行政 日本の情報通信政策:電子政府に関する動向 山田 肇東洋大学教授ほか

概要

2009_08.jpg 内閣に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)が設置された2001年から電子政府にかかわる施策が展開されてきました。しかし、オンライン利用率については、特許や税関手続のようにほぼ100%に達している手続がある一方、個人を対象とした手続で利用実績の低いものもあり、これまでの取組を抜本的に見直すことが必要とされていました。そこで昨08年、政府はオンライン拡大利用計画を決定し、「利用者本位」に電子政府システムを改めていくことにし、この計画の下で先ごろ電子政府ユーザビリティガイドラインが策定されました。またIT 戦略本部は2015年を展望して、「電子政府・電子自治体」「医療・健康」「教育・人財」を重点分野とするi-Japan戦略2015を決定しました。
情報通信政策フォーラムでは今年度上半期のテーマとして情報通信政策を取り上げ、3回にわたりセミナーを開催してきましたが、その中でも繰り返し電子政府に関わる問題が指摘されてきました。そこで、電子政府に関する動向をテーマに次の通り平成21年度第1回シンポジウムを開催します。

 

レポート

i-Japan戦略2015と電子政府・電子自治体(内閣官房)

2009_08_01.jpg吉田:政府の新しいIT戦略であるi-JAPAN戦略2015について、本日の会合のテーマである電子政府・電子自治体にウェイトを置きつつ、全体像をお話しさせていただきたい。

総合的なIT戦略は、今回が4度目となるが、当初のインフラ整備から、利活用重視に重点がシフトしてきている。今回のi-JAPAN戦略2015は、米国発の金融危機に端を発した我が国が現在直面している経済的困難に対し、デジタル技術の持つ即効性に着目し、問題解決に役立てるとともに、クラウドコンピューティングなどの新しいデジタル技術を活用し、古い行政システムを抜本的に見直し、中長期的に我が国経済の底力を発揮させようというものであり、緊急性と将来性を兼ね備えた仕組み作りを目指している。

今回の戦略では、2015年の社会がどのようなものであってほしいかというビジョンを設定し、そこにむけてどのような施策を行っていくかを検討している。

2015年には、デジタル技術が「空気」や「水」のように受け入れられ、経済社会全体を包摂する社会とデジタル技術・情報が新しい活力を生み出す社会が実現することをビジョンとして掲げ、これを英語でDigital InclusionとDigital Innovationとあらわし、この二つのiをとってi-Japanと名づけた。

我が国は、情報通信の基盤整備は進んできている。例えば、日本のブロードバンドインフラはコストパフォーマンスでは世界で最も速く質も高い。しかしながら、すべての人がその成果を実感するに至っていない。利活用ということに重点を置いてやってきてはいるが十分実現していない。今回の戦略は、過去の反省の上にたって、人間中心のデジタル技術が国民に広く受け入れられるデジタル社会を実現することを目指している。

そのために使いやすいデジタル技術、壁の突破、安心の確保、新しい日本の創造という四つの視点を提示している。

具体的にどのようなことをやっていくかという点についていえば、最初のeJAPANでは4分野、同IIでは7分野、IT新戦略では15分野と対象分野が広がり、逆に焦点が定まらなくなっていたとの反省に立って、今回は①電子政府・電子自治体、②医療・健康、③教育・人財に絞り、三大重点分野として取り組む。この三分野は、重要性を認識し進めなくてはならないと言われている割に進んでいない。

まず、電子政府・電子自治体。将来ビジョンとして、2015年までにデジタル技術による「新たな行政改革」を行う。そのために、過去の計画のフォローアップとPDCAのサイクルをきっちりと行い、利便性の高いワンストップの行政サービスを実現していく。具体的には、行政窓口改革と行政オフィス改革に触れており、例えば、行政窓口改革では自宅やコンビニで24時間必要な書類を入手できたり、PCに不慣れな高齢者でも役所へ行けばワンストップで高度なサービスが受けられるなど、誰もが質の高い行政サービスが利用できる環境の実現を目指している。行政オフィス改革では、行政オフィス相互のデータ連携、ペーパーレス化の実現、国民にとって不必要な煩雑な添付書類の廃止などにより行政コストの削減を目指す。この他に、行政手続きの処理状況の「見える化」にも取り組む。

