特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム(ICPF)主催
IEEE TMC Japan Chapter協賛
概要
情報社会化とともに、情報通信産業の競争力が問われるようになってきました。その中で、わが国の情報通信産業はガラパゴス化している、との批判が繰り返し浴びせられています。一方、国民が情報通信の利便を享受し、新たな産業や文化を興すことのほうが重要で、情報通信産業の輸出動向などマイナーな問題だ、という指摘もあります。
錯綜する議論を整理した上で、情報通信政策の在り方について考えるために、ICPFではこの春、「情報通信の競争力を考える」と題するセミナーシリーズを、IEEE TMC Japan Chapterに協賛いただいて、開催することにしました。
今回は、文部科学省科学技術政策研究所の奥和田久美氏に「IEEEに見る電気電子・情報通信分野の研究動向:日本と世界のトレンド」と題して講演いただきます。IEEEはアメリカに本部を置く国際的な学術団体で、情報通信・電気電子分野の研究者にとっては総本山のような組織です。そのIEEEで発表された定期刊行物からうかがえる日本と世界のトレンドについてお話しいただきます。
議題
スピーカー:奥和田久美氏(文部科学省科学技術政策研究所)
モデレーター:山田肇(ICPF理事長・東洋大学経済学部教授)
配付資料
レポート
講演の要旨
1. 世界のトレンド
知の競争時代 IEEEはグローバル化が進展し、米国中心から世界的学会に変貌した。特に東アジアはメインプレーヤーになっている。IEEEの会員数はやや減少傾向にあるにもかかわらず、文献数は飛躍的に伸びており、1人当たりの発表件数は増加している。
知の多様化 掲載された論文・レビュー等をみれば、IEEE関連の研究は量的拡大とともに多様化が進展している。
主役の交代 IEEEは、1990年代は電子デバイスなど電気・電子系の領域が中心であったが近年は情報通信系領域が中心学会と変化し領域の主役が交代している。
2. 世界の領域別トレンド
現在の主役領域 通信・信号処理などの情報通信系のソサエティは大きく伸び、現在の主役である。
急速発展しつつあるマイナー領域 超伝導・ロボット工学・絶縁・誘電体等のソサエティは、文献数は少ないが増加率は高い。
存在感維持する平均的領域 コンピューターソサエティ等が、平均的な伸びを示している。
存在感低下しつつある領域 磁気学や電子デバイス等のソサエティは、存在感が低下している。最も存在感が低下したのはレーザー・光学のソサエティである
3. 日本の特徴
電気電子関係が多く情報通信関係が少ないという、世界の中で特異な日本
超伝導やロボット工学などの特定の領域において強みを発揮し、独特の「選択と集中」が起こった日本
電気・電子系で世界2位から東アジアの1国へと変化した日本(かつて2位だった日本も3位集団に)
産から学へと主役交代したが、領域が変化しなかった日本
企業から大学等へのシフト 日本では、研究開発で大きな役割を果たしてきた企業の落ち込み分を、大学や独法等の公的セクターが補う形になっている。
ただし、大学の変化も世界に比べれば小さく、領域の変化も鈍い。
日本は世界のICT革命のトレンドに背を向けて、R&Dでもガラパゴスに?
主な質疑応答
Q 報告をお聞きして、奇異に感じたのだが、この流れは日本だけなのか?
A そもそも、日本は昔の方が特異だったのかもしれない。企業のR&Dがこれだけ強い国はそれほどない。世界の多くの国が今の日本の形、すなわち大学と公的機関がR&Dの中心という形になっている。だから今の日本は普通である。
日本のR&D予算は8割が企業のものといわれていて、そもそも、企業がR&Dを好きな国。諸外国と違い政府比率が低い。大学の方が主流というのが、世界的には標準。
Q 経済的な要因もあると思うが、公的資金や政策的な部分で、伸びている国と日本の違いはあるか?
A 明確には言えないが、台湾とかシンガポールなどは、科学技術立国を目指そうとして国が資金を集中投下している。中国もややそうした面がある。ただ、意外なことに、スペインやカナダ、イタリアなども論文数とシェアを伸ばしており、政策とイコールであるとはいえない。中国や韓国は政策が頑張った、というメッセージは見て取れるだろう。
Q インドの研究者の数が凄い、という感覚を持っているのだが
A この報告は「ある人種」ではなく、その人が所属している組織を元にしている。その人が米国に所属していれば、米国としてカウントされており、そういう面ではインドはまだまだ比率が低い。インドの機関から出ている論文はまだまだ少ない。ただし、インド人が書いている論文自体は凄く多い。これからはインド自体の伸び率も上がるだろう。参考までに、日本の電子情報通信学会へのインドからの論文も出てきている。インド政府はこんなはずではない、中国に引けをとっているはずがないと言っており、何年かで存在感を高めたい、というメッセージを出している。
Q カナダの論文シェアがV字回復した原因。カナダ政府として政策的になにかアクションがあったのか?
A 我々の知る限りはない。カナダはアメリカの補完的な役割を果たしてきている。アメリカで原子力の研究がグッと減ると、カナダがそこをキープするようなところがある。すると世界のトレンドと合うわけはないわけがないのだが、数字としてはこうなっているので、理由はわからないが、政策ではなく、人の移動に伴うものではないかと考える。ただ、人の移動を追っていくのは大変にむずかしい。分野を限って調査したことはあるが、それを拡大するのは至難である。その調査記録は次に公表されているので参照していただきたい。「著者経歴を用いた研究者の国際流動性評価 ―コンピュータビジョン領域における事例研究―」(http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/dis061j/idx061j.html)
Q R&Dが企業から公的機関、大学に移ったことでパフォーマンス落ちているという見方も出来るかと思うが、中心を戻していくという働きかけはありうるのか?
A その辺は皆さんにディスカッションしてもらうと良いと思うが、日本全体のパフォーマンスが落ちているわけではない。ただ世界が伸びている中で伸びていない。日本の大学は或る程度数を増やしているが、個人的には、大学は知の多様化を図っていくべきと思っている。世界の知の競争の担い手が大学とすれば、それを担っていただきたい。パフォーマンスが落ちているわけではないので攻めるべきではないかもしれないが、もっと世界の大学並みに頑張っていただきたい。企業については、選択と集中された、論文を書くのはやめて開発に移ったということも考えられる。カンファレンスの報告で止まっているだけで論文を書いていないだけかもしれない。いずれにしろ、企業に増やせというのは無理である。
Q 日本の大学はなぜ超伝導などの電子デバイスの研究ばかりしているのか。世界の主流である情報通信、コンピュータや信号処理が伸びないのはなぜか。
C 科研費などは学会の権威である人が審査するので分野の転換が進まないのではないだろうか。
C 大学が旧来のことばかり教えていれば学生が集まらず、自然に淘汰されていくのではないか。
C 資金配分の重点を移すと政府が宣言すれば分野の転換が進むのではないか。
A だから私は大学に知の多様化への貢献を求めたいと発言した。科学技術政策研究所は事実を提示するのが仕事で政策提案をするミッションをもつ機関ではない。今日話した事実をもとに関係者が真剣に考えてくれればありがたい。
スケジュール
月日:5月27日(木曜日)
時刻:18時30分~20時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5号館5201教室
参加費:2000円(ただしICPF会員は無料です)