知的財産 標準化活動と企業経営:知的財産推進計画の失敗 山田 肇東洋大学教授

特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム(ICPF)主催
IEEE TMC Japan Chapter協賛

概要

情報社会化とともに、情報通信産業の競争力が問われるようになってきました。その中で、わが国の情報通信産業はガラパゴス化している、との批判が繰り返し浴びせられています。一方、国民が情報通信の利便を享受し、新たな産業や文化を興すことのほうが重要で、情報通信産業の輸出動向などマイナーな問題だ、という指摘もあります。錯綜する議論を整理した上で、情報通信政策の在り方について考えるために、ICPFではこの春、「情報通信の競争力を考える」と題するセミナーシリーズを、IEEE TMC Japan Chapterに協賛いただいて、開催することにしました。
知的財産推進計画では国際標準化活動が重要項目に指定されてきました。最新の2010年版には、今後世界的な成長が期待され、我が国が優れた技術を有する7分野を、まず注力すべき「国際標準化特定戦略分野」として選定する、との新たな施策が提示されています。この10年弱、国際標準化の重要性が指摘され続け、多様な政府施策が展開されてきたのに、その成果ははかばかしいものではありません。
今回は「標準化活動と企業経営:知的財産推進計画の失敗」と題して、セミナーを開催することにしました。皆さま、ふるってご参加くださるようご案内いたします。

議題

スピーカー:山田 肇(ICPF理事長・東洋大学経済学部教授)

講演動画

配付資料

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質疑応答

Q. 知的財産推進計画で3つの戦略の一つになったということだが、標準化活動への日本からの参加者はそれを実行するための能力が欠如している。そういう人材をどこから集めてくるのか。
A. 第1に、国際会議のルールを理解するだけでかなり有利になる。例えば会議では最初にアジェンダ(議題の順番)を決める。これはとても重要でこれに沿って会議が進められる。しかし、日本人の多くはこの間は黙っていて、会議が始まってから技術的な発言する。囲碁将棋には手順前後という言葉があるが、アジェンダの決め方次第で、日本の意見が通らないことも起きる。そんな国際会議のルールに関する教育から始めないといけない。第2に、ベテランの力を借りることだ。日本人の中にはわずかではあるが長年標準化活動に関わってきた人がいる。そういう人たちをコンサルタントとして雇用して、若手を実践教育してもよい。第3に人脈創りのために、若手には継続して参加させることが必要だ。

Q. 民を主体というが、民はそのようなことができる状況ではない。これをどう考えるか。
A. かつての標準化活動はボルトの標準化に象徴されるように利益が伴うものでもなく、社会的活動とみなされていた。そんな時代には企業は2番手、3番手を送り込んでいた。しかし、近年の活動は企業の利益に直結しており、それに気づいた企業はエース級を送り込んで必死に活動している。エースを出さずにただ参加するだけの企業なら、政府は何も支援しない方がいい。それならくらいなら真剣な中小企業を支援した方がいい。

Q. 標準化のメリットとしてチップセットやLSIを他企業に比べ先行させられることがあげられる。日本の動きはどうか。
A. 遅れている。例えばテレビだが、最初の段階(1998年)に標準をとれなかったのが全て。これが1個目の失敗。後に押し込みで2000年に標準の中に入れることができた。そのあとブラジルへの売り込み。ブラジルにだって日本の規格をそのまま押し込めば良かったのに、符号化方式を変更してしまった。これが2個目の失敗。そのあと、チップセットなどの量産で韓国企業に出遅れ、市場を取られてしまった。
C. 確かに日本の携帯電話端末は売れていないが、携帯電話の中身の6割は日本の製品だ。
A. その通りだ。しかし、結局部品というものは単価が安いので、利益も小さい。どちらかと言えばサービスの方で主導権を取り、利益を上げるべきだ。DSLも日本規格として作り直してダメになった。最初はドイツから組もうと言われていたが、当時の日本は光を推していたので断った。結局、その後DSLが世界に普及し始め、規格化の際にああでもない、こうでもないとやっている間に他に後れを取ってしまった。

C. PHSなんて世界的に見てももうダメだろう。
A. その通りで、日本発の技術を使うためにXGP選んでしまった。XGPを推していたウィルコムは財務体質で優位と総務省が判断して周波数を与えたが、現状は知っての通りだ。

C. 外人はコーヒーブレイクやパーティなどに出てきて積極的に話しているのに、日本人はとなりの日本人としゃべっている。会議でも寝ているだけ。
A. その通り。それは会議のルールを知らないからだ。標準化人材を教育するというのなら、ここからスタートするべきだ。