その際、とかく行政は新しい提案だけというケースもありがちなので、過去の計画のフォローアップも、しっかりとりまとめていく。

国民に高度なワンストップサービスを提供するための目玉として打ち出されたのが国民電子私書箱構想。電子空間上で国民一人一人が情報を管理できる専用の仮想的な口座を設けるもの。どのように具体的に作っていくかはこれからの議論だが、別に進んでいる社会保障カード構想と一体の議論として進めていく。住基カードとの関係も含めて、政府内で連絡会を立ち上げ、今年度中に基本構想をとりまとめたい。

国民一人一人の情報管理は、行政が上から目線で付与して国民を管理する、という視点で受け取られがちだが、国民私書箱構想は、あくまでも国民一人一人が行政サービスに関する自己情報を自ら管理できるという、国民視点に立った構想として書かれている。

二番目が医療・健康の分野。医療に関する問題は多岐にわたっており、デジタル技術だけですべてが解決するわけではないが、地域の医者不足や医者の偏在などから派生する問題については、遠隔医療技術の確立などデジタル技術が問題の解決に貢献できるのではないか。また医師だけでなく、スタッフの過剰労働の軽減にも役立つのではないかと考えている。救急医療サービスについても搬送先にいち早く情報を送るなど救急医療の質の向上にも役立つ。戦略では、日本版EHR(electronic health record)の実現も提言している。EHRは各国で取り組みが進んでいる。国によって定義の差はあるが、日本版EHRとしては、基本的には過去の診療内容に基づいた継続的な医療の確保と匿名化された情報を蓄積・集積し疫学的に利用することでの医療の質の向上を目指すこととしている。

三番目が、教育・人財分野。デジタル技術の利用によってわかりやすい授業の展開、学力の向上、情報リテラシーの向上を目指す。現状では、教師よりも生徒の方が情報ツールの利用が進んでいて先生がついていけない、それに派生して情報モラルの問題が生じてきているという面もある。先生のデジタル活用指導力の底上げ、教員が一定レベル以上で教育が行える環境作りのためのサポート体制の整備が必要。また、ハード面の整備は進んできても、教育コンテンツの面でソフト面の整備はまだまだ。ハード・ソフトのバランスのとれた促進が重要。

また、今述べてきたようなデジタル技術の利活用を進めていくためには、高度デジタル人財の育成が不可欠。

今回の戦略では、三大重点分野以外にも分野横断的な課題として、産業・地域活性化、デジタル基板の整備の二つについてもビジョンと方策を示している。

最後に、戦略の実施にあたっては、その評価をしっかり行っていくとともに、デジタル技術の利活用を阻む壁、すなわち規制・制度・慣行などを抜本的に見直すための重点点検を行い、さらに我が国のデジタル技術や国際競争力強化などを視野に入れたデジタルグローバルビジョンの策定を行う。これらは、いずれも、専門調査会を設置し、議論を進めていく。

質問:iJAPANとかeJAPANとか聞き飽きた。見直すならこうした官僚文化そのものを見直してほしい。医療のレセプトなんて70年代から言われている。教育だってLANだってインフラだって整っていても、学力は落ちている。

吉田:そうした指摘はもっともだが、だからといっても何もしないわけにはいかない。我々は決して過去の取り組みや現状をよしとしているわけではなく、今回の戦略も基本的な視点は過去の反省の上に立っているということを理解いただき、引き続き厳しい目で見守ってほしい。

質問:PDCAの制度を考えていると言うことだが、消えた年金、消された年金、これにかんして内閣官房としてはどのような認識を持たれているのか。年金システムを単に開発するという話でなく、大きなシステムのトータルの話だと思うが。

