知的財産 デジタル・コンテンツ利用促進のための法制度について 中山信弘東京大学名誉教授ほか

平成20年度 第4回セミナー「デジタル・コンテンツ利用促進のための法制度について」

概要

デジタルコンテンツの流通促進はますます重要な政策課題になりつつあります。情報通信政策フォーラム(ICPF)では、すでに昨年度、三回のセミナーと第5回シンポジウム「デジタルコンテンツの流通を促進する著作権制度のあり方について」」を通じてこの課題について議論を深めてきましたが、昨今の情勢変化を踏まえ改めてセミナーを開催することにしました。
その皮切りとして、著作権法の権威で東京大学名誉教授の中山信弘氏(西村あさひ法律事務所顧問)が会長をつとめる「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」が、世界最先端のコンテンツ大国を実現するという観点から、最先端の法制度等について幅広い参加者を各界から得て率直に意見を述べ合うフォーラムを形成することを目的としてこの度設立されたことから、中山名誉教授及び同協議会の事務局長をつとめる岩倉正和氏(西村あさひ法律事務所メンバー・パートナー弁護士/ニューヨーク州弁護士・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)に「デジタル・コンテンツ利用促進のための法制度について」と題してお話いただきます。
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<スピーカー>
デジタル・コンテンツ利用促進協議会 会長 中山信弘氏(東京大学名誉教授・西村あさひ法律事務所顧問)
デジタル・コンテンツ利用促進協議会 事務局長 岩倉正和氏(西村あさひ法律事務所メンバー・パートナー弁護士/ニューヨーク州弁護士・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

<モデレーター>
池田信夫(ICPF理事・上武大学教授)

レポート

講演概要:

デジタル・ネット時代のコンテンツ利用促進におけるフェアユースについて話をする。

デジタル・ネット問題に限らず、著作権法全般においてフェアユースは重要である。最近フェアユース規定を導入すべきという意見が強まっており、知財戦略本部でも導入へ向け議論が収束したので、パブリックコメントを求め、その上で文化庁著作権課へ議論を送ることになっている。私としては次の国会でこれが通ればと考えていたが、ちょっと最近文化庁のほうが腰砕け気味の様に感じる。次の通常国会に出るかは微妙だが、極力押していきたい。
ご存じのとおり、我が国の著作権法の構造は権利制限事由について限定列挙主義をとっており、形式的に侵害に当たる行為は例外規定に該当しない限り著作権侵害に当たるということになっている。著作権法30条の私的使用の規定などが例外規定だが、それに当たらない限りは、著作権侵害となる。しかしこういう考え方のもとでは、形式的には著作権侵害かもしれないが常識的にはおかしいというものが必ず出てくる。

あらゆる法律にはフェアの観念があり、裁判官は具体的な事例を見て、類推適用や条文解釈を行って判断を下す。著作権法の中にある概念を柔軟に解釈することで何とか救うケースも多々ある。有名な事件では雪月花事件があり、これは宣伝広告用のパンフレットの写真の中に、四角い「書」で「雪月花」と書いてあった。パンフレットを複製すればその書も同じく物理的には複製に当たるわけだが、裁判官は、これは文字のかすれ具合などが認識できるものではないので、著作権法の定める複製に当たらないという解釈をした。
あるいは市バス事件という事件がある。この事件は、著作権法45条、46条の規定が問題となったが、これらの規定では、見やすい場所に恒常的に設置してあるような著作物、典型的には公園の彫刻などは(絵ハガキはだめとかの例外はあるが)原則として自由に利用してよいことになっている。ある市バスのボディに絵が描いてあった。そして、働く自動車がたくさん載っている絵本にそのバスの写真を掲載した。バスに描かれた絵がその本に掲載されており、その絵が複製されている。この裁判では、バスが恒常的に設置してあるかという点が争点となったが、バスはあちこち走りまわるし、夜は車庫に入っている。条文の文言からすればこれは侵害になるように見えるが、裁判所は、いや、侵害にならないと解釈した。
ゲームの中古ソフト売買の事件も例外はあるが、多くの判決ではなんだかんだと理屈をつけてセーフとしている。

著作権侵害とするのはおかしいなというこれらのケースでは、裁判官は苦労してセーフとしているが、フェアユースの規定を設ければ、苦労しなくても、いやこれはフェアユースだから、とフェアユースの規定で判断できるようになる。そういう意味ではフェアユース規定を設ける意味があるが、一方で、フェアユースは法的安定性に欠けるというマイナス面が指摘されている。つまり、どういう行為が合法で、どういう行為が違法であるのかということがあらかじめ決められていないと安心してビジネスができないじゃないか、お上にしっかり決めてもらいたい、という要求があり、いままでのわが国の企業風土としてはそういう意見も強いのであろうが、そうすると硬直的にならざるを得ず、どうしても後手、後手になる。立法までに時間がかかり、その間はビジネスできない、ということになるからネットビジネスのような新しいビジネスにおいて非常に大きな時間的なロスをかぶることになる。

