ミニシンポジウム「放送産業の未来」 次世代メディア研究所・鈴木祐司、月刊ニューメディア・吉井 勇

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
日時:10月30日水曜日18時30分から20時30分
場所:ワイム貸会議室四谷三丁目
東京メトロ四谷三丁目駅前、スーパー丸正6階
講師
鈴木祐司(次世代メディア研究所)
「NHKによる常時同時配信のインパクトと課題」
吉井 勇(月刊ニューメディア)
「BBCは2034年に電波を返上するのか」
司会:山田 肇(ICPF) 

鈴木氏の資料はこちら吉井氏の資料はこちらにあります。

冒頭、鈴木氏は次のように講演した。

  • 今年度中にNHKがネット同時配信を実施する。しかし、大きなインパクトはないだろう。同時配信視聴時間はNHKについて週28分と予測されている。NHKの同時配信は民放と同じポータルサイトになっていない。追いかけ配信や見逃し配信とも別である。そもそもNHK「ニュース7」も「チコちゃんに叱られる」も視聴の大半は高齢者である。その上、著作権問題で同時配信ができない部分もある。
  • 課題は山積である。受信登録しないと画面の左下に端末確認を求める表示が出る。オリンピック・パラリンピックのための来日客に黒枠を見せ続けるのだろうか。スマートデバイスへの配信が想定されているが、テレビモニターへの配信こそ主戦場ではないか。同時配信は補完サービスという位置づけに無理がある。
  • 公共メディアとは何か。65年前の体制を維持することが今の時代に適切か。そこが議論されていない。ネットがさらに進化する未来を想定して公共メディアのあるべき姿を考えるべきではないか。それを考えないから「脱電波論」も出てこない。
  • コンテンツはNHK・民放キー局・民放ローカル局・サードパーティが作る。これらを効果的に流通させるにはどうすべきか。NHKがサードパーティのコンテンツを配信することもあるかもしれない。伝送路は制作部門と分離して、すべてのコンテンツを扱うシステムにしてもよいかもしれない。未来から次の一手を考えれば、新しい姿が出てくるはずだ。
  • 規制改革推進会議でEテレの地上波撤退を主張した。Eテレは99%同じコンテンツを全国放送している。それぞれの学校で授業時間に合わせて教育コンテンツを視聴している。全国放送ならBS、オンデマンドならIPが地上波放送よりも適している。地上波を撤退すれば跡地は他に利用できる。しかし、この提案は顧みられなかった。
  • 受信料を「人頭税」に代えるとして、その使い道は公共性の高いメディアにも流れるシステムがあっても良い。異常気象による広域災害が多発している。これに対応するためには、NHKの映像を民放にも提供する代わりに、民放は別の地域を取材するといった放送局間の協力体制を作るべきだ。
  • 視聴データが潤沢に取得できる現在、どんな番組がいつ誰にどう視聴されているかが見える化している。そのデータから、より効果的な対応が可能だ。千曲川上流の佐久地方では、洪水の前にNHKニュースの視聴が急増した。大雨に不安を感じた視聴者がたくさんいたからだ。こんな情報をリアルタイムに取得できれば、下流の長野市あたりでの災害の予測に活用できる。ネットが進化する中で次世代メディア・公共メディアはどうあるべきか、改めて考えるべき時期に来ている。

次いで吉井氏が講演した。

  • BBCは1997年にネットをラジオ・テレビに次ぐ第三のメディアと位置付けた。ウェブサイトを「BBC ONLINE」に統一し、2007年には「BBC iPlayer」を開始した。当初は見逃し配信だけだったが、その後翌年、同時配信も提供するようになった。
  • BBCは送信部門を分離し制作部門も外に出した。BBC本体は企画管理と著作権管理を行っている。体制を変革したきたから電波返上も俎上に上ったのではないか。
  • iPlayerは本来業務と位置付けられ、見逃し視聴の許容期間は当初の7日から昨年に12か月まで延長された。当初のPCからスマートデバイスへ広げ、ゲーム機やケーブルテレビのセットトップボックスなどからでも受信できる。2017年にはiPlayer によるテレビ・ラジオの利用が37億件に達したそうだ。BBCはiPlayerの利用層をさらに広げる動きを強めている。
  • BBCは、Netflixなどに対抗し、受信許可料(NHK受信料に相当)に見合う価値を国民すべてに提供する考えを持つ。その有力なルートとしてオンラインサービスで提供しようという方針である。2016年にiPlayerは受信許可料の対象とされ、その後、視聴には登録して、よりよいサービスを受けることができる。登録せずでもよい。登録情報と視聴記録を組み合わせることで、コンテンツを充実させようとしている。
  • 2034年時点で地上波に頼る世帯が300万から400万残ると予測されている。これらの世帯にどう対応して公共的なコンテンツを提供し続けるか、その方策が規制官庁Ofcomに認められれば電波返上へ進みたいようだ。今の時点で返上するとは言えない。返上してもリニア型の放送は続ける。なお、ネットが膨大な視聴者に同時に配信できるかについては、BBCではなくコンテンツを配信するネット(Content Delivery Network)の課題である。
  • BBCのコンテンツの価値を守り最大限活用するのが重要である。iPlayerであれば、年齢・性別・居住地域などが把握できる。他のコンテンツプロバイダーに委ねてしまっては、このようなデータが手に入らない。
  • iPlayer開始当初は地上波放送との共食いが懸念された。10年掛かって、BBCへの接触点が増えたと認識されるようになった。若者を中心にテレビ・ラジオの利用時間は減少が続いているが、BBCを週1回以上利用する成人の割合は91%、一人当たりの利用時間は週18時間と目標を達成している。これからはますますiPlayerが表玄関になる。
  • 放送には視聴者にリーチする力がある。しかし、新たなサービスの提供や視聴データの収集は放送電波ではできない。今後は世界をターゲットにするので、視聴データを基に自社サービスを向上させ顧客満足度を高めるということが重要になっていく。これは民間企業が当たり前に行っているデータビジネスであり、日本は20年ぐらい遅れてしまっている。