吉田:年金に関しては、私の所掌からは外れているので直接的なお答えは出来ないが、iJAPAN戦略に即して言えば、さまざまな問題は、必ずしも技術オンリーで解決できるものではなく、現実の実務をどう落とし込むのか、という問題もある。年金の問題についても、システムのみならず組織の問題もあるだろう。いずれにしても問題が起きているのであれば、それを改善しなくてはならない。反省し見直していくという意味で、PDCAの考え方は重要。

利用者本位への転換:電子政府ユーザビリティガイドライン(山田肇、東洋大学)

2009_08_02.jpg山田:電子政府について大きな反省が去年あった。電子政府の利用率が著しく低い。それを抜本的に変えなくてはならないと言うことで電子政府ユーザビリティガイドラインをつくることになった。

情報社会を語るときにはエリート主義が常に見え隠れする。公文俊平氏は「智民」というが、…僕は、情報化社会はそうした社会では無いの、と考えている。作った言葉は「全員参加社会」。これは欧州委員会「インクルーシブ ソサエティ」…包摂といっても伝わりにくいので、「全員参加社会」とした。

2009_08_02_01.jpg全員参加社会(クリックで拡大)

アメリカでは508条が2001年から動いており、2001年に作った技術標準が古くなって、新しくすると言うことで自分もメンバーに呼ばれ、2ヶ月に一度はワシントンに行っていた。日本はなかなかそうした動きは無いと考えていたが、電子政府で声がかかった。こうした輪を動かすための一助になれればと参加した。納税者として考えるのは、紙ベースの政府と電子政府が両方存在していると税金に二重払いになりかねないという面もある。

ポイント 電子政府は誰のためにある?
→利用者のためにある。使い勝手の向上、利用者による満足度を最大にする。

2009_08_02_02.jpg電子政府におけるユーザビリティの向上について(クリックで拡大)

利用者が何をしたいかを分析し、システムを設計し、運用すべき。運用をすれば苦情が出る。苦情が出ればそれを改善する。PDCAサイクルを回す仕掛けをガイドラインとし、PDCAをまわしていかなくてはならないと考えている。

2009_08_02_03.jpg企画段階(クリックで拡大)

ユーザビリティ向上計画を公表することを義務としている。利用品質目標を定め公表して貰う。

2009_08_02_04.jpg設計・開発(クリックで拡大)
SIベンダーもユーザビリティとアクセシビリティの標準に準拠し、納品しなくてはならず、ベンダー側にも負担のある話だ。

2009_08_02_05.jpg運用段階(クリックで拡大)
実際にシステムの構築をするSIベンダー側も、発注する側も、利用者が何をどう使うかを常に意識する必要がある。有効さ、効率、満足度という観点で評価していく。たとえば初めて使った人が途中であきらめない、8割が継続することを規準とするなど。満足度、もう一度利用したいと思う、友達に勧めたいと思う、なども評価軸に。

2009_08_02_06.jpg評価段階(クリックで拡大)

そして公表してもらう。これは官にとって見過ごせるものではなくなっている。この公表によって、改善をするし、それにより利用者が増えるか減るか。SIベンダーも含め、重要となってくる。

ユーザインターフェースについてもしっかり考えられており、PDCAとは少々違うが、別紙で規定している 。

2009_08_02_07.jpg共通設計指針(クリックで拡大)

なぜ共通設計指針だけではないのか?…思いこみに基づくシステム構築をやめる必要があったからだ。今使っている帳票の書式は法律をもっともうまく体現したもの、改善したいにも予算制度の壁もある。現状は初期費用が安いと言うだけで利用されているものもある。初期でユーザビリティテストを行うなどすると建設費用は大きくなるかもしれないが、結果的に建設と運用の費用合計は下がる、と考えて行動してほしい、施策を行ってほしい。