その典型的な例は検索エンジンである。ご存じのとおり世界中のサイトをコピーし加工せざるを得ないため形式的には著作権侵害になる。我が国の法律では検索エンジンビジネスをやってもよいという規定はない。検索エンジンビジネスが発生したのは日本とアメリカではそれほど時期は変わらないはずだが、いまやGoogleとかYahooとか中国では百度など、韓国でも国産の検索エンジンが最も利用されているわけだが、我が国の企業は日本での著作権法に触れる可能性があるため、オプトイン、つまり同意が得られたサイトだけを複製する、それではビジネスにならないからサーバーを外国に持っていく、というようなことで対応しているわけだが、これでは対抗できるはずがない。

アメリカにもGoogleを合法とする規定はないが、これはフェアユースであると考えられており、その考えに基づいて現にビジネスを行っている。確かにフェアユースの柔軟性の特徴に長短はあるが、フェアユースの議論の問題はそんなに単純なものではなく、法とか裁判とか日本人の見方、考え方という大きな問題に関連している。フェアユースの規定を導入するということは、何をしていいのかというのをあらかじめ官が決めるのではなく、行為者自らが判断して行為を行い、それに異議をもつものが現れれば裁判で決着をつけるということを意味している。フェアの観念はあらかじめ決まっているのではなく、訴訟を通じて自ら勝ち取っていく、というものになる。官に頼らず自ら勝ち取ることを意味する。これは事前規制から事後規制、あるいは官から民へという大きな流れに沿っている。よって、この流れに沿うことができるかどうか、という問題である。

まずこれを利用するもの、主として企業が中心となるかと考えるが、フェアユース規定が生きるも死ぬも、利用者の意志にかかっている。つまりお上が決めた行為だけをやっていれば安全である、という発想から、事後のリスクを判断していき、問題があれば裁判で決着をつけようという形への転換である。日本の企業は法的リスクを嫌う。特に過剰なまでのコンプライアンスを意識している。コンプライアンスは重要だが、最近流行している偽造・ねつ造などの問題に関するコンプライアンスと、新たなビジネスに挑戦するリスクを取るか、という問題は別問題だという認識を持つことが大事である。フェアか否かを自分で判断することはリスクだが、半面スピードという大きなものを得ることができる。
検索エンジンをやりたいとなればお上にお願いして立法してもらう、それからビジネスを行おうというのであれば、そのためには数年単位というあまりにも多くの時間がかかることになる。特にネットのベンチャービジネスというのはスピードが命で、他社に先駆け行い創業者利益を得ることが市場において優位を得る最大のポイントである。先ほど言ったようにアメリカではGoogleが合法という規定はないわけであり、Googleは自己の行為がフェアであると勝手に考え事業を行い、現にいくつも訴訟を抱え、それをはねのけながら発展してきた。こうしたマインドがなければ、フェアユースの規定をおいても機能しないということになる。
私は3月まで大学に籍を置いており、大学というのはあまり世の中のことがよく見えていないで理屈ばかりをこねまわしているところであるが、4月から弁護士となり、そうするといろいろな企業、ベンチャーから話を聞く機会が増えてきた。若いベンチャー企業からすると、私からは思いもつかないような新しい事業を考えているということがよくわかった。特にネット関連の新しいビジネス、ストレージサービスなどあるいは転送サービスにしろ、多くの場合、先ほど言った形式的な侵害になってしまう。形式的にはどこかで複製が行われることになってしまう。そうするともし弁護士として相談されれば、それは複製侵害になる可能性がかなり高いというアドバイスをせざるをえない。そのため、ビジネスはアメリカに行ってやってください、ということになる。ベンチャービジネスはお金がないので銀行などから融資を得なくてはならないわけだが、そういう際も弁護士のリーガルオピニオンがかかわってくるが、これは複製侵害になるかもしれないということが書いてあったらなかなかお金も貸してもらえない。そもそもベンチャー企業はリスクだらけであり、リスクをとっていかなくては生きていけない、生き残れないという性質を持っている。中でもネットビジネスはそういうリスクを取ってもスピードを選ぶという感じがしている。そうしたベンチャー企業が、フェアユース規定が導入されることで事業を立ち上げる、立ち上げることが邪魔されない、ということを期待している。

検索エンジンは日本とアメリカでそう差はなかったが、アメリカでGoogleが成功したのを見て、次の国会で検索エンジンビジネスについての規定を決めるはずだ。これが従来のパターンであった。外国の状況を見て、必要があれば規定を入れて、というのがパターンだったわけだが、これからは、フェアユースの規定が入れば、リスクを取ってもなおかつスピードをとる、という企業が出てくることに期待している。

そして裁判官も頑張らなくてはならない。裁判官の役割も非常に大きい。裁判官は自らがフェアを体現する立場にならなくてはならない、ある意味では裁判官が立法する、ということでもある。もちろん従来からそうした考え方はあるわけだが、フェアユースの規定を入れるとなおいっそう裁判官の立法的要素が強くなる。雪月花事件、市バス事件、中古ソフト事件、これらもフェアユースの規定があれば、裁判官は少し楽になったということになるかもしれない。

