工学研究科准教授、弁理士)
講師:原昌宏(株式会社デンソーウェーブ AUTO-ID事業部室長)

原氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、原氏は以下のように講演した。

  • デンソーウェーブはバーコードリーダーを開発した会社で、バーコード事業をはじめて今年で40年目である。事業全体では、小型ロボット事業が、一番のシェアを得ている。バーコード事業は、トヨタのカンバン方式でバーコードを利用するようになったのがきっかけである。カンバン方式は1950年代から行われてきたトヨタの生産方式であり、生産ラインの無駄を排除するものである。
  • 1970年代からコンピュータが使われ始めた。1980年に原氏が入社したが、アメリカではバーコードがスーパーマーケットのレジに導入されていることを知り、開発に携わることになる。ちなみに、日本では、POSで使用する為にセブンイレブンで初めてバーコードが導入された。
  • 1990年代のバブル崩壊後QRコードを開発した。行動経済成長時代は大量に生産した安いものが市場で受け入れられていたが、バブル崩壊によって細分化していった。製品数が増えたことにより従来のバーコードに限界がきた。また、日本は高品質を求める企業が多いため、部品等でもバーコードを使うようになった。そして、高度情報化時代のニーズに対応できる、読みとりやすいコードが求められるようになった。
  • QRコードは縦と横の二元的に情報を持つことができる。バーコードの誤読率は100万分の1以下であるが、QRコードはさらにそれよりも少ない10-16以下である。バーコード以上の読み取りができたこと、社会ニーズに対応したことで、QRコードが普及した。ICカードの普及によって、QRコードは一時的と言われていたが、現在までに20年間使われ続けている。情報をいかに早く正確に読み取るかが難しいところであったが、使われる様々なシチュエーションを考えて、汚れや破損があっても読み取りが可能になるようにした。
  • QRコードが普及した2000年頃、東南アジアの言語を使えるようにした。2005年以降には、スマートフォンで使用可能にした。例えば、会員登録時にQRコードを用いたりする。また、クーポンや電子チケットとして利用する。2003年にカメラの画素数が100万を超えたことで、読み取りが行いやすくなり、さらに普及した。SQRCとは、QRコードの一部のデータを非公開にする技術である。一部を非公開にすることで読み取り制限を行える。フレームQRはデザイン重視のコードである。
  • 特許を取得することでQRの模造品を排除し、同時に、他者の特許の侵害可能性を排除している。国際標準にするために実績作りが必要だったので、グローバルな業界で、欧米日といろいろなところで使ってもらい、ISOに提案した。それから各国での国家規格にしていった。現在は、世界各国で商標登録もされている。一方で、普及を早めるために、生成ソフトを無償配布したり、読み取りや印字のノウハウを開示したりした。
  • 海外ではICカードのリーダーが高価であること、スキミング等の悪用があることから、決済にQRコードが使われている所もある。国内でも、切符等の磁気カードを置き換えている。デンソーウェーブには現在約30種類の製品がある。最近は、クラウドサービスとの連携や、お米のトレーサビリティにも使われている。今後は印刷技術との連携をして強固なセキュリティ性を実現することが目標である。

講演後、以下のような質疑があった。

競合技術と市場性について
質問(Q):マイナンバーカードの配布が始まっているが、これはパソコンにICカードリーダを接続することで情報を読み込む。ICカードリーダをスマホやタブレットに接続するのはナンセンスである。パソコンからスマホへ移行している市場動向を考えると、マイナンバーカードでもQRコードを用いるべきではないか?
回答(A):認証技術や偽造防止が進んでくれば可能性はあると思う。また、より情報量を増やしていきたい。例えば、カラー化など。
Q:10年前には、RFIDのほうがQRコードより優勢という予想があったが?
A:RFIDタグの値段が下がらないから、QRコードの方が主体になった。また、ネットワークが想定よりも発達した。時代によって、シチュエーションが変わってくる。
Q:搭乗時のQRコードは暗号化されているのか?
A:搭乗するためのコードであり、予解約は行わない。搭乗名簿と紐づけるための情報である。
Q:バーコードのビジネスとの連続性を意識されたか?
A:あまり意識していない。バーコードで出来ない事をQRコードで実施する事を考えていた。光学的な装置として試作し、社内で試しに利用したところ評判がよかったので、製品化した。その際、OCRの知識を活用した。ボルトとナットのような部品には、レーザーマーキング技術で部品にQRコードをマーキングしている。
Q:今後QRコードがどのように発展していくか?アプリケーション、セキュリティ、トレーサビリティ、ビッグデータ、デザインといったことをお話していただいたが、他者とコラボレーションしながら稼げるところは稼ぐといったビジネスを考えられていると思うが、将来的にはどうお考えか?
A:いちばんは囲い込みで、一緒にやってくれる人を囲い込んで色々な物を一緒にチャレンジしQRコード市場を拡大していく。昔はトヨタグループ中心でやっていたが、今は外からの人材が重要である。