ガイドラインは一つではなく、同時にセキュリティガイドラインも作られている。主に入り口の認証部分に関してのガイドライン。これは4月には間に合わず9月を目処に一生懸命作業されている。国民からすれば、この認証から最終的に申請を送るところまでが一つのサービスとして認識されているため、入り口でうんざりするシステムは問題。認証がユーザビリティを落としてはならない。だが、ユーザビリティを優先しすぎてセキュリティがおろそかになってもならない。

紙が軽い手続きであればネットでもそうすべきだ。三文判で問題ない書類であっても、電子政府だとカードを入手してあれもこれもしてとなっては問題。紙とネットのレベルは合わせるべきだ。これは総務省の見解ではなく山田個人の見解として報告書に記した。

去年パスポートの再申請をした際、その前は住民票と戸籍抄本をもっていく必要があったと記憶しているが、今は期限切れ前のパスポートだけを持って行くだけですんだ。なぜかと聞けば、スタッフが住基ネットを利用し取り寄せるからだった。これは有効利用の例といえるだろう。

質問:僕も毎年確定申告をしていて、毎年ユーザーからの苦情を言っている。今年は申請者のご意見欄があったので、電話だけでなくそこにも書いたが、民間だったら返事があるが、全く返事がない。そこから変えて行かなくてはならないのでは?

山田:直接的立場にないが、利用者の意見の中には利便を向上させる大きなヒントがあることも多い。「ありがとうございます」の一言でも返すべきだろう。

質問:こうした電子政府の話が出る時、個人ベースの話になりがちだが、実際個人ではそれほど困っていない、結婚や引っ越しなど。だが会社では毎月いろいろな手続きがあり、こちらのユーザビリティの向上といった議論もあるのか

山田:71分野が対象。このうち六十幾つかは企業での業務に伴う申告である。

2009_08_08.jpg若林:私はこのガイドラインを作る時に担当した若林。100万件以上の利用の多い、100万以下であっても利用継続の高いものを71選んでいる。数の上では登記が5、国税が15。必ずしも個人向けというものだけでなく、法人向けも含めて使い勝手の向上というものを考えている。

質問者:定額給付金の事務費、通帳のコピーを画像添付で送ってほしいと送ったが、紙を交付して窓口で受け付ける事務費の補助、インターネットだと受け取れない、という話だった。

若林:今日8月7日にオンライン申請の利用状況が発表された。昨年からは伸びているものの、利用件数はまだ1/3程度に止まっている。(報道資料についてはLinkIconこちら

今回の発表でも言及しているが、オンライン利用率が低調であり、今後とも改善が見込めない手続については、ニーズや費用対効果を勘案してシステムの停止を行うなどの見直しを行う予定である。

ユーザビリティガイドラインができて、電子申請は改善に向かうと思う。利用率も向上していくと期待している。

もっとも、電子行政は電子申請だけではない。その例として、地方公共団体ホームページの改善による国民サービスの高度化を図る東京大学の取組みを紹介したい。

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電子申請は利用者と行政の接点として典型的な面もあり強調されがちだが、行政全体として電子行政を進めていく。だからこそユーザビリティガイドラインも必要となるし、それを改定していく中ではホームページによる情報提供等にも着目していきたい。

今日の、多様な側面からの講演は大変参考になった。

 

外国はもっと進んでいる(松本泰、セコム)

2009_08_03.jpg松本:進んでいる、進んでいないは、いろいろな観点がある。ここでは海外事例を示すことで日本の電子政府の課題を浮き彫りしたい。

バックオフィスの連携を実現した事例としてエストニアのX-Roadがある。エストニアのX-Road(データ交換システム)で何かできるのか。井堀メモより引用すると、「エストニアでは電子データ交換レイヤーX-Roadで出産時に病院が出生届を行政に送付して、母親(父親)が何もしなくても児童手当や出産給付金が銀行口座に振り込まれる」というもの。ここで、母親は、出生届も、給付金申請もしない。従来の申請を電子化することが電子政府なのかよく考えて見る必要がある。