知的財産本部の考え方も同じだが、フェアユース規定では、産業全体に与える影響を考える必要がある。フェアユースの規定が真に意味を持つかどうかは、新しいネットビジネスに対しどう適用していくかによる。フェアの判断に際し、著作権法を理由に新しいビジネスをつぶすことは真に文化の発展にとって正しいことなのか、あるいは権利者にとって利益になることなのか、ということを考えなければならない。訴訟では当事者の利害をどう調整するのかということも大きな役割になるが、フェアユースの判断はそれだけにとどまるわけではなく、文化的産業的、あるいは公共的な影響を視野に入れた判断がもとめられることになる。

著作権法というのは本来文化の発展のためにあるが、今日の著作権法はもはや産業政策的要素を無視することができなくなっている。産業と文化という二つの軸があり、文化のほうは著作権で、産業のほうは特許権でという大きな切り分けがあったわけだが、もはや切り分けができる時代ではない。裁判官もフェアユースの規定について、産業に将来どのような影響を与えるかという判断をしてもらいたいと考えている。

ネットビジネスは極めて足が速いので、日本がだめならアメリカに行けばいい、ということなる。典型的な例が検索エンジンである。基本的には、日本で検索エンジンが駄目だと禁止しても、つまり著作権侵害であるとしても、権利者には何の利益もない。つまり日本で禁止したら、アメリカでやればいいとなる。日本人がアメリカの検索サイトを利用することになる。日本人は全く苦労せず検索エンジンを利用できる。つまりGoogleのようなビジネスを日本の著作権法で禁止することは、日本の産業をアメリカにもっていくだけである、ということを考えなくてはならない。

もっと大きな危険性もある。情報が洪水のように流れる中で検索エンジンはなくてはならない存在となった。著作権法を超えた問題ではあるが、情報利用の首根っこを外国に握られるという危険性も考えなくてはならない。現在経済産業省がすすめている情報大航海プロジェクトが、著作権法があるためにできないということでは困る、ということもあり、検索エンジンについては次の通常国会で権利制限規定に何らかの規定が加わるだろう。しかし、問題は検索エンジンだけではない。新しいビジネスが次々現れる中で、一つ一つ法律でつぶしていくということは到底不可能だ。
もちろん著作権は産業振興法ではない。著作権法を改正すれば新しい産業が起きるという保証もない。ビジネスが成功するか否かは、別の要素、ビジネスモデル、ファイナンスといった要素も大きいが、ただ著作権法が邪魔をして、足をひっぱりアメリカではできるが日本ではできない、という事態だけは避けなくてはならない。次々と新たなビジネスが発生しており、将来的にはグローバルに羽ばたく可能性を持っている。これを個別の規定で合法化していくことは不可能か、可能であっても非常に時間がかかってしまう。
20世紀におけるフェアユースの考え方は、雪月花事件のような方法で事足りていたかもしれない。したがって20世紀においてはフェアユースの規定を設ける必要性はそれほど大きくなかった。裁判官が苦労すれば済むという問題であったが、21世紀のフェアユースはより産業政策的な観念を持ち込むべきである。まさにコンテンツビジネス・ネットビジネスに産業政策的な観念をどう持ち込むか、ということになる。日本の産業をどうするか、産業政策的な視点に立つ必要がおおきく、フェアユースは当事者だけの利害を考えていればよいというものではないということを裁判官も意識してもらいたい。

同時に弁護士の役割も大きくなってくる。裁判官に対し、フェアユースの考え方を説明しなくてはならない説明義務を持つ。何の規定もないところにいきなりフェアユース規定が入ってくるわけだから、いかにして裁判官を説得するか。アメリカではこうなっているとか、なんとか裁判官を説得する、それが弁護士の役割である。また裁判になる前に、クライアントに対してフェアユースの規定を十分に伝えなくてはならない。とくに、弁護士はネットビジネスのベンチャー企業の経営者に明確な説明をしなくてはならない。弁護士自身がフェアに関する新たな規範を作るのだという気概がなければ裁判官を説得することもできず、結局フェアユースの規定もいきてこなくなる。

フェアユースは極めて重要な意味を持つが、企業、弁護士、裁判所の全てがフェアユースの意味を十分に理解し、活用していく、その気構えがなくてはいきていかないし、国民についても意識の変革が求められている。文化庁の歩みが少々ゆるくなってきたこともあり、来年の通常国会での立法はわからない情勢になってきたが、企業、弁護士、裁判所、文化庁(役所)、全部がフェアユースのことを理解することが必要だろう。

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また、岩倉正和氏による講演「デジタル・コンテンツ利用促進のための法制度について」も行われた

レポート監修:山田 肇
レポート監修:山口 翔

スケジュール等

<日時>
10月7日(火)18:30~20:30

<場所>
アルカディア市ヶ谷(私学会館)
東京都千代田区九段北4-2-25

<参加費>
3000円  ※ICPF会員は無料(会場で入会できます)