知的財産戦略について
Q:知財戦略の観点で、特許は期限がいつか切れるが、現在は商標で対応されている。特許以外の部分で、どのような戦略をお持ちか?
A:元々、QRコードを使ったのは車の生産工程である。携帯電話を扱うことによって、一般市民が使うようになり商標登録を意識するようになった。
Q:生成のソフトを無償にしたりしつつ、登録商標をするといったメリハリがあったと思うが?
A:プリンタ技術はある程度成熟している。そのため、生成に関する技術をオープンにすることで、我々のQRコードを使ってもらうという考えから無償配布した。いかに、人に使ってもらうかが重要であった。
Q:国際標準にするには、少なくとも5か国の支持がなければならないといった決まりがあるが、QRコードを国際標準にするにあたり、スムーズにいったか?
A:業界標準という意識があったので、スムーズにできたと考えている。自動車、文具協会などの業界がまず使用して実績を出し、そのサポートで国際標準を取ったわけだ。
Q:オープン/クローズ戦略で特許を囲い込んでいるというが、具体的に、どのようなライセンスか?また、標準必須特許は取らずに、活用の特許を押さえるのが主流になっていると聞くが御社はどうか?
A:あまり進歩がない技術はライセンス、伸びしろがある技術はクローズにする。伸びしろがあるものは、他者に改良特許を取られないようにするためである。技術の目利き力が永遠の課題である。我々はものづくり企業であるので、製品で勝負するしかなく、市場も独占よりも活性化が重要である。
Q:単純なQRコードを自由に使わせて、暗号付きQRコードはクローズにするというイメージか?
A:そういうイメージである。
Q:関連ビジネスの世界市場規模はどれくらい?
A:1000億円くらいの規模であり、その中で当社は1割くらい。独占にしたときとオープンにしたときとどちらがいいかと聞かれることがあるが、そのときによって異なると思う。独占にすることで普及や進化をしないこともある。
Q:QRコードをなぜ商標化するのか?
A:QRコードという商標でまがい物のQRコードから市場を保護したい。ただ、韓国では一般名称化されているという理由で、商標権の登録ができなかった。

知的財産 シンポジウム 競争政策と知的財産権 福岡則子氏(パナソニックIPマネジメント株式会社)ほか

総務省・経済産業省・公益財団法人情報通信学会後援

月日:2月29日(月曜日)
会場:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
共同モデレータ:
山田 肇(東洋大学)
上條由紀子(金沢工業大学大学院工学研究科准教授、弁理士)
講師:
山田 肇(東洋大学)
谷田部智之(株式会社三菱総合研究所)
福岡則子(パナソニックIPマネジメント株式会社)
藤野仁三(東京理科大学)

シンポジウムでは四つの講演が行われた。

山田氏は、「標準化団体の特許ポリシー」と題して講演した。市場の将来動向が見えやすい情報通信分野では各社の研究開発は重複するため、一社で関連特許をすべて保有するのは不可能である。また、相互接続・相互運用を実現するために標準化活動という形で「技術の共通化」が活発に行われている。標準化に特許権が関係する場合には、公正で合理的な条件で非排他的に実施許諾すること(FRAND)になっている。この特許ポリシーは業界が自発的に定めてきたものであるが、近年、競争の視点から、競争政策当局が介入するようになってきた(山田氏の講演資料はこちらにあります)。

谷田部氏は、「特許庁:知的財産制度と競争政策の関係の在り方に関する調査研究より」と題して講演した。公正取引委員会が「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(ガイドライン)」の改正を検討していた時期に、特許庁と経済産業省合同の体制で実施した調査を受託し、文献調査・ヒアリング・アンケート調査を行った。標準の実施に不可欠な特許(SEP)のライセンスに関して、「抱き合わせライセンス」「支配的地位に濫用」「私的独占」「不公正な取引方法」「不争義務」の問題を、各国・各地域で競争当局が取り上げている現状を明らかにした。日本企業約1000社に対するアンケート調査では、多くの企業は事業の自由度の確保のために知的財産を活用しているという回答したが、一方で、SEPを他社にライセンスしているあるいはライセンスを受けている企業はわずか47社にとどまった(谷田部氏の講演資料はこちらにあります)。