電子政府のコンセプトにはいろいろあるが、エストニアでは、まずバックオフィスの連携を行った上でサービスの提供を行うことにした。ここが優れている。バックオフィスの統合重視という点ではベルギーも同様。バックオフィスの統合をせずに、見栄のいいフロントオフィスを実現するには、非常にコストがかかる。小回り国家エストニア…二年前ほどの日経新聞の記事のタイトルだった。

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エストニアの国民IDカードがあるが、カード以前に11桁の国民IDがある。国民IDカードは、名前と国民IDを証明する。任意でなく強制。民間のサービスでも利用できる。国民IDカードは、市民ポータルのログインに利用される。市民ポータルにログインした後、パーソナライズされたサービスが利用できる。X-Roadには、個人情報を含むデータベースがたくさんつながっているのだが、誰がいつアクセスしたかという履歴情報を自分で調べることができる仕組みを持っている。運転免許や健康保険証の代替にもなっている。国民IDカードの欠点としてはリーダライタがいる点。現在はモバイルIDの展開を行っている。名前と国民IDを証明している点は同じ。

利用イメージ、エストニアの電子政府ポータルへのログイン画面。市民向け企業向け、公務員向けがあり、ログイン手段はIDカード、モバイルIDの他、ネットバンクなどのアカウントからのログインが可能。エストニアは欧州の中でも早くからネットバンクが普及したと言われており、電子政府サービス開始時にこれらネットバンクのアカウントが利用可能なことが普及を後押した。エストニアでは2005年、2007年にインターネット投票が行われている。モバイルIDでの投票を可能とする法律も可決し、2011年から行われるとされている。

個人情報保護に対する考え方について、結論から言えば、日本での議論とは考え方の違う部分がある。エストニアもEUの加盟国なので、EUの規準に従い日本より厳しい面もあり、個人情報保護監察局といった第三者機関が存在する。その一方、名前と国民IDの扱いについては寛容。日本だとID等の漏洩が問題となるところだが、エストニアの国民IDは、公共財的な扱いになっており、実質的にも公開されている。これは、国民ID、モバイルIDという国民IDを証明する強力な手段が提供されていることに起因する。

エストニアにおいて、X-Roadによるバックオフィスの連携の方針が決定された2001年当時、日本はどのような方策を採っていたのか?それは、「既存の手続きをすべて電子化する」という方針だった。日本の電子政府の欠点は過去からの様々なしがらみから抜け出せないことにある。このことが、例えば「既存の手続きをすべて電子化する」という方針を生み、そして、バックオフィスの連携を遅らせてきた。バックオフィスの連携には、ID問題、個人情報保護法などとの整合等の解決が必要になる。こうした問題の解決には、非常に時間がかかるにも関わらず、こうした問題の取り組みを先送りにしてきた。それに対して、世界では、もはや、バックオフィスの連携なくしては、先進的な電子政府にはなり得ない状況にある。

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「抜本的業務見直しが必要」(井上隆、日本経済団体連合会)

2009_08_04.jpg井上:電子行政の推進と行政BPRの必要性について話をしたい。電子行政推進の目的は「国民、企業の利便性向上」「行政の業務効率化(ニーズに合致した効率的な政府)」「行政の透明化」だ。国民視点の行政の確立(真の民主的行政)、行政も含めた国際競争力の強化、電子行政を起爆剤とした産業の活性化などが到達目標になる。

政府は、IT戦略本部で2010年におけるオンライン申請の利用率50%を目標にかかげているが、利用は低迷しており、2007年度末現在で利用率は20.5%。(国連電子政府ランキングでは11位)。

