政治 個人情報の保護:日米欧における忘れられる権利の動向 小向太郎日本大学教授

日時:6月24日(金曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5101教室(5号館1階)
   東京都文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:小向太郎(日本大学危機管理学部教授、ICPF理事) 

小向氏の講演資料はこちらにあります。

小向氏は冒頭、講演資料を用いて概略次のように講演した。

  • EUで採択されたデータ保護規則には、第17条に「消去権(忘れられる権利)」として、当初の収集目的が終了したり、本人が同意を取り下げたりした場合などには、ネット上の情報の消去を求めることができる権利が定められた。さらに、第2項には公表情報の拡散先への通知という努力義務が規定された。表現の自由、法定の義務、公共の利益などの例外規定も定められた。
  • その中に、SNSで集められた子供の情報が入ったのは踏み込んだ規定である。それ以外については、データ保護指令の元で消去を求めることもできるものも多いし、実際に裁判で消去すべきとされた事例もある。
  • 日本でも、検索エンジンの検索結果から自分の過去の情報を削除して欲しいと裁判所に訴えている事例が増えており、「忘れられる権利」が認められるべきとした判決もある。かなりの割合を占めるのは前科に関する情報で、その情報はメディアによる実名報道を元にしている。
  • 「忘れられる権利」を議論する際には、忘れられるべき情報なのかということと、検索エンジンへの削除要求はできるのか、という二面を区別して議論する必要がある。
  • 検索エンジンに削除要求はできるのかを考える際には、検索エンジンは「ネット上の媒介者」なのかを検討しなければならない。掲示板管理者が他人の投稿を何ら加工していない場合には、情報の発信者ではなく媒介者である。これに対して検索エンジンは、新たな情報を発生させているわけではないが、情報をあらかじめ収集し、検索しやすいように加工し、提供している。したがって、検索エンジンの責任は論理必然的に他の媒介者と同様であるということにはならない。ただし、検索エンジンの性格とネットにおける役割を考えると、媒介者と同様の責任を負うと考えるのが妥当であろう。わが国で媒介者が情報に対して責任を負うのは、当該情報が権利侵害等をしていること知っていると評価できる場合で、それに対して何らかの対処ができる場合に限られる。
  • 米国では、双方向サービスのプロバイダについて、他者の発信情報を公表することについて原則免責されるという規定が通信品位法で定められている。これは、書籍産業とのアナロジーでは、執筆者や出版社の責任と本屋の責任とは異なって扱われていることに対応している。プロバイダは本屋と同様に扱われているわけだ。検索エンジンもこのプロバイダに該当するため、検索結果に対して原則として責任を問われない。
  • 米国でも著作権侵害については、デジタルミレニアム著作権法で規定される対応がプロバイダに求められており、これはコンテンツ産業を中心とした著作権者側の要請を反映したものと理解できる。
  • 以上のように、日米欧で検索エンジンの法的責任は異なっている。しかし、検索エンジンが法的に削除の義務を負うかどうかということと、自主的に苦情に対応するかどうかということは別の問題である。また、あらかじめ苦情が来ないように理想的な検索結果を検索エンジンに求めるのは、過剰な要求である。
  • 中国のウェイボー(微博)では、発信者等の要請によって、その発信のリツイートも消去することができる場合があると聞いている。このような技術的対応をすべきかどうかは、今後重要な論点になる可能性がある。
  • 忘れられる権利を議論する際に検討すべき論点は三つある。一度は適法に公表できた(されるべきだった)情報の公開が、時の経過によって違法と評価されるのはどのような場合か、一定期間経過した情報について、サイト管理者(SNS、検索事業者、ISP等)に、削除請求を認める立法を整備すべきか、検索サービス提供事業者は、どのような場合に検索結果を削除する法的義務を負うのかである。

講演後、次のような論点について活発に議論が行われた。

何が忘れられるべき情報なのか
質問(Q):どのような情報が忘れられるべきか、ということについて相場観はできているのか?
回答(A):まだだ。判決を積み重ねている段階である。軽微な前科情報はしかるべき期間が経ったら消去されるべき、という方向にあるが、まだばらついている。
Q:性犯罪のように服役して更生した元犯罪者について所在を公表すべきといった逆向きの動きもあるが?
コメント(C):青少年に対する性犯罪については、欧米では日本と比べると大変厳しい考え方が取られている。
Q:同姓同名で被害にあう問題はどう考えるのか?
A:検索エンジンのサジェスチョンの機能は広く支持されている。同姓同名者がこうした機能によって自分以外の情報に紐付けられてしまう場合もあるが、だからこの機能を提供すべきではないとすると、検索エンジンの機能を制限することにつながる。検索エンジンはビジネスであり、提供者は独自のアルゴリズムを開発し、ビジネスとして展開している。検索エンジンができるだけフェアな検索結果を提供しようとするのは、それが利用者に求められているからである。それを一律に強制的な法的義務にしようと考えるのは、そもそも間違っている。もちろん、個別に問題が顕著な場合について、対応すべき場合というのは考えられる。
Q:欧州では子供に関する情報について消去を求められるというが、無制限に求められるのか?
A:公共の利益がある場合などの例外規定が適用される場合は当然あると解釈できる。

元情報の扱いについて
Q:ネットの情報の前には、元になった情報がある。ネットに掲載されている児童虐待事件の検証報告書は匿名記載だが、事件が発生した当時の新聞データベースをあたれば、すべて実名での情報が取得できる。元情報の消去を求める動きはあるのか?
A:現在は検索サービスへの削除を求めている例が目立つ。容易に検索できるから問題だ、という主張である。そもそもの元情報については、ネットでの検索がこれだけ普及した時代にどのような犯罪を実名報道すべきかについても考える必要があるだろう。新聞社などはデータベース化に際して実名をどう扱うかなどについても、検討をしているようだ。
C:元情報の消去をあまりに広く認めると、将来、歴史研究ができなくなる恐れがある。慎重に対応すべきである。

ネット情報の収集について
Q:過去の情報を収集し、それをネットにさらすという行為をどう考えるか?
A:わが国においては、基本的にプライバシーや名誉棄損となるかどうかが問題になる。ネット上で情報を検索して収集する行為自体を抑制すべきではない。それは言論や知る権利の抑圧につながるからだ。
Q:ネット魚拓の収集も制限すべきではないのか。
A:公開された情報の保存を一律に抑制すべきではない。他人の著作物をネット魚拓にしてネット上に公開したら、著作権法違反に問うことができる。単に収集するのは、それとは別である。情報の収集を禁止することについては、慎重でなければならない。

忘れる技術について
Q:技術的ガードをかける、たとえば3回以上のリツイートはできないというようにする案はあるか?
A:ウェイボー(微博)が削除しやすいシステムになっているとすれば、その背景には政治的な要請もあるのではないかと想像される。こうしたシステムの仕様は、さまざまな使い方がされうることにも注意が必要である。
C:忘れられる権利で問題になっているのは前科などで話は違うが、個人が情報を提供する際には電子透かしを付けて、収集して利用するものから料金を徴収するべきだ、と主張している研究者もいる。
A:IoT時代には、技術的にその方向性もあるだろう。

世界的なハーモナイズについて
Q:日本にも、欧州にハーモナイズする形で、忘れられる権利について法律が制定されるのか?
A:個人情報保護委員会は、まだそのようには動いていない。そもそもEUは、EU域内から消去を求めたら、検索エンジンは世界中で対応すべきであると主張しているので、理屈としては欧州の人々は日本に法律化を求める必要はない。ただし、この忘れられる権利に世界的対応が必要なことは自明なので、こらからハーモナイズの検討が始まる可能性はある。