日時:12月9日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館1階 5101教室
文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
共同モデレータ:上條由紀子(金沢工業大学大学院工学研究科准教授、弁理士)
講師:中澤俊彦(キヤノン株式会社知的財産法務本部顧問)
冒頭、中澤氏は講演資料に基づき概略次のように講演した。
- ヨーロッパとアメリカが売り上げの各30%、アジア・オセアニアが40%を占めている。ビジネスはグローバルだが、知的財産については、知的財産法務本部が全ての事業、すべての関係会社を管理している。知的財産関係は集中管理をする必要があるためである。また、キヤノン技術情報サービスが先行技術調査や出願書類の翻訳作業を集中して行っている。
- 1960年代の複写機業界は、ゼロックスが完全独占状態であった。得意な光学技術を活かし、ゼロックスの特許に触れない電子写真技術を開発した。潜像形成から定着までのコア技術でゼロックスの技術を回避した。周辺技術では、紙送りやデジタル化、ネットワーク化が必要になってきている。キヤノンでは、コア技術で周囲と差異化し、周辺技術は優位性を確保するようにしてきた。周辺技術に関しては、どこの会社も同じような技術を持ってやらなければならないし、独占はできない。周辺技術の一例だが、紙幣偽造防止では、お札だと認識するとコピーしない技術、どの複写機でプリントしたかがわかる追跡技術を導入した。今では、ほぼすべての会社がこの技術を使っている。
- キヤノンの基本方針は、「知的財産活動は、事業展開を支援する重要な活動である」「研究開発活動の成果は、製品と知的財産である」「他者の知的財産権を尊重し、適切に対応する」の三つである。特許は重要だが、全てが重要なわけではない。重要な特許が重要なのであって、価値を評価しなければならない。どれがキヤノンの技術を支える発明であるかを認識する必要がある。他者の特許をどうするか。無効にするか回避するか、もしくはライセンスにするかも考えなければならない。
- 2014年におけるキヤノンの米国特許登録件数は、4055件だった。昔から米国特許を重視している。広い権利が取れる、早く取れる、権利活用がしやすいといったことが理由で、他の競合企業もアメリカ特許を重視している。米国特許取得上位の中で、クアルコムやGoogleは、最近、急速に件数を増やしている。Panasonicはずいぶん減り、日立はランク外になった。産業用プロダクトに移行していったことが、日本企業が消えていった理由であると思われる。
- 知的財産の役割は、基本は参入障壁である。差し止め請求と損害賠償請求の二つがある。会社にとっていちばんこわいのは差し止めされること。工場も人も機械も止めなければならなくなるからである。1980年代の終わり、コダックはポラロイドの特許を侵害したとされ、差止された上に、損害賠償1300億円を払った。レーザビームプリンタ、オートフォーカス、スマートフォンと、損害賠償の事例がある。
- F-1という最高峰のフィルムカメラがあったが、この製品だけで100件くらいの特許を使っていた。その後のオートフォーカスのカメラが特許1000件、デジタル化したことにより関係する特許は10000件にも及ぶようになった。技術標準を多く使わないと作れなくなり、標準には必須特許が多く含まれている。技術開発と標準化が並行するので、標準が特許を回避できず、必須特許が膨大な数になってくる。
- 特許数の増大に伴い、ひとつの会社が独占できていないため、メーカー同士が訴えると、必ず反対に訴え返される事態になっている。両者共に必須特許を持っているため、どちらかが勝つということはない。世界中で特許の侵害合戦となる。技術というより体力勝負、資本力勝負になってきているのが問題である。
- パテントトロールとも呼ばれるPAE(パテートアサーションエンティティ)が問題である。生産をしていないので、何かしらの特許でやり返すことができない。PAEの特許については差し止めを認めないようにしてもらわなければならない。
- 事業戦略がいちばん大事である。差し止めや賠償をしなくてすむようにしなければならない。ビジネスが儲かるようにしなければならない。新規事業に進出できるようにしなければならない。知的財産はツールのひとつ、事業戦略を達成するひとつのツールである。わかりやすいのはライセンス。特許のライセンスには範囲や製品について条件を付けることができる。自分たちに有利な形でのライセンスを図ったり、相手もWin−Winとなる関係を作ったりする。
- キヤノンの特許は全部で9万件ほどあるが、すべて役に立つものである。しかし、特許は維持費用がかかる。そのため、あらたな特許を、捨ててもいい古い特許と入れ替える。9万件を維持するために3年くらいに一度見直している。
- キヤノンとGoogleが中心となり、LOTネットワークをつくった。LOTの会員企業の特許がパテントトロールにわたった際には、他の会員企業に自動的に使用権が与えられる契約である。これによって、トロールからは特許侵害を訴えることができなくなる。
その後、以下のような質疑があった。
キヤノンの知的財産管理に関して
Q(質問):他社の特許を侵害している可能性が出た場合、どれくらい回避し、あるいはライセンスを得ているのか?