IT戦略本部等で報告されたデータ等によれば、引越し諸手続きワンストップ化は約1000億円/年、退職諸手続きワンストップ化 は約1200億円/年、共通企業コード導入は約700億円/年、年末調整の電子化は約1700億円/年の効果がある。一年限りのエコポイント(2900億円)とは比べ物にならないくらいの効果だ。北九州市ではICT活用と共に業務を抜本的に見直すことで、行政コストを60億円も削減できたとの例があり、千数百の自治体で行えば莫大な金額になる。

電子行政は抜本的な行政BPRの絶好のチャンスである。行政改革イノベーションの推進、「質の改革」の取組み(生産性向上、顧客満足度向上)、国民ID、電子私書箱などは、BPRなくしては実現しない。

民間企業ならコストの削減(利潤最大化)、顧客利便性の向上、人財の有効活用、環境変化(市場、競合他社の状況等)への対応、業務標準化、透明化によるミス等の削減、内部統制強化などは当たり前のことだ。行政にはコスト削減のインセンティブは主として財務省にしかない(地方自治体はあり)。国民顧客の意識は不十分で、IT化による人財の異動は困難、競争環境下に無いといった問題がある。主たるきっかけは政治のリーダーシップで、今はそれも不十分だ。改革を進めようとしても、新たな組織設置には法令の改正が必要だし、省庁横断的な組織は機能しにくい傾向にある。

電子行政実現に向けて、徹底した顧客視点の導入(個人、企業の利便性追求)、行政の全業務にわたる業務プロセスの見える化・簡素化・標準化・統合化、行政が直接携わる業務と民間を活用すべき業務との官民業務切り分け(行政BPOの実施)、データ連携の推進(官-官、官-民のデータの接続)を求めたい。

電子行政実現に向けた経団連提言のポイントは、次の通り。電子行政・業務改革推進法(仮称)の制定、強力な推進体制の整備(強力な調整権限・予算権限を持つ行政CIO設置など)、PDCAサイクルの着実な実施(特に成果の評価と、結果の予算等への反映)、国民ID、企業IDの導入。これに加えて、究極の構造改革として道州制の推進を提言している。

韓国は電子政府法の制定で国民便益中心の原則や電子処理の原則化を法定して電子政府を推進した。日本も法で明文化することが必要だ。

i-Japan戦略2015には、経団連の提言と同様の方策が記述されており、今後を期待したい。

「利用者教育の充実を」(近藤則子、老テク研究会)

2009_08_05.jpg近藤:老テクというのは老人を助けるテクノロジー。友達が困っていると何かしたいという人は少なくない。2015年には高齢者は3300万人

退職し帰属する組織が無くなると、地域に帰属する。そのときICTを使える人、使えない人で大きな差。先ほど、お年寄りは窓口へ、という話があったが、お年寄りは窓口へ行くのも困難。こういう人たちほど利用する。企業は嫌いな人とつきあわなくてはならないが、ボランティアは好きな人とだけ活動すればいい。

電子行政サービスを理解してもらうことが重要。今日はこの観点から、e-Taxに関する講習会について報告する。e-Taxについて私は難しくて扱えなかった。PCの操作が難しく、エラーが出ても教えてくれる人が身近にいない。それを4466人に活用して貰った。シニアの人が多いかなと考えていたが、SOHOを利用する若い人の利用者も多かった。

利用者の声としては、住基カードの取得がそもそも難しい。講習が始まったらパスワードを忘れたとか。次回も行いたくなかった一番多かった理由が、ICリーダライタの問題。初めての申告する人で専門用語がわからない人もいた。

韓国は高齢者向けに無料で配布しているPC講習会テキストなどがある。

e-Taxだけでなく、使えれば便利なサービスは世の中にもたくさんある。PCを勉強するきっかけにもなる。市民の方への情報提供、教育の機会の拡大。

提案。e-Taxだけではなく、さまざまな電子行政サービスを紹介する説明会、PC講習会を開催し、住民に体験してもらい、感想をウエブアンケート等でフィードバックしてもらい、より良い行政サービスの実現に向けて、地域住民と行政とが協働できるしくみが必要です。電子行政が、公共サービスをもっと身近にし、市民との信頼の絆を深めることができるよう利用者(市民)への情報提供、利用支援、教育が必要です。