両氏による講演後、二つのテーマで議論が行われた。

ネット同時配信について
Q(質問):iPlayerですべての番組が配信されるのか。
A(回答):映画も含めて、その通りである。著作権法上はiPlayerは放送と同じ扱いになっているので著作権処理は相対的には容易である。わが国でも全国のラジオ局が共同して同時配信しているradiko(ラジコ)の場合は、通信であるが放送と同じ扱いになるよう関係者と粘り強く協議してきた。なお、BBCでは同時配信に同意しない演者は出演させないという方針だという。
Q:ニュースやスポーツは同時配信で見るかもしれないが、ドラマなどは録画視聴でよいのではないか。
A:わが国での調査結果では、リニアで見る比率はニュースの場合には90%だが、ドラマでも50%ある。録画視聴だけが視聴形態ではない。
C(コメント):70年には、あらかじめ録音されたLPレコードを購入して音楽を聞いていた。今では配信されるのを聞くように変わっている。自宅で録画という風習もネット配信が進めば変わっていくだろう。
C:スポーツもDAZNで視聴するようになり始めた。テレビはスポーツの同時配信に強いということ自体に疑問符がつく。
Q:ネット配信にはコストがかかるが。
A:CDN側の問題だが技術は進歩していく。ただし、今時点ではCDNの価格がわが国では他国の4倍という数値があり、CDN価格の引き下げは課題である。そのためにもTVコンテンツを提供するプラットフォームを一つにしておくことも大事ではないか。
C:受信側が支払うコストも考えるべきだ。AMラジオをワイドFM化すれば受信機の購入が必要になる。放送も、4K・8K、その先と受信側に負担を求め続けるのだろうか。そえよりもネットで配信するほうが安いし、radikoはそれで成功している。
Q:radikoはラジオ局の経営にどう影響したのか。
A:広告収入は下げ止まった。全国に配信する価値がスポンサーに評価されている。

放送産業の未来について
Q:誰が鈴をつけてテレビ局を動かしていくのか。
A:ある程度まで経営的に痛めつけられるまで待つというのが総務省の考え方のようだ。
Q:radikoはなぜ推進できたのか。
A:経営が苦しくなってきたという事情とともに、ネットで同時配信できる技術が誕生した成果である。著作権団体はradikoからも著作権料が取れると説得され同意した。
Q:災害対策という観点では県域放送も関東圏などの広域放送も見直すべきではないか。
A:だから、サードパーティのコンテンツをNHKが流す、NHKの取材成果を民放が流すといった相互利用を提案した。これだけ自然災害が頻発しているのだから、自社制作のコンテンツを流すのが前提という慣習は、視聴者ファーストで見直すべきではないだろうか。
Q:BBCは300万から400万世帯をどうするつもりなのか。貧困層なのか。
A:これらの世帯には貧困層もいるかもしれにないが、過疎地でネット環境が悪い場合もあるかもしれない。今の時点では対応策は決まっていない。むしろ、300万から400万と見詰まったこと自体を評価すべきではないか。
C:ポケベルが最近サービスを停止したように通信や放送はサービス停止までに非常に長い期間を要する。BBCが2034年、今から15年後という先の話をするのも、社会経済の変化があって初めて停波できると考えているからだ。
Q:視聴者データの取得は役立つのか。
A:視聴者データには個人が判別できる特定データと、匿名化された非特定データがある。わが国の場合、一部の局は視聴者個々のデータまで求めているようだが、当面は非特定データを利用していくことになるだろう。