次に公正取引委員会のガイドラインについて、二つの講演が行われた。

福岡氏は「標準規格と知的財産権と競争政策」と題して講演した。標準化には技術開発の効率化・迅速な市場形成と拡大などの企業側へのメリットと、ユーザの利便性向上というメリットがある。一方、標準の一部だけに準拠した粗悪品が流通したり、価格競争の陥りやすいというデメリットがある。しかし、相互接続・相互運用のためには、情報通信産業では標準化は不可避である。標準必須特許に関しては、1980年代以降のプロパテント時代に標準化必須特許の累積ロイヤリティ問題を解決するためパテントプールがMPEG2ビデオ規格について提案された。その後多くの標準規格でパテントプールが形成されたが、警告を重ねても使用料を払わないただ乗り企業(ホールドアウト)が存在するのが実態である。最近、FRAND宣言をしたSEPについて訴訟合戦が起きているが、これはスマートフォンの市場競争を有利にするために、訴訟に走っていると見るべきで、ホールドアウトに対して差止請求を制限するのは適切ではない。実際、標準化団体の議論でも、実施者側は差止請求を禁止すべきだと主張しているが、標準化技術を提案する権利者側は、事情に応じて差止請求する権利を残すべきと主張している。知的財産の活用を通じて研究開発投資を回収し事業活動を継続するためには、侵害製品を排除し、ライセンスを取得させる適切な権利が必須である(福岡氏の講演資料はこちらにあります)。

藤野氏は、「研究者の立場から」と題して講演した。競争法は知的財産権の権利行使には適用されないことになっているが、正当な権利行使は何かについては競争法に詳しく規定されていない。競争法が適用される市場には3つの類型がある。「商品市場」「特許市場」「技術市場」である。競争法が最も頻繫に適用されるのが商品市場である。商品市場の上流に特許市場があり、さらにその上流に技術市場がある。技術市場については、競争法は共同研究開発契約だけが規制されていると考えてよい。特許市場については、近年、競争法で規制する行為類型が生じてきつつあり、公正取引委員会のガイドラインや判例でそれを規程している。FRAND宣言した特許権者がSEP侵害を理由に差止訴訟を起こすことは競争法違反という、権利者には厳しい判断が重なってきたが、その後、実施者にも誠実に交渉する義務を負わせて、権利者と実施者のバランスを取る方向に変わってきた。ガイドラインは、このような世界的な傾向に足並をそろえるものである(藤野氏の講演資料はこちらにあります)。

その後、二つのテーマについて総合討論が実施された。

ガイドラインに対する評価
谷田部:権利者に厳しい判決が多かった中で、権利者にある程度の権利を認めるガイドラインが公表されたことは評価できる。公正取引委員会の方針に理解を得るためには、もっと具体的に、例示を含めて、書いてもよかったかもしれない。
福岡:改定案が出てきたときは「これは問題だ!」という感じだった。実施者だけに配慮し、「ライセンスを受ける意思表示」の定義が曖昧だった。関係者とともに、公正取引委員会に懸念を伝えた結果、今の権利者と実施者のバランスを考えたガイドラインが出た。個別事案の状況を考慮して判断することが明確となり、状況変化に対応できるバランスの取れた内容となった。
藤野:原案は問題ありすぎであったが、成案は、世界から見ても受け入れられる範囲に修正され、欧米との足並みも揃った。アップル対サムスン事件でインパクトのある判決がでて、公正取引委員会に対応が求められていたが、それに応えたガイドラインとなった。
山田:特許を集めて実施料の支払いを「脅迫する」特許トロールに対する対策としては、ガイドラインは評価できる。日本企業も業績悪化をきっかけに、特許をトロールに売却するケースがあり、どうすればトロールに対抗できるかを明示したことはよかった。
福岡:企業が事業変革をする過程で、保有する特許権と事業内容にミスマッチが生じる。その際に、特許権を放棄するという対策もあるが、さらに、流通に回すという対応もある。特許にも流通資産としての価値があり、日本企業もその価値を認識する必要がある。売却先がどう活用するかはコントロールできない。原理原則から言えば、差し止め請求に用いられたとしても、正当な権利行使である。
会場:ガイドラインに、あえて価値を見いだすとすれば何があるか?
福岡:対象をFRAND宣言したSEPに限定し、権利者と実施者双方のバランスを取るという基準を示し、個々の事案の状況を考慮して判断するとしたことが大きい。
藤野:日本の独禁法には「特許濫用」の概念がない。ガイドラインは濫用の例示をしたとも言える。