電子政府・電子自治体サービス利用者支援。以下、電子行政PCサポーターの提案。

1)公的機関の運営するPC教室利用をオンライン申請講習会に許可してほしい
品川区が運営する中小企業支援センターのPC教室を今回、利用させてもらったが大変すばらしい設備であった。民間のパソコン教室に良い講師はいても、PC端末が十分にない場合が多い、ぜひ教育機関や公的機関のPC教室を活用させてほしい。

2)困ったときに、人が支援してくれるサービスが欲しい
便利な電子行政サービスだが、高度になるほどデジタル機器初心者への「人による支援」は今後いっそう重要になると考える。

3)地域のPC教室、NPOやパソコンボランティアの活躍の場に
シニアを中心に、非営利のパソコンボランティア活動団体は全国にある。企業が経営するパソコン教室も電子行政を学ぶPC講座は、地域貢献活動でもあり、新しいPC学習講座であるとして歓迎して、非営利価格で熱心に取り組んでくれたPC教室も多かった。

オンライン申請に必要なPC操作を指導できる、電子行政サポーターを全国に広げるよう努力している。将来的には高齢者の社会貢献活動として定着させたい。
高齢者のいきがいにもなり、政府は電子行政利用促進の足がかりができる。
新しい学びの場をきっかけに生まれる新しい市民と行政の絆が新しい電子政府・電子自治体の礎になる。

質問:年寄りでもPC利用できる人もたくさんいる。なぜ使わないか。年寄りは面と向かって人と会いたい。こういった仕組みはかえって人付き合いの機会を奪うのでは。

近藤:メロークラブ(インターネット上だけで展開している老人クラブ)を利用している会員の方がいるので意見をお聞きしてみましょう。

会員:会社を退職してからおばあちゃんの介護もしなくてはならない。あまりバラ色でない人生。ネットで参加していれば、おばあちゃんのそばにいたまま、ネットを通じてコミュニケーションを行える。後数ヶ月で自分も後期高齢者になる。もしあのときネットに出会ってなければ、と考えることがある。非常に暗い人生がネットのおかげで明るくなった、という人もいることを理解してほしい。

山田:ネットにはいい面悪い面はもちろんあるが、近藤さんの話は電子政府のサービスを“利用できるかどうか“であって、アクセスビリティの観点からの問題提起だった。

「データ連携の促進を」(須藤修、東京大学)

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私も一言「電子自治体の可能性」(土屋光秋、甲府市)

2009_08_07.jpg土屋:ユーザビリティの話。今回のガイドラインは政府を中心に、ということだが、個人で、国の省庁に直接申請する機会はなかなか無いはず。ほとんどは県や市町村。ポータルの基準を作っていただくが、非常に原理的な、最低限のことなので、本来ふまえて電子政府を作ればよかったのに、という、今更な話と感じる。ちょうど5年前に山梨県の電子自治体のシステムをつくらなくてはならなかった時に、ナビゲーション等の基準があまりになくて苦しんだ覚えがある。苦しんだ上で、あまりよいものが出来なかったという反省がある。

ポイントは4つ。満足度をしっかり測っていこう。その上で最適化の基準を明確に。自治体は法律に定められていることについて勝手にやめられない。最適化しかない。国に言いたいのだが、こんな情報を集めていったい何に使うのか、と思うこともある。

履行も委ねられている自治体は効率化から考えて行かなくてはならない。

原課にはいろいろな情報ソースがある。ところが原課の開発マインドは変えるのはむずかしい。原課は今ある紙のシステムでいかに効率化するか、ということでやってきたので、変えれば最適化されたルールが崩される。しかし、今までのシステムが住民の利便を最大限に考えてきたかと言えば疑問が残る。