A(回答):知的財産メンバーと開発メンバーで侵害の可能性について検討すると、ほとんどは大丈夫と判断され、1割くらいしか残らない。その後も、無効審判を求めることで、ほぼ無効になる。残ったもののうち、回避してもビジネスとして問題なければ回避し、最後に残ったものは、必要あればライセンスしてもらう。
Q:デジタルカメラに10000件の特許が関係しているというが、すべてにライセンスを得ているのか?
A:努力しているが、全てはできていないと思う。特許を持っている会社から部品を調達したりして、できるだけリスクが減るようにしている。
C(コメント):1万件の中には映像符号化のようにパテントプールが存在するものもある。プールから許諾を得れば、それで数千件が一気に使用可能になる。1万件全部を個々に契約する必要はない。
Q:毎年10件程度のトロールから訴えられているそうだが、その結果は?
A:向こうがあきらめる場合もある。安く和解することもある。訴訟で勝つ場合もある。相手が提示してきた金額と特許の危険度を図る。どの程度なら和解した方が得か? 最後まで争うべきか? を考える。
Q:ライセンス料は入ってくるのか?
A:入ってきている。しかし、それだけが知的財産の価値だとは思っていない。自社と他社の技術力の差分で、収入が得られている。
Q:無償クロスライセンスと有償クロスライセンスの比率は?
A:昔は有償の方が多かった。今は、M&Aの影響で少なくなってきている。
Q:無償と有償の判断基準は?
A:相手の特許を見て、いい特許がたくさんあるかどうかである。自分と相手のポートロフィオを見比べる。
Q:本社集中で知的財産管理をされているが、ビジネス上のインパクトはその国の人がいちばんよくわかると思うが?
A:キヤノンでは日本と同じものを世界で売って行く。その国だから、どうのというのはない。国ごとにソリューションサービスが提供されるようになれば変わってくると思う。
Q:社員教育は行っているのか?
A:研究開発担当者に知的財産教育を行っている。特許の書き方や先行技術調査の仕方、課長クラスには知的財産戦略を教えたりしている。もうひとつは、開発部門と知的財産部門が一緒に仕事をしたり、毎月一回は定例会を開くとかしている。できるだけ事業に沿った知的財産活動を行うようにしている。
特許をめぐる国際動向に関して
Q:米国特許について、日本企業は産業用プロダクツに動いたので件数が減少しているという説明があったが、どのような意味か?
A:BtoCからBtoBに移ると、たくさんの特許を出さなくてもよくなる傾向がある。BtoCでは使い勝手やアプリといった部分で特許が増える。特に、コンピュータ機器などは、ユーザの利便性を確保するために、必然的に特許件数が多くなる。
Q:TPPによって知的財産法が変わる。キヤノンにとってよいことか、悪いことか?
A:適正に評価されることが一番大事だと思っている。この点では大きく変わるとは考えていない。
Q:IoTの急速な発展に伴い、産業構造がシームレスになってきた。業界を超えて知的財産を使い合う、競合し合うことが起き得る。キヤノンとして、どういった知的財産戦略をするべきなのか? どのようなことが考えられるのか?
A:事業的に何をしたいかが問題。キヤノンもスマホ作りたいとなったら、やり方は全く変わってくるだろう。そうしたときに取る知的財産戦略と、そこまでやらないよといって取る戦略とは全く違う。事業が何をしたいか、それが大切である。
Q:特許庁の審査官は審査にあまり時間をかけられない。すべての技術に通じているわけではない。各国に出願するにはカネがかかる。特許審査が各国で独立している現状をどのように考えるか?
A:本来であれば、世界にひとつの特許でよい、理想であると思っている。特許を活用するときには世界中で有効でないと意味がないと思う。そういう方向に進みつつあるとも思っている。日本と米国の共同審査などがその実例である。
標準必須特許に関して
Q:標準必須特許について聞きたい。そもそも標準化団体にはパテントポリシーがある。標準必須特許を持っている人は、合理的な条件で誰にでも使用許諾するということを認めなければならない。何が合理的なのかは交渉相手との力関係によるが、使用できることは保証されている。それを前提として、キヤノンは、標準必須特許を使うときに、何か警戒しているか?
A:標準化活動参加者については、使用できるのでそれほど心配はない。標準化活動に参加していなかった企業が、後から標準必須特許があるといってくるときがある。標準には公共財としての性格もあるので、後からの企業が差し止めを求めても認めるべきではない。
Q:標準化団体で世界中の特許をあらかじめ調査することは不可能であり、後からの問題を回避するのはむずかしいのではないか?
A:標準化団体は可能な範囲で調べるべきであると考えている。しかしそれだけでは完全ではないので、後からの問題への対処として標準必須の特許は差止を認めない制度が必要。JPEGでは実際に起きた。3件の特許が主張された。