権利者の立場に立つ日本企業はどう動くべきか
山田:知財立国を標榜するわが国では、権利者としての企業がより重要である。谷田部氏の調査ではわずか6%しかいなかったようだが、その割合を増やす必要がある。
谷田部:日本企業間では、クロスライセンスが中心になり、相手も道義的に行動するだろう」と考えられる。これからは、海外向けに、権利者としての権利行使をする意志があることをもっと強くうちだす必要がある。
山田:福岡氏は講演の中でSEP侵害が明確でも実施料を支払わない企業があると言っていたが、本当に支払わないのか?
福岡:そう。いろいろな理由をつけてライセンスを取得しない。商品を輸入すると侵害になるので、輸入業者に警告を出すが、生産者は結局逃げてしまう。
会場:東南アジアの企業は払わないで、踏み倒す。訴えられても、金額が確定したら会社をつぶして、また立ち上げる。標準に関わる特許が増えているので、1件あたりの収入も減って、特許の維持費も出せない場合もある。
上條:必須ではない特許が、宣言された「必須特許」の中に混ざっているために、「必須特許」についての侵害特定が難しくなることはないか?
山田:特定は大変な作業で、世界中の特許も調べないと本当の意味での必須特許はわからない。今は、標準を決める場に大企業が持ち寄ったものをSEPと呼んでいる。本当の意味での「必須特許」とSEPは似て非なるものである。
福岡:プールを形成する際には、必須性を評価している。このように、特許の評価に第三者の目が入る場合もあるが、基本は当事者が判断しなければならない。
会場:特許権を企業としてどう活用すべきなのか?
谷田部:LSIにして権利をブラックボックスして販売したり、認証制度を設けて認証されていない商品は流通させない、という方法もある。日本企業が得意な垂直統合型ビジネスは、今後受け入れられなくなる。そのような中で、どう利益を得るかは、事業戦略による。知的財産だけでは、どうにもならない。
藤野:アップルはグレーゾーンをうまく使っている。アップルが依存しているのはソフトウェア特許なので、それを使って仕掛けている。「知財で儲ける」ということを考えるとグレーゾーンで争うしかない。確立した法解釈の下での権利行使だけでは戦えない。
山田:トヨタが水素電気自動車の特許を全公開したので、「公開しないと水素ステーションが広まらないためか」と質問したら、「それが目的ではない。水素社会をつくることが目的」と言われた。トヨタのような長期的な視点での戦略判断も重要である。
福岡:今後は著作権も重要になる。「モノの標準化」から「ルールの標準化」に変わっていく。ルールを実効性あるものにするためにも、著作権、デザインやロゴ等の知的財産権でルールを守らせる執行力を考えていくことも必要になる。ベースとして事業戦略があって、ツールとして知的財産権がある。
上條;そういった意味では、特許権だけでなく、意匠権、商標権、著作権などを活用した知財ミックスによる戦略が重要である。また、企業で創出された「知」についてオープン・クローズ戦略を検討し、一部については営業秘密・ノウハウとしてクローズドに管理することも重要である。
会場:標準化活動から離脱して、勝手に技術規格を市場に出せばよいのではないか?
山田:デファクトをとるという方法はある。しかし、独占するために優越的地位を使うのであれば独占禁止違反に問われる。

まとめとして、講演者が次のように発言した。

谷田部:SEPだからといっても特許ライセンスで稼ぐという戦略は難しいので、事業戦略上どうやって儲けるのかという点が重要である。産業の動向を考えれば、これからはソフトで稼ぐ企業に頑張って欲しい。マスコミが「標準を取れば万々歳」と言うのは、やめるべき。儲からない標準は意味が無い。
福岡:標準化団体には権利者と実施者の立場があるが、新たな技術標準を作成していくという観点から実施者だけでなく技術提案者・権利者のことも考えないといけない。ガイドラインは、そのバランスを求めている。標準化団体としてはコンセプチュアルな精神を決め、市場状況の変化に対応できるIPRポリシーにするのが標準化団体として行え得る限界ではないか。
藤野:米国の特許訴訟の大部分がトロールによるものであると言われている。米国の裁判所ではそれを意識した判決を出し始めている。日本のガイドラインが対トロールの域をでていないとすれば、日本の競争政策はかなり遅れている。アメリカは今年あたりに新しい判決が出るであろう。日本も考えていかなければいけない。