Q. このような状況の中でどのようにして世界をリードできるのか。
A. 自分のやりたいことをはっきりさせ、交渉しているということを意識しながら、主張を実現する努力をするしかない。どんなにいい原案でも上から目線で押しつけるようでは受け入れられない。原案作り自体は大変なことなので、作ることは喜ばれる。さらに「原案を完璧にするために皆さんの知恵を借りたい」という低姿勢で行けば受け入れられる可能性は十分にある。そのためにも繰り返しになるが、会議に参加できる人材の育成が大事になる。

Q. しかし、英語を使えないとそういう交渉力は身につかない。英語を使えれば、英語の文化、考え方、作法が分かってくるからだ。
A. 部分的に同意する。英語を使えるだけでは足りないが、英語を知らないと、ちょっとした単語の意味でも(簡単な意味なのに)難しく考えてしまいついていけなくなる。

Q. 仲間を作るためにはどうすればいいか。
A. 相手を受け入れることだ。相手の提案をただ否定するだけではなく、時には受け入れることで、協調できる。そういうテクニックが必要。

Q. 日本企業はどの分野で一番儲けられるか?
A. わからない。携帯の部品は売れているがあまり儲かっていない。ただ自分の得意な分野を考えて商売することは良いことだ。カギとなる部品は間違いなくいけそうだ。だが、本当はサービスで戦うべきだと思う。

C. 日本人は継続的に参加しない(させない)のでフォーラムに寄与することができず、コアメンバーになれない。WGのメンバーになっても、常に出られないし、会議の内容は伝聞のため、話に付いていくことができず、技術も分からなくなる。そのような中で一生懸命活動する人もいるが、今度は本社が標準化の重要性を理解していないため、バックアップが得られず、活動しても意味がない。
A. その通り。標準化は交渉であり、長期のコミットメントが必要。大企業であれば人的リソースに余裕があると思うので、配慮しながら人員の配置を考えればいい。
C. 難しい、無理。エース級を出し続けることはできない。
A. そうであってもこれは必要なことだ。DVDフォーラムではメーカーはがんばった。私もNTTにいた頃は標準化戦略のマネジメントをやっていて、突然担当者が異動にならないようにしていた。標準化活動は会社の利益のための活動であることを啓発していかなければならない。

Q. 何故政府が掲げる7分野ではなく、情報アクセシビリティに進んだ方がいいと思うのか?
A. 7分野が悪いとは言わない。しかし分野の中にも政府が手を出さない方がいいことと出した方がいいことがある。どこまで国が関与するかということを細かく吟味して決まるべきだ。重点分野をきめただけで満足してその後の詳細検討をストップしてしまうことが問題。情報アクセシビリティを推しているのは、日本では高齢化が進んでおり、この分野での技術が進んでいるからだ。蓄えた技術を世界に広めてはどうかと考えている。いずれにしても、手を出さなくていいと思うことは競争に任せ、安全基準のような広く整えた方がいいことは政府がバックアップしていけばいい。政府はよく考えるべきだ。

Q. これまでは有償無差別の技術提供が多かったが、最近一部で実質フリー化を要求されることが多くなっている。規格を争うとき、片方がフリーであるなら、それと闘うためにはこちらもフリーにせざるをえない。その結果、標準化のための標準化をやっているような状況になる。どうすればいいのか。
A. 生き残るためにあえて無償にして規格を普及させるという考え方もある。ケースバイケースだが、どういう普及戦略を立てるかが重要になる。標準化はビジネス戦略の一部である。

Q. 何故鉄道の標準化が変だと思うのか。
A. 欧州は国と国がくっついているので国家間を鉄道でつなぐための域内標準が必要だった。しかし日本は(国内で完結するので)日本だけで使う規格があればいい。標準化する必然性がない。売り込むことはいい。しかし標準化する必要はない。そもそも標準化は妥協が必要。最高峰と自負している鉄道は妥協することができるのか。
C. しかし、標準がないため、いざ売り込むときに技術を説明するための資料が無く、説明ができない。
A. それと標準化は別の話。

Q. かつてのカラーテレビのように標準が違っていたって、高い技術を背景として売り込んでいけばいいのでは。
A. その通り。しかし、それは中国のやることではないか。先進国は知恵の競争をしている。その時代にどうやって世界市場をとればいいのか。標準化はそのツールのひとつである。社会全体がそれを理解するのはかなり難しい。よくわかるように説明していかなければならない。理解を形成できなければ、日本の厳しい状況はこれからも続くだろう。

詳細

月日:7月23日(金曜日)
時刻:18時30分~20時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館5201教室
テーマ:「標準化活動と企業経営:知的財産推進計画の失敗」
スピーカー:山田 肇(ICPF理事長・東洋大学経済学部教授)
参加費:2000円(ただしICPF会員は無料です)