情報化を進める今は、ものすごいチャンス。カセットを抜いてもう一つのカセットを入れるといったものじゃない。全体を作り替える大きなチャンスだ。この切り替えには非常の高い能力が必要。

甲府市では情報システムについてダウンサイジングとアウトソーシングを進めている。一番の問題は、中身が誰にも訳がわからないと言うこと。何となく高いと感じる。システムの価格が高いのではないかという不信感がある。システムに相場観がない、よって高い気がする。投資効果が見えない。
SaaSなどはパッケージの考えを発展させたものだろう。一番いいものを精査してまとめ上げた理想型。これをむやみにいじらない、カスタマイズをしないということが大切だ。私たちは法令改正のためにシステムをいじり直し続けていた。ドキュメントの部分がちゃんと管理されていればいいが、設計図も断片的にしかないので、今のシステムがどうなっているかわからない。カスタマイズをし続け、そうなった。

2009_08_07_01.jpg対象業務一覧(クリックで拡大)

役所の9割以上の業務を一斉に更新。

2009_08_07_02.jpgコスト・労力負担の軽減(クリックで拡大)

結果として38.5%の経費削減。カスタマイズもしない。結果を出してくれば何でもいい。単価は関係ない。効率的にやってくれれば何でもいい。我々は結果しか見ない。
ぼけぼけのSEで3ヶ月かけてやるのと、優秀なSE数名で短期に終わるのか、それは関知しない。そうすると、徐々に従来では来なかったようなSEも訪れるようになった。

運用後、7年目、8年目からは次のシステムの調達がはじまる。その時期までに人材を準備しておく。運用が重要な年には運用に必要な人材を準備しておく、ということが大切。人材育成に、一年間で一人100万円ほどかけている。

もう一つ。チームでやるべき。最初に人柱となり犠牲となる人間がいなくてはならない。こつこつやること。

電子自治体の可能性を最大化する。セキュリティ原理主義は破らなければならない。公共システムに間違いがあってはならない、というスタンスだとすれば、3人でいい業務に100人必要なるかもしれない。効率性も見極めた上で考えなくてはならない。今はすべてにおいて完璧ではなくてはならない、という建前ばかりだ。効率性など無い。しかし「経済無き道徳は寝言である」。

PDCAを本気でやれば、成果も大きいがお金もかかる。600人の職員が1月5日にシステムを稼働させるために出てきた。そして直後Cをやるとなった。1300件でてきた。春やったら出ない、今熟度が低い内に早くとるということで優先した。小さなPDCAをたくさん拾ってやるとすると、言うと簡単だが本当になるのは大変。自治体が唯一自主的に愚直にやれる部分。

レポート監修:山田 肇
レポート編集:山口 翔

<日時>

2009年8月7日(金)13:20~16:50

<会場>

TKP虎ノ門ビジネスセンターカンファレンスルーム 2A
・東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」より徒歩1分
・東京メトロ日比谷線「霞ヶ関駅」より徒歩2分
・都営三田線「内幸町駅」より徒歩4分
※詳しくは こちらをご覧ください。

<プログラム>

13:20 i-Japan戦略2015と電子政府・電子自治体(内閣官房)
14:00 利用者本位への転換:電子政府ユーザビリティガイドライン(山田肇、東洋大学)
14:40 休憩
14:50 私も一言「外国はもっと進んでいる」(松本泰、セコム)
15:10 私も一言「抜本的業務見直しが必要」(井上隆、日本経済団体連合会)
15:30 私も一言「利用者教育の充実を」(近藤則子、老テク研究会)
15:50 私も一言「データ連携の促進を」(須藤修、東京大学)
16:10 私も一言「電子自治体の可能性」(土屋光秋、甲府市)
16:30 コメント(電子政府の今後)(内閣官房)
16:50 終了

<会場費・資料代>

3,000円 ※会員は無料(会場でご入会いただけます)

<定員>

140名 ※先着順。定員に達し次第、受付を終了いたします。